●リプレイ本文
●それぞれの『任務』
「よく来てくれたな、戦争屋共。
今日は一日、しっかりと俺の事を守ってくれよ? ガッハッハ!」
傭兵達を迎えるなり開口一番、ウォーリー・ブランドルはその醜態を垣間見せた。
しかし本人は全く無礼とは思っていない様子で、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
傭兵達は各々で挨拶を返し、早速数名が彼に提案を持ち掛ける。
まず三田 好子(
ga4192)が秘書に変装する事を提言すると、彼は彼女の体を上から下までじっくりと観察した。
露骨な視線を好子が微笑を浮かべながら耐えていると、ウォーリーは快く提案を呑んでくれた。
次にサルファ(
ga9419)が屋敷内を巡回する上での注意点を尋ねると、
「そんなもん、適当にやってくれ。
使わん部屋は鍵が掛けてあるし、屋敷周辺は黒服達が定期的に見回りをしている」
と、これまた露骨に面倒臭そうな態度で説明された。
しかしサルファは礼儀正しい態度で丁寧に礼を述べると、同行者に皇 千糸(
ga0843)とハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)が居る事を告げ、次の提案者に視線を向けた。
「この御家で、依頼の間だけ使用人として働かせてはいただけませんか?」
そう尋ねたのは、龍 狼王(
gb5203)だった。
この要望にウォーリーは終始首を傾げたが、特に文句は言わずに許可を下した。
理由を考えるのが面倒臭かったのか、それとも狼王を変人だと誤解したのかは、本人にしか分からない。
最後に風花 澪(
gb1573)と神城 姫奈(
gb4662)がウォーリーの左右の腕を自身の腕を絡めると、屋敷内を案内して欲しいと懇願する。
ウォーリーは腕に感じる女性特有の柔らかさに興奮しながらも、表面上は紳士的な態度で案内役を承諾した。──本当は全然隠せていなかったが。
天狼 スザク(
ga9707)がこの後ろの続き、機嫌の良くなったウォーリーの背中を見ながら小さく舌打ちをした。
それぞれの『任務』を果たすために一時解散の流れとなった時、傭兵達は一瞬だけ視線を絡めると、互いの健闘を祈って微笑み合った。
●状況確認という名の雑談
太陽が山の陰に沈み始めた頃、傭兵達は集めた情報を交換するために一度集合していた。
無線機による連絡で済ませても良かったのだが、数人の強い希望もあり、人目の少ない裏庭の隅に集まる事が決まった。
「それじゃあ、まずは私から」
全員集結し、周囲に人気がない事を確認した後、千糸がゆっくりと切り出した。
「周知の事実かもしれないけど、確認の意味で報告するわ。
この屋敷内にいるのは私達を除いて全員一般人。つまり、私達と同等かそれ以上の力を持つ者なら正面から侵入可能よ」
この事実には全員薄々気付いていたが、はっきりと断定されると状況に変化が生じた。
相手がかなりの手練れである可能性が上昇し、自然と一行の表情に緊張が走る。
次に報告を行ったのは、ハインだった。
「大雑把に、ではありますが、一通り屋敷内部や周辺を調査した結果、特に監視装置やそれを制御する部屋は見当たりませんでした。
‥‥どうやら警備体制はあまり良いとは言えない様子です」
これに同意し、肯定的な意見を述べたのは狼王である。
「同じく屋敷内を集中的に捜索しましたが、それらしい部屋は発見出来ませんでした。
ただし、施錠された部屋の中からいくつか怪しそうな部屋を割り出す事には成功しました」
狼王がその具体的な位置を口頭で丁寧に告げ終えると、我慢出来なくなったように姫奈が大きな溜め息を吐いた。
「すいません。色々と頑張ったのですが、有力な情報は手に入れられませんでした‥‥」
続けて澪も「おなじくー」と報告したが、姫奈とは正反対に上機嫌な様子で、事情を知らない者達は不思議に思った。
「流石は裏世界の住人、と言った所でしょうか。
隠すべき事項はしっかりと隠し、他人を易々とは信用しないようです」
感心するような口振りとは逆に、好子の表情は少し苛立たしげである。
どうやらウォーリーの周辺警護をしていた女性陣は尽く嫌な思いをしているようで、男性陣はそれを察すると慰めの声を掛けた。
雰囲気を変えるべきだと思ったのか、サルファが少し明るめの口調で最後の報告を行った。
「警備担当の黒服達だが、話せば案外分かってくれる奴等だったぜ。
雇い主の愚痴や隠している性癖、裏稼業の事を色々と聞かせてもらえた。
それと、家事全般を担当しているメイド達だが、依頼主の女を見る目は信用出来そうだ。皆かなり可愛かった」
最後の部分には何故か澪が同意し、詳細を尋ねようにも「秘密だよ♪」と誤魔化され、それ以上は知る事が出来なかった。
ただ、事情を知っているらしいスザクが拳を硬く握り締めながら「‥‥ぐぉぉ」と呻いている所を見ると、『何か』あったのは確かなようだった。
その後も会議は進められたが、定期巡回をしていた黒服に声を掛けられたため、仕方なく途中で解散する事となった。
●夕食の後は静粛に
ウォーリー曰く、『一般的な食事』という名の豪華なフルコースが振舞われ、傭兵達は実に満足な一時を過ごしていた。
一方その頃、敷地に沿うように建設された囲いの正面玄関を警備していた黒服が、交代の時間になっても現れない相棒に苛立ちを覚えていた時だった。
東西に伸びた道路の西側から、誰かが屋敷の方に歩いて来るのを黒服が視認した。
その人物は髪を整えておらず、虚ろな目をしていて、黒い革のコートを羽織り、左手に細長い棒を握っていた。
最初、黒服はただの浮浪者だろうと思い、特に注意を払っていなかった。
無視していれば屋敷の前を通り過ぎ、東の道路の端に消えて行くだろうと考えていた。
だが、その人影が明らかに屋敷に向けて歩いてきており、虚ろに見えた目に秘められた決意がある事を知ると、黒服は改めてその人物を見た。
そして気付いたのは、その人影は二十代前半ほどの男で、細長い棒に見えたのは鍛錬された美しい日本刀という事だった。
黒服は素早く懐から拳銃を取り出すと、無線機で屋敷内の仲間へ不審人物発見の旨を伝えた。
尚も迫り来る男に対して、黒服は警告を発し、銃口を男の心臓に向ける。
しかし男は一向に歩く速さを弱める気配はなく、黒服はその脚を止めるために右足を狙って引き金を絞った。
静かな夜道に響く乾いた爆発音と、金属の擦れ合う鋭い音。
黒服の銃弾は確かに男の右足に直進したはずなのに、男は顔色一つ変えずに歩き続けている。
黒服は言い知れぬ恐怖を覚え、男の胴体目掛けて何度も発砲した。
だが、やはり男は進み続けている。
とうとう黒服は銃弾を撃ち尽くし、男は玄関前まで辿り着いた。
最後の手段と黒服が殴り掛かるが、一瞬後には黒服は玄関扉を突き破り、驚く仲間の前で意識を失ってしまう。
こうして復讐の男──アザキは敷地内へ侵入した。
●復讐鬼と『策略』
囲いの正面玄関から屋敷の玄関までの距離は直線にして三十メートル。
その間に二十名近くの武装した黒服達が居たはずなのだが、アザキは一瞬足りとも停止する事無く敷地内を移動していた。
屋敷の傍でその様子を見届けていたハインは、思わず苦笑いを浮かべた。
「敵は予想以上の実力者です」
無線機を使用して仲間に素直な感想を教えると、大きく深呼吸して緊張感を程よく高めた。
ドローム製SMGを構え、ゆっくりと屋敷に近付くアザキに照準を定める。
屋敷の灯りがアザキの姿を明るく染めた瞬間、ハインは強弾撃と狙撃眼を併用し、引き金を引いた。
突然の奇襲にもアザキは一切表情を変える事無く、柔軟な対応を見せた。
それまでの緩慢な動きから一転、眼を見張るような素早い動作に転じて、SMGの銃弾を回避していく。
ハインが全弾を発射するまでには二十発はアザキに命中させる事が出来たが、大した損傷は与えられず、好機を得たアザキに接近を許してしまった。
突風のような勢いで振り下ろされた日本刀をハインは蛇剋で受け止め、距離を稼ぐためにアザキの腹を右足で蹴り飛ばした。
近距離戦では不利である事を痺れる両腕に教えられながら、ハインは携帯していた照明銃を地面に向けて撃った。
地面に着弾した照明銃は激しい閃光を発し、一時的にアザキの視界を奪う。
その間にハインは最寄りの屋敷の窓を破ると、滑り込むように屋敷内へ逃走を図った。
視界を取り戻したアザキはハインを見失った事を特に深く考えず、ゆっくりと移動して屋敷の玄関を破壊して屋敷内に侵入した。
早速黒服達による手厚い歓迎を受けるが、全く問題視する事無く障害を排除し、屋敷内の捜索を開始する。
一階の東階段にアザキが到着すると、曲がり角の陰から千糸とサルファが姿を現した。
「邪魔をするな。大人しく退け」
屋敷に侵入を開始して初めて、アザキが言葉を発した。
しかもそれは容赦ない一方的な宣戦布告ではなく、命令口調ではあるものの、戦闘回避の勧告だった。
彼は確かに障害は全て排除してきたが、黒服達に致命傷を負った者は一人も居らず、皆戦闘不能程度に抑えられていた。
無論、それは彼に人を殺す実力がないからではなく、不要な殺生は避けたいという彼の性格の表れだった。
しかし、退けと言われて退く訳にはいかない理由が傭兵達には存在した。
「これも仕事、という訳です」
「出来れば協力を願いたい所‥‥だな」
千糸が銃を構え、サルファはレイピアとシールドを握る手に力を入れ直した。
その様子からアザキは二人を障害を認識すると、ゆっくりと二人に向かって歩き始める。
小手調べに千糸が刀を持つ左手に小銃を、進行を続ける右足にエネルギーガンを発射した。
アザキの目の前で火花が散ったかと思うと、小銃の弾丸は壁に逸れ、僅かな移動でエネルギーガンを回避してみせる。
続けてサルファのレイピアがアザキを襲うが、急所を狙う一撃一撃を全て冷静に日本刀で外し、最後の強烈な突きを受け流してサルファの体勢を崩させた。
その場でクルリと体を一回転させると、アザキは回し蹴りをサルファに打ち込んだ。
サルファはそれをシールドで受け止めるが、勢いを止める事は出来ず、背後の扉に思い切り激突して扉ごと部屋の中へ押し込められてしまう。
やられ際にサルファが小声で「ありがとよ」と言ったような気がしたが、アザキは特に気にしなかった。
攻撃を受けたサルファを心配するように千糸も部屋に入っていき、アザキは二人が戦意を喪失したと判断すると階段を上がっていった。
アザキが二階へ移動を終えた事を確認すると千糸は仲間に連絡を入れ、サルファに近寄った。
「素晴らしい演技力です」
サルファは苦笑いしながら差し出された千糸の手を掴むと、起き上がって恥ずかしげに答えた。
「いや、本当に奴は強いぞ」
●復讐の炎は消えず
アザキが食堂の扉を蹴り破ると、ウォーリーは「ひぃ」と情けない声を漏らした。
ウォーリーの前では五人の傭兵達が武器を構え、アザキを睨みつけている。
「ようこそいらっしゃいましたー♪ いやー退屈だったんだよねー?」
場の空気にそぐわない陽気な声で、澪はアザキを迎えた。
その姿が妹の何かを連想させたのか、初めてアザキの表情に僅かな変化が生じ、動きを停止させる。
これを絶好の機会と受け取り、スザクがやや大きめの声量でアザキに語り掛けた。
「やめとけ、その道の先には何も無い。せめて妹さんの分も生きてやれ」
アザキと似たような境遇の彼だからこそ、言える台詞だった。
それを言葉の内に感じたのか、アザキが同情するような瞳を彼に向ける。
「貴方は誰の為に復讐なさるのですか?
復讐という物は無念のうちで去った方の為に行うもの。貴方の今してる事は復讐ではございません。ただの八つ当たりにございます」
しかし狼王の言葉を聞くと、アザキは元の無表情に戻ってしまった。
「復讐だ。これは妹の無念を晴らす為、罪なき妹を殺害したその男を断罪するための、復讐だ」
場が再び緊張に包まれるが、好子は懸命に話し掛けた。
「彼が正義だとは勿論思ってはいません、それでも能力者である以上あなたを見逃す訳にはいかないんです」
驚いた表情を露わにするウォーリーと、瞳を細めるアザキ。
最後の一押しとばかりに、姫奈が告げた。
「貴方の気持ちは痛いほどわかるけど‥‥ここは退いて貰うわよ」
その時、丁度一階からやって来たハイン、サルファ、千糸が扉の前で合流し、意図せずアザキを挟み撃ちにする形となった。
アザキは自身を取り囲む八人の傭兵達の顔を見渡すと、
「この数を相手にするのは骨が折れるな」
と呟き、食堂の窓に銃を向けて数発発砲してガラスを粉砕した。
「次は‥‥必ず殺す」
最後にそれだけ言い残すと、アザキは窓から飛び出し、一行がその行方を捜し始めた頃には既に闇の中に消えていた。
●罪と罰
「よくやってくれた。報酬はたっぷり弾んでやるぞ! ガッハッハ!!」
脅威が去って嬉々とするウォーリーを冷めた視線で眺める十六の瞳。
ウォーリーがそれに気付いて馬鹿笑いを止めると、サルファが懐から数枚の資料を取り出した。
嬉しそうだったウォーリーの顔がそれを見た途端、一瞬にして蒼白に変化する。
「少しばかり調べさせてもらった。
ここにはあんたが今回依頼を発足するのに使用した脅迫ルートが明示されている。
今は脅迫罪のみだが、いずれ芋蔓式に他の罪状も加算されるだろう」
にっこりと満面の笑みを浮かべた後、サルファは蔑みの目でウォーリーを睨んだ。
「終わりだよ、あんた」
椅子に座っていたウォーリーの体が前に倒れ、彼は思わず膝を着いた。
しかしそれだけでは勢いを抑えられず、両手を床に就いてまるで土下座でもしているような格好になる。
そんな彼を見下ろしながら、姫奈は実に清々しい笑顔で口を開いた。
「一つ教えてあげます。
確かに傭兵はお金で動くものかもしれないけど‥‥それだけが全てじゃないんですよ?」