タイトル:【FC】狂宴・夏の惑いマスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/25 00:43

●オープニング本文


 死に際のあの人は、微笑んでいた。
「生き延びてくれ、雅‥‥そして、あの子を、頼む」
 銃を担いだままの私は、涙を流して膝を折った。
 決して浅くない傷、薄れていく呼吸の音――その先に待っている事実を受け止められなくて、私は彼を抱きしめたまま必死に名前を呼んだ。
「死んでは駄目! あの子の元に帰ると、約束したのでしょう!」
 思えば、始めから勝利の難しい戦だった。
 まだ、四国に大きな敵も確認されず、バグアと軍で小競り合いをしていた頃の話だ。日本から遠く離れた土地では、傭兵達が強大な敵を退けたという話も、また土地を守りきれなかったという話も聞こえ、戦況が混迷していた頃だった。
 軍属の三枝夫妻は取り立てて優秀な軍人ではなかったが、特務部隊に所属していた事と、私にエミタの適正があることを理由に、今回の任務を言い渡された。家族にも秘密で世から姿を消し、この周辺を支配しようとしているバグアの拠点を探せ、という雲を掴むような無茶な命令だった。
 だが、そんな命令がまかり通るほど、人類側にとっては不利な状況で、また疲弊した状態だったのだ。
 三枝夫妻には、娘が一人いた。
 娘を置いて家を長く空ける事に抵抗した私は、夫に残るように懇願した。だが、夫はその声を制して、いつにも増して厳しい声で言った。
「一人より二人の方が良いに決まっている。俺達が四国のために動くことで、子どもたちの未来が安全になるんだ。あの子は物分りが良い。きっと、察してくれるだろう」
「でも‥‥」
「まだこの辺りは守りが堅い。俺達が迅速に任務を遂行すれば、早く帰れるさ」
 優しい夫だった。娘を愛してやまない父親だった。
 能力者ではない夫を戦場で連れ回したのは私の責だ。そして、私を庇って凶弾に倒れたのも、私の責だ。
「あなた‥‥」
 物言わなくなった夫の亡骸を抱えて、私は豪雨の中泣き叫んだ。
 ひとしきり泣いて、涙なのか雨なのか分からなくなるまで泣いて、そして私は立ち上がった。
 背負っていた剣を抜いて、森の中に鋒を向けた。
「‥‥殺してやる」
「ふふ‥‥良いわぁ、その顔。その、憎悪に満ちた顔」
 『それ』は邪悪に笑って私を見た。見窄らしい衣を纏いながらも、肌の白い、美しい娘の姿をした『それ』は、銃口を私に向けた。
「あなた、娘がいるんですって? その娘を、あなたの姿で殺したら、どうなるかしら」
「貴様‥‥!」
「構わないじゃない? だって、一人や二人、今更同じでしょう?」
「黙れ!」
 くすくすと『それ』は笑った。
 哀れな娘を保護しようと近づいた夫を至近距離から撃った娘は、人間の姿をした人ならざる者だった。初めて目の当たりにしたバグアは予想に反してか弱い外見で、そして、獰猛だった。
「あなた、綺麗ね」
「なに‥‥?」
「綺麗なものは好き。わたしが、使ってあげるわ」
 何を、と言いかけた時には、『それ』の顔が目の前にあった。飛び退いて、私は剣を振るう。金属の擦れる音が響いて、『それ』の爪が、一気に私の剣を折った。
 どん、という鈍い感触の後に、腹の辺りに灼熱の痛みが走った。私の体に吸い込まれた『それ』の腕は、私の背中からまた腕を生やしていた。
「‥‥‥‥」
「安心して良いわよ。だって、あなたはもう、老いることがないのだから」
 きゃははと笑う少女の張り付けたような偽物の笑い声を聞きながら、私は瞼を下ろした。
 
 ●
 
 ――声が、聞こえた気がした。
 愛機の中で顔を上げた三枝 まつり――蛍は、睨むように辺りを警戒した。
 レジスタンスから離脱して、半月近くが経とうとしていた。ミヤビを追うことを許され、単独行動をしている蛍だったが、情報収集の手は緩めなかった。
 おかげで、日向が四国の総司令官となり、阿南基地が防衛に成功したこと、榊原アサキを退け、ミスターSの手すらも払いのけたという情報は、当然彼女の耳にも届いていた。驚きの連続だが、四国を解放することが最終目的である以上、当たり前の戦果だと日向ならば言ったはずだ。
「‥‥あたしも、早く合流しないと」
「それはどうかしら?」
「――っ!」
 突然の上空からの銃撃。機体を反転させて躱した蛍のマリアンデールは、即座に反撃の体勢を取った。地上に降りてきたタロスを狙って、主砲を放つ。
 ひらりと舞うようにこれを回避したタロスは真紅――ミヤビの機体に違いなかった。
「一人でお散歩? 呑気な子ね、お母さん泣いちゃうわ」
「黙れ! お前に母を語る資格はない!」
「どうして? 若くて、あの日のままの、お母さんの姿でしょう?」
 ミヤビの笑い声を制するように機体を進めた蛍は、主砲の砲口ごとタロスに体当たりした。激しい振動が双方の操縦者を襲う。
「お前は母なんかじゃない! 母の体を返せ!」
「返して欲しいなら、この体を滅ぼしなさいな」
「――っ!」
「できないんでしょう?」
 タロスが長い刃を振るう。腕を一本持って行かれた蛍の機体が大きくよろけた。
「威勢の良いことを言っておいて、手は下せない。大切な者が死んでいくのをただ見ているだけ」
「違う! あたしは、そんな弱い人間じゃない!」
「どうかしら。『これ』の娘に相応しい意気地の無さね」
「な‥‥」
 言葉を失った蛍の機体が一際大きく揺れる。操縦席付近を貫いたミヤビのタロスが、眼前で蛍を嘲笑うように動きを止めていた。
「あなたは私の娘なのだから、協力してもらうわよ」
「なにを――‥‥あぁっ!」
 いきなり全身に強力な電流が走った。悲鳴を上げた蛍は、ぐったりとして力をなくす。続いて、計器や操縦桿が音を立てて砕け散った。
 操者不在のマリアンデールがタロスに導かれるようにふわりと宙に浮き、意図しない変形を行った。
「ふふ‥‥楽しみだわ」
 タロスの中で、ミヤビは笑う。
 そして、手鏡を取り出して自分の顔を見つめた。メッキが剥がれるように、頬の皮膚が焦げたような色になってボロボロと落ちる。
「‥‥醜い。こんな、醜いなんて‥‥」
 憎悪に満ちた声でミヤビは手鏡を握り潰した。
 
 ●
 
 その日、四国北部の上空にタロスの姿が確認された。
 その傍らには、真紅のマリアンデールが控えていた。親子のように佇む二機の紅い機体は、手近な街を人質に軍に宣戦布告をしてきたのである。
 声明を受けたのは、勿論彼だった。
「まったく、じゃじゃ馬にも程があるね。どっかに拘束しておいた方が良かったかもしれないね」
「どう、なさるのですか‥‥」
 尋ねたウィリアム・シュナイプに日向 柊総司令官は冷たく言い放った。
「壊して良いよ。蛍が裏切るとは思えないけど、ゼロじゃない。裏切りを確信したのなら、機体ごと壊せ」
「ですが‥‥」
「命令はしたよ」
 それきり黙った日向に、ウィリアムは擁護の言葉を持ちあわせていなかった。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
綾河 零音(gb9784
17歳・♀・HD
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA

●リプレイ本文

 閉ざされた意識の中で少女は夢を見ていた。
 
 もう戻らない、幸せだったあの頃を夢を――。
 
 ●
 
「まあ‥‥ゆるりとしてみる、か」
 対峙するタロスを見るUNKNOWN(ga4276)はコクピットの中で煙草に火を点けずに咥えていた。
「前もそうだが、もう少し面白みのある事を、だね」
 ただの戦闘ではつまらない――などと口にすれば、戦闘狂だと罵られるだろうか。
「切り分けて、片方を処理。良くある話だ。被害が大きくなる前に片付けよう」
 街はすぐ下にある。インカムで周囲に告げた ジャック・ジェリア(gc0672)は視線を忙しなく動かして状況を確認した。
 目の前にタロス、動かないマリアンデール。操縦者は無事か、あるいは裏切ったか。それとも、乗っているのは死体と言う名の傀儡か。無人ということもある。
 街の様子は、ようやく上空に何かあると思い始めた住民が騒ぎ始めたところか。
「街はレジスタンスに任せればどうにかするはずですわ」
 ジャックの思考を読んだかのようにミリハナク(gc4008) の声が返ってくる。その声は面白そうにも面倒くさそうにもとれる色だった。
「んー、邪魔なおばさんですわね。私はアサキちゃんと遊びたいので、四国の余計な敵戦力は削ってあげますわ」
 もっとも、戦えればそれで良いのだけれども。
 薄っすら笑うミリハナクは操縦桿を握った。やることは、『戦う』。ただそれだけだ。
「また、赤いタロス‥‥今度こそ負けないッ! かかって来いっつーの!」
 気炎を吐いた綾河 零音(gb9784) は闘志を隠そうともせずに眼前のタロスを睨んだ。やり方が気に入らない、存在が気に入らない。
 何より、一度やられた借りは必ず返す。
 これまでの戦争で幾度となく経験した悔しさで培った熱い感情が、彼女の意識を駆り立てていた。
「まつりと紅いタロスが一緒に‥‥。まつりが裏切るなんて事はない。必ず連れ戻します」
 一方の神棟星嵐(gc1022)はマリアンデールに乗っているであろう少女の身を案じていた。一直線で疑いを知らない少女だ。裏切ったり裏切られたり、そんな小細工のできる器用な性格でないことは、とうの昔に知っている。
「これ以上好き勝手させるか。間違っても死なせたりなんかしねぇ」
 唇を噛んだ須佐 武流(ga1461)は自身の鼓動が瞬間、激しく波打つのを感じた。
 無意識に見えてしまう、少女の墜ちる幻想を首を振って打ち払う。

 例年以上の眩しい太陽が小さな雲に一瞬隠れた。
 刹那に拭いた風に乗るように、彼らは一気に加速した。
 
 ●
 
「お願いですわ。街の人々には手を出さないで! こんなことをして何がしたいんですの!?」
 ミリハナクの悲痛な声が響く。掛け値なしの本音だったが、敵の意識をこちらに向ける役割もあった。
「貴女の目的は何なの!? こんな人の多い街の上で戦おうだなんて‥‥無意味な事だと思わないんですの!?」
 タロスからの返答はない。聞こえていないはずはないだろう。
 業を煮やすような声色を作ったミリハナクが何か叫ぼうとした時、タロスの鋒が彼女の機体に向けられた。明確な殺意と会話の拒絶だ。
「声を聞く気は‥‥無いのですわね」
 突如冷めたミリハナクの声に応えるように、マリアンデールが主砲を放つ。目標もでたらめに撃ったそれは傭兵達の間を走り抜け、雲を穿つようにして消えた。 
「これ以上は待てない! 行くよ!」
 最初にタロスに突っ込んだのは零音機だった。追い払うように刀を振るったタロスの脇をかいくぐり、機先を上に向けて急上昇する。
 瞬間、零音機の前にミサイルポッドから放たれた小型の弾頭がばらまかれた。舌打ちして機首を返した零音の目の前で、弾頭が砕け爆散する。
「ち‥‥っ!」
 煙幕で視界を遮られた零音機の前にタロスの刃が迫る。
 だが、その後ろから切り込んだ星嵐機が体当たるようにしてタロスを弾いた。
 双方に激しい衝撃が伝わる。もたげる頭を無理矢理上げて、星嵐はプレスリーとラバグルートの発射スイッチを撫でるように押した。機首を返すようにして躱したタロスに星嵐は吼える。
「随分と強引な手を使って来たようですね。何が目的かは解りませんが、まつりは返して貰います。体はまつりの母でも中身が別人なのですから、娘どうこう等とは言わせませんよ!」
 やはりタロスからの返事はない。淡々と作業のように太い足を振り上げる。回避した星嵐機を追撃するように、一拍遅れて薙いだ刀がリヴァティーの左翼を深々と抉った。
「ぐぁ‥‥!」
 コクピットに額を打ち付けながらも二撃目を回避した星嵐を追う前に、ジャック機がファルコンスナイプAを放った。離れざるを得なかったタロスが反転、ジャック機へミサイルを放つ。
「させるかよ。見え透いた手だ」
 ひらりと舞うように弾頭を躱したジャックは抵高度からガトリング砲を放った。
 爆煙でタロスの姿が見えなくなるのを確認すると、こちらに向かってきそうなマリアンデールにロングレンジライフルの砲口を向けた。
「‥‥悪く思わないでくれよ」
 呟いて、一発を放つ。紅の翼に被弾したマリアンデールはしかし、推進力を失わずにこちらに突っ込んできた。
「蛍!」
 脇から武流機がマリアンデールを突き放す。
「蛍――いや、まつり! いるんだろう!?」
 言いながら紅の機首を剣翼で薙いた。バキン、と激しい音が鳴って機体の頭が抉れる。皮一枚で繋がったかのような頭をぶら下げたまま、マリアンデールは目に見えて推進力を落とした。
 落として、突然砲口を武流機に向けた。
「チィッ!」
 冷たい汗が武流の背を伝う。間一髪で躱したレーザー砲から間を置かずに、紅が目の前に迫っていた。
「うるさいハエだこと」
 蔑むようなミヤビの声と共に、機体同士がぶつかった。中の人間のことなど全く考えていない突撃に、武流の体が衝撃で上下に揺すぶられた。
「うむ。無茶は、いかんな‥‥」
 落ち着いた声。直後、二機の間に割って入ったUNKNOWN機の剣翼が紅のマリアンデールの左翼を斬り飛ばした。バランスを欠いた機体から放たれた砲撃が虚しく雲を裂く。
「ジャック、もう少し全体をずらしていくか」
「了解。各位、作戦はそのままに。下に落とすなよ」
 マリアンデールのスラスター部をいくつもの銃弾が掠める。直撃を避けるように砲撃したジャックは操縦桿を倒した。クン、と機首が空を向き、その高度を少しだけ上げる。
 落ちていく機体の右翼を狙撃して軌道を逸らしたジャックはUNKNOWN機に音声を繋げた。
「後は武流に任せとけ。これだけ離せば、俺達の空域は確保できる」
 ジャックの言葉通りだった。
 気がつけば、マリアンデールとタロスの間にはかなりの距離が開いていた。
 
 ●
 
 タロスと近接戦を展開する傭兵達は苦戦を強いられていた。いかにマリアンデールと分断しようと、やはり後方からの狙撃は怖い。
 何より、戦闘の残滓が眼下の街を襲うことが怖い。
 そして、ミヤビは確実にその恐れを突いてきた。
「なめんじゃないよ、年増婆ァ!!」
 声を張った零音が機体を傾ける。ブーストを起動させ、急旋回からの方向転換は操縦者にも負荷がかかる。眉間に皺を寄せる少女はミサイルの発射スイッチを押し込んだ。
「そんな幼稚な手なんて」
「だったら躱してみな! あたしのベテルギウスは、そんな簡単に狙いを外したりしないんだから!」
 挑発を重ねる零音機からミサイルが炸裂する。空を切る轟音と共にタロスへ向かう弾頭を切り裂いて、爆煙の中からタロスが急接近してきた。
 回避は、間に合わない。
 剣翼と薙刀のぶつかり合う音が空に響いた。
「ハッ、この程度? あたしの戦ってきた奴はもっと凄かったんだけど!?」
「戯言を」
 振り回す薙刀が右翼を抉る。衝撃と共に傾いた機体を零音が立て直すのを狙ってタロスがブーストを掛けた。
 刹那、その間を一本のミサイルが走り抜ける。勢いを削がれたタロスに向けて迫ってきたのはミリハナク機だ。
「悪趣味なバグアは見飽きたわ。心の闇を抱えて塵に還りなさい」
 サングラス越しにタロスを冷たく見据えるミリハナクがファランクス・スパルティを斉射する。盛大に張られた弾幕から身を護るように武器を前にしたタロスへ、剣翼を回すようにミリハナク機が斬り込んだ。
 鋭利な刃に傷つけられた薙刀の刃先が僅かに欠けた。
「ミリハナク、若干、バック。すぐに前に」
「了解ですわ! いきますわよ。徹底的に、しつこいくらいに!」
 UNKNOWNの声に乗せられてミリハナク機が速度を上げる。
「――チェック」
 狙いを定めたUNKNOWN機が、ミリハナク機を追うようにK−02を放った。空間を切り取るようにして飛んだ弾頭は、仲間の機体を追い抜き、先にタロスの目の前で散開した。
 盛大な爆発が空を穿つ。その中を駆け抜けて、ミリハナク機がタロスに向けて銃を構えた。
「小娘が!」
 声を上げたミヤビをショットガンの散弾が包囲する。躱しきった相手に軽く舌打ちし、ミリハナクはブーストを最大まで上げた。身を切るような抵抗を感じながら、タロスへ急接近する。
「そう安々と受けるとでも? これだから人間は――」
「――これだから、何でしょう?」
「何‥‥!?」
 回避の体勢を取ったタロスの背を、星嵐機が取った。凍風を向け、迷わず引き金を引いた。
「ちょこまかと‥‥!」
「多勢に無勢、とはいえ、貴女をこれ以上見逃すことは出来ません。その卑怯な手段は、断じて」
「卑怯? 私は私の目的を達成させるために全力を尽くしているだけ。誰の非難も受ける謂れはないわ」
「ならば、自分達も自分達の目的を果たすために、その機体を墜とすだけです!」
 唸りを上げる機体を反転させて、星嵐機は機体を反転させた瞬間に主砲のスラスターライフルを放った。
「まずはその腕、頂きますわ!」
 間髪入れずに、タロスへ向けてミリハナクが吶喊した。
 薙ぎ払う刀を躱して、ミリハナク機がタロスの上に踊り出た。機首を振り、捻り切るように剣翼を叩きつける。
 受け止めたミヤビの薙刀の先端が音を立てて折れ、小さな――けれども生身の人間にとっては大きな破片が眼下の街に向かって降り注いだ。
「ジャック!」
「任せとけ」
 ミリハナクの声に短く答えたジャックがライフルを破片に向けた。細かく砕く、あるいは軌道を逸らすように破片を撃ち抜く。
 彼は破片が安全な場所に落下するのを見届けると空を――タロスを見やり呟いた。
「この面子から逃げ延びたら、かなりの物だ。安心して撃墜されちまえ」

 ●
 
 何故、邪魔をするのか。
 ミヤビにはその疑問が本気で解けずにいた。
 ただただ自分は美しく、あの方の傍にいられたら、それで良いのに。
 東京も、その前も、力がなくて傍にいることが出来なかった。
 ようやくその力を手に入れたのに、体は限界を迎えようとしている。
 だから、より若く美しい肉体を欲しただけなのに。
 なのに――、

「邪魔を‥‥私の邪魔をするなぁぁぁぁっ!!」

 獣のような――それが『ミヤビ』の本性なのだろう――咆哮を上げたタロスがミサイルポッドを全開にした。目標は目の前の傭兵達ではない。
 武流が抑えているマリアンデールだ。
「須佐殿!!」
 叫んだ星嵐の声より早く、無数の弾頭がマリアンデールに向かう。射程ギリギリまでジャック機とUNKNOWN機がミサイルを狙撃したが、それでも弾幕を抜けきった弾頭が空を裂いた。
「まつ――!」
 防御体勢を取った武流機を突破した弾頭がマリアンデールの中心部を強襲した。被弾した紅の機体は抵抗することなく推進力を完全に失い、重力に従うように黒煙を上げて落下していった。
「まつり――!」
「武流! あの損傷なら大丈夫だ、今は敵を見ろ!」
 追おうと機首を下げた武流機をジャックが制する。その脇を駆けた零音機が単機、タロスへ突撃した。
「お前‥‥お前はぁっ!!」
「助けないの? あの子、あのままじゃ死ぬわよ。それでも助けないのかしら?」
「黙れぇっ!!」
 叫んだ零音機がミサイルを放つ。同じく弾幕形成で対抗したミヤビに向かって、星嵐機と武流機、そしてジャック機が突っ込んだ。
「まつりを狙ったのではないのですか。乱心したのですかっ!」
「手に入らないなら破壊しても構わないでしょう? 大丈夫。どんな死体でも、直して使ってあげるわ」
「そんなことはさせねぇ! てめぇなんかに、あいつを渡してたまるか!」
 ガトリング砲をかいくぐった武流機が正面から剣翼を振るった。爆煙で薄汚れた左翼の刃が、タロスの左翼を深々と抉り取った。
 間を置かずに武流はプロトディメントレーザーを起動させた。「カマエル」に積んだ二つの砲口から、収束したエネルギー砲が放たれた。
「こんなもの‥‥!」
「まだですよ!」
 再び背後を取った星嵐機がブーストを全開にしてタロスに接近した。アグレッシブ・ファングとブレス・ノウを起動させた星嵐は、砲口という砲口を全てタロスに向けた。
「ここで‥‥ここで必ず、落とします!」
 狙いを定めたマークが幾重もタロスに重なりアラームを鳴らす。その一瞬を狙って放った星嵐機のスラスターライフルがタロスの推進部を撃ち抜くと、機を見たジャック機が加速した。
 墜ちる――そんな確信にも似た戦士の直感が彼の頭を過ぎった。
「言っただろ。安心して墜ちろ――ってな」
 四連キャノンを斉射したジャック機の目の前で、タロスが炸裂するミサイルに飲まれていく。火力を最大で維持したまま、仲間たちも砲撃に加わった。
 一点集中の攻撃が爆音を届かせながら続いていた。
 だが、それでもタロスの推進力は落としながらも弾幕から抜けようとしていた。
 その進路は、確実に退路を向いている。操縦するミヤビが逃げ腰になっているのは、傍目にも明らかだ。
「ミリハナク」
「了解ですわ!」
 オフェンス・アクセラレーターを起動したミリハナクが意気揚々と頷いた。逃げるタロスの背に向けて、強化型G放電装置を放つ。タロスを囲むように放たれたそれは刹那、強力な放電を始め、タロスのコクピットを襲った。
「墜ちる――趣の、ない」
 紫煙を燻らせるUNKNOWNが言った。風に揺れるように戦ぐ『UNKNOWN』は、真っ直ぐに描く黒煙の先に墜ちるタロスをじっと見つめていた。
 
 ●
 
 戦域はしばらく封鎖されたままで、戦場にいた傭兵すら立ち入りを禁じられていた。
 戦後処理に立ち会っていたウィリアムはその日、二つの情報を傭兵達に伝えた。
 一つ目は、マリアンデールの中から蛍こと三枝 まつりが無事救出されたこと。戦闘時の記憶は一切なく、未だ記憶の混濁が続いているものの、命に別状はないという。
「それと、タロスの残骸が見つかりました」
 傭兵達が最も聞きたいであろう情報の走りを口にしたウィリアムは言いづらそうに続けた。
「中には大量の血痕が残されていましたが‥‥誰も、いなかったそうです」

 了