●リプレイ本文
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鬱蒼と木々の生い茂る森の中、依頼を受けた六人の能力者たちがキム・ジャファンの捜索に当たる。
二人ずつ三班に分かれ、森を歩いていた。
「お爺さん、無事だといいのですが‥‥俺に出来る精一杯のことはさせてもらいます」
緑(
gc0562)が呟く。彼と同じ班で行動しているティム・ウェンライト(
gb4274)も、緑の言葉に頷いた。
「大切な物を奪われた気持ちは俺にもわかる。けど、キムさんが死んだら悪い循環に入るだけだから‥‥」
絶対に連れて帰る。ティムが決意の言葉を口にした。
緑の覚醒に影響され、周囲の木々がざわめいている。キメラの注意を引いてしまうだろうか? だが、老人が狙われるよりも、矛先がこちらに向くのなら、そのほうが良いだろう。
他の二班と連絡を取りながら、森の奥深くに向かって行った。
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「キム様の救助を第一、次にダイダラの退治」
メシア・ローザリア(
gb6467)はペイント弾を使い、来た道筋に印を付けながら進んでいた。かなり奥まった場所まで進んでいるが、まだキム老人の姿は見つからない。
ただ進むだけでなく、『探査の目』による周囲への警戒も怠らない。野生動物でもキメラでも、接近する姿があれば絶斗(
ga9337)へ警告を発した。
「ウオオオオオオオ!!」
絶斗は叫び声を上げながら、犬型の野良キメラを『狂戦士の斧剣』で粉砕する。
ついでとばかりに、冬眠から覚めたばかりの熊を蹴散らす。
「これではどちらがダイダラが、わかりませんわ」
「ウォオオオオオ!!」
本物のダイダラも、キム老人の姿もまだ見えない。更なる森の奥を目指して、二人は進む。
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老人の捜索を行いながら、勅使河原 恭里(
gb4461)は周囲の地形を見ていた。何かに倒されたような太い木々と、苔生した岩。しばらく歩いていると、木々も転がる岩もない、開けた場所を見つけた。誰かが野営でもしていたのか、焚き火の跡が見えた。
更に奥を目指して歩く二人に、腹を空かした狼たちが接近する。キルス・ナイトローグ(
gc0625)は慌てる様子もなく、手にした槍『グラーヴェ』を振り払った。
「キメラならいざ知らず、たかが猛獣ごときではな」
狼の群れを薙ぎ払い、冷静にキルスが言う。
老人を探す二人の耳に、ずしん、と何かの足音が響いた。
「キルス、聞こえたかよ?」
「ああ」
音は段々と近付いてくる。二人は武器を構えたまま、音の出所を探った。
狼たちをエサとしていたのだろうか。獣の死体を抱えた巨体のダイダラが、木々の間から姿を現した。
「恭里だ。ダイダラを見つけた!」
無線機を使い、仲間へ連絡をする。二人を敵と認識したのか、ダイダラは戦いの雄たけびを上げた。
「外れモノとはいえ、キメラはキメラ‥‥仕留めぬ道理は無い」
キルスが槍を突き出す。穂先はダイダラの肩をかすめた。恭里は素早く敵の足元に潜り込むと、曲刀『榠櫨』でダイダラの足を狙う。刃はわずかに皮膚を切り裂く。
ダイダラの狙いを自分に定めさせると、恭里は『迅雷』で瞬時に駆ける。木々に覆われた森の中で、長距離の移動は出来ない。だが、敵を引き付けるために距離を稼ぐことくらいは出来る。
ダイダラは恭里を追うように、地面を踏みしめて走り出した。
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遠くに残響する叫び声が聞こえる。間違いない、忌むべきキメラの声だ。
「待っておれ‥‥もうすぐ仇を取ってやるぞ!」
咆哮が近付いてくる。木を背中に、敵の接近を待つ。キムはショットガンを両手に持ち、木の影から飛び出した。
「邪悪なキメラめ! ワシの怒りを‥‥」
尻すぼみに、老人の声が小さくなる。
「ウォォオオオーッ!」
斧剣を振り回し、絶斗が犬型のキメラを叩き切った。ついでとばかりに、野生の狼を蹴散らす。
ダイダラの姿はどこにも見えない。そこに居るのは黒い闘気をまとった絶斗と、優雅に構えるメシア。
「な、なんじゃキサマら!?」
「キム様ですね。お迎えに上がりましたわ」
「迎えにじゃと? ふざけるな、ここまで来て引けるものか!」
ショットガンを握り締めて、老人は憤慨する。
「もはや神罰など待てぬ! ワシの手で外道に鉄槌を食らわせてやるのだ!」
老人の言葉に、二人は飽きれたように顔を見合わせた。
「それに、キサマらじゃって戦うのだろう。キメラと‥‥」
「わたくし達は」
老人の言葉をメシアが遮る。
「無為に命を散らす訳ではありません」
微笑をたたえた優雅な表情は変わらない。だがその眼光は鋭かった。
「そ、そんなもの、ワシだって‥‥」
「憎悪に駆られた者は特攻し帰ってこない。それが新たな憎悪を生み負の連鎖が積まれる。戦うなら生き残る戦いをなさい、わたくしに逆らう事は許しませんわ!」
ピシャリと言われ、老人が言葉をつむぐ。もはやそれ以上、何も言い返せずに老人は肩を落とした。
「皆様に報告しなければいけませんね」
メシアが別働の二班に報告を出そうとした時、無線機から通信が飛び込んだ。
『恭里だ。ダイダラを見つけた!』
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「キムさんの保護が最優先だよ。緑さん、俺たちも向かおう」
「ええ、ここからならすぐです」
メシアからの報告を受けて、ティムと緑はすぐに合流する。キム老人に怪我はないようで、ムスリとした表情で黙って立っていた。
「ここまで来たら、おじいさんを一人を追い返すのは危険だと思います。それよりも、守りながら戦おう」
森の中には野良キメラや猛獣もいた。帰り道も無事であるとの保証はどこにもない。
無線でお互いに状況を連絡しあう。ダイダラと遭遇した恭里・キルス班は、敵を森の開けた場所まで誘き出していた。
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三班が合流する。敵を引き付ける恭里の援護をするため、四人はすぐに交戦の構えに入った。
「‥‥無事で何より。孫娘が心配していたぞ」
キルスの言葉に、老人は何も答えずに黙っている。返事を待たず、キルスは続けた。
「とはいえ、御老人の気持ちも分かる。私もバグアに仕事を奪われた身の上だからな。これから御老人の畑を荒らしたキメラを討つ。せめてその様を見て、溜飲を下げてくれないか」
予想していなかった言葉に驚き、老人はキルスを見る。その時にはすでに、キルスはグラーヴェを構えて駆け出していた。
恭里が手にした剣でダイダラの足を狙う。巨体さ故に、足元ががら空きになっている。向こう脛に切り掛かると、ダイダラは痛みに呻いた。恭里を踏み潰そうと、傷付いた足を思い切り振り上げる。
目にも留まらぬ速度で恭里はその場を離れる。『迅雷』による一撃離脱。足を振り下ろしたダイダラは、標的を見失い周囲を見回す。
その隙を逃さず、キルスがグラーヴェを突き出した。一撃を食らったダイダラは、再び怒りの咆哮を上げる。
ダイダラは巨漢に似合わない素早い動きで、野獣のように拳を振り下ろした。槍で受け止めるも、衝撃を受けてキルスが地面に倒れる。
標的をキルスに定めたダイダラが、素早い動きで駆け寄って来る。その背後に緑が矢を射掛けた。予期せぬ方向からの襲来に、怒りに血走った顔でダイダラが振り向く。
緑の覚醒により、周囲の木々はざわめいている。緑自身の体も淡く発光し、ダイダラの目を欺くのに役立っていた。
再び接近した恭里がダイダラを向けて刀を振り下ろす。刃は掠り傷を負わせたに過ぎないが、敵の目を引き付けるには十分だった。
ダイダラは即座に恭里に対して身構えると、素早く拳を突き出す。唸りを上げて迫る剛拳をすんでのところで避ける。拳は恭里の背後に立つ木を直撃し、真っ二つにへし折った。
視界の外から絶斗が迫り、ペルシュロンによる鋭い足蹴りを食らわせる。ダイダラの巨体がよろめき、真っ赤な目で絶斗を睨み付けた。
「こいつ、目の前の敵しか見えてねえ。こっちは多勢だ、手数で押し切るぜ」
絶斗が敵の性質を見抜き、弱点を仲間に告げた。いくら凶暴なキメラといえど、弱点さえ見抜けば脅威ではない。
能力者たちの連携と矢継ぎ早な攻撃に翻弄され、ダイダラは怒りの咆哮を上げる。
ティムはキム老人を庇うように立ち、メシアは優雅に構えながらも、どんな事態にも対応できるように警戒を怠らない。
これが能力者たちの戦い。老人はその光景を見る。もし自分が同じように戦えたのなら、大切なモノたちを守れたのだろうか。
「ワシは‥‥ワシはやるぞ!」
ショットガンを構え直すと、キム老人はダイダラに向かって駆け出した。
「バカ、やめろ!」
老人の行動に気付いた恭里が静止の声を上げる。だが、間に合わない。キムはショットガンをダイダラに向けて構えた。
「バケモノめ! キサマが奪った命の重さを思い知れ!」
バン、と轟音が響く。硝煙と閃光が、老人の視界から一瞬だけダイダラの姿を隠す。
銃弾はフォースフィールドに阻まれ、ダイダラに掠り傷一つ付けられない。衝撃を受けた様子すらなく、ダイダラは老人を見下ろしていた。
「バ、バカな‥‥ここまでとは!」
人知を超えたキメラの能力を目の当たりにし、老人が驚愕する。
攻撃を仕掛けて来たキム老人を新たな敵として認識する。ダイダラが二本の腕をハンマーのように振り上げた。
「危ない!」
ティムの姿がかき消えるようにゆらめき、一瞬で老人とダイダラの前に立ちふさがった。
ダイダラの拳が叩きつけられる。ティムの構えた盾が一撃を受け止めた。衝撃が大地を揺らし、ティムの立つ足元の地面が陥没する。
そのままティムの体を押し潰すかのように、残された四本の腕が叩きつけられる。
六本の腕すべてを使い、ティムを押し潰すように力を加える。桁違いの怪力に、ティムの肉体に重圧が掛かる。キム老人が驚きと恐怖の眼差しで、ティムを見ていた。
(「わたしには敵を倒す剣士としての資質はないかもしれない。だけど‥‥」)
ここで耐えなければ、二人まとめてやられてしまう。負けじとティムは、盾を構える両腕に力を込めた。
「誰かを守る盾になりたい‥‥いえ、なってみせる!」
押し潰されるような重圧を受けて、それでもティムは怯まなかった。
「皆様、照明弾を使いますわ」
メシアが照明弾をダイダラに向けて放つ。眩しい光が網膜を貫き、ダイダラが絶叫する。ティムへの攻撃を止め、顔を抑えて呻いた。
「堅実に、華麗に参りましょう‥‥不測の事態にも対応できるように」
空いている手を振り回し、ダイダラが滅茶苦茶に暴れまわる。拳の風圧がメシアの髪を撫でた。
「美しき薔薇には棘がある。身の程知らずと知りなさい!」
超機械「クロッカス」を向けて、ダイダラに追い討ちを掛ける。発生した電磁波が巨体に衝撃を与えた。
その隙を逃さず、キルスが小柄な老人を抱え上げた。ダイダラの視界から離れた場所まで退くと、老人を降ろした。
「御老人、無茶をし過ぎだ」
「怪我はありませんか?」
ティムが尋ねると、キム老人は真っ青な顔でコクコクと頷いた。
「ワシは‥‥」
呆然と老人が呟く。衝撃で傷を負ったのだろうか、ティムの両手には血が流れていた。
「こんな子に怪我を負わせてまで‥‥ワシはいったい何を‥‥」
「じいさんよ。確かにこの世界に神はいないのだろう‥‥だが、代わりに俺たち能力者がいるんだぜ」
ショックを受けている老人を諭すように、絶斗が言った。
「故郷で眠ってる人達に平和と言う華を手向けるために、俺は生きて戦っている‥‥爺さんの気持ちは分かるが、生きることでしか成し得あいことがきっとある‥‥だからあまり先走るなよ」
怯んだダイダラの背後に、恭里が接近している。相手との密着状態から、体を地面と平行方向に回転させ、一撃を叩き込む。『円閃』による鋭い一撃が、固い皮膚を刺し貫く。満身創痍のダイダラががくりと膝を付いた。
「これで、トドメです」
緑の全身から炎のようなオーラが吹き上がる。眩しい光の中、弓を構えた。
放たれた弾頭矢はダイダラの顔に直撃した。『紅蓮衝撃』により破壊力を増した矢が爆発を起こす。
ダイダラは断末魔の叫び声を上げると、地面に崩れ落ちた。
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森の中から絶斗の叫び声が響く。ダイダラを退治した後も、野良キメラを一掃するために暴れ回っているのだ。暴れることが目的なのか、もはや傭兵の皮を被ったダイダラである。
「‥‥良い散弾銃だ。まだこんなものがあったとは」
キルスは手にした散弾銃をしげしげと眺めた。バグアが現れるよりも前に作られた、前時代的な銃器。対キメラ用に作られた武器に比べれば、骨董品のようなものだ。だが、だからこその魅力というものがある。
もはや老人には必要ないものだという。譲り受けた散弾銃を弔砲代わりに、キルスが上空に向けて散弾を放った。
「食われる事無く散った野菜たちへの、せめてもの弔いだ」
戦いは終わった。老人のために、農園の復旧を手伝ってもよいだろう。キルスは家庭用工具セットを片手に、そんなことを考えていた。
報告を受けた孫娘はすぐに彼らの元に駆け付け、老人の無事を確かめると涙を流した。
「ったく、年寄りが突っ走りやがって。そんなんでカタキが討ててりゃ、誰も苦労してねぇよ‥‥それだけの元気があんなら、来年もまた野菜を作ることもできんだろうよ。まだ、渡り急いじゃいけねぇぜ?」
恭里の言葉に、老人は黙って頷いた。
「この娘に心配をかけてまで‥‥あなたは何がしたかったのですか? 残される人のことを考えて下さい」
礼儀正しく誰にでも優しい緑も、珍しく苦言を呈していた。
メシアはもはや何も言わず、優雅な笑みを崩さずに居る。
キム老人は孫娘を抱き寄せて、ボソボソと呟いた。
「すまんかった‥‥ワシはただ‥‥」
言葉が詰まる。それ以上、老人は何も言わなかった。ただ孫娘を抱き締めて、皺の刻まれた目元に涙を浮かべていた。