タイトル:我が殺欲は君が為マスター:羽月 渚

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/05 20:25

●オープニング本文


 葵碧に輝く草原を、強風が突き抜けていく。それと同時に、なぎ倒される草花たちを覆い隠す巨大な影。
 そこにいたのは、地上すれすれを飛ぶ、まるで悪魔を模したかのような巨大で不気味なキメラであった。
 
 とある街で、その力により多数の人を屠ったその爪も、多数の人を食いちぎったその牙も、今では見る影もない様となり、ボタボタと傷口から体液を流しつつ飛行するキメラ。
 そんな物体が向かう先、それは自分を生み愛してくれたたった1人の少女の元であった――

「あらあら、随分とご機嫌のようだけど、また何か新しい子でも作ったの?」
「ふふ、教えてあげなーい」
 山と山に囲まれた、とある施設。そこにあったのは、秘密裏にキメラを制作、研究する小規模な基地であった。暗闇に囲まれるその室内で、会話する2人の声が聞こえてくる。性別は双方とも女性であろうか。片方は随分と幼い声をしているようだが‥‥

「あら、帰ってきたみたいね」
 その時、突如としてその施設を巨大な鳴き声と振動が包み込む。すると、2人のうちの1人が、まるでソレを待ちわびていたかのように、鼻歌を口ずさみながら入り口付近へ歩いて行き、そして、
「おっかえりー。どうだった? 能力者たちをちゃんと殺せ‥‥」
 意気揚々と飛び出した少女が目の前に見据えたキメラ。しかし、ソレは見るも無残な恰好で、地べたに震える脚でかろうじて立っているではないか。
「‥‥何やってんの、あんた」
 人語を話すことも、理解することもできないと言われているキメラであったが、その少女はまるでキメラの言葉が分かるかのように、傷だらけのキメラから一つの事実だけを悟っていた。
「あたしは能力者を殺してこいって言ったはずだけど‥‥失敗しちゃったのね」
 冷たい目で、怯える巨大なキメラを見つめ黙り込む少女。少女の背丈の軽く数倍はある巨大なキメラを目の前に、臆することなく彼女はただキメラだけを見つめ続けていると、
「こ、これは!? 殺し損ねて逃げ帰って来たというの!?」
 後ろから、少女よりも大人びた長髪の女が驚きの声をあげてやって来る。
「くっ。分かっているとは思うけど、こんなデカブツが飛んで逃げ帰ってくれば、奴らにこの場所を教えるようなものなのよ!?」
 更に声を荒げて少女を罵倒する女。そんな女の声に顔を顰めながら、
「あーもう、ウルサイなぁ。仮に能力者達がやって来たとしても、ここで全員殺せばいいじゃない」
「な、それだからあんたは!」
 サラリと返す少女ではあったが、その様子が気に喰わないのか、更に女は声を荒げて怒鳴り散らす。
「‥‥いいわ。とりあえずあんた、そこで待っときなさい」
 女からの罵声に嫌気がさしたのか、プイっと振り向き施設の中へと戻って行く少女。キメラは彼女の背中しか見えていなかったが、確かにその時、その少女は笑っていた――

 
「以上が、今作戦における概要です」
 UPC本部、オペレーターターが読み上げる内容は、先日とある街を襲撃した『悪魔』を模したかのような超巨大キメラに関連するものであった。
 襲われた街の周辺でも、同様にキメラによる事件が多発しており、近辺に何らかの原因があるだろうとは予測していた本部であったが、巨大キメラの逃走により、遂にその足がかりを掴むこととなったUPC。
 オペレーターが偵察機から受信したと告げる航空写真には、四方を山に囲まれた、ひとつの施設が写っていた――


「もう一度だけ、チャンスをあげるわ。あなたはあたしのかわいい傑作だものね」
 山や崖が周囲に散在するとはいえ、施設の周辺は比較的平坦で、広さもある程度は確保できている。そんな空間の中、2人の女と2体のキメラが風に吹かれている。
「この子、ついさっき生まれたばかりの子なんだけどね。あなたに比べて小さいけど、随分と強いのよぉ」
 フフフと不気味に邪笑する少女の横にいたのは、身長3メートルほどのキメラで、限りなく人に近い形状をしているようだ。
「この子と戦って、あなたが勝てば、今回の失態は許してあげるわ♪」
 そう言うや否や、スタートと勢いよく告げる少女。笑いながら2体のキメラが戦う様子を鑑賞する様は、悲しくも人としての思考を完全に忘れたバグアのそれであった‥‥そして――
 ――数分後、辺りに転がったのは多数の巨大な肉片とどす黒く、夥しい量の体液。
「あ、あなた‥‥いつのまにそんな子を‥‥」
 あまりに異様な光景と、あまりに異常な戦闘能力を持ったキメラの前に、ただ目が震える女であったのだが、
「あーそうだ。そういえば、どっかの誰かさんは、あたしの作るキメラを失敗作っていつも言ってくれてたわねー」
「え? な、何を言って――」
「いい加減くたばりなさい、老害さん」
「!?」
 
 その日、施設の内へと帰って来たのは1人の少女と1体の小型キメラだけ。その近くに転がっていた肉塊は、腹にポッカリ空洞を作った女と、無残にも刻まれた巨大なキメラであった。
「バカな豚どもやってくる♪ あたしを殺しにやってくる♪ でもでも待って、それはダメ! 殺されるのはあなた達♪」
 夜、一糸乱れぬ姿でキメラに抱かれながら歌う少女の歌声は、どこか寂しげで、そしてどこか清々しい‥‥

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●概要
今依頼は『キメラ作成基地破壊』へのアプローチが主軸となる。
現時点で具体的な基地の情報は分からないが、基地には相応の戦力が揃っているものと考えて良いだろう。
尚、作戦の実行についてだが、原則として『KVと歩兵の同時進行』となる点を予め確認してほしい。

具体的方法としては
1.まず、KV戦力による進軍で敵基地内へと切り込み、周囲の雑魚排他
2.その後、何人かが歩兵として基地の奥へと向かい、敵の有力な情報資料を捜索。
  残りは、出口付近にKVで残ったままキメラを排他し、歩兵の脱出経路確保
 (下記の解説にも示すが、全員が歩兵として潜入する等のアレンジも可)

尚、今回の突入で敵情報を探索後は、今基地はUPCにより速やかに破壊される。
よって、KVでどんどん破壊し進んでも構わないが、貴重なデータを得るためには歩兵の存在は不可欠といえる点には留意してほしい。

●参加者一覧

伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN
武藤 煉(gb1042
23歳・♂・AA
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER

●リプレイ本文

 四方を山に囲まれた場所にある、不釣り合いな人工物。緑のカーペットを辺りに敷きながら、その建物は不気味に佇んでいた。
『蹴りをつける時が来たか‥‥』
『びびってねぇよな、カララク?』
『ん、冗談』
 建物から少し距離を置いた森林地帯。そこには、木々に身を潜めるKVの姿が8機。多少からかうように話しかける武藤 煉(gb1042)の言葉に、無線越しではあるが、表情を変化させずに呟くカララク(gb1394)。
「キメラ作成基地か。FFの原理やキメラの弱点が分れば戦いが有利になる。成果を持ち帰るよ!」
 コクピットに搭乗している能力者達の表情は、その多くが険しいものとして見てとれたが、赤崎羽矢子(gb2140)はこの任務の重要性を受け止め、気合を入れた眼差しで基地を見据えると
「皆さん、準備はいいですか?」
「おうよ!」
 シン・ブラウ・シュッツ(gb2155)が穏やかな口調で最後の確認を取り、それに武藤が勢いよく返事する。そして
「では、これが反撃の一手に繋がることを願いましょう」
 そうシンが言うや否や
「作戦開始だ‥‥いくぞ阿修羅!」
 麻宮 光(ga9696)の掛け声とともに、一斉に8機が基地へと駆け抜けた――

「来たわね‥‥今日はどんな出会いがあるのかしら」
 一方、その頃基地内では、暗闇に抱かれたまま静かに微笑む少女が1人。その隣では、何か黒い物体が蠢いているようだが。
「今日は期待してるわよ。あたしのかわいいゲヘナ」
 ゲヘナと呼ばれた黒い物体。後に能力者達は知ることとなる。常に成長を遂げてきた能力者という存在を屠るため、またキメラも同じく進化してきたということを‥‥


 まず、麻宮の阿修羅を先頭に駆けだした8機の目の前には、多数のキメラ達が壁のように立ちはだかっていた。しかし、所詮はキメラの域を抜け出さない敵である。麻宮の阿修羅に装着されたバルカンが、射程に捉えたキメラを一掃していくと
「例の悪魔キメラ‥‥やりあってみたくも思えるが」
 その横に位置取った八神零(ga7992)が、まるで雑魚のキメラは眼中にないかのように、圧倒的な制圧力を備えたディアブロで追撃し、確実に前方の害虫を駆逐していく。
 彼の頭に過るのは話に聞いている悪魔型キメラについてであり、どこかその胸の中には、情報収集を最優先とはするものの、より強者との戦いに焦がれるものがあったのかもしれない。
「吼えろバイパー! キメラ共を喰らい尽くせ!」
 基地を眼前に据え、既に周囲に蔓延る雑魚の排他作業が大方完了した頃合いを見量り、陣形の中間に陣取っていた六堂源治(ga8154)が一気に左翼に展開する。更に六堂に続き伊佐美 希明(ga0214)が右翼にディアブロを進ませ
『今ッスよ!』
『煙幕を張る。歩兵班は潜入を開始』
 両翼から伊佐美と六党がキメラの最終排他に移ると同時に、まさに一瞬という言葉がふさわしいかのようなスピードでKVから飛び降りる歩兵班。現時点で、外、及び基地内から進撃してきた敵勢力を殲滅とまではいかないものの、ある程度まで頭数を減らした彼ら。その瞬間を見逃さず、シンの煙幕と合わせた迅速な突入タイミングは、正に絶妙なものであった。
『ゲンジ。瓦礫の影や、無人になるKV付近に残存勢力が居ないかを確認してくれ』
『了解ッスよ、姉御!』
 一点に集められたKVと、全方位に最大の警戒を向けながらも、KVから走り去る6人のサポートに移る伊佐美と六堂。2機がスッポリ入り口部分の蓋をすると同時に、進撃の際、基地内のキメラに弾幕のプレゼントが渡ったこともあり、特に問題なく6人は進入路を作成できたようである。

『皆、生きて戻ってくるッスよ〜!』
「手前こそ、勝手に死ぬんじゃねぇぞ」
 武藤は、わざと冗談っぽく六堂に叫ぶ。そんな彼とは裏腹に、愛用の結んだバンダナの先端がユラユラとなびくその横では、カララクが一人神妙な面持ちで走っていた。
(「さっきのアレは‥‥気のせいか?」)
 突入の際、確かにその視界に入ってきた外に散らばった多数の黒い塊。そのパーツには見覚えがある。アレは、確かに以前自分達と戦ったはずの――
「おーい、おーいってば」
「‥‥ん。何だ?」
「んだぁ、何だじゃねぇよ。随分と仏頂面じゃねぇか。らしくねぇ」
「そうか? ‥‥いつもこんな顔だが」
「う‥‥」
 少し様子のおかしいカララクの異変に気づいた武藤ではあったのだが、サラリと返された言葉に顔を伏せる。
(「とは言え、任務の優先事項に変わりはない」)
 心のどこかで拭い去れない蟠りを抱きながらも、カララクの足は歩兵班の皆と同じく、基地の2階へと向かうのであった。

「何も、面白ぇもんが無ぇんだな。水着写真集とか無ぇの? 期待して損したじゃねぇか」
「面白いものならそこにありますよ」
 2階には、コンピューター類を始めとした電子機器類が、ある程度の部屋割で仕切られた空間の中から多数顔を覗かせていた。その無機質な光景に思わず溜息をこぼす武藤へ、覚醒を解いて口調の戻ったシンが指さすのだが‥‥
「え、どれだ? にひひ、水着水着〜。‥‥‥って気持悪ぃ」
 当然水着写真集などあるはずもなく、武藤の手に撮取ったファイルには内臓や眼球の飛び出たキメラの写真が綴られていた。
「時間がないだけに、コンピューター類へのアクセスは無理か。メモリーディスクのようなものを優先的に持ち帰るとしよう」
 武藤とは打って変わり、冷静に周囲を分析しながらも、八神は自前のカメラで研究室の内部や、大きな資料を撮り続けつつ辺りを物色する。そんな、彼と少し距離を置いた場所では
「有力情報か‥‥すんなり見つけさせてくれればいいんだけどな」
 八神達とは別班の麻宮が、鉄製の本棚から書物を引っ張り出していた。だが、どういうわけかその本はキメラと全く関係のないものばかりで、心理学系の本が多数見受けられたりも。
「解析は未来研辺りに任せるとして、とりあえず適当に持っていくかぁ」
 苦戦する彼の横では、難しい記号の羅列した資料を荷物に詰め込みながら、鍵のかかったデスクの引き出しを強引に破壊しては片っ端から目につくディスクを赤崎が収集する。その豪快な姿は正に頼れるお姉さんそのもの。そして
「時間だ、下へ行こう」
 全てとまではいかないが、手当たり次第目ぼしい情報の媒体を手に入れれば事足りる現状、短い時間でできる限りの収集を終えた6人は、カララクの合図で2階を後にするのであった。


『あっちはどんな感じッスかねぇ』
『さぁね。どっちにしろ、私達の方にこれだけキメラが集まってくるのなら、大して心配はいらないだろ』
 一方、こちらでは相変わらず、ただ自ら死地へと向かってくるだけのキメラを屠り続けている伊佐美と六堂の姿が。彼女達の近くには無人のKVが置かれているが、基本的に、動き敵対してくる敵にただ牙を向けるだけのキメラは、低脳な本能の赴くままにその殺欲を2人に向けていた。とは言っても
『ん、ちょ、ゲンジ。なんか肩に貼りついてるよ!』
『え、え!? 何処ッスか!? って取れないッスよぉ』
 伊佐美の視線の先には、スライムの形状をしたキメラが、バイパーの肩に貼りついて溶解液をバンバン放出しているではないか。KVの構造上、どうしても痒いところに手の届かない六堂機。そんな、慌てる彼だったのだが
『ジッとしときな。戦う相手は常に、自分自身のイメージ‥‥それ以上でも、それ以下でもない!』
 そう言うと同時に、伊佐美のライフルから発射された一筋の弾丸が、見事にスライムを貫く。
『助かったッス、姉御』
 その腕前に感動しながら感謝する六堂に、フッと笑い再び雑魚排他へと戻る伊佐美。KVといえど別に変わりはない。昔から弓道を嗜んできた彼女には、他にはない目があったのだから。


「さて‥‥さすがにこのまま終わるとも思わんが‥‥」
 六堂達がド派手に戦うおかげで、基地内のキメラの目がほとんど彼らへと逸らされる中、そこには、1階の探索も終えいよいよ地下へと踏み出そうとする6人が。
「暗視スコープ問題なし。いくぞ」
 覚醒したシンが、スコープを起動しながら今、地下へと足を踏み出そうとした‥‥その時

「そっちはダメよ〜。上とは違って、簡単には見せられないわ」
「!?」
 後ろから聞こえる声に、バッと振り向き後方を確認する能力者達。いつのまにかそこにいたのは、黒い衣服に身を包んだ少女であった。
「アンタ、人間かい?」
「久し振りだな‥‥相変わらず下らない遊びを楽しんでいるのか?」
「え?」
 明らかに場に不釣り合いな少女に疑問顔の赤崎の横では、今メンバーの中、唯一少女と面識のある八神が冷たい視線で彼女を睨みつけていた。
(「ヨリシロ、か」)
 赤崎が八神の今までとは違う表情に勘づくと、真剣な面持ちで少女を見据え直す彼女。現時点で既にある程度の成果は得られた。そろそろ潮時か? そう6人が判断しかけた、刹那――
「――後ろ!」
「しまっ」
 直感力の高い赤崎が、地下へと降りる階段から突如として這い上がってくる悪寒を察すると、そのゼロコンマ1秒後、麻宮の半身にとてつもない衝撃が奔る。
「な、何が」
「本命は下か、退がれ! 2撃目が来るぞ!」
 八神の声とともに、地下から飛び出してくる黒い塊。
「ふふ、ショータイムよ」
 瞬間的に、腕から血を吹きだすカララクの光景を見ながら、少女は静かに微笑んでいた。

「てめぇ!」
「待て、武藤!」
 思考する間などなかった。気づけば、膝をつくカララクを見た瞬間、両手に携えた蛍火を地下から奇襲したソレへと突き立てていた武藤。だが
「良い踏み込みだけど、60点かしら」
「く‥この‥」
 2刃の剣を掌で抑え込まれると、そのまま純粋に力で武藤の剣圧はねじ伏せられ、もう片方の腕が彼の胸を上から下へと切り裂く。赤い血が周囲を彩りながら、そのあまりに突然で、あまりに驚異的な光景に一瞬動きの止まった手能力者が見たもの。それは、体長3メートルほどの黒い人型のキメラであった。
「地下は捨てる。退くぞ!」
 ヨリシロ以前に、このキメラと今やりあってはならない。そう咄嗟に判断した八神が声を立てると、そのままキメラの動きを封じるべく、両手の月詠から痛烈な2連撃を叩きこむ。そこから更に反撃の隙を与えぬよう連撃を繰り返す八神。        
 そんな激闘を前に、手から溢れ出す血の止血を応急で済ませたカララクは、
「‥‥皆、目を閉じろ!」
 激痛の伴う腕から放たれたのは閃光手榴弾。ピンを抜いてから30秒後、そのタイミングで空中に舞ったそれは強烈な閃光と音で辺りを包みこむ。
「やだ、何よこれ!?」
「生憎と今回は仕事で忙しくてね。遊んではやれないな」
 そのドサクサに紛れて、その場から入り口のKVへと走ろうとする6人。先程のわずかな戦闘は、相当の戦闘能力を持った八神でさえ、よく見れば腹部から血が滲み出ているほどだ。

「グルゥア!」
「ちっ、しぶといな」
 しかし、彼らの後ろでは確かに閃光弾の影響を直に受けたはずのキメラが尚も迫ってくる。その更に後方で眩しそうに目をゴシゴシ擦る少女とは違い、ソレは空に勢いよく飛び上がると――
「こっ‥のぉ」 
 伸縮する腕が凄まじい勢いで赤崎に襲いかかる。どうやら、先刻の階段からの初撃の正体はこれと見て間違いなさそうだ。だが
 ドガガ
 赤崎を狙って放たれたその一撃は、虚しく地面を抉るだけ。伸ばした片腕を戻しながら、更にもう片方の腕で攻撃を仕掛けるが‥‥それでも中々彼女に当たらない。
「少しは効いてるみたいだね」
 今メンバーの中で、その回避能力に関しては郡を抜いていた赤崎。持ち前の素早さで、多少とは言え閃光の干渉を受けたキメラの攻撃なら、どうやら避けるのは不可能でない様子だ。
「撤退までの間ぐらい、少しは持てよ‥‥」
 脇腹からドクドクと流れる血を片手で押えながらも、携帯していた小銃で散発的に威嚇する麻宮。苦痛に顔を歪めてこそはいるが、その二つ名が示す通りの底力を見せる。
「もう、待ちなさいよ」
 未だ目を擦りながらも、逃げいく能力者を追う少女の目には、基地の入り口から入る光と、そこで待ち受ける2機のKVが映っていた。あともう少し、ここまでくれば!
「随分と元気の良いお土産ッスね!」
「全員が安全範囲に入り次第、ガトリングぶちまけるよ」
 駆けてくる6人の後ろから、黒いキメラが彼らを追ってくるのを視認した六堂が壁になるべく前進する。その後方では、伊佐美がいつでも迎撃できる用意。だが
「こいつ、速い」
 一瞬停止したかと思いきや、ググッと低い姿勢から強靭なバネで一気に走る麻宮の横に躍り出るキメラ。傷が痛むが戦うしかない。そう判断した刹那
「ギシャア!」
 不意にキメラの頭部に強大なエネルギーの塊がぶつかる。若干焼けついたかのように見える頭部から煙を上げながら、キメラが視線を流すその先にはエネルギーガンを構えたシンの姿が。
「今のうちにKVへ」
 そうシンが叫んだ瞬間、彼の腕に強烈な激痛が襲う。
「シン! 本当、ふざけた腕だね」
 前衛での近接戦闘にも、後方からの射撃相手にも対応できるよう作られたその構造に、思わず顔を顰める赤崎。その身も、ギリギリでかわしてきたとはいえ、逃げる間に掠った際ダメージをしっかりと貰っていたのだ。
「よーし、ゲヘナ、そのまま逃がしちゃダメよ」
 声を大にして近付いてくる少女の顔は、無邪気そうに笑っている。すると
「玩具遊びも、ここまでだ」
 静かに八神が呟いた。その瞬間、彼の周りに空気が収束し、突如として地面に亀裂を奔らせながら強烈な衝撃波が一筋の直線を描く。
「グガ」
 鈍い音を立てながら、その硬い外皮に傷を見せるキメラ。確かに八神のソニックブームが敵の動きを止めると――
「しつけぇんだよ!」
 キメラの前に滑り込む武藤、その両手にはしっかりと握られた機械剣αが2対。そして、2つを握り重ねるかのように重ね一気に柄を締めると、辺りの光と比べても強烈な輝きを見せる圧縮レーザーが姿を見せて
「ゲヘナ!」
 叫ぶ少女、咄嗟に後退するキメラ。気づけば、キメラの腕からは体液が流れ落ちている。
「今のうちッス」
「やっと離れたか!」
 一斉にKVに乗り込む6人を援護するかのように、味方を巻き込まずに済む範囲に追いだされたキメラと少女に伊佐美が銃口を向けて――
 射撃により巻き起こる粉塵を前に、基地内へとありったけの弾幕を張る8人。入り口付近の天井に亀裂が入り、周囲の壁から屑が飛び散る光景は、まるで時期にこの基地にやってくる最期を映しているかのようだ。

「‥‥畜生」
 基地から去り行くKVの中では、先刻の少女を死んだ妹と重ね合わせてしまった武藤が苦そうに呟く。
「ヨリシロにされた時点で助ける手段は無いんだ。ゆっくり眠りなよ‥‥ごめんね」
 収集したデータを横に置きながら、赤崎は、そのどこか悲しげな瞳に遠ざかる基地を映し出していた。