タイトル:〆切直前、援軍要請!マスター:水君 蓮

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/27 19:25

●オープニング本文


「まずい、非常にまずいぞ」
「ああ、このままじゃあヤバいな」
 とあるマンションの一室で、男性2人が深刻そうな表情を浮かべていた。
 2人は椅子に深く腰掛けて、膝に肘をついて頭を抱えている。
 男達の名前は、矢木 誠(ヤギ マコト)と伊藤 春樹(イトウ ハルキ)。
 世間に通じる名前を挙げるなら、『ヤギ ハルキ』と言えば納得するであろう。
 そう、現在大阪・日本橋のヲタクの間で密かなブームになっている漫画『スパイス・マックス』の作者である。
 
 ここで、万が一知らない人がいた場合に備えて簡単な説明をしておこう。
 『スパイス・マックス(通称スパマ)』は能力者を主人公にした漫画で、未知なる敵バグアと戦う話なのである。
 なんだ、まんまこの世界の事じゃないかと思う人がいるかもしれないが、それは違う。
 この漫画はフィクションであり、決して実在の人物、いかなる団体とも関連性はないのだ。
 皆さんは安心して架空の世界で活躍する主人公達の物語を楽しんでもらいたい。
 そして、スパマの王道的とも言える展開が近畿を中心に人気を呼び、現在も2人がその続編を創作中──の、はずだった。

「駄目だ、全然話が思いついてこない」
「おいおい、それじゃあ今週号の話はどうするんだよ?」
 誠の弱音を聞いて、春樹が苛立たしげに問う。
 熱狂的なファンには既知の事実だが、2人はそれぞれ作業を分担して漫画製作を行っている。
 誠が話を考え、春樹が絵を描く。
 今までそうして来たし、きっとこれからもそうやって2人は漫画を生み出していくだろう。
 しかし、今正にその未来が崩壊寸前の大ピンチが訪れている。
 誠が急なスランプを迎え、一切話が思いつかなくなってしまったのである。
 春樹は絵を描くことに関しては天才的だが、話を展開させるのは素人級だった。
 このままでは今まで苦労して生み出してきたスパマの連載が途絶えてしまう。
 毎週楽しみに読んでいてくれている読者達を裏切ってしまう。
 2人は迫り来る〆切と、職責を果たせない自分の不甲斐無さに暗い気持ちで胸がいっぱいだった。

 ここで改めて補足させてもらおう。
 スパイス・マックスは毎週日曜日に販売される『週刊クロウト』という漫画雑誌で連載されていて、連載を始めてもうすぐ3年を迎える今まで、一度も原稿を落とした事がないのである。
 その間にどちらかが病気になったり、2人とも床に伏す事もあったが、いつも気合と根性で乗り切っていた。
 それが今、「アイディアが浮かばない」という理由で崩れようとしている。
 別に深く拘る話ではないのだが、2人はその拘りをどうしても失くしたくなかった。
 一度でも落としてしまうとその後が手抜きになってしまいそうな危機感を2人は抱いているのだ。
 漫画の展開を説明すると、つい先週、『魔将軍ラーム』というボスを倒して、話は一区切りを迎えている。
 今は束の間の休息とその後の新たなる展開を書こうとしている場面なのだ。
 しかし、誠にはどうしてもその後の話が思いつかなかった。
 思えば主人公達は数々の苦難を乗り越え、初期と比べればそれなりに成長もしている。
 今更さらに強い敵を登場させても良いものか、という迷いが誠を苦しめていた。

「‥‥援軍を呼ぼう」
「援軍?」
 誠が不意に零した言葉に、春樹が眉を顰める。
 追い詰められた誠の目は何だか狂気を孕んでいるようで、春樹は益々訝しげに誠を見た。
「こういう時は、本職に手伝ってもらうのがいい」
「本職? 何を言っているんだ?」
「傭兵だよ。彼らを呼んで、漫画製作を手伝ってもらおう」
「おいおい、冗談にしちゃ笑えないぞ」
「俺は本気だ。彼らなら話の考案もトーン貼りもやってくれるに違いない」
「後者は俺も嬉しいな。今ちょうどアシスタントがいないし」
「どうだ、名案だろう」
「しかし、こんな妙な依頼を受けてくれるものかね?」
 春樹の言葉に、誠はニヤリと不気味な笑みを浮かべて答えた。
「彼らなら、きっと来てくれるさ」

●参加者一覧

チャペル・ローズマリィ(ga0050
16歳・♀・SN
三島玲奈(ga3848
17歳・♀・SN
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
ロボロフスキー・公星(ga8944
34歳・♂・ER
水円・一(gb0495
25歳・♂・EP

●リプレイ本文

「はじめまして、ヤギハルキ先生! 作品、いつも楽しく拝見させていただいています」
 言うが早いか、チャペル・ローズマリィ(ga0050)は『スパイス・マックス』の最新刊を矢木 誠と伊藤 春樹の中間に差し出した。
「あ、あのっ。サインをいただいてもよろしいでしょうかっ」
 2人は顔を見合わせた後、笑顔で承諾して単行本を受け取る。
 誠は普通に自分のサインを。
 春樹は主人公のスパイス・マックスのラフ画を描いてくれた。
 サイン入り漫画を受け取ったチャペルは瞳とキラキラと輝かせながらサインを確認した後、本を胸に抱いて至高の瞬間を味わった。
 その様子を見て、2人は恥ずかしそうな照れた笑いを浮かべる。
「ラルス・フェルセン(ga5133)とー、申します〜。
 趣味ではありますがー、絵は描いておりますのでー、お役に立てれば幸いです〜」
 チャペルの隣に座っていたラルスが隙を窺って自己紹介を行った。
 誠と春樹はすぐに居直し、挨拶に答えた。
「俺は矢木 誠。大まかな話から展開のコマ割まで口を出す物語生産機だ」
「‥‥その挨拶はどうかと思うぞ。
 俺は伊藤 春樹。絵を描く事なら誰にも負けない」
「いや、お前の挨拶もおかしいだろう」
 まるでコントのような2人の会話に、三島玲奈(ga3848)が笑い声を漏らす。
「あ、失礼しました。私は三島玲奈と申します。
 これでも漫談師ですので、ストーリーならお任せ下さい」
 玲奈は2人の視線に気付いて慌てて挨拶し、ばつが悪そうに苦笑を浮かべた。
「俺は水円・一(gb0495)だ。
 原作作成と作業支援をさせてもらう」
 一は玲奈を庇うように挨拶をし、2人の視線がそちらに移動したので玲奈は内心でホッとした。
「私はロボロフスキー・公星(ga8944)と申します。
 先生方、宜しくお願いしますわ」
 続いてロボロフスキーが挨拶をして、誠と春樹を驚かせた。
「失礼だが、あんたは男‥‥だよな?」
「ええ。まぁ、色々とありまして‥‥」
 誠の質問にロボロフスキーは苦笑を浮かべてお茶を濁したので、2人はそれ以上追求はしなかった。
 しかし、そのユニークなキャラにそれぞれ不敵な笑みを浮かべずにはいられなかった。

「〆切まで本当に時間がないと言わざるを得ない!」
 資料室に移動した直後、先ほどまでの好青年の印象はどこへやら、誠が突然声を上げた。
 ストーリー作成支援に回った玲奈、一、ラルスの体が同時にビクリと震える。
 資料室には漫画、辞典、写真集と様々な本が棚に並べられていて、誠は普段はここで原作を考えるのだと説明した。
「とりあえず、君達が考えてきた案を聞かせてくれないか。
 採用不採用は別にして、どういう話を思いついたのか興味がある」
 誠は力なく自分の席らしい椅子に腰掛けた後、前方に3つの椅子を並べて座るように促した。
 3人はゆっくりと椅子に座り、誠と向き直る。
「えと、それじゃあ私から宜しいですか?」
 玲奈がおずおずと挙手し、誰も異論はなかったようなので話し始めた。

 ●極大射程の悪夢編
 休暇中のマックスは見えぬ敵に狙撃される
 長射程の攻撃に苦しむ彼
 父の仇を追う少女玲奈を苦戦の末追い詰めた
 偽依頼に騙され彼を仇と信じ込む少女
 ラームの仕業か新たな敵か?
 玲奈を諭し仇探しの旅へ
 途中能力者と出会う

「なるほど。新キャラを登場させる訳か」
 誠はメモを取り出すと何やら書き込んで何度も頷いていた。
 どうやら要点を纏めたりそこから案を導き出そうとしているようである。
「えっと〜、私のは玲奈君ほど具体的ではないのですが〜」
 次に、ラルスが話を始める。
 誠はすぐにメモを新しいページにすると、ラルスの言葉を待った。
「現実を考えますとー、更に強敵の出現もアリだと思いますね〜。
 マックスを、まだ実力不足だと凹ませる展開からー、以降修行編とか〜」
 人物交流を経てー、何かを掴むとか〜」
「なるほど。やはり王道が一番って事か」
 メモを書くスピードが先ほどより加速したような気がする。
 インスピレーションが働いているのかもしれない。
「それじゃあ、最後に俺の話をしよう」
 一が切り出してもメモの上を走るペンは止まらなかったが、構わず続ける事にした。
 何故なら誠が一の方を見て、早く次の話を求めているように目で催促していたからだ。
「ここらで強さのインフレは抑えるのはどうだろう。
 例えば、主人公自身が弱体化したり、強さではなくアイデアで倒す、昆虫サイズにされて昆虫に近い世界で戦うなんて制限をつけている、など。
 あと、いつも形ある敵がいるわけでも無いだろう。立ち塞がるのは自然現象だってありえる。
 もしくは、トラブルやバトルが無い話があってもいい。いつも争いばかりじゃあマックスも疲れるだろうしな」
「なるほど。主人公が子供になったり、そのまま名探偵になったりするんだな」
 誠の口から漏れる言葉は一の話した内容とは少し違うものだったが、特に一行は気にしなかった。
 全員が話を終えた後も誠はしばらく何かを書き続け、3人は黙ってその様子を見守るしかなかった。
「ああ、すまない。アイディアを出してくれて有難う。
 他の作業がある人はそっちに回ってくれて構わないよ」
 それだけ告げると、誠は再びメモに書き込む作業に戻ってしまった。
 仕方なく3人は邪魔にならないように静かに資料室を出ると、各々次の作業へと移って行った。

「ほれ、次の話だ」
 10分も時間を空けず、誠がまとまったらしいシナリオの案が書かれた紙を春樹に持って来た。
 机の並ぶ作業場には春樹の他にロボロフスキーとラルスが控えている。
「どれどれ‥‥」
 紙を受け取って、春樹はそこに書かれた物語を読む。
 黙々と読み続ける春樹の真剣な表情に他の者達は無意識に固唾を呑んでいた。
 何故か相方である誠まで。
 重苦しい沈黙の世界では、時計の針の音が嫌に大きく聞こえる。
 しばらくして、やっと春樹が口を開いた。
「いいんじゃないかな。俺はこれで構わないよ」
 一行はホッと安堵の溜め息を吐く。何故か誠も一緒になって。
 春樹は受け取った紙をロボロフスキーに渡し、内容を確認するように言った。
 隣にラルスが並び、2人で同時に物語を確認する。

 ●若気の至り編
 ある日、スパイス・マックスは謎の女刺客に急襲される。
 その時に不思議な毒薬を注射され、彼は覚醒が行えなくなってしまう。
 マックスは親友の春香閣下やティン博士に相談して、元の身体に戻る旅に出るのであった。

「この時の女刺客ってのが実は敵に騙された能力者でな。
 後々仲間になって、マックスと一緒に敵を倒す旅をする訳だ。
 その道中で2人は親密になっていき、ついにマックスが元の身体に戻れる時に──」
「ストップ。それ以上はネタバレになってしまう」
 誠が目を閉じて妄想を話し始めたので、春樹は急いで黙るように言った。
 言われて最初は不機嫌そうな誠だったが、目の前にロボロフスキーとラルスがいることを思い出すと、苦笑を浮かべて誤魔化した。
「さて、早速作業に移ろうか。一分一秒でも今は時間が惜しい」
 春樹の言葉を受け、2人は急いで与えられた自分の席に戻った。

「こんなもんかな」
 一通り資料室の掃除を終えて、一は一息ついた。
 片付いていないだろうと思っていたヤギハルキの部屋はどれもそれなりに小奇麗にされていて、一は少し驚いていた。
 挨拶の場で誠から聞いた話によれば、春樹が進んで掃除を行うらしい。
 少し残念に思いながらも、普段は手が届かない所を一は掃除した。
 予想以上に早く終わってしまったが、まだ作業場での仕事は続いているらしい。
 一が暇を持て余しながら台所に移動すると、おいしそうな匂いがしてきた。
 見てみると、チャペルがコンロの上で鍋をかき回している。
「安心しろ。空鍋じゃないぞ」
 後ろから突然声を掛けられ、一は驚いて声を漏らした。
 慌てて振り返ってみれば、誠が可笑しそうな表情を浮かべて立っている。
「矢木は仕事はいいのか?」
「俺? 俺の仕事はもう終わりだ。
 あとは春樹が頑張って絵を描いてくれるのを待つばかりだな」
 誠はそう言って一から離れると、チャペルに近寄って料理の話をし始めた。
 仕方なく一が資料室に戻ってこれまでの話を確認しようとスパイス・マックスの単行本を探していると、先に読んでいた玲奈が案内してくれた。

「よし、これで最後のコマだ」
 数時間後、疲れた表情で春樹が終了寸前宣言を行った。
 それを聞いてロボロフスキーもラルスも長い息を吐き、最後のラストスパートをかける。
 春樹は最後のページは自分が担当すると告げ、プロの仕事というものを一行に見せ付けた。
 トーンがまるで最初からその形であったように一瞬で切り取られ、貼り付けられる。
 ペン先にインクをつけ、それをまるで手裏剣のように飛ばしてベタを塗る。
 同時にいくつもペンを持って、集中線を描く。
 その動きは高速で、一瞬の無駄も存在しなかった。
 ロボロフスキーとラルスはその動きに圧倒されつつも、自分達も負けじと作業に戻るのであった。

「お疲れ様でした。
 どうぞ、召し上がって下さい」
 無事に原稿が上がった事を知ると、チャペルは全員に自慢の料理を揮った。
 メニューはカレーライスとスパゲッティサラダ。
 栄養のバランスが考えられた内容で、ちょうど空腹だった一行は遠慮することなくそれを戴いた。
 そして全員同時に一口食べた瞬間、
「からーーーーっ!!」
 と大きな声を上げ、誠が一人で笑い声を上げた。
 実はチャペルと話をしている時に密かに辛さをアップさせていたのである。
 他の者達が口から火を吐く思いをする中、誠は平気そうにカレーを食べ続けた。