●リプレイ本文
秋が織りなす鮮やかな色彩の中、一両のバスがガタゴト揺られている。中に乗っているのは6人の能力者と、数人の一般人。ああ、彼らは知る術もない。後に彼らを待ち受けている、混沌の渦を。
「それで‥‥偶然貴方がいたのはこの際良しとして、なんでわたくしが貴方とツアーにまで参加しなくてはいけませんの!」
「うふふっ♪ これは運命です。逃げたりしちゃ、ダメですよ?」
バスの中、耳を澄ませば聴こえてくる声。そこにいたのは偶々同じ依頼に居合わせた伊万里 冬無(
ga8209)と大鳥居・麗華(
gb0839)の2人であった。
「逃げたくもなりますわ」
溜息をこぼしつつ、これから2日間この伊万里とツアーに参加しなくてはならないことを考えゾッとする麗華の横で、逆に今回はどういう風に遊ぶか妄s‥‥想像に胸を膨らませる伊万里。
「麗華ちゃん、顔色悪いけど大丈夫? それにしても、キメラ退治が秋ツアーに化けるなんてラッキーだよね〜」
一方、こちらも突然舞い込んできたプチ旅行にわくわくの止まらない蒼河 拓人(
gb2873)は、先程キメラにやられた傷の痛みも忘れて無邪気に笑っている。
「今日は楽しんでね」
前方の席に座っていた今回の首謀者、ミーナがクルリと振り向き告げると、ハーイと拓人が手を挙げて楽しそうに返事するのであった。
「恨みますわよ、ミーナ‥‥」
最も、一人これから待ち受ける混沌を見事に予想していた娘がいたことは内緒であるが。
●秋の味覚を食べつくせ
「秋といえば、やはりこれなのですよ〜♪」
「へー、タダで参加させてもらった割には豪華じゃないか」
題して、秋の味覚祭りということで、目の前に並べられていくおいしそうな昼食に目を輝かせる小川 有栖(
ga0512)。見た目はかわいらしい年頃の少女だが、食べることが何よりも大好きな彼女は、目の前の料理に目が釘付けになって離れないご様子。
「シェリーさん、お茶どうですか?」
「ありがとう、いただくとするよ。でも、ちょいと量が少ないねぇ。有栖さんには少ないんじゃないかい?」
「え、あ‥‥そんなことは」
元々が料金の安いツアーのため、並べられる料理は一見豪華でも、量が少し不足気味の卓上に目を向けてズバリと自分の心境を言い当てられた小川が思わず目を伏せる。
「仕方ないねぇ。ほら、これあげるよ」
「いいんですか?」
小川と普段から仲の良い全身ピンクオーラに包まれたシェリー・ローズ(
ga3501)は、目の前に差し出された皿に手をかけニコッと微笑む。普段からフェロモンバリバリのサディスティックな女王様だが、どうやら優しい一面もあるようだ。そんな賑やかな会話が弾んでいると
「こちらの料理はセルフ形式となります」
スッとやって来た青年が、大きなお皿に盛りつけられた料理をテーブルの中央とその左右、計3か所に配膳して告げる。そこにあったのは、貴重な松茸を贅沢に使用した炊き込みご飯であった。
ビビっ
何かを受信した能力者一同。その中でも特に、小川の手は震えている。
(「おいしそう」)
おかわり不可ということで、いただきますの号令とともに壮絶な松茸ご飯合戦開始!
「皆さん、殺気だって怖いですねえ」
苦笑しながらしゃもじの取り合いに目を向ける榊 紫苑(
ga8258)は、そう言いつつもいただきますの後誰よりも速い速度で目の前のしゃもじをゲットすると、ちゃっかり茶碗に自分の分を確保している。
「小川さん取り過ぎですわよ!」
皿からしゃもじひとかきで、ご飯3分の1を抉り取った小川に思わず焦る麗華。
「くっ、まずいですわ。わたくしも伊万里に取られる前に早く‥‥って、伊万里?」
ガッとしゃもじに手を伸ばす麗華だが、横の伊万里は淡々とサンマの身を口に運ぶだけで、特に松茸に目がくらむ様子はない。いつになくおとなしい伊万里に何故か安心とともに不安を抱く麗華。
(「いつもこんな風にジッとしていれば可愛げもありますのに」)
どうしても横が気になる麗華を知ってか知らずか、控えめに食事を採る伊万里ではあったのだが、彼女が今後の予定(悪巧み)に耽っていることなど、彼女は知る由もなかった。
●カオス露天
「うわぁ、夕焼けがきれいだねぇ〜」
「いい雰囲気ですね」
旅館に到着した一行は、少し早いが夕日を背景に露天風呂へと直行。
男湯の中、岩に囲まれた湯につかりながら美しい景色に驚く拓人。その横では、榊が持ち込んだ酒を片手に食事前の一杯を楽しんでいる。秋の趣を感じながら至福の時間に身を委ねる2人。
「ここの地酒と聞いていますが、中々‥‥!?」
「ふははっ。これこそが真の隠密潜行だ!」
酒に舌を転がしながら、目をつぶっていた榊の腰に巻いたタオルが勢いよく引っ剥がされると、拓人がお湯の中からブワッと飛び出す。そんな彼に、やれやれと苦笑する榊ではあったのだが
「まぁ、隣に比べれば些細なことですね」
ボソッとそう呟くのであった。
「紅葉と美人さんは絵になりますね」
ガララと勢いよく女湯の入り口を開け、ズカズカ素っ裸で入ってくるシェリーの横で、カチューシャを外した小川が彼女を見て呟く。能力者として常に己を磨くためか、それとも普段から悪い子へのお仕置きに精を燃やすためか、シェリーの見事に絞られた抜群のスタイルは目を見張るものがあった。そして、一足早く湯船に向かったこちらの2人にもそれは言えることで
「ほら、だから隠さないでください!」
「はぅん! いや! 手つきが怪しいですわ」
そこには、麗華の胸に当てているタオルを強引に取ろうとニコニコ顔の伊万里と、意地でもタオルを渡そうとしない麗華の姿が。
「ではこれならどうですか!」
半ば覚醒しかけで抵抗する麗華だったのだが、それに苦戦した伊万里が下の石鹸を手に取り手を滑らせるようにして麗華の胸元へと滑り込ませる。その意表をついた思わぬ触感に、ダメと言いつつもバッとタオルをはぎ取られる麗華。最早涙目。
「こふっ‥‥素晴らしい、素晴らしいですよ麗華さん! この間より大きくなっているではありませんか!」
伊万里の目の前にプルンとピーーー(おっと、この湯煙めが!)
「もうどうにでもなれですわ〜」
尚も襲いかかる伊万里に、とうとう諦めて力を抜く麗華‥‥すると
「? 誰かアタシの石鹸知らないかい?」
たまたま売店で見かけたピンク色の薔薇石鹸が見当たらないシェリー。おかしいなと辺りを見渡した彼女の前に、スッと伸ばされる黒い手。その先には石鹸がしっかり握られていた‥‥のだが
「あ、すまないねぇ‥‥‥‥え、猿?」
「シェリーさん、キメラです!」
予想を180度ブッ超えた展開が彼女達にご対面――
「これぞ正に、本当のハプニング!」
突如としてやってきた猿型キメラに訳のわからない解説をするミーナの横で、臨戦態勢に入る各々。
「麗華さん、足止めをお願いしますです! 私は武器を」
SES搭載のナイフを念のため持ってきた伊万里ではあったが、さすがに温泉では脱衣所に置いてきてしまった彼女。
「ちょ、ちょっと待ちなさ‥‥」
裸のまま麗華を残し走っていく伊万里の後ろで、取り押さえようとしたシェリーの攻撃をかわした猿が麗華に襲いかかる。
「くっ、待ちな」
「シェリーさん、う、裏にもう1匹!」
まだ驚きを隠せない顔の小川が、わなわなと指さす先には更にでかいキメラが。
「イパッオー!」
突如横から意味不明の鳴き声で襲いかかるキメラの腕が麗華の腹を直撃し、そのまま壁へと叩きつけられる彼女。
「しまっ‥」
装備も何もない状況での一撃に悶える麗華にトドメをしようとするキメラ。助けようとするシェリーと小川だったが、もう一体のキメラがそれを阻む。
やられる、そう麗華が判断したその刹那
「私の麗華さんに何やってますですか」
ガキンと猿の牙から彼女を救ったのは、右手にナイフ、左手に麗華のヴァジュラを持った伊万里であった。
何秒ぐらいだったのだろう。まず、起き上った麗華の目に入ったのは宙を舞う猿の切断された腕。
「今のうちにアタシらも武器を持ってくるよ」
「はい!」
血飛沫に舞う伊万里を確認して、脱衣所へ走る小川とシェリー。しかし、彼女達が再び戻ってくるころには、2体のうちの1体は無残な姿へと変わり果てていた。そう、楽しい時間を邪魔した怒りと対象を滅茶苦茶に出来る喜びで歯止めのきかなくなった伊万里によって――
「あっちは騒がしいねー」
「ウルサイ、というか戦争でもやってるんでしょうか」
せっかくの酒が不味くなると顔を顰める榊だが、無論男湯にもその『ハプニング』は等しく平等にやってくる。
「ウホッ」
「え、えーと。なんでこんな所に猿が」
「猿なら良かったんですけどねえ。そうにもいかないよう‥‥です!」
言葉の尾を言い終わらぬうちに、宙へと舞う榊。その下ではキメラによって地面に亀裂が一筋。
「一匹ですか。興醒めを晴らすにはちょうどいい相手ですね」
「紫苑君、コレ!」
「感謝します」
脱衣所へと駆けて行った拓人が武器を投げ渡すと
「自分達の楽しみを邪魔したら、どうなるか教えてやらないとね」
拓人の瞳が万華鏡のように煌き、地を2人が一蹴――
●卓きゅん
「まさかキメラとはねぇ」
戦闘も終え、返り血も洗い流し湯あがりほくほく、ピンク色のシェリーと小川は髪にタオルを当ててマッサージチェアでくつろぎ中のようだ。
「へー、そっちもキメラが来たんだ。空気の読めない敵だよね」
「本当。ハプニングにもほどがあるわ」
その後ろでソフトクリームを頬張りながら拓人が話すと、それに続きミーナが相変わらずハプニングを強調して返事。
「卓球台、空きましたよ」
「待ってました」
そんな彼らの元に、シンプルながらも凛とした浴衣化姿の榊が卓球のラケットを持ってくると、勢いよく拓人が駆け出し、卓球大会が幕を開けた。
「ですから、何故浴衣がこんなに小さいんですの!」
伊万里の用意した明らかにサイズ小さめの浴衣で、体のラインがくっきりと浮き出るはめになった麗華は、ペアの伊万里を思わず睨みつける。しかも、さっきから一般客が横を通り過ぎては戻ってきてを繰り返し、こちらを見てる気がしたりも‥‥
「いきますですよ、麗華さん!」
しかし、先程キメラをフルボッコにして顔が艶々になった伊万里は、麗華の言葉など聴こえないかのように構えると
「くっ、仕方ないですわね」
聞く耳持たない伊万里に何を言っても無駄かと、麗華も構え今、伊万里のサーブが火を噴いた――
「今ですわ!」
浴衣のせいで動きにくい麗華だが、真剣な表情でミーナ達が返す球を拾いまくる。が
「目島スペシャル!」
実は卓球超得意でした的な表情で、目島君壮絶なスマッシュ。だが、伊万里も負けじとその球を追う! と思いきや
「きゃぅん。失敗してしまいましたです♪」
ボフッとそのまま麗華に体ごとぶつかってしまい、伊万里が馬乗りになる状態で倒れる2人。んん、と重なり合った状態から起き上る伊万里だったのだが‥‥パラッ
「ん? ‥‥きゃぁぁ!?」
伊万里の下から覗いたのは、見事に浴衣の肌蹴た麗華の姿。
「さ、さっき言い忘れましたけど、わたくしの下着は何処に隠したんですの!?」
「アハハハッ♪ さっきのお猿さんに訊いてください♪」
伊万里、麗華ペア戦闘不能。
「我々アクシズは煩悩の重力から人類を解き放つ為、この戦いに審判を下そう」
伊万里達の試合の後、次に始まった小川・シェリーVS榊・拓人は、先程を更に上回る光景で多数の観戦客を呼んでいた。それもそのはず、何故なら
「ちょっと恥ずかしいですね」
「これがアタシ達の戦闘衣装さ」
そこにいたのは、ピンクと黒のボンテージがこれでもかと眩いシェリーと、メイド服を着た小川がいたのだから。
「いいぞもっとやれー」
そりゃあこんなに綺麗な2人がこんな姿してれば野次馬も当然できるわけだが、そんな事など気にする様子もなくラケットをクルクル回すシェリー。ちなみに、彼女お得意の邪笑が榊らを威嚇中。
「やれやれ、皆さん熱いですね」
榊は溜息をしつつも、しっかりと球を見据え――開始!
「スナイパー流偽奥義、ピンポイントスナイプスマーッシュ!」
ギュウンと卓球台上を一直線に駆け抜ける閃光――に見えた拓人のスマッシュが、小川とシェリーの隙間を縫うように貫いたかと思えば、アクシズとチーム名を称す彼女達も視認することが不可能なほどのスマッシュを打ち込み
「シェリーさん決めちゃってください!」
「まだまだぁ!」
幾重にも上乗せされたスピンのかかった球が宙を行き交い、そして
「最後くらいは、格好良くいきましょうかね」
榊の一振りとともに球が小川達の視界から消えた――
●闇鍋
「このドキドキ感が堪らないぜ。よし、君に決めた!」
あまり広くはないが、それでも8人が入るには十分な空間の中、グツグツ煮えたぎる鍋を囲んで談笑する8人。ちなみに、目の前の鍋の中身は不明。
「ああー、おいしそうな蟹です」
拓人の箸が掴んだ物体を眺めて、羨ましそうに呟く小川だが、良く見るとそれザリガニです。
「何が何だかもう分りませんわね」
中からペラッと出てきた松茸を食べながら、何だか別の味も染み込んでいることに苦笑する麗華。一方
(「やばい、限界か」)
「どうかしましたですか、榊さん?」
隣でモゾモゾ落ち着かない様子の榊に首をかしげる伊万里。実は彼、自身が女性のように端麗な顔立ちなのだが、女性アレルギーだったり。そんな彼に、ハハァんと怪しげな笑いを浮かべて、肌をピトっとくっつける伊万里。気の毒すぎる榊の表情は、ひきつって動かない。
「御免なさい、アタシは失礼するわね」
そんな中、度を越した騒ぎっぷりにシェリーが思わず席を立つ。
「シェリーさん」
(「仕方ないねぇ。アタシはアタシなりに楽しむか」)
髪をかきわけながら去っていくシェリーの後ろ姿を、大好きな料理には目もくれず、気づけば少女は一人追いかけていた。
「秋‥‥山が燃えるかぁ」
1人静かな場所へとやって来たシェリーは、少し肌寒い秋空で酒を一杯。するとそこへ
「綺麗な虫の音ですね」
「‥‥良かったのかい? 鍋、好きだろ」
「ふふ、それ以上にシェリーさんが好きです」
「‥‥仔猫ちゃんとゆっくりするのも、何だか久しぶりだねぇ」
天幕に星が散りばめられる空の下、少しセンチメンタルな、だけど少し優しい夜に、小川の掌の体温を感じながらシェリーは微笑んだ。
「感謝しなさい、伊万里。プレゼントですわ」
「ありがとうございますです♪ では私からもこれを」
「ちょ、それでは物々交換になっ‥‥まぁ、貰っておいてあげますわ」
翌日、お土産コーナーに立ち寄った6人は買い物を楽しんだ後、バスへと乗車して帰路につく。楽しかったねと笑顔で拓人が榊の横から笑いかけると
「来て良かったわ」
そう呟いたミーナ。彼女の視線の先には、2人して寄り添い眠る伊万里と麗華の姿が光に照らされていた――