●オープニング本文

●始まりの朝
　人類の英知が集う場所、ラスト・ホープ。その中にある宿舎の一つで物語が始まる。

「ん‥やっ‥‥」
　ぼんやりとした意識の中、自分の顔をざらざらとした何か冷たいものが触れているのを感じて夢の中にいた自我を覚醒させる。
　初め抵抗しつつも、顔を満遍なく触るその感触に抗え切れなくなり、諦めて起きるしかないと判断する。
「やめてよ、メシア！」
　勢いよく起き上がり、私の眠りを覚ました張本人を叱り付ける。枕元に顔を寄せた彼女の小刻みな呼吸音が耳に届く。
「はっはっはっはっ‥‥」
「はぁ。分かってるわよ‥‥お腹空いたのよね」
　昨夜の晩飯は早めに済ませたので、彼女、私の部屋に住まう同居人は空腹を訴えて私を起こしに来たのだろう。無邪気な瞳に見つめられ、眠りを妨げられた事の怒りも萎えて溜息が出る。憎めない相棒、ゴールデンレトリバーのメシア。
　私、冴木玲は彼女に嘗められた顔を拭いながらベッドから起き上がり、ブラインドを開けて部屋に朝日を招き入れる。跳ねた後ろ髪を手で撫で付けながら洗面所の鏡を前にしてまた溜息を一つ。
（「最近、肌の手入れ怠ってたから‥‥荒れてるわ」）
　蛇口を捻り、水を流す。冷たい水で顔を洗い、タオルで拭き取る。足元でメシアが私の顔を見上げていた。
「何よ。私だって気にするわよ？」
　言っていることが理解できないのだろう。メシアは私の愚痴に首を傾げて、バウとひと吠え。
「はいはい。ご飯ね。今用意するから」

　朝食を済ませた私はＵＰＣ軍の軍服に着替える。髪のセットとメイクも忘れず入念に。
「じゃ、留守は頼むわよ」
　メシアの元気な返事を聞きながら、玄関の扉を開く。
　今日も私の、そして人類の戦いが始まる。
　気分は最悪、でも気合は十分。いつでも奴らを相手にできる。そんな意気込み。
「行ってきます」

●与えられた任務
　ＬＨにあるＵＰＣ軍本部で上司である男に書類を渡される。
「これが、今回の任務だ」
　渡された資料に目を通しながら、疑問を口にする。
「今、うちのメンバーが揃わない状態なんだけど？」
「あぁ。知っている。今回の依頼はＵＬＴに話を通してある。他の傭兵達を呼び寄せる」
「ふーん。なるほどね。人数は？」
　初めてチームを組むメンバーというのは若干不安があるが、集まるのは傭兵だ。下手な軍人よりも融通と機転が利いてむしろ助かる。そして、次に気になるのはその人数。
「１０名ほどだな。少し多くなるかもしれんが」
「随分と多いわね。この任務、そんなに大変なの？」
「ＬＨから外に『何か』を持ち出そうとしているヤツらがいる。その中に能力者と思われる人物が数名確認された。安全を期しての人数だ」
　上司の男は『何か』の部分を強調する。それがどれほど重要なものかを示唆しているのだろう。
「『何か』って、何？」
「傭兵は知らなくていい情報だ」
「あっそ。じゃあ、聞かないわ」
　例え軍曹という地位を持った自分でも、軍が全幅の信頼を寄せているわけではない。むしろ、使い勝手の良い駒程度にしか思っていないのではないだろうか。
　それが分かった上でこの場所に立っているのだから、それに文句を言うつもりはないが。だとしても、こうも面と向かって言われると腹が立つのは否定できない。
　そんな私の胸中も気にせず、上司の男は話を続ける。
「軍が突き止めた奴らの居場所は港より離れた倉庫。既に使用されておらず、取り壊しが決まった場所だが、そこを使っているようだ」
「開発時期が過ぎて放っておかれた倉庫よね？」
　思い当たる場所であったので、確認のために尋ねる。間違いないはずだ。あの周囲は特に何もなく、港からは離れていたため開発時期を過ぎた今となっては不便な場所として使用されなくなった場所だ。
「そうだ。１から１０番までの倉庫があり、その８番倉庫に『何か』が運ばれた。周囲は使われなくなった倉庫で、戦闘での被害は考えなくても良い」
「やるまえから戦う事考えるのって野蛮な気がするけどね」
　軍人は被害ゼロではなく、最小限の被害で事を処理する体質がある。その部分を先の腹いせに嫌味を口にする。
「ふん。好きにしろ。とにかく、お前達はそこに向かい。そこから持ち運ばれる前に奪取しろ。また、犯人達を捕獲、もしくは殺害しても構わん」
「相手も能力者でしょ？　人類の戦力を減らしたくはないわね」
「現場でもそう言えるか楽しみだよ」
「‥‥分かったわ。それじゃ、準備に掛かるわ。ちなみに、中身の確認はご法度よね？」
「消されたくないならな」
　冗談ではないようだ。目を見れば分かる。役に立つ駒も、やり過ぎれば簡単に切り捨てるということか。
「怖いわね。これの情報元は？」
「あるタレコミからだ」
「最悪。じゃ、行って来るわ。車の手配、よろしく」
　それ以上の詮索は禁止ということか。
　探りを入れるのを諦め背中を向けて部屋を出て行こうとすると呼び止められる。
「そういえば、最近は新米傭兵が増えているようだな。しっかり面倒みてやれ」
「当然。言われなくても」
　今度こそ部屋を出て行く。
　部屋を出れば、行動開始。
　向かうはＵＬＴ本部。傭兵達と顔合わせといきますか。
「今夜は、騒がしくなりそうね」

●参加者一覧

●リプレイ本文

●静かに迫りて――
　夜のとばりがおり、辺りを照らすのは月明りだけだった。
「１１、１２、１３‥‥っと」
　指差し数えるクラウディア・マリウス（ga6559）。所謂『何か』を奪回する為に集まった傭兵達は、総勢１３名。ベテランから初依頼という初々しい者まで、メンバーは様々だ。
「全員揃っているね」
　クラウディアが告げる。
「しかし、目的の『何か』が何なのか、それが全く解らないのは厳しいですね」
　水葉・優樹（ga8184）の言葉に、白鐘剣一郎（ga0184）が腕を組む。
「要するに、倉庫内から誰も逃がさなければ良いと割り切ろう」

　そんな中、玲に歩み寄る、セーラー服姿の少女。
「九条院つばめ（ga6530）です。今回はよろしくお願いしますっ」
「こちらこそよろしく」
　玲から差し出された右手を、きゅっと握り返した。
「‥‥お会いできて、ちょっと感動です」
「そんな大した者じゃないわ。まだまだ未熟者よ」
「そうでもないわよ？」
　二人の間に、シャロン・エイヴァリー（ga1843）が顔を挟む。
「私も結構楽しみにしてたの。玲の手腕を直に見れないのは残念だけど、こっちの手腕は捕縛の成果で応えさせてもらうわね。それじゃあ、Ｓｅｅ　ｙｏｕ ｌａｔｅｒ♪」
　終夜・無月（ga3084）が双眼鏡を手にした。
「そろそろ始めよう」
　皆が頷く。
「皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
　誰に告げるでもなく、彼はいつも通りの言葉を口にする。作戦に則り、数班に散開する傭兵達。
「カミーユ」
　呼ばれて、ラウル・カミーユ（ga7242）が振り返る。
　眼前に飛んできた暗視スコープを、しっかりと掴んだ。背を向ける無月が軽く会釈をし、駆けて行く。ラウルもまた、そのスコープを手に倉庫の狭間へと駆け込んだ。
「‥‥最後の希望は箱に残しとかないとネ」
　ボソリと呟き、アサルトライフルを構える。
「箱‥‥？」
　つい聞きとがめるような口調で、小鳥遊神楽（ga3319）は問う。
「ン？　何でもない」
「ふぅん――っと、いたよ」
　雑談は長くは続かない。
　何より、そんなに隙を見せる訳にもいかなくて。
　神楽が小声で指し示す先には、狙撃銃を構える男がいた。その格好からするに、そこいらのコソ泥盗人の類ではない。と同時に改めて思い出されるのは、剣一郎の「敵はプロだ」との言葉だ。
　倉庫の位置を改めて確認する二人。
　狙撃手が陣取っているのは、一番倉庫屋根。例の物が存在していると思しき八番倉庫に対して、斜めの方角に位置している。
「こちら小鳥遊。倉庫上に狙撃手」
　無線機を口にあて、小さく呟いた。
「了解や、ちょっと待ったってな」
　双眼鏡を手に、辺りを見回す時雨・奏（ga4779）。
「‥‥夜中に双眼鏡、意味あるんかな」
　ぼやきつつ辺りを見回す。懸念的中と言うべきか、月明りだけが頼りの状態で、双眼鏡を覗きはしたが、辺りの様子はいささか不明瞭だ。だが、それでも、視界の中で何かがきらりと光る。
「銃か？」
「ちょっと待ってね」
　脇からひょいと顔を出すナレイン・フェルド（ga0506）。
　暗視スコープに隠れた白肌が、奏に並ぶ。奏が、余りくっ付くと暑いやないかと小突く。
　彼――というかむしろ彼女と言って間違いないナレインは、スコープを持ち上げて、自身の通信機に整った唇を押し当てる。
「二階へ続く階段に一人、ね」
　それと同時に、スコープへと通信が飛び込んでくる。
『こちらジェイ。裏口にも一人。他は見当たらないな』
　溜息を一つ。
　通信機から口を離し、Ｊ・御堂（ga8185）は壁の影からそっと様子を窺う。
「そういえば、御堂さんのＪって何なんですか？」
　ふと、思い出したように問い掛けるつばめ。
「俺のＪはＪＯＫＥのＪさ。ってのは冗談だ。まぁ、任せておけ」
「ふむふむ‥‥え？」
　感心したように頷きかけ、首をかしげるつばめ。
「おっと、こっちは冗談じゃないぜ」
　笑みを浮かべつつも、その額に薄っすらと冷汗が浮かぶ。冗談を吐いているのは、自身の緊張に気付いていたからだ。軽口や冗談こそ叩いてはいないが、それは優樹も同じだ。
　一方、とてもリラックスしているシャロン。
　手鏡を除きながら、化粧を一通り確直すまでの余裕を見せている。
「‥‥ＯＫ、行きましょう！」
　パチリと閉じられる手鏡。
（「ジェイと優樹は初依頼か。恥ずかしいところは見せらんないわね」）
　先輩能力者としても負けられない。敵兵がこちらに背を向けているのを確認すると、他の三人を振り返って小さく頷く。同時に飛び出すシャロン。敵に見付からない事を最優先とし、拳の一撃を鳩尾に叩き込む。
　崩れ落ちる敵兵を、素早く優樹が抱きかかえた。
　そのままそっと降ろし、意識がなくなっている事を確認する。
（「殺さないって決めてる以上、徹底しないとな」）
　そのまま武器や通信機を取り上げ、隅へと引きずっていく。つばめが拘束様にとロープを手渡して、残りを持って裏口へと歩み寄る。
「‥‥それ、何をするんだ？」
「こうするんだよ」
　手際よく広げられ、ぴんと張られるロープ。その高さは人間の足首辺り。その張り方を見て、御堂はあぁと頷く。罠だ。子供の悪戯レベルとは言え、準備も簡単。逃げてくる敵が足を引掛けて転んでれば万々歳。

「さて、と‥‥」
　奏が拳を握りしめた。資材の物陰に隠れるナレインが、そっと手を掲げる。それを合図に、彼は９番倉庫の壁を打った。安物の壁が鈍い音を響かせる。物音に振り向く敵。奏が立てた物音への不審を露骨に示し、一歩一歩と近寄る。
　倉庫の壁を抜けると同時に、月明かりのその姿が照らされた。
　自動小銃こそ傾向しているが、服装はツナギ。銃さえ手にしていなければ、従業員か何かに見える姿だ。
　奏は、動かない。
　壁の隙間から顔を出す事さえせず、伸びる影がゆっくり近寄るを眺めている。
　――と、その影が崩れた。
　ひょいと顔を出せば、足を高く掲げたナレインの姿。
　彼の手は自身の前髪をちょいちょいと弄くっているだけで、何事も無かったかのようだ。そして彼は、後頭部を打たれて前のめりに伏している敵兵を見下ろし、ロープを取り出した。
「朝までゆっくり休んでなさい♪」
　耳元で囁きながら、ナレインはくすくすと喉を鳴らす。彼が固く縛り上げる傍ら、銃を取り上げ、敵兵の通信機を手にする奏。
「何か、金目の物もってへんかなー‥‥まずは財布から、と」
　ものの序に懐へ手を突っ込み、あちこちまさぐり倒す。何か見付かった？　とナレインに問われれば、肩を竦めておどけてみせて、通信機へと耳を傾ける。
「‥‥ふむ。静かなもんやな」
「なら、まだ見付かってないって事ね」
　通信機から内部の様子を探れないかと思ったが、敵もさるものか、余計な通信はしないらしい。中の様子を探るのは難しかった。あとは、屋根の狙撃手だけ――奏は眼を細め、狙撃班がいる方角を見詰めた。
　一方の狙撃班。
　神楽とラウルはそっと上を見上げた。
　銃口が、屋根の端からきらりと覗いている。その向きを見るに、狙撃手が道幅５０ｍの正面を警戒している事は明らかで、このまま放置すれば突入班が８番倉庫正面に進められなくなってしまう。
「小石投げて気を逸らすから、仕留めてもらってイイ？」
　足元の小石を、そっと拾い上げる。
「ま、妥当なところかな？」
　作戦案に問題を感じなければ、彼女に作戦を選ぶつもりは無かった。
　あくまで仲間の行動にあわせ、その支援や援護に徹するつもりだからだ。
「それじゃ」
「ＯＫ」
　隠密潜行を発動し、１番倉庫の屋根を目指す神楽。
　静かに、物音ひとつ立てぬ彼女の動きに、狙撃手は背を晒したまま。ラウルがぽんと放った小石に気を取られた瞬間、スナイパーライフルの銃底が鳩尾にめり込む。
　ラウルが屋根を見上げていると、瞳を金色に輝かせた神楽が顔を出し、手を小さく振った。


●突入
　各班が見張りを排除に当たっていた暫しの間、煉条トヲイ（ga0236）は一人、思案にふけっていた。傭兵にとっては軍の尻拭いだって仕事のひとつだとは考えているが、しかし、これだけ重要なものをあっさり奪われたという今回の事件そのものが、そもそもおかしいと睨んでいる。
（「軍内部に内通者でも存在するのか‥‥？」）
　企業が絡んでいると聞けば、先の五大湖で回収された自由の女神砲の事も気になる。まさかとは思うものの、部品のひとつでも奪われたのでは――口にこそ出さないが、悪い想像は尽きなかった。
「見張りは排除されたらしいわね」
　玲の言葉に、面をあげる剣一郎。
「見張りに能力者はいない‥‥か」
　彼の状態変化は目立つ。覚醒を控えたまま、剣一郎は顎に手をやる。
「能力者はやはり、『何か』の直衛か？」
「そう考えるのが順当だな」
　頷く無月。
「それより、そろそろ正面に廻ろう」
「うん、準備ＯＫだよ」
　トヲイの問いかけに、クラウディアが答える。各自は得物を持ち、腰を浮かせて駆け出す。正面入り口に陣取ったところで一旦停止し、そのまま各班の通信を待った。
「こちらラウル。準備オッケーだヨ」
　ラウルの配置は８番倉庫屋根だ。
　正面３番倉庫屋根には神楽が陣取り、倉庫２階の出入り口には奏とナレインの二人が待機している。残る御堂、シャロン、つばめ、優樹の四名は裏口付近に位置し、逃亡者を捕縛する為に待機している。
　白鐘がサングラスにシェードを降ろす。と同時に、覚醒状態となり、全身が淡い輝きを放つ。
　皆を一度振り返り、玲が頷いた。
「３、２、１――突入！」
　ドアを蹴破る玲。
　抜き放たれた刀身が暗闇の中きらめき、傭兵達が続く。
「――ッ！！」
　感じた違和感に、無月が飛び退いた。同時に、強力な光が彼等突入班を照らす。同時に辺りを跳ねる弾丸。突入した傭兵達は、一斉にその場を飛び退いた――トヲイを除いて。
「剣一郎の懸念が的中したな！」
　眩しそうに眼を細めながらも、両手に握るシュナイザーを思いっきり振るう。
　空気を切り裂いて進むソニックブームが、光源を叩き割った。
　スポットライトの破片が当たりに飛び散り、破片を踏み越えて剣一郎と玲が飛び出す。
「速攻で仕留める、行くぞ！」
「解ってるわ！」
　それぞれ、近場にいた敵兵の足を思い切り叩き、転倒させる。
「始まったな」
　物音ににやりと笑う奏。
「もう良いんじゃない？」
「んじゃ、突入行くでー、何があっても泣くな、喚くなよ〜」
　同様に笑みを浮かべたナレインに促され、二階で入り口のドアを蹴飛ばした。
「わあぁぁぁ！」
　蹴飛ばされたドアが壁に打ち付けられると同時に、兵士が叫び声と共に落ちていく。
「何や、いきなり喚きよってからに」
　ドアの前にでも立っていたのだろう。不幸な奴だ。
「二階からも！？　ブツを持っ‥‥グッ！」
　誰かが叫んでいた。立ち上がったその男の肩を、銃弾が撃ち抜く。
　狙撃者は、天窓の先、屋根に立つラウルだ。構えたアサルトライフルを唸らせ、上空から四肢を狙う。月を背景に、ダークグレーの髪がなびいていた。
「頭狙えないの、辛いネ」
　そう呟きつつも、彼の狙いは正確だ。
　敵は正面の突入班に気取られ、ましてや二階からも侵入されたとあって天井にまで手が廻らない。彼は一方的に攻撃を加えつつも、視線を走らせた。そして、倉庫中央に停車された一台のトラックに眼を留めた。
「私の足から――」
　足場を蹴り、一挙に距離を詰めるナレイン。
「――逃げられると思っているのかしら？」
　膝蹴りに身体をよじらせ、よたよたと後ずさる敵。それでも立ち上がって構えた彼の銃が、窓ガラスを割って飛来した弾丸によって弾き飛ばされる。
「不用意に窓の側で立ち上がるものじゃないわ‥‥」
　狙ったのは、正面倉庫の上に伏せる神楽だった。
　正面大扉を開き、外へ離脱しようとする敵兵の足を撃ち抜き、空薬莢を排出する。
「あたし達に眼を付けられた事が最大の失敗だったわね‥‥思う存分後悔なさい」
「スナイパーか！？」
　怯む敵。
「ぶ、武器を捨てて大人しくして下さい！」
　神楽が稼いだ僅かな隙に、クラウディアが転がり込む。その手に抱えられた超機械αが徐々に出力を上昇させるも、その声は震えていた。それを侮ったか、一人の兵が銃を乱射しながら飛び出す。
「分からず屋ぁ！」
　彼女は近場の荷物を思いっきり蹴り飛ばしながらも、突撃してくる敵兵へ超機械αを向けた。強烈な電磁波に足元を狙われ、床に倒れこむ敵兵。その彼に、うずたかく積まれていた荷物が殺到する。
　ぱたりと手を落し、気を失う敵兵。
「ごめんなさい。私も能力者、傭兵だから」
　その謝罪は超機械の件か荷物の件か‥‥ともかく、クラウディアは崩れた荷物、もとい倒れた男の隣に立ちはだかった。
「クッ‥‥正面は駄目だ！　裏口へ回れ！」
　両刃の剣を引抜き、男が怒号を飛ばした。
　その形状、格闘武器という特異性、間違いない――能力者だ。
　そんな彼の眼前に、剣一郎が立ちはだかる。
「そちらの事情もあろうが、敢えて聞く。武器を捨て投降してくれないか」
　月詠の柄に手を掛け、腰を据える剣一郎。
「‥‥ここは俺が抑える！　早く行け！」
　相手は、剣一郎の問いに直接は答えなかったが、その意志は明確だった。
「そうか‥‥天都神影流、白鐘剣一郎。参る！」
「うぉぉぉッ！」
　上段に構えて飛び上がる敵能力者。その彼の剣を、一筋の銃弾が撃つ。振り下ろされた剣はバランスを崩しており、剣一郎の身体には届かず、胸元のアーマージャケットを切り裂きこそしたが、それ以上は踏み込めなかった。
　直後、剣一郎の月詠が、敵能力者の肩を砕く。
　その月詠は、敵に刃が触れる寸前で刀身が返されている――峰打ちだ。
「うぐッ‥‥！」
　苦悶に顔を歪め、直後、脳震盪を起こして倒れる。
　その背後に、無月が立っていた。
　先程の銃弾はフォルトゥナ・マヨールー。今のは鞘に収めたままの月詠だった。


●裏口の攻防
　傭兵達がトラックへと視線を走らせる。トラックは、ヘッドライトを輝かせ、アクセルに床を擦る。
「見つけた！　それを返さないと、痛い目見るわよ〜！！」
　二階から叫び、軽やかに飛び降りるナレイン。
　飛び降りた先に現れた兵士を前に、トラックまで一直線とは行かない。
「邪魔しないでよっ！」
「骨の２、３本は諦めときっ」
　蛍火で敵兵を叩き伏せた奏が、二階から見下ろした。
「そっち行くで‥‥外の様子、どうなっとる？　何か来てたりせんか？」
　通信機に口を当てる最中、飛んできた銃弾に咄嗟に身を隠した。能力者が放つような強力な火器でない限り、倉庫内の資材は十分壁になった。
「了解！」
　通信機からの応答。
　その通信を耳にしながら、ラウルはトラックを狙う――が、位置が悪い。天窓からではタイヤを狙う事が出来ず、彼は裏口の開閉機構を狙い、アサルトライフルによるバースト射撃を仕掛けた。
　シャッターが途中で動きを止めるが、構わず突進するトラック。
　恐らくは強攻突破を狙っている。
　咄嗟に動いたトヲイが、タイヤ目掛けてソニックブームを放った。
「何だ！？」
　ハンドルを奪われる運転手。トラックは横転しつつ、シャッターへと突っ込んだ。勢いが足りないトラックはそのまま突っ切る事もできず、中途半端なまま動きを停める。
「ロープが‥‥」
　残念そうな表情を浮かべるつばめ。
　彼女の張ったロープは、トラックが突っ込んでしまい、罠として機能しなくなってしまっていた。
「仕方ない‥‥いくわよ！」
　バラバラと現れる敵を見て、シャロンは飛び出す。続いて地を蹴った優樹が、先頭の敵兵目掛けてデヴァイスターの銃底を叩き込む。敵は一般人。その攻撃はきちんと加減されており、狙いも腕だ。
　鈍い音と共に悲鳴をあげる敵兵。
（「俺だって、人殺しがしたくて傭兵になったんじゃないから‥‥！」）
　手加減しながらの戦闘は、想像以上に厄介だ。今の一撃にしても、かなり鈍い音を響かせている。骨にヒビ程度で済めば良いが、もしかすると折れている。それでも、そういった命を奪わない戦いであっても、彼に、新しい現実が突きつけられ、迫ってくる。
　彼はようやく、『こちら側』に来たのだ。
　今までとは、違う。何もかもが。
「逃がすか！」
　ドアを蹴破って現れた敵兵目掛け、肩から突っ込む御堂。
　敵兵が振るったアサルトライフルの銃底が、彼の眉間目掛けて思い切り叩き付けられた。その攻撃にも怯まず、顔面に拳を叩き込む。
　弾き飛ばされ、背後の一人を巻き込んで転倒する敵兵。
　起き上がろうとした敵兵の首筋を、棒が殴った。
「加減はしますが‥‥」
　つばめの構える、パイルスピアだ。
「ちょっと痛いですよ‥‥！」
　もう一人を叩き伏せ、つばめはパイルスピアを構え直す。

「チッ‥‥」
　トラックの荷台で、完全武装の男が舌打った。
　幌を開くが、直ぐに払ってしまい、荷物に見向きもせず駆け出す。その俊敏な動きは、他の者と明らかに違う。
「待ちなさい！」
　イアリスを構え、両の足でしっかりと立つシャロン。
「そっちの事情は知らないけど‥‥大人しく捕まってくれない？」
　隙を見せず、言葉を選ぶように問い掛ける彼女。
「０．１％の確率で得た能力と責任、使うに相応しい場所――あるでしょ」
　その言葉に、敵が動きを止めた。
　手にしていた銃をゆっくりと降ろしていく。やや一瞬の時を置く、逡巡。男はライフルを投げ捨て、両手を上げた。
「‥‥解った。投降しよう」
　搾り出されるように吐き出された言葉に、ほっと息を吐くシャロン。
　だが――
「――チェストォッ！！」
　直後、その背に隠されていたと思しき小刀が、彼女の頭上に振り下ろされていた。
　驚きに動きを乱しながらも、彼女はイリアスを構え直した。だがしかし、勢いが違った。一直線に走る小刀が、受けようとしたイリアスを力押しに押し込み、彼女二の腕へと喰らい付く。
　鮮血が小さく噴き出した。
　飛び退くシャロンがソニックブームを放つも、地を駆ける敵能力者はそれを紙一重で避ける。
「ひとりも逃がさないヨ、と」
　天窓のラウルがひとりごち、引き金を引く。
　三連射の弾丸が敵に向う。その弾道は直撃コースだったものの――
「でぇいッ！」
　能力者は気合と共にシャッターの隙間へと滑り込み、倉庫外へ飛び出していく。
「しまっ‥‥！」
　突然現れた敵に対応しきれず、御堂は隙を付かれた。
　デヴァイスターを撃ち込むよりも早い打撃に、辛うじてデヴァイスターの腹を向ける。眼前に火花が散った。第二撃が来る――そう思った御堂がデヴァイスターを構えなおすが、敵は傭兵達に目もくれず、闇夜の海面へと飛び込んで行った。
　後に残される、水面の波紋。
　敵の能力者が海面に飛び込んだ時、敵の抵抗は既に収束していた。
　表口から脱出しようとした敵はクラウディアと神楽に阻止され、倉庫内部では前衛専門のパワーファイター達が大太刀を振るっていたし、二階も抑えられており、裏口も四名の厚い配置だったとあっては、一般人にはどうしようもなかった。
「うぅ〜、ゴメン、油断しちゃった‥‥」
　肩を抑えながら、シャロンが姿を現す。
「大丈夫ですか！？」
　駆け寄るクラウディアが超機械αを構え、練成治療を発動した。
「星の瞬きよ、傷付きし者に癒しの光を――」
　デヴァイスターを構えたまま倉庫に踏み込む御堂。治療を受けながら、シャロンは逃がした能力者の事を問い掛け、そして、肩を落とした。


●ブラックアウト
　最初、突入したＡ班目掛けて行われた投光に、集中砲火。
　それらは、彼等が何者かの突入を予測していたからであったという。物音を不審に思って歩み寄ったあの者が、物音を報告してから近寄っていたからだった。それらはこうして後になってから解った事だった。ただ問題は――というより、或いは幸運な事に、敵兵は物音を報告しただけで、傭兵達の動きや戦力を報告した訳でない。が為に、彼等は動くに動けず、迎えうつという選択肢を選んでしまったのだ。

　――とにかく。
　縄で縛られた敵兵は、総勢２１名。
　出血等の激しい者には、たとえ敵といえど、クラウディアは駆け寄っていた。優樹はデヴァイスターを構え、捕らえた彼等をじっと見張っている。左腕の模様はまだ浮かび上がったまま。逃亡警戒の為、まだ覚醒は解除していなかった。捕縛された者の中には、能力者も一人いる。自分のように、新たに能力者としての一歩を踏み出した者がいるかと思えば、その一方で、捕らえられた彼のように、金次第で汚い仕事を請け負う道を選択した傭兵もいる。
「初仕事は、こんなものかな‥‥」
　だから何と聞かれれば答え辛いものの、何とも感慨深いものだった。
「御疲れ様‥‥今後とも‥‥宜しく‥‥」
「こちらこそ、宜しくね」
　軽く会釈をし、無月は玲に歩み寄った。
「それで、これが‥‥その『何か』‥‥」
　横転したトラックを見やり、呟く。
「えぇ、そう見て間違いないでしょうね。だってこれ――」
　荷台には、真黒な箱が積み込まれていた。それも、金属や強化プラスチックのような――あえて言うなら、研究所から持ち出された『何か』のようにも見える。その箱は荷台一杯を占有するほどに大きく、厳重に封印されており、明らかに異様だ。
「『何か』なんてもの、もしかしたら存在しないんじゃないか、なんて思ったんだけどな」
　スーツの埃を払う御堂。
　彼の予想は違っていたが、これはこれで、間違っていた事など忘れてしまうほどの物だ。
「同じ人同士で戦う、か‥‥何で争わないといけないのかしらね」
　深い溜息と共に、その『何か』に歩み寄るナレイン。資材に腰掛けてひと息付くシャロンが、彼女の言葉に続けた。
「なんで対バグアで団結できないのかしら‥‥ね」
「ここまでしたんだもの。大切なもの‥‥なのよね？」
　ナレインはその何かを見詰めながら玲へ問いかける。
「ほっとき」
　一言、ピシャリと言い放つ奏。
「仮に違法なブツやったとして――それ知ってどうすんねん？　軍を訴えるんか？」
「ふむ‥‥やはり俺達が関わるべきではない、か」
　腕を組むトヲイ。
「僕も賛成。『何か』が何かなんて、興味ないしネ？」
　立ち上がり、ラウルは小さく手を掲げる。そのまま暗視スコープを外し、無月へ手渡した。
「しかし、無理に全員生かさんでも良かったかもなぁ」
　奏の呟きに、玲が振り向いた。
　その呟く声は決して大きく無く、全員に聞こえていたかどうかは解らない。ただそれでも、玲の耳にははっきりと聞こえていた。
「考えてもみ、あいつらは雇い主にとって知られたらいかん『何か』を知ってしまったかもしれんのやろ？」
「それは‥‥っ！」
　理論整然としたその内容に、玲は表情を曇らせる。
　彼等の会話を、少し離れた位置で聞いていた神楽は、部外者の足音に眉を持ち上げる。敵ではない。敵であれば、こんなに無警戒に近寄る筈が無いからだ。
「誰？」
「依頼人だよ」
　ＵＰＣの軍人だった。
　隣に数名の護衛と、そして、車のエンジン音が後ろから続く。あっと言う間に、倉庫前にはトラックや護送車が並んだ。
「ご苦労だったな」
　ぽんと、彼女の肩を叩く軍人。
「あたしは自分のすべき事を全うしただけです。実際に捕縛に駆け回ったのは他の皆ですから」
「そうかね？」
　言い様の無い不快感に、神楽は心なしか苦笑した。
　元々表情の起伏には乏しい。おそらく眼前のこの男は、彼女の微かな変化に気付いていない。
　敬語こそ使っているものの、その言葉に嘘偽りは無い。ただ、その軍人の態度が、彼女を不快にさせたのだ。高圧的とか、そういった露骨なものではない。隠し事をして平気な人間が持つ特有の、極めて紳士的な『振り』をした表面的な雰囲気が、軍人から感じられたのだ。
「連れて行け」
　軍人の号令以下、護送車へと連行される敵兵達。
（「ちゃんと裁判受けて刑務所行けたらええねー」）
　一人、奏は心の中に呟く。
　連行されていく様子を眺める玲に、軍人が歩み寄った。
「作戦は成功したようだな。一名、取り逃がしたようだが」
（「何故知っているのかしら‥‥」）
　違和感を覚えつつも、生真面目な敬礼を返す玲。
「とにかく、報酬は規定どおり支払わせて貰う。諸君等も帰還し、報告書を作成して解散したまえ」
　トラックを指し示す軍人。
　大型だ。全員で乗れ、という事なのだろう。玲は思わず溜息を吐きそうになったが、拒否する理由も無い。解りましたと応じて、トラックの荷台へ飛び乗った。彼女に続く傭兵達。
　思案に沈む玲。
　そんな彼女の肩を、繊細な指が突いた。
「玲さん、玲さん」
　ふいに我に返り、指の主を見やる。
「お友達になってくれませんか？」
　にっこりと笑うクラウディアがそこにいた。
「あっ、私も私も！」
　続けてつばめが手を挙げる。
　喜んで――作戦開始後、初めて玲が笑った。

（代筆：御神楽）