タイトル:【FC】蒼き空の奪還マスター:冬野泉水

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 24 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/15 20:06

●オープニング本文


――四国解放戦線本部。
「もう一度」
「は?」
「もう一度報告を繰り返せと言ってるの。復唱出来ないほど、UPCは無能になった?」
「し、失礼しました!」
 冷たく言われた兵士が最敬礼の姿勢になった。面倒臭そうに書類に目を戻した日向 柊大佐は無言で相手の続きを促した。
「愛媛県大洲市付近にミスターS機を確認しました。総勢300の大軍勢です」
「強そうな奴はどの程度?」
「フィリス・フォルクード含め、それなりには」
「ふうん」
 興味無さそうに言った日向は、ちらりと兵士を見た。
「ゼダ・アーシュ、完全体?」
「は?」
「損傷はないかって聞いてるの」
「は、はいっ。あ、いえっ、前回からの損傷を引きずっているという報告もありますっ」
「‥‥つまり、確証はないということか。下がって良いよ」
 敬礼して部屋から飛び出すように出ていった兵士から視線を移した日向は、考え込んでいる若き戦略アドバイザーを見た。
「どう見る?」
「厄介なディメント・レーザーが使えない可能性は五分‥‥以上でしょうか」
「同意だね。あんなもの、そう安々と直されたくないよ」
 頷いたウィリアム・シュナイプは続けた。
「なぜ壊れた機体で出撃を‥‥追い詰められているのでしょうか?」
「それはないだろうね。こっちが優勢なのは確実だとしても、作戦の乱れ一つで戦況はひっくり返る。それを知らない相手じゃない」
「ならば、やはりまた誘導、でしょうか」
「だろうね。ただし、今度は前回のようにはいかないよ」
 立ち上がった日向は四国全域の地図が広げられた机の前に立った。ウィリアムもそれに続く。
 愛媛県大洲市、ミスターSが確認された付近は大小様々な山に囲まれた土地だった。
「こちらを釣りたいなら好都合。全兵力を投入して、ミスターSの作戦を頭から叩き潰す」
「‥‥」
 淡々と言った日向にウィリアムも無言で同意を示した。
 向こうの作戦は恐らく前回と同じで規模を大きくしただけだろう。こねくり回した作戦を立てる余裕はミスターSに無い。前回の傭兵達との戦闘で、その余裕は消し飛んだのだ。
 ならば、本部から兵をおびき寄せ、防衛の手が薄れたところを叩く。その腹づもりなのだろう。
 日向はそれを逆手にとり、ミスターSの予想を遥かに超える戦力の投入で仕留める事を選んだ。
「傭兵のまとめ役は君に任せるよ」
「はい」
「正面と根太山方面から迎撃。次いで、神南山からの増援奇襲部隊を配置。退路を絞るために高山寺山にも部隊を置く」
「南の西予市辺りはどうしますか?」
「今回は、敢えてそこに逃がす。高知県方面へ逃げるように追撃部隊を今回とは別で用意する。仕留めるとすれば、この部隊だろうね。勿論、その前にミスターSの戦力を削ぎ切らないと、全員死ぬだろうけど」
 さらっと言った日向である。
「迎撃で潰せるか、追撃で潰せるか‥‥早い者勝ちというところだね」
 微笑んだ――ただしそれはかなり物騒な笑みだったが――日向と対照的にウィリアムは震える自分の手を抑えるのに必死だった。
 強大な敵が自分の目の前で倒れる――その昂ぶりからくる武者震いだった。
 
 ●
 
――愛媛県、根太山周辺。
「配置、完了しました」
「ご苦労だった。後は我々前線部隊に任せろ」
 銀髪をなびかせるシャルロット・エーリク大尉は愛機から周辺の部隊員に声をかけた。久しぶりの大捕物だ。長らく離れていた死と隣り合わせの戦場に、いやでも気分が高まってくる。
「‥‥長篠軍曹。そちらは問題ないか?」
「も、問題おおありっすよ! なんで俺が隊長なんですか!」
 神南山に控える奇襲部隊の隊長に祭りあげられた長篠・冬嗣軍曹の泣きそうな声が入ってくる。苦笑した大尉は冷めた声で返した。
「安心しろ。お前は出撃しなくて良い。合流する傭兵達の後ろでのんびり眺めていろ」
「それって部隊長の意味が‥‥」
「出撃したいのか?」
「ノーであります! 大尉!」
 即答した犬は不出撃の決意を固めた。
 
 ●

「皆さん、どうか無事で」
「隊長も、無理しなさんなよ!」
 本部を飛び出したウィリアムは高円寺山の部隊に合流していた。彼があまり戦闘が好きではないことを把握している兵士たちは豪快に笑いながら若き指揮官を労った。
「あんな訳わかんねぇ総司令官と一緒にいちゃあ窒息すらぁ!」
「全くだ! 俺達といっしょに一発ド派手にやろうや!」
 無線から流れてくる笑い声にウィリアムはホッと息を吐くと同時に猛烈な不安に襲われた。
 もし、ミスターSの退路がこちらだったら、自分はちゃんと戦えるのか。
 日向の読みが外れたら、その責任は取れるのか。
 しばらく悶々としていたウィリアムは、パンッと自分の両頬を叩いた。
「‥‥やるしか、ないっ!」
 信じるのだ。
 四国を愛する、彼の決断を。
 
 ●

「日向ァ! 待ってましたよ!」
「こっちはいつでも行ける! 死ぬのも怖くねぇや!」
 大勢のレジスタンスと兵士に迎えられた総司令官は、自分の機体に乗り込んだ。蒼空を駆ける真っ青な機体だ。
 高円寺山の南――すなわち正面迎撃の部隊は八幡浜に集結しつつあった。既に日向の敷いた包囲網の中にミスターSの軍勢が入ったとの情報もある。
 あとは彼らが合流する傭兵達と突撃するだけだ。
「‥‥皆、言いたいことがある」
 ふと、無線から周囲に声を発した日向は、すぅ、と息を吸った。
 長かった。軍を秘密裏に抜け、怯えきった地元民をかき集めてレジスタンスを結成し、徐々に戦火を大きくさせていった。
 UPC軍が本腰を入れても、レジスタンス達との摩擦が最小限になるまで動かなかった。
 ミスターSを狙う者、恨む者は多い。だからこそ、きっちりと仕留めきらなければ、四国は精神的に解放されない。
 彼を殺せて初めて、日向の役目は終わり、彼の存在意義は証明されるのだ。
 息を吐いた日向は、いつもレジスタンス達が出撃する前に伝える事を全勢力に向けて言った。
「全員、全力で戦い、そして生きて帰れ。誰一人悲しませるな」
 鬨の声があちこちで起こる。
 応えるように日向は叫んだ。
「時は来た。今こそ、我らの蒼き空、穏やかなる大地を奪還せよ!」

●参加者一覧

/ 花=シルエイト(ga0053) / 石動 小夜子(ga0121) / 弓亜 石榴(ga0468) / 鷹代 由稀(ga1601) / 漸 王零(ga2930) / 宗太郎=シルエイト(ga4261) / UNKNOWN(ga4276) / アルヴァイム(ga5051) / 百地・悠季(ga8270) / 来栖 祐輝(ga8839) / 各務・翔(gb2025) / 赤崎羽矢子(gb2140) / リヴァル・クロウ(gb2337) / アレックス(gb3735) / 孫六 兼元(gb5331) / ソーニャ(gb5824) / 湊 獅子鷹(gc0233) / 神棟星嵐(gc1022) / レインウォーカー(gc2524) / ミリハナク(gc4008) / ヘイル(gc4085) / ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751) / 音桐 奏(gc6293) / 祈宮 沙紅良(gc6714

●リプレイ本文

 迎え撃つ人類側の戦力は決して多くはない。
 だが、戦いは数で勝敗が決まるわけではないことをミスターSも人類も身に沁みて知っていた。
「随分、豪勢にきたものだな‥‥」
 感慨深げに笑ったミスターSは友軍に前進の指示を出す。
 四国の空を、陸を揺さぶる決戦が始まろうとしていた。
 
 ●
 
 八幡浜に到着した傭兵は日向指揮の勢力と合流し、東へ歩を進めていた。
「決戦に相応しく魔改造勢が揃っているからな。俺は数合わせと言った所だ」
 自画自賛するでもなく、卑下になりすぎるわけでもなく、分相応な分析のできる自分の謙虚さを褒めつつ、各務・翔(gb2025)は言った。
「データリンク致します。オールグリーン‥‥回線共有完了。皆様、よろしくお願い致します」
 カバーできる範囲の友軍と繋がった祈宮 沙紅良(gc6714)の声が聞こえる。UPCもレジスタンスも関係なく繋がった情報網に双方は少し戸惑っているようだった。
「気が抜けないな‥‥」
 進軍先を見つめる ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)が呟いた。回線が確立すると同時に、様々な情報が飛び込んでくるが、それはあくまで正面迎撃を行う傭兵達が発信するもののみだ。情報漏洩を防ぐため、奇襲や追撃の部隊から情報は一切ない。
「祈宮さん。一応、EQの警戒はしておきますよ」
「お願い致します」
 自分に与えられた仕事は精一杯こなす。そう決めたドゥは操縦桿を倒し、根太山方面に機体を進めた。
 ところで、と回線の中で翔の声がした。通信先は日向の機体だ。
「ミスターSは相変らずだが、お前が五分の賭けに出るのは珍しいな。敵の罠の裏を掻くタイプだと思っていたが」
「五分の賭け?」
 多分、鼻で笑ったな、と沙紅良は思った。不遜な態度そのままの指揮官の低い声が戦域に溢れる。
「五分なんてとんでもない。俺は常に十分の賭けしかしてないし、今回も十分だよ」
「なるほど」
 ふ、と微笑んだかのような翔の声の後に、根太山から交戦開始の声が入ってきた。

 ● 
 
「全軍、各々の判断と指揮官の命に従い、全力で突撃せよ。我が軍勢は私に続け! 決して怯むな!」
 爆音で音楽を垂れ流すエーリク大尉のオウガ.stが猛発進した。
 根太山付近で待機していた軍勢は、ミスターSの勢力を確認するとすぐさま攻勢に転じていた。ただ、それは向こうも同じ事で、両者は五分と経たずに激しい戦火を散らせたのある。
「何年経とうが其の本質は大きく変わる事はない。‥‥それは君も同じだろう、ミスターS」
 因縁を持つ一人として、辛酸を嘗めさせられた一人として、リヴァル・クロウ(gb2337) はゼダ・アーシュを見た。
 その隣で、合流した鷹代 由稀(ga1601) のフィーニクスがライフルを構えた。
「行くよ、リヴァル。――じゃあね、シャルちゃん。お茶の準備よろしく」
「生きて帰って、男抜きでならばいくらでも付き合おう」
 つまりお前は来るなということか、と近くのリヴァルは肩を竦めた。
「そ、それでは先に行く」
「武運を祈る」
 敬礼したのであろう大尉の機体を見送って、リヴァルと由稀は先を急いだ。
 
 
 ミスターSのゼダは数の多い友軍の守りの中にあって、すぐさま手を出すことは叶わなかった。
 まずは、周囲を固めているものを排除しなくてはならない。
「行くよ、小夜子さん。頑張ろうね」
「はい。皆さんが生きて帰れますように」
 四国の空の下、石動 小夜子(ga0121)と弓亜 石榴(ga0468)がゴーレムとタロスの集団に接近した。二人共、吶喊する仲間に力を貸すために集った傭兵である。
(何かあっては、クラウドマンさんに申し訳ないですもの‥‥)
 愛する人の悲報は何よりも悲しい。それは自分も同じことだ。
 操縦桿を握った小夜子はきゅっと唇を噤った。
「奴にここで引導を渡せば‥‥!」
 来栖 祐輝(ga8839)のヴァダーナフが弓を構えた。狙いはミスターS付近に鎮座するゴーレムだ。
「まずはその守り、削らせてもらう!」
 放った弓がゴーレムに吸い寄せられるように進み、その右腕に突き刺さる。刹那、弾けるように放電したイスラフィルの威力に、ゴーレムの右腕が釣り上がった。
「続け! ここで減らせるだけ減らす!」
 背に控える友軍に声をかけた湊 獅子鷹(gc0233)がスラスターライフルとマシンガンを連射した。近づこうとするワーム等も巻き込んで、戦域に大きな弾幕が形成される。
「今回は無茶しねぇ‥‥が。それにしても、苦手なんだよなあ、操縦ってやつは」
 生身で力を発揮するのに、とごちた獅子鷹はライフルの発射ボタンを押した。ボタン一つ、操縦桿一つでやりあう戦場は、まだ慣れない。
「不思議だねぇ‥‥」
 戦域の中央ではタロスの集団を相手取っていたのはレインウォーカー(gc2524)と音桐 奏(gc6293)だった。
「お前と組むと、負ける気がしないなぁ」
「それはどうも、ヒース」
 微笑んだ奏は後方からレーザーライフルを放った。レインウォーカーに斧を振り上げたタロスの腕に命中したそれは、爆音を伴って敵の腕から斧を吹き飛ばした。
「纏めて薙ぎ払う。フォローは任せるよぉ」
「お任せを」
 腐れ縁ともなれば、それぞれの行動も予測しやすくなる。たとえその相手がかつて殺し合いを演じた相手でも、だ。
 道化のエンブレムが踊るように、レインウォーカー機がファランクスを放つ。急接近したタロスの足元をすくうように、地面を抉った弾幕がキメラを巻き込んで敵を強襲した。
 ふと、その時だった。奏機が砲口の向きを変えたかと思うと、やや離れた位置でエーリク機と交戦していたHWを砲撃したのである。
「大丈夫ですか、大尉」
「問題ない。私は先を行くが、この界隈は任せたぞ」
 そっけない返事だったが、彼女の機体が僅かに腕を上げるのが見えた。
 腐れ縁の思わぬ行動に、レインウォーカーは操縦席でニヤッとしながら奏に回線をつないだ。
「今日はまた随分と気合入ってるねぇ、音桐。シャルロットがいるからかぁ?」
「否定はしませんよ、ヒース。エーリク大尉の妹さん達を悲しませるわけにもいきませんしね。死なせはしませんよ彼女を」
「へぇ、そいつは予想外の答えだねぇ。まあ、悪くない。ボクもアイツらを死なせるつもりはないんでねぇ」
 そんな会話がなされているとは思ってもみない大尉は、全力前進の体で機体ごとぶつかるように敵に向かっている。将に倣う士官も、殆ど捨て身のような戦法で突進していた。
「やれやれ‥‥負けるわけにはいかないねぇ、音桐」
「そうですね、ヒース。それでは、目の前の敵に向かいますか」
 そう言って、奏が砲口を向け直した時だった。
 全戦域にいる友軍の間に、けたたましい警報音が流れたのである。
「こちら石動機です。ゼダ・アーシュの前進を確認。繰り返します。ゼダ・アーシュの前進を確認しました!」
「八幡浜より祈宮機です。まもなく、到着致します」
 二つの知らせを受けた傭兵達は、殆どが同じ方角を見やった。
 すなわち、最前線を――。
 
 ●
 
「‥‥日向司令、貴方には全体の指揮をお願いしたい。前は俺達で支える。敵の数は多く、士気を維持するならば貴方が最適だ。健在である事を誇示し、兵に声を掛け続けて欲しい」
「勿論だよ。俺にはミスターSを討ち取る力はないからね、そういうのは、化物みたいな君達に任せるよ」
 合流した日向に声をかけたヘイル(gc4085)に、総司令官はにべもなく言った。そういう性格であると事前に知らされているヘイルは肩を竦めるだけに留めた。
「では、お互いこの戦いを無事に越えられたら紅茶でも」
「良いね。望みの銘柄をマクスウェル少将から強奪すると約束するよ」
 回線を切ったヘイル機に小夜子と沙紅良が連携して作り上げた情報網が新たに開かれる。最前線にほど近いこの場所は、これからの情報の有無が生死を分ける。
 ゆっくりと前進を始めるゼダ・アーシュの背を見つめるヘイル機はブリューナクを構えた。
「ミスターSの背後の守りを砕く!砲火と共に意気を挙げろ! 眼前の敵に意地と理想の全てを叩きつけてやれ! さぁ、征くぞ戦友! 終わらせる為に!!」
 咆哮を上げたブリューナクがゼダの背後を固めていたワーム群に直撃した。
 それを起点として、鬨の声を上げて八幡浜からの友軍が一気になだれ込んだ。大小問わず、ゼダを守る勢力にぶつかる。
「やってくれるね。この僕が挟撃を受けるとはね。でも、これじゃあ数が足りないよ」
 不敵に笑ったミスターSは操縦桿を一気に倒した。刹那、ぐん、と勢いを増してゼダが集団から抜けだした。
「ジハイド機急速前進、来ます!」
 小夜子の声が戦域を駆け巡る。その声は、最前線でミスターSの護衛と交戦していた傭兵達を緊張の渦に巻き込んだ。
「弓亜さん、私達は取り巻きを」
「りょーかい。頑張ろうね」
 ミスターSの機体を守るようについてきたワーム達にキャノン砲を放った小夜子に続いて、柘榴がジェットエッジで殴りかかる。
「小夜子さん、危ない!」
 ワームの砲口が小夜子機を狙っていた。咄嗟に身を呈して彼女を守った柘榴機の左腕が砲撃によって吹き飛ぶ。
「ゆ、弓亜さんっ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。まだ動けるよ!」
 チェーンガンでワームの足を撃ち抜いた柘榴の明るい声が返ってくる。
「でも、そう長くはもたないから、さっさと片付けちゃおうか」
「はい。あまり‥‥無理しないでくださいね」
 近づいてくるゼダからじわじわと取り巻きをこちらに向けさせる小夜子と柘榴は頷き合って、レーザーキャノンとチェーンガンを構えた。
「弓亜機が損傷。ミスターS、まもなく視認できます!」
 小夜子はゼダ戦に控える仲間に向けて声を張り上げた。
 拾ったのは漆黒のシュテルンと濃紺のフィーニクスだった。
「‥‥此方はリヴァル、目標を発見した。‥‥全く、毎回逃げられたのでは此方も手間ばかりかかる」
 突っ込んでくるゼダの刃を躱したリヴァル機がすかさずマルコキアスを構えた。相手もリヴァル機に気づいて一度動きを止める。
「やれ‥‥また君か。変わらないね」
「お互い様だ」
「バグアと人間を一緒にされても困るが、ね」
 言って、ゼダが動く。第一刃を躱したリヴァルは機体を捻り、至近距離で弾幕を張った。相手が怯んだ隙にブーストを駆けて距離を取り、そして叫んだ。
「鷹代!」
「ったく。タイミング外して背中に当たっても文句は聞かないからね‥‥っと!」
 ブーストをかけて退いたリヴァル機を追うゼダに、由稀機が真正面からプラズマライフルで弾幕を作った。ゼダの目をくらませるために、上半身を集中的に銃撃する。強化されたバリアが銃弾を全て弾き切る前に、シュテルンが旋回してゼダの真横に着陸した。
「バリアを使え‥‥それだけで良い。それだけで、仲間に繋がる!」
 言い聞かせるように呟いたリヴァルはマルコキアスを斉射した。無数の銃弾がゼダを襲い、張り巡らしたバリアを削り取っていく。
 だが、ゼダの勢いが全く衰えない。先の戦いで損傷してなお、スピードでは傭兵を凌駕するのだ。
「く‥‥っ!」
 細かな刃がシュテルンを襲う。防御に手間取られて、攻勢に転じられない。
 ――その時だ。
「っ!? ディメントレーザー!?」
 由稀は我が目を疑った。ゼダが損傷を受けたはずのディメントレーザーの発射体勢を取ったのだ。
 こんな至近距離で撃たれては防御も回避も何もない。
 攻撃すら、できない。
「――っ」
 舌打ちした由稀をあざ笑うように、ゼダが突然発進した。
 ブラフ――。
 悟った由稀が自機の風防を拳で殴りつけた。
「ナメた真似を! 後方、ゼダが行くよ!」
 猛烈な勢いで二機を振り切ったゼダが、構えていたレインウォーカー機と奏機を襲う。背後から二機が狙撃しながら追ってきても振り返らないのは、そのバリアに絶対の自信があるからだろう。
「出てきたな、一番厄介で一番憎たらしい奴が。やるぞ、音桐」
「了解です、ヒース。大将首、狙わせてもらいます」
 前衛のレインウォーカーがブーストをかけて正面から迎え撃った。後衛の奏とあわせて同時にファランクスを放つ。
 真っ黒な爆煙の中から、滑るようにゼダがレインウォーカー機に突っ込んだ。
「‥‥っ! 音桐っ!」
 スキルを乗せたレーザーライフルを構えた奏は、ゼダの右腕を狙って引き金を引いた。バリアを削りとった銃弾を受け流したゼダが、道化の機体を横から殴りつける。
「ぐぁっ!」
「ヒース! ――――っ!?」
 よろけたレインウォーカー機の援護をしようと乗り出した奏機が凄まじい衝撃に揺れた。肩にレーザー砲が直撃したのだ。
 計器が一斉に悲鳴を上げて動きを鈍らせる。推進力を示すメーターがぐんぐんと針を傾けた。
「く‥‥このままでは‥‥!」
「友軍を落とさせるな、続け!」
 仲間の不利を見たエーリク部隊が援護に回る。だが、歴戦の傭兵でも手に余るジハイド機がそれだけで動きを止めるはずもない。
「いけません、シャルロットさん!」
 後方からかけつけた小夜子の叫び声を追うように、取り付いたゼダの刃がオウガの腹を貫き、右足に向けて振り抜いた。小さな爆発を起こして、エーリク機が地に沈む。
「やろう!」
 吼えた祐輝がゼダに肉薄した。怯むな、とノイズの混じる大尉の檄に押されて、友軍が再び敵機に攻撃を始める。
「活きが良いね、倒しがいがあるよ」
 ニヤリと笑ったミスターSは、祐輝機の放った弓を躱して少し驚いた目をした。
 攻撃を躱す間に、祐輝機が更に接近していたからだ。
「30秒‥‥それだけありゃ十分だ!!」
 スキルの持続時間は、30秒。
 全てを注いで機剣を振るう祐輝の斬撃がゼダのバリアを襲う。機剣が、練剣が、その切っ先を阻むバリアを引き裂いていく。
 だが、バリアを削られながらも、ジハイドの男はなおも冷静だった。
「うん、うん。良い手だ。でも、少し‥‥足りないね」
「‥‥っ!」
 30秒――デアボライズ・フォースverΩの限界時間だ。祐輝を強制排出したヴァダーナフは、ミスターSが手を下す前に自壊した。
 
 
 ゼダの勢いが止まらない。
 日向機を発見したゼダは更に速度を上げた。
「あーあーやりたくねえんだけどなあ!」
 ウルを構えてゼダの刃を受け止めた獅子鷹は楽しさを滲ませた声で言った。即座にスラスターライフルを撃ち、相手との距離を取る。
 その時だった。再びゼダがディメントレーザーの発射体勢を取ったのは。
「そう何度も同じ手に乗るかよ‥‥!」
 ゼダのディメントレーザーがブラフなのは既に小夜子と沙紅良が築いた情報網に流れている。逆を言えば、あの体勢をとっている今こそ、ゼダに隙が生まれる。
「行くぜ!」
 ブーストをかけて急速接近した獅子鷹がゼダの胴目掛けて獅子王を振り上げた。発射体制を止めたゼダが向きを変えて刀を躱す。
 そうして、生まれた僅かな隙間――獅子鷹機の推進部に押し当てられた砲口が唸りを上げた。
「ちっ‥‥嫌な予感があたっちまったぜ‥‥」
 残された力でその場から離脱した獅子鷹は舌打ちした。彼を守るように先へ進む仲間たちの背中を見つめながら。
「来たぞ、日向」
「面倒だね」
 獅子鷹機を挫いたゼダと対峙した翔は、近くのヘイル機をちらりと見やった。今の状況を見ると、丁度ゼダとその取り巻きは神南山を背に向けている体勢だ。
「この状況を維持できれば、奇襲も上手く行くだろう」
 言ったヘイルは機槍を構えた。将を欠きながらもエーリク隊がこちらに向かっている事も承知済みだ。勿論、ゼダを追い回すように戦場を駆ける最前線部隊も。
「では、増援が来るまでの時間潰しと行こうか」
 援護に徹する自分を褒めながら、翔は木々の間から機関砲を連射した。ゼダを守りながら移動するタロス勢の引き剥がしにとりかかる。
「俺達も行くぞ、日向司令を守れ!」
 機槍を振り回してゴーレムを薙ぎ払ったヘイルが叫んだ。鼓舞されたレジスタンス達も続々と前に進む。
 だが、ゼダは非情だった。手近なワームに指示を出してヘイルの槍をその身をもって受け止めさせたのである。躊躇いなく味方を盾にしたミスターSは一転、再び攻勢に出た。
「く‥‥、こいつ‥‥っ!」
「増援、参りました」
 沙紅良の声が響く。間を置かずに、ゼダに距離を開けられた友軍が合流した。
「KVは不慣れとは申せ、簡単に潰れる訳には参りませんの」
 通信を続ける沙紅良も、ゼダ周辺のゴーレムに肉薄した。機槍で敵機の斧を捌くと、至近距離からその頭に向けてガトリング砲を斉射した。頭を失ったゴーレムが地上に倒れると、それを踏みつけるように立ち、ライフルを敵集団に向けた。
 ――と、沙紅良の横を取ったワームが吹き飛んだ。姿を見せたのは、ツインブレイドを手にしたドゥ機だ。
「祈宮さん、援護しますよ」
「大丈夫です、まだ行けます。御助力感謝致します」
 穏やかに言った沙紅良は敵軍に向き直った。
「一斉砲火で一気に削り取るぞ!」
 槍を構えたヘイルの声に合わせて、傭兵達は同時に攻撃を開始した。
「これは、囲まれたかな?」
 呑気に言うミスターSの声にも、僅かに焦りが滲む。機体を反転させて、第一陣の刃を躱すと、隙を狙って頭一つ抜けていたドゥ機に突進した。
「――っ!」
 咄嗟に弾幕を張ったドゥ機がその場から離れる。だが、ゼダの方が数段早かった。
 ツインブレイドで銃剣を受け止めたドゥ機に体当たりしたゼダが、身を捻るようにしてドゥ機の腕を斬り飛ばす。
 戦意を削がれた敵機を突き飛ばしたその背中を、すかさず銃撃したのは翔機だった。
「俺が倒すのは難しいが‥‥俺以外の奴が攻撃すればどうかな?」
 ゼダが反転して接近する。障害物ごと翔機の機関砲を斬り飛ばしたゼダの剣をツバイクシュナイデンで受け止めた翔は口角を釣り上げた。
「そうだ‥‥それで良い」
 推進部にゼダの銃剣が吸い込まれる。激しい衝撃に唇を噛む翔は、それでもゼダを正面から見据えた。
 もうすぐだ。もうすぐ『時』は来る。
 その時が来るまで少し休ませて貰おう、と自分の力量を自覚している事を自画自賛しながら、翔は操縦桿を握る手の力を緩めた。
 

 合流した傭兵達がゼダのバリアを削り、ゼダが攻めて傭兵達が守る。そんな戦闘が続いていた。
 レジスタンスや一般兵などの力を持たない人々から犠牲を出しながらも、傭兵達は一歩も退かずに戦線を維持した。
 対するゼダに大きな損傷はないものの、明らかにバリアの効力が薄れてきているようだった。
 全ての状況は、傭兵達の築いた情報網を流れる。
 自身も被弾しながらも指揮を続けた日向の声が全部隊に流れたのは、その時だった。
「全軍、撤退の素振りを見せろ。神南山に待機した部隊は前進。作戦は第二段階に移行する」
 ゼダの後方――神南山から進軍の声が轟いた。

 ●
 
 長篠部隊が到着する少し前のこと。
「んー、本隊とはぐれたみたいですわね。あっちで皆が楽しそうにしてますから、お手伝いにいきましょうか」
 完全に迷子となっていたミリハナク(gc4008)はしかし、るんるん気分で愛機を動かしていた。
 彼女の前にはUNKNOWN(ga4276)機がある。奇抜な形態のものが多い彼のKVの中で最もノーマルなものだ。
「すまないが、そこのバグア君。Mr.Sはどこだろうか?」
 などと言いつつ、手近なワームをエニセイで撃ち抜いている。聞く気ゼロだ。
「さぁ、お嬢様。こちら‥‥だと思うのだが」
「もう。本当ですの?」
 単独行動だと道が分からなくて困る。ぷぅ、と膨れながらもミリハナクは機体を前に進めた。
「すまないが、そこのHW‥‥あ、爆発してしまった」
「自分がやったんでしょうに」
 肩を竦めたミリハナクは、UNKNOWN機を盾にマルコキアスを斉射した。派手な弾幕にHW達が巻き込まれていく。
「たーまーや♪ わぁ、ごちゃごちゃと派手な花火がそこかしこで上がっていて素敵〜♪」
 ラバグルードを肩越しに撃ちながら、ミリハナクとUNKNOWNは着実に戦火の渦に近づいていた。
「ほら、あそこが激しそうだぞミリハナク」
「まぁ」
 UNKNOWNが指さした先にいるのは、ゼダ・アーシュ。
 ただ、何か傭兵達が変に後退している。
「ふむ‥‥」
 ゆらゆらと揺れる機体の中で、黒衣の紳士はしばし思案した。
 今、行くのは得策ではない――のだろう、多分。
 
 ●

「指示が来ました。行きましょう」
 空に浮かび上がったアルヴァイム(ga5051)の機体が動き出した。あわせて全軍勢が一気に神南山方面から雪崩込んだ。
「情報のデータリンクを。奇襲部隊は、初手で最大火力を注ぎ込みます」
 冷静なアルヴァイムの声が前線まで届く。敵の増援と奇襲という事実はミスターSの勢力を多いに脅かすこととなった。
「奇襲? この状況で‥‥子供騙しのような事を」
 振り返ったゼダの中でミスターSは自機のバリア残量を示すモニタを横目で見た。出力30%弱――奇襲の勢力によるが、厳しいことに変わりはない。
「まあ、なんとかなるかな」
 あくまで余裕の素振りを見せるミスターSだったが、徐々に敗北の重みがのしかかりつつあった。
 
 
「まだ、数が多いね。長篠さん」
「おおお俺は後ろで見てるからな!」
「うん。今回はただ、殺して殺しまくればいいんだね」
「そそそそうだな! そういう感じで頼む!」
「オーダー了解。エルシアン、行くよ」
 旋回していた機首を下げて、ソーニャ(gb5824)は低空を駆けた。ブーストをかけて、敵陣の最中に突っ込んでいく。持てる武装を全てつぎ込んでミサイルを上空から投下した。
 眼下で起こる爆煙から目を背け、ソーニャは空を見上げた。
「穏やかな蒼い空‥‥そんな空を飛べたらいいんだけどね」
 血塗られた翼でしか飛ぶことを許されない、僕は――。
 だが、今は感慨に耽る時ではない。
「後方機、一斉に攻撃を」
「了解」
 UPC空軍連帯の短い声が返ってくる。前を行くアルヴァイムが目指す先には、小さくゼダの姿が見えていた。
「ミスター狙いなの? まあ、しょうがないか。飛べれば不満はないけどね」
 苦笑したソーニャは更に速度を上げた。
 一方、陸からも奇襲部隊が動き出していた。
「こちらアレックス、これより陸から奇襲をかける」
「いざ突撃! 地球の全将兵に、武甕槌神の加護が有らん事を!」
 地上部隊のアレックス(gb3735)と孫六 兼元(gb5331)はグン、と速度を上げて敵集団の背後から突っ込んだ。背中をとられた軍勢に動揺が広がる。
「一気になぎ払っちまおうぜ!」
 レーザーガンを斉射したアレックスが吼える。密になった集団が砲火に呑まれ、次々と地に足をつけていた。
「その身に恐怖を刻め! この銀の鬼神が、お前等がこの世で見る最後の光景だ!」
 OGRE/Bを発動した兼元はファーマメントを振りぬき、アレックスが機先を制したゴーレムを斬り飛ばした。
 ここまで銃撃が全くないのは、肉薄されているせいで銃器を封じられているようなものだ。それを考慮しても、二機の火力の高さは唐突かつ圧倒的だったとも言えるが。
「さぁ、どんどん行くぞ! ガッハッハッ!!」
 豪快な笑い声を上げ、二機がゼダまでの血路を開いていく。逃げおおせた敵機は空からアルヴァイムとソーニャがもれなく爆撃していった。
「やれやれ。面倒なことになったね」
 ため息混じりのミスターSの声は、傭兵達に聞こえてはいないだろう。振り返ったゼダは正面から来たアレックス・兼元機と対峙した。
 陸に二機、空に二機――今のゼダで捌ききれるかは、微妙なところだ。
「ディメントレーザーの使用はブラフであると既に判明しています。全機、ディメントレーザー発射体勢を取った際も攻撃の手は緩めないように」
「了解!」
「武士たるもの、卑怯な手を使うものではないぞ!」
 空からアルヴァイムの声を受けて、二機は正面からゼダに向かった。後方の空からソーニャ機も追撃する。
「ソードウィング、アクティブ!」
 壁を削るように剣翼でワームを薙いだアレックスはそのままゼダに迫った。自動歩槍を放ち、ゼダのバリアを削っていく。
「敵だって無尽蔵じゃない。必ず、底は尽く!!」
「‥‥その前に倒してしまえば、問題もないと思うがね」
 アレックスの砲撃を耐えたゼダがブーストをかけて迫ってきた。咄嗟にレーザーガンで応対したが、突進力ではゼダの方が有利だ。
「チッ!」
 超電導アクチュエータの起動音がコクピットに響く。後方にブーストをかけて飛び退いたアレックス機の右足がゼダの銃剣によって吹き飛んだ。
「まだだ! まだまだァッ!!」
 裂帛の気合いと共に片足のアレックス機が更に踏み込んだ。自動歩槍をゼダの頭部に放ち、ゼダは銃剣を振るう。
 ゼダの目が穿たれるのと、アレックス機の左足が飛ぶのは殆ど同時だった。
「く‥‥ここまで、なのかよ‥‥!」
 地に沈んだ自機の中でアレックスは拳を握りしめた。
 そんなバランスを崩した仲間を救うために、間に割り込んだのは兼元機だ。
「銃剣とは言え、剣。ワシが相手だ! アレックス氏は今のうちに退避だ!」
「悪ぃ‥‥!」
 機剣を手に兼元機がアレックス機と入れ替わりにゼダへ向かう。OGRE/Bを発動させ、兼元は渾身の力を込めて機剣を振るった。
「パワー勝負か。面白いね」
 口元に笑みを浮かべるミスターSも正面から剣を受け止める。双方、激しい衝撃に一歩ずつ退いたが、すぐさま激突した。
 しばらく激しい剣戟が続いた。徐々に押されつつあった兼元機だが、ゼダの振るった一撃で右腕から機剣を落としたのである。
「もらった」
「ぬお‥‥っ!!」
 胴を貫く衝撃に兼元は眉を潜めた。だが、コクピットで表情が変わったのは兼元だけではない。
「バリアが‥‥」
 最後のエネルギーを消耗したバリアがゆっくりと消えていく。その特異な反応に気づいたのは、空にいるアルヴァイムとソーニャだった。
「好機、かな。行くよ」
 アルヴァイムの影から飛び出したソーニャがブーストをかけた。急降下したソーニャ機は更にブーストをかけ、最大勢力でゼダに迫る。
「各機、敵将に異変あり。総火力でもって攻撃を」
 低空を飛行するアルヴァイムが友軍に呼びかけ、電磁加速砲を放つ。確かに――仲間達によって削り取られたバリアを失った今、明らかにゼダが回避の行動をとったのだ。
「このまま突っ切る。いいよね」
 ぐん、と勢いを増したソーニャがゼダにミサイルを乱射する。ゼダのレーザー砲台を巻き込んで、大きな爆発が起こった。
 だが、ミスターSもただでは引き下がらない。
 一撃離脱の形式をとった彼女の機体が低空域を離れる前に、ゼダがソーニャ機を捉えたのだ。
「逃がさないよ」
「――っ!」
 やられる、と唇を噛んだソーニャがブーストを再度かける。その右翼が銃撃で炎上するより早く、彼女は何とか地上に着陸した。
 高速で飛び回る少女を落としたゼダは、そこで一転、逃亡の姿勢に入った。絶対的な盾を失った敵将が体勢を立て直そうとしているのだろう。
「追撃部隊。Mr.Sが逃亡を開始しました」
 敢えてゼダを見送ったアルヴァイムが高円寺山方面――すなわち、ゼダの正面に位置する部隊へ初めて回線を開いた。
 ふと、そこで考えて、彼はもう一言追加しておいた。
「なお、ゼダ・アーシュからバリアの反応が消えています」
   
 ●
 
「機を逃すな! ミスターSを追い込め!」
 日向の声が戦場に満ちた。討ち取ってしまっても構わない、けれども、あくまで目的はこちらの意図する所に敢えて逃がす。そういう作戦だ。
 ミスターSに深手を負わせたのは僥倖。だが、ここまでで仕留めきる決定打が無かったのも事実だ。
「勿体無い、と言って良いんでしょうか」
「もとからそういう作戦だったはずだよ。責任は俺がとる」
 不安そうに言ったウィリアムに回線を接続した日向の声が淡々と届いた。
 責任は取る。
 負けても、勝っても、この戦火に決着をつけることの責任は、日向が負う。
「だから迷わず追撃するんだよ。最後で崩れるわけにはいかないからね」
「了解しました。皆さん、行きましょう」
 託されたウィリアムは息を吐いて操縦桿を握った。
 仕留められる、かもしれない。
 だが、何故か心のどこかに凝りのような不安の塊がくすぶっていた。
 
 
「ここまで来たら勝利までもう少し、やれることは全部やるよ!」
「ああ。最初っから飛ばすぞ! 合わせてくれ!」
「OK、宗太郎くん!」
 花=シルエイト(ga0053)と宗太郎=シルエイト(ga4261)が先に抜けだした。こちらに一直線に向かってくるぜダに向けて、宗太郎機がPDレーザーを放つ。
「あのゼダ・アーシュ‥‥今更だけど、本当にミスターSが乗ってるよね?」
「ああ。今までの動きから間違いないだろうな」
「OK。それじゃあ、腕の1本でも置いてってもらわないと‥‥割りに合わないよ!」
 宗太郎機の攻撃に合わせて花機が集積砲を斉射する。尚も突破しようとするゼダに、最後の護衛を巻き込む形でK−02ミサイルを全て放った。
 二機の下で盛大な爆煙が巻き起こる。刹那、爆煙の中からレーザー砲が飛んできたのである。損傷してなお、砲台の一部は無事だったのだ。
「花!」
 伴侶に声で合図して、宗太郎は苛烈極める弾幕の中に飛び込んだ。ブーストをかけるだけかける。銃弾が何度も彼の残像を貫いた。
「ストライダーの機動を‥‥舐めるなぁ!」
 炎の中にゼダを見つけた宗太郎が一気に速度を上げる。機首を返し、背後とは言わないまでも完全に真横を捉えた。
「決めるぜ! フィーニクスレイ、オーバードライヴ!!」
 PDレーザーのゼロ距離発射。彼ら二機を襲った砲台を完全に破壊し、ゼダは大きく後ろに下がった。
「ふむ‥‥これは駄目だね」
 この方角には逃げられないと判断したゼダが機体を翻して再び逃亡を試みた。
 しかし、既に先回りしていた漸 王零(ga2930)が向かってくるゼダに不敵な笑みを見せる。
「やぁMr。なにやら今日は大忙しだな‥‥まぁ‥‥これからも忙しいかもしれないがね」
「しぶといな、君達も」
 半ば呆れたような口調だが、ゼダを繰るミスターSは焦っていた。逃げ道を探すように素早く当たりを見回している。
「よそ見している暇があると思うのか?」
 王零機が先に動いた。スラスターライフルを放ち、即座にブーストをかけた。足元を撃ちぬかれたゼダが一瞬怯んだ間に肉薄する。
「いいかげんそのカードは目障りだからね‥‥散らせてもらうよ」
「‥‥っ」
 近距離から乱星を斉射した王零は間髪入れずにジャイレイトフィアーでゼダの腕を貫いた。細かな放電が起き、振り抜き際に一気に斬り飛ばす。
 そこへ、腕を失ったゼダの周りになけなしの残党が集結した。逃げ延びるためミスターSが指示したのだろう。
「チ‥‥逃がすかっ」
 王零は追撃の構えを取ったが、それよりも早くタロス達が彼の視界を阻んだ。
「くそ‥‥!」
「こちら百地機。追撃、始めるわよ」
「同じく神棟機、後は任せて下さい」
 後方支援に徹していた百地・悠季(ga8270)と神棟星嵐(gc1022)が王零に代わってゼダに迫る。
「落ち目のゼオン・ジハイドってところかしらね」
 援護しようとゼダの周りに集まるワームをライフルで撃ちぬく悠季は呟いた。まさしく、今のミスターSはただ逃げ惑う哀れな存在に見える。
「これまで数多くの人間が死んでしまいました。その方々の為にもここで倒します。ミスターS!」
 アグレッシブ・ファングを起動した星嵐がラバグルートを放つ。既に損傷している者が大半だ。ミスターSを守るワームの壁はあっけないほど脆く崩壊していった。
 その隙をついて突進したのが、赤崎羽矢子(gb2140)――そして、ようやくここで合流したUNKNOWNとミリハナクだった。機を同じくして、三機は殆ど同時にゼダに砲口を向けたのである。
「ミスターS!! あんたは、ここで落とす!」
 ブーストをかけた羽矢子機が一気に距離を詰めた。ガンブレイドの狙撃で足を止め、ディメントレーザーの砲台に向けて電磁ナックルを振るう。
「同じ手は二度も食わないよ」
「それは‥‥どうかな!!」
 ニッと笑った羽矢子はナックルを投げ捨てた。驚きに動きを凍らせたゼダに、ハンズ・オブ・グローリーを乗せたディフェンダーを突き刺した。
「あたしがあんたに同じ手を使うと思ったの?」
「この‥‥!」
「その厄介なもの、貰うよ!!」
 羽矢子の咆哮と共に、ディフェンダーがディメントレーザーの砲台を薙ぎ払った。主砲を失ったゼダが衝撃に大きく傾いた。
「一気に畳み掛けますわ!」
「うむ。殴ろうかね」
 UNKNOWN機とミリハナク機が後に続こうとした時だった。
 突然、ゼダから白煙が溢れ出したのである。今までに無かった行動に傭兵達の動きが一瞬鈍る。
「よくもまあ‥‥ゼダをここまでしてくれたね」
 戦域に拡声したミスターSの声は怒りを含んでいるように聞こえた。それだけ冷静だった男を傭兵達は追い詰めたということだろう。
「だが、パーティはそろそろお開きにしよう。手土産は、もらっていくよ」
「手土産、ですって?」
 怪訝そうにミリハナクがつぶやく。ゼダからの白煙は更に濃さを増していく。事態を注意深く見守っているのは羽矢子も同じだ。
 ふと、その脳裏を戦場の中で氾濫する仲間の声が過ぎった。
 仲間の誰か――そうだ、アルヴァイムだ、彼が言っていた。
 範囲攻撃がブラフの可能性もある、と。
 範囲攻撃、とは何であろう。ゼダに残された範囲攻撃――‥‥。
 刹那、本能的に悟った羽矢子が叫んだ。

「全機、退避!! こいつ、まさか――!」
 
 羽矢子の言葉の直後だった。
 ミスターSが繰るゼダ・アーシュは放出する白煙を吹き飛ばすように、その場で自爆したのである。
「きゃあああ」
「ミリハナクッ」
 至近距離にいたミリハナク機が爆煙に巻き込まれる。UNKNOWN機が盾になっていなければ、確実に飲み込まれていただろう。 
 どろどろに溶ける翼を見ながら、彼女は爆発の中心にいるであろうミスターSを睨んだ。
 周囲数十メートルを巻き込む大きな爆発は、周りの友軍を中央に引きずり込むような威力を持っていた。風が逆に吹き荒れ、地面が大きく揺れてひび割れる。
 その時間は三分ともたなかっただろうが、傭兵達には苦しい時間だった。
 全てが終わった時、彼らに残されたのは黒炭になったゼダ・アーシュとワーム群の残骸だけであった。
 
 ●
 
 勝利の余韻を感じる暇はなかった。
 即座にミスターSの遺体の確認が行われたが、事前に脱出したのか、それらしいものは発見できなかった。
 花や宗太郎達のように、その場に留まり捜索を続けようとする傭兵もいたが、状況を確認した日向がそれを止めた。
「コクピットの損傷が思ったよりも激しい。逃げ足は相変わらず早いだろうけど、生身でそう遠くまではいけないだろうし、何より、深手を追っている可能性が高い」
「一度体勢を‥‥ですか?」
 尋ねたウィリアムに日向総司令官は小さく頷いた。
 その頷いた目線の先には、ぐちゃぐちゃに変形して元の形も分からなくなった操縦席があった。
 余裕の笑みを浮かべ、幾度となく傭兵達に辛酸を嘗めさせたジハイドの男の幻影が見えていたのかもしれない。
 
 了