タイトル:この花を貴方にマスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/10 23:46

●オープニング本文


 グリーンランド某所。小高い丘には、一件の廃屋があった。廃屋、とはいえ内装が荒れているだけで、立派に家の形を保っている。
 バグアの支配に抵抗する過程で破壊された小さな家で、ここには老いた男性と娘が住んでいたという。もっとも、二人は首都『ゴットホープ』に逃れており、現在も元気に生活していた。
 ひょんなことからカンパネラ学園の関係者と知り合った老人は、その人にぽつりと零したことがあった。二人で親睦を深めるために酒場で杯を交わしていた時だった。
「いや、命が無事であったことを感謝すべきなのだろうが、人間というものは一つ叶えると別の一つが惜しくなってしまう」
 薄桃色の弱い酒を煽った老人は、ぽつぽつと話した。
「実はな、娘が生まれた時から育てていた花があるのだ。品種改良というやつだな。あの家が壊される数年前に完成したんだが、あの花は今、どうしているのだろうな‥‥」
 娘は今では二十歳になるという。彼女が赤ん坊の頃から、男性が絶えず世話をし続け、いつか開花することを願って試行錯誤を重ねてきた花だ。思い入れも相当なものだろう。
 家を襲撃された際に、逃げるのに必死で花の咲いた鉢を忘れてきた男性は、ここに住み始めてからもそれだけが気がかりだった。新しく種を買えば良いはずだが、まだ種にして増やす段階ではなく、またそれによって利益を得るつもりもなかった彼は、いつも必要な分だけを種にしていたのだった。
 つまり、現存する彼のオリジナルの花は、壊された家にしか無かったということになる。もしかしたら、廃屋の周辺をふらつくキメラ達に踏み潰されてしまったかもしれない。
 酔っているのか、悲しみからなのか、男性は目を赤くして掠れた声で言った。
「この世にあろうがなかろうが関係のない花だった。研究対象になるような花でもなかったしな。だが、あの花は私にとって娘と同じ存在だ。あの時、どうして一緒に持ってこなかったのか悔やまれてならない」
「‥‥」
「老人の戯れ言として受け取っておくれ。このまま老いて死んでいく前に、あの花をもう一度見られたら‥‥」
 後は言葉にならなかった。
 誰に話しても適当な言葉で慰められてきたのであろう彼は、堰を切ったように嗚咽を静かに漏らした。


 花はどんな花か、と聞かれた時、彼は涙を拭って笑いながら言った。どうしてそんなことを聞くのか、と。
 その花が無事かどうかだけでも確認できるかもしれない、と言うと、彼は酷く驚いて、そして一緒に飲んでいた人の身分を思い出して深く頷いた。
「カンパネラの手を煩わせるのは気が引けるが‥‥」
「人は支え合う生き物でしょう。困っている人を助けることに、どうして躊躇う理由がありましょうか」
「‥‥‥お気持ち、ありがたい‥‥」
 老人は、鞄から一枚の紙を出し、そこに花の絵を描いた。芸術家であるという彼の筆の運びは確かで、非常にリアルな花の絵が出来上がった。色を塗れない代わりに、細部を線で示して色を指定する。
 紙をその人に渡して、彼は深々と頭を下げた。
「何卒、宜しくお願いします」


 紙に描かれた花は、四枚の白い花弁に、薄い黄緑色の茎、葉は先に行くにつれて深みを増す。特徴的なのは、花弁の先に薄桃色の斑点があることだろう。
 最後に花を見たのは、家が襲撃に遭う前日の夜、ベッド脇の小さな机の上だったらしい。あるとすれば、その周辺だろう。
 問題なのは、その家の周辺はキメラの縄張りとなっており、一人では近づけないことだ。願わくば、キメラが飢えから花を見つけて食べていないことを。
 その後、色々と調べていて、ある一つの情報に行き着いた時、思わず息を呑んだ。無意識に緊張した声が口をついて出る。
「‥‥サンドワームが確認されているのか」
 こいつは厄介なことになりそうだ。
 とりあえず、敵を潰してから花を探すことにしよう。

●参加者一覧

新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
フォビア(ga6553
18歳・♀・PN
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
ティル・エーメスト(gb0476
15歳・♂・ST
ロゼア・ヴァラナウト(gb1055
18歳・♀・JG
蒼河 拓人(gb2873
16歳・♂・JG
フェイト・グラスベル(gb5417
10歳・♀・HD
希崎 十夜(gb9800
19歳・♂・PN

●リプレイ本文

 そぐわない、からっとした天気だった。歩いていると少し汗が滲むことさえある。
 派遣された八人の先頭を歩く新条 拓那(ga1294)は額に浮かんだ汗の玉を拭った。彼の視界には、既に数体のキメラが映り込んでいる。
「話には聞いてたけど、凄い数だなぁ。あのままじゃ家も荒らされちまう。手早く片付けないといけないね」
 彼の言葉に蒼河 拓人(gb2873)は双眼鏡から眼を離して頷いた。
「誰かの笑顔を守るお仕事、か。頑張らないとね」
 近くの木に登って家の周辺を確認していたフォビア(ga6553)が二人の隣に降りてくる。髪にかかった雪を払い落としながら彼女は言った。
「狼が前衛、犬は後衛、鷹は奴らの間に密集している」
「鷹の方はやや広がっているようです‥‥偵察を兼ねているのでしょうか」
まだ木の上に残っているロゼア・ヴァラナウト(gb1055)は表情を引き締めた。
地上で双眼鏡を覗いていたフェイト・グラスベル(gb5417)は幼い顔をにこりと綻ばせた。
「家の東、十メートル強の位置に視界の開けた場所がありますっ。あそこまで引っ張れれば家に被害を与えなくて済みそうですねー」
「ならば、作戦通りに俺達がそこへ誘導しよう」
 希崎 十夜(gb9800)は滝峰の刃を伸ばして言った。仲間達も彼の提案に頷く。
彼らは素早く行動を始めた。まずは、新条、希崎、フォビアの三人が敵集団に近づいて行った。残りは一足先に先の場所に移動し、やや離れた位置から三人を見守る形になる。
 人間の匂いに気づいた狼型キメラと鷹型キメラがこちらを見た。足を止めた三人はお互いに目配せをして、フォビアを残して後退しながら左右に散開した。
「作戦、開始する」
 残されたフォビアが狼の群れに向けて小銃を発砲した。曖昧な狙いだった銃弾は狼の足元に着弾する。雪がどっと吹き上がった。
 驚いたキメラ達もすぐに反撃に出た。けたたましい咆吼を上げた刹那、予想以上の速さでフォビアに接近したのである。すぐさま彼女も身を翻して、左に行った希崎の方へ向かった。後ろに控えていた二人も各々攻撃して敵を引きつける。
「来たっ」
 フェイトの掛け声で、後衛の五人も動き始めた。
 戦力の低い新条側に回り込んだティル・エーメスト(gb0476)は、探査の眼とGooDLuckを使用した。すぅ、と眼を細めて敵の位置を確認する。こちらに誘導された狼は三体、鷹は六体だ。
 ティルはエナジーガンを構え、新条に突撃する狼を撃ち抜いた。決して小さくない体の狼が衝撃に負けて地面に転がる。遅れて来たロゼアも離れた位置からライフルを放った。
「援護サンキュッ!」
 瞬天速を使用して鷹を一カ所に集めるように走る新条も超機械γを構えた。羽音を五月蝿く鳴らす鷹型キメラの集団に狙いをすませて、強力な電磁波をぶつけた。ギィ、と悲鳴を上げて飛行能力を奪われたキメラが地に墜ちる。
「よっし!」
 成功を示すように、新条は高く腕を突き上げた。
 一方、左に散った希崎とフォビアが誘導したキメラにも、後衛の攻撃が一斉に降り注いでいた。
「いつも通りだ、何も問題は無い」
 淡々と言った時枝・悠(ga8810)は手近の狼に接近すると、紅炎で一太刀の元に斬り捨てた。隣では牽制していた希崎は迅雷を使用して鷹の背後に回り込み、そのまま小銃で背後から撃ち抜いた。
 前衛を任されたフェイトとフォビアには狼型キメラが突進していた。七体も流れた狼は集団で牙を剥きだして二人を牽制している。近接戦闘に秀でたフェイとは両手で持つ竜斬斧「ベオウルフ」を振り切った。軌道上に居た狼が数体吹っ飛ぶ。
「フェイトさん!」
 背中を狙って急降下してきた鷹型キメラをフォビアが小銃で撃ち抜いた。身を屈めていたフェイトが彼女の方を振り返る。
 だが、その表情が凍り付いていた。
「フォビアさんっ!」
 どうした、と尋ねかけたフォビア身を固くした。
 背後で獣の息遣いが聞こえたのである。振り返った時には、目の前まで獣が口を開いて来ていた。鋭い牙が自分の肩に吸い込まれるのを彼女は一瞬で悟った。
しかし――、
「自分を忘れて貰っては困るな」
 敵の行動を見極めていた蒼河の制圧射撃が狼の集団に直撃した。足を止められた狼が地面にひっくり返る。走り寄ってきた時枝がそれらを一刀両断した。
「怪我は?」
 彼女の声にフォビアは首を横に振った。
「ありがとう、助かった」
「お互い様。あんたも、良い攻撃だった」
 見つめられた蒼河は嬉しそうに銃を担いだ。覚醒したのか、彼の周りの空気が落ち着いているように見えた。
「悠ちゃんも、頼りにしている」
 虹のように様々な色を瞳の中に映して、蒼河はふっと微笑した。


 思えば、犬型キメラが誘導に乗らなかったことを不審がるべきだった。キメラとはいえ、その危険を察知する能力は人間よりも高いのだから。
あらかたの敵を片付けたティルが息を吐いて辺りを見回した。探査の眼を使用している彼には、現状が不気味でならなかった。犬型キメラが来ないこと、異様にキメラ達の強度が弱いこと。こちらが強かった、というだけでは説明できない気がする。
「まさか‥‥」
 彼の嫌な予感は次の瞬間、的中した。足が浮きそうなほどの地鳴りが八人を襲ったのである。今まで感じたことのない揺れに、全員がバランスを崩した。
いや、人だけではない。キメラ達も脅えて足をすくませた。
「気をつけろ、サンドワームが来るぞ!」
 誰ともつかない叫び声に、犬型キメラの叫び声が重なった。
 その瞬間――、
 地面を蹴破って、凄まじい大きさのサンドワームが顔を覗かせたのである。
 咄嗟の判断で後転した新条にしてみれば冷や汗ものだっただろう。つい先程まで自分の立っていた場所から巨大なミミズが這い出して来たのだから。
 巨大な頭を見上げていた彼だったが、放心していたのは一瞬だった。今まで戦っていたキメラ達を弾き飛ばして登場したサンドワームの大きな口が降る前に体を反転させて安全な場所まで退避する。
「大丈夫か!?」
 駆け寄ってきたのは時枝だった。左眼を黄色く変化させている彼女に支えられて新条を立ち上がった。
「やば‥‥ちょっと食らったかな」
 右足が言うことを聞いてくれない。折れてはいないだろうが、これでは流石に動きづらそうだ。
 彼の足を見やった時枝は切れた頬の傷を拭って舌打ちした。
「今のは相当効いたようだ。キメラ達が吹っ飛んだのはありがたいが、犬も集まってきているし、相当不利だ」
「てて‥‥誰か回復できる人は?」
「フォビアと蒼河がやっている」
 間もなくフォビアがこちらに走ってくるのが見えた。手には救急セットを持ち、やや青ざめた顔色だった。
「どうだ?」
 時枝が尋ねるとフォビアは金色に変わった瞳を伏せた。
「無傷なのはティルだけだ。運が良い。蒼河さんが手当をしている。重傷者は私が見る限り居ないな」
「良かった。――お、これなら動ける。助かったぜ」
 少しでも回復力を上げようとしたのか、新条も手当の合間に覚醒していた。柔和な表情が厳しく引き締められている。
「全員、覚醒して戦おう。キメラはある程度無視して、サンドワームに集中攻撃をかける」
「分かった。伝えてくる」
 立ち上がった時枝が後ろに退避した仲間の元へ走って行った。
 サンドワーム出現時の衝撃は予想以上に攻撃性を持っていた。直撃した者は居なかったが、直後の攻撃まで防げた者が少なかったというのも確かであった。
 どこまでが頭なのか分からないが、地面に這い出た体を振り回しているサンドワームの背後には犬型キメラと残党勢力が結集していた。
 足に力を入れた新条は僅かに眉を歪めた。一度跳躍するのが限界か。だが、全く足手まといになる怪我ではない。
「いけるか?」
「ああ。大丈夫だ。きみも腕は無事か?」
 フォビアは一瞬驚いたような表情になって、そして笑った。
「安心して。体は頑丈なほうだから」
 視線を動かすと、作戦を伝えられた仲間達が合図を出しているのが見えた。こうして八人全員が覚醒しているのは、なかなか壮観だ。それだけで、勝てる気がしてくる。
「行こう」
 淡々と行った新条は立ち上がった。


 サンドワームとの戦いは苛烈を極めた。
「攻撃、開始します!」
 唯一、自身障壁を使い無傷だったティルが即座に覚醒した。髪を銀色に染め、瞳を赤く変化させた彼がエナジーガンで牽制すると、その横をすり抜け、フェイトが一気に加速してサンドワームに接近した。覚醒した彼女は、身長がぐんと伸びて大人の女性に見える。その背には、光の翼が広がっている。
「ミカエル」を装着した彼女が、竜の爪によって強化したベオウルフを振り下ろした。
「堅い‥‥っ!」
 見かけに反する堅さにフェイトは目を見張った。同時にサンドワームが体を動かす。斧の刀身で自身を庇った彼女の体が吹き飛ばされる。
「フェイト!」
 走りながら彼女を受け止めた時枝が地面を蹴った。ぐんぐん速度を増して、巨大な敵に突進する。敵意に気づいた犬型キメラ達が迎え撃とうとワームの前に立った。
「犬が‥‥蒼河っ!」
「任せろ! ここは援護屋の真骨頂だ。一本たりとも逃さない!」
 制圧射撃を犬型キメラにぶつけた蒼河は地面に座っていた。両足には包帯が巻かれている。それでも、決して落ちることのない命中精度で、犬達を足止めさせて地面に転がした。彼は次いで援護射撃を行い、時枝の攻撃を後方から支えた。
サンドワームの体に飛び乗った時枝は、二段撃を背中に叩き込んだ。それでも皮膚には傷がつかない。
「想定内の硬さだ。何一つ、問題は、無い」
 不敵に微笑んだ彼女は、全く同じ箇所にもう一度、二段撃を打ち込んだ。割れるような音と共に、サンドワームの背中から体液が溢れ出す。
おぞましい声を上げてワームが大きく体を揺らす。振り落とされるまえに背中を蹴って、時枝は攻撃の届かない範囲へ逃げた。
「皆さん、その場を動かないで下さい」
 髪と目を漆黒に染めたロゼアの淡々とした声が響いた。次の瞬間、ライフルに装填された強弾撃が、正確にサンドワームの負傷部を抉ったのである。
 痛みを訴えるように口から赤い触手を出したサンドワームの悲鳴が木霊する。長く伸びた触手は人だろうがキメラだろうが構わずに、全てのものに巻き付こうとうごめいた。その一つは確実に、攻撃したロゼアに向いていた。
「くそ、そっちまで手が‥‥」
 残党勢力のキメラ達を撃っていた蒼河は苦々しく吐き捨てた。犬が天敵である彼女に犬型を近づけまいとするあまり、触手まで攻撃が回らなくなっているのだ。
「分かった。ならば、ここは俺が行こう」
 彼女の脇から走り出た希崎は髪の先を赤く変化させた希崎が前に立った。迫り来る触手に滝峰を構える。
「全速、全開! 雷・刹・閃! 喰らいなっ!」
 触手を切り落とした希崎は迅雷で加速し、サンドワームの眼前に飛び上がった。そのまま、円閃を繰り出して、大きく開いた口を斬りつけた。
「フォビアさんっ!」
「了解」
 間髪入れずに苦無を投げつけたフォビアがサンドワームに向かった。行く手を阻む犬型キメラをゲイルナイフで切って捨て、地面を蹴る。
 項垂れるようにしていたサンドワームの口に突き刺さった苦無を足がかりに、彼女はワームの顔に爪を食い込ませた。落ちる力に任せて思いっ切り引っ掻く。
 唸り声を上げて頭を下げたサンドワームをティルが追撃した。炎剣「ゼフォン」の柄を掴んで、地面に縫いつけるようにサンドワームの頭から剣を突き立てたのである。
「今です! 新条様! フェイト様!」
「了解!」
 左右両側から接近した二人が同時に叫んだ。
 加速したフェイトは背中の傷を狙って爪を振り下ろす。一撃目とは違い、すんなりと爪を食い込ませた彼女は、片手で持ち上げた斧を命一杯振り下ろした。サンドワームは力なく抵抗するだけで、彼女を振り下ろそうとする気配は無い。
「新条さん!」
「任せろ。このデカミミズ野郎! 切り刻んで釣りの餌にしてやるから覚悟しやがれってんだ!」
 高く飛んだ新条は、勢いを殺さずにサンドワームにツーハンドソードを突き立てた。
 ギィ、と一際高く鳴いて、サンドワームはぐったりと地面に横たわった。ティルが剣を引き抜いても、起き上がる様子はない。
不気味なほどの静けさだったが、それは戦闘が終わったことを証明するには充分な静寂だったのである。


残ったキメラを片付けるのは容易なことだった。殆ど逃げ腰になっているキメラを手早く片付けて、八人は廃屋の中へと入った。
内装はぐしゃぐしゃになっていたが、ベッドの脇だけは何も変わらず、整頓されたままだった。
ベッド脇を探していたフォビアは、そこに漂う甘い香りに首を傾げた。身を屈めてベッドの下を覗くと、茶色の鉢の底が見えた。壊さないようにそっと引き出して見ると、土に埋もれて小さな白い花弁が覗いていた。
「誰か、花の詳細を見せて」
 蒼河が見せた花の絵と、転がった鉢から掘り起こした花弁を見比べてフォビアは、仲間を呼んだ。
 集まった仲間達が一人一人絵と花を確認して、全員、同じように頷いた。
「‥‥見つけた」
「これか。確かに、綺麗な花だね」
 微笑んだ新条は土ごと手に花を持ち上げた。適当な鉢を探してみたが、転がっていた鉢は割れているし、他にそれらしいものも見当たらない。
「これを使えばどうでしょうか?」
 ティルが差し出したのは牛乳パックの上部を切り落としたものだった。花が丁度収まるサイズのものだ。
 そこまでして、全員がやっと肩の力を抜いた。
「さあ、おじいさんに‥‥届けましょう」
 瞳を潤ませたまま、ロゼアが言った。


 花と再会した老人は信じられないという風に肩を震わせて泣き崩れた。八人が何とか宥めても、彼が落ち着くのに、実に二十分近くを要したのだった。
 まだ涙を拭いながら、老人はぽつぽつと話し始めた。
「良かった‥‥本当に良かった。あなた方には何と御礼を言って良いか‥‥」
「護りたいモノはその人にとって掛け替え無いモノならば、尽力を以って守り抜く。当然のことだ」
 ぶっきらぼうに言った希崎だが、その表情は軟らかい。その彼を、拓人さんは硬派ですねっ、とフェイトがからかった。
 そんなことはない、いいやそうだ、と言い合う二人の間から、ティルが顔を覗かせて尋ねた。
「そう言えば、おじいさん、その花の名前は何というのですか?」
「そうそう、花言葉も知りたいな」
 蒼河も会話に加わる。
 二人の言葉に、老人は深く頷いて、ゆっくりと口を開いた。
「これは「白桜(はくおう)」、花言葉は「慈愛」と言ってな。――ああそうだ。もし、良ければ種ができたら、頂いてくれませんか?」
 八人は同時に目を丸くした。良いんですか、という誰かの問いに老人は朗らかに微笑んだ。
「これも何かの縁です。白桜もきっと喜ぶはずだ」
 奇跡の花、白桜。
その白い花弁に散る薄桃色の斑点が、彼らには桜の花びらのように見えた。