タイトル:【FC】冬の訪れの前にマスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/11/25 15:05

●オープニング本文


 ミヤビが消滅して数日後、四国のとある山林で白骨遺体が発見された。
 UPC軍の制服を着ていた事からすぐに身元の調査が行われ、結果、まつりの父であることが判明した。
 何かを大事に守るような体勢で発見された遺体には、一つだけ小さなペンダントだけが完全な形で残されていた。
 遺品と遺骨を受け取ったまつりは、小さく呟いたという。
「これが、今の四国でどれだけ恵まれていると思いますか?」
 涙一つ流さなかった少女は、遺品を引き渡した軍人に頭を下げた。
 
 ●
 
「あたしが‥‥ですか?」
「そうだよ。元々そういう進路だったんだよね?」
 無事傭兵達に救出された蛍――三枝 まつりは治療を受けた後、嘗てのリーダーであった日向 柊の元を訪れていた。
 四国総司令官としての大役を遂げた日向の司令室はまだ修理中で、こうしている間も上下関係なく様々な人々が出入りしている。身分の無い今の自分が通されたものだから、まつりは少し驚いていた。
 全くそういう事を気にしない日向は、机の上に長い足を投げ出してくつろぎにくつろいでいる。というより、ふんぞり返っている。
「でも‥‥あたしはもう学園生じゃないです」
「だから、学園生としてちゃんと卒業してたら、そういう進路だったんだよね?」
「それは、そうですけど」
「――君の事は、ベルナドット元中尉から聞いてるよ」
 突然恩師の名前が日向の口をついて出たものだから、まつりの鼓動が大きく脈打った。
 自分が学園を出た後に、その籍を追われた大切な先生の名前だ。忘れるはずがない。
「‥‥と、いうより、彼の残した書類をエーリク大尉が持ってきただけだけどね」
「はぁ」
「とにかく。君は今、何かしていた方が良いよ。祖国の為なら頑張れるよね?」
 拒否権は与えられていないようだった。
 それに、大切なものを一度に失った自分にとって日向の言葉は尤もだ。
 しばし考えていたまつりは、やがて小さく頷いた。
「やります」
「うん。じゃあ、精々頑張りなよ」
 日向総司令の一言で、まつりの入隊が決定した。
 
 ●

「四国が落ち着くまで、貴官の指導を務めるシャルロット・エーリク大尉だ。よろしく頼む」
「‥‥もしかして、ヘンリー先生の」
「あの男の名前は出すな。出したら軍法会議にかける」
「ご、ごめんなさいっ」
 ドスの利いた声で言われてまつりは肩を震わせた。おかしい、超絶仲良しでお互いの家を行き来する仲だと聞かされていたのに、今の冷たい空気は何なのか。
 その大尉は、新品の軍服に身を包んだ少女を上から下まで眺めていた。言うまでも無いが、まつりの身長は高い。
 大尉よりも、高い。
「あの‥‥」
「何を食えばそうなるんだ」
「え、と‥‥」
「いや、気にするな。ついて来い」
 ごく普通の生活をしていただけなんだけれど、と思いつつ、まつりは用意された車の助手席に座った。
 
 
 ――西予市周辺。
 ここから更に南に行けば、ミスターSが討ち取られた場所がある。丁度この辺りは戦闘の爪痕が周囲と比べて小さく、人々の新たな生活拠点の中心として機能していた。
「軍人らしく、民衆に不安の無いように振る舞うように」
「はい」
「今回の任務は周辺の警戒、及び避難民の受け入れだ。特段難しいことはない。既に軍が警備を固めているし、避難民の為の施設は用意してある」
「それじゃあ、あたしは何をすれば?」
「周辺の警戒と避難民の受け入れと言っただろう? 後は好きに行動すると良い」
 つまり、殆どすることは無いということだ。
 何かしていろと言われて来たのに、と首を捻っているまつりに、大尉は肩を竦めた。
「思う所があるだろう」
「え?」
「話は聞いている。だから、今は気持ちの整理をつけると良い。人々に触れ、過去を思い出し、決意を新たにするのが貴官の本来の任務だ」
「‥‥」
「夕方に迎えに来る」
「あ、あの――」
 言いかけたまつりを手で制して、大尉は車に乗り込んだ。
 すっと窓が開いて、大尉が顔を覗かせる。
「任務が成功することを祈る。私の隊の席を空けて待っているからな」
 それだけ言うと、大尉は猛烈な速度で車を走らせた。
 去っていく車を見つめていたまつりは、ふと空を見上げた。
 曇天の中から差し込む陽の光が眩しい。もう半袖では少し寒いくらいだ。
「軍人、か‥‥」
 母や父と同じ道に、今立っている。
 その事実に、まだ現実味は無い。
 代わりに肌を撫でる風の冷たさが、深まった秋と直ぐ傍まで来た冬の存在を知らせていた。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
弓亜 石榴(ga0468
19歳・♀・GP
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
三枝 雄二(ga9107
25歳・♂・JG
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD

●リプレイ本文

 大きな戦いを控えているとはいえ、各地の復興も蔑ろにはできない。
「ミスターSも討伐されて、この四国も守る事が出来ました。バグアとの決着も大詰め‥‥復興にも力が入ります」
 神棟星嵐(gc1022)が言ったように、ここ四国もそうした戦地の一つである。
 傭兵達が派遣された戦地は閑散としていた。
 戦いの爪痕が依然残る難民キャンプでは、少しでも待遇の良い市街地への移動を希望する難民が殺到していた。決定したものは荷車や自動車に荷物を詰め込み、決まらなかったものは肩を落として仮家に戻っていく。
「確かに、今は辛いかもしれません、ですがあなたの周りにはあなたを見ている方がたくさんいます、その中に笑っている人がいたら、あなたも笑ってみてください、そうすれば誰かも笑顔になります」
 声をかける三枝 雄二(ga9107)は祈りを一人ずつ捧げながら、今後の幸福を願った。そうして顔を上げて、荒涼とした大地を見渡す。
 戦後ではよくあるものだが、何度見ても、この光景は心が軋む。
 
 ●
 
「避難されてきた方はこちらです。‥‥大変でしたね」
 避難民を誘導する石動 小夜子(ga0121)は重たい足取りで前に進む人々に丁寧に声をかけていた。それでも、視線は時折遠く――キメラが出ないかと警戒することを怠らない。
「あ、石榴さん。そちらをお願いしても良いでしょうか?」
「うん、任せてよ♪」
 常に傍らで行動する弓亜 石榴(ga0468) はにっこりと笑った。四国での戦いで、石榴の傍には小夜子があった。
 大切な友人で、大事な仲間だから、傍にいるのは自然なことだ。だから今回も、二人は共にいる。一緒にいるだけで、口を開かないけれども、そこには多くの会話が流れていた。
「この食料はこっちで良いですか? なんでしたら、もっと運べますが」
「ありがとうございます。それでは、追加でお願いします」
 備蓄庫近くで兵士と話をしている星嵐の両腕には、既に大量の布袋があった。流石は能力者というべきか、一人いるだけで物資の運搬も思いの外はかどるものだ。
「ところで、まつり‥‥三枝‥‥」
 まつりの居場所を聞こうとして、星嵐は言い淀んだ。
 話では軍人になったと聞いた。それでも星嵐とまつりの間に何が変わるというわけではないのだが、軍人を相手にした時の呼び方で逡巡したのである。
 呼び捨ては流石にまずい。しかし、階級が分からない。
 ほんの数瞬動きの止まった星嵐に、応対する兵士は肩を竦めた。
「あなたでその聞き方は二人目ですよ。三枝さんなら、炊事場にいます」
「ありがとうございます」
 苦笑した星嵐は物資を手早く運び終わると炊事場へ向かった。
 
 ●
 
 炊事場は、どこの場所であっても戦場のままだ。
 一度に大量の食事を作らなくてはならず、料理人達は大粒の汗を浮かべながら必死に鍋をかき回している。
「まさか姪っ子がこんなことになっていようとは思わなかったよ」
 航空作戦帰りだが、背広に着替えている雄二は傍らの少女に言った。しばらく見ないうちに、外見も精神も、立場も変わっているように見える。
 だが、その性格の根本までは変わっていないのが分かるから、雄二はほっと息を吐いた。
「お父さんのことは、俺にも連絡がきたよ‥‥肝心な時にそばにいれなくて、すまない」
「いえ、良いんです。なんとなく、もう戻ってこない気はしてましたから」
 銃を担いで立つまつりは小さく言った。落胆していないわけではないだろうが、どこかその言葉には達観したようなものがあった。
(まあ、それはそうっすよね‥‥)
 声には出さず雄二は思った。
 心づもりを必要以上にしていても、父親の死を予感していても、それでも誰が母親の末路を予測できただろう。
 最も初めに排除したい可能性にぶち当たったまつりの心境は、察するにあまりある。
「なんだったら、抱えてるもの、おじさんに話してみなさい、これでも一応牧師だ、そういう相手としては適役だろう?」
「‥‥ここでは重くなりますね。少し、移動しましょう」
 足を踏み出したまつりはしかし、一歩進んだところで立ち止まった。
 向こうから星嵐と、そして、表情に困る人が近づいてきていたのだ。
「元気ですか、まつり」
「何とかやってます。まだ色々慣れないですけど‥‥あの‥‥」
 星嵐の言葉に反して、まつりはじっと自分を見つめる須佐 武流(ga1461)の方を見た。物言いたげで、けれどもどれから言えば良いのか考えている、そんな顔の恋人を。
「‥‥まあ、歩きながらにするか」
 結局、怒れば良いのか慰めれば良いのか、それとも抱き寄せれば良いのか判断のつかなかった武流の一言で、彼らは炊事場をゆっくりと後にした。
 
 ●
 
 一通りの誘導が完了すると、傭兵達は休む間もなく巡回に出る。
「石榴さんは、仕事の後はどうされるのですか?」
「んー‥‥とりあえず、一回日向さんの所に行こうかなと思ってるんだ」
 この場所に来る前、石榴は色々な場所に足を運んでいた。
 折角まつりの居場所が決まったのだ、石榴はこれまで関わりのあったジャックやヘンリーに手紙を書くよう頼んできていた。書きづらいといけないので、大尉宛にも書いて貰った。
(こっそり書き足したけどね‥‥)
 悪戯心は石榴の専売特許だ。それはそれ、これはこれ。可愛い悪戯の範疇だから、きっと許してくれるはずだ。
 そして、彼女はその足で日向の元へ向かっていた。
 こちらは何てことはない、ただの興味本位でもあった。
「仕事は?」
 書類作業に追われる総司令官は石榴の顔を見ずに言った。すぐ済むからさー、と言った石榴は少しして口を開いた。
「日向さんは、何で四国の為に戦ってるのかなーと思って」
「仕事だからだよ」
「ややや、そうじゃなくてさ。憎まれ役をしてるっぽかったり、色々体を張ったりしてたから、そこまでする動機が気になるなーと。使命感ってだけじゃないでしょ?」
「‥‥」
 走らせるペンの動きを止めた日向は、いつもの不遜さを隠しもしない表情で石榴を真っ直ぐに見た。
「――‥‥それで、日向さんは、何と?」
 話を聞いていた小夜子に、石榴は舌を出して笑った。
「もっと仕事をしたら教えてあげる、ってさ。上手くはぐらかされちゃったなぁ‥‥」
「何か言いたくない理由でもあったんでしょうか」
「んー。そういうわけでは、なさそうだった気がする‥‥けども」
 言葉を濁した石榴は、別れ際の日向の顔を思い出していた。
「君は、家族は健在?」
 部屋を出ようとした石榴に、いきなり日向は尋ねた。意味を理解しかねて首を傾げた彼女に、既に背を向けていた日向はぽそりと言った。
「大事にしなよ。そういう未来を、君は命を賭けて守ったんだからさ」
 パタン、と閉まった扉に向かって石榴が返せる言葉は、頷き以外何も無かった。
「‥‥意味深ですね」
「うーん‥‥」
 歩きながら悶々とする石榴に、小夜子は見えないように小さく微笑んだ。
 興味の尽きない表情の彼女を見ていると、小夜子はいつも思う。
 彼女の言葉に、行動に、どれだけ自分や周りの仲間達が助けられていたか。
「石榴さんを見ていると、私、思うことがあるんです」
 一歩踏み出した感触を確かめるようにして、小夜子は呟いた。脇から顔を覗き込むようにした石榴に微笑んで、彼女は灰色の空を見上げた。
 戦いを決するのは、絶対的な力だ。それは勝利への前提でもある。いわば、必要条件だ。
 だが、全ての戦いに置いて必要なものは力ではない。
「石榴さんを見ていると、戦いで大切な物は心だ、と‥‥」
 言葉を切った小夜子に少しだけ石榴が真顔になる。
 そして、彼女も空を仰いだ。
「私は、普段通り、誰からも評価されない働きぶりだったよ」
「そんなことっ」
「でも! ‥‥でもね」
 小夜子の声を遮った石榴は、彼女に向き合って、その手をそっと握った。
「ホントウの事は小夜子さんだけが知っててくれたら、それでいいや」
「‥‥石榴、さん」
「そんな顔しない! 私にとって大事なのは相対的な感想じゃない、私が「どう」楽しむか、だもん♪」
 ニコッと笑った石榴につられて、小夜子も微笑む。
 お互いに一番、今言いたい言葉があるとすれば、それはきっと一つだ。
 
 最後まで、共にいてくれて、「ありがとう」と――。
 
 ●
 
 無茶をしすぎだとか、無鉄砲すぎだとか、そういう類だと思っていたのだが、ついてきた男三人は口を揃えて言ったものだ。
「まぁ、なんというか‥‥相談の一つもなかったのは、少しばかり寂しかったですね」
 苦笑した星嵐は、バイクを押しながら後方から言った。ちらりと後ろを向いたまつりの眉間が少し寄っている。申し訳なさそうな表情は、学園を出る前の彼女と同じものだった。
「俺は別に、軍人になるとか、学園を出たこととか、そういうことに怒ってるんじゃないからな」
 むっすとする武流は横から言った。
 姿が確認されたと聞けばすっ飛んでいき、命の危險があると知れば体を張って守ってきた。
 いつだって、彼女がどの立場にいても、そのスタンスは変えなかった。
 だが、結局彼女はいつも、誰にも何も言わずにどこかへ言ってしまう。
「まったく‥‥一人ホイホイ決めちまって‥‥一言くらい欲しかったもんだ」
「ご、ごめんなさい‥‥でも、あたしは、ああいう時、どうして良いか分からないし、それに‥‥そういう状況じゃなかったから‥‥」
 父の死を知り、母の豹変を見、友人の傷つく姿を突きつけられた。
 そして今も、その現実がまつりを苛む。
「ごめんなさい‥‥どうして良いか、あたしには分からないから」
 肩を落とすまつりに、雄二が背中を擦った。
「‥‥フムン、無責任なことは言えないから、どうしろとは言わないが‥‥そうだねえ、一人ぼっちでいることは、避けたほうがいいかな、いつも、誰かがそばにいる、そう思える環境にいることは、心の栄養を取るためにも重要だと思うから」
 例えば、隣にいる人とか、と武流に視線で合図した雄二である。こういう時に限って明確に意図を察してしまう男は、一瞬視線を泳がせて、それから咳払いを一つした。
「あー‥‥まつり、ちょっと」
「? はい」
 星嵐と雄二の進む方向とは違う方向へ歩き出した武流に、まつりが小走りについていく。
「まつり」
 その背中に呼びかけた星嵐に、少女の脚が止まった。ばっさりと切った――けれども、少しずつ伸びつつある黒髪を振って向き直ったまつりに、彼は言った。
「なんだかんだで、遺跡で初めて会った時から、まつりに振り回されてばかりでした。こういう結末を迎えるとは思いもしませんでした」
「‥‥」
「それでも、騒がしくて楽しい学園生活を、貴公のおかげで送れました。ありがとう、まつり」
「わ‥‥わっ。あたしの方こそ、ごめんなさい! ありがとうございますっ」
 真っ赤になって言うまつりに、少し、以前のようなあどけなさが戻っていた気がする。
 微笑んだ星嵐はバイクに跨り、雄二と武流に一度会釈をすると砂を巻き上げて走りだした。
「行くぞ」
「はい」
 再び歩き出した二人の背中を見やって、雄二は胸の前で小さく十字を切った。
「主よ、少女の行先に、幸いがありますよう、見守ってあげてください、AMEN」
 願わくば、もう誰も、傷つく必要のない世界へ――。
 
 ●
 
 立ち止まってしばらく無言で見つめ合っていたまつりが何か言い出す前に、彼は口を開いた。
「‥‥おかえり、まつり。やっと戻ってきたな‥‥」
「あ、あの、近い、近いです‥‥」
「うるさい。俺が今、お前に何をしようが、お前に拒否権はない」
「うぐ‥‥」
 強引に腕を引かれて抱き寄せられた少女は、武流の肩でふがふがと何か文句を言っていたが、少しして無駄だと分かったのか黙り込んだ。
 こんな会話、こんな感触も、随分久しぶりだ。
「散々手間かけさせてくれやがって‥‥」
「ごめんなさい‥‥」
「許さん」
「あぅ‥‥」
 ぐす、と言ったまつりの頭を軽く叩いて、武流は息を吐いた。
 怒っているには、起こっているのだ。それも、結構本気で。
 傷ひとつなく、とまではいかなかっただろうが、こうして無事に戻ってきたことは安堵しているが、それとこれとは話が別なのだ。
「俺に対して、すまないとか、ごめんなさいとか思うのなら‥‥拒否はできないな?」
「で、できませ‥‥むぐっ」
 顔を上げたまつりの唇を塞いだ後で、武流はニヤリと禍々しく笑った。
「よし、言ったな。拒否するなよ?」
「し、しませんよ」
「よし。まつり‥‥お前は、俺のものだ」
 忘れるな、ともう一度抱き寄せた武流の背中に、まつりの腕が回る。
 もう二度と、離すものか。
 言葉にしないそんな誓いが、二人の間で交わされていた。
 
 ●
 
 傍目には物凄く近寄りがたい雰囲気で、流石に石榴も小夜子も割って入ろうという気にならず、雄二は微笑ましく見守り、巡回を終えて帰ってきた星嵐は肩を竦めたのだが、ここで空気を読まない人が一人だけいた。
「イチャついているところにすまないが、迎えに来た上官を待たせるのは感心しないぞ」
「わあああっ!」
 大慌てで飛び退いたまつりは、ぎこちなくエーリク大尉に敬礼した。
 一部始終をしっかと見届けていた――しかも周りも敢えて何も言わなかった――大尉は、組んだ腕を解くと、部下に車の助手席を顎で指した。
「しばらくというより、随分長い間借りていくぞ」
「‥‥なんだろう、若干の不安が」
「何か言ったか。公衆の面前で堂々と抱き合う輩に不安がられる要素は、一つたりとも持ちあわせていないが?」
 ぐうの音も出ない武流とまつりである。
「ま、まあまあ。ごちそうさまということで! はいこれ!」
「何ですか、これ?」
「見れば分かるよ♪」
 間に入った石榴が、まつりに例の手紙を渡した。受取証明書と称する紙にもしっかりサインさせる。
 後に車の中で手紙を読んだまつりが「破廉恥です!」と叫ぶことになるのだが、そうとも知らない彼女は「ありがとうございます」と言って頭を下げた。
「これからの人生が善きものでありますよう、祈っています」
「ありがとうございます。お世話になりました」
 小夜子にも頭を下げて、最後にまつりは男三人の方を向いた。
 最初から今まで、影に日向に支え続けてくれた人々だ。
 進む道が何度も変わり、時には茨の道を行くことになっても、ついてきてくれた。
 だからこそ、自然と溢れる言葉がある。
「‥‥ありがとうございました」
 過去形で締めくくったのは、決して離別の挨拶ではない。
 彼らは何も言わずに、軍服を身にまとった少女の手をしっかりと握った。


 四国の灰空の隙間から、僅かに青空が見える。
 数年後には、きっとこの土地は以前にも増した平穏な場所になるだろう。

 三枝まつりという少女が、四国の地に生まれ、多くのものを失い、多くのもの手にした。
 駈け出しの軍人である彼女が、この地の復興に力を尽くしていくのは、また別の、これからの話である。 
 
 了