タイトル:貫徹鬼ごっこマスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/27 18:12

●オープニング本文


 カンパネラ学園にも静かな夜が訪れようとしていた。だが、その静寂は本物の静寂ではなく、場にいる全員が息を潜めているゆえに作り出された、いわば人工的な静謐である。
 現時刻、つまり、今日の午前0時からの午前六時までの六時間、グラウンドでは死闘――おそらく死闘が繰り広げられる予定だった。
グラウンドには、普段設置されていない背の高い草むらがいくつかある。人が隠れるには充分な大きさだ。他にも、柵や巨大な岩など、よく分からないものが点在していた。
各々身を潜めている彼らにとっては冷や汗ものだった。朝から曇っていたせいで、グラウンドの夜はいつもよりも暗く感じる。視界も狭く思え、どこから敵がくるのか分からない。
そう、敵だ。六時間、彼らは敵から逃げ回らなければならないのである。


 午後になって最初の授業で、担当の教員がズバリと言った。授業、と言っても、彼が適当に寄せ集めてきた生徒で、カンパネラ学園に居たという共通点を持った人々である。
「今日の夜、鬼ごっこをするからな」
 生徒全員の目が丸くなった。一体何の話だと全員が唖然としていると、彼は得意げに話し出した。
「常日頃思うんだが、どうも君達は敏捷性と協調性に難があるように思われる。従って、今日の夜から朝六時まで、君達にはグラウンドで鬼ごっこをしてもらいたい。AU-KVは使用不可。己の足と頭脳だけで、俺が用意した鬼から逃げ切ってみろ!」
 と、そこまで言うと、彼は教室にロボットを招き入れた。姿形は獣型のキメラと何ら変わりない。割と大きな犬、というところか。続々と部屋に入ってきたその数は、三体。
 試作品、と説明した教員は良く鍛えられた胸を張った。
「こいつはキメラではないが、君達はキメラだと思って行動するように。見つかったら殺される、くらいの意気込みでな。もちろん、こいつに攻撃するのはありだし、早急に破壊して楽に朝日を拝むのも良い。なんせこいつらは酒に――げっふん、げっふん。何でも無いぞ!」
 何か今言いかけなかったか?
 嫌な予感がしている彼らをぐるりと見渡して、彼はにんまりと笑った。
「もちろん、回避策は用意している。グラウンドに三本のポールを立てた。そこに着いている旗を奪えば、開始後一分だろうが合格としてやる。――だが、ただし!」
 指を立てた教員は、息を溜めて、そして豪快に言った。
「この旗は一人一本、つまり、旗は三人しか取ることができない!」
 つまり、この方法では全員が合格することは出来ないということだ。どこまでも嫌な先生である。
 げっそりとしている彼らを嬉しそうに眺めて、彼は話を締めくくった。
「逃げ切るか、旗を取れば合格。鬼さんシリーズに捕まったら失格。失格者は、俺に食堂でパンを奢ることだ! では、夜に会おう!」


 何が「夜に会おう」だ。思い出しただけで腹が立つ。
 悪態をついていると、すぐそこまで試作品の息遣いが聞こえてきた。まだ見つかっていないようだが、油断は出来ない。
 試作品を教員は「鬼さんシリーズ」と呼んでいた。最悪のネーミングセンスにうんざりする。ともあれ、鬼さん一号から全力で逃げなくてはならない。
「ヤな授業だ……」
 見つかったら何をされるか分からない。寒い懐のためにも、絶対合格してやる‥‥!

 制限時間は、残り六時間――

●参加者一覧

斑鳩・南雲(gb2816
17歳・♀・HD
周太郎(gb5584
23歳・♂・PN
桂木菜摘(gb5985
10歳・♀・FC
橘 利亜(gb6764
18歳・♀・FC
南桐 由(gb8174
19歳・♀・FC
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
市来 緋毬(gc0589
17歳・♀・FC
鹿島 灯華(gc1067
16歳・♀・JG

●リプレイ本文

 静まり返っていたグラウンドに、例の教員の得意げな声が木霊した。
「いよーっし! 開始するぞー! お前等、じゃんじゃん不合格になれよ!」
「‥‥悪趣味な教員ですね」
 スタート地点から最も近い草むらに身を低くして隠れていたソウマ(gc0505)が顔を顰めた。既に『探査の眼』と『GooDLuck』を使用して辺りを窺っている彼は、今回の鬼ごっこで囮役を担当している。
 彼らの作戦は旗を取ることでも逃げ切ることでもなく、真っ向から勝負することであった。その方が、皆の性に合ったのである。
 同じ囮役の斑鳩・南雲(gb2816)はまさに真っ向勝負派で、早くも血が騒いでいるようだった。手にはウォッカを持ち、鬼さんシリーズの様子を窺っている。
桂木菜摘(gb5985)も囮役の一人で、父親から拝借したというウォッカとスブロフを両手に持っている。
「そろそろ行きましょうか。今の所、鬼が動いている様子はありません。二人とも、お願いします」
「了解なのですっ」
 最初に桂木が走って近場の岩まで走り込んだ。後に襲撃役の周太郎(gb5584)と橘 利亜(gb6764)が続いた。
 一方でソウマと斑鳩は先に進み、次に見える草むらにそれぞれ隠れた。ソウマには南桐 由(gb8174)とイルファ(gc1067)、斑鳩には市来 緋毬(gc0589)がついていくことになった。
「危なくなったら襲撃班は援護に回ります」
 市来は桂木達に比較的近い草むらに身を潜めた。
 準備は完了だ。後は、鬼さんシリーズが動き出すのを待とう。

◆vs.一号
 桂木が動いた。柵を越えてしまえば『鬼さんシリーズ』の一号と顔を合わせることになる。その前に、柵の周辺にウォッカを撒いておいた。これで鬼が釣られるのならば、後々応用できるからだ。
 だが、一号はふらふらと歩き回っているだけで、寄ってくる気配はない。
「ぶつけないと駄目だな」
 隣につけた橘が言う。むぅ、と頬を膨らませて桂木は酒の匂いに顔を顰めた。子どもだからということはないだろうが、アルコールの強烈な匂いが受け付けない。
「なっちゃん、やばくなったらすぐに旗を取るんだ」
「分かったのですっ」
 走り出した桂木は敢えて一号に見えるように、円を描くように動き回った。それはすぐに一号の目に止まり、一号は猛然と桂木を追い始めた。
「は、はやっ!」
 てっきり普通のキメラ程度だろうと思っていた襲撃班は、一号の予想外のスピードに目を見張った。即座に桂木が瞬天速を使っていなければ捕まっていただろう。
「何だ‥‥あの速さ‥‥」
 呟いた橘の声に答えるように、グラウンドに教員の声が響いてきた。
「がっはっはぁ! 一号ちゃんはスピードに特化しているのだ! 反面防御力に難はあるが、すんばらしい回避力を持つ敵に対して、さあ! どうする!」
「あの教員、実は馬鹿だよなあ‥‥」
 あれでも教員になれるのだから不思議な世の中である。溜息をついた周太郎は「パラノイア」を構えた。
「利亜。援護を頼む」
「分かった」
 雲隠の先を一号に向けた橘が走り出した。一号は防御力が低い、と教員がうっかり洩らしたので一気に片付けるのが吉だろう。
「桂木さん、屈め!」
 叫んだ橘は地面を蹴り、一号の長い尾目がけて雲隠を振り下ろした。刃が届く瞬間に、体を捻って刹那を発動する。
 しかし、驚異的な速度で走り抜けた一号に刃は届かず、虚しく地面を抉った。一号はそのまま、桂木の方へ向かっていく。
「まずい‥‥なっちゃん!」
「はわわっ」
 あたふたとしている桂木に一号はすぐに追いついた。とりあえず逃げなければと彼女は全速力で逃げる。不本意ながら、完全に鬼ごっこの体勢となったのである。
 だが、試作品に体力がなくとも、人間にはある。徐々に息を切らした桂木を見た周太郎は思わず叫んだ。
「なっちゃん! 旗を取れ!」
 はっとした桂木は、もう一度瞬天速を使い手近の旗を取った。
 だが、一号の勢いが止まらない。
「あっち行けですよー!」
 やけくそで持っていたスブロフを一号に投げつけた桂木である。それを見た橘が即座に駆け寄り、瓶をイアリスで真っ二つにした。
 アルコール度数99%の液体が一号に降りかかった。人間でも倒れる、というかその前に飲まない酒を浴びた一号は、ものの見事に酔っぱらって地面に突っ伏したのである。これを逃す馬鹿は居ない。
「さぁ!一気にぶっ壊すぞ!」
 吼えた橘の声に続いて周太郎も駆けだした。ふらふらと立ち上がることもままならない一号の尻尾を易々と切り落とし、その体躯を空中でと切り上げた。
「周!」
「貰ったっ!」
 飛び上がった周太郎がパラノイアを振り抜いた。
刹那を使用した一撃は一号の胴に直撃し、鬼さんシリーズ最初の一匹はあえなく破壊されたのである。

◆vs.三号
 トランシーバーで状況を聞いた斑鳩は市来を見た。
「どうも酒をぶつけると良いんだって」
「なるほど」
 頷いた市来の目線の先には、柵の間に立つ鬼さんシリーズ三号が見える。何せ額に馬鹿みたいに大きく『参』と描かれているのだから分かりやすい。
「一号は俊敏でしたよね‥‥三号は何でしょうか」
「さあ。でも、真っ向からぶつかれば大丈夫!」
 囮役の斑鳩が飛び出した。気づいた三号が柵からこちらに向かってくる。打って変わって、酷く鈍い動きだ。
「いよっし!」
 振りかぶってウォッカを投げつけた斑鳩を援護するように、市来がイリアスで瓶を薙いだ。ばしゃっと音を立てて酒が三号の顔にかかる。
 次の瞬間、スピーカーからまたあの教員の声が聞こえてきた。
「ぬわっはっはっはあ! その三号は攻撃力に特化したタイプだぞ! ちなみに、酒が入れば滅法強くなる!」
「い、言うのが遅いよっ!」
 叫んだ斑鳩目がけて三号が突進した。真っ向から受け止めた彼女は顔を顰める。防げないことはないが、腕がみしみしと悲鳴を上げた。
「南雲さん!」
 イリアスを振り抜いた市来のおかげで、斑鳩は一度その場を退いた。痺れた腕を振って息を吐く。
「こっちだってやってやる! きゅうきょくりゅーおーぎ、覇王彗星拳!」
 勇ましく叫んだ斑鳩の拳が三号の顔面に直撃した。対する三号の長い尾が彼女の右足を強襲する。顔を顰めた斑鳩が数歩後退った。
「やば‥‥!」
 がくりと膝を折りかけた斑鳩が何とか踏み止まる。だが、彼女を追ってと三号が突撃してきた。
 流石に避けきれないと彼女が腹を括った瞬間――、
「鬼さん、こちらです!」
 隠密潜行で気配を隠して近づいた市来の振り抜いたイリアスが三号の尾を狙った。振り回そうとしていた尾が刃に当たり、激しい金属音の後、尻尾がごとりと地面に落ちる。
「二人とも、目を瞑れ!」
 続いて援護に駆けつけて来た橘が三号目がけて閃光手榴弾を投げたのである。目を覆いたくなる光に視界を奪われた三号が呻き声を上げてその場に蹲る。
 光が消えると同時に斑鳩は走り出した。
「喰らえっ! さいしゅーおーぎっ!!」
 体を捻り、遠心力を利用して三号の顔面に拳を叩き込む。まともに喰らった三号は吹っ飛び、グラウンドに叩きつけられた。追いついた桂木が止めと言わんばかりにぴこぴこハンマーで腹を叩く。
 駆けつけた仲間達に気づいた斑鳩は、彼らに大きくピースサインをした。囮なのに、と苦笑した市来もやや恥ずかしそうにしながら、彼らにピースサインをしたのであった。

◆vs.二号
「分かり‥‥ました。ええ、こちらもそろそろ‥‥援護を、お願いします」
 トランシーバーで状況を聞いた南桐はソウマとイルファに仲間達が鬼さんシリーズを二体破壊したことを伝えた。
「ということは、あと一体ですね」
 そう言ったイルファは自分達の隠れている草むら近くを歩く二号を睨んだ。
 三人が息を潜めていると、スピーカーから教員の声が溢れた。
「くそ‥‥! お前達がここまでやるとはな‥‥だが、二号は俺の秘蔵っ子! 酒にも強く防御も堅い! さあ、どうする!」
「あの教員‥‥やはり一度猛省して頂く必要がありそうですね」
 溜息をついたソウマはイルファに手だけで指示を出した。頷いた彼女は、そっと足音を立てずに隣の岩まで移動する。
 次に南桐が近くで戦闘していたはずの市来を援護として呼び寄せた。万が一火力が足りないことを考えて、先に鬼を破壊していた周太郎や橘、桂木を近くの草むらと岩陰に待機させた。
 ソウマの隣に、足を引き摺りながら斑鳩が歩いてきた。
「足、大丈夫ですか?」
「平気、へーき。こんなんでも囮の手伝いは出来るって。最悪、危なくなったら旗を取るし」
 二人は同時に左右から鬼を挟み込むように飛び出した。耳を動かした三号に、ソウマがスブロフを投げつける。市来がその瓶をケルビムガンで撃ち抜く。酒が顔に降り注いだが、三号は顔色一つ変えずに、唸りながらソウマに近づいてきた。咄嗟に自身障壁を発動させた彼は意外そうな響き共に呟いた。
「効かない‥‥?」
「鬼さん、そっちに行くんじゃないの!」
 手を叩いた斑鳩が鬼を引きつける。首を回して彼女を認めた三号は牙を剥き出しにしてくるりと背を向けた。
「一本で駄目なら‥‥!」
 背を向けた三号にソウマはもう一本スブロフを投げた。同時に、隠れていた市来が飛び出し、イリアスを閃かせて鬼の尾を狙った。
 だが、彼女の刃は強靱な鬼の尾に跳ね返され、彼女は大きく後退ってバランスを崩した。
「市来さん!」
 駆けつけた周太郎が彼女を支える。その脇を抜けて橘が三号に突っ込んだ。後ろには桂木も控えている。
「うぉぉりやああ!」
 肌が赤く煌めく橘が雲隠で傷ついた三号の尾を強襲した。刃が食い込んだ瞬間に力を込めて、彼女は尾を斬り飛ばす。
 それでも闘志の衰えない三号の瞳が鋭く橘を射抜いた。
「ソウマさん!」
「了解です!」
 最後の一本であるスブロフを投げたソウマである。地面を蹴った桂木が、それをハンマーで叩き割った。
 いわば、三杯のスブロフを煽り続けた三号は、ようやく酔いが回ってきたようだった。
足元の覚束ない鬼を確認して、ソウマがさっと手を挙げた。
「行くぞっ!」
 走り出した周太郎がパラノイアで三号の胴を斬りつけた。鋼のように堅い鬼の体は刃を弾こうと力を込める。
「させないのですっ!」
 刃を返した瞬間に桂木が急所突きで鬼の防御力を下げ、ハンマーで同じ箇所を叩いた。ドン、という大きな音が鳴り、鬼が小さな悲鳴を上げた。
「まだ‥‥です」
よろけた三号に南桐が接近する。抜刀・瞬で朱鳳に持ち替えた彼女は、迅雷で一気に距離を詰め、至近距離から刹那で強烈な一撃を叩き込んだ。そのまま勢いに任せて上空へ三号を斬り上げる。
「イルファ君!」
「行きますっ!」
 岩陰に隠れていたイルファが動いた。制圧射撃を併用し、ガトリング砲を弾が無くなるまで連射したのである。
 それは空中で身動きの取れない三号を正確に捉え、大きなダメージを与えた。グラウンドに落ちてきた三号は身動き一つしていない。
 代わりに、スピーカーが割れんばかりの大音声で声が響いたのである。
「終了!! よくぞ頑張った!」
 教員の声に、グラウンドに居る全員は呆れたように肩を竦めた。
 俺の試作品をよくも壊したな、という小声の恨み言が、しっかりと聞こえていたのである。

◆翌朝
 食堂に集められた彼らの前には、超高級料理が置かれていた。何でも、教員が朝になるまでにかき集めた最高の食材で作ったのだという。
 目を丸くして美味しそうな料理を眺めていた彼らに、教員は胸を張って言った。
「実は桂木に勝ったら朝飯を奢れ、と言われていたからな! 食堂は金がかかるから、俺が手ずから作ってやったぞ!」
「馬鹿ですね、この人」
 ソウマがしれっと言った。明らかに材料費の方が嵩んでいるのだ。
 椅子に座った桂木は、目を輝かせて料理を眺めている。香ばしいスープに、肉汁たっぷりのステーキ、焼きたてのパンに、甘そうなデザートが並んでいる。
「さあ食え! じゃんじゃん食って、今日も授業や訓練に励んでくれよ!」
「いよっしゃあ! 食べるぞー!」
 フォークを握った斑鳩が早速ステーキに手をつけ始めた。続いて皆それぞれ席につき、好きなものから口に入れる。
 性格も悪く、頭も悪い教員が作った割に、彼の手料理は何よりも美味しかった。
 一時間近く豪華料理を堪能した八人は、殆ど同時に食事を終えて、同時に嬉々として言ったものである。
「ご馳走様でしたっ!」