タイトル:サブ・ゼロマスター:水君 蓮

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/03 03:11

●オープニング本文


「ったく、一体どこのガキが悪戯しやがったんだか‥‥」
 ぶつくさと立腹の声を漏らしながら、厚着をした中年の男が扉を開けた。
 途端、中から凍える空気が溢れ始め、男は無意識に身を震わせた。
 扉から入る太陽の光だけでは中の様子を充分に確認できず、男は扉の脇にある照明のスイッチを押した。
 数秒間無反応だったが、やがて天井に設置された蛍光灯が点滅を始め、内部の全貌が明らかになる。
 そこは、氷の世界だった。
 5段ほどの金属の棚が所狭しと並んでいるが、どれも氷に包まれて小さな氷柱を形成している。
 白い霧状の空気が絶えず宙を漂い、蛍光灯の助けがあっても視界は心許ない。
 何度も出入りをしたことがある男だが、その時初めてそこに不気味さを感じた。
「早く空調を元に戻そうぜ」
 扉から新たに2人の中年男性が進入してきて男に声を掛けた。
 2人も同じく厚着をしているが、常に震えて上着の上から体を擦っている。
 2人の行動は決してオーバーなものではなかった。
 何故ならば現在その場所の温度は摂氏マイナス100度。
 本来ならばそこまで空調の温度は下げないのだが、何故か今はそのように調整されていた。
「ガキの悪戯だ。絶対とっ捕まえてやる」
 電気をつけた男が言い、ズカズカと奥へ一人で歩いていく。
 2人の男は不安そうに顔を見合わせた後、後を追うために歩き始めた。

 そこは、入港したマグロを冷凍保存するための超低温冷蔵庫だった。
 冷蔵庫とは言っても一般家庭にあるような大きさではなく、規模的には倉庫と呼ぶ方が相応しい。
 200平方メートルほどの面積で、毎年多くのマグロをそこで一時的に保存している。
 現在はその時期ではなく、倉庫は蛻の殻だが、何故か空調が作動していた。
 不審に思った3人が調査と空調停止のために行動を開始したのが、これまでの経緯である。

「あ? ジョンとマークの奴、どこ行きやがった?」
 先頭を移動していた男は後続の2人が居ない事に気付くと、足を止めた。
 周囲を見渡しても白い空気が広がるばかりで、人影なんてどこにも見当たらない。
 男は再び言い知れない不安と恐怖を感じ、2人を探すために今来た道を戻り始めた。
「ジョンー! マークー! どこだー!」
 閉鎖された倉庫の中に何度も男の声が響き渡るが、2人からの返事はない。
 いつの間にか自分が酷く震えている事に男は気付いた。
 それが湧き上がる恐怖心からなのか、それとも漂う冷気のせいなのか、男には分からなかった。
 唇を紫に染めて、男はひたすら仲間を探して回った。
 今自分がどこにいるのか段々と不鮮明になり、迷っているのは自分の方ではないかと自嘲が浮かぶ。
 弱々しい笑みが凍り付き始めた頃、男はやっと仲間の姿を見つけた。
「あ‥あ‥‥あ‥‥‥」
 歯がうまく噛み合わないせいか、言葉が出ない。
 否。男は恐怖で声が出せなかったのだ。
 苦労して発見した仲間は、全身を氷漬けにされ、時を止められたように固まっていた。
 ただ、2人とも口を大きく開けて醜く顔を歪めており、何か恐怖の対象が存在していた事を示している。
 一体それが何なのか、男は知りたくもなかったが、そんな都合など構わずに向こうから姿を現した。
 氷の彫刻となった仲間の背後から、巨大な影がゆっくりと男の前に移動をする。
 白い霧を引いて登場したのは、白銀色の体毛をした大きな鹿だった。
 存在感と力強さを表すように2本の禍々しい角を生やし、無言で男を見据えている。
 男は本能で理解した。
 目の前の存在が仲間をこんなにしたのだ、と。
 だが、男には怒りなど微塵も湧かなかった。
 むしろ、この存在と遭遇してしまった仲間に同情した。
 そして、同時に自分を憐れんだ。
 鹿が美しい外見に反して醜い咆哮を上げると同時に、男は腹の底から叫び声を上げた。
 直後、鹿の口から強烈な勢いで白い霧が放出され、男は仲間と同じように細胞の隅まで氷結した。

 その後、何時までも戻らない男達を心配してそれぞれの家族が捜索願いを出した。
 警察の調査で男達が超低温冷蔵庫に入っていった事が判明すると、すぐに警察は用意をして進入。
 倉庫の奥で氷漬けにされた男達の亡骸と鹿型キメラの存在を視認すると、慌てて逃げ出した。
 その際に2名の警察官がキメラによって氷漬けにされる犠牲を払った。
 無事に脱出できた警察官はすぐさまパトカーの無線で署に連絡し、ULTと連絡をとるように告げた。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
九条・命(ga0148
22歳・♂・PN
御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
神無 戒路(ga6003
21歳・♂・SN
雑賀 幸輔(ga6073
27歳・♂・JG
ナナヤ・オスター(ga8771
20歳・♂・JG
パディ(ga9639
22歳・♂・FT

●リプレイ本文

「ん‥‥少し小さいか」
 UPC軍から支給された防寒着を着て、御山・アキラ(ga0532)は不服そうに声を漏らした。
 サイズとしてはぴったりなのだが、自身の大きな胸のせいで前が完全に閉じられない。
 仕方なく彼女は前は開けたまま放置する事にした。
「残暑の厳しい季節だ。涼しい仕事も悪くは無い」
 同じく防寒着を着ながら、九条・命(ga0148)は悠長に言葉を吐く。
「いや、涼しいと言うより寒くて凍えると思うんだけど‥‥」
 それを受けて、新条 拓那(ga1294)が苦笑を浮かべた。
「凍えて息絶える程に涼しいのも悪くは無いさ」
「あの、息絶えてはいけないと思うのですが‥‥」
 命の台詞に、石動 小夜子(ga0121)が心配そうに眉を寄せる。
 命が「冗談だ」と言っても尚、小夜子は少し心配そうな表情を浮かべていた。
 現在一行は目的の倉庫から少し離れた場所でドラム缶に焚き火を起こして集結している。
 ちなみにドラム缶は漁業組合の方が親切にも用意してくれた。
 恐らく、仲間を殺された無念を晴らして欲しくて、少しでも役に立ちたかったのだろう。
 その心意気を示すように、ドラム缶の炎は激しく燃えていた。
「夜は少し冷えるとはいえ、やはりまだ暑い時期ですね」
 ナナヤ・オスター(ga8771)は防寒着を着た状態で焚き火に当たっていたが、その額には汗がじんわりと浮かんでいた。
 現時刻は夜の9時35分。
 海から吹く潮風はやや肌寒く感じられるが、それでもまだ本格的な寒さ対策には早かった。
 それを予測してか、パディ(ga9639)はまだ防寒着を着ずにドラム缶から離れて月を見上げていた。
 神無 戒路(ga6003)も防寒着を着ておらず、ドラム缶の炎の灯りで読書を楽しんでいる。
 妙に一行が落ち着いているのは、まだ本格的な作戦開始に至ってないからである。
 まずはアキラ、命、拓那の3人が先行して侵入し、空調を停止させてからキメラ殲滅作戦を開始する。
 故に現在装備を整えているのが前述の3名のみで、他の者は緊急時の出動に備えていた。
「それじゃ、さっさと電源を落として来ますか」
 他の2人が準備を終えている事を確認して、拓那が先行部隊の行動開始を発案した。
 異議なく2名は応じ、他の者達はそれを見送る。
 作戦の成功と3人を無事を祈って、残った一行は静かに時を待った。
 唯一人、雑賀 幸輔(ga6073)を除いて。

「入り口付近にはいないようだ」
 扉を開け、左右を確認した後、アキラが進行開始の言葉を告げた。
 命と拓那が瞬天速を発動させて素早く内部へ侵入し、少し遅れてアキラが続く。
 情報によれば空調調整器は冷蔵庫の北東の壁に設置されているらしく、一番目立つ赤いスイッチを押せば電源が落ちるらしい。
 無闇に温度を調整して時間と体力を消費させるよりも、電源を落としてしまう方が効率がいい。
 そう結論を出して、3名は巨大冷蔵庫の中を駆けた。
 冷蔵庫内に満ちた白い霧状の空気が視界を遮るが、並ぶ棚が規則的なおかげで障害物に邪魔される事なく目的地まで辿り着けた。
 拓那がパネルを調べ、命とアキラが周囲を警戒する。
(「真っ当な生命の活動を認めない温度だな、これは」)
 防寒着越しに伝わる冷気を感じて、アキラは表情を曇らせた。
 息を吐けば口の中が凍りそうになり、酸素を求めて息を吸えば肺が停止しそうになる。
 普段よりも瞬きの回数が増え、肌が急速に乾燥していく感覚を覚える。
 隣に立つ命も同じ感想を抱え、奥歯を噛み締めて歯がガタガタと音を立てないようにするのに必死な様子であった。
 何かが凍る音と、空調の稼動する音だけが響く静かな空間に、3人はまるで何時間も閉じ込められたような錯覚を感じた。
「よし、これで‥‥!」
 凍った空調調整器の氷を払い、拓那はやっとの思いで電源のスイッチを発見した。
 即座に電源スイッチを押し込むと、空調の稼動していた音がゆっくりと小さくなり始める。
 3人は顔を見合わせた後、脱出のために来た道を急いで引き返し始めた。
 調整器まで向かう時は割りと短い距離だと3人共感じていたのに、帰路では扉までの距離が嫌に長く感じられた。
 晴れない白い霧といつまでも続く棚の群れに3人が方向感覚を失い始めた時、不気味な足音が冷蔵庫内に響いた。
 3人は一旦動きを止め、周囲を警戒する。
 前方を拓那、左右を命、後方をアキラが視線を走らせる。
 足音はゆっくりと3人に近付いてくるようでも遠のいていくようでもあるが、その脅威はどちらにしても変わらなかった。
 現在この状況下で3人以外に冷蔵庫内を移動できるのは、問題のキメラ以外存在しない。
 慎重に扉に向けて移動を再開しながら、3人は周囲を見張り続けた。
 そして先頭を行く拓那が霧の向こうに謎の人影を発見すると同時に、その人影が大きな声で叫んだ。
「先行、右だ! 避けろ!」
 言われて視線を向ければ、いつの間にかロックラヴァーが霧から姿を現し、大きく息を吸い込んでいる所だった。
 拓那は前方疾走し、命は近くの棚を駆け上がって上空に、アキラは後方に跳躍した。
 間一髪の所で3人がいた場所へロックラヴァーの吐息が噴出される。
 白くてキラキラと輝くその吐息は美しい印象を受けるが、その吐息を浴びた棚が一瞬にして氷漬けになっている様は恐怖だった。
「こっちだ、早く!」
 続けて人影が声を発し、霧の向こうへと消えていく。
 3人はその人影が扉へ誘導してくれる事を信じて、追跡を行った。
 ロックラヴァーが再び息を吸い、絶対零度の息を放つが、その時には既に3人は射程の外へと逃げていたため、空振りに終わった。
 3人が逃げた方向をしばらく睨み続けた後、ロックラヴァーは目的もなく冷蔵庫の中を彷徨い始めた。

「はぁ、助かったぜ。幸輔」
 瞬天速で脱出して急いで扉を閉じた後、拓那は安堵の息を吐いて幸輔に礼を述べた。
 さきほどの人影は幸輔のものだった。
 彼は先行部隊の身を案じて、秘密裏に後ろを追跡していたのである。
「お役に立てて良かった。あのまま何事もなければ、ただの消耗損でしたから」
 そう言って大輔が笑顔を浮かべたのを見て、3人は苦笑を漏らした。
 一旦ドラム缶の前まで戻り、3人は失った体温を戻らせる。
 その間に残りの者は準備を行ったり、救急セットで3人の体力を回復させたりした。
 10分程時間を掛けた後、3人が調子を取り戻した事を確認して、一行は本格的なキメラ殲滅作戦を開始した。
 今度は全員で倉庫の前へ移動し、扉を開放する。
 中の寒さは相変わらずだったが、空調が止まったおかげで白い霧がかなり晴れ、視野は広がっていた。
 再びアキラが扉の影を警戒した後、安全を確認して全員で中に進入していく。
「‥‥思ったよりも‥‥というか、これは、寒過ぎ、というか‥‥」
 ナナヤが歯をガタガタと震わせて両腕を擦り始めた。
 恐らく焚き火に当たって汗をかいたせいで、他の者よりも一層強く寒さを感じているのだろう。
 視界が広がった事に安心し、一行は大胆に冷蔵庫の中を移動していた。
 そしてちょうど中央に差し掛かった所で、目的となるキメラの姿を一斉に視認した。
 それは向こうも同じだったようで、左右の大きな角を棚にぶつけながら一行の姿を見ていた。
 瞬時に先手必勝を発動させ、戒路と拓那が行動を開始する。
 他の者達は一瞬遅れて武器を構え、戦闘の準備を整えた。
 まず戒路がスコーピオンによる影撃ちを実行してロックラヴァーに先制攻撃を仕掛ける。
 次に幸輔が棚の隙間から狙撃を行い、ロックラヴァーの胴体にペイント弾を付着させる。
 そしてナナヤがライフルを構え、所持する全ての特殊能力を発動させた強力な一撃を放った。
 一瞬早く距離を詰めた拓那がツーハンドソードによる刺突攻撃を行うが、ロックラヴァーが身を退いたために傷は浅かった。
 しかしおかげでナナヤの一撃が見事に胴体に喰い込み、ロックラヴァーが苦痛に叫び声を上げる。
 小夜子とパディが拓那に続いて攻撃を行おうとするが、ロックラヴァーが息を吸い込んでいるのを見て慌てて接近を止めた。
 ロックラヴァーの狙いが小夜子であることを察知すると、拓那は距離を取ると同時に小夜子の身を庇うように跳躍した。
 折り重なる2人の上を、氷のブレスが駆け巡る。
 パディはその隙を好機と見出し、流し斬りを仕掛けた。
 彼の直感は見事的中し、ブレス直後で隙だらけだったロックラヴァーに大きなダメージを与えた。
 だが、おかげでロックラヴァーの怒りに火が付いてしまった。
 誰一人も氷漬けに出来ない事と一方的に攻撃される事に憤慨し、見境なくその場で暴れ始める。
 素早く退こうとしたパディだったが、ロックラヴァーの後ろ足による蹴りを貰ってしまう。
 その一撃の威力は、パディの体が冷蔵庫の壁にぶつかった際にヒビを入れた事で証明された。
 そして今、忌々しい周囲の障害物を排除すべく、無闇やたらと角を振り回して、棚の破壊を始めている。
 その影響を受けたのは、拓那と小夜子、それに戒路だった。
 倒れた棚が拓那の背中に圧し掛かり、拓那はダメージを受け、小夜子は重みで動けなくなってしまう。
 戒路は倒れてきた棚を避けた際、少し腕を打撲した。
 このまま暴れられて息をばら撒かれたりしたら全員無事では済まない。
 命とアキラは倒れる棚を掻い潜り、暴れるロックラヴァーに詰め寄った。
 ロックラヴァーの口から氷点下の息が溢れているのを見て、アキラがイアリスで瞬即撃を頭部へお見舞いする。
 イアリスの一撃はロックラヴァーの額を切り裂き、鮮血を宙の舞わせる。
 その攻撃で怯んだ一瞬を逃さず、命がロックラヴァーに組み付いて砂錐の爪を首筋に叩き込んだ。
 爪は深く突き刺さり、ロックラヴァーに致命的な損傷を与える。
 一瞬にして意識を失いそうなったロックラヴァーだったが、倒れそうになった身体を慌てて支え、大きく息を吸い込んだ。
 命とアキラは回避する余裕がない事を悟ると、奥歯を噛み締めて両目を閉じた。
 次の瞬間、ロックラヴァーの口から全てを凍らせる氷の息が放出され始める。
 2人は冷たい冷気を感じたが、いつまで経っても意識が続いている事に違和感を覚え、ゆっくりと瞳を開けた。
 すると、2人の眼前には今まで存在していなかった大きな氷の塊がいつの間にか出現していた。
 驚きつつもよく眼を凝らしてみればそれはただの氷の塊ではなく、中にロックラヴァーが氷漬けにされていた。
「自分を凍らせるなんて、本当に『氷の塊好き(ロックラヴァー)』なんですね‥‥」
 一部始終を見ていたナナヤが、呆れた様な感心した様な声を漏らしていた。

「ロシア人の気分が解る‥‥かもな」
 作戦終了後、命は持って来たウォッカを一口飲んでそう感想を零した。
 ナナヤと幸輔はドラム缶の近くで体温を取り戻そうとして、他の者達は傷の手当てを行っている。
「こんなに冷えてますよ‥‥」
 その台詞に視線を向けてみれば、小夜子が拓那の手を取り、両手で擦ったり息を吹き掛けて温めていた。
 拓那は困ったような嬉しいような表情を浮かべ、他の者達は「ああ、暑い暑い」とわざとらしく服を仰ぐのであった。