●リプレイ本文
「難儀な依頼だ‥‥全く」
ミラーワールド正面扉の前で、南雲 莞爾(
ga4272)は溜め息と共にそう漏らした。
「文字通りの迷宮か。ほぼ目隠し状態となると一筋縄ではいかないな」
莞爾の言葉に影響されるように、隣に居た白鐘剣一郎(
ga0184)も同じような表情を浮かべる。
彼等がこれから調査を行うミラーワールドは正に大迷宮。
鏡とガラスで構成された不思議な空間では、誰もが迷い、道を見失うのが当然である。
ならば内部構造を把握しておけば良いのではないかと声が聞こえるが、そうもいかない。
「データ紛失‥‥クラッキングでもされたか、親バグアが内通したか、それともだれか人質でもとられたか」
ボソリと御山・アキラ(
ga0532)が零したように、内部構造のデータが何者かによって奪われてしまったのである。
おかげで彼等は探査時に迷路攻略を余儀なくされ、莞爾と剣一郎はそれを嘆いたのであった。
アキラが一人で黙々と推理を脳内で繰り返していると、その前方に人影が現れた。
「御山さん、宜しくお願いします!」
言って勢い良く頭を下げたのは、彼女と行動を共にする雪ノ下正和(
ga0219)だった。
「ああ、宜しく」
素っ気無くアキラは返事をしただけだが、正和の表情は嬉しそうだ。
二人は過去に何かしらの縁があったようだが、その話はまた別の機会に取っておこう。
「これ、発信機と従業員用の探知機です。人数分あるので、持っていて下さい」
説明しながら機械を渡しているのは、斑鳩・眩(
ga1433)。
発信機は腕時計のような形で、探知機は小型の無線機のような外見だった。
発信機は文字通り自身の居場所を知らせ、迷宮内で途中離脱を望む際などに使用される。
探知機はその発信機から発せられる電波を拾い、発信機との直線状の距離を音の間隔で知らせる。
どちらも探索に役立つだろうと考え、眩が貸し出し申請したものだ。
「おおきに。ありがとー」
それを受け取りながら、桐生 水面(
gb0679)は笑顔で礼を述べた。
隣に居た立浪 光佑(
gb2422)も同じように礼をして、早速動作確認を行い始める。
自分の発信機を近づけた状態で探知機を作動させると、ほぼ連続的に「ピロン」という機械音が鳴り続けた。
「調査中はこちらは切っておいた方が良さそうですね」
光佑の実験を見て、ヴァイオン(
ga4174)は発信機の電源を素早く落とした。
探知機が反応するのは全ての発信機であり、自分達の発信機を動かしたままでは探索に役立たないという結論に至ったからである。
実際に、彼の推測通り、発信機から発生する電波は全て同一であり、探知機はあまり役に立たない代物だった。
それ故か、ミラーワールドの通常運営中もあまり使われる事はなく、探知機は少し汚れていた。
「それでは、我々は内部構造図を奪った犯人について調べて来ます」
アキラの言葉を受けて、正和、眩、光佑の三人が彼女の後に続くように歩き始める。
それをしばらく見届けてから、剣一郎、水面、莞爾、ヴァイオンの四人は改めてミラーワールドを見上げた。
『現代の大迷宮』と呼ばれるそれは、銀色の立方体というシンプルな見た目をしている。
恐らくその外観の単純さと内部の複雑さのギャップが、本来ならばより一層面白味を高めてくれるのであろう。
「俺達も行くか」
剣一郎の言葉を合図に、四人はミラーワールドへの潜入を開始した。
「ここが最後です」
そう言って従業員が指した扉は、壁と同一の模様をした、一見しただけでは見分け難いものだった。
アキラと正和の二人は、ミラーワールドを担当していた従業員に非常口の案内を頼んでいた。
そして案内の済んだ今、全ての非常口の場所をアキラは脳内に叩き込み、復習を行う。
「ところで、内部構造図のデータが盗まれた件に関してなんですが‥‥」
その間に正和が、データ奪取の犯人について、従業員に質問を行う。
正和と従業員の問答とアキラの情報整理が終了するのは、ほぼ同時であった。
「御山さん、やはり運営側は犯人について心当たりはないそうです」
「了解」
正和の報告を一言で片付け、アキラは再び思考の世界に浸る。
正和は従業員に感謝の気持ちを言い表し、安全な場所へ避難するよう勧告した。
従業員はしばらく二人の顔を不安そうに見た後、小走りで現場から走り去った。
正和は周辺を見て周り、アキラが発言するまで特に何も言わなかった。
アキラが自身の世界から復帰したのは、それから五分程経過した時だった。
「私達も中に入ります」
提案ではなく、断言。
しかし正和は異論を口にせず、彼女の言葉に従った。
名誉のために言っておくが、彼は決して彼女のイエスマン等ではない。
彼女の考えに信頼を置いている故の、彼の行動である。
進入のために二人が正面に回り込むと、ちょうど反対側から眩と光佑の二人がやって来た。
「成果はありました?」
アキラの尋ねに対して、光佑が首を横に振って答えた。
「全然事態を把握できないよ、あれは」
光佑の言葉にはたっぷりと皮肉が込められていたが、誰もそれを責める事はなかった。
運営側もそれなりに内部調査を行ったようだが、成果は全くなし。
犯人どころか、データを奪われた経路についても不明だと言う。
「恐らく、この中にはキメラが潜んでいるのでしょうね。
そしてそいつは鏡やガラスに化ける事が出来て、侵入者に不意に襲い掛かる。
‥‥まぁ、戯言ですが」
自分なりの推理を披露した後、眩は敢えてそれを否定した。
証拠もない勝手な推理で皆を惑わしたくないと考えたからである。
しかし、一行は彼女の考えを否定する事はなかった。
何故ならば、彼等もまた、同じような推測を頭に思い浮かべていたからである。
「それじゃあ、俺達も行きましょうか」
正和の言葉を受け、四人はミラーワールドに向けて足を進めた。
先行調査班が入ってから、三十分ほど経過した時だった。
──三十分前、先行調査班では。
「後でまた会いましょう」
最初の分岐点に差し掛かった所で、ヴァイオンがそう告げて莞爾と共に左に折れて行った。
剣一郎はそれに手を振って応え、水面と一緒に右に折れて進んでいく。
彼等はそれぞれ、右手と左手を壁につけたまま移動を行っていた。
これは『右手の法則』、『左手の法則』と呼ばれる迷路攻略方法である。
この方法で迷路を進めば、必ず入り口か出口に辿り着く事が出来る。
ただし、迷路内のほぼ全てを回らないといけないという難点が存在する。
「先に入った人たちは大丈夫やろか?」
鏡を発見し、携帯していた塗料スプレーでそれを適当に塗り潰しながら、水面は呟いた。
聞こえていたが、剣一郎は敢えてそれには応えず、無言で同じように鏡を塗り潰した。
行方不明者は全員姿を消している事から、キメラに消化されているか運営側の内通者に処理されているかの可能性が考えられる。
どちらであっても、無事である可能性は低いと彼は心の中で思っていた。
その後は特に喋る事もなく、沈黙を保ったまま迷路の中を進んでいく。
何度か剣一郎が透明ガラスにぶつかりそうになり、その度に水面がクスクスと小さく笑い声を漏らしたくらいである。
調査開始から二十分が経過した時、二人は行き止まりに遭遇して右手をつけたまま今来た道を戻ろうとした。
その時不意に、水面は背後から誰かに呼ばれたような気がして振り返った。
そこには、自分の姿があるだけである。
ただの気のせいだと納得しかけた時、水面は異変に気付いた。
行き止まりの壁は透明のガラスであって、鏡ではなかったはずである。
更に、目の前の自分は鏡に映った平面ではなく、立体的な同一人物を構成していた。
その答えを見つけられずにいると、水面に良く似た誰かはニヤリと不気味に笑い、その手を大きな剣へと変化させた。
そして剣を引き、水面の腹部を剣身で刺し貫く。
だが一瞬早く、剣一郎の超機械αが水面に似た人物の頭部を破壊した。
頭のなくなった水面の剣は本物の水面の腹部に軽く刺さった所で停止し、そのまま溶けるようにドロドロと変形していった。
偽者は水面の形からただのスライムに変化し、そしてゆっくりと消滅していった。
「先発のチームを襲ったのもこいつか‥‥」
剣一郎の呟きは正解であったが、同時に不正解でもあった。
その答えは、彼の背後に佇む彼と同じ容姿の人間が、彼の背中を斬り付けた事で判明する。
一方、左折を繰り返す莞爾とヴァイオンは、まだ敵に遭遇していなかった。
鏡を見つけてはスプレーを取り出し、塗り潰しては迷路を進む作業の繰り返しである。
「何年前を思い出す。って?」
ヴァイオンの台詞に、莞爾が微笑むほど余裕であった。
しかし、後発の調査班がミラーワールドに侵入した頃、二人は左折した先に床に倒れている人間を発見した。
慌てて駆け寄ろうとして、少し距離を空けた場所で二人は立ち止まる。
もしかすると、敵の罠かもしれないと考えたからである。
周囲を見渡し、慎重に倒れている人物に歩み寄っていく。
そしていよいよ傍まで接近した所で、二人は絶望感を覚えた。
倒れている人物は頭部の一部と左腕が欠損しており、とても生きているようには見えなかったからである。
二人は屈んで、心中で追悼の言葉を告げた。
その背後で、今までただの鏡だったモノが、ゆっくりと変形しながら自身の体の一部を剣にして振り上げる。
だが、その剣が振り下ろされる事はなかった。
紙一重で早く、二人が後方の異変に勘付いて攻撃を仕掛けたからである。
ヴァイオンのゲイルナイフと莞爾の月詠の刺突が、見事に鏡だった何かに命中し、その姿を溶かしていく。
しかしまだ戦闘の意思がある様子で、二人に襲い掛かろうと飛び上がってきた。
無論、二人はそれを迎撃しようと武器を構え、スライムを見据える。
背後で先ほどまで死体だったはずの人間が起き上がり、無くなった筈の左手を剣に変えていることも気付かずに。
「!?」
後発の調査班がミラーワールドに入って間もなく、四人が最初の分岐点で別れる前に、負傷した剣一郎と抱える水面が現れた。
それも、『二組』同時である。
予想外の事態に四人は混乱し、全く同じ格好をする二組を何度も見比べた。
「騙されたらあかん。そっちは偽者や!」
水面が声を発するが、同時に偽者の水面も口を動かす。
これではどちらが本物なのか区別が出来ない。
「予想は的中。しかし、これは予想外です」
眩の言葉に、四人は同意したい気分だった。
動きも容姿も同じ二人をどうやって見分けるか。
しばらくの思考の後、光佑が口を開いた。
「片方ずつ質問をしてみればいいんじゃないですか?」
早速その意見を採用し、眩が片方の水面に質問を行う。
「LHの名物的オペレーターと言えば?」
「リネーアさんです」
水面の回答は即答だった。
間髪入れず、もう片方の水面にも眩が尋ねる。
「今回の依頼を紹介したオペレーターの名前は?」
「‥‥」
しかし、もう一方の水面は中々答えようとせず、黙ったままじっと四人を見つめていた。
次第に怪しさを感じ始め、四人が武器を構えた途端、偽者と思わしき水面は不気味な笑みを浮かべた。
その意味をアキラと正和が理解したのは、二人の背後で眩と光佑の驚く声が聞こえて振り返ってからだった。
視線を向けてみると、先ほど道案内をしてくれた従業員に酷似した生物が、両手を剣に変化させて眩と光佑に襲い掛かっていた。
光佑は壱式の刃で受け止め、眩はメタルナックルの両手の甲で刃を挟んで止めている。
刹那、負傷していたように見えた剣一郎の偽者が本物の剣一郎と水面に止めを刺そうと走り出し、偽者の水面が視線を外したアキラと正和に向かった。
正和は水面がアキラに襲い掛かろうとしているのを視認し、慌ててアキラに飛びつく。
正和の行動のおかげでアキラは壁にぶつかった程度だったが、水面風キメラの攻撃が正和に命中してしまった。
素早く状況を把握したアキラは超機械一号を構えると、水面型キメラの胴体にほぼ密着させて超機械を発動させた。
一瞬水面の偽者が膨らんだかと思うと、次の瞬間には爆ぜ、四方八方に飛び散ってしまった。
一方、本物を殺そうと疾走する偽者の剣一郎を止める者は誰も居らず、剣一郎と水面は絶体絶命に危機であった。
しかし、剣一郎風のキメラが彼等に到達する前に、その後頭部に突然アーミーナイフが突き刺さった。
剣一郎風のキメラが驚いて振り返ると、その脇に一瞬にして莞爾が姿を現し、抜刀していた月詠を鞘に収めた。
瞬きほどの時間を置いて、キメラの胴体がゆっくりと分断され始め、完全に別離してしまう前に絶命して消滅した。
アーミーナイフの投擲を行ったヴァイオンが、武器回収のために角の向こうから現れる。
「オラァァァッ!」
豪快な声に視線を向けてみれば、光佑と眩がキメラの剣を放り、隙だらけとなった胴体へ同時攻撃が行われている所だった。
従業員に似た生物はゆっくりと後方に倒れ、まるで水の塊が床に落ちたように飛散して消えて行った。
その後の調査部隊の調査結果を簡略的に説明しよう。
今回の騒動はミラーワールド内に潜むスライム状キメラの仕業であった。
キメラは鏡や訪問者に化けて不意を突き、命を奪った後で捕食して体内で溶かしていたらしい。
これが、行方不明者が一人も見つからなかった真相である。
内部構造図の奪取については、結局どれだけ調べても真実は明らかにならなかった。
もしかするとこれもスライムキメラの仕業なのかもしれないと囁かれたが、それも推測の枠を出ない。
不気味な闇を残しつつも、事件は一応の解決を迎える事に成功した。