●リプレイ本文
●復讐の意味
キメラが現れるといわれる森の入り口。
その前で、傭兵達は依頼人であるアンナにその意思の再確認をしていた。
キメラを自らの手で討ち果たしたいというのは人間として当たり前の感情だが、それを本当に果たすとなると話は別になる。
キメラとの戦いには傭兵達でさえつねに危険がまとわりつく、それが一般人になればなおさらのこととだ。
「それを承知で本当にあんた自身の手でとどめを刺したいのか?」
依頼人であるアンナに対して言葉を最初に放ったのは、佐伯 (
ga5657)だ。
「もとより危険は承知の上です。私に父の敵を討たせてください」
父親がなくなった心痛によるものだろうか、やつれた顔をしながら、彼女はそう答えた。だが、その瞳から傭兵達に放たれる眼差しはキメラへの憎悪の炎が燃え滾っているかのように強いものだった。
「覚悟はあるようだな‥‥」
不破 梓(
ga3236)はその瞳を見つめ彼女の覚悟を認める。
バグアの手により同じように肉親をなくしている不破はアンナの気持ちを痛いほどに理解しているのかもしれない。だからこそ、その覚悟を確かめたかった。その復讐の先に何があるのかを彼女よりは知っている身として。
しかし、それは彼女の瞳が物語るように必要がなかったようだ。
「キメラを倒すにはそれを使え、銃の撃ち方は分かるな? 」
ブランドン・ホースト(
ga0465)がアンナに渡したのは一丁のハンドガン。ただし、空砲だ。
彼女にはその事を教えずに彼女の撃つタイミングにあわせて、こちらがトドメとなる一撃を与える事で表面上は彼女がトドメを刺したように見せる。 傭兵達が彼女に出来る限り安全に、それでありながらしっかりとトドメを刺したように見せるための策だ。
アンナはそのハンドガンを受け取り、その重さを改めて実感する。
「重い‥‥ですね」
「この銃の重さはね‥‥命の重さでもある。これを軽々しく扱うということは、命のやり取りもまた軽々しく行うのと同じ」
アンナのその様子を見て月森 花(
ga0053)が告げる。
そして、それを軽々しく行うのはキメラが人間を殺す理由と同じという意味でもある。月森は続ける。
「ねぇ、一時の感情でキメラを倒しても、大好きなお父さんは帰って来ないよ。ふとしたことでお父さんを思い出すかもしれない。その時にキメラの怒りを忘れることできるかな?」
「‥‥それは、わかってます。けど、けじめをつけたいんです。少なくともここで私があいつを倒せば、倒せなかった後悔をする事だけはなくなりますから」
「‥‥復讐は‥‥感情を清算する‥‥方法の一つに‥‥すぎません」
そう言うのは、クロード(
ga0179)だ。
しかし、その言葉にもアンナは横に首を振る。
そこに樹に背を預け、説得の様子を見ていたUNKNOWN(
ga4276)が傭兵達に告げた。
「‥‥皆、思う事があるだろうが、一番は彼女が後悔しない事、だ」
アンナの瞳は変わらず、強い意思を放っている。自らの手で敵を討ちたいと。
「止めても無駄のようだね、だから、その目で見て貰う事が良いんじゃないかな? キメラとの戦いを」
香倶夜(
ga5126)がキメラに対して敵を討つことの大変さを身をもって知ってもらうことで必要以上の憎悪に身を焦がしてもらいたくないという思いをこめて言う。
「ご迷惑おかけしてるかもしれません、でも、それでも‥‥」
アンナはきつく唇を噛み締める。
傭兵達の意思は決まった。
「そうですか、では俺達はその手伝いをするまでです」
レールズ(
ga5293)の優しげな声にアンナは少しホッとした顔を見せ、
「ありがとうございます‥‥」
どこか消え入りそうにつぶやいた。
●黒い蜥蜴と影
まだ日が完全に暮れきっていないとはいえ、森の中は傭兵達が予想する以上に暗かった。
その中で月森が借りてきたランタンがぼんやりとだがあたりを照らし出す。
「明かりは大丈夫かな、これで」
「あぁ、多分大丈夫だろう」
ランタンを受け取るのは囮役を引き受けた佐伯だ。
佐伯を囮にして、キメラが現れたところを退治しようという作戦だ。
他のメンバーとアンナは佐伯から少し離れ、後を追う。
森はそこまで広くないとはいえ、キメラ一体を探すとなると、やはり簡単にはいかない。さらにキメラの体色が黒いとの事前の情報がある。
夜行性ゆえに夜の方がまだ見つけやすいとはいえ、この闇にまぎれて奇襲をされたらたまったものではない。
周囲を互いに確認しあいながら、傭兵達はさらに森の奥へと進んでいく。
森の少し開けた場所を見つけるとそこに佐伯が焚き火を用意し、座り込む。
他のメンバーはやはり、そこから囮の下にすぐに駆けつけることができる位の距離に離れた場所で待機する。
待機を始めて1、2時間が経過し、周囲が本格的な闇に覆われ始めた。
「なかなか現れないな」
ブランドンのため息のような呟きが、森の静けさの中に溶け込む。
その時だった。
今までの、風が森の間を駆け抜けるときの音とは全く違う音が聞こえ始める。
茂みのなかを何かがすばやく通り過ぎていくような音。
囮役である佐伯を除く傭兵達がアンナを囲むようにしていっせいに武器を構え、息を殺す。
佐伯だけが囮役を果たすかのようにして、立ち上がり周囲を確認した。
葉を揺らす音は、徐々に大きくなり、何かが近づいてきている事を知らせてくる。
そして、佐伯の目の前を何か黒い物体が通り過ぎた。
すかさず、佐伯が照明銃を打ち上げる。
闇の空に打ち出された光弾の下、照らし出されるのはやはりキメラだ。
尻尾を含めて2mほどの体長だろうか。漆黒の鱗が光を反射し黒々と輝くトカゲ型のキメラ。そして、額には闇の中で場違いなほどに輝く立派な角を持っている。事前に目撃されたとおりだ。
佐伯はそれを確認すると、手持ちのハンドガンから、ペイント弾をキメラに向かって発射する。キメラの体のわき腹に命中したペイント弾の鮮やかな色が暗闇の中でもキメラを多少は認識しやすくする。
そして、そこに待機していた傭兵達が到着する。
まず、最初に動いたのはすでに覚醒したクロードだった。彼女の持つ蛍火が闇夜の中で淡く光り、脚と体幹の捌きでキメラの尾に流れるように豪破斬撃を加える。しかし、完璧に入ったと思われた彼女の攻撃もキメラの尻尾を斬り放すことはできない。
クロードのそばは危ないと悟ったのか、キメラは逃げるようにクロードを避け、後衛を狙おうと茂みを走り抜ける。
そこを月森、ブランドンの二人が、鋭角狙撃でキメラの脚を狙う。
だが、キメラの動きは予想以上にすばやい。しかも弱らせるために部位を狙おうとしているためか二人の攻撃も数発は当たるものの、脚を破壊するまではいかない。
その隙を狙い、ブランドンの懐にもぐりこんだキメラはその角を腹に突き込む。さらに、その流れでキメラはそのしなる長い尻尾を月森に叩きつけた。
その衝撃に二人は軽く吹き飛ばされる。
「月森さん!! ブランドンさん!!」
見かねたアンナが二人のもとに駆け寄ろうとする。しかしUNKNOWNが彼女の肩を押さえ引き止めた。
さらに二人を追撃しようとするキメラに対してレールズが流し斬りでキメラの脇に回りこみ、攻撃することで止めた。さらに尻尾に攻撃を放つも倒してはいけないという制限下のせいか最大限の攻撃が放てずやはり尻尾を切り落とすには至らない。
しかし、香倶夜のスコーピオンがキメラの脚を狙い撃つ。
先ほどからの脚への集中攻撃にさすがにもう耐え切れなくなったのかキメラは転がるように地面に倒れこむ。しかし、まだ力は残っているようだ。
キメラはこの中で一番装備が薄いと判断した、アンナに向かい飛びかかろうとする。
「ヒッ!!」
一瞬、死を覚悟したアンナの前に盾のように不破が立ちはだかり、飛びかかるキメラをディガイアで叩き落す。
さらにUNKNOWNが彼女を後ろから抱きかかえるようにしてその場から引き離した。
ディガイアで、キメラの角による攻撃を受け止めながらちらりと背後を振り返り、アンナが無事なのを確認した不破はアンナに言い放つ。
「戦いから目を逸らすな‥‥お前にはこの戦い全てを見届ける義務がある」
不破の言葉にアンナがビクリと体を震わす。
戦う覚悟は出来ているはずだった。けど、これ以上同じように人を失うことは許せなかったし、それ以上に自分のせいで傭兵さんたちが傷つくかもしれないということに気づけなかった。自分のために体を張る傭兵達を見届けなければならないのに、これ以上自分のせいで傷ついていく傭兵をみることがアンナには出来なかった。
キメラはまだ死ぬ気配はない。これを上手い具合に彼女がトドメをさせるレベルにまで持っていくのはさらに傭兵達は傷つかねばならないだろう。アンナはそのことに気づいてしまった。
その心情を察したようにUNKNOWNがアンナに優しく尋ねる。
「君は‥‥どうしたいかね?」
自らの心情と、現場の過酷さ、傭兵達、全てを秤にかけ、アンナは答えを出した。
「‥‥お願いします。キメラを倒してください。私の手じゃなくてもいい。これ以上私のわがままで皆さんが傷つく姿をみたくないんです!!」
傭兵達は互いに頷きあう。これでもう力を制限する必要もなく全力でキメラを倒しにかかれると。
キメラの背後に回りこんだクロードの蛍火が今度こそ尻尾を切り落とす。
尻尾を失ったことでバランスを崩したところをさらに佐伯のハンドガンに月森のスコーピオンが追い討ちをかける。
「キメラに向ける感情なんていらないね‥‥」
月森はそう呟くと、銃弾を連射する。
キメラは銃弾を体中に浴び地面のうえで体をもんどりうたせた。
そして、レールズがパイルスピアでキメラの頭を上から力強く貫いた。
さすがのキメラもこれではなす術もない。
体をじたばたさせながらいままでのすばやい動きが嘘だったかのようにゆっくりと動かなくなり、そして完全に息絶えた。
こうして、暗闇の森でのキメラとの死闘は終結した。
●生きる者にできること
アンナは森から出たところで、傭兵達に詫びた。
「‥‥ごめんなさい、私の復讐にみなさんを振り回してしまって」
結局、アンナ自身の手でキメラを倒す事はかなわなかったものの彼女自身は納得しているようなので成功したといっても差し支えはないだろう。
そして、話はアンナの今後の話になる。
「確かにこれで仇を討てたかも知れないけど、これですべてが解決した訳じゃないとあたしは思うんだけど‥‥。だって、今こうしている瞬間にだって、アンナさんと同じように大切な誰かをキメラに殺されている人がきっと居ると思うんだ。だから、これからアンナさんがすべき事は同じような思いをした人を助けてあげる事だとあたしは思うよ。同じ境遇にある人にしか分からない事ってきっとあると思うし、アンナさんが手を差し伸べてあげるべきじゃないのかな?」
アンナにアドバイスをするのは香倶夜だ。
「復讐は過去の清算、現在にそれを行ったのなら未来に何をすべきか? その事を考えて貰えれば、きっとみんな嬉しい」
と、クロードも同じ事を告げる。
「‥‥私にも出来る事ってありますか?」
自身なさげに尋ねるアンナに佐伯が答える。
「バグアと戦えなくても、武器を開発するものもいる。能力者たちを励ますために働いている者もいる。だからこそ、憎しみにとらわれず生きてもらいたい。あなたには輝ける未来があるのだから」
レールズが微笑みながらそれに続く。
「そうですね、未来は閉ざされていません、あなたが望めば道は開かれます」
「バグアの被害にあった人の救済や、傭兵への援助もできるだろうな。出来ればそういう点で力を貸してほしい」
そう言うブランドンの言葉にアンナは頷く。
「分かりました、力になれる範囲で頑張りたいと思いますね」
「必要になれば私を呼びたまえ、君の代わりに私が前に立とう‥‥」
そっと告げる、UNKNOWNにありがとうございますと小声で礼を言うと、アンナははじめての笑顔を見せた。それは小さな笑顔だったが復讐の顔とは違う、いつかこの笑顔で世界を救ってほしいと思わせてくれるような暖かい笑顔だった。