タイトル:【FC】阿南・将の帰還マスター:冬野泉水

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/13 17:33

●オープニング本文


 確かに、ミスターSにとって自分は敵軍の将に他ならない。故に自分を狙うのに矛盾はない。
 だが、現に榊原アサキが攻めているのは四国基地――自分がいる阿南基地を丁度背にした布陣で戦っている。
 四国基地は強襲を受け、阿南基地から大量の兵士を派遣した。戦力的には少し不安が残る。
 それでも、だ。
 
 今なら、アサキの背後をとれる。

(罠か‥‥ミスか‥‥)
 ウィリアムにはミスターSが陽動のために動いている事が見えていた。高知県を襲うミスターSの行動は、この四国基地の防衛力を間接的に削いでいるのは明らかだ。その読みはあたり、UPC軍は高知県に四国基地、阿南基地から戦力を送らざるを得なかった。
 しかし、人員が減ったとはいえ、それでも四国基地はそう簡単に落とせるものではない。事実、総力戦の体でかからなければアサキ一人くらいなら撃退することも、今の状況でさえ不可能ではない。
 一点集中の策よりも、戦力分散の手を取ったのは何故だ。
「‥‥っ、そうか」
 顔を上げたウィリアムの目に、正門を突破せんとする敵軍の群れが飛び込んできた。
 彼は手にした日向からの手紙を握り締めた。時が来たら見よ、と言われたこの手紙は、今こそ見るべきだと本能が叫んでいた。
 その手紙は、この一文で始まっていた。

――ミスターSの狙いは、ウィリアム・シュナイプ自身である。

 遅かった。何もかも、後手に回っていた。
 何故気づかなかったのだろう。何故、ミスターSが自分の存在を消さんとしていることを改めて認識しなかったのだろう。
 ミスターSの出撃は四国基地の戦力を削ごうとしたのではない。
 アサキは四国基地を壊滅させんと強襲したのではない。
 すべて、この阿南基地から人を消すための行動だった。
「‥‥僕は、何故‥‥!」
 何故気づかなかったのか。この単純なロジックに。
 そう後悔しても、時は既に遅い。帰還させる兵士の余裕はなく、距離もある。
 ウィリアムは防衛ラインが虚しく突破されるのを見守ることしか出来なかった。
 
 ●
 
 突如、襲い来るキメラの集団が悲鳴を上げた。それはまさしく悲鳴というに相応しい咆哮だった。
 絶望と後悔に苛まれていたウィリアムは弾かれたように顔を上げ、窓に張り付くようにして外を見下ろした。
「‥‥こ、れは」
 彼の眼下では、湧いて出たとしか思えない程のレジスタンスがキメラの背後を取り、群れの中央を裂くようにして突撃していた。
 
 
 戦場では兵士とレジスタンスの鬨の声が響いている。
 身丈近くある大型の銃――最早それは大砲と言って良い――を担いで入ってきた日向はウィリアムの顔を見て肩を竦めた。
「なんて顔をしてる。助けにきたのに、その顔はないだろ」
「日向‥‥さん」
 聞きたいことが一気に浮かんだ。
 どうして敵の動きが予測できたのか。
 どうして敵に見つからずにレジスタンスを移動させることができたのか。
 どうして駆けつけてくれたのか。
 
 どうして――、

「どうして貴方は、軍の制服を着ているのですか‥‥?」
 対峙する日向は、どこから見ても完璧な軍服に身を包んでいた。胸には多くの勲章が付き、肩章から彼が左官であることは見てとれた。ウィリアムの記憶が間違いでないならば、それは大佐のみに許されたデザインのはずだ。
 呆然とするウィリアムに口を開いた日向は、さも当たり前の口調だった。
「UPC四国軍総司令、日向 柊大佐は帰還した。これよりこの戦域の全権は俺に預けて貰う。手紙は読んだな?」
 頷いた。
「なら、状況は分かるね?」
 また頷いた。
「全ては東京で『奴』を取り逃がしたから。ウォルター卿の命に従い、俺は軍を抜けて四国に単身入り、レジスタンスを組織した。来るべき大将の目を欺き寝首を掻くために、ね」
「それが、今‥‥ですか?」
「いや、まだだよ」
 断じた日向は続けた。
「レジスタンスの増援。傭兵達の派遣。五分に戻った戦場。榊原アサキの背後を取れる状況。こんなもの、全て手に入れようとするなんて、とんだ我儘じゃないかな?」
「‥‥」
「奇策を以って、将を射る。それは状況が揃って初めて絶大な効果を発揮する。今はその為に足場を守らないとね」
 ニヤリと笑った日向は担いでいた大砲を下ろすと窓に向かって放った。豪快な音を立てて爆風と共に強化ガラスが粉々になって地上に降り注ぐ。
「四国の将の帰還だよ。どこからでもかかってくると良い」
 ウィリアムが何か言うより早く、一段と鬨の声が大きくなった。
 そして、日向の背で、一瞬だけ翼の形をなした蒼の結晶が砕け散る。
 迸る闘志を碧に変じた瞳に宿した日向は叫んだ。

 ここからが始まりだ――と。

●参加者一覧

/ 石動 小夜子(ga0121) / 弓亜 石榴(ga0468) / 新居・やすかず(ga1891) / 宗太郎=シルエイト(ga4261) / 百地・悠季(ga8270) / 各務・翔(gb2025) / ヘイル(gc4085) / ヴェーダ(gc5026) / 祈宮 沙紅良(gc6714

●リプレイ本文

 巻き上がる粉塵と、響く銃声。
 時折上がる血潮は、兵か、異形の侵略者か。
 到着した傭兵達は、まさに戦況の岐路の上に立っていた。
 
 ●
 
 なるほど状況が五分という情報は正しいのだろう。
 突如現れたレジスタンスの波に、キメラと強化人間が気圧されている。遥か向こうに見える司令室はガラスが砕け散り、将の姿がはっきりと視認できる。
 それは敵勢力が目指す場所であると同時に、四国の総司令官からの強烈な挑発でもあった。
 否応なく戦場に巻き込まれ、あるいは自ら飛び込んで行った傭兵達を確認した日向は、唇の端を釣り上げた。
「少ないね。でも、最小の犠牲で最大の効果を上げるのは嫌いじゃないよ」
「‥‥」
「突っ立ってないでさ、副司令官。この場は任せるよ」
「え‥‥?」
「折角武装してきたんだ、俺もひと暴れしてくるよ」
 ぽかんとするウィリアムを尻目に、日向は吹き飛んだ部屋の角から、外に飛び降りた。
 
 ●
 
「知らぬ土地でもないので一応手助けをしてやるか」
 自身の慈悲深さを褒めた各務・翔(gb2025)は辺りを見渡した。
 敵がこの基地を落とそうとしているのは目に見えて明らかだ。自分がもしバグアなら、どこから破壊するだろう。
「当たらぬも八卦、というものだ」
 流石俺、博識だな。
 ニヤリと笑った翔は、発電施設に向けて走りだした。
 基地の周りでは、石動 小夜子(ga0121)と弓亜 石榴(ga0468)が共に、既に戦闘の最中にいた。
「石榴さん、よろしくお願いしますね。ふふ‥‥戦闘で組むのは初めて、ですね」
「ヨロシク〜。お互い四国に縁はないけど、がんばりましょー」
 微笑んだ小夜子は近づいてくる獣の群れに銃を放った。脇を縫って駆ける強化人間の突進は蝉時雨で直接受け止める。
「邪魔はさせないよ」
 燃えるような赤い髪をなびかせて、石榴が群がる獣を剣で斬り飛ばす。強化人間にかかりきりになるであろう仲間を横目で確認しながら、死角となる場所から嘴を突き立てて急降下する鳥を銃で撃ち落とした。
 黒い羽が散るのを目で追うと、少し先にレジスタンスと兵士が見えた。石榴は声をかける。
「そこの、えーと‥‥いいや、そこの人達! 傭兵の援護をお願いできるかな!」
「‥‥よ、傭兵か?」
 おずおず尋ねた兵士に、強化人間の爪を弾いた小夜子が頷いた。
「共にこの基地を守りましょう」
「それに、互いにフォローしあえば、隙も少なくなって生き延びる率も上がるよ」
 言ってから、石榴はレジスタンスの背後に迫っていた鳥を撃ち落とした。
「こんな風に‥‥ね?」
「‥‥なるほど」
 薄く笑ったレジスタンスは刹那、銃口を小夜子の方に向けた。ぎょっとした石榴の目の前で、レジスタンスは黒髪の少女に飛びかかろうとする獣のこめかみを撃ち抜いた。ギャン、と鳴いて獣が後退する。
「こんな風に、で良いか?」
 不遜な態度で応えたレジスタンスに、石榴は小さく笑って頷いた。
 
 
 基地周辺と一口に言っても広い。
 翔が向かっている発電施設周辺では、祈宮 沙紅良(gc6714) は杖を振るい、迫り来るキメラの集団を退けていた。
 これだけの数の敵だ、流石に兵士もレジスタンスも疲弊の色が濃い。倒しても倒しても現れるキメラに絶望さえ感じていただろう。
 がたがたになりかけていた防衛ラインの最前線に立った沙紅良は、レジスタンス達に言った。
「貴方々は日向さんという人の下に集われたので御座いましょう? あの方が如何な人であるかは、共に行動されていた貴方々が一番よく御存知だと思いますわ。戸惑いはあられましょうが、肩書き抜きのあの方を見て考え、行動して下さいませ」
 沙紅良は、くるりと向き直ると兵士達の方を見た。
「四国の真の司令官は、レジスタンスの方々を率いてここまで参られました。ならば、日向さんの元に集う心はレジスタンスも軍も同じはず。四国を‥‥祖国日本を、共に解放致しましょう」
 兵士とレジスタンスは、互いに顔を見合わせて頷いた。
 微笑んだ沙紅良は、こちらに向かってくる強化人間の姿を捉えていた。仲間の到着までもう少しかかりそうだ。
 杖と剣を構えて、沙紅良は正面を見据えて言った。
「私は‥‥皆様を信じます」
 ここは落とさせない。
 そのために、自分達は来たのだ。
 
 ●
  
 散開する仲間や、倒れるレジスタンス、そして、死屍累々のごとく積み上がるキメラの死体を見てため息をついたのは宗太郎=シルエイト(ga4261)である。
「この戦力をどうにかしろ、と‥‥」
「あらら。随分派手にやってるわね」
 ふと横を見れば、百地・悠季(ga8270) の姿があった。
 よう、と軽い挨拶だけして、宗太郎は周囲を注意深く見た。敵数は十分、味方は少ない。
「‥‥まぁ、暴れる分には楽しめそうでもある、か」
 内側で湧き上がる戦闘欲を抑えようともせずに、宗太郎は言った。同時に、肌が褐色に、髪が、瞳が金に碧に変わっていく。
「キメラ類はあたしがやりましょうかね」
 五対の細い翼を浮かべた悠季が言う。頼む、と短く応えて、宗太郎は目を閉じた。
 すぅ、と辺りの空気が冷えていく。
 目を開いた彼は、槍を構えた。
「んじゃ、羽目外してくぜ?」
 言うや否や、宗太郎は基地の奥までは踏み込まずに、外周をぐるりと一周するように槍を片手に駆け出した。
 最前線で強化人間に切り崩されていく兵士達の波に飛び込んで、獲物だけを外へ弾き飛ばす。新たな敵の登場に、強化人間は言葉を失った声で獣のように鳴き叫んだ。
「でかいのは任せろ! てめぇの身はてめぇで守れ!」
 吼えた宗太郎は手近な強化人間の足を槍で薙ぎ払った。バランスを崩す相手に追撃の突きを繰り出す。撓る槍の音が空を切った。
「やれやれ‥‥気を抜くと置いて行かれそうね」
 最前線では兵士を、レジスタンスを結果的に率いることになった宗太郎が暴れている。その矛先は常にブレることなく、目の前の敵を目指している。
 裏を返せば、周囲の敵に向けられた意識は薄い。
 エネルギーキャノンを上空へ向けて構えた悠季は、近くのレジスタンスに言った。
「あたし達は阿南基地を護れれば良いし、そちらも同じでしょう?」
「勿論。日向のすることに間違いはないし、俺達はその背中に続くだけだ」
「心酔してるのね」
 それだけ、日向の背には重いものが伸し掛かるのだろうが。
 頭を切り替えて、悠季は宗太郎を狙う上空の集団に向けてエネルギーキャノンを放った。ぱっと羽を散らして、鳥の群れが地上に落ちてくる。
「どんどん行くわよ。出し惜しみをしている時間は、ないでしょうからね」
 砲撃の手を止めない悠季を倣うように、周囲の兵士の士気も徐々に高まりつつ合った。


「基地周辺――入口から発電施設にかけての防衛が薄いようですね。各々、各指揮官の場所は常に把握を」
 基地の入口付近ではヴェーダ(gc5026) がレジスタンスと兵士に指示を飛ばしていた。流石に軍が取り仕切る戦場の空気に慣れているせいか、兵士は敬礼と共に駆けていくが、レジスタンス達は戸惑う表情を見せた。
 それもそのはずで、彼らにはリーダーの日向がどこにいるのか、全く把握できていなかったのだ。否、現在この戦場にいる全員が把握していないと言って良い。日向は窓から飛び降りて以降、誰も姿を見ていないのだから。
「‥‥逃げる人間ではないでしょう。逃げる算段ならば、傭兵の投入も、戦火をここまで広げた意味もありません」
 冷静に言ったヴェーダは上空を旋回する鳥を超機械で落とした。翼をもがれて痙攣する鳥が戦場の最中に墜落する。
「発電施設付近で強化人間確認! 至急応援を! 応援を!」
「基地外周、強化人間を確認!」
「基地内部、キメラの流入を確認! 数三十!」
 周波数を合わせた無線機からは、絶えず戦況の報告が入ってくる。
 それらの中から危急な戦域を判断したヴェーダは近くに止めていたジーザリオに飛びのりハンドルを握った。
 発砲しながら交代する兵士とレジスタンスに声を張り上げた。
「乗れる者は乗って下さい。残る者は現状を維持。近隣友軍と連携し、十字砲火による一斉排除を!」
 レジスタンスが数名車に乗り込んだ。発電施設へと向かう事を車内で確認して、ヴェーダはアクセルを踏んだ。
「‥‥レジスタンスは、行動規範を与えられているのですか?」
「ないわけではないが、基本的には自分の意思で動けと日向に言われている」
 壮年のレジスタンスがヴェーダの質問に答えた。そうだろう、と彼女は内心呟く。これほどの数を投入しながら、各々の持ち場があるようには見えなかったからだ。
「ないわけではないというのは?」
「聞いたら笑うよ」
 まだ若そうな少女が肩を竦めていった。そのまま、銃を構えて空を飛ぶ鳥を落とす。銃弾が貫通したということは、この少女は能力者なのだろう。
 しばらく答えを待っていたヴェーダに、少女は口元に笑みを浮かべながら言った。
「『敵は殲滅。ただし、生きて帰ること』‥‥出撃前の日向の言葉。無茶を言ってくれる」
「なるほど」

 ●
 

 基地の中、入口付近では新居・やすかず(ga1891)とヘイル(gc4085) が迎撃に当たっていた。
「――何を迷う必要がある! 軍もレジスタンスも何の為の組織だ! バグアを許せず認めず、故郷を解放する為にここにいるのだろう!?」
 基地内部には日向とウィリアムがいたせいか、兵士もレジスタンスも多い。それ以上に、キメラの数も多かったのだが。
 叫んだヘイルの声を頼りに、レジスタンスたちが鬨の声を上げてキメラの集団に突撃した。
 レジスタンスの一斉砲火の直後、怯んだキメラの集団にヘイルが肉薄する。槍を振るい、下から胴を掬い上げるようにして叩き上げた彼は、天井付近を飛ぶ鳥にそれをぶつけた。
 何度もバウンドして、キメラの集団が入口まで転がっていく。外の明かりは既に見えているし、他の兵士達の戦う声も聞こえている。
 このまま外に押し出した方が良いだろう。
 そう判断したヘイルは再び声を上げた。
「ここからが本当の戦いだ! この向こうには共に戦うべき『仲間』がいる! 剣を取り銃を構え意気を挙げろ! 目の前の『敵』を叩き潰せ!! ――さぁ、征くぞ!!!」
「故郷のために! 四国解放の狼煙をあげろ!」
「故郷のために!」
 ヘイルの声に合わせて、レジスタンス達が叫ぶ。裂帛の気合とともに、またレジスタンスの波がどっとキメラに押し寄せる。
「このまま外に押し出し、周囲の仲間と連携を。僕はこのまま中に進みます」
 角から獣の目を射抜いたやすかずはヘイルの背中に言った。矢継ぎ早に弓を引き、獣の足を、目を、頚椎を射抜くやすかずは、担いだ矢に手をかけながら、前方の仲間を見た。 
「司令室を落とさせるわけにはいきませんから」
「頼んだ! あそこにはまだ、ウィリアムがいるはずだ!」
 二本の槍を器用に捌きながらヘイルが言った。頷いたやすかずは兵士を数名連れて、その場を離れた。
「そう安々と殺される人間ではないでしょうが、急ぐに越したことはありません」
 階段を駆け上がったやすかずと軍の兵士達は、防火扉を蹴破って最上階へ進出した。部屋の中から血に濡れた獣達がのろのろと姿を見せる。
 司令室はこの先だ。
「到着までは‥‥もう少しかかりそうですね」
 苦笑したやすかずは、相手が飛びかかってくる前に矢を番えた。
 
 ●
 
 発電施設には、複数の傭兵が集おうとしていた。
 沙紅良に合流した翔はそうした傭兵の一人である。
「すまんが手を貸してくれ」
 バイクの横付けした翔は、沙紅良とレジスタンスや兵士達に声をかけた。下手に出られる俺も素晴らしい‥‥そんなことを考えながら。
「こちらも戦力が必要なところです。共闘致しましょう」
 頷いた沙紅良に翔も頷き返す。
 発電施設周辺には、騒ぎを聞きつけたキメラが多く集い始めていた。その群れに紛れて、何人かの強化人間の姿も見える。
「本当ならもう数人欲しい所だが‥‥」
 呟いた翔は走りだした。ハンドガンを構え、突進する獣の脳天を撃ち抜いた。鮮血が飛び散り、その間を縫って別のキメラが突っ込んでくる。
「強化人間はお任せ下さいまし」
 強く言った沙紅良は、相対する強化人間に向かって呪歌を唱えた。桜色の髪がなびき、桜花が風に揺られるように踊る。
「――身の内に神光取戻し給へ」
 強化人間を縛る歌に合わせて、レジスタンスの中の能力者達がわっと群がった。動きを封じられている強化人間は攻撃を身に受け、大きく喘いだ後、咆哮を上げて呪歌を振り払った。
 何人かのレジスタンスがその刃に血泡を吹いて倒れた。
「‥‥っ」
 眉を潜めた沙紅良は、杖と剣を持ち、左右の手で攻撃のタイミングをずらすように電磁波を発生させた。網にかかったように動きをとめた強化人間の懐に飛び込み、片手剣でその腹を薙ぐ。
「土に還す事が、私の慈悲で御座います」
 胴から噴き出す鮮血が沙紅良の服を濡らす。土の上に倒れた強化人間はしばらく痙攣していたが、徐々にその動きを鈍らせていった。
 小隊長であったのか、強化人間の死亡を確認するや、キメラ達は明らかに動揺を示した。これを好機、と捉えた翔が声を張り上げた。
「敵は数が多い、皆で力をあわせねば勝てん」
 四国を守ろうとする気持ちは同じはずだ。
 叫んだ翔に、レジスタンスや兵士たちが声を上げて呼応する。
 ジーザリオを転がし、道すがらキメラを掃討しながらヴェーダ達が到着した時には、発電施設周辺は大変な残場になっていた。
「随分と始末したようですね」
 今でも兵士たちのキメラに対する砲撃は続いている。傭兵や能力者達に、その重火器の射線に合わせて攻撃するよう指示を出したヴェーダは、発電施設の上を飛び回る鳥に電磁波をぶつけた。
「発電施設は基地の要。電力の供給を止めてはなりません」
「勿論、承知の上だ」
「この身に替えましても」
 血糊のようにこびりついた血を拭うこと無く翔は言った。引き金を絞る指は既に感覚が薄れていたが、それでも発砲の手は決して止めなかった。
 杖を振るう沙紅良も、息は上がっていたが、その闘志は消えることはない。
 総力戦に総力戦でぶつかりあう戦場で、ヴェーダは周囲を注意深く見渡した。
 気づけば、戦場の音がほんの少しではあるが、確実に小さくなりつつある。
「正念場‥‥ですね」
 もう少しのところまで、勝利の足音は近づいていた。
 
 
「ふぅ‥‥小夜子さん、大丈夫?」
「ええ。石榴さんこそ」
 強化人間の亡骸を見下ろして、石榴は頷いた。
 基地周辺は流動的に敵が増減する。持久戦の体になった小夜子と石榴は、徐々に削られていく体力と無理矢理折り合いをつけながら戦っていた。
 二人の周囲にはレジスタンスも兵士も十分にいる。だが、それだけ犠牲になる人が多いのも事実だった。
「はっ。小夜子さん!」
 息をつく暇もなく、小夜子に向けて急降下してきた鳥を石榴が銃で撃ち落とす。
「石榴さん!」
 庇われた小夜子は反対に石榴へ突進してきた獣を刀で斬りつけた。
 二人の姿が交錯するのと同時に、キメラが事切れて地面に伏した。
「いやぁ、二人の友情タッグの力だね」
「ええ。石榴さんがいると安心します」
 にこりと微笑んだ小夜子はキメラの胴から刀を引き抜いた。
 大分キメラの数も減ってきたのか、精神的に余裕が生まれていた。小夜子は刀を手にしたまま、散々戦っていた戦域をじっくりと見回した。
 傷だらけのレジスタンスや兵士達も少なくない。息絶えて倒れている者もだ。
「‥‥石榴さん」
「ん?」
 振り返った石榴に、小夜子は少し悲しそうに微笑んだ。
「怪我をしている方や、お亡くなりに‥‥なった方を、安全なところに運びませんか?」
「‥‥うん、そだね」
 故郷を守って散ったのに、その遺体を戦いの最中に踏みつけるわけにはいかない。
 小夜子と石榴は、戦闘の合間を見て、比較的遺体の少ない場所へ怪我人や遺体を運び始めた。勿論、その間にもキメラはどんどん強襲する。
「お願い。運ぶのを手伝ってくれるかな。運んでる間の敵は、私達がひきつけるよ」
 レジスタンスや兵士に声をかけて、石榴は銃を構えた。
 二人がかり巨体の兵士を運んだ小夜子は、手を貸した兵士に小さく頭を下げた。
「まだ沢山怪我人がいます。頑張りましょう」
「はいっ。傭兵が来てくれて、本当に助かりました」
 乱戦状態の戦域で頼れる者は少ない。確実に従えると判断できる人間も少ない。
 だから、決して裏切らない傭兵の存在はありがたいのだと、その兵士は言った。
 頼られていることを肌で感じながら、小夜子は表情を再び引き締めた。
 
 ●
 
 基地外周でも、戦闘は苛烈を極めていた。
「これでどうだ!!」
 吼える宗太郎は、集団で襲いかかるキメラの群れに小銃を斉射した。制圧射撃で扇状に散る敵を封殺し、そのままその群れからはぐれたキメラの頭を拳で殴り飛ばす。
 吹き飛んだキメラは後続の列に突っ込み、陣形が大きく崩れた。
「逃しはしないわよ」
 後方支援を努めていた悠季がエネルギーキャノンを放つ。団子状態になったキメラ達に避ける場所はなく砲撃をまともに食らった。遺骸の上に遺骸が積み上がっていく。
「‥‥あいつを潰す。援護は任せたぜ」
「了解。キメラは引き受けるわよ」
 残った強化人間に矛先を向けて、宗太郎は意識をそこに集中させる。
 四つん這いの姿勢を崩さない強化人間は素早く地面を蹴り、一気に宗太郎の近くまで跳躍した。
「ちっ!」
 ひゅう、と槍をしならせ、宗太郎が強化人間の腕を突く。強化人間の伸びた爪が、彼の肩を抉った。肩に走る熱い痛みに顔をしかめて、宗太郎は石突で相手の腹を叩き、後ろへ弾き飛ばした。
「宗太郎!」
 後方から悠季の声がすると同時に、槍に淡い光が宿った。練成強化で輝きを増した槍が、宗太郎の闘志に呼応するように微かに熱を放つ。
「横槍はさせないわよ。あんた達の相手は、あたしだからね」
 脅威とみなした宗太郎に飛びかかろうとした獣を悠季が砲撃した。悲鳴を上げた獣は身を反転させ、こちらに突進してくる。
「そうこないとね」
 スコルを起動させた悠季は突っ込んできた獣の胴を下から抉るように蹴りあげた。高々に宙を舞った獣が落ちてくると同時に、近くにいる集団に向けて蹴り飛ばす。
 味方の劣勢に慌てた鳥の集団がまとまって悠季に降り注ぐ。幸いと言わんばかりに、集団にエネルギーキャノンを向けて悠季は、上空に向かってそれを斉射した。
 幾重にも重なるように黒い羽が振る。その黒の向こうでは、宗太郎が強化人間と激しい剣戟を展開させていた。
「逃がすかよ! 一気に仕留めるぜ!!」
 練成強化を得ている分、火力では圧倒的に宗太郎が勝った。槍の柄で強化人間の足を薙ぎ払い、起き上がる前にその腿を矛で貫いた。
「――!!」
 言葉にならない悲鳴を上げた強化人間を冷たく見下ろす宗太郎は、続けて反対の足も貫いた。再び悲鳴が上がる。遮二無二に攻撃の手を逃れようと暴れた強化人間は、足を引きずりながら距離を取った。
「させねぇよ!」
 声を響かせた宗太郎は地面を蹴った。瞬天速で一気に強化人間の懐に飛び込んだ。たじろいだ敵が防御の体勢を取る前に、猛撃を発動させる。
「エクスプロード、フルドライブ! 喰らいやがれぇ!!」
 獣のように唸る強化人間の耳を劈かんばかりの声を張り上げ、宗太郎は槍を突き出した。体勢を崩した敵に、次々と矛先を沈めていく。
 渾身の力をもって貫き続けた強化人間は、宗太郎が冷静さを取り戻す頃には完全に息絶えていた。ぐったりと地面に横たわるそれを見下ろし、彼は唇を小さく歪めた。
「ざまあねぇな。こんなもんか」
「――宗太郎」
 槍を構え直した宗太郎に、キメラを掃討し終えた悠季が駆け寄る。
 首を振った宗太郎は呼吸を整えるように小さく深呼吸をした。
「‥‥大丈夫だ。続けようぜ」
 まだ狂気に呑み込まれるわけにはいかない。
 確固たる自分の精神的支柱を内面に探しながら、宗太郎は槍を振るって血を落とし、ゆっくりと歩き出した。
 
 ●
 
「大丈夫ですか。怪我は?」
「僕はどこも。皆さんご無事ですか?」
 司令室にやすかずが到着した時、中ではウィリアムが飛びかかってきた獣を斬ったところだった。傭兵とすぐに分かると彼は覚醒を解き、やすかずに丁寧に頭を下げた。
「ここまで来るのに大分倒しましたが‥‥もう少しかかりそうですね」
 あちこちから唸り声が聞こえる。日向がいなくなった司令室に残されたウィリアムだが、敵からすれば獲物としての優先度は依然高いようだ。
「戦えますか?」
「勿論です。これでも、僕も能力者の端くれですから」
 言ったウィリアムは駆け出した。やすかずもさっと弓を構える。
 司令室に飛び込んできた大きな獣がウィリアムに襲いかかる。後方で弾頭矢を構えたやすかずが、腕を振り上げた獣の腕を射る。叫び声を轟かせながら、獣が後退した。
「ウィリアムさん」
「はい!」
 駆け寄ったウィリアムが獣の目を剣で貫く。噴き出した鮮血に狂気を増し、暴れ始めた獣の脳天をやすかずの矢が射た。
 動かなくなった獣を足元で見下ろしているウィリアムだったが、しばし無言の後口を開いた。
「ありがとうございます。救援に、応えて頂いて‥‥」
「とんでもない、僕達の仕事はそういうものですから」
 壊された壁の向こうから鳥が猛烈な速さで近づいてくるのが見えた。気配を察知したやすかずが、素早く矢を番えて鳥の翼を射る。推進力を失った鳥は、司令室の手前で地面に叩きつけられた。
「‥‥戦況は?」
「こちらの有利ですね。徐々に各戦域も制圧されつつあるはずです」
「守り‥‥きれる、んですね」
 司令室からは基地全体がよく見える。今は人の波とキメラの群れで溢れかえっているが、それももうすぐ終わる。
「‥‥ウィリアムさん」
「はい」
「日向さんの居場所は分かりますか?」
 トランシーバーからの声に答えていたやすかずが、ふとウィリアムに聞いた。
 首を横に振ったウィリアムだったが、少し困惑気味に口を開いた。
「正確な場所は‥‥でも、あの武器をこの部屋で使うのは狭すぎるから、外に出たのだと思います」
 だから、戦闘が終わったら帰ってくる思います、と付け加えたウィリアムもどことなく自信がなさそうだった。
「なるほど」
 呟いたやすかずは少し考えて、それから弓を構え直した。
 いずれにせよ、日向が四国の新しい総司令官であることに違いはない。
 だったら、意味もなくこの場を離れるという愚行は冒さないはずだ。

 ●
 
「怯むな! 大丈夫だ、俺達の勝利は近い!」
 閃光手榴弾を敵集団に放り込んだヘイルが叫ぶ。怯みに怯んだ敵集団へなだれ込むレジスタンス達と共に、彼は外に押し出したキメラ群を一手に引き受けていた。
 猛火の赤龍を発動させたヘイルは、敵の集団へ突っ込んだ。団子状態になっている獣達のど真ん中に騎龍突撃を叩きつける。左右の衝撃は、多くのキメラを巻き込んで、ヘイルを中心にして蜘蛛の子を散らすように獣が吹き飛んだ。
「――後ろだっ!」
 反転したヘイルは後方のレジスタンスに呼びかける。彼らの後ろから鳥の集団が襲いかかってきたのだ。
 悲鳴と怒声の入り交じるレジスタンス達は、がむしゃらに銃を乱射した。鳥の傍を虚しく銃弾が掠めて行く。
「落ち着け! 陣形を崩すな、つけこまれるぞ!」
 叫んだヘイルは駆け戻り、急降下する鳥をソニックブームを乗せた一撃で貫いた。すぐさま槍を引き抜き、身をひねるようにして鳥の集団を打ち払う。
「ひ‥‥っ!」
 引き攣ったレジスタンスの悲鳴が聞こえた。しまった、とヘイルは舌打ちして、そちらに身を向ける。鳥は囮だったのか、物陰から現れた獣の集団がヘイル達を包囲していたのである。
 全て薙ぎ払うには、骨が折れそうだ。
 どうする、とヘイルが思考を巡らせている時だった。不意に獣の集団の後方が盛大に吹き飛んだのである。
「なんだ‥‥?」
 訝んだヘイルの前で、もう一度獣が吹き飛ぶ。
 そして、『彼』の姿が現れた。
「‥‥敵か!」
「強化人間なんかと一緒にされると困るな。第一、あいつらは軍服なんて着てないよ」
 からかうような声。片眉を釣り上げたヘイルの前で、軍服を着た男性が背負っていた大砲を地面に置いた。
「見事な鼓舞だったね。俺よりずっとリーダーの素質がある」
「‥‥まさか、日向、か?」
「話は後だよ。増援を連れてきたから、まずはこいつらを全滅させる」
 日向の後を追って兵士の集団がこちらに向かっているのが見えた。この陣形なら、囲まれたのではなく、逆に獣を挟撃できる。
 頷いたヘイルは、主の帰還に喜ぶレジスタンス達に一層大きな声で呼びかけた。
「行くぞ! ここを踏ん張れば基地は守られたも同然。仲間を、主を信じて征くぞ!!」
「おおー!!」
「これ以上バグアの好き勝手にされて堪るか!」
 たちまちレジスタンス達が息を吹き返した。猛然とキメラの集団へ向かっていく。同時に、兵士たちも歩を早め、一気に獣を挟みにかかった。
「君、名前は?」
「ヘイル」
「ふうん、覚えておくよ」
 そう言った日向は大砲を構えた。レジスタンス達を脇から攻撃しようとする獣を砲撃する。獣が数匹まとめて吹き飛び、盛大な爆炎が巻き起こった。
「はぁ――っ!!」
 気合の声と共に、ヘイルも前線に加わった。口を開けて牙を剥き出しに飛びかかってくる獣の口内を貫き、引き抜き際に別の獣の脇腹を薙ぐ。
 後方からは、残ったレジスタンス達が絶えず弾幕を維持している。
 雌雄は、明らかに決しようとしていた。
 
 ●

「怪我人の搬送を。レジスタンスは各幹部の指示に従い、動ける者は即座に本部へ帰還し、ミスターSの襲撃に備えること」
「了解!」
「兵士達も同様、動ける者は基地の外郭を警護。気まぐれを起こした榊原アサキがこっちに向かって来ても困るしね」
 終戦後、てきぱきと後処理は行われた。敷地内に残ったキメラの遺骸は、血の匂いに誘われて別のキメラが現れないようにと、基地の外で焼却された。
 回収された友軍の遺体は、各々が悲しみを深めないためにと、すぐに基地の中央で荼毘に付された。軍の人々が互いに顔を見合せているところを見ると、レジスタンス流なのだろう。
 家族に返さなくて良いのか、と軍人が日向に詰め寄る場面があった。その人を制し、日向は淡々と言ったものである。
「それじゃあ、君が戸籍を調べて死亡した全兵士を親元か妻子の元に送ってくれるの? キメラに砕かれて顔も分からないのに、偶然家族があることを知っているだけで、その兵士だけ丁重に葬るの?」
 言葉に詰まった兵士を無視して、日向は破壊された司令室に戻って行った。
「悪気はないんですよ」
 悔しさに拳を握りしめた兵士に、レジスタンスの一人が言った。
「日向さんは、言葉に感情を出さない人だ。ひねくれた事しか言わないけれど、あの人は亡くなった仲間の名前を全部覚えてる」
 さっきも死んだ兵士の名前を調べろと言われたから、とそのレジスタンスは言った。
「悪い人ではないんですよ。ただ、それを理解するまでに時間がかかるだけなんです」
 そう言って、レジスタンスは兵士の男泣きに震える背中を撫でた。
 
 
 あちこち傷がついて綿が飛び出しているが、奇跡的に使用出来る状態の椅子に日向は座った。彼と向かい合うように傭兵達も座っている。
「まずは傭兵達の救援に深く感謝する。失ったものもあるが、阿南基地を守り抜けたことは大きい。拠点を一つも失わなかったのは僥倖だね」
 日向の隣に座るウィリアムも頷いた。傭兵達が来てくれなかったら、おそらく阿南基地は陥落していたはずだ。
「これから、四国はどうなるのですか?」
 尋ねた小夜子に、日向は口を開いた。
「さぁ。ただ、倒すべき相手が姿を見せた。相手も相当焦っているのかもしれないね」
「他の場所での戦闘はどうなってるんですか?」
 前屈みになって尋ねた石榴に、日向は首を横に振った。
「陥落したという情報はないから、生き延びているんだろうけど、それ以上の情報は今から収集するよ。まあ、今回はミスターSの裏をかいた形だから、そうそう不利な状況でもないだろうね」
「それなら、良いのですが‥‥」
 安堵の息を吐いたやすかずである。
 それにしても、と悠季が肩を竦めた。
「レジスタンスの親玉が本当の四国総司令とはとんだちゃぶ台返しね」
「それはどうも。別になりたくてなった地位じゃないよ」
 望まなかったのはレジスタンスなのか、総司令官なのか、日向は何も言わなかった。
「日向」
 冷たい声で呼んだのは翔だった。彼は四国のあちこちで、レジスタンス達の末路や激戦を見ている。思う所は多々あるのだろう。
「お前は指揮官がしてはならない事を幾つかやった。総司令の座には着かん方が良い」
「清廉潔白な指揮官なんて幻想だよ。俺が認められないなら、これまで通りウィリアムを総司令官と思ってくれても差し支えないよ」
「‥‥」
 溜息をついた翔に、日向は苦笑して肩を竦めるだけだった。
「まあ、良い。お前が幸せな愚者で終われる事を祈っている」
「それはどうも。君達も愚かな兵士であり続けてくれることを願うよ」
 意地の悪い言い方で締めた日向は立ち上がった。
 傭兵達に向けた背中が何を思うのかは分からなかったが、ただ一つ、言えることがあるとすれば、それは彼もまた四国を想う人間の一人であるということだろう。
「まったく‥‥とっとと重荷を下ろしたいよ」
 呟いた日向は、どこか疲れているような、呆れているような、そんな声だった。
 
 
 了