タイトル:エミタチルドレンマスター:吟遊詩人ウィッチ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/08 19:15

●オープニング本文


●Scene1 エミタチルドレン

「クワィテンラァ! 早くしろ、さっさと乗れ」
 黒いスーツを着た巨漢が軽トラックに向かって声を荒げている。
 トラックの後部は金網でできた檻になっており、そこに頭をもたげた子供たちが、巨漢に手酷く促されながら、乗車していく。
「ガキの収穫はこれだけかぁ? あん、リャオ」
 巨漢は傍にいた痩躯の小男を睨め付けた。小男は背を丸め、へつらうように、頭を下げる。
「へ、へぇ、血なまこになって探しましたさぁ。それこそ河南省中の孤児集めてきたんです」
 舌打ちして巨漢は懐から財布を取り出す。そして、抜き取った札束を小男の額に叩きつける。
「ちっ、しけてんな。これじゃボスにどう言われるか分かったもんじゃねぇ。つっても、もう俺のボスは別モンなんだけどな」
 巨漢が葉巻を取り出して火をつけようとする‥‥と、こちらの気配に気が付いたのか、火をつけるのを止めて、葉巻を地面に落とす。そのままこちらへと、どかどかと歩み寄り、顔を取られぬようカメラを手のひらで覆い隠そうとする。
「おい! テメェ、なにもんだ」
 直後、どん、という鈍い音がして、カメラが地面に落ちる。真横になった風景の向こうでは、不安げな表情で一悶着を見つめている子供たちがいた。それも僅かなことで、長く延びた足の影がカメラの半分を覆い尽くし、ザッ、と途切れ、砂嵐に変わる。
「これに何の問題が?」
 映像を見終えた傭兵の一人が当然のように疑問を呈する。
「APP通信社がこの映像を仕入れたのは、一ヶ月ほど前です。記者は全治二週間の重傷を負いました。問題は」
 オペレーターはスクリーンの画面を切り替える。
 航行中の輸送船を上空から撮った写真だった。
「半年前、UPC本部に輸送中だった医療物資や生活必需品を運んだ輸送船が、インド洋近海航行中、海賊船に乗っ取られるという事態が発生。すぐさま、UPC西アジア軍支部に救援信号が出され、海賊は駆逐されましたが、一部コンテナが行方不明になっています」
 オペレーターが咳払いをして、スクリーンを切り替える。
 子供たちの映像だった。どこかの医療施設だろうか。白いベッドの上で横たわっている。各子供たちはカーテンで仕分けられ、点滴を受けている。
「これをご覧下さい」
 カメラのアングルが手の甲にアップされる。
 僅かばかりだが光輝いていた。
 傭兵が驚きの声を上げる。
「この子供たち‥‥能力者なのか」
 オペレーターは頷いて、声のトーンを下げる。
「ええ、ただし、法外な金額で買い取った子供たちです」
 それにすかさず別の傭兵が疑問をぶつける。
「金? じゃあUPCが集めたわけじゃないのか?」
「ええ、これらの孤児は非正規ルートでUPC本部へと送られてきます。その殆どは、能力者である可能性が高いとの判定結果が出ています。エミタとの適合者は1000分の1の確率という数字が示している通りです」
 ですが、と断ってオペレーターは話を続ける。
「先の海賊船襲撃で盗難されたコンテナの一部に、能力者選別の初期検査マニュアルとそれに関連する検体キットが含まれていることが判明しました。そして、この子供たちは、検査キットを使用し、第三者によって選別され、連れてこられた可能性が高いのです。この問題が表面化した時点で、検査キットとマニュアルの厳格な管理下に置くことを決定しましたが、盗まれたものはまだ未回収です。つまり」
 そこで間を置いて語尾を強める。
「今後も同じ第三者によって子供が送られてくる可能性が高いのです。その第三者の目的とは、次世代を担う能力者の芽の囲い込みと、能力者の人身売買です」
 オペレーターは体裁を繕い、冷静さを取り戻したのか、再び抑揚のない声に変わる。
「我々は人道上の理由により、彼らの言い値で、この子供を引き取ってきました。裏では能力者の可能性がある子供のことをエミタチルドレンと呼び、高値で取引され、エミタチルドレンを扱う市場すらできています。事態を重く見た上層部はこれに対処する方針へと転換しました」
 スクリーンが切り替わる。男の顔写真がアップに表示される。男は40代半ばで、頭部は剃り上がっている。巨漢なのか、弛んだ肉が顎について、無精ひげが生えている。鷲鼻で、顔は脂ぎっており、醜くい印象だった。目の周りは窪みや陰りがあって、見る者を射竦める威圧感を漂わせている。
「ミスター・キッドナッパー。裏の界隈ではそう呼ばれている男です。彼は、竜雲会というチャイナマフィアに所属し、主にエミタチルドレンの売買を取り仕切ってきたリーダー格の存在です。竜雲会は現在二つの勢力に別れ、バグアに賛同するか、独自の勢力を維持するかで意見が割れているようです。どうやらこの男、バグア側に靡いていて、偵察段階で確認したところ複数のキメラやヘルメット・ワームに護衛されているようでした」
 別の傭兵が疑問を口にする。
「その男の居場所は?」
 オペレーターはスクリーンをマップ表示に切り替える。
「ええ。どうやらこちらの動きに感づいたのか、上海市に逃げ込み、孤児を積み荷に紛らせ、豪華客船で海外脱出を計ろうとしています。目的地は中東のドバイです。船の出航までまだ時間がありますが、ぎりぎりかもしれません。最新の情報によると、上海市内のマフィアアジトに潜伏しているようです。マップをお見せします」
 彼女はスクリーンを切り替え、アジトの配置図を表示させる。
「アジトの敷地は、約200キロメートル四方と若干広めです。建造物40%、その他、スポーツ目的用の敷地や庭は60%程度。正面門は厳重な守りが予想されます。東館は構成員たちの居住スペースになっています。我々の偵察情報によれば、ここに災害用の巨大シェルターがあり、そこに孤児たちが幽閉されていると考えられています。東館への独自侵入ルートは地下、地上、双方検討されていますが。もうすぐ新月が近づいているので、夜間に侵入するのも手でしょう」
 オペレーターは傭兵たちに向き直る。
「では、子供たちの救出および、敵勢力の殲滅と、盗まれたコンテナの一部の確保、そして情報収集のため、男の拘束をお願いします。健闘を祈ります」

●参加者一覧

藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
優(ga8480
23歳・♀・DF
結城加依理(ga9556
22歳・♂・SN
桂木穣治(gb5595
37歳・♂・ER
布野 橘(gb8011
19歳・♂・GP
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP

●リプレイ本文

 月明かりも差し込まない地下室に、わずかに風が入り込む。
 小さな人の気配はあった。
 だが、コンクリートの無機質な壁が悲痛な叫びを押し潰す。
 壁の向うには物しかない。
 そう主張するかのような牢獄だった。
「ん?」
「どうした?」
 サブマシンガンを携えた見張りは、油断無く辺りを見渡す。
 こんなところに侵入者は入りようがないと思いつつも、
 ライトで丁寧に部屋かざす。
 非常灯のかすかな明りは、通路全体を照らすには足りない。
「いや、何か気配が‥」
 目の端で何かが動く。
 暗闇の中に何者かの気配が、確実にある。
「おい、気をつけ‥」
 言葉は最後まで紡げない。
 次の瞬間には硬い拳で顎の下を掬われ、彼は意識を失っていた。



 優(ga8480)は倒した男をその辺に転がすと、
 見張りの服を使って腕を後ろで縛り上げた。
「手際いいなぁ」
 結城加依理(ga9556)が苦笑いしながら優の動きを眺めていた。
 そういう彼自身ももう一人の見張りを背後から襲い、首を絞めて昏倒させている。
 乱暴な方法だが、能力者の身体能力なら一番簡単でもある。 
「‥特に問題ありそうな子はいないみたい」
 牢獄の中の様子を覗き見て回っていた藤田あやこ(ga0204)と、
 桂木穣治(gb5595)が戻ってくる。 
「こっちもだ。‥数が多くて全員は連れ出せないけどな」
「そうね。絶対に見つかるわ」
 子供が幽閉されているこの区画までは、この二人の手腕によって無力化されてきた。
 しかし無力化した範囲は自分達が通る分のごくごく僅かな面積だけであり、
 巡回の歩兵もいないわけではない。
 一人ずつなら運べるかもしれないが危険すぎるし、時間も無いだろう。
 次の巡回がいつ来るかもわからない。
 藤田と桂木はどちらも、子を持つ親だ。
 ここまで上手くいきながら、子供を今すぐ救い出せないことに焦りを感じていた。
「予定通り、外で待ってる二人に暴れてもらって、
 コンテナの回収とキッド・ナッパーの確保。
 それで行きましょう」
 結城が思考を区切るために最初の作戦を提示する。
 一呼吸あって、全員が頷いた。



 ドラグーンの二人は囮の爆音と共に敷地内に突入した。
「UPC参上ッ! マフィアども、覚悟しやがれ!」
 フーノ・タチバナ(gb8011)はミカエルを、
 柳凪 蓮夢(gb8883)は藤田から借りたジーザリオを使って直線的に入り込み、
 一気に相手の懐へと潜り込む。
 突入したフーノは相手の火線の真ん中につっこむと、
 オメガビートルへ体当たりして強引にバイク停止させた。
 間を置かずAUKVを装着し、グラシャラボラスでまずは一匹を斬り伏せた。
「やれやれ、乱暴だな」
 マフィア達がフーノに気を取られている間に柳凪もAUKVを装着を終えていた。
 二本の槍を交互に振り回し、手近なマフィアを切り突き、無力化していく。
 敵は未だに20を越えているが一般人は数に入らない。
 混乱から立ち直った何名かがサブマシンガンで柳凪を撃つが、
 リンドブルムの装甲には傷ひとつつかなかった。
 弾は30発程度。あっさりと撃ちつくして弾倉を交換しようとするが‥。
 流れるように、且つ人には不可視の速度で舞う穂先が、
 ほんの僅かな時間で幾つもの命を刈り取って行く。
「‥超小型のHWは?」
「どこにも居ないな」
 柳凪がフーノに問いかける。
 フーノは寄ってきたスライムの一匹にグラシャラボラスを突き立てているところだった。
 スライムの本体らしく中央の塊を潰すと、スライムは動かなくなった。
 二人は背中合わせに立つと武器を構えなおす。
 敵の混乱は未だに収束していない。
 何人かはどこかと必死に連絡を取ろうとしている。
「向うの連中、上手く行ったかな?」
「下手を打ったら連絡してくるでしょう」
「それもそうだな。‥それよりは」
 ここにジーザリオで突っ込んだ理由は内部班の足を確保するためでもある。
 残った4匹のキメラはじわじわとこちらににじり寄ってくる。
「ここでひきつけねえとな!」
 二人は一斉に飛び、最も近いビートルへと飛びかかった。
 


 地上に戦力が引きつけられているため、抵抗らしい抵抗は皆無だった。
 一般人の扱う武器では覚醒した能力者に傷らしい傷は与えられない。
 先陣切った優が月詠を振るうだけで、遭遇戦が終了する。
 このように地上班の起こした混乱に乗じて、
 コンテナを確保するところまでは順調そのものだった。
 だが、何事も順調には行かなかった。
「あんなのアリかよ!?」
 桂木は飛んできたプロトン砲を通路の陰に隠れてかわす。
 超小型のHWが通路を占有している。
 1m程度の機体だが、プロトン砲とフェザー砲で武装しており、
 キメラを凌駕する火力を備えている。
 出会い頭の戦闘で一機を撃破したが、
 固定砲台と化したもう一機に完全に足止めされてしまっている。
「どうする、キッド・ナッパーに逃げられるぞ!?」
「いや、大丈夫だ。逃走経路は抑えている。それを倒したら、あとは主犯を捕まえるだけだよ」
 無線から聞こえた声は柳凪のものだった。
「‥と言ってもなぁ」
「抑えておいてください。隙を作ります」
「‥仕方ないわね」
 超小型HWに藤田の超機械、桂木のダンダリオン、結城のエレファントが放たれる。
 遮蔽に隠れながら、プロトン砲を避けながらの応戦なのでどうしても狙いは散漫になる。
 だが、十分な陽動は果たした。
 数十秒後、装輪走行で滑り込んだ柳凪が、通路の反対側からドロームSMGを掃射。
 HWは背後から撃ちぬかれ体勢を崩す。
 プロトン砲が途切れた隙に他の傭兵達も一斉射撃。
 衝撃に弾かれ、穴だらけになった超小型HWは、
 地面を転がって通路の端にぶつかると、全く動かなくなった。



 逃げ場を失ったキッド・ナッパーと降伏したマフィアを揃って捕縛。
 コンテナの回収、子供の救出もほぼ完全な形で成功した。
 ただ、全てを運び出すには全く人手が足りない。
 傭兵達はUPCへの支援を要請し、以降は待つことしかできなかった。
「天下のUPC様もやることがえげつないな」
 キッド・ナッパーは嬉しそうにしている傭兵達を見て、悪意のある言葉を呟いた。
 捕縛されているというのに、その態度は不遜そのものだった。
 諦めて自棄になっているのか、UPCという組織を舐めているのか。
「商品は買うが店は要らんときたか」
「商品‥だと‥?」
 桂木は言葉に反応してキッド・ナッパーを見る。
 その視線は、彼を知る人間には酷く恐ろしく見えた。
 怒りにどす黒く染まって、まるで別人のようでもあった。
「ああ、俺達は能力者になりそうな子供を探す。
 UPCはその手間に金を出す。
 良い商売だと思ったんですけどねえ」
「ふざけるなっ!!」
 鬼のような形相をした桂木が、リーダーを渾身の力で殴り飛ばしてた。
「桂木さん!」
 結城が慌てて桂木の腕を掴む。
 桂木の腕は小さく震えていた。
「‥手加減はした」
 桂木に覚醒変化は無い。
 ぎりぎりの理性で相手を殴り殺す愚行だけは避けたのだ。
 それでも非覚醒の能力者の力はバカにならない。
 鼻の骨ぐらいは折れているだろう。
「ペッ! ‥一丁前に怒ってんじぇねえよ、クソどもが!
 ガキの正義感を煽って戦争させてるのはてめらだろ!
 俺の商売とお前らで何が違う!
 てめえらみたいな奴を偽ぜあがっ!?」
 途中で悲鳴に変わる。
「そこまでです。申し開きは本部でしてください」
 優が月詠をキッド・ナッパーの太腿に突き刺し抉っていた。
「桂木さん、折角生け捕った対象をわざわざ殺す事はありません」
 柳凪が努めて冷静に、事務的な口調で告げた。
 怒りに震える人間を人の道では説得できない。
 それに捕虜を守ったとも言える。
 最後まで言わせていたら、きっと我慢できずに居た人間が居ただろう。
 残酷さが他の傭兵達の理性を呼び戻して行った。
 



 近隣に控えていた支援部隊はほどなくして到着した。
 多数の車輌を従えて乗り込んできたUPCは、
 数十人の子供とマフィアの生き残りを手際よく車に誘導していく。
 子供達の顔は暗く、戸惑いしか浮かんでいない。
 状況を理解するのはまだ先だろう。
「お疲れ様です。ここからは仕事は我々が引き継ぎます。
 どうか御安心ください」
 部隊のリーダーらしい男が笑顔で返す。
 キッド・ナッパーの足にある傷については何一つ聞かなかった。
 後に残る傷は一切ついていないことに満足げだ。
「まだ気にしてんの?」
 藤田が渋い顔のままの桂木を見やった。
 桂木は連れて行かれるままの子供達を、ずっとみていた。
「事実だから‥な」
 ラストホープのデータベースに登録されている能力者の4割以上が未成年。
 実働している傭兵のみに絞れば更に割合は増えるといわれている。
 これは厳然とした事実であり、その問題からカンパネラ学園という軍学校も設立された。
 誤魔化しようの無い、周知の事実だ。
 桂木のように30を越えてる者は全体の1割程度しかない。
「親達が不甲斐無くて、戦争に子供駆り出してるのは事実だろうよ」
 戦況の厳しい地域では少年兵も少なくない。
「でもよ、俺達は選んで能力者になったんだ。誰も恨んじゃいないって」
 フーノが快活に笑う。
 それが答えだった。
 
 エミタチルドレンの市場は壊滅したわけではない。
 戦争に乗じて利益をあげようとする人々にとっては、
 おいしい市場であることに間違い無い。
 だがそれでも幾ばくかのダメージを与えることに成功し、
 市場に寄生する人々に警告を与えることが出来た。
 依頼としては十分な成果だろう。
 あとはUPCの仕事だ。

 傭兵達は保護され、連れられていく子供達を見送る。
 今は、彼ら彼女らの前途が明るいことを祈るばかりだった。

(代筆:錦西)