●リプレイ本文
●再会
「よう。久し振りだな」
半年以上消息不明だった恋人との再会にしては、あまりに軽過ぎる挨拶だった。
ロック・エイプリル(gz0108)はいつも通りのやる気のない表情で入室すると、部屋の中央でパイプ椅子に拘束されている女性を見た。
彼は一目でその女性が自分の恋人だったユウリだと把握出来たが、表情は一切変化しなかった。
喜んでいる訳でも悲しんでいる訳でもなく、無表情のまま、ユウリの正面に設置されたパイプ椅子に腰掛ける。
彼はすぐに恋人を正面から眺めようとはせず、左右に眼球を動かして壁際に立つ二人を素早く観察した。
敵の逃亡を防ぐため、もしくはロックの身を守るため、武装した二人の若い軍人が武器を手にしたまま微動だにしない。
ロック個人としては席を外してもらいたかったが、彼ら二人の立場も理解出来る為、彼は特に何も言わずに恋人と向き合った。
その開口一番が先程の挨拶である。
言われた女性は僅かに驚いた顔を浮かべ、そしてすぐに表情を崩して笑い始めた。
「あなたは相変わらずみたいね。ロック」
「お前だって変わってないだろう。ユウリ」
拘束されてから初めて見せる柔らかな表情が、立会人にロックと特別な関係だったのだと理解させる。
ユウリは最後に大きく息を吐くと、苦笑を浮かべながらロックの目を見つめた。
「どうやら私を消すためにキメラの大群が向かっているみたいだけど、こんな所に居てもいいのかしら?」
「お前と一緒なら死んでも惜しくない──と、言いたい所だが、俺は何も準備をしてない訳ではないんでね」
「その口振りから考えると、傭兵達を連れて来たのかしら?」
「正解だ。俺達の逢引のために八人の能力者を用意させてもらった」
「素敵な案だとは思うけど、聞いた話だとキメラの総数は四十匹位じゃなかったかしら?
いくら傭兵達でも、たった八人では歯が立たないんじゃない?」
「そんな事はないさ。アイツらなら、やってくれるさ‥‥」
ロックは恋人から視線を外し、部屋に一つだけある窓を見た。
窓とは言ってもガラスは全て砕け散り、枠だけが残って外の鉄格子とその向こうに広がる景色を眺められる。
偶然にもその部屋の窓は北の位置に設置されており、遠くに傭兵達の待機する防衛ラインを望む事が出来た。
●決戦前
「地雷の埋設とか部隊の訓練でやったことあるけど、実際にするとは思わなかったなあ」
最後の設置を終えると、リチャード・ガーランド(
ga1631)は今更ながらの感想を述べた。
傭兵達は防衛ライン前方に地雷を埋める事で、襲撃者の位置の特定と牽制を試みようと考えていた。
唯一残念なのは、地雷が対人用のものなのでキメラに大した損傷を与えられないという事だろうか。
「敵は40体、か。
戦闘能力も結構あるようだし、厳しめですかねぇ。
とはいえ、覚醒したらこの状況を楽しみそうですね、俺は」
苦笑いをしながらそう呟いたのは、蓮角(
ga9810)だった。
彼は覚醒すると好戦的な性格となるため、逆境を楽しむ可能性が危惧されていた。
最も、実際にこの状況下で楽しめる余裕を持つ事は、仲間にとってかなり頼りとなるのだが。
「オシゴトオシゴト‥‥」
まるで機械のように地雷を埋める作業を続けているのは、ジュリアス・F・クリス(
gb4646)。
彼女にとっては依頼主の事情や依頼背景などどうでも良く、ただ報酬のために参加した事がよく分かる人物だった。
報酬分はきっちり働こうとする辺り、仕事への堅実加減が窺われる。
「こっちは終わった。そっちの具合はどうだ?」
全員が作業を完了した事を確認すると、ブレイズ・S・イーグル(
ga7498)は無線機で仲間に連絡を入れた。
彼も、逆境を楽しむ一人と言えるのかもしれない。
その表情は今すぐにでも暴れたいと言い出しかねないような、嬉々としたものだった。
「こちらも問題ありません。間もなく終了します」
連絡を受けた篠崎 公司(
ga2413)は短く返答すると、仲間の様子を改めて確認した。
彼は両手利きのために作業効率が良く、一番最初に埋設作業を終えていた。
ちなみにブレイズ、リチャード、蓮角、ジュリアスの四名がA班、公司を含む残りの四名がB班として別々に行動している。
「いい加減、埋めるのに飽きてきたんだが?」
不満そうな表情を浮かべたのは、ユウ・エメルスン(
ga7691)である。
地雷を埋める事に不服がある訳ではなく、飽きっぽい彼は地雷を埋める作業に興味を失ってしまったのだ。
その後も文句は絶えなかったが、作業を途中放棄する事は最後までなかった。
「ロックの恋人か‥‥後で一目会いたいな」
瓦礫に腰掛けて青空を眺めながら、レイヴァー(
gb0805)はぼんやりとした表情を浮かべていた。
彼とロックは友人関係にあり、彼は少なからず事情を知っている一人だった。
レイヴァーはブレイズとも友人関係であり、ブレイズもまたロックと友人であり、彼もまた事情を知る一人である。
友人として、傭兵として、この防衛ラインは守り抜かねばならない。
ボーっとした表情とは裏腹に、彼は燃えるように熱い決意を胸に秘めていた。
「敵たくさんでこちらが少数、ね‥‥こういうのも悪くないな」
そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべたのは、エル・デイビッド(
gb4145)だった。
彼もまた、逆境を楽しんでいる一人で間違いないだろう。
彼の持参した特注の超機械──試作型『ドラゴンオーブ』は今回が初使用であり、その試用が目的でもあった。
最後の地雷が埋まる方が速いか否かの瀬戸際で、望遠鏡で敵影を警戒していた駐在軍から一行に無線連絡が入った。
「敵影確認。総数は目撃情報と一致。間もなく防衛ラインに到達する見込みです」
報せを受けた一行は各々で礼を告げ、敵が向かってくると予測される方向に視線を集中させた。
視覚に意識を集中すれば僅かに敵影が見え、聴覚に意識を集中させれば僅かに行進の足音が聞こえる。
待ち切れなくなったブレイズは纏っていたマントを脱ぎ捨てると、胸の前で掌に拳を打ち付けた。
「さぁて、お客さん方がご来店だ。きっちり御持て成ししてやろうぜ!」
●彼女の疑問
「随分信頼してるのね?」
ユウリの言葉を受けて、ロックは再び視線を彼女に向けた。
彼女の表情は嬉しそうであり、妬いているようであり、怒っているようにも見える。
その曖昧さが可笑しくて鼻で笑うと、ロックは質問に答えた。
「お前を探すためにずっとULTに居たんだ。
嫌でもあいつらとの付き合いは長くなるし、絆も深くなる」
ロックの答えを聞いた途端、ユウリの表情は沈み、何も言わなくなった。
それを咎める事無く、ロックは再び彼女が口を開く時を気長に待った。
部屋が静寂に包まれたお陰で彼は気付けたのだが、戦闘が開始されたのだろう。遠くで爆発音や崩壊音が響いている。
監視役として待機していた若い軍人達は、時折不安そうに窓の外を覗いていた。
駐在軍の動きが慌しくなり、部屋の前を何人も急ぎ足で移動する音が聞こえる。
そんな中、彼女は固く閉ざした口をゆっくりと開いた。
「何故、会いに来たの?」
その言葉に含まれているのは、拒絶と、疑心と、戸惑いだった。
彼女のその一言は、同時に現在自分が親バグア派である事を肯定している。
ロックが真っ直ぐに彼女の瞳を見据えると、耐え切れずにすぐに彼女が視線を逸らした。
そして、ロックはそんな彼女を見つめながら答える。
「お前に会うためだ。ユウリ」
●戦況報告
開戦から既に三十分は経過しているが、戦場の勢いは止まる事を知らなかった。
恐竜のような頭部を持つテイカーが宙を跳び、巨大な眼球を持つウォッチャーがビルを登り、負傷した仲間を発見してはヘルパーが治療を行っていく。
中でも特に一行を驚かせたのは、ハンガーとファイヤーによる見事な連携業だった。
空中を漂流するハンガーの鉤爪状の足を左手で掴み、筒状の右腕からエネルギー弾を撃ち下すという、ファイヤーの頭上からの狙撃。
他にも、ウォッチャーの把握した位置情報を知って襲撃を行うテイカーの波状攻撃は、傭兵達を苦しめた。
今もまた一組、ハンガーとファイヤーのコンビが空中からの砲撃を開始し始めた。
それを察知したリチャードが、まるでガンシューティングゲームを楽しむように何度もエネルギーガンの引き金を絞る。
「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!」
距離のせいで中々命中しなかったが、彼の攻撃を受けてファイヤーが掴んでいた左手を放し、高層ビルほどの高さから地上へ落下した。
しかし喜ぶ間もなく、負傷したファイヤーの情報を知ったテイカーが、彼の元へと駆けつけてくる。
テイカーの鋭く尖った爪が振り上げられるが、リチャードに回避している暇はない。
しかし間一髪の所で蓮角がその間に無理矢理割り込むと、二本の刀を交差してテイカーの爪を受け止めた。
ならば、とテイカーが蓮角の頭部を破壊するため、爪を徐々に彼に近づけていく。
再び危機一髪の事態かと思われたが、すぐにテイカーの頭部右側面から何かが高速で挿入され、反対の左側面が弾け飛んだ。
断末魔の叫びを上げる暇もなく、テイカーの体が横に倒れる。
「ありがとよ!」
蓮角の礼を無言で受けながら、ジュリアスは素早く弾丸の再装填を行っていた。
彼女の強弾撃が蓮角を救い、テイカーを絶命に至らしめたのは明白の事実だった。
再びリチャードを狙うテイカーが登場し、今度は爪を振り上げたまま突進してくる。
今度彼を救ったのは、ブレイズだった。
彼は迫り来るテイカーの脚にカウンターとして流れ斬りを決めると、即座に豪破斬撃を発動させて跳躍した。
「貰った‥‥! メテオリボルヴァー!」
彼の威勢の良い声と共にコンユンクシオの巨刃がテイカーの頭を真っ二つに叩き割る。
片足を失ったテイカーはその場で倒れ、地面に頭を付けると同時に二つに分離して生命力が尽きた事を証明した。
リチャードは礼を述べる代わりに、練成治療を発動させてブレイズの傷を癒した。
「連携と数で攻めてくるキメラ相手にはこちらも連携を見せないとね」
そう言って親指を立てるリチャードに、ブレイズも親指を立てて答えて見せた。
彼らから百メートルほど離れたビルでは、ウォッチャーが壁に掴まりながら二人の様子を観察していた。
そのまま放置されていれば、近隣の敵が大群で彼らを襲ったであろう。
しかしそれを公司の放った矢が未然に防いだ。
矢はウォッチャーの特徴とも言える巨大な眼球を射抜き、ウォッチャーは身を捩りながら落下し、地面に激突して死亡した。
「そうは問屋が卸しません」
彼は素早く新しい矢を番え、次の敵を迎撃する態勢に移行する。
その隣ではユウがヘルパーに向けて小銃を連射するが、まるで弾道が読めるかのようにヘルパーは全て回避していく。
しかしユウが銃を撃ちながら近寄っている事には対応出来ず、ついには彼のイアリスがヘルパーの体を袈裟に裂いた。
「遠距離攻撃にだけ強くても、意味ねぇんだよ」
残念ながらヘルパーは彼の台詞を聞く前に意識がなくなり、緑色の体液を傷口から溢れさせながら地面の上で痙攣していた。
ユウの背後では、ハンガーに狙われたエルの姿があった。
浮遊中の緩慢な動きからは予想出来ないほど素早い急降下で、ハンガーがエルの首を刎ねようとする。
エルは逃げようともせず、正面からハンガーに対決を挑んだ。
試作型『ドラゴンオーブ』から電磁波を発し、ハンガーに攻撃を加えて行く。
ハンガーの左腕がエルの首筋に触れたが、彼の首が宙を舞う事はなかった。
一瞬の差でエルの攻撃がハンガーを打ち負かし、勝利を掴んだのである。
「これいいかも♪」
上々の結果に満足しているエルだったが、その右肩にファイヤーのエネルギー弾が着弾して姿勢を崩した。
それを好機と見たように、彼の周辺にキメラが集結を始める。
彼の右肩を撃ったファイヤーが再び彼に狙いを定めてエネルギー弾を放とうとするが、それは出来なかった。
筒状の右腕にアーミーナイフの装飾が施され、攻撃を中止せざるを得なかったのである。
そして攻撃を再開する前に、レイヴァーが疾風脚でファイヤーの傍まで一瞬で詰め寄り、その喉を蛇剋の刃で撫でた。
刹那、ファイヤーの喉から鮮血が噴水のように噴出し始め、ファイヤーはそれを左手で押さえながらその場に倒れた。
●彼の回答
「俺はお前にもう一度会うためにULTに入った。
そしてもう二度と、俺はお前を見失いたくない」
ユウリは、信じられないという表情を浮かべながら、ロックの事を誰よりも信頼していた。
だからだろうか、彼女には彼が何をしようとしているか理解出来た。
若い軍人達がすっかり戦争の様子に気を取られている隙に、ロックはスーツの懐から自動小銃を取り出していた。
銃口には予め消音器が装備されており、最初からそのつもりだった事を示している。
軍人達が彼の銃に気付いた時には、既に彼らに反撃の機会は存在していなかった。
小さな破裂音が響き、銃身に弾丸が命中して、一人が銃を落としてしまう。
もう一人の軍人が慌てて銃を構えようとするが、その前に彼の顎に掌底が打ち込まれ、昏倒してしまった。
ロックの動きは軍人ならば誰もが習得している基本的な動作だったが、怠け性に見える普段の彼から想像し難い迅速な動きだった。
残された若い軍人は銃口を向けられれば降参するしかなく、傍にロックが近付いて首に手刀が叩き込まれるのを待つしかなかった。
そのままロックは銃でユウリの拘束器具を破壊し、最後にビルに常備されている警報装置を銃底で破壊した。
耳障りなベルの音が建物中に響き渡り、キメラ襲撃で緊張感の高まっていた仮設駐屯所は一気に混乱に包まれた。
ロックは銃を懐にしまい、ユウリに歩み寄って右手を差し出す。
「共に行くと誓ったあの時の約束を、今こそ果たすよ」
一度掴もうとして躊躇したユウリの右手を、ロックの右手が力強く握り締めた。
●結末
負傷は負ったものの重傷という程ではなく、一行は戦闘に勝利した。
数も連携も豊富なキメラとの戦闘は彼らにとって良い経験となり、新たな力となった。
だが全てが終わって仮設駐屯所へ戻ってきた時、彼らを迎えたのは騒然とした軍人達だった。
そこには、居るべき一組の男女が姿を消していた。