タイトル:紅い拳マスター:水君 蓮

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/18 01:54

●オープニング本文


「くそ、どうして俺が駄目なんだ‥‥!」
 男は持っていた酒瓶を地面に思い切り投げ、激しい破砕音で気分を紛らわせようとした。
 結果としてそれは失敗に終わり、苛立ちを抑えてくれる役目を果たしていたアルコールがなくなったことで、余計に男の神経は逆立っていく。
 男は先日、エミタ適性検査を受け、その結果が不合格だったことに納得いかなかった。
 ストリートファイトで連勝無敗の伝説を作り、その力をさらに高めるためにエミタを手に入れようとした男。
 男はどうしても諦めることが出来ず、泥酔することで現実から逃げようとした。
 だが、そんな男に悪魔が囁いてしまった。
『力が欲しいのか』
 夜闇に包まれた狭い裏路地で、男は確かにその声を聞いた。
 普段なら気のせいか悪戯だと思ったかもしれないが、その時の男にその声は救いの神のものにしか思えなかった。
「力をくれるのか? なら、俺にくれ!」
 男は周囲の闇に向かって大きな声で叫び、自分の胸を叩いてアピールする。
 闇の中に潜んでいた悪魔はその男の貪欲加減に何かを見出し、不気味な笑みを浮かべた。
 それは同時に、男の願いが叶うことを約束された瞬間でもあった。

 ●数日後
 喧嘩屋達がよく集合すると噂される郊外の廃ビルで、キメラの目撃情報が発せられた。
 出現したキメラは人型で、名のある喧嘩屋達を次々と殺して回ったらしい。
 だが奇妙な事に、そのキメラを見た何人かの生存者が同じようなことを口走っていた。
「あいつは俺達のかつての仲間だ。動きの癖や相手を挑発する癖なんかがそっくりだった」
 キメラは今も尚、その廃ビルに潜伏しているらしい。
 まるで挑戦者の襲来を待っているかのように‥‥。

●参加者一覧

黒川丈一朗(ga0776
31歳・♂・GP
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
篠宮 将也(ga3083
19歳・♂・FT
御崎 緋音(ga8646
21歳・♀・JG
まひる(ga9244
24歳・♀・GP
絶斗(ga9337
25歳・♂・GP
キムム君(gb0512
23歳・♂・FC
片桐 恵(gb0875
18歳・♂・SN

●リプレイ本文

 作戦決行前、一同は避難した喧嘩屋達が屯しているという地下駐車場を訪れていた。
 そこで黒川丈一朗(ga0776)はウィッカを、まひる(ga9244)はキリマンジャロ・コーヒーを生存者達に振る舞い、かつての仲間だったと思われるキメラの情報について訊いて回っていた。
 最初は渋い顔をしていた喧嘩屋達も、酒に酔い、まひるの色気に見惚れる内に、まるで昔から友人だったように饒舌になる。
「ああ、あいつは俺達の知り合いに間違いねーよ。あいつの右半身を前に出した打撃中心の格闘スタイルや、相手を挑発する癖までそっくりだったんだ」
 丈一朗は何気ない顔をしながらその言葉を心に刻みつけ、近くにいたまひるに視線を移した。
「‥‥苦っ」
 自分で持って来たコーヒーにそう文句を漏らすまひるに丈一朗が苦笑していると、地下駐車場の入り口に別行動をしていた他の仲間が姿を現した。
「よっ‥‥、と」
 如月・由梨(ga1805)と御崎緋音(ga8646)が抱えて来た消火器の束を下すと、キムム君(gb0512)がそれを迎える。
「ご苦労様。一息ついたら出発しよう」
 そう言って差し出されたコーヒーを受け取ると、二人は情報を集めるために喧嘩屋達の方へ足を進めて行った。
 キムム君も消火器が全て使えるか確認を終えると、同じように集団の方へ近寄る。
 しばらくして、喧嘩屋達は余程酔いが回ったのか、次第に聞いてもいないことまでベラベラと喋り始め、それはついにかつての仲間への悪口へと変化した。
「大体、俺はあいつなんか嫌いだったんだ。妙な小細工をしやがるし、挑発ばっかりでろくに仕掛けてきやがらねぇ。ああいう野郎を『チキン』って言うに違いねぇ」
 誰かが発した台詞を皮切りに、次々と他の喧嘩屋達も罵り始める。
 そんな彼らに全員が苛立ちを覚える中、キムム君がつい口を滑らせた。
「皆さんも、彼のことを他山の石として、力に溺れない様に気をつけましょう」
 それが喧嘩屋達には喧嘩を売っていると勘違いされたらしく、好戦的な態度で彼を睨み始める。
 他のメンバーは慌てて間に入るようにして場を治めた後、急いで地下駐車場を後にした。

「申し訳ありません」
 現場へ到着しても尚謝り続けるキムム君に、絶斗(ga9337)が声を掛ける。
「あんたが言わなかったら俺が言ってたよ。それに、もう十分情報は手に入れていた。‥‥丁度良い機会だったのさ」
 他のメンバーも同意するように頷き、キムム君はやっと肩の荷が下りた気持ちになった。
 全員が改めて自分装備や体調などをチェックした後、顔を見合わせて作戦開始の準備が整っているか確認しあう。
「で、では、参りましょうか」
 片桐 恵(gb0875)の言葉を合図として、全員がゆっくりと陣形を形成し、ビル内部へと潜入を始めた。

 ビルの1階、2階は特に問題はなかった。
 細心の注意を払い、隊形に配慮しながら慎重に探索を行ったが、未だに敵らしきキメラの影も見えない。
 今一度神経を集中して3階へと続く階段を昇ると、先頭を歩いていた丈一朗が『ソレ』に気付いた。
 南側の壁の真ん中で、『ソレ』はまるで疲れきって眠っているように廃棄物らしいボロボロのソファに深く腰掛け、頭を垂らしていた。
 丈一朗は後続の仲間に片手で合図を送って敵の位置や3階での陣列を提案し、全員が静かに顔を縦に振った。
 ゆっくりと動き、一同が個々の持ち場へ移動を終えると、まるでそれを待っていたように『ソレ』が頭を上げた。
 禿頭の下の両目は赤色で満ちており、眉毛のないその表情は怒りとも悲しみとも受け止められる強張った表情で固定されている。
 全身はまるで岩のように変色していて、膨張した筋肉は鋼の鎧のようにも見えた。
 しかし、中でも特に全員が注目したのは、その両手だった。
 拳骨のままコンクリートで固められたように両の拳は変化していて、最早人間のように物を掴むという機能は存在していない。
 その凶悪性が目の前の人物はキメラであると誇示されているようで、全員の心に言い知れない怒りが湧いた。
 自分を見下ろす8人の顔を見渡した後、ゆっくりとキメラはソファから立ち上がった。
 同時に、まひるが静かにキメラの正面へ足を運び、他の皆は場を広げるように数歩後ろへと下がる。
 その行動が何を示すのか理解したのか、キメラの口元が少し緩んだように見えた。
 まひるの頭髪がばさつき、全身の筋肉が圧縮されて筋が浮かび上がる。
「あんたの無念と私の無念、ぐだぐだとかち合わせようか、なあ兄弟」
 相手が戦闘態勢であることを察知すると、早速キメラが両手を広げ、まるで『打ち込んで来い』というような態度を取る。
 まひるは少しムッとしたが、すぐに妖しい微笑みを浮かべると、少し前屈みになって胸を強調するように両腕を寄せた。
 挑発を返された事に腹が立ったらしく、キメラは拳を頭上に掲げ、奇声を上げながらまっすぐにまひるへ走り出す。
 安直な行動は先読みしやすく、正面から受け止めよう等と鼻から考えていないまひるにとって、それは容易く回避できる攻撃だった。
 振り下ろされた拳を右に回避し、すれ違い様に脇腹をサーベルで斬り付ける。
 相手の突進力の加わったその攻撃はただサーベルを振るうよりも高い威力を発揮し、キメラの怒りの炎に益々油を注ぐ。
 キメラは傷口から血液らしき液体が零れるのも気にせずに、まひるに向けて裏拳を放った。
 しかしこの攻撃も簡単に屈んで回避され、隙だらけの足をまひるのサーベルの刃が襲う。
 キメラはこれを跳躍して素早く回避すると、着地地点をまひるの頭上へと変更した。
 まひるは慌てて後方へ跳んで避けたが、先に着地を終えたキメラの方が行動を開始するのは早い。
 キメラは一気にまひるの眼前まで差を詰めると、右のストレートを放つ動きを取り、まひるはが顔面をガードしようと両腕を顔の前で構えた。
 しかし、その動作を見るとキメラは明らかに嬉しそうな表情を浮かべ、拳を引くのとほぼ同時に持ち上げた足を、まひるのお腹へと真っ直ぐに打ち込んだ。
 内臓を揺さぶられる衝撃がまひるを襲い、次の瞬間には壁に叩き付けられていた。
 一同が心配そうに視線を送ると、まひるは何度も咳をしながら『V』の字を右手で作って無事である事を伝えた。
「さて、今度は俺と付き合っていただきましょうか」
 そう言って肩に刀の峰を乗せて前に出たのは、篠宮 将也(ga3083)だった。
 キメラは次の対戦者の出現が嬉しいのか、気持ちの悪い奇声を発する。
 将也は刀を肩に乗せたまま素早く周囲に目を走らせ、使い物になりそうなものがないか探す。
 僅か数歩先に小さな瓦礫があるのを発見し、将也は最初の一撃を決定した。
 キメラがまだ攻撃を仕掛けてこないことを確認すると、将也は一瞬で瓦礫の近くへと移動し、キメラ目掛けてそれを蹴り上げた。
 小さいとはいえ人の頭ほどはある瓦礫がキメラへ飛んでいき、それに付いて行くように将也も走り始める。
「使える物は何でも使う。卑怯なんていうなよ?」
 キメラが飛んでくる瓦礫を弾こうと右手を挙げたのを確認すると、将也は隙をついて攻撃を行おうと身を屈めた。
 しかし、キメラが拳を真っ直ぐ縦に振り下ろして瓦礫を粉砕すると、あろう事かその小さな破片が将也目掛けて飛んで来た。
 将也は慌てて前進するのを止めて、破片の雨を横に回避して損傷を避ける。
 横転した勢いを殺さずに立ち上がり、もう一度走り出してキメラに攻撃を行おうとしたが、先手を打ったのはキメラだった。
 キメラが迷う事なく拳を床に叩き付けると、その破壊力で床に亀裂が入り、ビル全体が小さく揺れた。
 普通に立っている分には問題のない程度の震動だったが、足を速めていた将也にこれは有効手段である。
 転びそうになるのを危うく床に手を付いて回避したが、それがキメラの目前となれば、将也には自分がどれだけ危険な体勢であるか瞬時に察知できた。
 腹部に迫る足先を何とか両手で受け止める事には成功したが、その勢いを殺すことは叶わず、将也の体は軽々と床から浮かび上がり、天井で背中を強打した。
 天井の衝撃が終わった瞬間、間髪入れずに体が地面に吸い込まれるが、受身を構える余裕はない。
 重力によって床に叩きつけられた将也だったが、その痛みは天井の時よりも軽いものだった。
 これで一対一で勝負を希望する者がいなくなったことを確認すると、残りの全員は持っていた武器を構えてキメラに向けた。
 その行動が自分の楽しみを邪魔する行為であると判断したのか、今度は怒りに満ちた形相になり、キメラが咆哮を上げる。
 まず丈一朗、絶斗、キムム君が武器を構えつつ前に出て、将也の安否を確認する。
 将也は大丈夫な様子だったが、万が一に備えてキムム君が将也に肩を貸して、まひるの座っている壁際まで移動させた。
「よっ。いらっしゃい」
 さきほどのダメージなど気にしていない様子で、まひるは将也を歓迎した。
 キムム君が二人を看病すべきか戦闘に参加すべきか悩んでいると、
「俺達は大丈夫だから、いってこい」
 と、将也に言われ、最後に無事を祈るように頷いてから、キムム君は戦闘に戻って行った。
 しかし戦闘は相変わらず膠着状態で、唯一キメラだけが興奮しているように鼻息を荒くしている。
 このままでは埒が明かないと踏み、絶斗は後方の恵に指令を出した。
「よし‥‥正面に射撃を頼む‥‥!」
 恵は事前に打ち合わせをしていた計画を実行するのだと理解すると、指令に従ってキメラへ向けてトリガーを一度引いた。
 小さな爆発音が響き、発射された銃弾がキメラの左肩に命中する。
 その瞬間、キメラの怒りの炎が正しく『炎上』した。
 石塊のような両拳が突如として赤々とした炎に包まれ、それに影響されるようにキメラの全身の筋肉に赤い線が薄く浮かび上がる。
 それを戦闘開始の合図と見なし、全員が行動を開始した。
「個の力を得ても何も変わりません‥‥その力で何が出来るか、です」
 囁くように言葉を漏らし、敏捷にキメラの側面に回り込んだ由梨が、渾身の力を刀に込めて振る。
 その動きの速さに避けることは叶わず、キメラは右腕に深々と刀を咥えることで致命傷を回避した。
 すぐにキメラは由梨へ反撃を行おうとしたが、その体に数発、新たに弾丸が命中する。
「貴方の強さは‥‥間違ってる!」
 緋音の言葉に賛同するように、恵がその隣で更に銃撃を行う。
 まず排除すべき対象をその2名に絞り込むと、キメラは行動を開始した。
 燃え上がる拳を空に向けて真っ直ぐに放つと、まるでその拳の勢いがそのまま続いているように炎の塊が2人に向かって放たれる。
 恵と緋音は冷静にこれを回避出来たが、体勢を立て直す前に発射された新しい炎には対処できない。
 緋音はバックラーでこれを防ぎ、恵もシールドで防御しようとしたが、その前にキムム君が立ち塞がり、ツーハンドソードの峰を盾として代用し、恵を守った。
「おっと、俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ」
 射撃手ばかりに集中していたキメラは、突然目の前に出現した丈一朗と絶斗に不意を突かれた。
 丈一朗の勢いに乗ったワンツーパンチを意識する間もなく顔面に喰らい、思わずキメラは一歩後退していた。
「お前が高熱の一撃なら‥‥俺は高圧の一撃だ‥‥!」
 間を置かずに側面に回り込んだ絶斗の、弾ける電気を纏ったメタルナックルによる左ストレートパンチが炸裂する。
 連続的な近接攻撃によって戦意を削がれた所へ、さらに緋音と恵に加え、由梨の弾丸の嵐が吹き荒れる。
 如何に屈強な肉体を持つキメラでも、一度にこれほどの攻撃を行われては行動を起こせない。
 ついに壁に背をつくまでキメラが後退すると、銃撃が止んだのを合図に再び丈一朗と絶斗が行動を開始した。
 再びボクシングスタイルで接近する丈一朗に対応しようとするが、損傷の激しい体では思うように動く事が出来ない。
 結局キメラは丈一朗の渾身のパンチを腹部で味わい、さらにその衝撃は止まらず、背後の壁にヒビが入った。
「ドラゴン‥‥キィィッック!!」
 丈一朗が相手をしている間に加速をつけてビルの中心へ走り、柱を蹴ってさらに勢いを増した絶斗の跳び蹴りが、キメラの体を捕捉する。
 その一撃はキメラの生命活動を停止させるには今一歩及ばなかったが、崩れた壁を壊すには十分な破壊力があった。
 キメラは3階の高さから壊れた壁の破片諸共地上へと落下し、破片に残っていた鉄杭が胸の中心に突き刺さって、その一生を終えた。

 まるで十字架に張り付けにされたように倒れるキメラの生死を確認するため、一同はビル前の通りで改めて隊形を組んでいた。
「私も一歩間違えれば、こうなっていたのかもしれませんね‥‥」
 ポツリと漏らした緋音の言葉に何人かが彼女に視線を向けたが、数人は構わずにキメラに近寄って慎重に生死を確認した。
「ま、間違いありません。死んでます」
 恵は依頼終了を告げるように発表し、警戒態勢を取っていた残りの人間が安堵する。
 絶斗がキメラを人として埋葬したいと提案したが、キメラの死骸処理は地元のUPC軍の仕事なので、却下されてしまった。
 かつては人間であったとしても、既に今の世間の認識はキメラなのだと改めて思い知らされ、悔しい思いを味わった。
 さらにそんな空気へ追い討ちを掛けるように、恵が口を開く。
「ぼ、僕には皆さんの考えが理解できません。
 確かに、この人はかつては人間だったかも知れません。
 しかし、これは腕試しの場ではなく、に、任務なんです。
 敬意を払うと言いつつ、結局している事は腕試しとして利用していただけではないのですか?
 ぼ、僕には、今回のやり方には疑問を覚えざるを得ません‥‥」
 戦闘の疲労のせいもあり、その意見には誰も答えることはなかった。
 空しい静寂が周囲を包み、誰かが言い出した訳でもなく、帰還するために歩き始める。
 ただ、死んだキメラの顔は少しだけ満足そうに見えた。