●リプレイ本文
死に瀕する少年の願いを聞き届けるため、六人の能力者が集まった。
御沙霧 茉静(
gb4448)、夢姫(
gb5094)、皇 流叶(
gb6275)、館山 西土朗(
gb8573)、アクセル・ランパード(
gc0052)、アセリア・グレーデン(
gc0185)。
彼らは探索地点の目星を付けるため、少年と共に戦った傭兵から話を聞くことにした。
「ホントは俺も手伝えりゃ良かったんだけど‥‥他に外せない依頼があるんだ」
「構わねえよ。それよりも、詳しい状況が知りたい。この地図を見てくれ」
西土朗が地図を指し示しながら、壮年の男と話を進める。残された時間は少ない。それでも西土朗は急かすことなく、傭兵からしっかりと情報を聞き出した。
「水分補給をしたのは‥‥この川なんだが、正確な場所はわからない。多分、この辺かな。森に入った方角は北だ、ここは間違いないな。森の中はそんなに長時間居なかった。せいぜい、二、三時間ってところかな」
「少年の右手は? 回収されたのですか?」
アセリアが尋ねる。
「いや、そこまでは気が回らなかった。多分、まだどっかで転がってるんじゃないか」
「バングルもだけれど、出来れば失った少年の右手も探し出したい‥‥」
茉静が呟くように言う。
「少年の意識がある内に、エミタを取り付けられればあるいは‥‥」
「俺だってあの子にゃ助かって欲しいよ。でもそりゃあ‥‥無理だろ」
茉静のその言葉に、壮年の男が悲しげに呟いた。
「助かるかは、わからない。けれど‥‥諦めるほど聞き分け良くも無いのだよ」
茉静だけではない。流叶も同じ気持ちだった。
余力があればエミタも見つけ出したい。少年が命を取り留める可能性が僅かにでもあるなら。
流叶は男に向き直り、言った。
「ゼロでない限り、試してみる価値はあると思いませんか?」
「だって、一度切れたモンだぜ。有り得るのかよ‥‥」
「可能性は低いかもしれない‥‥だけど‥‥最後まで希望は捨てたくは無いから‥‥」
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情報を集め、準備を終えた六人は戦場となった森へ向かう。時刻は正午前。日が沈むまでがタイムリミットになるだろう。太陽が隠れてしまえば、森は暗闇に包まれる。目の前すらおぼつかない闇の中で、たった一つのバングルを探し出すことはできない。
六人は班を三つに分けて、森の探索を開始した。
班Aはアクセルとアセリア。二人はキメラの死骸を中心に、少年のバングルを探す。
「悲話はもうたくさんです‥‥あの少年、助けられると思いますか?」
アセリアに向かって、アクセルが尋ねた。少年の右手が回収されているかを尋ねたのは彼女だ。
エミタを肉体から切り離され、少年の身体は壊滅的なダメージを受けている。簡単に医師の説明を受けたが、助かる見込みはないらしい。
アクセルの問いに、アセリアは首を横に振った。
「死の淵から助けようとは思わない‥‥本人が覚悟している以上、それは尊重されるべきことですから‥‥」
それでも彼女は、少年の失った腕も見つけ出そうとしていた。せめて心残りは取り除きたい。それがアセリアの思いだった。
「俺は‥‥死に逝くなら、せめて望みは叶えてやりたい。最悪でも五体満足な身体に。天国で家族を抱こうにも、手が無い、では寂しすぎますから」
その言葉に、アセリアが頷く。
「自分の身体‥‥一部であっても無くしたまま逝かせるのは忍びない」
巨木が何かの力で切り倒されている。恐らく、これが情報にあった倒れた木だろう。近くにはキメラの死体も複数転がっている。
「A班です。戦闘のあった場所に辿り着きました」
無線機を使い、アクセルが仲間たちに報告を行う。
アセリアは【豪力発現】で筋力を高めると、自分の何倍もあるキメラの死骸を易々と持ち上げた。バングルが下敷きになっていないか、入念にチェックを行う。
血と肉片の飛び散る凄惨な景色の中、アクセルは怯まずに草むらを掻き分けて進む。たとえ戦地の惨状を知る同じ傭兵とは言え、女性に見せたい光景ではない。彼は血と死臭の濃い地点を積極的に探索した。
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「このまま死なせる訳にはいかない。ただ私に出来ることを、精一杯やるだけだ」
流叶の瞳孔が猫のように窄まる。『覚醒』により感覚を研ぎ澄ませて、キメラと人間の血を嗅ぎ分ける。切り捨てられたキメラの死骸。この場所で戦ったでろう戦士たちの血の臭い。
覚醒時の血に飢えた感覚。当人にとっても決して愉快な方法ではない。覚醒への恐怖もある。だが、今は方法を選り好みしている場合ではなかった。鋭敏になった嗅覚が戦闘の形跡を感じ取る。
「私にも妹がいるから‥‥大切な妹を失ってしまった辛さ、どれほどか‥‥考えるだけで、怖くて、悲しくて‥‥泣きそうになる」
夢姫は悲しげに呟いた。少年と同じように妹を持つ彼女には、少年の気持ちが良くわかるのだろう。
でも、と彼女は続けた。
どんなに悲しくても、生きることを放棄しないでほしかった。妹さんは、後を追うことなんて、きっと望んでないはずだから。
風が葉と梢を揺らす音、虫たちの鳴き声に混じり、二人に耳に水の流れる音が聞こえた。
方位磁石を手に、流叶が方角を確認する。
「森に立ち入ってからの時間を計算すれば、傭兵たちが水を補給した地点は近いな」
それに、微かだが人の血の臭いが風に混じる。交戦の跡が近かったのだろう。周囲には人間の踏み入った足跡も残っている。
「夢姫殿。まずはここを中心に探索を始めよう。水の中も、木の上も、見落としが無いように着実に、だ」
「うん。私は辺りの草むらを探すね。それから、川に落ちていないかも。バングルが流されちゃうかも知れないから慎重に」
夢姫が磁石を付けた棒で、辺りの草むらを探る。探さなければならない範囲は広大で、なおかつ時間は少ない。見落としのないよう慎重に探しつつ、何もないようであればすぐに次を探す。フェンサーとしての身軽さを活かし、広い範囲の探索に当たった。
彼女は磁石をぶら下げて歩いている。砂鉄のない森の中では、金属製の何かが落ちていれば引っ付くかも知れない。今のところ、何に使われていたのかわからないネジとクギがくっついている。
付近に何もないことを確かめると、流叶は『迅雷』を発動する。瞬時に長距離を移動し、今度は移動した先の周辺を探索する。
「これは‥‥?」
川の上流に、血に塗れた布を発見した。まるで誰かの傷の手当てに使われて、そのまま放置されたかのようだった。
もし少年の傷の応急処置がこの場所で行われたなら、彼が傷を負った場所も近いかも知れない。失われた少年の右手も、あるいは近くに‥‥
「こちらC班。傭兵たちが補給に使ったと思われる水場を発見しました。周囲の探索に当たります」
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B班、茉静と西土朗の二人は、A・C班の探索地点の中間を捜す。
西土朗は帰り道の目印になるよう、アーミーナイフで木々に印をつけていた。少年の下へバングルを届けるためには発見後、迅速に森を抜ける必要があるのだから。
『探査の目』を発動させ、周囲に光る物体がないかを確認する。だが、バングルらしきものは見つからない。
茉静は黙々とバングルを探す。無口で淡々とした口調をするが、少年を何としても救い出したいという気持ちは強い。周囲を探索し、何もないことがわかれば『迅雷』で次の地点に向かう。そうして広範囲を探索し続けていた。
六人が探索を始めてから、すでに数時間が経過していた。バングルはまだ見つからない。太陽は徐々に沈みかけ、森の中は薄闇に飲まれ始めていた。
このまま夜になれば、捜索を続けるのは難しいだろう。少年の容体は一刻を争う。明日の朝まで命があるという保証はどこにもない。
『そちらは見つかりましたか?』
「いいえ‥‥しらみ潰しに探しているのですが」
無線機から伝わる仲間の声にも、疲労の色が見え始めた。
「なぁに、まだ時間はあるさ。どっかに見落としがあるのかも知れねえ。徹底的に探そうぜ」
西土朗が仲間を励ます。この男は普段と変わった様子はない。たとえ胸の奥に秘めた想いがあろうとも、決してそれを表に出すことはしなかった。
邪魔な雑草をアーミーナイフで払い、西土朗は進む。
『こちらC班。少年のものと思われる右手を発見しました』
無線機の向こうから、流叶の声が飛び込んでくる。切り落とされた少年の手は、水の中で発見されたらしい。切断された肉体を繋ぎ合わせるのに、どれだけ時間が経てば手遅れになるのかはわからない。だが、指などの肉体が欠損した場合、冷やして保存すれば縫合が可能となることもある。何かの拍子に川へ落ちたのだろうが、少年の手が水中で発見されたのは僥倖だろう。
「必ず少年の下へ届けましょう‥‥」
希望を捨てなければ、奇跡は起こる。茉静はそう信じていた。
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エミタの埋め込まれた右手が発見され、彼らは元気を取り戻していた。そう、後はバングルさえ見つかれば。
だが、すでに目星の付く地点は探索し尽くしていた。仲間たちに通信をするが、首尾は良くない。このままでは、時間がなくなってしまう。
「これでなければ、他に考えられる場所は‥‥」
アクセルとアセリアが目配せする。周囲に見当たらず、他班からの発見報告もない。
「飲み込んだ可能性も否定できない‥‥しかし、飲み込んでさほど時をおかずに生命活動が停止しているとするなら‥‥」
キメラの死骸の前に立つと、アセリアは『イアリス』を構えた。一撃でキメラの首を落とし、機械剣で喉から腹にかけて縦一文字に切り裂く。
義手の左手で胸のあたりに手を突っ込み、喉から繋がっているキメラの消化器官と思しき部位を引きずり出した。胃らしき部分を機械剣で割って、左手を突っ込んで調べる。
切り裂かれたキメラの死体からは、酷い悪臭がする。だが、少年の最期の願いを叶えるためだ。二人は迷わずにキメラの死体を解体した。
誤ってバングルごと切断しないよう、アクセルは慎重に末端から死体を分解する。死体を細切れにしても、バングルは見つからない。
太陽が西に霞む稜線の彼方へ沈みかけている。陽光が消えるまでに、あと数分もないだろう。
徐々に焦りが生まれる。だが、ここで諦めるわけにはいかない。
無線機の向こうから仲間たちの声が聞こえる。
『地面の窪みや物陰、木の枝にも引っ掛かっていないか‥‥必ず、どこかにあるはず』
『諦めるなよ。最後の最後まで、徹底的に探すんだ』
『もう一度水の中を探してみます。夢姫殿、そちらを任せる』
タイムリミットが迫っても、彼らの誰一人として、絶望してはいなかった。
「どこかに見落としがあるのかも知れない。アセリア、俺はもう一度樹上を確かめてみる」
「任せます。キメラの解剖は私が」
アクセルは跳躍すると、木々から伸びる太い枝を掴み、上った。入り組んだ森の中では、多くを見渡すことは出来ない。
最期の助力と言わんばかりに、夕日が森を真っ赤に照らし出した。日が沈む直前の、最期のきらめき。
一瞬、樹上が燃え上がるように真っ赤に光った。その光を受け、輝きを返す『何か』が見えた。
アクセルの目に、それは確かに映った。太い木々の上に作られた、鳥類の巣。細木で組まれた巣に隠れるように、金色のバングルが置かれている。
「見つけた‥‥!」
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彼を診ていた医者の判断で、奇跡の可能性を信じて手術が行われた。発見された右手は、少年の腕に繋ぎ合わされている。
だが、失われた少年の意識は戻らない。奇跡は起こらないのだろうか? 心電図に表示される波形が、少年の命が消え掛けていることを物語っていた。
天涯孤独の少年を看取る家族は、この世界にいない。だが、最期の願いを叶えた六人の仲間が、今は彼を見守っていた。
すでに生命の炎が消え掛けている少年は、その生涯を終えようとしている。
「あなたの家族、見つけてきたよ。これからは、家族みんな、ずっと一緒だよ」
人間の五感の中で最後まで残っているのは、聴覚という。たとえ意識が戻らないとしても、少年に伝わって欲しい。
耳元でささやくと、血糊が拭われた金色のバングルを少年の手に通す。
意識のないはずの少年。その唇が微かに動いた。動きは弱々しく、漏れた呟きは言葉とならずに掻き消える。
それでも、彼らの耳には届いていた。
最期の瞬間、確かに少年はこう言った。
「ありがとう」