タイトル:狂おしい程の時を経てマスター:羽月 渚

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/20 14:26

●オープニング本文


 ――アメリカ合衆国アリゾナ州、都市フェニックス
 夜も街の明かりが消えることのない、米国でもかなりの規模を誇る大都市フェニックス。
 その少し外れにある巨大な建物――通称『グレイブ』では、今宵、かつてないほどの混乱に包まれていた。
「はっはっ‥‥」
 飛び交う警報アラーム、更に時折響くは発砲音まで。そんな、事の状況が好ましくないのは見て取れる建物内を走る1人の男。
「はっはっ‥‥‥‥。はは、ははは、自由だ。俺は遂に自由を手に入れたんだ!」
 吐く息は荒く、胸から大量の血液が全身を循環するなか、やがて乱れた息を男は笑い声へと変化させる。
 周囲に絶えず気を配りながらも、まるでその様子は狂った獣に近しい彼。良くみれば、彼の首元にはNo.8との刻印が刻みつけられているようだ。

 ――時は、15分前に遡る。
「ちっ、今日もクソ不味い飯を食わせやがって‥‥」
 時刻は午後8時を過ぎた頃。首筋にNo.8と刻まれた男、リオンは、相変わらず味の極めて薄い料理に顔を顰める。
 ココに入れられてから何十日が経過したのか。まだ1年は経っていないとはいえ、体感としてはその倍以上に感じられてしまう長い時間。
 昨日も、今日も、そして明日も、この灰色の壁と向かい合いながら生きていく――そう考えただけで、彼の気は狂ってしまいそうな程だった。
「見てろよ、あの犬どもが。何時か俺がこの手で殺してやる」
 唇を噛みしめながら、リオンは電灯以外何もない天井を見上げ吐き捨てる。
 だが、そんな願いも結局は無駄なことぐらい、彼も解っていた。ただ、それでもこの現実を受け入れたくはなかったのだ。
 そう、何もできず、誰からも看取られず、歴史に残ることもなくやがて死んでいくであろう、実につまらない現実を。
「寝るか‥‥」
 ここでは、考えることに余計なエネルギーを使う事すら憚れる。寝て、起きて、また寝て。その途方もない繰り返しの中、彼が唯一の安らぎを見出せたのは夢の中だけだったのかもしれない。
 そう、今日までは――

『緊急警報が発令されました。係員は至急現場へと急行して下さい!』
「何だ!?」
 床について数分後。突如として耳に響いた轟音に、彼は飛び起きる。瞬間、彼の目に飛び込んできた光景はあり得ないものだった。
「な、牢が‥‥開いている、だと‥‥」
 毎日嫌というほど見なれた鉄格子。能力者の彼でも、決して素手では破壊できない特殊金属の練りこまれた幾重もの柱。更に、それと2重で連なる厚さ5センチにも及ぶ特殊アクリル板。
 そんな、グレイブの誇る堅牢な牢の入り口全てが、あろうことか完全に解放されているのだ!
「おいおいマジかよ‥‥。はっ、今日ばかりは神を信じるとするか!」
 静かにほくそ笑み、すかさず独房から出るリオン。その横に隣接する牢からも、同じく捕らえられていた者たちが溢れだしてくる。
「出口だ、まずは出口を見つけねぇとな! おっと、その前に武器を見つけて看守の1人ぐらい殺っておくか」
 何度願っても、決して叶うはずはなかった希望。だが、今彼の目の前にあった彼と世界とを遮断する壁は存在しない。自由――その一言が彼の全身を駆け廻り、久方ぶりに脳内を興奮が包み込む。

「一体何が起きたと言うのだ‥‥。独房の様子は‥‥」
「よお、良い得物持ってんじゃねぇか! ちょっと俺に借してくれや!」
「!?」
 緊急警報が建物内に鳴り響いてから僅か1分余り。まず巡回で見回りに当っていた警備員の1人が、事の騒ぎに動揺しつつも牢の状態を確認する為、足を急がせていた。
 彼の向かう先は、危険度Sの重犯罪者収容エリア――2階、特別独房室。
 が、入り口に達した瞬間、誰かの腕が首に絡みつき、腰に備えていたアサルトナイフが一瞬で抜き取られる!
「くっ、貴様何を‥‥!」
 発言し終える間もなく、ビクンと痙攣する身体から血飛沫が吹き出す。
 強烈な首の圧迫により意識を遮断された後、成す術もなく自らの武器でその喉笛を掻き切られていた男性。
 消えゆく彼の視界には、黒く描かれたNo.8の英数字だけが残っていた――


 アリゾナ州、フェニックスが誇る要塞、グレイブ。『またの名を、能力者専用拘禁所』。
 ここは、主にアリゾナ州域を中心とした、能力者の犯罪者が送り込まれる特別収容施設でもある。
 本来は 近くにバグアとの競合地域を抱えるフェニックスにおいて、あらゆる情報を統括する軍事的要塞を意図して作られた施設なのだが、同時にその機能性を活かし能力者の重犯罪者を拘禁する特別施設としても活用されていたグレイブ。
 特別製の独房を有し、今まで数々の犯罪に手を染めてきた能力者を収容することに成功していた本施設だったのだが、そこが今、何者かの手によって襲撃を受けていたのだ。

「まずは最優先で収容者の確保、及び爆破を実行した敵の制圧に当たれ!」
 響く場内アナウンスに負けんばかりの声で一喝するは警備班のリーダー。事の発端は、突然行われた施設爆破と並行しての、何者かによる情報処理センター【第3室】への侵入が始まりだった。
 情報処理センター【第3室】。合計5室ある情報制御室うちのひとつである第3室の役割は、拘禁所の情報システムの管理――つまり、拘禁所内のあらゆる警備システムの統括が主目的である。
 もうお解りいただけたであろう。つまり、ここを敵の手によって押さえられた為、特別独房室を始めとする、拘禁所内での警備システムが全て停止する破目となっていたのだ。
「くそっ、バグア一派の仕業か! 慌てるな、まずは施設内の閉鎖を。何としても囚人を外に出すわけには‥‥」
 焦る表情を隠しながら、無線を片手に警備員に指示を飛ばす指揮者。だが、
「こんばんは、今日は熱い夜だね」
「なっ!?」
 突如耳に伝わる声。その方向へ振り向いた瞬間、自らの両足が無残にも弾け飛ぶ。
 痛む暇すらなく原型を失った彼の横には、黒い人影が1つ不気味に佇んでいる。

 狂おしい程の時を経て、解放されし罪人達。混乱は更なる悲劇を呼び、不死鳥の名を持つ都市には赤い雨が降だろう。
 お気をつけなさい。あなたのすぐ後ろには、刃を持った獣が潜んでいるのかもしれないのだから――

●参加者一覧

鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
L3・ヴァサーゴ(ga7281
12歳・♀・FT
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
秘色(ga8202
28歳・♀・AA
伊万里 冬無(ga8209
18歳・♀・AA
大鳥居・麗華(gb0839
21歳・♀・BM
二条 更紗(gb1862
17歳・♀・HD
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

「何やら外が騒がしいのう。一体何事じゃ」
 突如として鳴り響いた警報を聞き、黒色の髪と瞳が美しい秘色(ga8202)は、首をかしげながら窓の外を覗きこんでいた。
 ――アリゾナ州、グレイヴ
 ここは、アリゾナ州のフェニックスに位置する、特別要塞施設。その内部に設立されている建物の中には、今回グレイヴの軍事施設見学に来ていた能力者達の姿が。
「何か見えますか、秘色さん」
「随分と人が慌てているようじゃが。あれは‥‥どうやら煙もたっているようじゃの」
 一通りの見学を終え、自慢の最新システムなどを確認できた能力者達は休憩所にて談笑していたのだが、そこに突然響いた警報音。
 最初は何が起きたかも分らない8人のうち、窓から外を眺めた秘色に対し鳴神 伊織(ga0421)は問いかける。
 能力者特別留置所。そう呼ばれる特異的な監獄を有していたここグレイヴ。どうにも、秘色が見た限りではその周囲から白煙が立ち込めているらしい。
「何があったかは気になるけど‥。別段、心配しなくても大丈夫だと思うわ」
 煙が見えると言うことは、何か事故が発生した可能性が高い。しかし、椅子に座ったまま飲みモノを口にする風代 律子(ga7966)は、特に慌てる様子もなく落ち着いていた。
 いや、彼女だけではない。真っ先に休憩室の窓へと向かった秘色も、彼女に問いかけた鳴神も、くつろいでいた能力者は全員騒ぐ様子はないようだ。しかし、それもそのはずだった。何故なら
「何せ、これ程の施設だものね。ある程度の不測の事態には、対処できるはずよ」
 そう、ここはフェニックスが誇る要塞施設だ。風代が言うように、あらゆる事態に対処する為の設備と人員は揃っている。まして、ここにいるのは、その設備をたった今まで見学していた8人。
 どう考えても、我々がわざわざ首を突っ込む必要はない。その思考にいきつくのは容易で、彼女らはこのまま何事もなく帰路に着く――はずだった。
「た、大変です! 拘置所が、バグアの襲撃に!」
 息も切れ切れで駆けこんできた、係り員の一言を聞くまでは。

●成すべき事
「まったくもう。折角のデートだったのに台無しですね」
「何時も何時も突然やって来て、あの時の様に破壊していくんですわね‥‥。ふ、ふふふっ」
「‥‥麗華さん?」
 バグアからの襲撃を受けたとの報せを受け、一斉に飛び出した能力者達。外に出るや否や、既に騒ぎが大きくなっている様子は見てとれたが、周囲を見渡しつつ大鳥居・麗華(gb0839)は不敵な笑みをこぼす。
 そんな彼女を見て、少し意外な顔をして見せたのは伊万里 冬無(ga8209)だ。好戦的な彼女ならともかく、麗華がここまで敵を前に興奮しているのも珍しい。が、元々バグアに対し麗華は大きな憎悪を抱いてる。おそらくは、それが今回彼女を奮い立たせる原因ではあろうが。
「斯様な処にて‥‥襲撃? 迅速なる‥‥鎮圧、必要」
 一方、未だ情報が錯乱している中、大剣を担いだL3・ヴァサーゴ(ga7281)は、麗華達に続きつつ小振りのポーチから道具の確認を同時に行っていた。
 その手に握られているのは2個の閃光手榴弾。まず彼女達は、確認できた情報をもとに拘置所へと急いだのだが、如何にも今回最初に襲撃にあったのは、拘置所の警備システムを司る情報処理室らしいとのことだった。
 その為、自ずと最初にすべきことは決まってくるのは言うまでもない。まずは、何としても事件を起こした黒幕を逃がさずに制圧しなくては。

「この混乱だ。最悪、囚人が脱走している可能性も大だね」
 徐々に見えてきた3階建ての建物を見据えつつ、鳳覚羅(gb3095)は真っ先に頭をよぎる懸念材料を危惧する。
「既に連絡の途絶えた警備兵もいるようですからね。その可能性は高いかと」
「はは‥‥。これは簡単にはいかなさそうだね」
 だが、その考えは最悪な形で実現する破目に。AU−KVを取りに行っていた二条 更紗(gb1862)が合流すると同時に告げた一言は、鳳にやれやれと溜息をつかせるには十分なものであった。
「即席ですが、情報処理室の制圧と囚人の捕縛班に分かれる必要がありそうですね」
「だね。とりあえずは、1階の制圧からかな」
 二条の一言で迅速に各々の役割を理解する8人に加え、途中増援に駆け付けたカイン・クレシア(gz0187)も含めて9人。まずは、拘置所の状況確認へ。

「入り口‥開けますよ」
 拘置所裏口。表からの侵入は不味いと判断し、裏口に回った9人は、まず裏口の扉を切り開くことに。
 鳴神の静かに振るわれた斬撃。同時に、開いた穴から全員は素早く散開する。
 まずは中の確認――クリア。次いで2階と3階へ。
「こちらの動きを悟られたら逃げられる可能性があるわね。監視カメラには気をつけないと」
 工作員として侵入の高い技術を有していた風代は、慣れた様子で跳躍。
 瞬天速と合わせて監視カメラの網を潜り抜ける。
「ここで一旦別れましょう」
「了解じゃ」
 2階。異様な空気が立ち込める静かな空間。ここは、主に囚人を拘禁している牢がある場所だ。常に全神経を張り巡らせ周囲を警戒しながら、鳴神は囁く。それに頷く緋色。
 任務開始。こうして、未だ全容の見えない敵を前に、いよいよ戦局は本番へ向かおうとしていた――

●能力者専用、特別拘置所
「静かですね‥」
 3階へ昇っていった5人を背に、鳴神は周囲を見渡しつつ呟く。静寂、つい先ほどまで混乱に包まれていたであろう状況とは思えない。
「もしかして、既に外に全員逃げられた後とか?」
「‥‥」
 一度グレイヴの外に出してしまえば、そう簡単に捕まえられない。今回は2階にまだ囚人が留まっていると予測した4人だったが、外の確認をまず行うべきであったか。
「このまま引き返すのも手ですが、一応確認しておきましょう」
 こう提案するは二条。同時に覚醒し、AU−KVに隠れた彼女の髪は銀色に染まる。
「だね。まだ残って脱出の機会を窺っている囚人がいるかもしれない」
 鳳の言い分も尤もだ。まだこの先に犯罪者が潜んでいる可能性は十二分にある。まずは迅速に調査を行う為、5人は2階の奥へと足を踏み出した。


「ここですわね。全員‥‥生かして帰しませんわ!」
 場面は変わり、3階、情報処理室前。足音を立てぬよう進む5人は、室内からもれている灯りを確認していた。どうやら、内部に誰かがいることは間違いない。 
「ヴァサーゴ、閃光手榴弾いきますわよ」
「不備、なし‥‥何時でも、可能」
 息を潜めつつ、麗華とヴァサーゴは向かい合う。
 そして――3、2、1。首の合図とともに、カウントダウン。蹴破られるドア、煌めく閃光――いざ突入開始!


「止まれ! と言われて止まる馬鹿も居ないか。そのまま逃げろよ、じゃないと楽しみが減る!」
 一方、こちらも動きがあったらしい2階。少し進むや否や、急に1人の人影が奥へと走るのを確認した鳴神達は、そのままそれを追いかけることに。
「予想的中、だね」
 二条の制止を促す発言も聞かず、そのまま奥へ走り去る影を数段上回る速度で鳳は駆ける。
 彼の練力を糧に力を与えるケリュネイアブーツ。それに負けじと、機動力が自慢のリンドヴルムに身を包む二条も追従。
 距離、10m、5m、1m――補足!
「捕まえた。動くと後悔する事になるよ‥‥」
「ぐっ」 
 どうやら人影の正体は中年の男のようだった。肩を鷲掴みに、そのまま秘色から借りた手錠を掛けようと鳳が手を差し出す。
 これでこの男から状況を聴ければ。そう鳳が考えた――その時!
「よお、初めまして! お前、すげぇ良い武器持ってんのな!」
「!? 鳳さん、上です!」
 ――ガキィン
 響く金属音。気づけば、天井から奇襲した何者かの一撃を鳴神の鬼蛍と氷雨が受け止めていた。
「くっ‥あなたは‥」
 予想以上に重い衝撃。見たところ相手の獲物はナイフ一本だが、全体重の乗った攻撃だ。反撃に繋げられない鳴神は、そのまま敵を弾き返す。
 そして、そのまま2人を捕縛しようと構えた二条の目に映ったのは
「囚人ナンバー‥‥8」
 警備隊から忠告を受けていた、最も警戒すべき男、アルマであった。

●制圧せよ
「災厄の元を断ち切る為、私は今再び黒き風となる」
 閃光が周囲を彩ると同時に、誰よりも早く風代は敵を捕捉しナイフを突き立てる。出来れば、相手を殺すのではなく無力化に留めたかった彼女。まだ閃光の光も消えないうちに迅速な攻撃を展開した風代だが、ナイフから伝わった感触は人のものではなかった。
「キメラ‥か」
「本命はこっちじゃ!」
 ザクッとナイフを引き抜く風代が呟いた一言に続き、秘色が声を上げる。
 閃光が消え、次第に露わになっていく室内。そこにいたのは、4匹の人型キメラと1人の男。
「ひいっ」
 一般人、であろうか。目を擦りつつ、必死で逃亡しようとする男を囲むようにキメラは動く。
「悪い子にはお仕置きですよ、うふふふっ♪」
 それを見て飛び足した伊万里は、円を描くように2本の斧を回しながら首と頭部へ振り下ろし!
 瞬間、飛び散る血を浴びながら、その横へ潜り込んだヴァサーゴと麗華! それぞれ左右の敵腹部へ一閃。
「ギシャアア!」
「冬無‥追撃‥を‥!?」
「ヴァサーゴさん!」
 が、なんとキメラは傷を負いながらも、ヴァサーゴを鷲掴みにしたかと思えばそのまま彼女を振り回し伊万里と麗華に叩きつける!
「くっ‥」
「きゃん」
 ドガガとそのまま棚へ吹き飛ばされた3人。麗華の豊満な胸がクッションになったとかなってないとかはさておき、伊万里はその痛みに恍惚の表情を浮かべると、再び地を一蹴りし敵へ向かい出す。
「男が逃げるわ! 何としてでも捕まえて!」
 しかし、やはり優先したいのは男の方だ。まずは男を捕縛したい風代だったのだが、ギリギリでそれをキメラが阻まんとする。まずい、逃げられるか?
「邪魔をするでないわ!」
 と、その時だった。誰よりも早くキメラを潜り抜けたのは、蛍火で敵の関節を潰し機動力を削いだ秘色!
「ひ、ひぃ!」
「大人しく捕まった方が、おぬしの為じゃぞ。‥‥と、すまぬな。どうやら先に手が出てしまったようじゃ」
 そして、そのまま逃げる男の首を峰打ちすると、手錠をガッチリ掛けて捕獲完了。グッとそれを合図する彼女。
 さて、となると後は――
「アハハハッ! これで心おきなく玩具壊しに専念できますですね♪」
 言うまでもなく、残ったキメラを駆逐するのみ!
「あぁ‥‥肉を裂き、骨を砕くこの感覚。これです、これが良いんです!」
「冬無‥電算機への、飛び血‥注意」
「あぁん♪ 連れないですね、ヴァサーゴさんは♪」
 相変わらず超近接で敵の攻撃を全身に受けながらも、ズタズタと敵の身を切り刻んでいく伊万里だが、何時かこの綺麗な顔に傷がつかないかぶっちゃけ心配でもある。
「ごめんね‥私にはこれしか出来ないのよ」
 逆に、敵を傷つけることに対し顔を曇らせるのは風代。自分の考えは間違っている、そうは思いつつもナイフを振るう彼女だが、時に傭兵には風代の様な存在が必要なのもまた、事実であろう。
「ほほぅ‥‥。人外と言えど、主を護りにくるか。その心意気や良し。じゃが、あまいわ!」
 こうして、1匹、2匹とキメラが倒されていく中、捕まえた男を優先して保護していた秘色にもキメラの牙が迫っていた。
 しかし、良く見るとキメラの肩にはポッカリ穴のあいた傷跡が――そう、風代が奇襲時につけたものである。
「その血、己が弱点をこれでもかと主張しておるぞ。これで終いじゃ!」
 それを見逃さなかった秘色は、跳躍し上から刀を一直線!
 引き裂かれる半身、最後のキメラが絶命した瞬間だった。


「わざわざここでわたくし達が来るのを待っていたとは。勇敢と言いたいが、無謀だな!」
「警備隊の武器を奪おうと待ち伏せしてたんだが、能力者が4人も来るとはな。豊作だ」
 一方、こちらは交戦開始から数分経った2階。絶え間ないアルマの連撃を全て捌きながら、二条はテンペランスによる突きの壁を形成していた。生身でさすがにこの攻撃を食らうわけにはいかない。そう判断したアルマは、体勢低く一瞬で二条の横へと回る。
「手荒な事は避けたかったのですが‥仕方ありませんね」
 が、その動き以上の速さで回り込んだ鳴神は半回転と同時に直刀を突き立て、そのまま片方の刀で上段振り下ろし! 
「ちっ。おい、手をかせ!」
 その攻撃を寸前でかわすものの、衝撃でナイフを飛ばされるアルマ。
 すかさず、もう1人の囚人に彼は助けを求める。しかし――
「なっ‥」
「相手の能力を見誤ったのが君の敗因だよ‥」
 そこでは、鳳の前に血だらけで倒れる1人の男が。しかも、その手首にはしっかりと手錠が掛けられている。
「くそが!」
 よもやこれ程の奴らだったとは。武器のない自分を恨みつつ、アルマは撤退する為向きを変えた。
 まずは逃げなくては。そう思考を巡らせた刹那、一瞬で鳴神の腕が彼を上から抑えつける!
「ち、女が。出しゃばる‥な‥‥ぐぁ! き、貴様」
「女、ですか。そうですね‥」
 力には自身があった。しかし、振りほどこうとしたアルマの腕を握り、鳴神は豪力発現を発動。尋常ではない力を前に、アルマの骨は軋み悲鳴を上げる。その様子を静かに見つめつつ、鳴神は手錠を取り出すのだった。捕縛、完了。

●真相へ
「バグアの仲間になるような輩がいるとは‥。言いなさい、貴方達の目的は何ですの!」
 戦いを終えて、既に混乱は落ち着いたグレイヴ。だが、同時にかなりの囚人を外へ逃がす破目となってしまい、今後の対応が忙しくなることは明らかだった。
 そんな中、捕まえた唯一犯行の手がかりに繋がる男――親バクア派と思しき人間を前に、麗華は感情をむき出しにして掴みかかる。
「し、知らないんだ。私はただ、脱獄の手助けをしろとだけ」
「そう‥では、もう貴方に用はありませんわ!」
「ひぃ!」
 許せなかった。バグアに手を貸す人間がいることを。
 絶対に生かしてはおけない、そんな感情と共に拳を麗華が翳した――と、思いきや
「はぁい、麗華さん♪ そこまでですよ?」
「え‥ひゃわわ」
 突如、ペタンと足の力が吹け、麗華は膝を地につけてしまう。
「麗華‥尻尾‥弱点、故」
 そこでは、怒りに我を失いかけた麗華を止める為、彼女の尻尾を掴んでいた伊万里とヴァサーゴの姿が。
「こんな役、麗華さんには似合いませんです♪」
「くぅ‥」
 この2人が相手なら何を言っても無駄か。今回はこれで終わりにしよう。
 こうして、麗華は、静かに瞼を閉じるのだった。ただ、何処かその表情が優しく見えたのは、内緒。

「ふー。何なんだ、あの女は。死ぬかと思った」
「さて。それでは、麗華さんに代わって汚れ役は私が引き受けるとしますですか♪(ゴゴゴゴ)」
「え‥」
 だが、麗華は知らなかった。後に、事件の真相へと繋がる手掛かりは、こっそり行われた伊万里の地獄的ピーにより得られたことを――
 
 続く