タイトル:湖上の演奏会マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/19 09:33

●オープニング本文


 音楽の世界というものに、年齢はあまり関係してこない。若かろうが老いていようが、実力と才能があればスポットライトを当てられることも少なくない。自分に才能がある、と確信しているならばまだしも、自分からすれば普通であると思っていたことが、意外と誰にも出来ないことだったりするものだ。
 カンパネラ学園に寄せられた依頼主は、まさにそんな奇跡的な人間の一人であった。つい最近脚光を浴び始めた五十代の婦人である。彼女の奏でるヴァイオリンは優しい調べを奏でる。学園内にもファンだという生徒が結構いるらしい。
 今回の依頼は実にシンプルだった。すなわち、遅咲きのヴァイオリニストのリサイタルのアシスタントである。
 一ヶ月かけて各地で演奏会を行っている彼女の次の公演地は、なんと湖の上だというのだ。水上にボートを浮かべて、その上で演奏するという。この演奏ツアーの目玉とも言える演奏会らしい。
 だが、湖という不安定な場所に加え、最近そこで魚とも海獣ともつかない奇妙な生物が確認されるようになった。今の所、人的被害は出ていないようだが、そんなところへみすみす彼女を行かせるわけにはいかない。
 現在、本格的にカンパネラ学園の調査が入っているその湖は、学園のグラウンドの丁度二倍に当たる、四方を森に囲まれた比較的小さな湖である。障害物もなく、波も起きない静かな湖だが、一度落ちれば底なし沼のように感じられるほど深い。更に、現在の気温では、恐らく氷が薄く張っていることだろう。
 そんな場所をどうして選んだのか、という問いに、彼女はゆっくりと穏やかに答えたものだ。
「あの場所はね‥‥夫に――ああ、今は他界してしまったのだけど、彼にプロポーズをされた場所なのよ」
 夫が亡くなる間際、共にもう一度行こうと約束した土地でもある。その約束は果たせなかったが、せめて、天国にいるであろう彼に自分の音楽を届けたい。
 そう言う彼女の目元は、少し潤んでいた。


 調査を終えた生徒達と教官が帰ってきたのは、その翌日だった。護衛として選抜された生徒達を一つの教室に集めて、収集された情報をパネルに映しながら、大柄の男性教員が言った。
「おそらく、湖に住んでいるのはシーサーペントの類似種だと思われる。それほど強大な敵ではない」
「シーサーペントとは何ですか?」
 生徒の質問に教員は頷いた。
「本来は海中にいる爬虫類のようなモンスターだな。まあ、あんなにでかくは無いだろうが‥‥確認された影から考えると二メートル強と言ったところだな。それから」
 画面を切り替えて教員は続けた。
「四方の森には別動隊を行かせる。諸君等は湖にはびこる奴らの始末だけに専念すればいい」
 淡く光を放つ画面に映し出された箱のようなものを指した教官は、少しだけ表情を曇らせた。
「なお、湖上には数日前よりメイズリフレクターが多数確認されている。もしかしたら、こいつらの方が厄介かも知れないな」
 薄青色の雷を微かに放つ透明な箱は、グリーンランドで確認されている新型のジャミング式ワームである。一見ただの立方体だが、こちらの攻撃を反射するという特性は侮れない。
 骨の折れる仕事かも知れない。生徒達は資料をめくりながらぼんやりと考えた。
「心配するな、諸君」
 胸を張った教員は堂々と言った。
「この仕事が終われば、ちょっとした褒美が出るぞ」

●参加者一覧

木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
Laura(ga4643
23歳・♀・BM
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
抹竹(gb1405
20歳・♂・AA
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
ファング・ブレイク(gc0590
23歳・♂・DG
吹雪 蒼牙(gc0781
18歳・♂・FC

●リプレイ本文

 その森は鬱蒼としていたが、進むにつれて湖を撫でる風の音が耳に入るようになっていた。
 カンパネラ学園から派遣された別動隊は既に作戦を開始しているようで、遠くに銃声や鬨の声が聞こえてくる。
 湖まで数十メートルというところで足を止めた彼らは、対シーサーペントの前準備を始めた。UNKNOWN(ga4276)の持ってきた荒縄の長さと各自の持ち位置を確認する。これなら水蛇も引き上げられそうだ。
 彼らの作戦はこうだ。まず、メイズリフレクターに気取られないよう、湖を囲むように数人組で待機し、水中に沈めた餌に食いついた水蛇を手早く討ち取る。次いで、厄介なワームの親玉を捜す。
 親玉さえ壊してしまえば、何てことのないワームだ。問題はその反射能力をどう防ぐかである。受け流すとしても一度か二度が限界だ。それ以内の回数で壊さなければならない。
 首を鳴らしたファング・ブレイク(gc0590)は珍しく顔色が冴えない。隣に立っていたLaura(ga4643)が心配そうに顔を覗き込んだ。
「どうしました、ファングさん」
「ん、ああ‥‥また爬虫類か、と思ってよ」
「もしかして爬虫類がお嫌いですか?」
「っていうか、蛇、だけどな」
 Lauraは怖くないのか、と聞かれて、彼女はにっこりと微笑んだ。大丈夫です、と言って、笑みを崩さずに続ける。
「私、爬虫類が好きなんです」


 シーサーペントの影が湖の浅い部分でうごめいている。湖近くの大木に荒縄をきつく結んだムーグ・リード(gc0402)が仲間の方を見て頷いた。
 湖には薄青の細い電気を放ちながらメイズリフレクターの小さな立方体の体が浮遊している。気づかれないようにボートを手分けして湖上に浮かべる。
「では、宜しくお願いします」
 Lauraの声に木場・純平(ga3277)とUNKNOWNが頷く。UNKNOWNを船尾に、二人が前方に乗りこんで、ゆっくりとボートが動き出した。
「それでは、私達はメイズリフレクターの方に向かいます」
 荒縄を陸に残ったムーグ・リード(gc0402)に辰巳 空(ga4698)が言った。彼と抹竹(gb1405)、そして吹雪 蒼牙(gc0781)はメイズリフレクターの殲滅の先鋒を担当することになった。彼らは陸から水蛇を攻撃するムーグとファングに会釈して、音を立てないように森を東へ移動し始めた。
 それにしても綺麗な水面の湖である。透明度が高い水のおかげで、ボートからはシーサーペントの位置がよく分かる。
「こうして見ると、やはり大きいな」
憶えず呟いて、荒縄が緩んでいないか確かめた木場のトランシーバーに抹竹からの連絡が入った。
「距離はありますが、ワームは気にしないでやって下さい。近づくそうなものは私達が遠距離から攻撃します」
「助かります」
 丁度、水蛇が水面を蹴ってこちらに向かってくるところだった。木場はUNKNOWNに背中を向けたまま右掌を差し出した。彼は意図を読んで、持っていた煙草を一本渡す。
 木場は適当な長さに切った煙草を湖に落とした。合わせて、Lauraがオールで水面を打つ。
 気配に気づいたシーサーペントがゆっくりとこちらに近づいてきた。不思議そうに湖に浮かぶ煙草を鼻先に当てる。
 その瞬間だ。
「――今だ」
 UNKNOWNの合図と殆ど同時に、Lauraが水面目がけてハルバートを振り下ろしたのである。鋭い槍先が的確に水蛇の体に突き刺さった。
 途端、痛みを感じた水蛇がものすごい力で浮上してきたのである。力で負けたLauraが手放したハルバードを体に埋めたまま、水蛇が大きな体を器用に操って跳ねる。
 機会を窺っていた木場はすかさず、輪にした縄先を水蛇の頭に投げた。すっぽりと体が収まったのを確認すると、彼は岸にいるムーグとファングに合図を送った。
「行キマス」
「了解っ」
 男二人は荒縄を掴むと力一杯引き始めた。何せ大物だ。唸り声を上げて全力で岸に水蛇を引き寄せる。
 暴れ回る水蛇を岸辺に上げるのは一苦労だ。そうこうするうちに、事態を察知したメイズリフレクターが湖上に集まり始めた。加えて、水蛇の尾が水を打つことで、水上のボートがひどく不安定に揺れる。
「ボートが危ないですね。両側の小物だけ潰せますか?」
 双眼鏡で辺りを見回していた抹竹が言った。それを聞いた辰巳が即座に動く。
「私が行きます」
「僕も手伝います」
 小銃を構えた辰巳は素早く引き金を引いた。ボートに近づいていた小さなワームを一撃で落とす。砕けたワームが水上に降り注いだ。
 次いで吹雪がショートボウで水蛇の傍を射抜く。狙いを外したので、矢自体は湖の底へ沈んでいったが、それで水蛇の注意を引くには十分だ。ボートを叩こうとしていた水蛇の動きが鈍る。
「一気ニ‥‥ヒキアゲ、マス!」
「任せろ。行くぜ!」
 ムーグとファングが、ぐいと荒縄を轢いた。ずるずると湖面を腹で撫でて引き上げられた水蛇は予想以上にまだ元気があった。
 陸に残った二人は同時に弓と番天印を構えた。地面を叩いて藻掻こうとする水蛇の頭を、ボートの上から木場が縄で牽制している。
 命中精度を高めたファングが弓を引いた。水蛇の目を狙って立て続けに放たれた矢が、ぎょろりと動かしている目を射抜いた。音を立てて水蛇の体が弓なりに撓る。間髪入れずに四本の矢を腹に叩き込んだ。
「制圧、開始、デス…逃がシ、マセン、ヨ…?」
 続いて、ムーグが制圧射撃で水蛇の動きを封殺した。思うように進めず、かといって湖に戻ることも出来ない水蛇が、徐々に弱り始める。
 そのタイミングを狙って、岸に戻ってきたLauraが動いた。水蛇に瞬速縮地で一気に走り寄り、その体に刺さったハルバードを引き抜いた。
「とどめですっ!!」
 裂帛の気合いと共に、Lauraがハルバードで水蛇の頭を振り薙いだ。傷口を抉られた水蛇が一際高く体を持ち上げた。その勢いを殺して、ゆっくりと地面に平伏した。ずん、と地面が揺れる。
「‥‥やったか?」
 確認するように呟いたファングの声に、背から飛び降りたLauraは小さく頷いた。
 だが、まだ終わりではない。
 三人が僅かに気を抜いた瞬間、湖に悲鳴が響いたのである。
「――危ないっ!!」



 メイズリフレクターの親玉を見つけるのに、そう時間はかからなかった。双眼鏡から目を離した抹竹は、目的のものを見て不敵に微笑んだ。
「あれですね。あの正八面体のコアです」
「うわ。思った以上に大きいですね」
 銃を構えたまま吹雪が意外そうな声を上げた。
 双眼鏡を置いた抹竹は息を吐いた。意識を集中させて、一度閉じた目をすうっと開く。
「対象を確認‥‥うるさいお客には、とっとと退場してもらうか」
 地面に俯せになり、彼はライフルを構えた。貫通弾を装填して、親玉のワームに照準を定める。隣では、辰巳がシールドを構えていつでも反射に対応できるように待機していた。
「吹雪さん、俺の合図に合わせて一斉に攻撃を。いかに相手が反射能力を持っていても、反射しきれないほどの火力で押し切れば勝機はあります」
「分かりました」
 弓から「ハングドマン」に持ち替えた吹雪は、対象をメイズリフレクターの親玉に定めた。
「行きます。三、二、一‥‥」
 ゼロ、と同時に二人は一斉に攻撃を放った。貫通弾と、「ハングドマン」の電磁波を同時に喰らったメイズリフレクターが十二面体の体をくるくると動かした。痛がりもせず、音も立てないその姿が逆に不気味でもある。
 刹那、コアが仄かに光り始めたのである。吹雪の背中に冷たい汗が伝った。即座に辰巳がシールドを構えて前に立つ。
 だが、それだけではなかった。
 反射の軌道上に、岸から戻ったボートがすっと割り込んだのである。流石に抹竹も蒼白になって立ち上がった。
「――危ないっ!!」
 メイズリフレクターが、怒り狂ったようにその身に受けた攻撃を反射させた。


 それはものすごい音と衝撃だった。目を瞑った辰巳はシールドから顔を少し上げて様子を窺った彼は目を見開いた。
 しんとした湖の上に一隻のボートが浮かんでいる。その上にはUNKNOWNが立っていた。あれだけの攻撃を巧みに受け流したのである。おかげでフロックコートの裾が衝撃で破れてしまったが、外見上はそれほどの大怪我ではなさそうだ。
陸に残った仲間達も唖然としている。流石、デスネ、と唯一ムーグだけが口元を綻ばせた。
コートを手で軽く叩いたUNKNOWNは呼吸を整えて木場を見た。
「怪我はありませんか?」
「ああ。助かった」
 ボートの底から身を起こした木場はアサルトライフルを既に担いでいた。そのまま銃口をワームに向ける。
「それでは、仕返しと行くか。幸い、今の一撃で弱っているようだ」
「二度は受け流せないが」
 苦笑したUNKNOWNはボートに座った。受け流したとはいえ、身に受けたダメージは相当なもののはずだ。攻撃まで手が回りそうな様子ではない。
 木場は陸にいる仲間達に目配せした。これで仕留めるためには、全員の力で押し切るしかない。
 陸に残った全員が武器を構えた。
「行きますっ!」
 口火を切ったのはLauraと辰巳だった。二方向から同時に真音獣斬で衝撃をぶつける。敵がよろめいたところで、スナイパーライフルを構えた抹竹が残弾の限りを同じ箇所に放った。
 十二面体のワームにひびが入った。即座に吹雪が動きを止めるように電磁場を発生させた。
 構わず反射しようとするワームに向けて、ファングが弓で牽制した。多角的な攻撃に惑わされて、反射すべき方向を判断できないワームは、ただ淡い光を放つ立体同然であった。
「よし、留めだ」
「必ズ、仕留メ‥‥マス」
 ボート上の木場と陸のムーグが同時に貫通弾を放った。プローンポジションで命中精度を上げたムーグは、貫通弾が無くなるまで撃ち続けた。ワームの体に入った罅がどんどん大きくなっていく。
 そして、遂に――
 バン、と大きな音が鳴った。
 粉々に砕けたメイズリフレクターの破片が辺りに散る。
 それはさながら水晶が空から降るようで、武器を下ろした彼らは幻想的ともとれるその光景に、安堵の息を吐いたのであった。



 湖上の演奏会は晴天に恵まれ、多くの人々が集まっての開催となった。
 豪奢なボートの上に立った女性はヴァイオリンを静かに構え、そして、滑流れるような美しい所作で弦に弓を当てた。
 華麗な音が徐々に聞こえ始める。ご褒美だ、と言われた通り、カンパネラ学園を代表して招待された彼らは、その音を近くの森から聞いていた。その場所はボートが最も近くに見える特等席でもある。
 豊かな音が幾重にも重なる。どうしたら一人でこんな音を出せるのだろう、と耳を傾けていたムーグは目を閉じて思案した。きっと、これはあの女性の心の音なのだろう。どこか懐かしく、どこか心が暖かくなる、そんな音だ。
 さあ、と風が湖面を撫でる。薄暗くなった森を、冷たくも穏やかな月が照らしていた。
 ふと席を立ったUNKNOWNはケースからヴァイオリンを取り出した。
「音のダンスを、しようか」
 躍動する音を支えるように、彼の音が重なる。湖上のヴァイオリニストは少し驚いたようにこちらを見て、そして優しく微笑み彼の音を歓迎した。
「いやはや、贅沢な報酬ですよ」
 嬉しそうに言ったのは抹竹である。特にUNKNOWNは怪我もしているはずなのに、音からは全くそんなことは窺えない。大した奏者だと素直に感心した。
「そう言えば、Lauraさんは歌手なんですよね」
 吹雪が隣に座っていた彼女に言った。彼女は整った顔を緩めて、そうですよ、と言った。
「何か歌わないのですか?」
「え‥‥でも、良いのかしら」
 首を傾げたLauraにファングが言った。
「大丈夫だ。この手のことには疎いが、この音楽にLauraの声は合うと思う」
「そうですね。あなたの歌を聞いてみたいです」
 辰巳も賛同する。
 やや赤面したLauraは、こちらに視線を向けている女性を見た。弓を離した彼女は笑って、弓の端を少しだけ動かす。どうぞ、と言われているようだ。
「では‥‥お言葉に甘えて」
 立ち上がったLauraは息を吸い込んだ。一拍置いて、感情を解放するように即興の歌を紡ぎ始める。
 夜の演奏会が一層艶やかになる。
夜の帳が降りた湖に、レッジェーロ・ソプラノの美しい声と、低く安定したヴァイオリンの音、そして――‥‥
全ての人々を暖かく包み込む、高く繊細な奇跡の音がしっとりと満ちていた。