●リプレイ本文
●初出動
「私はクレイフェル(
ga0435)っちゅーモンです。どうぞよしなに」
UPCからの依頼で集められた面々を前に、長身の青年が丁寧な挨拶をする。
傭兵になったばかりの彼にとって、今回の出動が初参加だ。最初は躊躇があったものの、か弱い子供達が巻き込まれたと聞き、即座に参加を決めた。
最初が肝心、とばかりに固い面持ちだったが、集まった面子の中に見知った顔を見つけて思わずホッとする。
「おー、二人ともおったんかー」
「なんだ、お前も受けてたのか」
声をかけられ、こちらも幾分緊張していた黒川丈一朗(
ga0776)が安堵の息をついた。細身だがガッシリとした身体が、目に見えて力が抜けていくのが分かる。
同じように、初めて望む戦いに緊張していたクラウス・シンクレイ(
ga1161)も、見知った顔の二人が居る事は心強いと感じていた。
「知り合いがいることは、少し安心するな」
そのまま、三人の和気藹々とした会話が続く。
すると、それまで緊張に張り詰めていた空気が、徐々に解されていくのを他の参加者も感じるようになった。どうやら必要以上に全員が固くなっていたらしい。
すぐさま一人の少年が元気よく手を上げた。
「ボク、紅坂・陽媛(
ga0451)。よろしくね!」
バグアの恐怖に怯える子供達の不安を、早くなんとかしたいという意気込みが十分伝わる声だ。
それを受けて、他の面々も次々と挨拶をかわす。皆、緊張していたのが同じだと分かり、どこかホッとした様子だった。
そうして数刻後――高速移動艇は、目的地へと到着した。
●捜索行
「安藤、どうだ?」
移動艇を降りてから、丈一朗は先頭に立つ安藤 諸守(
ga1723)に声をかけた。彼が今のメンバーの中で一番直観力に優れているからだ。
周囲の様子を窺っていた諸守は、声をかけられてもう一度一通り確認し、近くに気配がないことを仲間に告げる。
「大丈夫、この辺にはいないみたい。確か男からの最後に連絡があったのは‥‥あっちだよね?」
彼が指を差した方角に、丈一朗は静かに頷く。
「‥‥急ぐ」
移動艇の中でもひどく無口だった宇保(
ga0559)が、焦る気持ちのまま飛び出した。
「あ、ちょい待ちいや。一緒になって動かんと危ないで」
クレイフェルが咄嗟に呼び止めたが、立ち止まる気配はない。しょうがない、と彼は仲間達に目配せしてから、彼の後を追いかけた。
程なくして追いつくと、そのまま一塊となって目的の場所へ向かう傭兵達。
その間も、諸守は常に周囲の気配に気を配っていた。時折、立ち止まるよう指示し、そして瓦礫の影に身を潜めながら移動する。
「それにしても‥‥ひどく静かですわね」
それは隻眼の少女、鷹司 小雛(
ga1008)の呟き。
彼女の動機は、勿論子供達の救出が第一ではあるが、戦場の空気を感じたかったのも含んでいた。不謹慎とは思いつつ、高鳴る鼓動に嘘はつけない。
だからこそ戦闘の激しい音を期待していたのだが、今はただ静寂が広がるだけ。これはこれで、戦場の張り詰めた空気そのものだから、と満足でもあったが。
「もうとっくに終わった戦場ですからね」
冷たい言い方だったが、吾妻 イオタ(
ga1095)の言葉は真実だ。
既に戦いは終わり、この場所での人類側の敗北は決定した。
だからこそ、最後まで生き延びた命だけは、なんとしてでも救い出したい。それが、今この場にいる全員の思いだった。
聞こえる物音に細心の注意を払いながら、諸守を先頭にして彼らは行く。
「‥‥確かこの辺りの筈だが‥‥」
クラウスが一度立ち止まり、周囲を見渡す。そして、一軒の廃屋を見つけた。
物音は聞こえない。
だが、ここまで来れば中にいる人の気配を、全員が感じ取っていた。互いに顔を見合わせ、頷くと同時に彼らは一気に廃屋へ突入した。
「?!」
僅かな悲鳴が室内に響く。
自分達を狙う銃口に気付き、丈一朗は思わず叫んだ。
「待て!」
「私達、UPCの傭兵です!」
続く小雛の言葉に、男は最初目を瞠ったが、すぐに理解したのか安堵すると同時に銃口を下げた。そのまま緊張が解けたらしく、その身体がずるずると床へずり下がっていく。
「お、お父さん!?」
「いかん!」
傷の様子に気付き、丈一朗が急いで男の下へ走った。手持ちの医療キットで素早く応急手当を済ませ、痛み止め代わりのウォッカを飲ませようとした。
が、男は首を振っていらないと告げた。
男は知っているのだ。すでに自分が助からない重傷であることを。
だが。
「いいから飲め。少しは楽になる‥‥」
「‥‥分かった」
それでも強引に勧めると、苦笑交じりに男は一口飲み込んだ。
隣では、他の仲間が子供たちに様々な言葉をかけていた。
「‥‥よく頑張ったね。もう大丈夫、ボク達が必ず守ってあげるからね」
同じ目線までしゃがみ込んだ陽媛が、安心させるようににっこりと微笑む。彼女の柔らかい声質に、子供達の表情にも少しだけ笑みが戻る。
諸守も、子供達の肩を抱き、安心させるように声をかけていた。
「僕らが来たからもう大丈夫! あと少しだから頑張れ!」
反対に、しっかりとした声で励ましているのは小雛だ。
「あなた方は、わたくし達が守りますわ。そして、わたくし達は決して倒れません。故に、あなた方が傷つくことは有りませんのよ、絶対に」
バグア相手に絶対という事は、言い切れるものではない。
だが、ここで自分達が揺らいでは、子供だって不安に陥るもの。だからこその確固とした自信を彼らに見せなければならなかった。
ひとまず無事に合流は果たした。
後は、一人も欠けることなくここから脱出するだけだ。
「――今、なら」
外の様子を窺っていた宇保の言葉を合図に、彼らは一団となってその廃屋を飛び出した。
●撤退戦
子供達に加え、重傷の男を背負ったままでは、移動時間も来た時の倍近くかかっている。
案の定、行程の半分まで来た時、遂に彼らはバグアに見つかってしまった。
「子供らを後ろに!」
先頭に立つクレイフェルが叫ぶと、陽媛、小雛、諸守の三人が子供達を囲むような陣形を取る。
それを横目に確認すると同時に、クレイフェルは素早くバグアに向かって飛び出した。その彼を援護する形で、イオタがアサルトライフルを構えた。
こちらに気付いた相手が身構えるよりも早く、火を噴く銃弾がそのバランスを崩す。その隙を見逃さず、クレイフェルの手にあるファングの爪がバグアの身体を切り裂いた。
だが、それですぐ殺られる程度の相手ではない。
イオタの援護を受けつつ、何度かの攻防を繰り返すクレイフェル。
その様子に怯える子供を、小雛が懸命に励ます。
「大丈夫‥‥大丈夫ですわ」
「君達は絶対に守るからね」
剣とナイフを両手に、陽媛は周囲に目を走らせる。
戦闘が長引けば、おそらく他のバグアもやってくるだろう。その時の為に、と彼女達は子供の傍から離れる訳にはいかなかった。
それは殿を務める丈一朗やクラウスも同じで、安易に動く事は適わない。
そんな均衡を――後方より放った宇保の一撃が崩した。
「やれ!」
その声を背で受け、クレイフェルが一気に畳み掛ける。トドメとばかりに強烈な一撃を食らわせると、地面に倒れこんだ敵はそのまま動かなくなった。
「‥‥全く、愚かしいにも程がありますね」
普段の彼と違う慇懃無礼な呟きを聞く者は、生憎と近くにはいない。
が、安堵するよりも先に響いた声に、彼はハッと振りむいた。
「俺達に構わず行け!」
そこには、本体を襲うもう一体のバグアの姿。応戦する陽媛と小雛との間に、丈一朗とクラウスが割って入るところだった。
一瞬躊躇する彼女達。
が、その背を押したのは、諸守の荒い言葉だった。
「早く行けよ、阿呆!」
顔を見合わせ、そのまま子供達を囲んだまま走り出す二人の少女。
そして、クラウスは視線が合った前衛の二人に向かって、彼女らの援護を頼む科白を口にした。
「クレイフェル、吾妻、道を開くのは任せたからな!」
「――わかった」
「ああ」
口数少なく頷く二人の背を見送りながら、残った者達は改めてバグアと対峙する。
クラウスの右手の一部が淡蒼の光を放ち、剣の軌跡を宙に描く。それをかわしながら銃を放とうとしたバグアだったが、それは諸守の近距離からの小銃による立て続けの銃撃により腕ごと吹き飛ばされた。
「――ッ!?」
上がる人のような呻き声。
「へえ、悲鳴なんて上げるんだ?」
嗜虐的な科白が諸守の口から零れ出る。
劣勢を感じた敵が次に打った行動は、瀕死の男へ向かう事だった。
咄嗟に立ち塞がる丈一朗。依頼前、切り捨てる覚悟を口にした彼だったが、やはり彼自身の心が納得いかないのだ。例え命を失くそうとも、この場に捨て置く事は出来ない。
「させるか!」
振り上げた拳を思い切り叩き込んだ。次いでクラウスの剣がその頭部を貫く。
最後の生命力を散らし、その身体はガクンと力を失って地面へと崩れ落ちた――――。
「――お、父さん‥‥?」
男は座席に凭れかけたまま身動き一つない。息子の呼ぶ声だけが空しく艇内に響く。
その声に、丈一朗は強く拳を握る。その光景をまるで嫌なモノでも見るように、諸守は視線を外へと向ける。
漂う雰囲気を拭うように、小雛と陽媛が離れた場所で残った子供達相手に会話していた。
「これが、バグアと戦うってことなんだな‥‥」
噛み締めるような呟きを口に乗せ、クラウスはただ眼下の町を見下ろしていた。
――――Fin.