タイトル:ヴィジョン・ゼロマスター:水君 蓮

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/07 13:39

●オープニング本文


 闇に佇むその姿は、『美しい』と形容する他なかった。
 全身を覆う体毛は艶やかな漆黒。
 闇の中でも一際目立って浮かぶ瞳の色は黄金。
 妖艶とも言える曲線を描く肢体は芸術的であると同時に、最高の運動性を誇っている。
 何一つ無駄の存在しない、最高の肉体を持つ獣。
 美しいボディバランスの女性を例える言葉としても知られているその獣の名前は、『黒豹』。
 いつまでもその姿を眺めていたいが、それは決して叶わない願望。
 何故ならば、黒豹の姿を見たものは即時命を奪われてしまうからである。

 深夜の映画館で、数人の客がそういった内容の映画を見ていた。
 映画のタイトルは『ナイトハンター』。
 某研究所で生態強化された黒豹が脱走し、市街地で大暴れするというSFサスペンスな話である。
 演出のしょぼさや登場する俳優の安い演技から容易く想像できるように、俗にB級映画と呼ばれる作品だった。
 しかし、黒豹を視点として展開する話は斬新であり、黒豹の美しさを楽しむだけでも十分見る価値はあると密かな評価を得ている。
 ちなみに今この映画を見ている人間は全員そんな評価など知らず、ただの暇潰しとして曖昧に映画を眺めているだけだった。
 映画が残り半分ほどになった頃、上映室の扉が開く音がした。
 映画では今まさに全裸の女性が黒豹に襲われそうになっている緊迫のシーンだったが、所詮適当にしか内容を把握していない人間の興味は薄く、それより一体どんな人間が入ってきたのか視線を向ける事の方が優先された。
 しかし、扉は誰かが入ってきた事を示すように僅かに揺れているが、入室者の姿が見当たらない。
 不思議そうに入り口を見ていた一同だったが、興味を無くしてすぐにスクリーンの方へ視線を戻した。
 場面は美女がバスタオル一枚で懸命に黒豹から逃げている所だったが、さきほどまでとは何かが様子が違った。
 最初はその違和感が何なのか気付かなかった鑑賞者達だったが、次第にその原因の存在に気付き始める。
 画面の中央下部分に、先ほどまではなかった黒い大きな塊が存在しているのである。
 おかげで映画が妙な風に映り、ろくに映画を見てなかったはずの鑑賞者達は怒りを覚えて立ち上がった。
「何だよこれ、邪魔だな」
 前列に座っていた男が邪魔を排除しようとスクリーンに近付いて、凍り付いた。
 今まで無機物だと思っていた塊がゆっくりと動き出し、2つの金色に輝く瞳を向けてきたのである。
 同時に、スクリーンいっぱいに黒豹のアップが映る。
 そこで初めて、目の前にいるのが本物の黒豹なのだと、男は認知した。
 黒豹はゆっくりと旋回して鑑賞者達を見渡すように首を横に振ると、姿勢を低くする。
 丁度映画の中でも美女に飛び掛ろうと、黒豹が姿勢を低くして睨んでいる所だった。
 この後、美女は助かるのか。そして、自分達は助かるのか。
 絶体絶命の場面だと言うのに、鑑賞者達は映画の内容が今更になって気になり始めた。
 その映画の展開通りに事が運ぶなら、美女には是非とも助かって欲しい。
 観客達は黒豹に見守られる中、映画の展開に釘付けとなった。
 いよいよ黒豹が飛び掛り、絶体絶命の美女が叫び声を上げる。
 その瞬間、世界が暗転した。
 元々薄暗かった上映室が完全に闇に包まれ、観客達は自分の体がどういう状態なのかも視認できなくなった。
 押さえ込んでいた恐怖心が爆発し、悲鳴を上げようと何人かが大きく口を開く。
 だが、その声が周囲に響く前に、黒豹が突風のように傍らを通り抜けていった。

「完全にやられちゃってますね。これじゃあ復旧は難しそうです」
 館内の全ての電気コントロールを司る電源パネルが大破しているのを調べて、UPC軍兵は結果を上司に報告した。
 事件が発生してから数時間後、奇跡的に脱出した生存者からの通報により、UPC軍から派遣された調査部隊が現場となった映画館を調べていた。
 映画館の照明は一切点灯されておらず、昼間だというのに中は深夜のように暗い。
 そのため、調査部隊は全員暗視スコープを装着して館内の探索を行っていた。
「そう言えば、隊長聞きました? 例の生存者の話」
 隊員の一人が隊長に話し掛け、隊長が無言で視線を向ける。
「出現したキメラは黒豹みたいな外見で、『ナイトハンター』って名前らしいですよ」
「ナイトハンター? なんだ、そのネーミングは?」
「丁度そういう題名の映画をやっていて、それの主役が黒豹らしいです」
「フン、くだらんな」
 隊長は鼻で笑い、隊員も「ですよねー」と笑い声を上げる。
 和やかに移動をしていた一同だったが、隊長が止まるように右手を挙げて指示し、隊員達に緊張が走る。
 闇で覆われた長い廊下の先に、観客達が襲われたという上映室へ続く扉があり、その前に黒い大きな塊が立ち塞がっていた。
 暗視スコープの出力を上げ、それが報告にあった黒豹のようなキメラだと確認する。
 一同はゆっくりと銃を構え、キメラの攻撃に備えた。
 飽く迄も彼らの目的は調査に過ぎず、キメラの殲滅や戦闘ではない。
 この後に控える傭兵達のために詳細なデータを記録し、少しでも彼らの行動を助けるために彼らが在る。
 逃走の恐れがある場合は足止めし、襲撃された場合は退却する。
 調査部隊は逃走の際の経路を脳内に描きつつ、キメラの様子を見守った。
 ナイトハンターこと黒豹キメラはゆっくりと尻尾を持ち上げると、奇妙に膨らんだその先を調査部隊に向ける。
 それが何を意味するか理解する前に、世界は暗黒の闇から鮮烈の光へと転換した。
 黒から白へと一瞬にして変化を遂げた世界に、人間の思考は一切の対応が出来ない。
 ただ強烈な眼孔の痛みに悶え苦しみ、調査部隊はその開放を黒豹に委ねるばかりだった。

●参加者一覧

三間坂 京(ga0094
24歳・♂・GP
神無月 翡翠(ga0238
25歳・♂・ST
ナレイン・フェルド(ga0506
26歳・♂・GP
篠崎 公司(ga2413
36歳・♂・JG
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
ティーダ(ga7172
22歳・♀・PN
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
パディ(ga9639
22歳・♂・FT

●リプレイ本文

 星のない薄暗い夜空には、月だけが時折雲間から姿を覗かせているばかりである。
 本来ならば繁盛していたであろう周囲の商店は現在特別警戒態勢ということで無期限閉鎖となっている。
 そのため、周辺で灯りと呼べるものは電柱に設置された電灯くらいなのだが、それも頼りなく点滅を繰り返している。
 不気味なほど暗く静かな街の中心で、傭兵達は目の前の建物を見上げていた。
 2階建ての映画館は赤いレンガ外壁の御洒落な見た目をしているが、一帯の雰囲気のせいで血塗られているようにも見えてしまう。
 誰かが唾を飲む音が聞こえる。
 それが辺りの不気味加減に恐怖を抱いたせいか、目前の建物に潜む悪魔を恐れたせいかは分からない。
 何度目かの月の登場を合図にして、三間坂京(ga0094)が切り出した。
「全員、映画館の構造は頭に入っているか?」
 その問いにナレイン・フェルド(ga0506)がゆっくりと頷き、他の者達も肯定の意を示す。
「戦闘は、まかせるぞ? サポしてやるから、思いっきりやっていいが、派手に壊したら、弁償かもな?」
 神無月 翡翠(ga0238)の言葉に数人が苦笑する。
 今回のような場合は特殊災害措置として経営者に保険のようなものが支払われるので、傭兵が弁償をするということはない。
 無論、だからと言って好き勝手に暴れていい訳ではないが。
「ユーリ、それは?」
 緋室 神音(ga3576)が不思議そうに訊いて、ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)は斜めにかけて片目を覆ったアイマスクに触れた。
「閃光対策です。
 万が一こっちの目がやられても、瞬時にもう片方に切り替えて対処できるように」
 ユーリの妙案に、傍で説明を聞いていた篠崎 公司(ga2413)が「ほぅ」と感心したように言葉を漏らした。
「そろそろ、行きましょうか」
 一同の緊張が程よく解けてきたのを見計らって、ティーダ(ga7172)が潜入開始を提案する。
 パディ(ga9639)がやる気を示すように拳を握り締め、他の皆も同意を示した。
 ゆっくりと玄関前の階段を昇り、両開きの大きな扉を押し開ける。
 普段営業している時ならば開放してお客を誘い込むのだろうが、今回はキメラの脱出を防ぐために敢えて閉じてしまう。
 すると、月明かりで僅かに明るかった玄関が一気に暗黒に包み込まれ、仲間達の吐息がいつもより大きく聞こえた。
 突然、闇の中で何かが割れる音が響き、光が生じる。
 その原因は、公司が持参したルミカライトを点灯させたからだった。
 ぼんやりとした明るさが闇を照らし、公司は持って来たルミカライトを沢山折って玄関にばら撒いた。
 朧げながら玄関付近はルミカライトによって照らされ、その漠然とした形を闇の中から出現させる。
 まず玄関扉を抜けた正面には店員がいつも控えているのであろうカウンターが設置されていて、扉の左脇には壁に背を付けて自動券売機が2台置かれている。
 その反対側は少し広い空間となっていて、待ち合わせや暇潰しをするのに便利そうなソファが背中をくっつけて2組配置されている。
 公司に続くように他の者達もルミカライトを取り出すと、まだ置かれていない場所に設置していった。
 事前に調べた通り、カウンターの隣の自動販売機の影に北へと伸びる廊下と、西奥に上映室の扉が見えた。
 一同は気配を探りつつ慎重に進んでいき、まるで森の中で道に迷わないためにするようにルミカライトを置いて行く。
 北に伸びる廊下を進むと、手前と奥に2つ扉が見えた。
 どちらも上映室のはずだが、今はどこからも全く映画の台詞や効果音は聞こえない。
 まず手前の扉の横に全員が集合し、中の気配を探る。
 そして両開きの扉を少しだけ開けると、京が懐中電灯で素早く中の様子を見渡す。
 同時に、その隙間から公司がルミカライトを括り付けた矢を上映室の壁に向けて放ち、内部に満ちた闇を減少させる。
 一連の動作で簡単にだが内部の様子を確認すると、即座に扉を全開にして全員で一斉に突入した。
 上映室はどの席からでも映画を楽しめられるように客席が斜めに設計されていて、横に5つ並んだ席が6つ、それが横に2列並んでいるので、合計60人収容できる。
 映写機のある部屋が上映室の扉の上にあるので、客席まで進むまでは天井が低い。
 この構造はどの部屋も同じで、一同は警戒しながらスクリーンまで移動してキメラの姿がない事を確認すると、次の上映室へと移動した。
 廊下奥の上映室も同じように調べたが、そこにもキメラの存在はなかった。
 となると残りは西奥にある最後の上映室か、2階ということになる。
 一同は少なくなったルミカライトに僅かに不安を覚えつつ、最後の上映室の前に辿り着いた。
 今までと同じように最初に中を調べ、次に全員で中に進入して改めて様子を探る。
 ルミカライトを散布しながら、ティーダとナレインがランタンで座席の間を一つ一つ確認していく。
 他の者達はその様子を見守りつつ、廊下にナイトハンターがいないか扉付近で待機していた。
 何事もなく3つ目の席を調べ終わり、敵は2階かと一同が推測し始めた時。
 ティーダが4つ目の座席の隙間に光を向けた瞬間、突然闇が飛び出した。
「きゃあっ!」
 まるで映画のワンシーンのような悲鳴に、一同に戦慄が走る。
 ティーダの持っていたランタンが放物線を描き、その持ち主を押し倒した獣の姿を照らし出した。
 闇に紛れるその美しい体毛としなやかなフォルムは、間違いなくナイトハンターであった。
 一同の動きを察知したナイトハンターは、待ち伏せ作戦を仕掛けて奇襲を行ったのだ。
 その犠牲となったティーダは、幸いにも圧し掛かられた程度で今のところ無傷であった。
 しかし、次の瞬間にでもナイトハンターの鋭い牙が喉に押し込まれればそうもいかない。
 あっという間に死を遂げる現実が、ティーダの眼前に存在していた。
「くっ‥‥、皆さん、今です!」
 そんな状況にあっても尚、ティーダは自身の囮としての役目を果たそうとした。
 その言葉に、弾かれたように一同が一斉に行動を開始する。
「これだけの光源があれば、射撃には十分です」
 公司は『狙撃眼』を発動させると、ナイトハンターの脇腹に向け、矢を放った。
 ナントハンターは公司が弓に矢を番える様子から遠距離射撃を警戒していたので、それを後ろの跳躍して回避する。
 攻撃は外れたが、公司の思惑は成功だった。
 押し倒されて行動不能だったティーダが解放され、戦闘要員が増加した。
「まずは『捕捉』だ」
 言って、神音がペイント弾を装填した銃口をナイトハンターに向ける。
 しかし、着地と同時に走り出したナイトハンターの瞬発力は予想以上で、初弾を外してしまった。
「こんな所で暴れちゃダメ‥‥」
 その後ろを『瞬天速』で走っていたナレインが呟き、刹那の爪を装着した跳び蹴りを放つ。
 ナイトハンターは冷静に座席の上に飛び乗って回避し、さらに隣の列を経由して急速旋回すると、ナレインに飛び掛った。
 その体に、神音の二発目のペイント弾と、京のペイント弾が見事に命中する。
 だからと言って勢いが止まる訳もなく、ナレインはナイトハンターの体重を支えきれずに押し倒されてしまった。
 さらにその体に巨獣の重みが圧し掛かり、苦悶の声が漏れる。
 今度は邪魔をされる前に獲物を仕留めようと、ナイトハンターが鋭い爪を伸ばしてナレインに今一度圧し掛かろうとする。
 痛みの影響と押し倒された状態で動きの取れないナレインには為す術はなく、ただ胸に差し込まれるであろう鋭い爪を見つめるしかなかった。
 刹那、金属同士がぶつかるような鋭い音が響き、ナレインとナイトハンターの間に一人の影が現れた。
「爪での勝負なら負けませんよ‥‥!」
 ナレインを救ったのは先ほど同じ状況に陥ったばかりのティーダだった。
 ルベウスでナイトハンターの爪を受け止め、キメラと能力者の力比べが行われる。
「チャンス到来」
 密かに接近していた翡翠が『練成弱体』を発動させ、ユーリが座席を飛び越えながら『紅蓮衝撃』を伴った渾身の一撃をナイトハンターに放った。
 急いで回避しようとしたナイトハンターだったが、僅かに脇腹を掠り、スクリーン前に着地すると同時に出血が始まった。
 ほんの一瞬の出来事だったが、一同は悟った。
 『このキメラは強い』、と。
 一同は改めて武器を持ち直し、少し間を置いた後、更に攻撃を開始した。
 ナイトハンターは静かにその様子を視認した後、座席の上を移動して、一瞬にして扉の前まで移動した。
 そこで狙撃を行っていた公司が慌ててナイフを取り出そうとするが、遅い。
 ナイトハンターの強烈な体当たりで弾き飛ばされ、公司は壁に強く全身を打ち付けた。
 そしてそのままナイトハンターは廊下へと飛び出し、一同の前から姿を消した。
「大丈夫か?」
 翡翠が急いで近寄り、『練成治療』による回復を行う。
「あんなに速い化け物は、初めてです」
 何度か咳をしながら、公司はゆっくりと壁に手を付きながら立ち上がった。
 公司の言葉は他の者達と同じ考えだった。
 いくらこちらが狙っても、ナイトハンターの素早さの方がその上を行ってしまう。
 闇の中を自在に駆けるキメラの真の恐ろしさを一同は味わった。
 その後、体勢を立て直すと、一同は再びナイトハンターの探索に戻った。
 ただし、その姿を発見するのにそう時間は掛からなかった。
 何故ならば、廊下に点々と先ほどユーリがつけた傷から落ちた血液が残っていたからである。
 その跡を辿って移動してみると、最初に調査を行った上映室へと続いていた。
 ここで決着をつけることを決心し、一同が中へと突入する。
 それを待ち構えていたように、ナイトハンターがスクリーンの前で腰を下していた。
 相変わらず冷静な様子で、悠然と一同を見据えている。
 一同はナイトハンターの動きに警戒しつつ慎重に移動を行い、自分の間合いまで詰めようとした。
 黒豹はそれでも静かに座し、まるで何かを待っているようにも見える。
 全員が所定の位置についたことを確認すると、パディが先陣を切って『流し斬り』を発動させ、一気に走り始める。
 瞬間、今まで明るかった世界がゆっくりと闇に飲まれ始めた。
 思わぬ異変にパディが動きを止めるが、闇の侵食は止まらない。
 その原因は、闇ではなく光の方に存在した。
 一同が用意したルミカライトは特別明るいものを選んだのだが、故に効果時間の短いものだったのである。
 元々の明るさでは周囲を照らすほどではないにしても数時間は持つルミカライトの、欠点であった。
 全員がその事実に気付いて慌てて新しいルミカライトを用意した時には既に手遅れだった。
 黒に染まろうとした世界が、一転して白に包まれる。
 何の対策もしていなかった者達はその光を直視し、眼孔に焼けるような痛みを覚えて悶える。
 唯一アイマスクという方法を用意していたユーリも、閃光のあとの闇色の世界では折角の準備も意味を為さなくなってしまった。
 一体何が悪かったのか。
 その事を考えるべき時ではないと分かっていたが、一同はそうせざるを得なかった。
 闇の主が疾風の如く駆け出す音を聞いては、最早それも仕方ない事だ。

 UPC軍の救助部隊が一同を救出したのは数時間後の夜明け頃であった。
 連絡が途絶えた事を心配して派遣された救助部隊は、上映室の床に伏せる一同を見つけて慌てて病院へと搬送した。
 その際、護衛部隊が映画館の内部を隈なく捜査したが、ナイトハンターの姿は発見出来ず。
 外に逃亡したと推測され、急いで周囲を調べ回ったが、まだ闇を残す街の中でその姿を見つける事は叶わなかった。