タイトル:【FC】狂宴・春の檻マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/09 16:12

●オープニング本文


 ミスターSの計らいで、沖縄戦線より四国に合流する途中の通称『三姉妹』と初めて対面したミヤビは憮然として言った。
「‥‥こんなちんちくりんの小娘と年増で、戦力になりますの?」
「自分だっておばさんじゃん」
 榊原アサキの反論は完全に無視したミヤビは扇子を広げて口元を隠す。
 絶対服従のミスターSが連れてきた三人だ、それなりに使えるのだろう。
 ただ、女なのが気に入らない。
「主‥‥流石に悪趣味かと」
「‥‥」
 山城カケルは無言でミスターSの方を見た。当の本人はサングラス越しなので表情は分からなかったが「まあまあ」と相変わらずの軽さである。
「まあ、おばさんにおばさんとは言われたくないさー」
「なんですって?」
 長女の照屋ミウミの言葉に、ミヤビの柳眉がぴくりと動く。
「‥‥よろしいですわ。とりあえずは仲良くしてあげます。脚を引っ張ったらその場で殺しますからね」
 こほん、と咳払いをして、ミヤビは長女と握手を交わした。
 悔しいが、外見年齢がミウミより上なのは間違いない。
 だが、それを補って余りある美貌がある――と、この人間をヨリシロにしたバグアは本気で思っていた。
 くるり、と背を向けたミヤビは踵を鳴らしながらミスターSの前まで優雅に歩いてきた。
「主‥‥。三人よりもお役に立つことをお約束しますわ。そして、彼女達よりももっと若く、美しくなることも」
「期待しているよ」
 表情の読めない主に頭を垂れて、ミヤビは颯爽と部屋を後にした。
 
 ――そうだ。
 もっと、あの方の視線をこちらに向けなければ。
 もっと強く、若く、そして美しい肉体を手に入れなければ。

「‥‥使えない体」
 鏡に写った自分の姿は、流麗な服で隠してこそいるものの、腕の一部が腐り始めている。『あの女』をヨリシロにして、随分と時間が経ったのだろう。
 もっともっと、あの方に認めてもらわなければ。
 価値を認められてこそ、『ミヤビ』は存在する意味があるのだから。
 
 ●
 
「日向。何をしているの?」
「ああ、蛍。ちょっと片付けをね」
「片付け‥‥?」
 怪訝そうに言った蛍が何か言うより早く、本部の入口が騒がしくなるのが聞こえた。今日は特に大きな予定もないのだが、と二人とも首を傾げながら部屋を出た。
 レジスタンス本部の入口では、一人のメンバーが血まみれて倒れていた。四肢を砕かれ、かろうじて口だけが動く状態で放置されているところを発見されたらしい。
「誰にやられたの!?」
「‥‥ほたる、に‥‥そっくりの‥‥」
「ああ、あの人か」
 全く動じていない日向が、動揺する蛍に代わって話を聞く。
 メンバーの話では、本部の周辺を警戒している最中にいきなり襲われ、伝言を持ち帰るなら殺しはしないと言われたのだという。気がつけばここにいた、と。
「総員。周辺の警戒を強めるように。敵に侵入を許すなんて、どうかしてる」
「申し訳ありません!」
「敵が本気を出したか‥‥それとも、君に用があるのか」
 日向に視線を向けられた蛍は唇の端を噛んだ。
 自分の母親をヨリシロにしたバグア。同じ顔で、同じ声で、口汚く仲間を罵っては殺していく。
「‥‥あの人は、どこにいるの?」
 答えの代わりに手渡された血塗れの紙を受け取って、蛍は日向に言った。
「日向」
「レジスタンスは合流も離脱も歓迎する、奇策を以って四国を制する集団だと言ったはずだよ」
「‥‥」
「行っておいで、蛍。その為にここに来たんだろう?」
 柔和な笑みを浮かべた日向はそれ以上何も言わなかった。
 意図を察し、軽く会釈をした蛍は走りだした。
 
 ●
 
 四国南部の一角にそれはあった。
 堅牢な檻の中に作られた大きな広場だ。
 四方をキメラに囲まれた獣達の闘技場である。
 時折、檻の中に血に染まったような季節外れの紅い桜が舞い散る。
 中央に立つミヤビは、開いた扇子をパチンと閉じた。
「大切な仲間と一緒にいらっしゃいな。纏めて屠ってあげるわ」
 自分は特等席から、この血塗れの宴を楽しもうではないか。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
滝沢タキトゥス(gc4659
23歳・♂・GD

●リプレイ本文

 残酷な宴だった。
 美酒も美食もない、ただ血で血を洗うものだった。
 けれども、その宴を楽しんでいた女が一人だけいた――。
 
 ●
 
「この程度で美具らを殺れると思っているなら舐められたものよのう」
 肩を竦めた美具・ザム・ツバイ(gc0857)は背後で鋼鉄の格子が降ろされるのを感じた。それに合わせて、自分達に道を開けていたキメラの集団が入口付近に群がる。
 飢えた唸りが、それらの空腹を如実に物語っていた。
「策を弄してまつりを誘い出しているかのよう‥‥。警戒は厳に、でしょうか」
 眉を潜めた神棟星嵐(gc1022)は、遠くの大木に腰掛けてこちらを見下ろすミヤビを睨んだ。楽しげなショーが始まるのを心待つかのように、彼女は目尻を緩めて扇子で口元を隠す。
「賭けがあるのなら、私の方に1000C程、賭けておきたいのだが」
 小さく頷いたUNKNOWN(ga4276)は軽く全体を見渡す。
 闘技場の中には、まだ自分達だけしかいない。だが、徐々に近づく足音がREXのそれであることは間違いないだろう。
 まあ、負ける気はしないが。黒衣の紳士は心の中で呟いた。
「ま――蛍、お前はそれで援護に回れ。大丈夫だ、俺が‥‥たとえここの人間すべてを犠牲にしてでも‥‥如何なる手を使ってでもお前は守る」
「‥‥お熱いこと」
 頷くだけの蛍に代わって、須佐 武流(ga1461)の言葉にミヤビは一人零した。
 ミヤビは知っていた。これまでの戦いにおいて、大切な者が傷つくことを人間は何よりも厭う。それらが傷つけば、死ねば、残された者は絶望の淵に突き落とされる。
 だからもっと、愛おしめば良い。もっと慈しめば良い。
 熟した果実をもぎ取るように、感情が満ち満ちた時に、残酷に握り潰すのだから。
「苦痛に歪む顔‥‥なんて甘美なのかしら」
 くすくすと笑うミヤビの眼下をREXの巨体が通り抜ける。傭兵が入ってきた入口の向かいが開き、キメラの集団と恐竜が入って行った。
「恐竜って、なかなかテンションあがりますねー」
 見上げる春夏秋冬 立花(gc3009)がのんびり言った。その後で、こんな状況でなければ、と半眼で付け加える。
「これは‥‥まさに生きるか死ぬかだな‥‥なら、殺すしかない!」
 武者震いに唇の端を歪めた滝沢タキトゥス(gc4659)は剣と盾を構えた。その黒の瞳が、すっと青に変じた。
 惨劇という名の宴は、獣の叫び声で幕を上げた。
 
 ●
 
「前に出すぎず。GDの防御を上手く使いなさい。相手の足が止まる時を逃さずに、ね」
「言われる間でもないわ」
 UNKNOWNに言われた美具は鼻で笑う。いきなり突っ込んでいった仲間達とは違い、彼女は一旦様子見も兼ねてその場を動かなかった。
 彼らが最初に立っていた位置は少なくとも『安全』だからだ。
 あちこちで麻痺を起こす煙が噴き出した。引っかかったキメラや傭兵達の動きが止まる。
「なかなかに強力じゃの」
 言いながら、美具はその位置を頭に叩き込んだ。
「いきなり止まらないで下さいよー」
 やや離れた位置で立花が仲間にキュアをかけた。仲間の体力を管理する立場の彼女は、安全地帯で足を止めている。
 麻痺の煙が引っ込むと、タキトゥスは再び床を蹴った。
「さあ来いよ!! 俺が一緒に遊んでやる!!」
 キメラの集団に突っ込んだタキトゥスをキメラが逃すはずはない。仁王咆哮と共に叫んだ彼に反応したキメラとREXが向きを変えた。
「踏み潰されては一巻の終わり。恐れず、戦い抜くしか!」
 REXに肉薄した星嵐が刀で恐竜の太い足を切りつける。唸り声を上げて足を蹴りだしたREXに彼の体が吹き飛ばされた。かろうじて格子際で踏みとどまった星嵐は苦々しく呟いた。
「流石に‥‥生身でワーム相手はキツいですね‥‥」
「とにかく今は、邪魔なやつをどかせるぞ!」
 タキトゥスがおびき寄せたキメラの集団に切り込んだ武流が叫んだ。彼の真正面で麻痺ガスが噴出する。
 刹那、周囲に風の渦が出現した。ガスをキメラ達の方へと吹き飛ばす。
 ちらりと背後の蛍の方を見て、武流は勢いを殺さずにキメラの頭部をオセで切り裂いた。噴き出した鮮血に装甲が染まっていくが、それを気にする様子もなく、彼は次のキメラを蹴り飛ばした。
 傭兵達がキメラを倒すたびに増えていく傷を追うように、あちこちから薄く血が滲み出て来る。
「おっと‥‥数を減らした方が楽だしな」
 キメラの牙を躱したタキトゥスは片肩を軽く抑えながら言った。続いて飛びかかってきた獣は盾で押し返して、彼は緩みかけていた剣をもう一度強く握り締める。
 その彼の視界の端で、REXがわずかに身を屈めて砲口の向きを変えるのが見えた。
「――っ、来るぞ!」
 タキトゥスが叫んだ。次の瞬間には、入口付近の美具や立花を狙って恐竜が咆哮と共に砲台を鳴らした。幸い、回避は難しくなかったが、格子にぶつかった弾がいつも以上の威力を以って爆発した。
 格子全体に閃光のような稲妻が奔った。
「憎き演出じゃのう。感動もなにもせんわ」
 舌打ちした美具が言った。偶然格子の傍にいたキメラが短い悲鳴を上げて一瞬で焦げるのが見えた。
 流石にあれでは傭兵もただでは済まないだろう。
 だが、あれすらも小細工に過ぎない。
「くだらぬ。人類側が勝利していれば、このような施設など残っていまい」
 呟いた美具の傍では、立花が呆れたように叫んでいた。 
「もう! 離れ過ぎないようにって言ったのにー!」
 瞬天速で駆けまわる立花は叫んだ。この数だ、傷を負うなという方が無理だろう。
「わ‥‥っ!」
 REXの脚がそこまで迫っていて、慌てて立花は下をくぐり抜けるように瞬天速で転がり抜けた。
「春夏秋冬、お前はダメージコントロールするのだから。身を大事に、だ」
「分かってますよ!」
 UNKNOWNの流れるような言葉に立花はまた叫んだ。
 立花一人では回復が間に合わない。そのくらい傭兵達の消耗は激しかったし、多勢に無勢の状況だった。
 初手からREXの相手をしていた星嵐もその一人だ。振り回す尾を急ブレーキによる旋回で躱した彼の肩には、痛々しい爪痕が残り、今も流血が続いている。
「く‥‥、これだけ大きいと、こちらも底力を見せないと対抗出来ませんね」
 REXの咆哮が響く。鼓舞されるようにキメラ達も吼えた。
「わめくんじゃねぇ! 慌てなくても、全員倒してやる」
 唸るキメラの頭蓋を膝で砕いた武流は声を荒げた。その脇の床をREXの脚爪が抉り取っていく。
「あんたの相手は俺だ、かかって来いよ!」
 再び仁王咆哮を使ったタキトゥスの隣に美具が立った。
 吼えるREXの砲撃を脇に飛び退いて避けると、美具は身の丈以上もある炎剣を構え、不敵に笑って見せた。
「美具達の勝利を見届けよ。そして恐怖に打ち震え逃げ去るがいい。本日今日この場の勝利こそが、四国奪還の狼煙となるのじゃ」
 最初に四国で人類が勝っていれば、こんな無粋な闘技場は無かったはずだ。
 さぞ無念であっただろう。さぞ悔しかったであろう。
 だからこそ、美具は誓った。
 無念と絶望に飲まれた数多の血に、報いようと。
 
 ●
 
 能力者達は、何故戦うのだろう。
 誰か一人のためだとしたら、四国全土を巻き込む戦いに身を投じる必要はない。その人の傍に立ち、その身を守り、望むものを手に入れてやれば良い。
 少なくとも自分はそうだし、あの方の望む土地である四国を侵略する正当な理由はある。
 だが、なぜ、それを能力者が阻むのか。
「無粋な‥‥」
 傍観するミヤビは獣の集団がなぎ倒されていくのを苦々しい思いで見下ろしていた。
 理由のない殺し合いが嫌いだ。
 正義という虫唾の走る感情を宿した瞳が嫌いだ。
 あの方の――主の道を阻むモノが、一番嫌いだ。
 
 
「でかぶつ目、総身に知恵が回るか美具が検定してくれるわ」
 粗方のキメラを片付け終わった頃合いで、美具はREXを本格的に攻略する姿勢に入った。仁王咆哮を発動させ、REXの意識をこちらに向けさせる。唸り声を上げた恐竜が、遥かに小さい少女を瞳に捉える。
「こちらも無尽蔵ではないからね、手間取る前に片付けたいところではある」
 目深に被った帽子の縁を摘んだUNKNOWNがカルブンクルスの砲口を向けた。躊躇わずにREXの足元に斉射する。
 足踏みするように弾幕を踏みつぶしたREXは再び砲撃する。傭兵達が躱した隙に、恐竜は回復を担う立花の方を向いた。
「‥‥っ!」
 REXの尾が立花を強襲する。防御も回避も間に合わない。
「危ないっ!」
 瞬間目を瞑った立花の代わりに、前に割り込んだ蛍が扇でそれを防いだ。粉々に砕ける扇と同時に、蛍の体が床に叩きつけられた。
「蛍っ!」
 武流の叫び声で、立花は我に返った。
「だ、大丈夫ですか。今、回復をします!」
 軋む体に鞭打って、立花は脇に膝を折る。REXは追撃しようと、大きな口を開いて牙を剥き出しにした。 
 だが、それより早くタキトゥスが動いた。
「おいおい、まだ俺はピンピンしてるぞ? そうつれない事するなよ‥‥!」
 四肢を狙っての強烈な一撃。厚い皮膚に覆われたREXの右前足を薙いだタキトゥスをギロリと見下ろした恐竜が、咆哮を上げて尾を振るう。
「く‥‥っ!」
 避けきれずにタキトゥスが盾で身を庇う。それごと吹き飛ばしたREXは追うように爪を振るった。
 空中で防御の体勢を取れなかったタキトゥスの腹をREXの爪が抉った。闘技場に真っ赤な血潮が飛び散った。
「立花!」
 UNKNOWNの声で立花は素早く倒れたタキトゥスの傍に駆け寄った。致命傷ではないだろうが、しばらく戦線を離脱せざるを得ないだろう。
「‥‥服が、汚れたではないか」
 仲間の血を浴びた黒衣の紳士が冷たい声で言った。REXに詰めより、手甲の爪を振るう。なかなか急所に寄せ付けないREXの腕を振り払って、距離を取った。間髪入れずに胴体に向けて拳銃型の超機械を斉射した。
「来や、化物。美具が相手してくれるわ!」
 吼えた美具に意識を囚われてREXが再び向きを変える。
 乗った――口端を釣り上げた美具は迅雷で加速した。麻痺ガスの噴射口の付近を狙って、REXまでの距離を詰める。
 噴き出したガスに目を当てられたREXは叫び声を上げ、無茶苦茶に暴れまわった。
「この‥‥往生際の悪い奴じゃ」
 舌打ちした美具は巨体に近づき、その大砲の影響下から逃れた。地鳴りのような足踏みが続く。
 躱しながらゼフォンを振るった美具の一撃がREXの傷だらけの前脚を斬り飛ばすのと、REXが渾身の力を込めて尾を振るうのが同時だった。
「ぐぁ‥‥!」
 小さな体だ、軽々と宙に持ち上がった。
 血を吐いた美具は地面に叩きつけられたが、何とか起き上がった。骨が何本か持って行かれたか‥‥だが、退くという選択肢はない。
 美具を一瞥したREXは、正面で戦っていた星嵐と武流に砲口を向けた。収束した光が一気に放たれる。
「――っ!」
 肩をかすめた星嵐に激痛が走る。顔を歪めながらも、彼は切り札である不敗の黄金龍を発動させた。
 既に眼前にはREXの爪が迫っていた。
「残る敵も僅か。ここで一気に決めます!」
 限界まで知覚を強化した状態で、機械刀を反対側の前脚に突き立てた。超圧縮レーザーがREXの脚を内側の肉から焼ききった。
 前脚を失ったREXは狂ったような怒声を上げて星嵐を突き飛ばした。格子にぶつかる前に彼の体を受け止めたのはUNKNOWNだ。
「そろそろ良いか。畳み掛ける、覚悟しな!」
 声を張り上げた武流が、一気にREXに肉薄する。散々知覚攻撃を食らったREXには通用しないだろうと、前屈みになったREXの脇腹をオセで蹴りつける。深々と刺さった腹部から、どす黒さの際立つ血が溢れでた。
「余力も少なかろう‥‥美具達が先か、でかぶつが先か、根競べじゃな」
 物騒に笑った美具は後ろで必死に回復する立花をちらりと見た。これ以上の負傷は練力がもつまい。
 全員倒れようとも、それは最後の一匹と同時であることが最低条件だ。
「援護をしようか」
 離れた位置からはUNKNOWNがREXの砲口を銃撃していた。最大火力を誇る武器を封じられたREXは時折乱暴に尾を振り回し、後ろ足を蹴り上げるだけだ。
「行くぞ!」
 気迫の声を発した武流が残像斬をREXの後ろ脚に直撃させる。暴れた恐竜の片足が彼の腕を蹴りつけた。骨の痛む音に眉を潜めながら、彼は床を蹴った。
 その隙に、美具は巨体の脚を支えに恐竜の体に飛び乗った。UNKNOWNが封じていた砲台を斬り飛ばし、次いで突き刺すようにREXの左目へ炎剣を振り下ろした。
 刹那、今までと格段に違うREXの叫び声が闘技場を劈いた。
「とどめだ!」
 武流の、真燕貫突を乗せた強烈な飛び蹴りがREXの腹部を貫通する。オセとスコルによって砕き、裂かれたREXが身を捩った。
 凄まじい反動が武流の体を襲った。耐え切れなくなった腕と脚が血を繁吹き出す。これ以上は――その一歩手前で、武流は最後の力を振り絞って横向けに倒れるREXの巨体から逃れた。
「終いじゃ。流石にこいつは、耐え切れまい‥‥!」
 荒い息の美具が、武流の攻撃で無力と化したREXの腹を盾で押し飛ばした。床を破壊しながら転がったREXは格子にぶつかり、瀕死の体には致命的なまでの電流が満ちる。
 徐々に弱々しくなっていくREXの声を聞きながら、美具は目をそっと閉じた。
 まだ檻から出ないといけないのに、体が動くことを拒否したように、痛みと疲労が彼女の体を闘技場の床に倒れこませたのだった。

 ●
 
「さて、何が目的だたか知りませんが。彼女の目的は達成できたんでしょうかね?」
 回復も一段落した立花は噴き出た額の汗を拭った。
 それには誰も答えなかったが、檻の外のキメラ達が蜘蛛の子を散らすように退散していくのが見えて、ようやく終わったのだと誰もが実感した。
「‥‥」
 UNKNOWNはふと、こちらを見下ろすミヤビの方を見た。今、彼女が降りてきて襲いかかれば、恐らく自分達は全滅するだろう。
 そうすることもできたはずだが、興味を失ったのか、ミヤビはそうはしてこなかった。
「つまらん」
 呟いた紳士の意味するところは、戦えなかったことか、それともこの無粋な宴にか。
 何にせよ、追い討ちをかけられないのは九死に一生というところか。
 くるりと背を向けたミヤビが暗闇に消えていくのを、傭兵達はじっと見つめていた。
 身を翻し際に、流麗で残酷なバグアが唇を小さく動かしたような気がした。
 
 ――また、逢いましょう。
 
 春の嵐のような強い風に誘われるように、ミヤビは姿を消した。
 
 了