●リプレイ本文
「ほら、できたぜ。コレならバレねぇだろ?」
「有難う御座いますわ♪」
生ぬるい風に吹かれながら、何やら手にラジオを持ったアンドレアス・ラーセン(
ga6523)が、それを隣のロジー・ビィ(
ga1031)へと渡す。ラジオとは言っても、実は偽装した無線機ではあるのだが。
今回彼らがやってきた街はグリーフ。アメリカに存在する貧困街の1つで、特にグリーフは規模、住人数も他の貧困街に比べ相当な部類であった。そんな街から突如舞い降りてきた依頼、その内容は――失踪事件。
本来、このように治安、経済レベルともに最下層に位置づけられる街から依頼がくることは稀で、今回も偶々街に訪れた行商からの連絡により異変が公になったのが現状である。長い間息を潜めていた闇。その闇を暴くため、今、能力者達の足がグリーフへ踏み込まれようとしていたのだ。
●その街の名は
「豊かに暮らせる一方で、こんな場所も存在しているのですね」
ザワザワと賑わう街の通りを歩みながら、みすぼらしい格好をした如月・由梨(
ga1805)が悲しそうに呟く。今回彼女は、今事件において最も怪しいとされる場所、とある権力者の館への潜入を試みようとしていた。彼女同様、多少の時間差を織り交ぜて、他に2人が更に屋敷への潜入を試みるのが今回の作戦内容であったのだが、3人のうち誰か1人ぐらいなら上手く潜り込めるはず‥‥そんな期待を持ちながら、如月が館を探していると‥‥
「よぉ、お譲ちゃん。ちいっと面かしてくれよ。儲かる仕事紹介してやるぞ?」
不意に横から近寄ってくる男が2人。
「予想はしていましたが‥‥ここまでベタな展開というのも、何だか気がひけますね」
落胆の溜息をして、結構ですと丁重に断わりを入れる如月だったのだが
「いいから面かせって言ってんだろ」
がしっと腕を掴み顔を摺り寄せてくる男。
「お前本当に綺麗な顔だな。やっぱ仕事の話はいいわ。俺の女になれ」
ずるいぞと横から割って来るもう1人の男を払いのけながら、尚も腕を離そうとしない男に、最早呆れるしかない如月は
「申し訳ありませんが、私は先を急いでいるので、これで失礼します」
腕を振り払い、そのまま立ち去ろうとする。こんな男の1や2人、ねじ伏せることなど造作もないが、潜入調査という建前上、さすがに表立って目立つわけにもいくまいと、グッと我慢しながらチラッと視線を後ろに戻すと
「お前に決定権はねぇんだよ!」
案の定あきらめず寄ってくる男。やはり簡単にはいかないかと、仕方なさそうに如月が手を翳したその時
「由梨‥探しましたよ」
「無月さん」
ふっと横から現れた終夜・無月(
ga3084)。何だお前は、と言いたげな面持ちで終夜にガンを向けたチンピラだったのだが‥‥
「彼女は俺の連れです‥何か用でもありましたか?」
冷たい目線で静かにこちらを見る終夜の前に、何故かそれ以上前へと足を踏み出せない。
(「こ、こいつ」)
悲しいながらも、この街で生きていくうちに身につけてしまった『上位者』への感知能力。そして、今まさに彼のレーダーはそれを告げていたのだ。こいつはヤバい、と。
「ありがとうございます、助かりました」
「下調べをしていたら偶然由梨を見つけて‥タイミングがあって良かった」
チンピラも退けて2人で少しだけ街を探索する2人。今日中にはどちらかが館への潜入を試みることになるわけだが、それまでのしばし休息といったところか。ただ、残念なことに歩いている街がこんな状況でなければ、もう少しロマンチックな気分にもなれたというのに‥‥しかも
「よう、そこの2人。かわいいねぇ、ちょっとこっち来いよ」
またかと思いつつも、今度は終夜が女性に間違われて、2人して如何わしい誘い文句に落胆の表情を隠せないのであった。
「UPCから来たんだけどさ。ちょっと話、いいか?」
一方、こちらでは堂々と人目も気にせずに聞き込みに回るアンドレアス・ラーセン(
ga6523)とカルマ・シュタット(
ga6302)の姿が。特に、高身長に美しい金色の長髪がこれでもかという風に周囲の目を引くアンドレアスは、聞き込みと同時に黒幕の目を引くために囮役も兼ねる予定だったことからも、わざと目立つようカルマと動き回っていた。
「うわぁ。すげー」
そんな彼に、廃れているとはいえ、まだ年端もいかない無邪気そうな子ども達は興味津津といった様子で近づいてくる。
「よぉ坊主。ちょっと訊きてぇことがあるんだが、この街で最近、失踪事件が起きてるの知ってるか?」
すかさず事件について聞き込みを始めるアンドレアス。現時点で10人ほどに訊いてはみたものの、場所のせいか人のせいか、それとも情報が出回っていないのか、有力な手掛かりは掴めていなかったのだ。
「失踪‥‥事件」
「‥‥何か知っていることがあったら、聞かせてくれないか?」
アンドレアスの質問に対して、今まで尋ねた住民とは違うリアクションを見せる少年の様子に気づいたカルマが、優しく声をかける。
「ええと‥‥俺の友達が、あの館に行ったきり戻ってこないんだ」
「館‥‥」
ビンゴか、という表情で少年の指さす方向を見つめ、お互いに顔を見合すカルマとアンドレアス。やはり、何かしらあの屋敷が事件に関係しているとみて間違いなさそうか。
「分かったぜ。すまねぇな」
ニコッと笑顔で少年の頭に手を置くと、太陽のような髪の青年は静かに呟いた。
「そろそろロジーも動くころか。無理はするなよ‥‥」
●権力の象徴
――時を遡ること、数日間前
「隠密行動か‥‥慎重に動かないといけませんね」
今依頼においてのメンバーが確定した後、1人すぐに現場へと派遣されていた周防 誠(
ga7131)は、隠密活動による情報収集ということで、街の地図と葛藤していた。
彼の予定するプランは、日中と夜で区切りをつけた潜入活動で、多義にわたる分、骨の折れるものとなっている。そして、時はすぎ、彼の目と鼻が街の悲惨な光景と悪臭に慣れ始めたころ‥‥
「なるほど。ではここの掲示板を見て、仕事を探しにきたと言えばよろしいのですね」
「ええ。街の中心に位置するこの掲示板が、全住民への連絡手段の1つになっているようです」
建物の裏でロジーに纏めた資料を手渡す周防。他の能力者達が遅れて到着するころには既に、彼はこの街について隅々まで調べつくしていた。
「うまく潜入できるかどうか分かりませんが、くれぐれも気を付けてください」
「分かりましたわ」
心配そうに告げる周防の声に、ロジーはガッツポーズでその場を後にするのであった。ちなみに、
「さて、設定は‥‥妻帯者との子供が居るのに、暴力を受けた上で捨てられたというものもいいかもしれませんね」
と妙に乗り気な天然っぷりをみせていたのは、誰も知らないことではあったが。
「お帰りください」
「ですが、そこを何とか」
「お帰りください」
貧困街と呼ばれる街には、あまりに不釣り合いなほど大きく、そしてその空間だけ別次元に存在するかのように輝きを見せる館。その館へ直接堂々と入り込み、聞き込みを試みたアンドレアスとカルマは、機械的な返答を繰り返す門番の前に苦戦していた。
「どうやら、聞き込みという名目では、部外者は入れてくれそうにないですね」
「仕方ねぇ、あとは潜入班に任せるか」
遠ざかる館の前に、溜息をつきながら宿へと戻る2人。ガードが固いのか、それとも見るからに怪しかったせいか、成果は上げられず渋顔のご様子。
「というわけで、よろしくお願いします」
一方、翌日、職を探していると言いながら話しかける少女が1人、門番の前に姿を現した。巨大な館の前に佇む少女に、先日とは打って変った反応を示す門番。
「分かった。では、○日に再びここに来い。他の採用者達と合わせて仕事の説明をする」
「‥‥分かりました」
みすぼらしい姿だが、どこか凛とした表情から漂うのは、一言では語りつくせないほどの美しい魅力。今、館を去る少女が1人、静かにラジオに向けて、こう告げた。
「こちら如月、採用決定。出向く日時は、無月さんやロジーさんたちと同様です。ちなみに返答された台詞もお2人同様。どうやら、何かの接触に大して必要最低限の返答のみをするよう、洗脳されている可能性が高いですね」
と――
●3人の新参者
「よく来た。それではこちらで説明をしよう」
顔に表情の変化が見られない男の案内で、館の中へと入って行くロジー、如月、無月の3人。その後方では、密かにカルマ達3人が待機している。皆の荷物には一様に無線機が抱えられ、不測の事態に備えられるよう準備は万端だ。
「と、いうことだ。では早速持ち場についてもらおうか」
狭い一室の中で、ロジーらに与えられた職は『館の雑用』。そして、その内容こそが、彼らの判断が間違いでないことの決定打でもあった。
「いくら広いとはいえ、今まで多数の人の職を仲介しているにも関わらず、我々3人ともがこの館内への配属ですか」
「これから先は個別になるかもしれないけど‥‥2人とも、気を付けてくださいね」
自分は男だが、ロジーと如月は2人とも女性だ。心配される内容はバグアやキメラだけに留まる話ではない。そう考える終夜が優しく2人に語りかけると、
「では、何かあったらすぐにこれですの」
ニコッとロジーがラジオ片手に微笑み、3人は各々の指定された場所へと散開した――
掃除と、皆で採る食事、そして睡眠。この3つが、潜入した3人を出迎える基本の事柄であり、それ以上の進展は見られなかった。
「ここまで動きがありませんと、さすがに草臥れてきますわね」
焦りを隠せない様子のロジーは、質素な食事の前に血色の悪い顔でため息をつく。自分達だけではない、外で待機している3人も同様に焦っているはずだ。しかし、そんな中冷静な終夜はある異変に気づいていた。
「‥‥2人、減っていますね」
「え」
食事は朝と夜の2回。広い食事用の一室に、館内で雑用をして働く者達は、全員ここに集って一斉に採る形式となっていた。皆、顔を見れば大体の予想はつくが、恐らくは街の職に困る住民たちであろう。そんな彼らだったのだが
「やはり減っていましたか。最初に見たときと大して変わらないようにも見えますが、新顔は増えているのに全体的に人数の変動が体感できません」
終夜の言葉に、如月が返答する。何が起きているかは分からないが、確実に『何か』あるのは間違いないのだ。館内はまだ見たこともない部屋が多数存在し、そのどれもが施錠をしているとい徹底ぶり‥‥
だが、迂闊にあちこち動き回らなくても、何れ機会はやってくるのだろう。減って行く順番から考えれば、時機に自分達の番が回ってくるのだから。
「分かっているのに動けないというのも、苦痛ですわね」
ギュッとテーブルクロスを握り締めるロジーの手が震える。自分たちがその機会を待つために犠牲になって行く一般人がいる。かと言ってここで功を焦っては裏に潜む闇に逃げられる可能性も否めない。矛盾する苦悩に頭を苛まれながらも、かくして普段と変わらない日常は過ぎて行くのであった。
「2人とも、準備はいいか?」
「ええ、問題ありません」
美しい白色に輝く、自分の背丈ほどもある槍セリアティスを手入れしながら、カルマがアンドレアスの言葉に続く。時刻は午後9時前。本来なら屋敷内では就寝に就く準備のため、一旦通信が途絶える時刻なのだが、ふと無線機に入る連絡。
『午後9時に、1階の―――に来いと命じられました。今まで入室のできていなかった部屋です』
それ以上の言葉はいらなかった。待ちに待った時がやっとやって来たのだ。逃がしはしない、ここで必ず黒幕を突き止める。そう判断した3人が、それぞれ夜の闇へと身を溶かした――
コツコツと暗い廊下を、蝋燭に灯りをつけた男の後に続き歩く3人の男女。
「これから一体何をするのでしょう?」
前の男に問いかける終夜だが、返答はない。
(「洗脳されているな」)
本能的に目の前の人間が常軌でないことは分かる。そう考えているうちに、眼前に迫って来る扉。
「入れ」
無機質な台詞に背中を押され、3人が足を踏み出し、扉の先に見た光景、それは――
「グルァァ」
異常なほどの悪臭を放ち、一糸乱れぬように亡骸を抱擁する蛇型のキメラや、やっと餌が来たかと言わんばかりの表情でこちらを睨む獣型キメラ。そして、部屋の奥に確認できる人間が1人。
「あいつが黒幕ですわね」
「あれは確かこの館の主ですね‥‥どうやら、バグアではなく、洗脳された者による仕業でしたか」
冷静に観察をする如月の前から、牙をむき出したキメラが襲いかかって来る! と、同時に扉の向こう側から聞こえてくる先ほどの男の悲鳴。
「タイミング完璧ですわね」
ロジーがラジオを見ながらキメラの爪をヒラリとよけると、パタンと勢いよく開けられる扉。そこにいたのは、計6人分の武器と、気を失った男を抱えている3人のアンドレアス達。
「まいったね。思ったより豪華だ」
目の前に広がるキメラの姿を視認した周防が苦笑し、夜のダンスパーティが幕を開けた!
「ギシャア」
迫りくる敵の牙を、夏落で華麗に受け流すとそのまま反回転しもう片手の月詠を尽きたてるロジー。その一撃に悶えるキメラの周辺を、磁場が歪むほどの電磁波が包み込み、ボシュっと音を立て体の一部が消失するキメラ。
「アンドレアス、感謝ですの」
見事な連携で敵を確実に撃破していくかと思えば、
「良いですね、どうしました。私はここですよ」
高揚し、凶悪な目つきとなった如月が向かってくる多数のキメラを次々と斬りはらっていく。蒼の美しい刀剣を真っ赤に染めあげながら、一身に周囲を彩る彼女の横では、終夜が散発的に銃で敵の行動を抑制しながら、片手のナイフで懐に潜り込み――急所を抉る痛烈な一撃。
「皆さん、やりますね」
穏やかな顔で皆の戦闘に目を向けるカルマであったが、そうは言うものの、眼前に最も死体をつも重ねているのは彼であった。セリアティスの強烈な破壊力の前に、一撃で生の余力を根こそぎ剥奪されていくキメラ達。まだ息のある周囲のキメラに、的確に周防が一発ずつの弾を浴びせると――
あれほどのキメラがいたにも関わらず、そこにあったのはただの肉塊と成り果てた無様な死骸と6人の能力者‥‥
「結局、洗脳を解いた人以外では、発見はありませんでしたね」
「恐らく‥‥場所的にも都合のいいキメラの餌場だったのかもしれませんね」
今までの疲れに苦笑するカルマの横で、終夜が悲しそうに告げる。そう、人肉の味を覚えたキメラは常にその餌を欲し暴れまわる。それを都合良く隠しながら生育するための場所、そこに今回はこの貧困街が選ばれていたのだ。
キメラの脅威が今回は偶々特殊な形で現れたグリーフだが、もしかしたら、次にやってくるのはあなたが住む街かもしれないことを心しなくてはならない――