●リプレイ本文
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夜明け前。冷たい空気の中、緊張した面持ちの兵士たちが武器を手に動き出す。
「命運は僕らに、か‥‥負けられない」
鐘依 透(
ga6282) の呟きに、皇 流叶(
gb6275)が同意を示して頷く。
「到着が遅れれば、どうなっていたかわからないな。今回は早さが命に成る」
砦の兵士たちは疲労し切り、残された物資とわずかな気力で決戦の臨んでいる。長期戦は避けるべきだろう。
「うん、がんばろう」
アサルトライフルを構えたモルツ(
gc0684)が気合充分に言う。駆け出しのヘヴィガンナーである彼女には、わずかに緊張の色が見えた。
彼女以上に緊張で固くなっている新兵に、智久 百合歌(
ga4980)が微笑みかけた。
「生きる為の戦いを始めましょう。後方はお任せしました。皆さん、どうぞご武運を」
荒野に鬨の声が響き渡る。反撃の狼煙が上がった。
「――さあ、コンチェルトの幕開けよ」
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陣を構える防衛隊に引き付けられて、森からキメラの一団が姿を現す。
キメラの一群を目にしても、シィル=リンク(
gc0972)は常の冷静さを崩すことはなかった。
「いつもとなんら変わりないキメラ退治です。いつものように殺し、いつものように帰りましょう」
AU−KVを駆るアレックス(
gb3735)が鬨の声を上げた。荒野を疾走するキメラの一団が、アレックスに狙いを定める。
アレックスは味方の射線に重ならないように移動しながら、犬型の頭部に「ジャッジメント」の銃口を向ける。銃弾は目を直撃し、キメラは悲鳴を上げて転倒する。そこへすかさず兵士が対戦車ライフルを打ち込んだ。大口径の銃弾がフォースフィールドを打ち破り、犬型を絶命させる。
「ようしいいぞ。無茶はするな、生き残ることを考えて動くんだ。囮は俺に任せろ!」
ファイヤーパターンのAU−KVが荒野を走る。一匹の犬型がアレックス目掛けて飛び掛った。
「リミッター解除‥‥ランス「エクスプロード」、オーバー・イグニッション!」
飛び掛るキメラの爪をかわし、その胴体にランス「エクスプロード」を突き立てる。敵を爆発四散させると、アレックスはすぐに次のキメラに向かった。
「援護射撃頼む! 俺に当ててくれるなよ」
兵士たちが突撃銃を乱射する。素早い動きで銃弾を回避するキメラに、シィルが護剣「グリムワルド」を振りかざす。『レイ・バックル』により強化した一撃を犬型の鼻面に叩きつける。瀕死の傷を負い、なおも暴れるキメラに、すかさず屠剣「ぜんころ」を突き刺した。
「面倒なことは嫌い。でも、報酬分くらいは働きます」
シィルとアレックスを主戦力として判断したのか、敵は二人を集中的に狙ってくる。他から銃弾を浴びようと、執拗に押し寄せて来た。
「この方がやりやすくて良いですね。派手に暴れまわりましょう」
怒号と銃声、キメラの咆哮が飛び交う荒野の中、兵士の悲鳴がシィルの耳に届く。咄嗟に目を向けると、血塗れになった新兵が突撃銃を必死で撃ち続けている。至近距離からの一撃も、キメラのフォースフィールドに阻まれてはじかれる。犬型が牙の並んだ口を開いた。
シィルが新兵を庇うように駆け出す。身代わりとなったシィルの肩に鋭い牙が食い込む。痛みに耐えながらも、片手で剣を振り回す。二度、三度と攻防を繰り返し、キメラの喉を切り裂いてトドメを刺した。
「アレックスさん、しばらくこの辺りをお願い」
「任せておけ!」
ランスを軽々と振り回し、アレックスが縦横無尽に駆け巡る。
シィルは血の流れる肩を『ロウヒール』で回復させると、すぐに血塗れの新兵に肩を貸して立ち上がらせる。
手負いの兵士を狙って犬型が接近した。すかさずシィルが小銃「バロック」を撃つ。
「ちょっとアレックスさん。お願いしたのに」
「確かに任せろ、とは言ったが‥‥そっちに何匹か行ったぞ」
「姉さんダメ。コイツつかえない」
「おい!?」
傷だらけの兵士を衛生兵に任せると、シィルはすぐに前線へ向けて駆け出す。防衛部隊が弾幕を張り、二人が囮として突撃する。敵の攻撃に合わせては、荒野の端まで退避する。そうして多くのキメラを荒野の中心に釘付けにしていた。
別働の四人が敵の指揮官を捜索している。四人の動きを感付かせないためにも、シィルとアレックスは防衛隊と共に、敵の目を荒野に引き付け続けた。
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遠くで戦闘の音が聞こえる。森に侵入した四人は、奇襲を警戒しつつ敵司令官の捜索を続ける。
「智久殿。恐らく、司令官はこちらだ」
獣の匂い。前衛を務める流叶が覚醒時の感覚を頼りに、森を突き進む。徐々に太陽が昇り始めたとは言え、森の中は薄暗い。流叶の『Third Eye』がわずかな光を調節し、森の奥深くまでを見通していた。囮役の二人と防衛隊に引き付けられているのだろう。森の中にキメラの姿は少ない。
哨戒として配置されているのか、わずかな犬型キメラの姿が見えた。二体の犬型が木々の間を進んでいる。
まだ四人に気付いていないキメラに向かって、流叶が『迅雷』で接近する。機械剣「ウリエル」の一撃を受け、キメラが体勢を崩した。再び立ち上がるよりも早く、モルツのアサルトライフルが火を噴いた。
「貴方達に構っている暇はないの。どきなさい」
奇襲を受けて唸るキメラに向けて、百合歌が「鬼蛍」を振りかざす。
「かねちゃん、左からも来るよ!」
モルツの射線に重ならないよう、透がキメラに接近する。百合歌の攻撃でよろめくキメラに、斬撃を放つ。巧みな重心移動で体重を乗せ、剣閃は命中時に最高速に達する。文字通り「疾風迅雷」の一撃がキメラを両断した。
手早く犬型を処理すると、四人は探索を再会する。しばらく森の中を進み、透が人間の足跡を発見した。
「見つけた‥‥正面! キメラと、強化人間だ!」
木々の隙間に強化人間らしき姿が見える。犬型キメラたちの中心に、そいつは立っていた。
「私が‥‥!」
敵に体勢を整える時間は与えられない。木々の隙間を縫うように、百合歌が接近する。遮る物のなくなった時点で、『瞬速縮地』で一気に間合いを詰める。狙うは敵の脚部。
だが、接近した瞬間、仕掛けられていた微弱な地雷が作動し、足元の地面が爆発を起こす。体勢を崩した「鬼蛍」の一撃は、強化人間の足をわずかに掠めた。
わずかな動作で舞い上がった強化人間は、落下と同時に手にした大剣を振り下ろす。百合歌が地面を転がって一撃をかわす。攻撃は彼女の右腕を浅く切り裂いた。
「ここまで接近していたか。良いだろう、血祭りに上げてやる!」
強化人間は首から提げた笛を吹く。音は聞こえない。人間の耳では捉えきれない音波を発し、配下とするキメラに命令を下しているのだ。
ヘッドセットで状況を確認し、無線を介して音波を飛ばす。そうすることで、後方にいながら犬型キメラの統率を取っているのだろう。
唸り声が木々の間から近付いて来た。森に残った犬型のキメラが集まりつつある。
「こっちは僕たちが! モルツさん、左を!」
「任せて!」
追い付いた後衛の二人が、犬型キメラに相対する。
モルツがアサルトライフルで弾幕を張った。隙間を縫って彼女に近付こうとするキメラには、透が立ちはだかる。
「智久殿、今援護を!」
火花を散らして鍔迫り合いをする百合歌と強化人間。『迅雷』で一気に駆け抜け、二人の背後に流叶が移動する。
『刹那』の力で強化された機械剣「ウリエル」の直撃を受けて、強化人間が派手に地面を転がる。
その隙を逃さないよう、百合歌が「鬼蛍」を構えて走り出した。
振り向いた透の目に、わずかな陽光を反射して何かが光るのが見える。
「ワイヤートラップ! 避けて二人とも!」
罠に気付き、二人に警告する。強化人間が腕を引き、トラップが作動した。百合歌と流叶が地面を転がる。二人が直前まで立っていた地面が爆発する。
「チッ、運の良いヤツだ‥‥」
強化人間は素早く立ち上がると、森の中へ向けて駆け出した。すかさずモルツが強化人間の足元を狙って銃弾をバラまく。
「かねちゃん右!」
「逃がさない!」
敵の退路を立つように、透が立ちはだかる。強化人間は笛を手に取る。背後を振り向き逃げ出そうとするが、近付いた流叶が強化人間に向けて剣を振り下ろした。
手にした笛ごと、左手を切り裂く。短い悲鳴を上げて強化人間は退いた。怒りに顔を歪ませて、右手一本で大剣を構え直した。
「傭兵ごときが‥‥! 調子に乗るなよ!」
大剣を振り回し、小枝のように巨木をへし折る。まともにくらえば、無傷ではすまないだろう。
百合歌と流叶は強化人間との戦闘に意識を集中している。二人の背後に回ったキメラには、モルツの銃弾が降り注いだ。彼女が仕留め損なえば、すかさず透の二刀が閃く。息の合った連携で、前衛の二人を戦闘に集中させる。
怒りに任せて暴れている分、強化人間の動きには徐々に隙が生じた。強化人間が振り下ろした大剣を、百合歌が刃を合わせて攻撃を逸らす。瞬間、流叶が『刹那』を発動した一撃を叩き込む。左腕を犠牲に、強化人間は攻撃に耐えた。
そのわずかな隙を狙い、百合歌が刀を振るう。左肩から袈裟切りにするように、強化人間の右腕を切断する。
血と共に強化人間の腕が宙を舞う。いくら人間を凌駕する力を持っていようと、両腕を奪われては戦う術はない。彼を援護するために接近した犬型キメラは、モルツと透の二人により血溜まりに沈んでいる。強化人間は尻餅を付いて倒れ、初めてその表情に恐怖を浮かべた。
「苦しめた分の苦しみを味わいなさい」
百合歌が『鬼蛍』を振り上げた。
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「あっちは上手くやったみたいだな」
照明弾の光が空に輝く。段々とキメラの統率は乱れつつあった。まるで指示が出ずに困惑しているようにも見える。
兵士たちが攻勢に出ようと、雄たけびを上げた。
「よし、突撃して一気に片を付けるぞ!」
負けじとアレックスが鬨の声を上げる。一体一体はキメラの中でも脆弱な固体に過ぎない。統率された行動さえなければ、犬型は恐れる敵ではなかった。
「全軍突撃です。敵の司令官は倒れました。今こそ反撃の時です」
最後の気力を振り絞り、兵士たちはキメラに攻撃を仕掛ける。シィルが切り倒した犬型に息があれば、兵士たちが銃弾を浴びせ掛ける。生き残ったわずかな固体は森の中へと逃亡していった。だが、森の中には司令官を倒した四人がいる。どちらにせよキメラに生き残る道はないだろう。
「とりあえず、俺達に出来る事はやった、かな」
硝煙と血の匂いがただよう荒野には、キメラの死体が無数に転がっていた。
「そうですね‥‥大勝利と言えるでしょう」
「皆さんのおかげです‥‥ありがとうございました」
隊長が二人に向かって頭を下げた。怪我を負った者もいれば、キメラの牙に倒れた者もいる。だが、彼らの活躍で反撃作戦は成功を収めた。
「どんな戦場でも頑張ってくれてるアンタ達がいるから、人類はまだ戦えてるんだぜ」
バグアとの戦いを決するのはエミタを備えた傭兵たちだ。だが、まだ世界中でエミタを持たない者たちも戦いを続けている。
今日、キメラを退けたとしても、戦いはまだ続く。全てのバグアを撃退した時が、人類の勝利になる。勝敗を決するのが傭兵たちだとしても、彼らを信じ、彼らを支える無数の兵士たちが、世界中で勝利を信じて戦っている。
「僕たちも負けません。アナタ方と共にいるのですから、人類が負けるはずがありません」
怪我を負った新兵が二人に向けて言った。
別働隊の四人が、森の端から姿を現す。戦場の兵士たちが拳を突き上げて、勝利の叫びを上げる。決戦を左右した六人の傭兵と、彼らの到着を信じて戦い続けた兵士たち。
「なんとかなったねえ、るかっち」
「まるで英雄の凱旋だ」
「ちょっと気恥ずかしいかも」
それぞれた歓声に応える。百合歌が兵士たちに向けて微笑みを浮かべた。
「――Finale」