●リプレイ本文
●《ゲーム》開始
壁に設置されていた時計の秒針がゆっくりと動き始め、決断の一時間が始まった事を明示した。
突然の説明。そして強制的な《ゲーム》の開始。
不条理な状況には慣れているはずの傭兵達だったが、苛立ちと焦りを覚えずにはいられなかった。
「ちと難題だが、やるしかあるまい」
割り切った口調で口を開いたのは、木場・純平(
ga3277)。
数人が彼に驚愕の表情を向けるが、彼は前言を撤回するつもりはなかった。
「くだらないな。ゲームだと?」
柔軟な対応を見せた純平とは反対に、藤村 瑠亥(
ga3862)は心底くだらなさそうに吐き捨てた。
とは言え、彼もこのゲームに拒否権が存在しない事は既に了承している。
心底嫌そうに、「だが‥‥今回は従うしかないようだな」と言葉を続けた。
「ゲームってのは本来皆で楽しむもののはずなんだけどなぁ‥‥」
やれやれ、と高坂聖(
ga4517)は肩を竦ませる。
彼の言う通り、この《ゲーム》を楽しんでいるのは主催者であるピースのみだった。
そして彼ら傭兵は、その《ゲーム》を面白くするための“駒(ピース)”に過ぎない。
櫻杜・眞耶(
ga8467)は先ほどまで音声を発していたスピーカーを無言で睨みつけると、すぐに瞳を左右に動かし始めた。
彼女の予想通り、監視カメラが設置されていそうな場所がすぐに発見される。
だが潰した所でどのようなペナルティを課せられるか想像も出来ず、彼女がただそこを睨み続けるしかなかった。
燃え上がるような怒気と、刃先のように鋭い殺意を込めて。
「敵さんも面白い余興を用意してくれるねぇ」
呑気な口振りに苦笑いを添えて、秋月 九蔵(
gb1711)はのんびりと感想を述べた。
しかし一瞬後には態度が変貌し、挑戦的な台詞を語る。
「‥‥戦場に観客席なんて無い事を教えてやるさ」
それにはピースに対して挑発する意味合いもあったのだが、生憎とピースは一切反応を示さず、九蔵は舌打ちをした。
「命を賭けたゲームなんて‥‥」
セレスタ・レネンティア(
gb1731)が信じられないと言うように呟き、そして本心からそう思っていた。
戦争で多くの尊い命が失われてるというのに、ピースという男はゲーム感覚でそれを散らせようとしている。
常人では到底理解出来ないその思考は、まさに『狂人』と称するに相応しかった。
ドリル(
gb2538)は瞳を閉じて耳を済ませ、スピーカーから何か聞こえないかと試してみたが、結果は失敗だった。
完全にスイッチをオフにしているのか、部屋の中には拘束者の息遣いと騒がしい傭兵達の言動しか存在していなかった。
もし聞こえるようならば、ピースの反応から答えが見つけられるかも知れないという彼女の希望は、無惨にも砕かれてしまった。
「まさに籠の中の鳥、といった状況ですね‥‥。何とかして全員生還したい所です」
自らの状況を皮肉に例えたのは、ハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)だった。
支配権がピースにある以上、迂闊な事をすればどのような仕置きが待っているか分からない。
ここは素直に従っている振りをして、相手の隙を窺うべきだと彼は考えていた。
幾ら不平不満を漏らした所で、敵は一切容赦してくれない。
その事実を確証付けるように、壁の時計は間もなく十分を経過しようとしていて、傭兵達は仕方なく質問事項の相談を開始した。
●四つの質問
ゲーム開始から三十分が経ち、やっと傭兵達の会議は終了した。
最後に互いに相違や不満がないか確認を終えると、最初の質問者である純平が一歩前に出る。
他の者達は拘束者に視線を向け、些細な反応さえも見逃すまいと視覚に神経を集中させた。
純平は喋る前に咳払いをして拘束者達の注目を集め、ゆっくりと口を開いた。
「ご存知の通り、俺たちはキメラがいないかどうかを確認したいのだが、ここに居る六人の住人は全員正直者なのかな?」
六人中三人が、すぐに頭を縦に振った。
そして少し考えるような仕草をした残りの三人も、間を置いてからゆっくりと首肯する。
この時点で傭兵達の考えはある答えに達するのだが、構わず質問を続けた。
次に質問を行ったのは、九蔵だった。
純平と交代するように一歩前へ出て、拘束者達に問い掛ける。
「では、嘘吐きはキメラですか?」
これには全員、首を傾げて答えかねている様子だった。
分からないのか、それとも答えられない理由が存在するのか。
いずれにしても答えられない事を『返事』と捉えると、九蔵は「もう結構です」と告げて、次の質問者に交代する事にした。
三番手はドリルで、彼女は一歩出るなり、
「前の傭兵がどうなったか知っているか?」
と尋ねて、拘束者の反応を見守った。
傭兵達にとっては意外な事に、「知っている」と答えたのは三人だけだった。
二人は扉に一番近い位置に捕縛された若い男性とその隣の中年男性で、三人目は部屋の一番奥に拘束された老婦だった。
傭兵達はその三人を特に警戒しながら、最後の質問を待った。
最後の質問者は眞耶。しかし彼女の試問は、言葉によるものではなかった。
眞耶は自身の腕を持っていた氷雨で斬り付けると、溢れる血を拭おうともせず、拘束者に近寄っていく。
「それでは‥‥今から皆さんに近付ける匂いを、よく嗅いでくださいね」
言いながら、彼女は血塗れた腕を拘束者の鼻に近づけ、その反応を窺っていく。
若い男性がその匂いを嗅いだ時、額に汗を浮かべたのを瑠亥と聖は発見した。
その隣の中年男性は匂いを嗅ぐなり体を震えさせ始め、怯えているようにも何かを我慢しているようにも見えた。
三人目の男性は何の匂いか検討も付かない様子で、首を横に振るだけだった。
女性陣は全員その匂いが何なのか気付いたらしく、恐怖によるものなのか体を震わせる。
セレスタとハインは、特に老婦が尋常でない怯え方をしていたのが気になっていた。
全ての質問を終えると、眞耶はエマージャンシーキットで傷に応急処置を施した。
見た目よりも傷は浅かったようで、出血はすぐに止まった。
傭兵達は再び集結し、各々の意見や気付いた点を話し合って、再び決断するための相談を開始した。
即ち、『誰を殺すか』を決めるために。
●傭兵達の『答え』
残り時間十分と迫った時、既に傭兵達の答えは出ていた。
彼らは一体誰がキメラなのかを見抜いたのだ。
確信ではなかったが、可能性で言えば一番高い人物は見つかっていた。
先ほどの質問で全て「はい」と答え、血液に対して他の拘束者とは一線を描いた反応を見せた者達。
つまり、注目していた若い男性と中年男性。そして老婦の三人だった。
殺害対象は決まった。だが、やはり彼らは躊躇した。
もしかすると全く違っているかもしれない。選んだ相手は一般人かもしれない。
その考えが彼らの手を震わせ、最後の一手を仕掛けさせなかった。
だが無情にも残り時間は五分を切り、彼らは否応無く行動を迫られた。
《ゲーム》の本質通り、彼らに拒否権は存在していなかった。
純平は大きく息を吸い、ゼロを握る手に力を込めた。
「悪いな、もしキメラでないのなら運が悪かったとあきらめてくれ」
瑠亥は表情を殺し、冷たく言い放って花鳥風月を構えた。
聖は生温かい唾を飲み込んだ後、超機械の作動スイッチに指を掛けた。
眞耶は瞳を閉じて月闇と氷雨を振り上げた。
「さて、鬼が出るか蛇がでるか‥‥」
九蔵は不謹慎だと分かりながらも、銃口を頭部に向けて薄笑いを浮かべた。
「覚悟を決めます‥‥」
セレスタはライフルを構え、引き金に掛けた指に力を込めた。
ドリルは額に汗を浮かべながら、真ディヴァステイターの照準を相手の急所に合わせた。
ハインは無表情で小銃の撃鉄を起こし、トリガーを思い切り引いた。
そして──。
●《ゲーム》終了
時計の針が動き出してから一時間後で再び停止した時、拘束者の鎖は全員同時に外された。
支えを失い、地面に手を着く者。床に倒れたまま荒く呼吸する者。
その動作は人それぞれだったが、皆同じように動揺しているのは確かだった。
理由は簡単である。
彼らのすぐ傍には同じように拘束されていた者達の死体が転がり、血液中の鉄分の強烈な匂いを部屋中に充満させていた。
殺したのは他でもない、彼らを助けようとした傭兵達である。
一方の傭兵達は、束縛を解除された者達の中にキメラが居ないか警戒していた。
彼らはハインから渡されたトリュフ・チョコを投げつけ、フォースフィールドが存在しないか確認していく。
チョコは全て生存者の体に命中し、傭兵達は安心した。
(「自分達の考えは間違っていなかった。殺したのはキメラだけだった」)
誰もがそう思い、そう信じ込もうとしていた。
そんな時、ピースの笑い声がスピーカーから届けられた。
『フハハハハハハッ!
素晴らしい! 諸君は見事《ゲーム》に勝利する事が出来た!!』
実に嬉しそうな口調で傭兵達の勝利を祝うピースの笑い声は、不気味以外の何でもなかった。
素直に喜ぶ事など出来ず、傭兵達はただ黙ってピースの言葉を聞き続ける。
ピースの笑いが治まるのに、たっぷり二分は時間を必要とした。
『‥‥ところで、諸君に尋ねたい事がある』
笑っていると思われたピースが突然口調を変え、傭兵達は身構える。
そして次のピースの言葉は、傭兵達をどんな刃物よりも鋭く深く突き刺した。
『他者の命を奪い、心の“平安(ピース)”を手に入れた気分はどんなものかね?』
●種明し
絶望する傭兵達に追い討ちを掛けるように、ピースは全てを語り始めた。
『もう理解しただろうが、そこに拘束されている者達の中にキメラなんて存在しなかった。
諸君が殺害したのは衰弱した無抵抗の一般市民だったという訳だ』
再び可笑しそうな笑い声を漏らした後、ピースは言葉を紡いでいく。
『そもそも私は最初の時点で失態を犯した訳だが、どうやら諸君は気付いていないようだな。
覚えていないかね? “無理に外そうとすると拘束者を死に至らしめる仕掛け”だよ。
もしその中にキメラが居たとして、そんな仕掛けの標的になると思うかね?
私なら間違いなくやってみせるだろうが、生憎とそんな理由でキメラを失う事を上の奴等は良しとしないんでね。
特に、ほぼ完璧に人間に擬態したキメラなど易々と生産出来るものではない』
「しかし、あなたはルールで拘束者に触れる事を禁じたはずです」
ピースの説明を聞いて聖が反論するが、ピースはその説明さえも用意していた。
『そう、だから私は《ゲーム》のルールとして禁止したのだ。
‥‥ところで、君。何故ゲームにルールが存在するか知っているかね?』
逆に尋ねられて面を食らうが、聖は冷静に答えを返した。
「ゲームを楽しむため、ですか?」
『いいや、違う。“ルールがなければゲームとして成立しないから”だ。
諸君はルールの真意に気付けなかった。だから殺人者となったのだ。
最も、私もそんな無理難題を押し付けるような人間ではない。だから、“ヒント”を用意した』
ピースの言う“ヒント”が何か分からず、傭兵達はただ沈黙した。
それを答えと見て、ピースが口を開く。
『私は最後にこう言ったな? “全てを疑え!”と。
丁寧にこの部分だけを強調し、私は説明したはずだ。
これには先ほどのルールを疑えという意味と、私の言葉を信じるなという意味が存在したんだが、諸君は分からなかったようだな。
残念だ。非常に残念だよ。
‥‥ところで、諸君。前回同じような状況に陥り、死んだ傭兵達の報告書は読んだ事あるかね?』
出発前、傭兵達は全員その報告書に目を通していた。
それを素直に首を振って伝えたのは数人だけだったが。
『宜しい。ならば帰ってもう一度よく読んでみるといい。
どこにも“キメラの攻撃による傷が原因”とは記されていないはずだからな。
彼らは実に愉快な傭兵達だった。
私が答えを教えるなり口論を始め、次第には殺し合いを始めてしまったからな。
‥‥そうだ。これは私には確かめようがないのだが、彼らの任務結果はどう表記されているのかね?
もし興味があればそちらも見て欲しい。自分達の任務失敗条件と見比べて、な』
ピースが一通り話し終えた後、スピーカーから椅子の軋む音が聞こえてきた。
それがピースが椅子に深く腰掛けたからではなく、椅子から立ち上がったための音だと気付いたのは、二名。
瑠亥と眞耶である。
「つぎ、まだゲームがしたいというのならば‥‥今度は貴様の命をかけてもらうぞ‥‥」
瑠亥の殺意に満ちた声を余裕の笑い声で返した後、
『今回は私も少し退屈だった。次は本当に楽しいゲームにしたいものだ』
と、挑発的な台詞で返し、瑠亥の怒りを更に燃え上がらせた。
『それでは、諸君。私は先に失礼させてもらう。
十分後、その部屋のロックが自動的に解除されるから、自由に帰るといい』
そう言い残して去ろうとするピースに向けて、
「覚えておきな‥‥必ず殺してやるから‥‥」
と、眞耶が呟いたのだが、スピーカーからは彼の遠ざかる足音しか聞こえてこなかった。