タイトル:笑顔を守るためにマスター:水君 蓮

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/15 23:05

●オープニング本文


 諸君達は『アルマノイド一座』というサーカス団をご存知だろうか?
 彼らは敢えて危険な競合地域へ乗り込み、そこに住む人々に持ち技を披露する芸人集団である。
 そのため、他のサーカス団体よりも屈強で俊敏な人間ばかりで構成されている。
 また、万が一の場合に備えて、団員の中には能力者も存在している。
 例えば、投擲の達人のアーキラス。
 例えば、力持ちのグリック。
 例えば、綱渡り芸人のロザリー。
 彼らの行動動機は純粋にして簡潔。
 すなわち、『人々の笑顔のために』というボランティア精神である。
 実際に彼らは見物料を観客に要求することはなく、無償の奉仕のつもりで芸を行っている。
 しかし、余裕のある者は物品や紙幣を。そうでない人達は言葉と働きを。
 誰に言われるまでもなく、観客達は自発的に彼らに各々の形で謝礼を行う。
 そして、彼らの赴いた土地には、必ず笑顔と活気が戻っていた。
 そんな一座の団長、ヴォール・アルマノイドはテントの隅にある自室で頭を悩ませていた。
 次の公演を予定して競合地域に、近頃多数のキメラの目撃情報が発生していたのである。
 どんな危険な土地にも足を運んできた彼らだが、それはある程度の安全性を事前に見積もった上での行動だった。
 現段階で予定地に向かう事は、かなりの危険性を伴う行動となる。
 ヴォール団長はしばらく一人で苦悩した後、部屋を出て練習を行う団員達のいる中央ステージへ移動した。
 そして団員達を呼び集めると、次の競合地域が危険な事や自分の悩みを話し、彼らの反応を窺った。
 決断を下す権利は彼にあるのかもしれないが、彼は独断で事を進める事を嫌がる人間だった。
 一行がざわざわと騒ぎ出すのを予想していたヴォール団長は、全員が全く動じていない様子に驚きを隠せなかった。
 狼狽して全員の顔をヴォール団長が見回していると、団員の一人が声を上げた。
「俺達はどんな場所だって団長に付いて行きますよ!」
 次々と団員の言葉に賛同するような言葉が溢れ始め、ヴォール団長は目頭が熱くなって思わず押さえた。
 必死に涙を堪え、その様子を団員達が温かく見守っている事を悟ると、ヴォール団長は最後に咳払いをして、自身の決断を告げた。
「次回の公演には能力者の護衛を募集した上で行うものとする」
 かくして、サーカス一座の護衛という奇妙な依頼が発足される事となった。

●参加者一覧

エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
芹架・セロリ(ga8801
15歳・♀・AA
神無月 るな(ga9580
16歳・♀・SN
太平堂(gb3291
24歳・♂・FT
水無月 霧香(gb3438
19歳・♀・FT

●リプレイ本文

 某日早朝、競合地域に侵入する数台の大型トラックがあった。
 トラックは全て荷台の全面をビニールで覆い、内二台だけが後方を開放してあり、そこに搭乗した人間の姿を確認する事が出来た。
 列の先頭を走る車両がその中の一台で、そこには傭兵達の姿もあった。
 ちなみにトラックは全て六輪駆動車で、その車には一行を含めて三十人近くの人間が搭乗していた。
 同じように後方を開けたトラックに残りの団員が、他の二台にはサーカスの機材が乗せられているらしい。
「競合地域の人たちにとっては、とても待ち遠しかったでしょうね‥‥無事に終わらせたいものです‥‥」
 朧 幸乃(ga3078)がぼんやりとした様子で呟き、正面に座っていた恰幅の良い中年男性がそれを聞いて、
「あまり心配しなくても大丈夫だよ。
 僕は君たちの腕を信じてるし、うちにだって充分強い団員がいるからね」
 男性の言葉に憂いが晴れたのか、幸乃は少し気恥ずかしそうに微笑みを浮かべた。
「ちなみに、そちらの能力者さん達の実力は如何程でしょうか。
 失礼だとは思いますが、今後の行動の参考にしたいので」
 瓜生 巴(ga5119)の不躾な質問に特に文句を言うことなく、中年男性は考えるように低く唸った後、
「小型キメラは問題外。
 中型キメラならアーキラスとグリックで何とかなるし、大型キメラだと総掛かりになるかな。
 まぁ、全部単体で襲ってきた場合の話だけどね」
 短く礼を述べた後、巴は考えるように口に手を当てて沈黙を始めた。
「きっと、人々に希望を与える貴方達こそこの時代に必要な存在なのでしょうね」
 その隣に座っていた風代 律子(ga7966)が素直に思ったことを話し、
「希望を与えられているかは分かりませんが、そうなるように頑張っているつもりです」
 と中年男性は照れながら答えた。
 トラックが戦闘の影響で崩れた道を迂回し、アズメリア・カンス(ga8233)が荷台の後方から外の様子を窺った。
 廃墟と化した街を眺めていると、とても生きた人間がまだ存在していると思えない。
 活気というものをまるで無くし、その街は死んでいるように思えた。
 実際に街としての機能はほとんど失われ、そこは無機質な建物とその残骸が並んでいるだけだった。
 アズメリアの正面には芹架・セロリ(ga8801)が腰掛けており、彼女も同じように景色を見ていた。
 ただし、彼女は終始ぬいぐるみを抱え、その頭をガジガジと齧っていたが。
 二人から少し離れた荷台の中心付近では、太平堂(gb3291)と水無月 霧香(gb3438)が雑談をしていた。
 両者共に最近傭兵になったばかりなので、気が合ったのかもしれない。
「ちゃんと守れるか不安で救急セット持って来てもうたんやけど、皆に笑われへんかな〜」
 恥ずかしそうに笑みを浮かべながら、霧香は持参した救急セットを太平堂に見せた。
「それを言うなら、自分は心配の余り二つも携行してしまいました」
 言って、太平堂は持ち込んだ二つの救急セットを霧香に披露した。
 それを見て霧香は小さく驚きの声を上げ、太平堂と目を合わせると、二人同時に笑い始めた。
 お互いに無用な心配だと理解した瞬間でもあった。
「我々に護衛の方はお任せ下さいな。興行に集中できる様に最大限頑張らせて頂きます」
 全員を代表して、神無月 るな(ga9580)が意気込みを中年男性に伝えた。
 それを聞いて益々嬉しそうな笑顔を浮かべると、
「期待してるよ」
 とだけ、男性は返した。
 しかしいつまで経っても笑顔は消える事なく、中年男性は誤魔化すように喋り始めた。
「そういえば、まだメンバーの紹介をしてなかったね。
 あっちの帽子を被った細い男がアーキラスだ。彼も能力者だよ」
 名前を呼ばれて紹介されていると察したアーキラスという男は、口の端を片方だけ曲げて小さく手を挙げた。
 西部劇に出てくるようなカウボーイの格好をしているが、それがダンディな雰囲気にとても似合っている人物だった。
「あっちの大きな男がグリック。彼も能力者だ」
 グリックという男は中年男性の声など聞こえていないようで、近くの仲間との雑談に必死になっていた。
 薄い衣服越しに見る肉体はかなり筋骨隆々で、まるで巨大な岩がそこにあるような錯覚さえ覚えるほどだ。
「それから、あそこに座ってる美人がロザリー。彼女も能力者なんだ」 
 『美人』と言われるだけあって、ロザリーという女性は注目するに値する美貌を持っていた。
 彫りの深い顔立ちや高めの鼻がまるで彫刻のような美しさを醸し出し、褐色の肌を隠す露出の多い水着のような服装が、艶美な雰囲気を漂わせている。
 ロザリーは視線に気付くと、「ハァイ♪」と軽く挨拶をしてくれた。
「そして、僕がこの一座の団長を勤めるヴォール・アルマノイド。
 残念ながら、エミタ適性テストは見事に失格だったけどね」
 中年男性──ヴォールは自身の胸に手を置き、改めて自己紹介を行った。
 一行を乗せたトラックが目的地に到着したのは、それからそう間もなくの事だった。

「悪いな。わざわざテントの組み立てまで手伝ってもらって」
 最後の杭を打ち込んだ後、アーキラスは手伝いをしてくれた一行にお礼をした。
「折角の機会ですし、護衛だけでなく、できることを‥‥と、思いまして‥‥」
 幸乃がおずおずと言うと、アーキラスは白い歯を覗かせて「偉いんだな」と漏らし、幸乃の頭を優しく撫でた。
 唐突な出来事に幸乃は驚いたが、悪い心地ではなかったので撫で終わるまで大人しくする事にした。
「後はこっちの準備になるから、あんた等は公演まで休んでていいぞ」
 幸乃の頭から手を退け、一行に休憩するように勧告してアーキラスが去ろうとした時、
「あの‥‥お願いが、あるのですが‥‥」
 幸乃が慌ててそれを止めた。
「何だい、お嬢ちゃん?」
 嫌な顔一つせず、優しい笑顔でアーキラスが尋ねる。
「あまり物々しい格好では、お客さんが気にしてしまうかもしれませんし‥‥なにか、自分でも着れる衣装があったら、お借りできないかな‥‥と」
 幸乃の提案を聞いて、アーキラスは幸乃の背丈などを目算した後、
「よし、なら後で衣装部屋に来るといい」
 と、答えた。
「ボクも質問があります〜!」
 挙手をしたのは、芹架だった。
「出来れば綱渡りをしてみたいんですけど、大丈夫でしょうか」
 芹架の申し出にアーキラスは珍しく驚いた表情を見せ、難しそうに顔を歪めた。
「人生綱渡りのボクなら‥‥、出来るはずです!」
 屁理屈だと分かりつつも、芹架は敢えて自身を押した。
 それが決め手となったのか否かは分からないが、アーキラスは頷き、
「何でもやってみるのが一番だ。俺から団長に話は通しておこう」
 と、芹架に綱渡り出演の許可を下した。
 他に質問はないか一行に尋ね、誰も挙手を行わなかったのを確認して、アーキラスは今度こそ移動した。

 開演十分前。
 何もなかった荒廃した土地はサーカスの装飾ですっかり賑わい、どこにそれだけいたのか続々と人が集まっていた。
「アルマノイド一座にようこそ〜」
 入り口では霧香が入場する人々に挨拶をしながら、しっかりと不審人物がいないか監視をしていた。
 老若男女関係なく、多くの人間がサーカステントの中へと入っていく。
 彼らもまさか、こんな競合地域でサーカスが見られるとは夢にも思わなかっただろう。
 そのせいか、人々の瞳は期待に満ち溢れ、久方振りの娯楽を楽しもうと興奮しているようにも見えた。
 サーカステントの周辺では、他の能力者達が周囲にキメラの姿がないか警戒態勢に入っていた。
 テントの中では律子と芹架が特別出演者として準備しつつ、異常がないか確認を行う。
 出来る事ならば敵が現れる事なく、無事に依頼が終わって欲しい。
 誰もがそう願い、そしてそのために尽力していた。
 時間はあっという間に流れ、人で溢れていたテント入り口には誰の姿もなくなり、いよいよ公演開始の時間となった。

「こっちは異常なしです。そっちはどうですか?」
「同じく。異常なしです」
 巴が声を掛けると、太平堂は肩を竦めて返答した。
 既に公演開始から一時間近く経過しようとしているが、キメラの姿は一向に見当たらなかった。
「本当にここが競合地域か疑ってしまいますね」
 苦笑を浮かべる太平堂に巴は、
「競合地域とは言いますが、常にバグアとの戦闘が起こっているわけではありません。ですが油断大敵です。いつバグアが襲ってくるか分かりませんから、注意は怠らないようにしましょう」
 と冷静に言い放ち、自分の持ち場を再び移動し始めた。
「気持ちはお察ししますわ」
 巴が去ったかと思えば突然無線機からるなの声が聞こえ、太平堂は心底驚いた。
「周囲を見回していますが、見えるのは瓦礫ばかりでキメラなんていませんもの」
 るなはテント近くにあった崩れた柱の上に登り、そこから周辺と上空を双眼鏡で視察していた。
 その彼女が敵影が見えないというのだから、偶然この一帯には敵が来ていないのかもしれない。
 そう内心で太平堂が考えていると、
「とは言え、それが仕事を怠る理由にはなりませんわ。
 お互いに最後まで気を抜かず、警戒態勢を維持していきましょう」
 と告げて、話し掛けた時のようにるなは一方的に通信を終えた。
 太平堂は何だか腑に落ちない表情を浮かべていたが、すぐに気合いを入れ直して、再び巡回する職務に戻った。
「あまり新人をいじめちゃ駄目よ?」
 るなが探索作業に戻って間もなく、今度はアズメリアから通信が入った。
 彼女は偶然さきほどの会話を聞いてしまったようだ。
「あら、いじめとは心外ですわ。
 私は慢心が悲劇を招くと教えてあげただけですのに」
 返するなの口調は軽い。
 アズメリアが本気で責めているのではないと分かっているからだ。
「どうだか」
 その軽口を最後に、アズメリアからの通信は終了した。
 キメラ襲撃を想定していたため、全員暇を持て余しているのかもしれない。
 るなは内心でそう考えながら、自分もその一人であると自覚した。

 結局、その後一時間経ったが、キメラが姿を現す事はなかった。
 公演は無事に終了し、大盛況の内に終了した。
 ちなみに律子はバニーガール姿で登場し、丸いリングを使用したエアリアルリングと、玉乗りをしながらのジャグリングをお披露目した。
 ヴォール団長もピエロ姿で登場し、予定にはなかった共演を果たす事も出来た。
 律子の美しい芸を真似しようとピエロは奮闘するが、全て不恰好なまま終わり、観客の笑いを誘う。
 しかし最後の玉乗りでは本業の意地を見せるように、律子を凌ぐジャグリング技術を見せ、観客達から大いに拍手をしてもらった。
 一方の芹架だが、幼い少女が綱渡りに挑むという行動が観客の注目を浴びた。
 レオタードのような舞台衣装に身を包み、長い棒を必死に抱えて高い位置に張られた綱を芹架が渡っていく。
 途中で何度か落ちそうになったが、無事に最後まで渡りきる事ができ、共演したロザリーから絶賛された。
 補足しておくと、綱の下にはきちんとネットが張られた状態だった。
 その後、ロザリーがネットのない状態で綱の上で様々な演技を披露すると、負けていられるかと芹架も挑もうとしたが、そこは団員に必死に止められた。
 訪れた人々は自分達が競合地域にいることを忘れ、サーカスでの楽しい一時を味わった。
 そして、決して希望を捨てないように決心した。
 もう一度楽しい時間を過ごすために。
 辛い今を乗り越える力を、人々はアルマノイド一座からもらった気分だった。
 
 公演終了後、テント解体中。
「今日はご苦労様。
 無事に公演が終えられたのは君たちのおかげだよ。本当に有難う」
 改めて謝辞を述べながら、ヴォールはクーラーボックスからラムネを取り出して一行に渡した。
「以前の公演でもらった飲み物なんだ。気に入ってくれると嬉しいんだけど」
 一行は礼を言い、ヴォールは「どう致しまして」と返した。また、演技で魅せた律子には、先程まで実際に着ていたバニースーツが記念として贈られた。
「僕らは後片付けを終えたらまた次の競合地域へ移動する。
 そこはここと比べると比較的安全な場所らしいから、護衛はここまででいい」
 その時のヴォールの笑顔は、寂しそうな、別れを惜しんでいるような表情だった。
「良かったら、今度は特別出演者として参加して欲しいな。
 相変わらず競合地域での公演だろうけど、募集は護衛じゃなくても大丈夫そうな場所にするよ」
 そこで遠くから自分を呼ぶ声が聞こえ、ヴォールは申し訳なさそうに一行の前から立ち去った。
 テントはもうほとんど跡形もなくなり、あとは解体した器具をトラックに詰め込むだけになっていた。
 楽しかった夢は終わり、否定しようのない現が戻ってきた。
 騒いでいた人々は気が付けば一人もいなくなり、遠くで太陽が沈もうとしている。
 胸中に微妙な空白感を抱えながら、一行はいつまでもテントのあった景色を眺め続けていた。