タイトル:荒野を疾走する死神マスター:水君 蓮

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/18 01:32

●オープニング本文


 夜も深まった頃、静かな荒野に大音量とライトの群れが現れた。
 ライトは一定間隔で列を成し、凄まじいスピードで移動している。
 響き渡る大音量は空気を振動させ、耳だけでなく肌でもその存在感を感じる事が出来る。
 闇を駆けるその正体は、バイクに跨った男達の集団走行だった。
 俗に『走り屋』と呼ばれる彼らバイカー達は、ただ一つの目的のために疾走する。
 即ち、風と一体化するような感覚を味わうためである。
 市街地で暴走行為を行う連中と違い、彼らには自分なりの美学というものが存在する。
 例えば、それは他人に迷惑を掛けることない深夜の荒野のみを走行することだったりする。
 その日の夜も彼らはエンジンをフル稼働させ、荒野の道路を爆走していた。
 自分達は止めるものは存在しない。
 そう誰もが思い、疑わなかった。
 実際に彼らは時速百キロ以上で走り、その走路を阻む物は何もなかった。
 しかし、最後尾を走っていた若い男はふいに奇妙な違和感を覚え、何気なく背後を振り返った。
 テールライトに照らされる空間は狭く、背後には普段どおりの闇夜が広がっているに違いない。
 そう考えていた若い男は、予想外の存在に驚愕せざるを得なかった。
 時速百キロ超という高速移動をする彼らの後ろを疾駆する巨影を、若い男の瞳は捉えた。
 それは馬が数匹で引くような巨大な荷車で、その上には黒いローブで全身を包んだ者が居た。
 ローブの人影は両手に持った大きな鎌を振り上げ、今まさに襲い掛かろうと荷車の速度を速める。
 走行するバイカー集団との距離を徐々に詰め、ついにテールライトがその素顔を映し出した。
 人物の正体を視認した瞬間、若い男は思わず息を呑んだ。
 闇の中に浮かび上がった顔面は人間の頭蓋骨そのものであり、鎌を構えるその姿は死神のそれに相違なかった。
 よくよく見れば荷車には至る所に禍々しい装飾が施されており、車輪からは棘が飛び出してコンクリートの道路を削りながら移動している。
 緊急事態を仲間に伝えようとするが、若い男の声は風に流されてすぐ近くの走行者にも届かない。
 近寄って教えようにも、男のバイクは既に最高速度を示しており、先行する他の者にはどうしても追いつく事が出来ない。
 どうすれば良いのか散々絶望と苦悩を味わった末、男は自分の猶予が知りたくて再び背後に視線を向けた。
 しかし、そこには見慣れた深夜の荒野が広がるばかりで、先ほどまですぐ後ろを疾走していた死神の姿はどこにもなかった。
 まさか高速走行の連続で発生した脳内麻薬による幻覚現象か。
 自分の目を擦ることも出来ず、若い男はただ目の前の現実を受け止める事しか出来なかった。
 その内に自分の勘違いだろうと自身を誤魔化し、疾走に意識を集中させようとした時だった。
 男の目の前に、特大の鎌の刃が突然闇の中から顔を出してきた。
 眼を見開く暇はあれど避ける暇はなく、鎌の刃はヘルメットに覆われた男の頭部の少し下を潜り、綺麗に首を刎ねてみせた。
 首なしライダーはしばしの遊走を楽しんだ後、全身が脱力し始めると同時にバランスを失って転倒し、やっと仲間に異常事態の発生を告げる事が出来た。
 しかし、気付けた仲間は同じく最後尾の方を走っていた仲間のみで、先頭を走る連中には一切伝わる事はない。
 気付いた者は必死に鎌の魔の手から逃れようとして、ある者はやっぱり逃げられずに殺され、ある者は操縦を失って事故を起こし、ある者は馬車の車輪に踏み潰されてしまった。
 そういった事を後方から何度か繰り返し、やっと先頭集団が異変に気付けた時には、走行開始時にいたメンバーの半数以上が脱落していた。
 結局バイカー達は高速荷車の死神によってほとんどの者が命を落とし、最終的に死神はさらに加速すると、フロントライトの届かない闇夜の中へ消えてしまった。
 直面した恐怖よりも仲間を失った悲しみに、バイカー達は自身の安全も省みず雄叫びを上げた。

 その後、調査部隊の綿密な調べで以下の事が判明した。
 死神は夜間にのみ現れ、決して昼間には姿を見せない事。
 時速百キロ以上で走行する者のみを襲撃する習性がある事。
 荷車部分と死神部分は連結した一つの生物であり、自在に移動が可能な事。
 荷車部分の硬度は見た目以上に強固で、確かな損傷を与えられるのは死神部分のみである事。
 死神部分はある程度まで伸縮可能で、距離が開いていても安心できない事。
 以上の事項が、調査部隊に数名の犠牲者をもたらして発覚した。
 これに対して軍は特殊な任務形式になることを想定し、至急あるものを手配した。
 数時間後、サイドカー付きの特殊装甲バイクが数台、軍の駐車場に到来する。

●参加者一覧

聖・真琴(ga1622
19歳・♀・GP
流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
ゲオルグ・シュナイダー(ga3306
23歳・♂・GP
ソフィア・シュナイダー(ga4313
20歳・♀・FT
神無 戒路(ga6003
21歳・♂・SN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
神無月 るな(ga9580
16歳・♀・SN

●リプレイ本文

「そろそろ準備しましょうか」
 時計を見て頃合と計った神無月 るな(ga9580)が、作戦開始を告げた。
 他の者達は今か今かとその時を待っていたため、誰も異議を申し立てる事無く準備を始めていく。
「頼むぜ切り込み隊長。俺の命はお前に、お前の攻撃は俺が預かる」
 ゼラス(ga2924)はインカムの位置を調整すると、バイクに跨ろうとしている聖・真琴(ga1622)に声を掛けた。
「私の腕を信じて、隊長」
 ニッコリと余裕の笑みを見せて、真琴はエンジンを稼動させた。
 他の単車も同じようにエンジンをスタートさせ、静寂に包まれていた周囲が一気に騒がしくなる。
「改めて、宜しくお願いします。多少荒っぽくして貰っても全然平気ですから」
 インカムの感度を確認するついでに、流 星之丞(ga1928)が神無 戒路(ga6003)に無線通信を入れた。
 戒路は隣に座る星之丞を見下ろして、
「昼間の感覚でやるつもりですから、あの時の感じを思い出して下さい」
 と、丁寧に答える。
 一行は夜間の作戦決行前、まだ明るい内に現場入りし、一通り走行を終えていた。
 事前にお互いの癖や道路の状況はある程度把握済みである。
「あの二人も中々‥‥。いや、やっぱりジョー隊長にはお兄ちゃんと絡んでもらわないと‥‥」
 そんな二人を見て何やら怪しい独り言を呟いているのは、ソフィア・シュナイダー(ga4313)。
「おい、不謹慎な妄想は本人がいない所でやってくれないか?」
 そんな彼女にツッコミを入れたのは、兄であり攻撃役担当でもあるゲオルグ・シュナイダー(ga3306)だった。
 ソフィアは聞かれていた事が意外とでもいうように驚くが、実際には無線がなくても聞き取れるほど大きな声だった。
「最近入手したこのヒーローマントがお気に入りなんです。
 風にはためかせて高笑いしたいところですが、これってヒーローというより変な人でしょうか?」
 恥ずかしげにるなに尋ねるのは、運転役の旭(ga6764)であった。
 確かにバイクに乗るヒーローというのは無駄に風に揺れるアイテムを身につけているものだが、実際にそんなことをする人は見かけない。
 しかし、るなは旭のヒーローマントをじっくりと見据えると、
「いえ、とても格好良いと思いますわ」
 と、微笑みを浮かべて大人の対応をした。
 全員が持ち場に就き、エンジンが充分に温まっている事を確認すると、再びるなが口を開いた。
「それでは、死神狩りと参りましょうか♪」
 一行が了承の意味で頷き、一斉にバイクを加速させ始めた。
 マフラーが咆哮し、あっという間に一行の姿が遠くなっていく。
 後方へ向けられたライトが点になるには、そう時間を要さなかった。

 暗い夜道をライトの灯りを頼りに一行は猛スピードで進行していく。
 昼間に走ったのと同じ道路とはいえ、一回走り慣らした程度では具体的な対応はまだ掴めていない。
 運転手達は細心の注意を払いながら、前方を睨みつけてさらにアクセルを回した。
 攻撃役担当者達は後方のライトの灯りを手掛かりに、背後からの奇襲を想定してキメラの姿が確認出来ないか闇を観察した。
 そして、そろそろ走り屋達が襲われたという現場に差し掛かろうとした時。
 偶然前方に視線を向けた星之丞が、闇の中でライトの光に一瞬だけ反射した何かを見つけた。
「みなさん、来ました‥‥奴です!」
 それが何かを正確に判断する前に、星之丞はインカムを使って全員にその存在を伝えた。
 後ろから来るとばかり思っていた者達が驚いて前方へ顔を向けると、遠くから凄まじい速度で迫ってくる真っ黒な『何か』が見えた。
 星之丞の予測通り、その正体は件のキメラだった。
 車輪が地面を削る音を響かせながら、鎌を振りかぶって一行に迫ってくる。
「至急、回避して下さい!」
 旭に言われるまでもなく、運転手達は慌てて左右にバイクを移動させた。
 間一髪、全員が回避を終えた所でキメラが通り過ぎていき、奇襲攻撃も空振りとなった。
 そのまま後方に消えたキメラを臨戦態勢に入った攻撃担当が探していると、再び地面を削る音が響いてきた。
 事件の報告書にあった通り、闇の中から徐々に姿を現し、死神は再び一行の前に登場した。
 ゆっくりだが確実に速度を上昇させ、一行との距離を詰めていく。
 運転手達はミラーでその存在を確認しつつも、進行方向先を見つめる事しか出来なかった。
 キメラによって削られた地面は予想以上に運転者に負担を掛けていたのだ。
 そして遂にキメラが最後尾の旭&るなペアのすぐ後ろまで迫り、再び鎌を振り上げて攻撃を仕掛けようとした時、
「いきます!」
 と旭が合図して、るなはしっかりとサイドカーの淵を掴んだ。
 直後、突然旭がブレーキを掛け、驚くキメラの横を難なくすり抜けていく。
 無事に背後に回れた事に安心すると、再びバイクを加速させ、旭達はキメラの後方に一定距離で張り付いた。
 背後に回り込めた事を確認すると、真琴&ゼラスと戒路&星之丞のペアも速度を調整し、キメラの両側位置を維持するように走行を始めた。
 最後にソフィア&ゲオルグの兄妹がキメラの前方を確保し、完全にキメラの四方を包囲する陣形となる。
 キメラは何が嬉しいのか奇妙な笑い声を上げると、鎌を振り上げて戦闘体勢に移行した事を示した。
 それを合図に全員覚醒し、いよいよ本格的な高速戦闘が展開された。
「行きますよ、お兄様!」
「行くって──おいっ!?」
 最初に大きな行動を起こしたのはソフィアの操縦するバイクだった。
 いきなりバイクの加速を緩めたかと思うと、疾走するキメラの正面まで一気に距離を詰めたのである。
 あと少しでキメラの車体の下敷きとなりそうな所でアクセルを回し、ぎりぎりの位置を維持する。
「こうなりゃ、粉砕撃破だ!」
 少し自棄気味になりつつも、ゲオルグは近距離である事を活かしてパイルスピアによる攻撃を行った。
 標的は死神──ではなく、その下の荷車部分。
 より正確に言うならば、今すぐにでも彼らを踏み潰さんと回転を続ける車輪部分であった。
 渾身の力を込めて槍の先についた小さな斧を車輪に叩き込むが、僅かに軌道がずれた程度で大きな損傷は与えられなかった。
 むしろ目前で堂々と攻撃を仕掛けた事により、死神の標的が攻撃を終えたばかりのゲオルグに確定してしまう。
 振り上げた鎌を少し斜めに倒し、ゲオルグの体を袈裟に切り裂こうとした瞬間、
「させるかっ!」
 真琴のバイクが急速にキメラに近付き、キメラ側に取り付けられたサイドカーに乗り込んでいたゼラスがガンドルフを振るった。
 目の前の相手しか見えていなかった死神にとってそれは虚を突いた攻撃となり、予想以上の損傷を与える事に成功したようである。
「神無さん、こちらもお願いします!」
 星之丞の合図を受けて、戒路がキメラにバイクを近寄らせる。
「これ以上、交通事故者は増やさせません‥‥僕の背負ったこの十字架で、ドライバー達の未来を守ります!」
 充分に距離が縮んだ事を確認すると、星之丞は十字架のようなクルシフィクスを構え、キメラを斬り付けた。
 しかし二度も同じ攻撃を喰らうほど、キメラは油断をしていなかった。
 鎌の長い柄で星之丞の攻撃を器用に受け流すと、隙だらけとなった星之丞に反撃を行おうと鎌を振り上げた。
 それを視界の隅で視認すると、戒路がスピードを落としつつキメラとの距離を離した。
 だが咄嗟の回避程度では、死神との距離は僅かにしか開かない。
 死神は自分の体の特性を活かし、荷車から伸びるように体を動かして二人に迫った。
 このままでは攻撃を回避する事が出来ない。
 星之丞がクルシフィクスを防御に代用しようと構えた直後、るなの放った矢が隙だらけだった死神の背中を捉えた。
 強弾撃を付加したるなの攻撃は強力で、死神は攻撃を中止せざるを得なかった。
「有難う御座います」
「いえいえ、どう致しましてですわ」
 戒路の礼に答えつつ、るなは再び矢を番えてキメラを狙う。
 二度も攻撃が中止され、手負いのキメラはより凶暴性を増した。
 死神はぐるぐると体をゴムのように捻ると、鎌を斜めに構えた姿勢のまま停止した。
 それが何を意味するのか、直感で一行が行動を起こした時には遅かった。
 キメラは捻ったゴムが元に戻るように鎌を斜めに突き出したまま回転し、おまけに少し身体を伸ばして範囲を広げたのである。
 真琴&ゼラス組と戒路&星之丞組は攻撃役がそれぞれの武器で防御を行った事により、大事には至らなかった。
 後方で距離も保っていた旭&るな組も、旭の咄嗟のブレーキで回避する事に成功した。
 しかし、前方を近距離で走行していたソフィア&ゲオルグ組はそうはいかなかった。
 逃げようと加速しても思ったより間は空かず、ゲオルグはキメラの攻撃を武器で受け止める事しか出来なかった。
 おかげでゲオルグの方は軽傷で済んだが、ソフィアの背中は誰も守っていなかった。
 ジャージの背中部分が裂け、中から僅かだが出血をしていた。
 やっと一太刀浴びせる事が出来たのが嬉しいのか、死神キメラは再び奇妙な笑い声を上げた。
「真琴!」
 仲間の被害を目の当たりにして、ゼラスが相棒に声を掛ける。
 真琴はその言葉の意味を察すると、サイドカーをぶつけんばかりの勢いでキメラに急速接近した。
「うらぁ!」
 ゼラスのスキルを付加した強力な一撃が、キメラの脇腹らしき部分を裂いた。
 その威力がかなりのものだったのか、キメラの口から笑い声は消え、代わりに悲痛な叫びが発せられた。
「我々も!」
 星之丞が相棒に合図すると、戒路も同じようにキメラに急速接近を行った。
「ゲオルグさん、今です!」
 距離が充分である事を確認すると、まず星之丞はゲオルグに声を掛けた。
 ゲオルグは負傷した妹を心配していたが、このままではいずれ失速して負傷どころ済まない事に気付いた。
 それを気付かせてくれた星之丞の言葉に感謝しつつ、先ほどと同じように渾身の力を込めた一撃を車輪に叩き込む。
 ほぼ同時に、弾頭矢に番え直したるなが車輪を狙って矢を放った。
「今、死神の鎌を打ち砕く‥‥これが僕達の絆の力です!」
 二人の攻撃によって僅かに車輪が浮いたのを確認すると、星之丞が啖呵を切ってクルシフィクスにスキルを込めて攻撃を行った。
 空中で不安定だった車輪は損傷こそ大した事はなかったが、バランスを崩すには充分だった。
 ゆっくりと傾いていく死神の左腕をゼラスの刃が断ち、るなの矢が眉間を射貫く。
 途端、死神荷車は完全にバランスを崩壊させ、無様に何度もアスファルトの上を転がり始めた。
 並走していた側面の二台は素早くハンドルを切って距離を開け、後方を走っていた旭は慌ててキメラとぶつからないように移動を行った。
 時速百キロ以上で転倒したキメラは死神も荷車もバラバラになって、最後に断末魔の悲鳴を上げながら後方の闇の中へと消えていった。
 しばらく走行した後でブレーキを掛け、路肩に停止していたソフィア&ゲオルグ組のバイクに一行が近寄っていく。
 ソフィアは心配する一行に向けて、大した傷ではないことをアピールしてみせた。
 誰よりも兄であるゲオルグが一番安心していると、いつの間にか夜の世界は徐々に明るくなり始めていた。
 まだ太陽の姿は見えないが、夜明けの到来を知り、一行は感慨深い思いに浸った。