●リプレイ本文
「お化け屋敷に入るの初めてなんですよね‥‥色々と楽しみです」
呑気に呟いたのは、J.D(
gb1533)。
「バグアも厄介なキメラを作ってくれたもんだよ」
憎らしげに台詞を零したのは犬塚 綾音(
ga0176)。
「また馬鹿げたキメラを‥‥とにかく死人が出ているのを放ってはおけない、な」
呆れた口調なのはカララク(
gb1394)。
「ふふ‥面白そうな相手ですねぇ」
危険を楽しむかのように不敵な笑みを浮かべたのは使人風棄(
ga9514)。
「‥‥お化け屋敷どころかその内本当にゴーストが出てくるかもしれんな」
暗に被害者のことを指してジョークを述べたのはブレイズ・S・イーグル(
ga7498)。
「‥‥悪魔の生贄になるのは御免だな‥‥」
皮肉を込めてボソリと言ったのは、神無 戒路(
ga6003)。
「夏はもう過ぎてますし、ホラーな展開は季節外れ‥。早々に退場願いましょうか」
強気な発言をしたのは音影 一葉(
ga9077)。
(「遊園地に悪夢は要らない。ただ幸せな時間だけが有れば良い」)
内心で熱い思いを密かに滾らせているのはクロード(
ga0179)。
以上八名が、本当に惨劇の舞台と化した遊園地の一角で集合していた。
目の前に聳え立つ古ぼけた洋館の装いは充分雰囲気があり、例え偽りであると分かっていても恐怖心は隠せない。
洋館の窓には誰とも分からない影が行き来したり、返り血らしき赤い飛沫が付着していたり、割られて中から獣の目がこちらを睨んできたりしている。
おまけに現在、安全に配慮して遊園地は閉園状態。
誰もいない遊園地で、凶悪なキメラ退治にお化け屋敷に乗り込むというのは、中々笑えない冗談だった。
しかし、いつまで立ち尽くしていても事態は好転しない。
一行は気を引き締めると、黒く染められた丁寧な作りの扉を開けて中へ足を進めた。
そして最後の一人が扉を抜けた直後、突如として扉が閉じてしまう。
一行は誰一人慌てることなくその様子を確認すると、さらに奥を目指した。
事前に従業員から聞いた通りの仕掛けだった。
扉を抜けたその瞬間から、このお化け屋敷の機械は作動を始める。
本来ならば案内役も兼任する従業員がより演出を盛り上げるのだが、残念ながら今はこの館のどこかで死体となっている。
血染めの印象を受ける赤い絨毯の上を、一行はゆっくりと進んでいった。
玄関から進んで間もなく、一行は目的のものを発見した。
それは、チェーンソーを掲げたキメラ──ではなく、壁と同じ色に塗られた一見すると判別し難い扉だった。
一行は周囲を警戒した後、扉を開けて一気に中に雪崩れ込む。
戦闘体勢を取りつつ安全を確認し、キメラが存在しないことを確かめて警戒を解く。
そこは、お化け屋敷内に設置されたカメラで状況を把握する監視室だった。
「カメラは‥‥まだ生きてるな」
戒路は壁一面に並ぶ機械を調べ、事前に従業員から聞き出しておいた手順で監視システムを起動させる。
「‥‥いくつか、やられてますね」
次々と屋敷内の映像を映し出していく小型テレビの群れだが、いくつか砂嵐のような白と黒の混沌が存在している。
その様子を見て、一葉は悔しそうに呟いていた。
「それでは、僕等はキメラの破壊に向かいますね」
待ち切れないといった態度で、風棄が行動開始を促した。
他の者は特に異議を唱えず、部屋に入った時と同じように警戒しながら外へ出ようとする。
「外は安全ですよ」
カメラの映像を見ながら一葉が声を掛けたので、一行は普通に外へ出て行った。
「今後はカメラの映像を随時伝えます。
無線機の電源は切らないようにお願いします」
最後に退室したカララクが扉を閉める前に、戒路が自身の無線機を見せながら言った。
一行は全員無言で頷くと静かに扉を閉じ、キメラ討伐のために屋敷内の探索を開始した。
探索とは言っても、基本的に普通にお化け屋敷を回るように順路を辿るだけである。
集合前に関係者からもらった屋敷の内部構造図に書き込まれた従業員用の通路は、予想以上に少なかった。
おまけにどの通路もほぼ直線で、扉を発見次第中を確認するだけで問題ないことが発覚した。
一行は戒路に言われた通りに無線機の電源をオンにしたまま、最初のエリアへと進む扉を開けた。
「破壊されたカメラは、以上ですね」
白黒のテレビの様子と内部構造図を見比べながら、一葉が部屋にあった赤いペンで『×』印を図面に書き込んだ。
戒路が傍に歩み寄り、映像と図面を交互に見て確認する。
「大部屋のカメラが二台も壊されているのは苦しいですね」
図面を見て、まず戒路はそう感想を述べた。
「それと、業務員用の通路にはカメラが存在しない事も考慮しなくてはなりません」
屋敷内に点在する通路をペンの蓋でなぞりながら、一葉が難しそうな表情を浮かべる。
二人はしばらく図面を睨んでいたが、戒路が視界の隅でカメラに動くものを発見し、そちらに視線を移した。
キメラかと思ったが、それは周囲に気を配りながら移動する仲間の姿だった。
訪問者を怖がらせるための機械人形が動き、数人が吃驚している。
その光景を見て口の端を緩めた後、戒路は無線機を顔の横に持ち上げた。
「その先の通路はカメラが破壊されているため、注意して進んで下さい。
『コ』の時に折れているので、角では特に意識を向けて下さい」
『『了解』』
無線機を受けた数人がそれぞれ返答をし、言われた通りに進んでいく。
まだ探索は始まったばかりだが、今の所キメラの姿は確認できていない。
カメラの死角にいるのか、それとももっと奥で待ち伏せをしているのか。
色々な推測が思い浮かんでは不安を募らせ、それを振り払おうとしても不安のみが残る。
お化け屋敷という環境が、ゆっくりと全員の精神を蝕み始めていた。
「‥‥あれ? ‥‥もう終わり?」
三つ目の広い部屋へ進入した時、クロードは部屋の様子を見て首を傾げた。
そこは今までと違い、きちんと整えられた内装をしていて、『出口』と上部に書かれた扉があった。
『残念ながら、その部屋は偽者です。
どうやら終了だと安心させて訪問者を驚かせる部屋のようです』
無線機からの一葉の声に、ブレイズが「悪趣味だな」と吐き捨てた。
一行は警戒体勢のまま『出口』を開け、その先を目指す。
扉を開けて少し進むと右に折れ、その先は長い直進廊下となっていた。
普段ならばこの移動中に訪問者は安心し、足を急いがせるのだろう。
そして、その先にまだ悪夢が待っていると知って絶望するに違いない。
二人分ほどしか幅のない廊下を、一行はゆっくりと進んで行った。
しかし進み始めて間もなく、どこからか機械の動作する音が聞こえ始め、一行は足を止めてしまう。
一体どこから聞こえてきて何の音なのか確かめようと上下や前後に視線を動かし始めた直後、突如として壁が突き破られた。
突然壁から生えてきたのは、今まで見たことも無いような巨大なチェーンソーの刃の部分だった。
チェーンソーの刃は出現してから少し間を置いた後、刃を回転させ始める。
高速回転をする刃は一行の背後から徐々に迫り始め、その破壊音や雰囲気で偽者の刃でないことを悟ると、一行は廊下の先へ向かって走り始めた。
恐らく、このチェーンソーはキメラによる攻撃に違いない。
その証拠に、一行が駆け出した事に勘付いたように、チェーンソーの迫る速度が加速を始めた。
『間違いありません。これはキメラによる奇襲です。
皆さん、その先を右に折れると部屋がありますので、急いで退避して下さい』
無線機から聞こえる声に返答する余裕もなく、一行はひたすら走り続けた。
そして連絡通り右に折れる角を見つけ、さらに足を速めてその先の部屋へと飛び込む。
しかし、その部屋はまさに地獄絵図だった。
事前に連絡のあった訪問客や従業員、武装警官達の数多くの死体が切り刻まれ、まるで片付けられたように部屋のあちこちで山を形成していた。
絶望の表情のまま、無造作に転がる人々の頭。
助けを求めるまま断ち切られた、人々の腕。
悪夢から逃げ出そうとして狩られた、人々の足。
本来は体内に収まっているはずの臓物の群れ。
そこは死と血液、腐臭と絶望で溢れかえっていた。
今までにない強烈な空気に、何人かが吐き気を催し、口元を抑える。
死に慣れていると思っていた者でさえ、表情が曇ることを禁じ得なかった。
早くこの屋敷を抜け出したい。
最早キメラ討伐など忘れ、ただ目の前の悪夢から逃げ出したいと一行は思い始めていた。
『その部屋のカメラは壊されていて状況が分からないのですが、キメラは追って来ていませんか?』
無線機から響く声に、一行はさっきまでの状況と自分達の本来の目的を思い出す。
しかし気が付いてみればチェーンソーの音は消え、キメラの気配はどこにも感じられなかった。
まるで本物の幽霊のようで、一行はその不気味さに身震いした。
「やっと、姿を拝めましたね」
隣で監視カメラの映像を見ていた戒路が、一葉の言葉を聞いて視線を向けた。
一葉の視線の先のテレビには、目的のキメラらしき巨大な影が鮮明に映し出されていた。
即座に戒路がテレビの上に書かれた番号から、カメラの位置とキメラの位置を考え始める。
「敵影を最終のエリアで発見しました。
私達も後ほど向かいますので、すぐに急行して下さい」
しかし戒路が結論を出すよりも早く、一葉が戒路の無線機を使用して探索班に連絡をしてしまう。
戒路は苦笑を浮かべ、一葉が申し訳なさそうに無線機を戒路へ返却する。
そして敵の動向を見逃すまいと、再びテレビへ意識を集中させた。
キメラの待つ部屋を目指して駆け抜ける傭兵達もテレビには映し出されていた。
一葉から連絡を受けて数分後、一行はついに目的のキメラの全容を確認することが出来た。
金属質の箱のようなもので頭部を覆い、返り血で汚れた衣服を纏い、さきほど襲ってきたチェーンソーを持つ大男。
キメラは一行が部屋に入室すると、無言のままチェーンソーを稼動させ始めた。
丸太のように太いキメラの腕が、チェーンソーの振動で僅かに揺れ動く。
一行は武器を構えると同時に、一斉に攻撃を開始した。
「さぁ、綺麗に壊してあげますよ」
先陣を切ったのは、風棄。
先ほどと同じようにナイフを投擲し、同時に瞬天速で一気に間合いを詰める。
投げられたナイフはチェーンソーの一振りによって全て破壊されてしまったが、そちらにキメラの意識が集中したおかげで零距離まで近付く事に成功した。
隙を与えず、風棄はルベウスによる攻撃でキメラの腕を狙う。
ルベウスの一撃は確かに腕を捉えたが、キメラはダメージを覚悟でその腕を風棄に向けて振るっていた。
しかし風棄はそれを冷静に回避し、次なる攻撃を仕掛けようと構える。
「風棄っ!」
カララクが注意をするように声を上げながら、フォルトゥナ・マヨールーによる射撃を行う。
銃弾は見事キメラに命中するが、全く怯む素振りを見せない。
続いてクロードが腕に対して攻撃を行うが、断ち切るほどのダメージを与えられない。
「うおらぁっ!」
ブレイズが吼え、紅蓮衝撃を発動させた強力な一撃を放つが、キメラはそれをチェーンソーを盾にして防いだ。
そして余りの威力にチェーンソーを弾かれた素振りを見せ、好機を見出して近寄ってきた近接戦闘者に対して、チェーンソーを大きく横に薙いだ。
その斬撃は早く、回避が間に合った者は一人もいなかった。
全員胸や腹を深く斬り付けられ、最も距離を詰めていた風棄が一番重傷を負った。
唯一攻撃を仕掛けず背後に回り込んでいたJ.Dだけが、その被害を受けなかった。
J.Dはキメラの背後から月詠を突き刺し、その先端がキメラの胸から僅かに覗く。
そして後衛の援護についていた綾音が正面から蛍火を突き刺し、その先端がキメラの背中に突き抜ける。
一瞬だけ視線を絡ませた後、二人は同時に武器を抜いてキメラから離れた。
直後、遅れて到着した戒路のライフルの弾が頭部に命中する。
しかし金属の箱は強固で、ライフル弾は弾かれて壁に当たって停止した。
ならば、と一葉が練成弱体を発動させ、重傷をものともせず風棄がキメラの飛び掛る。
風棄は持ち得る全ての特殊能力を発動させ、渾身の一撃をキメラの胸に突き立てた。
続けて、クロード、ブレイズ、カララク、綾音、J.Dも攻撃を行った。
果たしてどれが致命傷であったのかは定かではないが、キメラは絶命に至る損傷を受けた。
他のキメラならばそのまま倒れたのかもしれないが、このキメラは最後に悪足掻きをした。
乱暴に、目的も定めずチェーンソーを振るい、周囲のありとあらゆるものに攻撃を行ったのだ。
不運なことにその攻撃は全員に傷を与え、そして、飾られていた機械人形の支えを破壊した。
刹那、支えを失った人形が揺らぎ始め、キメラに向けて倒れ始める。
皮肉なことに、それはこのお化け屋敷の終焉を務める剣を掲げた鎧の勇者の人形だった。
頭上に剣を持ち上げたまま勇者の人形はキメラを押し潰し、キメラは自らの血の海に沈んだ。
しかし、任務完了に歓喜の声を上げるものは誰一人存在しなかった。
皆怪我を負い、その痛みに耐えるので精一杯だったのだ。