タイトル:反撃の狼煙マスター:鋼野 タケシ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/24 21:14

●オープニング本文


「‥‥引いたか」
 敵部隊の撤退を確認し、隊長は溜息を吐いた。
 交戦区にあるこの砦は今、バグア部隊との戦闘状態にあった。
 強化人間の率いるバグアの部隊により、散発的な攻撃に晒されている。砦の正面に広がる森の中に、敵部隊は陣を構えていた。
 砦を棄てての撤退も出来ず、敵の完全な撃退も出来ない。すでに敵との接触から、二週間の硬直状態が続いていた。
 援軍を信じ、勝てる見込みのない防衛戦を続けて来た。本来であれば一週間前に、補給物資が届いたはずだ。本部との通信も途絶え、来るはずの補給も届かない。
 散発的な戦闘が繰り返され、そのたび味方の被害はじりじりと広がっている。鍛え抜かれた兵士たちではあるが、すでに疲労は限界を迎えていた。心労で倒れた者も居る。弾薬も食料も医薬品も、すでに底が見え始めていた。
 どれだけ優秀な軍人だろうと、武器もなく、食事も摂れないのでは、勝負にならない。このままジリ貧の戦いを続けたところで、全滅するのは目に見えている。
 もし今、敵が一気に攻勢に回れば砦の防衛隊はひとたまりもないだろう。敵の狙いは恐らく、砦を無傷で制圧すること。小さな砦とはいえ、ここを制圧すれば、人類側戦力の減少と同時に、攻撃拠点を一つ入手することが出来る。
 連中はこちらが劣勢に追い込まれていることに気が付いているのだ。だからこそ慌てて決着を付けようとせず、痺れを切らして行動に移すのを待っている。
「せめて、能力者たちがいてくれればな‥‥」
 エミタにより超常の力を得た、一騎当千の傭兵たち。彼らが居れば、この状況も打開出来るかも知れない。
 逆転のチャンスがあるとすれば、一気に敵の陣を突破し、中枢を叩くことだ。敵部隊の司令さえ撃破できれば、勝利の見込みはある。
 だが、残された兵力では成功率は限りなく低い。覚悟を込めて総力戦に乗り出すか、囮を置いて一部の兵士を逃がすか。今、彼は決断を迫られていた。
 薄汚れた強化ガラスを通して、夜の闇が見える。更にその向こうには、深い森が広がっていた。バグアの部隊は、森の中に潜んでいる。いつ連中が飛び出して、この砦に総攻撃を仕掛けるかもわからない。そうすれば、砦は落ちるだろう。
 陰鬱な考えをかき消すように、隊長は頭を振った。どうすればいい? どうすれば‥‥
「隊長!」
 慌てて部下が駆け込んでくる。思考を中断されたことに感謝するべきか、それとも非礼に叱責の一つでも浴びせておくべきだろうか。
「どうした?」
 彼はどちらも保留すると、部下の報告を受けることにした。息を切らして駆け込むほどだ。何かが起こったに決まっている。
 また歩哨が倒れたのか、それともついに食料が尽きたのか。まさか、引いたと見せかけて、バグアの連中が総攻撃を仕掛けて来たのか? 暗いニュースを覚悟して、彼は部下の報告を受けた。
「援軍です! 補給物資と‥‥それから、能力者の傭兵部隊が到着いたしました!」
 絶望的だった状況に、一筋の光明が差す。予期していなかった報告に、隊長の表情も輝いた。
「そうか。能力者たちが来てくれたか‥‥よし。よし!」
 補給物資と共に砦を訪れた傭兵たちを迎え入れるため、すぐに隊長は基地の後方に回った。
 装甲トラックから降りた傭兵に向かって、隊長は敬礼をする。
「歓迎します。良く来てくださいました。部隊長のロン・マーカスです。本来であれば歓迎会でも開きたいところですが、早急に作戦会議に入りたいと思います。敵がこちらの動きに気付く前に、反撃に移りたい」
 隊長は傭兵たちを砦内部に案内すると、すぐに地図を広げて作戦会議を始めた。
 砦に残されたすべての兵士たちに寄る総力戦。敵の大多数を兵士たちが引き付けて、その間に森の中央を傭兵たちが突破する。これまでの情報から、敵部隊の隊長である強化人間は森の中に陣を構えていることが確認されていた。
「中央突破時の作戦はアナタ方にお任せいたします。何かあれば、私たちも出来る限りのサポートをしましょう。とはいえ、弾薬も物資も残り少ないこの状況。せいぜい囮が精一杯でしょうが‥‥」
 作戦会議は深夜遅くまで続いた。ブリーフィングと数時間の休憩を挟み、作戦の決行は明け方前。
 兵士たちはそれぞれ緊張した面持ちで、ポジションについた。彼らの役目はあくまでも敵を引き付けること。作戦の成否は、傭兵たちに懸かっている。
 対戦車ライフルを持ち、緊張した面持ちで新米兵士の一人が呟いた。
「隊長、この戦い、勝てるでしょうか?」
「お前は負けると思うか?」
 そう切り替えされ、新米兵士は少しだけ口ごもった。しばらく悩んだ挙句、率直に想いを告げた。
「正直、不安です」
 新米兵士の言葉に、隊長は不敵に笑ってみせた。
「勝てるさ。彼らが一緒なら、俺は負ける気がしない‥‥さぁ、反撃の狼煙を上げるぞ! 地球人の底力を見せてやれ!」

●参加者一覧

智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
モルツ(gc0684
15歳・♀・HG
シィル=リンク(gc0972
19歳・♀・EL

●リプレイ本文


 夜明け前。冷たい空気の中、緊張した面持ちの兵士たちが武器を手に動き出す。
「命運は僕らに、か‥‥負けられない」
 鐘依 透(ga6282) の呟きに、皇 流叶(gb6275)が同意を示して頷く。
「到着が遅れれば、どうなっていたかわからないな。今回は早さが命に成る」
 砦の兵士たちは疲労し切り、残された物資とわずかな気力で決戦の臨んでいる。長期戦は避けるべきだろう。
「うん、がんばろう」
 アサルトライフルを構えたモルツ(gc0684)が気合充分に言う。駆け出しのヘヴィガンナーである彼女には、わずかに緊張の色が見えた。
 彼女以上に緊張で固くなっている新兵に、智久 百合歌(ga4980)が微笑みかけた。
「生きる為の戦いを始めましょう。後方はお任せしました。皆さん、どうぞご武運を」
 荒野に鬨の声が響き渡る。反撃の狼煙が上がった。
「――さあ、コンチェルトの幕開けよ」


 陣を構える防衛隊に引き付けられて、森からキメラの一団が姿を現す。
 キメラの一群を目にしても、シィル=リンク(gc0972)は常の冷静さを崩すことはなかった。
「いつもとなんら変わりないキメラ退治です。いつものように殺し、いつものように帰りましょう」
 AU−KVを駆るアレックス(gb3735)が鬨の声を上げた。荒野を疾走するキメラの一団が、アレックスに狙いを定める。
 アレックスは味方の射線に重ならないように移動しながら、犬型の頭部に「ジャッジメント」の銃口を向ける。銃弾は目を直撃し、キメラは悲鳴を上げて転倒する。そこへすかさず兵士が対戦車ライフルを打ち込んだ。大口径の銃弾がフォースフィールドを打ち破り、犬型を絶命させる。
「ようしいいぞ。無茶はするな、生き残ることを考えて動くんだ。囮は俺に任せろ!」
 ファイヤーパターンのAU−KVが荒野を走る。一匹の犬型がアレックス目掛けて飛び掛った。
「リミッター解除‥‥ランス「エクスプロード」、オーバー・イグニッション!」
 飛び掛るキメラの爪をかわし、その胴体にランス「エクスプロード」を突き立てる。敵を爆発四散させると、アレックスはすぐに次のキメラに向かった。
「援護射撃頼む! 俺に当ててくれるなよ」
 兵士たちが突撃銃を乱射する。素早い動きで銃弾を回避するキメラに、シィルが護剣「グリムワルド」を振りかざす。『レイ・バックル』により強化した一撃を犬型の鼻面に叩きつける。瀕死の傷を負い、なおも暴れるキメラに、すかさず屠剣「ぜんころ」を突き刺した。
「面倒なことは嫌い。でも、報酬分くらいは働きます」
 シィルとアレックスを主戦力として判断したのか、敵は二人を集中的に狙ってくる。他から銃弾を浴びようと、執拗に押し寄せて来た。
「この方がやりやすくて良いですね。派手に暴れまわりましょう」
 怒号と銃声、キメラの咆哮が飛び交う荒野の中、兵士の悲鳴がシィルの耳に届く。咄嗟に目を向けると、血塗れになった新兵が突撃銃を必死で撃ち続けている。至近距離からの一撃も、キメラのフォースフィールドに阻まれてはじかれる。犬型が牙の並んだ口を開いた。
 シィルが新兵を庇うように駆け出す。身代わりとなったシィルの肩に鋭い牙が食い込む。痛みに耐えながらも、片手で剣を振り回す。二度、三度と攻防を繰り返し、キメラの喉を切り裂いてトドメを刺した。
「アレックスさん、しばらくこの辺りをお願い」
「任せておけ!」
 ランスを軽々と振り回し、アレックスが縦横無尽に駆け巡る。
 シィルは血の流れる肩を『ロウヒール』で回復させると、すぐに血塗れの新兵に肩を貸して立ち上がらせる。
 手負いの兵士を狙って犬型が接近した。すかさずシィルが小銃「バロック」を撃つ。
「ちょっとアレックスさん。お願いしたのに」
「確かに任せろ、とは言ったが‥‥そっちに何匹か行ったぞ」
「姉さんダメ。コイツつかえない」
「おい!?」
 傷だらけの兵士を衛生兵に任せると、シィルはすぐに前線へ向けて駆け出す。防衛部隊が弾幕を張り、二人が囮として突撃する。敵の攻撃に合わせては、荒野の端まで退避する。そうして多くのキメラを荒野の中心に釘付けにしていた。
 別働の四人が敵の指揮官を捜索している。四人の動きを感付かせないためにも、シィルとアレックスは防衛隊と共に、敵の目を荒野に引き付け続けた。
 

 遠くで戦闘の音が聞こえる。森に侵入した四人は、奇襲を警戒しつつ敵司令官の捜索を続ける。
「智久殿。恐らく、司令官はこちらだ」
 獣の匂い。前衛を務める流叶が覚醒時の感覚を頼りに、森を突き進む。徐々に太陽が昇り始めたとは言え、森の中は薄暗い。流叶の『Third Eye』がわずかな光を調節し、森の奥深くまでを見通していた。囮役の二人と防衛隊に引き付けられているのだろう。森の中にキメラの姿は少ない。
 哨戒として配置されているのか、わずかな犬型キメラの姿が見えた。二体の犬型が木々の間を進んでいる。
 まだ四人に気付いていないキメラに向かって、流叶が『迅雷』で接近する。機械剣「ウリエル」の一撃を受け、キメラが体勢を崩した。再び立ち上がるよりも早く、モルツのアサルトライフルが火を噴いた。
「貴方達に構っている暇はないの。どきなさい」
 奇襲を受けて唸るキメラに向けて、百合歌が「鬼蛍」を振りかざす。
「かねちゃん、左からも来るよ!」
 モルツの射線に重ならないよう、透がキメラに接近する。百合歌の攻撃でよろめくキメラに、斬撃を放つ。巧みな重心移動で体重を乗せ、剣閃は命中時に最高速に達する。文字通り「疾風迅雷」の一撃がキメラを両断した。
 手早く犬型を処理すると、四人は探索を再会する。しばらく森の中を進み、透が人間の足跡を発見した。
「見つけた‥‥正面! キメラと、強化人間だ!」
 木々の隙間に強化人間らしき姿が見える。犬型キメラたちの中心に、そいつは立っていた。
「私が‥‥!」
 敵に体勢を整える時間は与えられない。木々の隙間を縫うように、百合歌が接近する。遮る物のなくなった時点で、『瞬速縮地』で一気に間合いを詰める。狙うは敵の脚部。
 だが、接近した瞬間、仕掛けられていた微弱な地雷が作動し、足元の地面が爆発を起こす。体勢を崩した「鬼蛍」の一撃は、強化人間の足をわずかに掠めた。
 わずかな動作で舞い上がった強化人間は、落下と同時に手にした大剣を振り下ろす。百合歌が地面を転がって一撃をかわす。攻撃は彼女の右腕を浅く切り裂いた。
「ここまで接近していたか。良いだろう、血祭りに上げてやる!」
 強化人間は首から提げた笛を吹く。音は聞こえない。人間の耳では捉えきれない音波を発し、配下とするキメラに命令を下しているのだ。
 ヘッドセットで状況を確認し、無線を介して音波を飛ばす。そうすることで、後方にいながら犬型キメラの統率を取っているのだろう。
 唸り声が木々の間から近付いて来た。森に残った犬型のキメラが集まりつつある。
「こっちは僕たちが! モルツさん、左を!」
「任せて!」
 追い付いた後衛の二人が、犬型キメラに相対する。
 モルツがアサルトライフルで弾幕を張った。隙間を縫って彼女に近付こうとするキメラには、透が立ちはだかる。
「智久殿、今援護を!」
 火花を散らして鍔迫り合いをする百合歌と強化人間。『迅雷』で一気に駆け抜け、二人の背後に流叶が移動する。
『刹那』の力で強化された機械剣「ウリエル」の直撃を受けて、強化人間が派手に地面を転がる。
 その隙を逃さないよう、百合歌が「鬼蛍」を構えて走り出した。
 振り向いた透の目に、わずかな陽光を反射して何かが光るのが見える。
「ワイヤートラップ! 避けて二人とも!」
 罠に気付き、二人に警告する。強化人間が腕を引き、トラップが作動した。百合歌と流叶が地面を転がる。二人が直前まで立っていた地面が爆発する。
「チッ、運の良いヤツだ‥‥」
 強化人間は素早く立ち上がると、森の中へ向けて駆け出した。すかさずモルツが強化人間の足元を狙って銃弾をバラまく。
「かねちゃん右!」
「逃がさない!」
 敵の退路を立つように、透が立ちはだかる。強化人間は笛を手に取る。背後を振り向き逃げ出そうとするが、近付いた流叶が強化人間に向けて剣を振り下ろした。
 手にした笛ごと、左手を切り裂く。短い悲鳴を上げて強化人間は退いた。怒りに顔を歪ませて、右手一本で大剣を構え直した。
「傭兵ごときが‥‥! 調子に乗るなよ!」
 大剣を振り回し、小枝のように巨木をへし折る。まともにくらえば、無傷ではすまないだろう。
 百合歌と流叶は強化人間との戦闘に意識を集中している。二人の背後に回ったキメラには、モルツの銃弾が降り注いだ。彼女が仕留め損なえば、すかさず透の二刀が閃く。息の合った連携で、前衛の二人を戦闘に集中させる。
 怒りに任せて暴れている分、強化人間の動きには徐々に隙が生じた。強化人間が振り下ろした大剣を、百合歌が刃を合わせて攻撃を逸らす。瞬間、流叶が『刹那』を発動した一撃を叩き込む。左腕を犠牲に、強化人間は攻撃に耐えた。
 そのわずかな隙を狙い、百合歌が刀を振るう。左肩から袈裟切りにするように、強化人間の右腕を切断する。
 血と共に強化人間の腕が宙を舞う。いくら人間を凌駕する力を持っていようと、両腕を奪われては戦う術はない。彼を援護するために接近した犬型キメラは、モルツと透の二人により血溜まりに沈んでいる。強化人間は尻餅を付いて倒れ、初めてその表情に恐怖を浮かべた。
「苦しめた分の苦しみを味わいなさい」
 百合歌が『鬼蛍』を振り上げた。


「あっちは上手くやったみたいだな」
 照明弾の光が空に輝く。段々とキメラの統率は乱れつつあった。まるで指示が出ずに困惑しているようにも見える。
 兵士たちが攻勢に出ようと、雄たけびを上げた。
「よし、突撃して一気に片を付けるぞ!」
 負けじとアレックスが鬨の声を上げる。一体一体はキメラの中でも脆弱な固体に過ぎない。統率された行動さえなければ、犬型は恐れる敵ではなかった。
「全軍突撃です。敵の司令官は倒れました。今こそ反撃の時です」
 最後の気力を振り絞り、兵士たちはキメラに攻撃を仕掛ける。シィルが切り倒した犬型に息があれば、兵士たちが銃弾を浴びせ掛ける。生き残ったわずかな固体は森の中へと逃亡していった。だが、森の中には司令官を倒した四人がいる。どちらにせよキメラに生き残る道はないだろう。
「とりあえず、俺達に出来る事はやった、かな」
 硝煙と血の匂いがただよう荒野には、キメラの死体が無数に転がっていた。
「そうですね‥‥大勝利と言えるでしょう」
「皆さんのおかげです‥‥ありがとうございました」
 隊長が二人に向かって頭を下げた。怪我を負った者もいれば、キメラの牙に倒れた者もいる。だが、彼らの活躍で反撃作戦は成功を収めた。
「どんな戦場でも頑張ってくれてるアンタ達がいるから、人類はまだ戦えてるんだぜ」
 バグアとの戦いを決するのはエミタを備えた傭兵たちだ。だが、まだ世界中でエミタを持たない者たちも戦いを続けている。
 今日、キメラを退けたとしても、戦いはまだ続く。全てのバグアを撃退した時が、人類の勝利になる。勝敗を決するのが傭兵たちだとしても、彼らを信じ、彼らを支える無数の兵士たちが、世界中で勝利を信じて戦っている。
「僕たちも負けません。アナタ方と共にいるのですから、人類が負けるはずがありません」
 怪我を負った新兵が二人に向けて言った。
 別働隊の四人が、森の端から姿を現す。戦場の兵士たちが拳を突き上げて、勝利の叫びを上げる。決戦を左右した六人の傭兵と、彼らの到着を信じて戦い続けた兵士たち。
「なんとかなったねえ、るかっち」
「まるで英雄の凱旋だ」
「ちょっと気恥ずかしいかも」
 それぞれた歓声に応える。百合歌が兵士たちに向けて微笑みを浮かべた。
「――Finale」