●リプレイ本文
●想いは扉の前で
穏やかに暖かな風が春の兆しを報せる。
冬の冷たい空気が変化を始める頃、八人の傭兵達がとある部屋に集まっていた。
場所は能力者の適正を測る機関にあるとある人物の部屋だ。
その部屋の主は集まった八人の若者達を見やり髭を撫でる。八人は年若いが傭兵と呼ばれ、人類の敵であるバグアと前線で戦う猛者達だ。初めてその者達を見たものはその若さに驚くものだが、部屋の主であるミッシェルは慣れたもので特に驚きなどはない。彼が適正の合否を告げる相手も彼らと同じ年齢の者が多いからだ。
傭兵の一人、鳳 湊(
ga0109)が依頼の内容についての詳細を確認していた。
今回の依頼主であるミッシェルはそれについて事務的に受け答えする。
傭兵達はそれによってターゲットであるビクターの経歴、そして写真や現在の居場所を聞き出す。
最後に、質問を終えて部屋を出る傭兵達に声が掛かる。
『あの子の事を頼みます』
その言葉にルード・ラ・タルト(
ga0386)だけが振り返り、首を傾げた。
振り返った彼女に気付いていないかのようにミッシェルは自らの仕事を続けている。
喉に出掛かった言葉を収めてルードは扉を開けて部屋を出ていった。
●開けてはならない扉
この施設には能力者たちが使用する訓練施設やレクリエーション施設もいくつか存在する。鳳が向かったのはその一つ、射撃訓練場だ。ここに、ビクターがいると聞いて足を向けたのだ。
鳳は早速ビクターの存在を確認する。同じように訓練をしている者はおらず、少年は一人慣れない拳銃を手に引き金を引いていた。鳳は扉を開けて訓練場内へと入る。
彼女が部屋に入った時点でビクターは顔を向け、耳栓を外す。見慣れない人物に警戒しているようだ。鳳は適度な距離まで近づく。
「初めまして。私は鳳湊といいます。貴方の事を気にかけている人に頼まれて来ました」
「気にかけている人。誰のことですか?」
鳳の言葉に眉を寄せながらビクターが尋ねる。
「貴方のお姉さんを知っている人‥‥とでも言っておきます」
鳳のその言葉に警戒心がより強まったのか、少年は体を強張らせる。明確な答えでないのだから当然か。
「何の、用ですか?」
睨み付ける様に少年は年上の女性を見る。友好的に会話できるような状態ではないと判断しつつも、鳳は話を進めることにする。
「貴方はお姉さんが亡くなった時の事を覚えていますか?」
「!!」
ビクターはその質問に極端な反応を示す。
置いていた拳銃を手に取り鳳に照準を向けようする。が、少年は未だ非能力者。対して鳳は能力者である。鳳は手首を掴み捻り上げて無力化する。
「離せ!」
「なら、拳銃を離してください」
抗えないと判断してかビクターは言われるままに拳銃を離し、それを鳳が受け取り手首を離す。少年は離されると同時に飛び退き距離を取る。
「何が目的だ! アネキの死に様を思い出せだって!?」
まるで仇とばかりに少年は鳳に向かって歯を剥く。
「いえ、そうじゃなく」
「何が違う!」
ビクターはそう叫ぶと扉を勢いよく開け放ち部屋を飛び出す。
部屋に残された鳳は失敗したと呟き、溜息をこぼした。
●叩かれた扉の中で
鳳からビクターを見失ったと聞いたルードは彼を探して走り回っていた。広大な敷地内で彼がいそうな場所を見て回る。
「あ、いた」
能力者の視力でもって遠くにいるビクターを見つけたルード。そこに小走りで近寄る。
「お前がビクターだな?」
何の前触れもなく声を掛けられたことで少年は驚く。目の前にいるのは自分と年近く思われる少女。
「辛気臭い顔をしているからすぐにわかったぞ」
「なんだよ、お前。お前もあいつの仲間か?」
「あいつ? あぁ、鳳のことか‥‥ところで、何でそんな泣きそうな顔してるんだ?」
ルードの言葉にビクターは気恥ずかしそうに顔を背ける。少年は過去を思い出していたのだろうか。ルードはそんな彼に笑いながら言葉を投げる。
「笑え! 生きてるなら笑え。アネキが浮かばれんぞ!」
「うるせぇな。知らないヤツが知った風に言うな!」
少年は年が近いせいもあり、素の気持ちを表に出す。その気持ちの中に異性に対する対抗心を込めて。
逆にルードは家の環境上、少年の様な直球な気持ちをぶつけられる機会が少ないという過去を持っていたこともあり、彼の言葉に怒りを覚える。固めた拳でいきなりビクターの頬を殴りつけた。
「うるさいのはお前だ! アネキの言葉を私は聞いた! ただの人ながらお前みたいな馬鹿をバグアから守ったってことも!」
突然殴られたビクターは余りの出来事に呆然とする。少女の言葉は続く。
「死に急ごうとしてるお前は馬鹿だ! アネキの言葉の意味も判らないお前は大馬鹿だ!」
怒りにまかせ少女は少年を罵る。それは心からの気持ちだった。少年を思う気持ち、アネキの想いを伝えようとする気持ちが織り交ざり、その言葉は少年の胸へ突き刺さる。
「そして‥‥アネキが傍にいることも分からないお前は本当の馬鹿だ!!」
ビクターはルードの言葉を受けて言葉を詰まらせる。何よりそれを理解する事で言い返せない自分がいるのだった。
そしてルードは自分が予定していたのとは違う言葉が出ているのに驚く。
「‥‥あ、おい!」
少女が突然踵を返すのを少年は呼び止めようとするが、そのまま走り去られてしまう。ビクターが伸ばした手は何も掴めずに漂った。
「なんともまぁ、面白い場面に出会ったわね」
呆然としていた少年の背後から声が掛かる。振り返った先には不思議な雰囲気を漂わせるシェリー・ローズ(
ga3501)が立っていた。
彼女もまた傭兵であり、今回の依頼を受けた一人である。嘲笑を浮かべながら、シェリーは少年の赤く腫れ上がった頬に手を当てる。
痛みに顔を歪めるビクターに彼女は笑いを浮かべながら口を開く。
「ふぅん、素質は悪くなさそう‥‥でもね」
ビクターの顎をぐいと持ち上げ自分の顔を正面から見させる。鋭い眼光に射すくめられ少年は背筋を振るわせる。
「自分一人を制御できない坊やに倒される程、バケモノどもは弱くないんだ! どうした。びびったのかい?」
「‥‥う、うるさい!」
掴まれた顎先から手を振り払い、ビクターがシェリーを睨み返す。
「さっきからあんた達はごちゃごちゃとっ! 俺は‥‥俺は――」
少年は拳を握り締めて振るわせる。しかし、その拳は徐々に力が抜けていった。
その様子を眺めていたシェリーは鼻を鳴らして立ち上がる。
「‥‥ふん。殴りかかる気概もないんだね。ホント、不様だねぇ」
下を向いたまま顔を上げなくなった少年を置いてシェリーはその場を立ち去った。
●開かれる扉の先は
「お兄ちゃん、大丈夫?」
頭上から掛かる幼い声にビクターは気づく。顔を上げると目の前には自分よりも幼い少女が覗き込んでいた。手にヌイグルミを持った愛紗・ブランネル(
ga1001)だ。心配そうに少年を見つめている。
「ねぇ。お兄ちゃんは、ビクターお兄ちゃんだよね?」
「え? なんで‥‥」
なんで知っている、その言葉を紡ぐ意味がないことにビクターは気づく。
一体、今日はなんて日なんだろうか。こんなにも苛立たしく、こんなにも悲しいのは何故なのか。
少年は目の前の少女もまた自分の心を掻き乱す相手なのかと考える。
「‥‥そうだよ。君は?」
「愛紗。この子ははっちー。あのね。愛紗、ビクターお兄ちゃんを呼びに来たの。一緒に行こっ♪」
幼き少女は少年の手を掴み無邪気に引っ張る。ビクターは抗うのを諦めて彼女の後についていく事にした。
道すがら、ビクターは愛紗と言葉を交わす。
それは一方的な会話ではあったが、目の前の小さな能力者の言葉は少年の心を揺り動かす。
「心に刻まれた言葉は生き続けるの‥‥今も生きてるんだよ」
『心の底から出る想いには『チカラ』が有るんだよ』
何故か、少女の言葉はあの言葉と重なった。それはその言葉の中に込められた想いなのかもしれない。
ビクターは何も言えずに少女の言葉に頷いた。
「お、来たか」
「いらっしゃ〜い」
愛紗に連れてこられたのは施設が保有するレクリエーションルームの一つであった。多目的に使われるその部屋には大きな机と数脚の椅子が並んでいた。その大きな机の上には何品かの料理が並べられている。
部屋の中には四名の男女が待っていた。料理を並べているのは戌亥 ユキ(
ga3014)と村田シンジ(
ga2146)である。そして、奥でそれらの料理を調理していたのは石橋 楽子(
ga5219)と的場・彩音(
ga1084)であった。献立は石橋が考えたものらしい。それらの品を眺めながら戌亥は石橋を見やる。
「楽子さーん、ジャンボパフェはないですか?」
「ユキさん、すみません。ジャンボパフェはありませんが、デザートには苺のシャーベットを用意してます」
「苺? ホント? わぁ、おいしそっ♪」
戌亥と石橋のそんなやり取りを見かねて的場が声を上げる。
「二人ともっ! 主役を無視しちゃダメじゃない」
「あ、そうでした」
「あらあら」
二人は苦笑しつつ主役、ビクターの方に向き直る。
愛紗が連れてきた少年に村田が近寄り声を掛ける。
「君がビクターだな。俺の名前は村田シンジだ。とりあえず、椅子に座って食事にしようか」
呆然としていたビクターを椅子に座らせて、ささやかな食事会が始まった。
食事の間は他愛もない会話で本題には触れずビクターの心をほぐそうとする。
デザートも食べて食事が終わり、遂に戌亥がビクターに本題を投げかける。
「ビクター君が能力者になろうと思った理由は何?」
戌亥は自らの理由を語り、少年の理由を尋ねた。
「理由? それは、アネキの復讐を‥‥」
少年の言葉に戌亥は疑問を持つ。
「復讐‥‥ホントに?」
「本当‥‥」
なのだろうか? ビクターはもはや自分自身でもその気持ちが分からなくなっていた。
鳳、ルード、シェリーと三人の能力者に心の扉を叩かれた今、その扉の向こうにある気持ちが否定の言葉を遮っていた。
そんな葛藤を察してか、村田が話を切り出す。
「一生懸命生きる事が、死んでいった者への手向けになるとは思えないか?」
「村田さん!」
ビクターの心に突き刺さるだろうその言葉に的場が制止の言葉を発する。
「彩音さん、いいのよ。村田さん、続けて下さい」
しかし、それを石橋は押し止めた。
村田はそれに頷き、話を続ける。
「俺は、お前が死にたがってるように思う。復讐という言葉で心を偽って、死という安易な方法で決着をつけようとしてるんじゃないかって」
「死にたがっている‥‥」
それは違う。少年は村田の言葉に心の中で否定する。
ただ、俺は‥‥。
心の奥にある本当の気持ちが扉を叩き、中に押し込めた大事な何かが顔を出そうとしていた。
そんな様子を見て石橋が優しく言葉をかける。
「ビクター君。私は、貴方がお姉さん言葉を一番信じてたんだと思うわ」
少年はその言葉に顔を上げる。
「信じていたモノが揺らぐのは、とっても不安で、心細いことだと思う」
「違う! そうじゃない‥‥俺は、そうじゃなくて」
突然に声を上げ立ち上がるビクターに石橋は目を見開く。椅子が大きな音を立てて倒れた。
開きたくない、その扉を開かれそうで。
――だって、俺は。
「‥そう」
石橋は少年の言葉に目を伏せる。
的場が席を立ち、少年の背後に回る。倒した椅子を直しつつ話しかける。
「守りたいものって、ある?」
「え?」
ビクターは背後に立つ的場を振り返る。
「貴方のお姉さんは守りたいもののために身を挺し、そして亡くなった。けど、復讐ということは望んでないと思う」
的場はビクターを正面から見据えて話す。
「能力者になるのは止めはしない。だけど、命を粗末にするのは駄目だ。私は貴方に『守りたいもの』を見つけて、それのために戦って欲しい」
「‥‥」
『貴方たちから離れないわ。絶対ね。貴方たちの傍には必ず私がいるから』
守りたかったものがある。あの日、亡くしてしまっただいじなものが。
『いい? ここから動いちゃだめよ。大丈夫、私が守ってあげるから』
守りたかったものに守られ、そして失ってしまった。
あの人は、怖かったはずだ。
苦しかったはず。
それでも。
それでも――彼女の悲鳴は、聞こえてこなかったんだ。
『アネキ! アネキ!!』
物音が止んで、扉を叩いたあの時。
俺は‥‥。
「ビクターお兄ちゃん、悲しいのに泣かないの?」
「え?」
「愛紗思うの。悲しかったら泣いたらいいのに。ね? はっちー」
少女は無邪気にヌイグルミに向かって話しかける。
「愛紗ちゃん‥‥」
戌亥が言葉を漏らした。他の三人もここになって気づく。
そう、この少年は一度も。
「俺は‥‥」
少年が呟く。
扉に掛かった鍵が開く。
扉の中に押し込めた大事なものが溢れ出し――
「泣いたらいいよ。ビクター君。泣いても、いいと思うよ」
石橋が俯いたビクターにそっと声を掛ける。
「俺‥アネキのことが‥‥俺はっ‥‥ぅうっ」
あの時、俺は。
泣いていなかったんだ。
「なんで、あの時‥‥俺は、泣かなかったんだ、って。俺、悲しかったのに。アネキのこと好きだったのに‥‥!!」
一滴の涙が――頬を流れて零れ落ちる。
止めていた堰が外れ、少年はあの日から溜め込んだ涙を流す。
●扉の中にあったもの
あの後、ビクターが泣くのにつられて愛紗まで泣き出した。二人が泣き止むのを待って傭兵達はミッシェルに会いに行く事となった。
ミッシェルの部屋には三人の傭兵達が既に待っていた。
「まさか坊やが泣くとはねぇ」
シェリーが残りの傭兵達が部屋に入ってくるとそう言った。一部始終を監視カメラで見ていたのだという。
「ビクター君は、あの日泣かなかった事に強い負い目を持っていたみたいです。それがあってか、償いと復讐、その他いろんな重みに押し潰されて自暴自棄になってたようです」
「じゃあ、能力者にはならないのか?」
説明を受けてルードが尋ねる。
「いえ。彼は、能力者の適正があったのは理由があるはずと、何より本当の意味での償いをするために能力者になるとの事です」
「償い。また重いものですね」
鳳は心配そうに呟く。
「大丈夫ですよ、今の彼なら。あ、そうだ。皆さんにお礼をと言ってました」
「お礼? 自分で言いに来い、馬鹿者め」
「はは、まぁ。恥ずかしいんでしょう」
傭兵達は事が最終的に上手く行ったことにほっとしつつ微笑を浮かべる。
「うまく、いったようで何よりだ。傭兵の方々、ご苦労だった。心より感謝を」
ミッシェルが報告を受けて礼を述べ、深々と頭を下げた。
「これで、あの女性も浮かばれる」
「‥‥では、私達はこれで」
長居するのも何だと、傭兵達はそういって扉を開けて部屋を出て行く。
『皆さん、本当にありがとうございました』
扉をくぐるとき、声が掛かる。
ルードは振り返り、呟く。
「後は、心配するな。安らかにな」