●リプレイ本文
●建造物屋外
「ソウル隊のレイモンド軍曹です」
UPC軍の軍服を着た男性が傭兵達の前に出てきて敬礼をした。
稲葉 徹二(
ga0163)がこれに敬礼を返す。
「軍曹殿、ご苦労様であります!」
「はは。傭兵でも敬礼はするのですね」
稲葉の敬礼を見て軍曹が笑みを浮かべる。
その手には書類が挟まれたファイルがあった。
「こちらをどうぞ。任務前に要求されました敵データと内部地図です。それと、中はキメラによって電力の供給ラインが壊されていたために電気がついていません」
「暗視スコープは支給されないのか?」
書類を受け取りながら煉条トヲイ(
ga0236)があることに気づく。
事前に支給要請をしていた暗視スコープがなかった。
軍曹は心底すまなそうに頭を下げる。
「申し訳ありません。そちらの手配はできませんでした。代わりですが、懐中電灯をいくつか用意してあります」
「ありがとう。これだけでもありがたい」
「お。そんじゃ、俺も借りとくかなぁ」
月影・透夜(
ga1806)と吾妻 大和(
ga0175)が用意された懐中電灯を受け取った。
「あと、キメラの大きさですが、私の部隊が突入時に見たところ2メートルほどでした。周りが暗く、身を守るのに精一杯だったので目測でしかありませんが」
「う〜ん2メートルほどかぁ。すっごく大きいねっ」
水理 和奏(
ga1500)がそう感想を述べると、後ろから笑い声が聞こえた。
「はっはっは。わしから見たらそうでもないが、水理から見たらなんだって大きくなりそうだな」
声の主は醐醍 与一(
ga2916)である。彼の大きな体の前に立つ水理は本来以上に小さく見えた。
「与一が大きいだけだと思うがな」
「私もそう思います」
頬を膨らせている水理を慰めるように崎森 玲於奈(
ga2010)と緋霧 絢(
ga3668)が口を揃える。
「いやいや、悪気があって言ったわけではないぞ」
醐醍がそれに対して弁解をする。
そして、煉条はその後ろで少しひざを曲げていた。彼も醐醍と同じ身長なのだ。
自分も責められるのではないかとそうしているらしい。
「何してる?」
「いや。背を小さく、な」
その様子に横から月影が尋ねていた。
「えっと。それでは、屋上まで送りますのでよろしいでしょうか?」
傭兵達の暢気なやり取りに軍人ではありえないと感じながら軍曹がきりだす。
「お願いするであります」
●建造物屋内 4F
軍曹と別れ、屋上から四階まで降りてきた一行は各自の装備再点検等を行っていた。
「さて、ここからは打ち合わせ通り行くか」
屋上からここまでは安全が確認されていた。ここから下は敵の領域だ。
傭兵達は部隊を三つに別ける。
水理、煉条、吾妻のA班。
そして、醐醍、緋霧、稲葉がB班。
残る月影、崎森はC班である。
「んじゃ、仲間が見える範囲で散開っつーことで」
「行くであります」
「覚醒‥‥」
各々が覚醒し、周囲を警戒しながら階段を降り始める。
片翼の悪魔‥‥その戦いの幕が上がる。
●建造物屋内 3F
何かの唸り声が聞こえた。
いや、ここで聞こえるのはキメラしかいない。
醐醍達B班がそれに気づいていた。
「今のは‥‥聞こえたか?」
「俺も聞こえました」
「私も」
B班は他の班に合図を送り、連携をとりながら声のした方へと足を進める。
その後ろにC班がつく。
稲葉が立ち止まる。
「ん?」
何かの物音が右から聞こえ。
「避けろ!」
見えない何かを感じ取り叫ぶ。しかし攻撃が見えない。
稲葉は仲間の盾になろうにも、初めての攻撃に対処法が分からない。
兎に角、注意を促し自分もまた回避行動をとる。
注意を聞いた醐醍は瞬時に回避行動に移る。後方にいたC班の崎森も柱を壁にする。
しかし、動きが遅れる緋霧。
彼女は暗視スコープに何も映っていなかったことで行動に迷いが出たのだ。
「っあぁあぁぁ‥‥」
緋霧は何かが体を突きぬけ、力が抜けるのを感じた。
「緋霧!?」
醐醍と稲葉が動こうとした。上方に影。瞬転。視界にその影を収めようと視線を動かす。暗視スコープ越しにその姿を捉える。
羊の頭に人の体。
そして右側が欠けた羽。
「バフォメット! 速いっ」
二人が攻撃に移ろうとした時にはキメラの影は視界から消えていた。
「なんてぇやろうだ‥‥緋霧、大丈夫か?」
敵の気配が完全に消え、醐醍が救急セットを取り出す。
「大丈夫です。ただ、力が抜ける感覚が‥‥外傷はありません」
緋霧が力の無い声を出す。他の班も集まってくる。
「奇襲。これが、敵の攻撃か。範囲攻撃ではなかったのが幸いか」
崎森が先の攻撃を感じて呟いた。
「兎に角、敵の気配はもう下に移動しました。行きましょう」
●建造物屋内 1F
「誰も居ないデパートと言うのも、不気味な物だな‥」
煉条が静かな周囲を警戒しながらそう口にする。
「まったくですっ。普段は賑わってるとこなのに」
水理もその意見に同意する。
「にしても、二階にはいなかったなぁ。隈なく探したのにさぁ」
テープで懐中電灯を付けたスコーピオンを構えて吾妻がぼやく。
陳列棚などの影に警戒しながら一行は探索。
奥に行けば行くほど、辺りは暗闇を増す。
吾妻がその先に光を差し込む。
そこに影が映った。
「いた! 怪奇ヤギ悪魔、一匹様ご案内だよぉ!」
呼笛をを鳴らし、スコーピオンで影を狙い撃つ。
「黒ミサを司る、山羊の頭を持った悪魔、バフォメット。その姿を模したキメラ‥か。いくぞ」
煉条が蛍火を抜き放ち、刀身から淡い光が漏れる。
「足を使って引き付けるよっ」
瞬天速を使った水理がルベウスを構えて接敵を試みる。
後方からC班も動き始めた。
敵は動きが速いが一体。動きさえ止めれば勝てる。誰もがそう思ったその時。
不意打ちだった。
周囲の光を吸収した光弾が闇を突き抜ける。
「横からだと!?」
月影と崎森は突然の攻撃に回避行動をとる。だが、煉条と吾妻は注意を前に向けていたためにこの横からきた攻撃に反応できない。まして、煉条は暗視スコープ越しに見た光弾によって視界を奪われる。
『っぅ?!』
焼けるような痛みが二人を襲い膝を床に突く。
連携を欠いた水理もまた危険に陥る。
「当たらないよ! ‥‥ちっこいしっ」
疾風脚を使い敵の攻撃を掻い潜り間合いを取る。
そして目前の敵を見た。異様な悪魔の姿。
もぎ取られた左の羽。
また、月影は見ていた。もう一体の悪魔。
そう、ここにはもう一体キメラがいたのだ。
このキメラもまた片翼。左の羽が無くなっている。
「くそっ。二体だと? 聞いてないぞ!」
傭兵達が動揺している隙に二体のキメラは再び暗闇の中へと姿を隠した。
「また逃げられた‥なんなんだ一体」
崎森が刀の柄から手を離す。抜き放たれなかった二振りの刀が腰で揺れる。
一歩で遅れたA班の面々も苦虫を噛んだ様に顔を歪める。
「まるで、わしらは悪魔に踊らされている様だな」
「俺達はその悪魔を祓いに来たんだ」
醐醍の言葉に稲葉が答える。そこに緋霧が口を挟む。
「いいえ。私達は悪魔を祓うのでは無く狩るのですから、さしずめ悪魔狩りといった所でしょうか?」
三人が話してる間に煉条と吾妻は救急セットで自ら傷の手当て済ませる。
「そして、その獲物は地獄の底へと降りたわけか。奴らの気配は地下だな」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか‥‥地獄周りを始めるとしようか。行こう地下へ」
崎森と煉条が呟き、吾妻が頷き立ち上がる。
一行は地下へと続く階段へと足を向けた。
奈落の底で最後の戦いが始まる。
●建造物内部 地下駐車場
傭兵達は地下へと辿り着く。
上階よりもさらに暗い。非常灯以外の灯りがないのだから当然だ。
この不吉な空間にいる。
彼らは感じている。
奴らを。
殺気を。
「来るぞ!」
月影が叫ぶ。
傭兵達は散開。B班が右手、C班が左に、そしてA班が中央を駆ける。
暗闇の中、感覚をより研ぎ澄まし、微かな空気の動きを感じ取る。
吾妻が右手前に敵を見つける。
右の羽が無いバフォメットが手から何かを放つ。
黒い闇が懐中電灯の明かりを受けて姿を現す。
「闇の、弾? おっとぉ、ヤギさんこちらってね!」
吾妻は瞬時に柱の影に隠れて呼笛を鳴らす。
柱に闇弾がはじける。やはり柱に傷は付かない。
水理がその間に敵の懐に潜り込む。そこに合わせたように敵の攻撃が繰り出される。
脚が淡く光る。疾風脚。脚の筋力を強化して瞬間的な機動力を手に入れることで敵の攻撃をかわす。
「だから当たらないって言ったっ」
そう言いながら彼女は自らの得物を敵に繰り出す。しかし、敵の動きも速い。攻撃を掠めるだけに止まる。だが、それによって敵の動きが導き出され、煉条が踏み込む。蛍火が光を放ち敵に一撃を与える。だが、浅い。後一歩の所で避けられている。振りぬいた形で横ががら空きになった煉条に敵が迫る。
「くぅっ!」
体を捻りながらポリカーボネートで攻撃を受ける。
煉条の卓越した技量で直撃は免れた。
敵は更に追い討ちをかけようとした時、数発の弾丸が通常よりも勢いよく敵へと襲い掛かる。
「これでもくらいやがれ!」
「銀の弾は用意出来ませんでしたが、貫通弾なら用意して来ましたよ」
醐醍と緋霧が放った貫通弾が見事に当たる。これに敵が大きくよろめく。
「こいつ、動きはいいが。脆いのか!」
「いけるよっ」
水理がその隙を見逃さずに追い討ちをかける。
敵が力を振り絞り闇弾を放つ。
これを見透かしたように彼女は避ける。
そこに敵が再び攻撃を仕掛ける前に吾妻が敵へと接近。
目にも止まらない速度で相手の側面に回り込み蛍火による攻撃を放つ。
悪魔が断末魔を上げる。まるで、誰かに合図を送るかのように。
「つぅ‥いたた。やっと倒せたか」
煉条が立ち上がりながら体の具合を確かめる。他の者達も武器を収め様とした。
そこへ、稲葉が一同に静止をかける。
「待ってください。‥もう一体いるはずであります。それに」
「あっ。C班がいないよっ!」
水理がそう言った時、一瞬、離れた場所で光が放たれる。
「一階の時の光弾! あっちで戦ってるのか?」
「あっちは。C班? 二人だけで相手にしてるよっ」
「急ぐぞ!」
時が少し遡る。散開したC班は敵と遭遇する。その時を同じくして離れた場所から呼笛が鳴った。吾妻の笛だ。どうするか迷う、合流か、各個撃破か。
そこで一階での戦闘を思い出す。2体同時では厄介だ、と。
「崎森。ここで、やる」
「わかった。‥‥さて、踊ろうじゃないか。心焦がし続けるこの渇望を潤せるまで!」
月影がロングスピアを構え、崎森が刀の柄に手を置く。
バフォメットが手から闇弾を放つのと同時に二人は飛び出した。
まずは接近することだ。それができるのは敵が遠距離から攻撃している時のみ。
捨て身の疾走は功を成して二人が敵の両脇へと踏み込む。
「ふん。その踊りは見飽きた!」
「あぁ、来ると分かっていれば避けれる」
そう言って、二人が得物を放とうとした瞬間。キメラが瞬時に転進。二人を振り払って逃げる。それを追う形で二人が闇を駆ける。闇に紛れ、姿は見えないが感じる。それを頼りに追い詰める。
そして、敵の動きが止まったのを確認した、その時。
「何!?」
「何だと!?」
「見えた。二人だ」
「二人とも無事みたいだ。見たところ傷を負ってない」
「月影、崎森!」
A、B班が二人のところに駆け寄ろうとする。
しかし。
「気をつけろ!」
二人が辺りを警戒して叫ぶ。
傭兵達はそれを見て瞬時に戦闘態勢に入る。
しかし、敵の気配がない。気配を消しているのだ。
「なんだ、まだ倒せてなかったのか。敵は後一体なんだろ、一気に‥‥」
片付けようぜ、醐醍がそう言い掛けた時にそれは来た。
「光弾であります!」
そう叫び、稲葉がそれを避け‥。
「っ?!」
彼の全身に衝撃が走る。他の傭兵達も同じように衝撃をくらい、膝を突く。
「これ、は。なんだ?」
「闇弾だ。光弾と合わせて撃ってきてる。光弾に気を取られていたら食らうぞ」
月影が槍の先を闇に向ける。
「一気に二つ出せるのかよ、なんて」
「違う。二つ出しているんじゃない。二体が出しているんだ」
「何?」
「疑問は後だ。敵は二体だ。倒すぞ」
いくつかの疑問を抱えながらも傭兵達は立ち上がる。
ここで負けてはいられない。先の防衛戦で勝利を収めたばかりなのだから。
「方法はどうするんです?」
「八人もいるんだ。それに、奴らは脆い。一気に仕掛ける」
「でもよぉ、暗いとどうにもなんねぇよなぁ。見つからねぇよな」
「明かりさえあればいいのにっ」
「無いものねだっても意味ないだろ」
周囲を警戒しつつ意見を出し合う。
しかし、現状を打破する方法が見つからない。
何か、方法が‥‥。
その時だった。暗闇が突然まばゆい光に塗り替えられる。
「後ろだ、傭兵!」
声につられて後ろを振り向く。バフォメットが二体。
その二体ともが左の羽根が無い。
傭兵に気づかれたことで最早小細工を捨てたのだろう。
二体ともが体当たりをかましてくる。
しかし、八対二で勝負は見えていた。
スナイパーの二人が撃つ弾によって動きを鈍らせた所を他の六名が一気に仕掛ける。
二人のファイターが足止めをし、水理と月影が追い討ちをかける。
「こいつで止めであります!」
「ハハ‥生憎だが、何であろうと渇いた剣は慈悲を知らなくてな」
稲葉の蛍火が敵の側面を突き、崎森の体が赤いオーラに包まれ刀が唸る。
●建造物屋外
「軍曹、助かったぜ」
醐醍がレイモンド軍曹に礼を言っていた。
「いえ、当然のことをしたまでですよ。それに、我々一般兵ができたのはあれくらいしかありませんので」
軍曹が言うあれとは、建造物の電力供給ラインを直したことである。
おかげで、最後に地下の闇を振り払うことができたのだ。その上、軍曹はソウル隊を率いて地下まで降りてきていた。あの声は軍曹のものだった。
「しかも、傷の治療を手伝ってもらうなんて」
緋霧はそのことにも礼を述べる。
軍の医療物資を少し別けてくれたのだ。おかげで傷の手当が少しできた。
「いえ、これは情報不足によって皆さんを危機に晒してしまった我々の償いです」
そうしている間に撤収作業が進み、軍曹はそちらのほうに戻っていった。
「しっかしさぁ。結局あのキメラって強かったのかねぇ」
吾妻が飄々と口にする。
「あの攻撃は厄介ではあったわね」
崎森が思い出したように呟く。
「動きも速かったな」
煉条が頷きながら言う。
「まぁ、頭はいいな。狡猾とも言うが」
そう言って月影は溜息をつく。
「‥‥でも、非力ですよねっ」
「確かに。あの手ごわさは私達の情報不足が原因でした」
水理と緋霧が答える。
「つまるところ。今回の悪魔ってさ。情報不足の事かも知れないなぁ。中途半端な情報ほど恐ろしいものは無い」
「情報は大事ですね」
各々がその言葉に頷き、溜息をつく。
傭兵達は情報というものの大切さを身に刻み、帰途へと着くのだった。