●リプレイ本文
昼は陽気で無邪気な子供の声で溢れていた公園が、夜になるとシンと静まり、大人の雰囲気を醸し出している。
常夜灯の光はその周辺を仄かに照らし出す程度で、公園の大部分は闇に包まれていた。
そして、その闇に誘われるように、特定の趣味を持った男性達がゆっくりと公園の中に入っていく。
ある者はベンチに腰掛けて待ち、ある者はすぐに今宵の相手を見つけ、ある者は周囲を窺いながら移動をする。
その中には、もしかすると連続怪死事件の犯人が含まれているかもしれない。
そんな危険な公園に今、八人の傭兵が乗り込もうとしていた。
「うーん、男装って久しぶりにするね♪何か新鮮〜」
早速危険な発言をしたのは、神崎・子虎(
ga0513)だった。
彼女──もとい彼は、普段から女装をする趣味のある人間で、それが非常に似合う顔立ちの少年なのだ。
何故かテンションの高い彼の隣では、ビッグ・ロシウェル(
ga9207)が肩を落として息を吐いていた。
「人生初デートの相手が男‥‥コレは酷い理不尽」
実はその日の昼間、ビッグと子虎は現場調査のためにそういうカップルを装ったデートを行っていた。
幼い外見からは想像もつかない早熟過ぎる趣味だが、それはそれで認知されそうなカップルっ振りだった。
子虎が押してビッグが振り回されたようではあったが、その実は図り知れない。
「知らなくていい!」
「‥‥誰に‥‥言っているので?」
ビッグが突然大声を上げて、驚いた様子で神無月 紫翠(
ga0243)が尋ねる。
「あ、いえ、何だか変な妄想をされた気がしたので」
本人も何故大きな声を出したのか分からない様子で、必死に弁解した。
「俺はそういう属性じゃないから、意地でも奴らに屈しない」
そう意気込んでいるのは、ヴァン・ソード(
gb2542)。
彼もビック同じく、昼間に早坂冬馬(
gb2313)とカップルを偽ったデートを行っている。
大人の男性二人の絡みは、見ている人を思わずドキドキさせてしまうものがあった。
「でも昼間は、俺に屈しかけていたような?」
悪戯っぽく微笑む冬馬に、ヴァンの表情が一瞬にして青くなる。
「まさかキスまで迫られるなんて誰が予想するよ‥‥」
恨めしそうに睨んでくるヴァンに、冬馬は楽しそうに笑い声を漏らした。
ちなみにキスは未遂で終了した。惜しい。
「男性なら女性を凌ぐ人しか相手に出来ませんから」
冬馬の言葉を聞いて一瞬安心した様子のヴァンだったが、すぐに片眉を吊り上げて、
「それって安心していいのか?」
と不安そうに訊いてきたので、また冬馬は笑った。
「ねぇ、なんでひがいしゃはみんなおとこなの? ねぇなんで?」
その傍らでは、芹架・セロリ(
ga8801)が首を傾げてレティシア・クーデルカ(
gb1767)に質問を行っていた。
レティシアは真剣に頭を悩ませた後、推測を述べた。
「やはり男性の方が生気が多いのではないでしょうか」
芹架は「そーなのかー」と無邪気に感心したような素振りを見せた後、
「‥‥本気で分かってないのね」
と、小さな声でつまらなさそうに吐き捨てた。
「そろそろ作戦開始時刻だが、準備は良いか?」
時計を見て一行を見回した後、風山 幸信(
ga8534)が確認を行った。
一行は各々の肯定の言葉を告げて、幸信は最後に自身の装備を再確認する。
「それじゃ、濃厚な世界へと足を踏み入れますかね」
幸信の言葉を合図にして、連続怪死事件の犯人探しの捜査は開始された。
「さて、犯人さんはどこかなー? カッコいいお兄さんならいいんだけどな♪」
ウキウキといった様子で、子虎が周囲を見回しながら公園内の舗装された道を進んでいく。
その後ろを距離を開けて、冬馬が茂みや物陰に注意しながら尾行していた。
今回は囮作戦を行い、それを追跡して警護する役を設けている。
ちなみに数少ない女性陣であるレティシアと芹架はこの公園内に置ける身の安全に乗じて、自由に探索を行っている。
「坊や。今は公園で遊ぶような時間じゃないわよ?」
ふいに声が聞こえ、冬馬は身近な物陰に向かいつつ視線を子虎の方へ向けた。
見てみると、子虎の正面に金色長髪の綺麗な女性が立っている。
──いや、よく見てみればそれは男性だった。ただ、本当に目を凝らさないと判別出来ないほどに中世的な顔立ちをしていた。
「お兄さん綺麗ですね〜♪ 僕も将来はお兄さんみたいになりたいな☆」
一発で相手を男性だと見抜き、子虎が親しげに話しかける。
冬馬は万事に備えて懐のナイフに手を動かしつつ、一動作も見逃すまいと視線に集中力を込めた。
「あら、有難う。ふふふ、坊やもきっと綺麗になるわよ」
お姉さん──否。お兄さんは嬉しそうにそう言った後、「気をつけて帰りなさい」と残して子虎から離れていった。
子虎はその後ろ姿を手を振って見送り、冬馬は安堵して警戒を解く。
と、突然その肩を何者かに掴まれ、冬馬は驚いて飛び上がった。
慌てて振り返ってみると、角刈りの欧米人っぽい男性が白い歯を輝かせて立っていた。
「おニイさん、良ければ僕と一緒に遊びませんか」
冬馬は安堵して息を漏らした後、殴り捨てたい欲求に駆られたが、丁重に断って退散してもらった。
「色々な意味で安心できないな、ここは‥‥」
苦々しそうに呟いた後、子虎が再び男性と話をしているのを見かけ、慌てて傍へと移動した。
「なんという酷い光景」
公園の茂みで怪しい息遣いが聞こえて調査をしたビッグは、その光景に独り言を漏らさざるを得なかった。
世の中には色々な趣味を持った人間がいる。
悟りきったつもりだったが、やはりまだまだ慣れない部分は存在した。
護衛担当の幸信には予め「笛鳴らしたら(いろんな意味で)ピンチだから助けに来てね」と伝えてあるが、果たして彼はすぐに助けに来てくれるだろうか。
言い知れない不安とさきほどの光景が頭の中で混ざり合い、彼は軽く混乱状態に陥っていた。
ビッグがフラフラとした足取りで茂みから抜け出すと、上下を黒い服で包んだ細身の男性と遭遇した。
「そこから出てきたって事は、君も‥‥なのかい?」
男性はまだ幼さの残る顔立ちだったが、経験者の雰囲気を醸し出している。
ビッグは急いで否定しようとしたが、余計に混乱してうまく否定の言葉が出てこない。
「そんなに驚かなくても大丈夫だよ。
‥‥そうだ。折角だから、これから俺と一緒にイイコトしない?」
男性の微笑みに淫靡な匂いを感じ、ビッグは益々混乱してしまう。
(「こんな形で大人の階段は上りたくないっ!」)
誰か助けてくれまいかと視線を左右に動かしてみると、視界の端に幸信の姿を捉えた。
笛のことなど忘れて、慌てて手を振って救助要請を行う。
「君って本当に可愛い顔立ちをしてるね。
‥‥ここでちょっと摘み食いしていいかな?」
男性の手がビッグの頬を擦り、徐々にその顔が近付いてくる。
最初は拒絶しかしていなかったビッグも、近寄ってくる男性の表情に次第に心臓の鼓動が早くなり始めていた。
そして──。
「んんっー!」
夜空に、少年の篭った悲鳴が響き渡った。
ちなみに幸信は警戒して間に入ろうとしていたのだが、ビッグが手を振ったのを拒否しているのだと勘違いしてその場で待機した。
そして、今は目の前で繰り広がる光景から目を逸らし、大人の階段を昇った自分の少年時代に思いを馳せていた。
「これで五人目か」
衣服の乱れを直しながら、ヴァンが物陰からゆっくりと現れた。
ちなみに衣服が乱れていたのは、筋肉質のお兄さんと一悶着を起こしたからである。
一悶着というのは暴力的な意味であって、決してそういった意味ではない。
「『そういった意味』ってどういった意味だよ‥‥」
何やらヴァンが独り言を言っているが、ここはスルーしよう。
「また外れ‥でしたか‥‥?」
常夜灯の下で待機していた紫翠が、物陰から出てきたヴァンに尋ねた。
ヴァンは首を横に振り、紫翠は残念そうに肩を落とす。
調査を開始して2時間。
既に5人の相手をしてきたヴァンだったが、未だに犯人と思わしき人物とは出会っていなかった。
ちなみにヴァンの判別方法とは、覚醒状態で相手と力比べをして推し量ろうというものだった。
さきほど相手をした角刈りのビリーとかいう男に危うくパンツを取られそうになった以外、皆大して力のある者ではなかった。
「もう少し‥‥頑張りましょうか‥‥」
言いながら紫翠ふぁ他へ視線を向けているのに気付き、ヴァンもそちらへ目を向ける。
そこには、黒いツナギを着てベンチに座る青年の姿があった。
明らかに常識に収まらないオーラを噴出している。
「男は度胸。何度でも試してやるさ」
ヴァンは肩を鳴らすと、青年の元へゆっくりと歩き始めた。
一方レティシアと芹架は、女性という特権を活かして独自に調査を進めていた。
レティシアが主に聞き込みを行い、芹架が小柄な体型を活かして周囲の死角を確認する。
そして今、レティシアが偶然話しかけた筋肉質で長身なのに妙にクネクネとした男は、どうやらこの公園の古くからの利用者らしい。
渋い顔や引き締まった体と女々しい動作が何ともアンバランスだが、世の中にはそれがいいという人もいるのかもしれない。
とにかく、レティシアはその結果、男から有益な情報を聞き出すことに成功した。
「ここ最近新しくこの公園に出入りするようになった新参者が二人ほどいるわ。
一人は女の子みたいに憎たらしいほど綺麗な子で、もう一人が──そう、あの子よ」
言いながら男が指を差したのは、肌の焼けた彫りの深い男性と、弱々しそうな背筋の青年のペアだった。
「どっちのことですか?」
戻ってきた芹架が、ペアの後ろ姿を見守りながら質問した。
「あの彫りの深い男の子のことよん。
あの子ったら無口な癖に、何故かいつも相手が見つかるのよね」
その後も男の愚痴半分の情報公開が行われるが、レティシアと芹架はそれを聞いていなかった。
ゆっくりとトイレへと向かっていくペアに、直感的な不信感を抱いたからである。
差し詰め、『女の勘』というやつであろうか。
二人は互いの顔を見てその考えが同一であると理解すると、感謝の言葉もそこそこに急いでトイレの方へ走り出した。
男は不満そうな表情を浮かべた後、走り去る二人の後ろ姿を見て「私も次は女に生まれてやるんだからっ」と体をクネクネさせながら声を上げた。
子虎と冬馬がちょうど暇になった頃、レティシアから携帯電話に連絡が入った。
「少し不審な人物を見つけたので、これから監視を開始します。
もし手が空いていれば、公園の北西にある公衆トイレまで来て頂けると幸いです」
二人は了解の意を告げ、すぐに目的地へ向けて移動を始めた。
その道中でビッグを背負った幸信と合流し、一緒に北西へ向かう。
「ビッグくんは何で気絶してるの?」
背負われたビッグを見て、子虎が不思議に思って問う。
幸信は表情を曇らせて首を横に振った後、夜空を見上げて口を開いた。
「少年が大人になるには、少し刺激が強すぎたって事だ」
子虎は意味が分からずに首を傾げ、冬馬は遠い目で幸信と同じように夜空を見上げた。
「うわああっ!?」
突如として男性の悲鳴が聞こえ、ヴァンと紫翠は瞬時に声のした方角に顔を向けた。
現在八人目の挑戦を終えた直後で、その相手は弱々しく草むらに押し倒されている。
声をした方向には公衆トイレが設置されていて、そこから悲鳴の主らしき青年が転げそうになりながら慌てて出てきた。
その様子から異常事態が発生した事を勘付くと、慌てて青年の元へ二人は駆け出した。
「どうした!? 中で何があった?!」
逃げ出そうとする青年をヴァンが捕まえると、青年は逆にヴァンの肩を掴んで急いだ口調で話し始めた。
「トイレで怪物と女の子が戦ってるんだ!
俺の相手だったはずの男が突然怪物に変身して、俺を殺そうとしやがった!
そしたら急に女の子の二人組みが入ってきて、俺を逃がしてくれたんだ!
頼む! あの子達を助けてやってくれ!!」
ヴァンはすぐさま青年の両手を払い、トイレに入ろうとした。
しかし目前でトイレの出入り口を隠す塀が突然崩壊し、慌てて足を停止させたのだった。
塀を破壊してトイレから飛び出してきたのは、生皮を全て剥いだ人体模型のような怪物だった。
赤黒く変色した筋肉質の体型をしていて、股間には先に鋭い針状の突起のある触手が伸びていた。
咄嗟にそれが敵であると認識すると、ヴァンと紫翠は隠し持っていた武器を取り出した。
その間に怪物は起き上がり、トイレの中──男性用の方──から、レティシアと芹架が飛び出してくる。
「お待たせ〜☆ ‥‥って、もう始まってる?」
少し遅れて、他のメンバーも全員合流してそれぞれ武器を取り出した。
密かに男性を襲っていたように、このキメラは戦闘向きな能力ではない。
人間に擬態して近付いてきた獲物を捕食する程度しか、このキメラは能力を与えられなかった。
このまま戦闘開始となれば、間違いなく自分は倒されてしまう。
キメラはじりじりと移動をしながら、逃走経路を探していた。
しかし、その背後に気絶していたはずのビッグが回り込み、凄まじい気迫でキメラを威圧する。
そのオーラはまるで殺意の波動に目覚めたようで、戦闘能力の低いキメラは全く動けず終いだった。
その後、ビッグが飛び出したのを皮切りに、他の者達も一斉に攻撃を開始し、抵抗する術も無くキメラはバラバラに砕け散った。
ちなみにトドメを刺したのは芹架の一撃で、彼女は文字通り『急所突き』を行って絶命させた。
その後、彼女はこのような言葉を残している。
「オイラの身長的に、ちょっとアレな処へ刺さっちまったぜ☆」
かくして、連続怪死事件は幕を閉じたのであった。