タイトル:【FC】君を呼ぶ声マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/31 09:37

●オープニング本文


 ――四国。
 戦火の広がる地域にも、ささやかな祝いの宴は開かれる。
「おめでとう。騒がしい日々が続くが、この日を迎えられた事を嬉しく思うよ」
「ありがとうございます、日向さん」
 新郎が頭を下げる相手は、レジスタンスのリーダーである日向だった。あまり外に顔を出すことはないのだが、今回は仲間の結婚式だけあって出席を快諾したようだ。
 新たに夫婦になる一組の男女は、新郎がレジスタンス、新婦が一般人だった。珍しい話ではないが、やはり夫の仕事に不安そうな顔は隠せない。
「日向」
「ああ、分かってるさ。――それじゃあ、奥さん。こいつを頼むよ」
 景光に促されて、日向が立ち去ろうとした、まさにその時だった。

「きゃあああああああああああ!!」

 愛を誓うはずの台が一瞬で粉々に吹き飛んだのである。悲鳴を上げる新婦に触発されて、会場の出席者達も次々と叫び、あっという間に場は阿鼻叫喚の騒ぎとなった。
「景光。状況の把握。人命の確保」
「はい!」
 酷く冷静な日向の声にはっとした景光が砂塵で掻き消された騒動の中に駆け戻る。他のレジスタンスのメンバーも慌てて人命救助に乗り出した。
 ただ一人、その場に立ったままの日向は、やがて口角を押し上げた。
「久しぶりだね。家ではおしまいかな?」
「‥‥日向ぁ‥‥!」
 腰に手を当てた日向は、姿を見せた骨喰を嘲笑うように爪先を一度鳴らした。
 敵に鹵獲されたと思われた骨喰が次に姿を見せた時、彼は既にバグアの手先と化していた。
 そして今、再び姿を見せた骨喰は、もう骨喰の姿ではなかった。
 ならばもう、これは『敵』だ。
「驚いたよ。随分と改造されたようだ‥‥今回は、あのバグアのおつかいかな?」
「日向‥‥ヒュウガ‥‥!」
「‥‥言葉まで失くしたか、獣が」
 銃を構えた日向の脇から、いきなり鳴狐が骨喰に向かって発砲した。獣のように四足で躱した骨喰が、唸り声を上げて鳴狐を見る。
「悪い、大将。邪魔したか?」
「別に」
 紫煙を燻らせる鳴狐がさっと手を上げる。一斉に放たれた銃弾も、骨喰には効果がないようだった。
「とんだ化物になったもんだ」
「面倒だね。一旦撃退して、追跡、その後処分」
「あいよ」
 幸い、レジスタンスにも能力者は少ないながら在籍している。
 彼らを呼べば骨喰の撃退も容易だろう、と鳴狐が思考を巡らせていた時――、

「野郎! 待ちやがれ!」

 新郎の怒声が響いた。
 獣と化した骨喰が、気絶した新婦を抱えて退却したのである。脚を砕かれた新郎が悲痛な声で叫ぶ。
「大将!」
「景光、追跡」
「了解」
 逃げ去った骨喰の後を、景光が追いかける。
 災厄が通り過ぎた宴の会場は、絶望に静まり返っていた。
 
 ●
 
「‥‥状況は分かりました。すぐにこちらも手をうちます」
「情報は景光から随時入るよ。悪いけどこっちも忙しいからね、骨喰の処分は傭兵に任せるよ」
 呼び出されたウィリアム・シュナイプはレジスタンスのリーダーに怪訝そうな目を向けた。
 そういうのが好きなんだろう、という視線を投げ返す日向はもう一度口を開く。
「捕縛も恩赦も要らない。無慈悲の元、処分してくれると助かるよ」
「‥‥貴方は、骨喰を自分の手で殺したくない‥‥のですね」
「‥‥」
「骨喰は、貴方の名前をひたすら呼んでいたと聞いています。それでも、行かないのですか?」
「あれは、もう骨喰じゃない。ただの獣だよ」
 淡々と言った日向は、ちらりとウィリアムの方を見る。
「それに、子どもを殺したがる親がどこにいると思う」
「子ども、って‥‥」
「ああ。血は繋がってないよ。そんな歳じゃないしね」
「はぁ‥‥」
 二の句が繋げなくなったウィリアムに、立ち上がった日向は一通の手紙を渡した。
「これは?」
「時期が来たら開けると良いよ」
「はぁ‥‥」
 差出人はウィリアム。封筒を裏返すと、差出人の名前には「柊」とだけが書かれていた。
「ヒイ、ラギ‥‥?」
 首を傾げるウィリアムだったが、部屋に入ってきた鳴狐の姿にとりあえず思考を止める。
「分かった。骨喰は紅葉坂にいる。周りは動物の死骸で溢れかえってるとよ」
「今度は人間を喰らうつもりなのかな?」
「さぁな。ただ、口を開けば大将の名前しか言わないようだ」
 鼻で笑った日向に、ウィリアムがきょとんとして尋ねた。
「あの‥‥も、紅葉坂?」
「そういう場所があるんだよ。これからの季節なら、綺麗な場所なんだけどね」
 残念だよ、と日向は部屋から街の様子を見下ろした。
「あそこも、血に染まるのか‥‥」

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
各務・翔(gb2025
18歳・♂・DG
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
狗谷晃一(gc8953
44歳・♂・ST

●リプレイ本文

 獣は唸る。
 何かを威嚇するように。
 誰かを求めるように。
 
 その声に、応える者など現れはしないのに――。
 
 ●
 
「まったく、善き日に事件とは憐れに過ぎる。人質は必ず助けてやらんとな‥‥」
 呟いた各務・翔(gb2025) は、そんな慈悲深さを伺わせる自分を内心自画自賛した。いくら戦闘が頻発する地域とはいえ、まさか結婚式に乱入――それもかつての仲間に――されるなど、考えもしなかったに違いない。
「骨喰‥‥洗脳されたとは言え守ろうとした四国へ刃を向けたことはさぞ無念でしょう」
 止められなかった罪や後悔は消えない。だが、それと骨喰を見逃すことは等価ではありえない。
 唇の端を噛んだ神棟星嵐(gc1022)は、『紅葉坂』と書かれた薄汚れた看板を見つけると、バイブレーションセンサーを発動した。
 獣の臭いと、僅かに――否、それは色を徐々に濃くして、血肉と腐ったような何かの臭いが鼻を突いた。同時に、カサカサと草むらを歩く、粘っこい音が聞こえる。
「‥‥近づく者を感じます。恐らく、敵でしょう」
 そう言いながら星嵐達は歩を進めた。
 歩幅を広くして歩く須佐 武流(ga1461)や湊 獅子鷹(gc0233)が最初に、そして、次いで他の傭兵達が、その凄惨な現場を見たのは、敵の気配に気を尖らせながら少し歩いた所だった。
「こ、れは‥‥」
 異様な光景に武流が目を見張る。キメラ――特に知能の低いキメラは時々こういう事をするのだろう、まさにそんな感想が胸を過る状況だった。
「あー見事に食い散らかしやがって、花嫁これ見たら卒倒すんじゃね?」
 呆れたように言ったのは獅子鷹だった。幸いにして、そこに倒れている花嫁衣装の女性は気を失っているだけのように見えた。
 だが、その周囲はどす黒い血糊に染まり、秋が深まれば鮮やかな葉を流す木々の枝には、何ともつかない肉片がだらりと柳のように垂れ下がっていた。
 食卓だ――と、傭兵達は直感した。獣に成り果てた骨喰、主を失った骨喰は、ここで一人で肉を喰らい生きていたのだろう。
 まさしく『骨喰』の名に相応しい成れの果てが、皮肉を通り越して哀れでさえあった。
「酷ぇな。ここは、死の匂いって奴が染みついてやがる。‥‥そのせいか? なんか、嫌な予感がしやがるんだよな」
 眉を顰めた狗谷晃一(gc8953) が口と鼻を手で覆う。花嫁が目覚めれば、悲鳴を上げて再び意識を失うのは容易に想像がついた。
「‥‥では、打ち合わせの通りに」
 晃一は言って、傭兵達から距離を取る。援護に徹し、人質の確保を目的とする彼が最前線に出るのは得策ではない。
 傭兵達がそれぞれの位置につき、じりじりと何の監視もない花嫁に近づいた時だった。
「骨喰‥‥」
 茂みから四つん這いの姿で現れた『それ』に、レインウォーカー(gc2524)は驚嘆とも悲哀ともつかない声で言った。 言って、刀に手をかける。
「ヒュウ、ガ‥‥ヒュウガァ‥‥!」
 人の名を叫ぶ骨喰に、レインウォーカーは応えなかった。
 骨喰の破れた襟口から金の鎖が垂れ下がる。酷く不釣り合いなその飾りは、傭兵達の視界に強烈に残った。
 それを振り払うように、道化は鋒を獣に向けた。
「赦しは請わない。ボクを憎んで逝け」
 ここで、今度こそ、終わらせるのだ。

 ●
 
「身体能力の高い二足歩行の獣か、殺すだけなら方法はいくらでもあるか」
 呟いた獅子鷹は、背後に控える景光の方を横目で見た。どういう人間なのか知らないが、戦闘要員として数える事に迷いはなかった。
「斥候を頼むぜ。仲間を殺すってのは、気が引けるかもしれないけどな」
「心配無用。よくあることです」
 よくあること――という返事の単勝さに獅子鷹は一瞬出かけた言葉を呑み込み、軽く頷くだけにとどめて前を見た。
 彼らの眼前では、数人の傭兵達が骨喰に向かっていた。鋭く尖った爪を躱し、泡を吹いて吼える獣の狂乱に正対していた。
「言葉も通じない‥‥か」
 想いは届かなかったのだろう。そして、それを悟らせる事も最早できない。
 一瞬目を閉じた武流は伏せた瞼を開き、一気に地面を蹴った。一撃で仕留めるつもりで、一手に全力を賭す。
「ガァ‥‥ッ」
 短い悲鳴と血潮が繁吹いた。突進した骨喰の腕を交わした武流は、スコルで彼の腹を蹴りあげた。落下するより早く、軽く飛んで腰に踵を叩き落した。
 その一撃で他の傭兵達も動いた。地面にへばりつくようにして落下した骨喰は、ダメージをものともせずに機敏に動いて茂みに身を潜めた。
「骨喰」
 姿の見えない獣に向かって翔が口を開いた。どこにいるのかは、背後で星嵐が必死に探っている。だが、そう神経を使わずとも血に飢えた獣はすぐに姿を見せるだろう。
「なぜお前は日向に拘る。助けて欲しいのか?」
 救って欲しかったのか、救いたかったのか。
 答えのない獣に対する代わりに、翔は銃で狼の脳天を撃った。新婦を助けようとしていた晃一の背後で、ギャンと鳴いた狼が地面に伏せる。
 その血の臭いをたどって、茂みから骨喰が飛び出した。
「吠えるな駄犬。お前らは邪魔なんだよ」
 赤き道化が直刀を振るった。晃一の練成弱体によって動きを鈍らされた狼に、その刃を防ぐ手立てはない。
 飛びかかってきた狼の腹を割いて、その鮮血を髪から浴びる。
 濃くなる血の臭い、深くなる真紅に、骨喰の理性が耐えられるだろうか。
 血走った目をした人型の獣は、唸り声を上げて――新婦の方へ向かった。
「させないよぉ」
 一足で詰め寄ったレインウォーカーが脚甲で骨喰の頬を突いた。血を吐いた獣はしかし、身を捻って敵の型へ腕を振るった。
「ちっ‥‥!」
 舌打ちしたレインウォーカーが直刀で腕を払う。距離を取った脇から走り抜けたのは獅子鷹だった。
「邪魔すんじゃねぇ!」
 行く手を阻む狼を獅子牡丹で刻み、彼は極限まで低めた体勢のまま骨喰の懐に飛び込んだ。
「貴様のような奴なんざ殺すだけなら幾らでも方法はあるんだよ」
 電流を走らせる鞘から刀を引き抜く。
 決定的な瞬間のように思えた。
 繁吹く鮮血と、吹き飛んだ人間の腕の茂みに消える音が目と耳を支配した。

 ●
 
「斥候と‥‥できれば、新婦の救助をお願いします」
 星嵐から指示を受けていた景光を率いて、晃一は人質の救出に乗り出していた。表向きは敵の弱体化と仲間の強化だが、新婦への距離をじりじりと詰めていた。
「‥‥頼むぞ」
「承知しました」
 目的の近くに鎮座する狼は景光に狙撃させ、晃一は一直線に新婦へ向かう。
 二人が反応しきれない敵には、遠くから翔が援護を出した。狼を討ち仕留めた翔は、二人に合図を送って、そうして小さく呟いた。
「このような援護の役割も果たせる‥‥さすが俺だ」
 自画自賛も程々に翔が骨喰の方を改めて見た、その時だ。
 骨喰の片腕が宙を高く舞ったのは。
「――――――――ァッ!!」
 断末魔のような少年の声は、まさに人間だった。残酷なまでの人間性を滲ませた悲鳴だった。
 眉を潜めた晃一は、それを契機として一気に新婦の傍へ駆け寄った。
 気を失った新婦はかすり傷程度で大した怪我ではなさそうだった。景光に彼女を担がせて、晃一は足早にその場から離れた。


「人質の奪還は成功した。後ろは任せてくれ」
 晃一の言葉に、骨喰の絶叫で一瞬放心していた傭兵達は冷水を浴びたように我に返った。
 今、自分達が戦っているのは獣ではなかった。
 正しく人間なのだ。
 だが、それでも倒すべき相手に違いはない。
 金鎖が揺れる。残像を作るように揺れたそれを傭兵達の視線が捉えた。
「この俺の目を盗むなど不可能だ」
 最初に動いたのは翔だった。体勢を立て直そうというのか、再び茂みに潜ろうとした骨喰に竜の翼で詰め寄った。反撃の牙が彼の鋼の腕に食い込む。
 相手が自分の鋼を噛み砕くより早く、翔はAU−KV全体にスパークを奔らせた。
「お前の逃げ場などどこにもない。この俺が、必ず止めてやる」
 服の内側で生暖かいものの染み出す感触があった。食いちぎられる前に、翔は骨喰を竜の咆哮で開けた場所に弾き飛ばした。
 気がつけば、周りに骨喰の姿を隠す木々は消え失せていた。戦闘の途中で星嵐が攻撃の流れで切り落としたものばかりで、彼を守るには、残った木々はあまりにも細すぎた。
 隠れるものを失った骨喰は腹を据えたのか、闘争本能を剥き出しにして傭兵達に飛びかかった。
「‥‥っ、骨喰!」
 機械刀で骨喰の脚を受け止めた星嵐は彼の名を呼んだ。片腕になった今でも骨喰の動きは鈍ることはない。
 どれほどの改造を受け、どれほど野生に理性を売り渡したのか。
「骨喰。貴公が望む日向は来ない。あの時、人の形を残したまま殺せなかった事を後悔している」
「ヒュウガァ‥‥ッ!」
 飛び退いた骨喰は涎を滴らし、日向に似つかない星嵐の凛々しい面立ちを睨む。その隙をついて、星嵐は一気に骨喰に接近した。スコルを獣の首に蹴り落とす。
 僅かに掠った程度の骨喰は、身を捻って星嵐の腹を蹴り飛ばした。小さく血を吐いて星嵐の体が後ろに吹き飛ぶ。
「させるかよっ!」
 蹴りの体勢を保持したままの骨喰に晃一が練成弱体を掛けた。少し骨喰の腕の動きが鈍る。見えない靄に絡め取られたように獣の動きが止まった。
「行くぜ。最期にしようや」
 小さく言った獅子鷹が地面を蹴った。腕の一本くれてやるつもりで、体勢を崩した骨喰を下から獅子牡丹で切り上げる。
 身を浮かせた骨喰を脚甲で後ろに蹴り飛ばした。
「俺はお前を倒さない。倒すべき奴は他にいるからな」
 あの時、骨喰を止められなかった者。
 あの時、骨喰を救えなかった者。
 苦渋を強いられた傭兵達が、獅子鷹の背後には控えていた。
「来い、骨喰。お前に分からなかったもの‥‥それを教えてやる」
 骨喰が武流に突進する。靭やかに延びる腕や脚を細かい体さばきで躱す武流のなびき遅れた髪を獣の牙が掠めとる。
 拳同士の激しい応酬が続いた。手甲に獣の脚を当て、土を抉るように後退した武流は、続いて届く骨喰の脚を残像斬で躱した。
 そして、その勢いをそのまま獣に押し返した。
 正面から食らった骨喰の体勢が戻る前に、武流は飛び上がった。
「稲妻閃光ーーーキィーーーック!!」
 真燕貫突を乗せた一撃が骨喰に直撃する。なおも意識を手放さなかった獣はしかし、歪に腕と片足を傾けて奇妙な体勢になって静止した。
 それは、もう人間とも、獣とも呼べる姿ではなかった。
「何時までも相手にしているわけには‥‥。お前は、これで仕留めます!」
「逃がしはしない。一秒でも早く終わらせたいんでねぇ」
 異形の獣に星嵐とレインウォーカーが対峙する。猛火の赤龍、そして不敗の黄金龍を発動させた星嵐が獣に肉薄した。反対側からは、レインウォーカーが刹那を乗せた脚甲で骨喰の歪んだ脚を蹴り崩した。
「ァ‥‥アアアアァァッ!!」
「骨喰――――っ!!」
 吼える獣の首に、星嵐は叫びながら凄皇弐式を振るった。確かに肉を断つ感触の直後に、もう一度自身の体が猛烈な腕力で振り飛ばされる。
 懐に残ったレインウォーカーは、冷めた瞳のまま、こちらに向き直ろうとする獣を射抜いた。
「嗤え」
 真燕貫突を乗せた重い一撃。遠方からは、晃一が刀に付した練成強化。
 弱った命の灯火を消すには、あまりにも強すぎた。
 瞬間的に放たれたレインウォーカーの二撃目の鋒は、血泡を吐く骨喰の喉元に吸い込まれていった。
 
 ●
 
「‥‥終わった、か」
 息絶えた骨喰の傍に膝をつき、彼の絶命を確認した晃一は言った。無残に散った少年に哀悼の意を示す。
 傭兵達は致命傷こそ負わなかったものの、各々細かな傷が体中にできていた。
「歩ける者はこっちに来てくれ。治療する」
 医者の本領発揮だ。使える練力を使い、使える物を使い、晃一は傭兵達の傷を癒した。
「さて花嫁は助かったか‥‥最悪の結婚式だったな、夫婦の怪我が治ったらもう一度あげるのがいいかもしれん」
 意識を取り戻し、状況を把握して再度卒倒してしまった新婦の面倒を見る獅子鷹は言った。せめてこの情景が彼女の記憶に刻まれず、悪い夢だと認識してくれれば良いのだが。
「‥‥骨喰」
 死した少年の周りでは、彼と関わった傭兵達がそれぞれの思いに耽っていた。感傷と言われても良い。涙が出るわけではなかったが、心が締め付けられる感覚には慣れたくなかった。
「守るための力は‥‥いかなる暴力にも屈しない。お前はそれが‥‥分からなかったんだな」
 分かって欲しかった。悟って欲しかった。
 けれども、罪のない人々にレジスタンスは敵だと叫んだ時、もう彼の心は壊れていたのだろう。
 守る力が何なのか、その真意さえ忘れて――。
 ぽつりと言った武流は景光を視界の端に捉えた。特別悲しむこともなく、けれども苦痛に歪んだ表情は景光の性格をよく表しているように思えた。
 骨喰の遺体はその場に埋められることになった。あまりにも損傷が激しいため、これ以上バグアに利用されることはないと判断したためだった。
「‥‥さぞ、無念でしょう」
 掘った穴に少年を収めた星嵐は言った。無念という観念さえ覚えることなく逝ったであろう少年は、恐らくレジスタンスからも四国からも敵として記憶に刻まれるはずだ。
 それが、無念で堪らない。
 だが――、
「いかなる経緯があっても、お前達の仲間には違いあるまい」
 翔が骨喰の遺体の首にかかったペンダントを取って景光に渡した。対峙して初めて気づいたが、少年は似つかわしくない金鎖の飾りを巻いていた。バグアにつけられたのか、最初からあったのか翔は覚えていない。
 それを渡した景光が一層眉をひそめた所を見ると、最初からあったのだろう。
「‥‥骨喰。四国の地に眠り、この地の血肉となれ。それが、日向の望みでもある」
 呟いた景光は襟元から同じ金鎖を出した。幾分錆びて見えた飾りに、骨喰のそれを小さく束ねて括りつける。
 既に景光の飾りには、同じようにして小さく束ねた金鎖が幾つかあった。
「憎むなら、僕を憎め。そう言っただろぉ」
 土を被せたレインウォーカーは言った。鋒を向けた時、彼は自分を憎んで逝け、と言った。
 救われなかったのは、救えなかったのは、彼も同じだった。
 骨喰の顔が土に埋もれた時、図ったように木々がざわめき鮮血に濡れた葉が落ちた。ざわざわと木の鳴き声が傭兵達を取り囲む。
 風情に満ちるはずの音は、今の傭兵達には酷く耳障りだった。
「まったくもって不愉快だな。この戦いも結末も。仕組んだ奴をこの手で倒さないと、気が済まないなぁ」
 赤に染まった木立を見上げて、レインウォーカーは言った。
 嘲笑うような木々の音が、最後まで耳に残っていた。
 
 了