●リプレイ本文
「ちっ、最悪の事態じゃねぇか。まだ無事な奴がいるといいんだがな‥」
現場に到着するなり、ゼラス(
ga2924)は眼前に広がる光景を眺めて怒りの表情を浮かべた。
一行が探索を開始してまず発見したもの。それは、大破した三台のトラックと散り散りになった人間の死体だった。
特に死体は五体満足のものがかなり少なく、実際よりも多くの人々が死んでいるように印象を与えていた。
「予感が的中してしまった、か」
ゼラスの隣に立つ木場・純平(
ga3277)は、軽く自身の想像力を呪ってしまった。
場所が競合地域だけに考えられない事態ではなかったが、それは誰もが望まない結果だったはずである。
全員の無事を祈っていただけに、そのショックは一際大きく感じられた。
イリアス・ニーベルング(
ga6358)は無言のまま目の前の光景を見ていたが、その表情は苦渋のものであった。
怒り。悲しみ。脱力感。無情感。復讐心。慈愛心。
あらゆる感情が彼女の中で渦巻き、しかし決して一つの感情で定まる事はなかった。
「やれやれ・・・急がねぇとヤバそうだな」
ブレイズ・S・イーグル(
ga7498)も怒りを感じている一人ではあったが、その思考は割りと冷静であった。
地面に横たわる死人が全員でない事を確認すると、早急に捜索を再開すべきだという結論を下したのだから。
それを聞いて、風代 律子(
ga7966)も賛成の意見を述べる。
彼女は以前にアルマノイド一座と関わりを持ち、それ以来機会があれば彼らと交友を行ってきていた。
ここで知人を失う事は、彼女にとって非常につらい現実となるであろう。
そのためか、彼女の捜索に対する熱意は誰よりも熱く感じられた。
「うん‥‥、そう‥‥。宜しく」
少し離れた所では朔月(
gb1440)が無線機を使用し、競合地域の外にいる救護班と連絡を取っていた。
本部が安全に対象を保護するという名目で救護班の現場入りを許可しなかったため、救護班を現場入りさせるには危険性の皆無を証明しなくてはならない。
つまり、能力者のグループが先行して一座と安全性を確保することが今回の任務の要と言えた。
「皆が助けを待ってる‥‥早く見つけてあげないとね」
現場の詳細を調べながら、蒼河 拓人(
gb2873)は誰に言うでもなく呟いた。
トラックの破損状況や大破の原因を観察し、周辺に生存者の手掛かりがないか視線を左右させる拓人。
彼が苦労して手掛かりを見つけたのとほぼ同時に、志烏 都色(
gb2027)が偶然同じ手掛かりを発見した。
それは、一定間隔で地面に落ちている血痕だった。
「‥‥あちら、みたいですね」
都色の発言に一行の視線が集中し、全員に血痕の事実が伝わる。
それがキメラのものか、生存者のものかは分からないが、捜索の大事な第一歩である事には相違なかった。
だが血痕は一筋のみではなく、大小様々な血痕が色々な方向へと続いている。
一行は現場に辿り着くまでに話し合って決めていた二班に分かれると、別々の道を進んで捜索を行う事にした。
ブレイズ、純平、朔月、都色のA班は現場から北西に続く道を、ゼラス、律子、イリアス、拓人のB班は現場から北東に続く道を進んでいった。
捜索を開始して二十分が既に経過した頃、A班が追っていた血痕が途切れ、捜索は難航していた。
困った一行は純平の提案に従い、付近の広い場所でアルマノイド一座を大声で呼び掛ける作戦を決行する事にした。
高い建物に囲まれた有料駐車場へ移動し、早速全員で大きな声を上げる。
「どなたか、聞こえていたら返事をして下さい!」
都色の言葉に倣うように、一行は周囲の建物に向かって呼び掛け始めた。
しかしいくら声を大きくしても、何度声を掛けようとも、返答が返ってくることはない。
そろそろ喉に痛みを覚え、次の場所へと移動しようか一行が話し合いを始めた頃だった。
それまで静けさに包まれていた辺りが突然騒がしくなり、カサカサと聞き覚えのない音が一行の耳へ届いてきた。
確かにそれは記憶のどれとも合致しない音だったが、一行はその音の正体にすぐに勘付いた。
即座に武器を構え、覚醒状態へと移行して臨戦態勢を整える。
そう待たせずして、音の正体は姿を現した。
建物の影から、空を舞いながら、垂直の壁を歩きながら、巨大な虫が続々と登場する。
それは、ハチのキメラだった。
黒い複眼が四人の姿を捉えると敵意を示すように朱に染まり、折り畳まれていた羽が展開されて高速で運動を始める。
誰の目から見ても明らかな臨戦態勢を確認すると、ブレイズは無線機を取り出してB班に連絡した。
「こちらA班、敵と戦闘に入った」
相手の返事も待たずにそれだけ伝え、即座に無線機をしまって武器を構え直す。
キメラが行動開始するまで待ち構えてから、一行は戦闘に突入した。
「A班からの連絡で、敵と交戦状態になった模様です」
ブレイズからの連絡を受けた律子は、簡単にその内容を他の能力者達に伝えた。最も、肝心の連絡内容はもっと簡略的ではあったが。
一瞬だけ一行は不安感に包まれたが、すぐに自分達の本来の目的を思い出した。
「あとは‥‥あの建物が最後になるかな」
地図と見比べながら、拓人が目的地を告げる。
彼は現場入りする前に地図を受け取り、そこから大人数でも隠れられそうな場所の目星をいくつかつけていた。
既にほとんどの建物は回っていたが、いずれも外れであったり、建物が崩壊していたりして、一座の姿を見つける事は出来なかった。
一行の最後の望みを掛けた探索は、果たして吉と出るか凶と出るか。
不安を希望に縋り付くような思いで必死に振り払いながら、一行は最後の建物に向けて足を進めた。
そこは、元々は二十階建てのホテルだったのだが、戦争の影響で十階より上が綺麗に消失していた。
一行がホテルの前までやって来ると、静寂に満ちていた空気が突然振動を始めた。
何かを削り、破壊する音。それが、一行に徐々に近付いてくる。
やがて空気の振動が地面にまで伝わるように、微小な地震が一行を襲った。
訳も分からず困惑する一行に、ホテルの脇から高速で回転する物体が出現したかと思うと、直に方向転換を行って突進してきた。
武器を構えて迎撃する時間もなく、一行は必死に転がって回避するしかなかった。
巨大な球体は一行を通り過ぎた所で停止すると、ゆっくりと本来の形へと戻って一行を正面に捉えるように旋回した。
正面から見てそれが大きなダンゴムシだと一行が気付いたのは、やはり記憶のそれとは違う非常識な大きさ故かもしれない。
ダンゴムシは二本の触覚をピクピクと動かして、一行の様子を探っている。
その隙に一行は武器を構えて覚醒を行い、臨戦態勢を取った。
相手がキメラであり、排除せねばならない対象であることは、先程の攻撃からも明確である。
キメラが再び球体へと変化する前に、一行は一斉にキメラへと向けて駆け出した。
「くそっ‥‥洒落にならねぇ‥‥」
必死に言葉を搾り出したせいか、ブレイズは次に口から微量の血液を吐き出した。
「喋るな。今応急処置をする」
壁に凭れて地面に座るブレイズの正面に座り、朔月が懸命の治療を行う。
ブレイズの服の脇腹部分が、血に濡れて肌にべっとりと密着していた。
傷の原因は、ハチキメラの尾から発射された鋭い針だった。
先の戦闘で空中から浴びせられた無数の針は全員を襲い、大小様々な傷を一行に付けた。
中でもブレイズは朔月に命中しそうだった針を援護防御した際、同時に彼を狙って発射された針に気付く事が出来ず、最も酷い損傷を受けた。
おまけに針の内部には毒液が仕込まれていたらしく、彼は先ほどから何度か嘔吐感を覚えてたり、服を脱ぎ捨てたいほどの熱を感じていた。
応急処置で何とか傷口を包帯で覆う事は出来たが、毒の治療方法までは分からない。
とりあえず純平がブレイズに肩を貸して行動を起こす事は出来たが、捜索の続行は不可能だと考えられた。
彼だけが原因という訳ではなく、皆キメラとの戦闘による疲労で行動力を失っていた。
もし今の状態でもう一度キメラとの戦闘を行えば、今度は命を落とす可能性が高い。
苦渋の決断だが、一行はそうせざるを得ないほど危うい状態だった。
「すいません、一時離脱します」
都色は申し訳なさそうに無線機でB班に告げたが、それに対する返答はなかった。
気付いてないのではないかと思って何度か声を掛けるが、やはり誰も何も言葉を返さない。
不安になってB班の元へ駆け出そうとした都色を、朔月が制した。
「都色のやろうとしている行為は自殺行為だ。これ以上仲間の負担を増やしたくないなら、自重しろ」
都色は反論しようとしたが、彼女の言っている事は尤もであると冷静に判断すると、開いた口をゆっくりと閉じた。
誰もが辛い決断に、暗い表情を浮かべながら、一行は競合地域からの脱出を行った。
予想外の事態ではあったが、予想出来ない事態ではなかった。
必死の思いでダンゴムシキメラを討伐したB班だったが、それを待ち侘びたように続々と同種のキメラが登場したのには驚いた。
一匹でさえ倒す事に困難を極めたというのに、それが三匹も現れては太刀打ちできる可能性など零に等しい。
仕方なく一行はホテルに背を向けると、一目散にその場を後にした。
幸いにもダンゴムシ達は追跡してくる事はなく、一行は無事にキメラから逃げ切る事が出来た。
しかしおかげで現在地と一座の手掛かりを失い、B班の捜索は完全に座礁してしまった。
既に捜索を始めてからかなりの時間が過ぎており、頭上にあったはずの太陽が少し傾き始めていた。
何の手掛かりも掴めないまま夕暮れを迎えれば、強制的に捜索は打ち切られてしまう。
その焦りのせいか、ゼラスは自身の無線機を掴むと、大きな声で何度も呼び掛けた。
「生きてる奴! 返せ! 繰り返す! 生きてる奴‥‥!」
そうして何度か回線の周波数を調整した時、一瞬だけ無線機の向こうから何か聞こえ、ゼラスは慌てて微調整を行った。
小さな声だが、無線機の向こうから響いてくる声がある。ゼラスはそれを一座からの救援要請だと考えると、声を掛けようとした。
しかしそれをイリアスが手で制し、無線機から聞こえる声に耳を澄ませるように無言で伝える。
ゼラスは奇妙に思いながらも、受信音量を上げて一行の中心に無線機を置いた。
『‥‥そうか。我々の計画通り、事は運ばれているようだな。了解した』
無線機から響く声は若い男のものだが、誰も覚えのないものだった。
唯一、律子だけが思い当たる節があるらしく、その正体を思い出そうと必死に頭を悩ませている。
『彼らはその後、予定通り例の計画に参加させられる訳だな。‥‥いや、問題ない』
どうやら無線機の向こうの男は誰かと会話をしているようだが、その相手の声は一切無線機に拾われていなかった。
男の言う『彼ら』というのが恐らくアルマノイド一座の事だろうと推測すると、一行はより一層真剣に耳を澄ませた。
『‥‥ああ。‥‥ああ。確かに窮屈ではあったが、それなりに楽しめたさ』
その発言を聞いた瞬間、律子の表情は驚愕に満ち、そして戦慄を覚えた。
「──ソラシド!」
無意識の内に彼女は叫び、突然の大声に他の三人は驚いて彼女を見る。
幸いにも無線機はこちらの音を拾わないように設定していたため、気付かれる事はなかった。
『それじゃあ約束通り、僕に──えっ?』
直後、無線機から響く小さな爆発音。そして鈍い音。
幾度も戦場を体験した一行は、すぐにそれが何なのか理解出来た。
拳銃の発砲音。そして、人の倒れる音。
それが意味する所は誰しも容易に想像出来た。
それ以降無線機からは何も聞こえてくる事はなく、数分間放置した後、ゼラスはゆっくりと無線機の回線を遮断した。
「とにかく、最後まで諦めずに捜索は続けましょう!」
拓人の言動は前向きで逞しく感じられたが、やはり彼の表情にはどこか暗いものが存在していた。
少なくとも、律子の知るソラシドという人物が、どこかで倒れているはずなのだから。
中々腰を上げようとしない三人だったが、最初に律子が動き出し、他の二人も覚悟を決めて姿勢を整えた。
その後、夕暮れまで懸命な捜索が行われたが、アルマノイド一座の生存者を見つける事は出来なかった。
代わりに、額を打ち抜かれて唖然とした表情のまま地面に仰向けに倒れているソラシドの姿を発見する事は出来た。
その表情は少し笑っているようでもあり不気味であったが、律子が目を閉じさせると、幾分か直視できる顔になった。
「‥‥何故?」
倒れたソラシドに向けて、律子は思わず問い掛けていた。
無論、その答えが返ってくる事はない。彼は永遠に沈黙を続けるのだから。
だがそれでも、律子は尋ねずにいられなかった。
「何故?」
その声は建物の中に反響し、いつまでも四人の耳に残り続けた。