タイトル:【FC】雷鎚の戦団マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/03 11:18

●オープニング本文


 コン、と添水の音が室内に響く。
 慣れない手つきで椀を回したミスターSは、自分に体の側面を見せている女性に視線を移した。
 流麗に伏せられた睫が微かに揺れる。榛色の瞳が、すっと彼の方を向いた。

「飲んで結構ですのよ、主」
「そうか。では‥‥」

 これが日本の茶というものか、というくらい不味い。不味い、というのはあくまで主観なので、実際は美味いのかもしれない。

「苦いな」
「そのようなものです。西の方々のお口には、合いませんわね」

 くすくすと笑うその女性は美しいが、決して近づいてはならない。
 その指が、その口が、その肢体が、全てが凶器だ。迂闊に触れると怪我では済まない。
 もっとも、それは相手が『人間』である場合に限られるのだが。

「‥‥さて、ミヤビ。次の手を聞こうか」
「簡単に捻り潰せる場所なら沢山ありますわ。どのような土地がお望みですの?」
「そうだな‥‥だが、まずは手慣らしというところか」
「人間共と戯れろ‥‥ということですね? それなら、私の好きにさせて頂きますわ」
「結構」

 もう一度、コンと軽い音が響く。
 四国で得た新たな駒は、妖艶に微笑んだ。

 ●

 日向ぼっこに興じていた長篠・冬嗣は、突然の来訪者に目を丸くした。
 軍曹の自分にとっては、かなり上の位にある尉官が彼を尋ねてきたのだ。

「うお、気ぃ強そう‥‥」
「口を慎め、長篠軍曹」
「アイ、マムッ!」

 バッと敬礼した冬嗣を一瞥した大尉――シャルロット・エーリクは用意された椅子に腰を下ろした。太腿まであるスリットから(多分ストッキングを履いているだろうが)すらりとした脚が覗く。

「脚ぃ‥‥」
「もう一度無駄口を叩いた時は、その口を強制的に縫い付けるぞ」
「アイ、マムッ!」

 再び敬礼した冬嗣は、上官から言われたことを頭の中で反芻した。
 戦火が大きくなりつつある四国を憂い、ウォルター・マクスウェル少将が副官を差し向けた。その者の指示を仰げ。
 サボれるかなぁ、と呑気に考えていた冬嗣の目の前に書類が差し出されたのは、まさにそんな時だ。
 視線をやや下に向けて、彼は大尉から書類を受け取った。

「‥‥襲撃予告、っすか」
「そうだ。先日、軍へ宣戦布告があった」
「‥‥つーか、これ、アレっすね。レジスタンスが最近頑張って復興してるとこっすよね」
「そうだ。挑発のつもりか馬鹿なのか、そこを襲うとご丁寧に知らせて来た」
「はぁ‥‥」
「敵の総大将はミスターSの可能性が大きい。気を抜くと東京の二の舞になるぞ」
「‥‥」
「聞いているのかっ!」

 ばこん、とバインダーで頭を叩かれた冬嗣は「アイ、マムッ!」とちょっと嬉しそうに返事をした。少し大尉が引いたような気がする。

「‥‥とにかく、私は当該地域へ出撃する為、貴官はここで現場との連絡調整役を務めるように」
「アイ、マムッ! ‥‥え、お、俺、働くんですk――」
「黙れ」
「‥‥はい」

 ●
 
「キメラだ! でかいぞ!」
「嫌だ‥‥死にたくない‥‥!」

 悲鳴と怒声の入り交じる地区を目指して、キメラの一団が向かっていた。大きな足音が地鳴りを伴って近づいてくる。

「っ、しゃらくせぇ! 返り討ちにしてやらぁ!」
「落ち着きなさい、骨喰。興奮していては敵の思う壺ですよ」
「じゃあどうすんだよ、景光!」

 偶然この地区の復興を手伝いに来ていたレジスタンスの景光と骨喰は同時に空を見上げた。
 この地区が完全に落ちれば、敵に西へ侵攻する拠点を与えてしまうことになる。そんなことは分かっていたから、こうして地道に防衛を高めてきたのに。

「‥‥多勢に無勢とは、よく言ったものです」
「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ、どうすんだよ!」

 イラつく骨喰は背負っていた刀を地面にたたきつけた。能力者ではない彼はこの状況をどうすることもできない。人一倍四国を想う彼にとっては辛いのだろう。

「骨喰い。住民の避難を頼みましたよ」
「お前はどーすんだよ」
「勿論‥‥食い止めるんですよ」

 距離的にレジスタンスに援軍を求めても間に合わない。だが、襲撃の予告を受けて軍が動いたという情報もある。
 どちらにせよ、時間を稼いで損はない。
 大型のライフル銃を構えた景光は、ちらりともう一度空へ視線を向けた。

「‥‥雷雨、か」

 キメラの足音と共に、暗雲の中で雷が轟いている。
 状況は、最悪だ。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
イーリス・立花(gb6709
23歳・♀・GD
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD

●リプレイ本文

 空が暗澹とし始めていた。
 轟く雷鳴の音が、どこまでも胸に響く――。
 
 ●
 
「‥‥あいつはいないか。この状況だと、いないほうがありがたいが」

 街の状況や、合流したレジスタンスの顔を見渡した須佐 武流(ga1461)は呟いた。
 その言葉を詳細に拾える者はこの場にいなかったが、それでも彼らには一つ、明確に理解できることがあった。
 多勢に無勢の状況であり、背負うものが多すぎるということだ。
 それに――、

「この戦域にミスターSが存在する可能性が高いという事だが‥‥」
「正確には、『ほぼ確定的に存在している』だ。他に思い当たる存在はいない」

 殺気立つリヴァル・クロウ(gb2337)の言葉を訂正した大尉は厳しい口調で言った。紆余曲折あって色々誤解の多い二人だが、現状は戦力として認めているようだ。
 
「よろしく頼むよ、シャルロット。戦友として、お前を信じる。お前もボクの事を信じてくれたら嬉しいねぇ」
「無論だ。それにしても‥‥その服装で戦うつもりか」

 怪訝そうに道化を見つめた大尉にレインウォーカー(gc2524)は仮面の奥で眼を細めた。
 
「ボクなりの正装でねぇ。他人の命もかかっている以上、本気でやらせてもらう」

 理由なく奪われる命など断じて認めない。
 血潮の中を行く道化はくつくつと‥‥否、冷たい笑みを浮かべて暗雲を見上げた。
 
「軽く気合の入る檄を飛ばしてもらおうか。軍も士気があがるんじゃない?」
「生憎、口下手でな。それに、守るべきものがはっきりしているのだ、士気もへったくれもあるまい」

 微笑して言った鳳覚羅(gb3095) に大尉は苦笑で返した。
 レジスタンスを含め、戦える者はこの地を死守するべく必死になっている。檄を飛ばすのは、心が折れそうになった時だ。
 ピリピリとした空気の中を、ワーム達の足音が近づいてくる。
 辺りは異様な雰囲気だった。

「正直、俺達から市内誘導に人員を回す余裕が無い。敵は俺達が何とかする。だから町の皆を頼む」
「ハッ、言われなくともやってやんよ!」
「やめなさい、骨喰」

 景光に窘められた骨喰は鼻でアレックス(gb3735)を笑ってそっぽを向く。
 街の防衛に大きな支障をきたした事を踏まえて、彼は南側の壁を破壊することを要請していた。街を壊すことに抵抗があるのか、骨喰は頷こうとしなかったが、景光に言われて渋々受け入れた形だ。
 肩を竦めた赤毛の戦士は視線を周りに向けた。
 押し寄せるバグアの軍勢。戦う力を持たない、無力な人々の怯えた眼。

「(どうしても‥‥あの街を思い出しちまうな)」

 眼を閉じたアレックスの耳に、雷鎚の鳴き声が響く。
 
 ●
 
「‥‥お互いに頑張りましょう」
「無論だ。生きて勝て、死して勝つな。――期待している」

 大尉に言ったイーリス・立花(gb6709)は銀に輝く髪をなびかせる。彼女の貸したジーザリオのハンドルを握る神棟星嵐(gc1022)は先に市街地の入口へ、残ったイーリスと巳沢 涼(gc3648)はその轍を見送った。

「俺達にはできることをしよう。レジスタンスや一般人に顔向けできねぇなんてゴメンだしな」
「ええ。‥‥行きましょう」

 市街地付近に残る傭兵達はレジスタンスや一般兵に役割を割り振り、所定の位置についた。
 直後、遠くで爆発音が轟き、REXの咆哮が響く。
 先に入口へ出た星嵐はジーザリオを降りると、向かってくるキメラの集団に向かって照明弾を打ち上げた。
 既にやや暗くなりかけていたそらに、閃光がぱっと散る。バラバラに動いていたキメラ達が鼻先をこちらに向け、一気に近づいてくるのが見えた。

「これでこちらを目指してキメラが進行して来るでしょうから、対ワームの方々も万全を期して向かえるでしょうか」 

 息を吐いた星嵐は、反対側の道を走り抜けたバイクを見送って自身も車に乗り込んだ。
 後は仲間達を信じるだけだ。
 
 ●
 
「先行してワーム群を抑える」

 星嵐がキメラを誘導しているおかげか、北門にはキメラの陰はそれほど多くなかった。
 バイクにまたがったリヴァルを先頭に、武流、覚羅、アレックスは一気にワームの集団へ接近した。傭兵の姿を認めたREXの叫び声が耳を劈く。
 刹那、走行するバイクの脇が轟音と共に吹き飛んだ。

「――ッ!」

 はじけ飛んだ土石に眉を寄せながらも、リヴァルは吶喊の足を緩めなかった。
 
「このまま突っ切る!」
「‥‥砲台積んだ蜥蜴と亀如きがこの鳳凰を侮らないで貰いたいね‥‥つけいる隙なんていくらでもある!」

 バイクの急ブレーキで滑りこむように脇へ回った覚羅がREXの足を竜斬斧で斬りつけた。
 耳鳴りのような悲鳴が満ちる。振り抜いた斧に絡みついた鹵獲兵器が無残に砕けて地面にペイントをぶち撒けて散った。

「‥‥いつの間に」

 見えなかったわけではない。
 気づかなかったのだ。
 その兵器を観察する前に、足元をTWの甲羅生えた牙が抉る。考えている余裕など無いのだ。
 
「チッ、ちょこまかと‥‥!」
「俺に構う必要はない。皆の援護を頼む!」

 REXの砲撃をギリギリのところで流しながらリヴァルが武流に叫んだ。スコルで鹵獲兵器を蹴り砕いた武流は乱暴に足を振るう。思ったよりも動きの早い兵器のせいで、小回りが効く武器の武流以外は思ったよりも集中力が削がれていた。
 だが、それは裏を返せば、武流がワームまで相手にする余裕のない事を示す。脅威と認識した鹵獲兵器が彼に群がろうとしていた。

「させるか‥‥! 行くぜ、イグニッション!」

 蒼と金の炎を纏い、アレックスが武流に砲口を向けるREXへガトリングを斉射した。乗り捨てたバイクまで下がり、一気に弾幕を形成する。
 動きを封殺されたREXに間髪入れずに覚羅がソニックブームをその太い足に直撃させた。
 砲撃寸前だったREXの砲撃が内部で暴発し、背中を炎上させながら巨大なワームはバランスを崩す。

「やってやれない事はない、ってな!」

 機を逃さずに突っ込んだアレックスが、その頭部に炎に燃える拳を叩き込んだ。すかさず覚羅も追撃する。
 地面に伏したままのREXが仕留められる迄、そう時間はかからなかった。
 だが――、
 
「――避けろ!」

 武流の怒声より早く、先頭を抜けたTWが二人に突撃したのだ。
 やられる‥‥! と二人が防御の姿勢を取った。
 しかし、その体当たりを身をもって制したのは、アレックスでも覚羅でもなかった。
 
「‥‥ぐ、ぅ‥‥っ!」
「リヴァル!?」

 直刀を構えて巨体の進撃を止めたリヴァルが鮮血を吐く。衝撃で骨が何本かやられたか、呼吸するのも息苦しい。

「大丈夫だ‥‥すぐ、治る」

 言うや、練成治療を自身にかけたリヴァルだったが、当然その間迎撃体勢を取ることが出来無い。
 つまり、最前線の盾が動きを止める。
 影響はすぐに現れ、TWと鹵獲兵器の集団を足一本で止める武流が再び叫んだ。

「抜けるぞ、急げっ!」

 ハッとした三人の視界の端で、REXの背負う砲口が淡く光。
 刹那――、
 街の擁壁の一部が、音を立てて砕け散った。

 ●
  
 その衝撃は街の住民を十分パニックに陥れるものだった。
 市街戦を展開していたイーリスはとっさに防御の体勢を取り、状況を判断するために視線だけを忙しなく動かした。
 彼女の目線の先で、鹵獲兵器と思われる六足の機械が瓦礫の山をくぐって街の中へ入ってくる。

「涼さん、レインウォーカーさん!」

 思わず叫んだイーリスに獣が襲い掛かる。自身障壁で受け止めた彼女は盾でキメラを押し返し、喉元に銃口を突きつけて迷わず引き金を絞った。
 鮮血に塗れる視界の隙間から鹵獲兵器を仕留めようとイーリスは銃を構えた。
 だが、その手が止まる。
 代わりに涼とレインウォーカーの声が聞こえた。

「馬鹿野郎! 一人で突っ込むな!」
「ちっ‥‥間に合わないか」

 彼ら二人の視線を追うと、二人よりも早く鹵獲兵器に向かった者がいた。
 ――骨喰だ。

「これ以上お前らの好きにさせて堪るかっ!!」
「骨喰っ!」

 景光の制止も聞かず、一般人の骨喰は武器を手に流れ込む鹵獲兵器の集団に突っ込んだ。
 結果は、言うに及ばずであろう。

「やべ‥‥! 先に行くぜ!」

 骨喰の両足が兵器の足に引っかかるのをはっきりと見た涼は竜の翼で距離を詰めながら、集団に向かってペイント弾を投げつけた。
 それを兵器が拾おうとしないのを確認すると、今度は銃を構えて邪魔な兵器を撃ち仕留めていく。
 その涼の脇から、獣が牙を向いて飛びかかってきた。
 爪が腕を掠めながらも回避した涼は、吼えるようにバハムートをスパークさせる。

「邪魔‥‥すんじゃねぇ!!」

 彼の咆哮と共に放たれた衝撃をまともに食らった獣が大きく後ろに吹き飛んだ。
 その隙に、レインウォーカーが鹵獲兵器の集団へ向かう。

「嗤え」

 銃声の直後、群がっていた鹵獲兵器の足が吹き飛び、制動を失ってその場で動きを停止する。

「とりあえず、危なそうですので全て撃ち落とします!」

 加わった星嵐の銃撃でかなりの数の鹵獲兵器は動きを止めたが、それでもキメラを加えて市街地には多くの敵が流れこんできている。
 鹵獲兵器の集団の中にキメラが頭を突っ込み、気を失った骨喰を引っ張りだしたのはその時だった。
 その様子を見ていた星嵐が声を荒げる。

「レジスタンスが‥‥! させませんよっ!」

 大型の獣の足に電磁波をぶつける星嵐だったが、相手はややバランスを崩しただけで動きを止める事はない。
 焦燥感に駆られる星嵐を他所に、大型のキメラは骨喰を担いで戦線離脱を測った。

「骨喰っ!」
「駄目だ。お前まで持っていかれる」

 銃を構えた景光をレインウォーカーの声が制止する。彼の言う通り、このまま突っ込むのは敵にもう一人の獲物を差し出すようなものだ。
 唸る獣の牙を刀で砕き、その四肢を切り裂いた道化は、ふと空を見上げて嘲笑った。

「雷雨か。ははっ、いいねぇ。道化が踊る舞台に相応しい」

 暗雲が、気づけば街の上空を覆っていた。
 ぽつぽつと雨が降り始め、あっという間に豪雨へ変わる。
 仲間との掛け声もかき消すほどの雷鳴が轟き始めた。

「く‥‥前が、見えない」

 視界を遮る雨を腕で拭ったイーリスは仕留めた獣に最後の一発を撃ちこんで、傍で鹵獲兵器の残骸を蹴り飛ばした大尉の方を見た。
 街に留まり兵士の指揮を取っていた大尉を呼び止める。

「シャルロットさん。住民の方の移動を‥‥」
「ああ」

 そう言った大尉は手近な部下に住民の移動の指示を飛ばした。
 奥へ奥へと逃れていった住民達は未だに野外で集まっている。
 状況を察知した涼が声を上げた。

「爆破の用意ができたぜ。いつでも行ける!」
「構わん、破壊しろ」

 最後の手段だ。このまま住民を守りながら戦うのは厳しいものがある。
 そう判断した涼は、大尉の声に合わせて南壁に設置しておいた爆薬に着火した。
 南壁付近に留まっていたキメラを巻き込んで、閉ざされた擁壁に轟音と共に大きな穴が開く。

「住民の方はあちらから逃げて下さい!」
「こっちだ! 急げ!」

 星嵐と涼の声を聞きつけた住民達が我先にと移動を始める。
 その様子を見守りながら、イーリスとレインウォーカーは向かってくる獣を同時に仕留めた。

「これで暴れられるかぁ」
「‥‥そうですね。向こうは、どうでしょうか‥‥」

 呟いたイーリスは、外でワームを足止めしているであろう仲間の無事を再び祈り、刀を握り直した。
 
 ●
 
「‥‥っ、殺った、かな‥‥」

 荒くなる息を抑え、雨を吸って重くなった髪を掻き揚げた覚羅は目の前でひれ伏すように事切れたTWを見つめた。
 KVに乗ればすぐに倒せるであろう敵も、この状況では酷く厄介な相手だった。

「まったく‥‥まさか生身でワームの相手をする羽目になるとはね」

 苦笑した覚羅の脇では、ようやくREXに止めを刺したアレックスが隣で膝を突く仲間に手を差し伸べていた。

「大丈夫か、リヴァル。大分無理させたな」
「いや‥‥問題ない。不甲斐なくてすまない」

 彼らの盾になってワームの攻撃を一手に引き受けていたリヴァルも、流石に自分で回復できないくらいに痛手を受けていた。黒一色のコートから見える傷口が痛々しい。

「街はどうなったのだろうか」
「南壁を破壊して住民を逃したらしいな」

 トランシーバーを片手に、倒れたREXの遺骸に腰掛ける武流が言った。とりあえず街は無事なのか、と四人は安堵の息を吐いた。
 だが、街の仲間からの連絡を聞いていた武流の表情は曇ったままだ。

「‥‥住民への被害は最小限だが、レジスタンスが一人、拉致されたらしい」

 そう言った武流の声に、アレックスは拳を地面に叩きつけた。その視界の端に、街から追い出されて敗走する獣の姿が見える。
 街は守られた。住民への被害も無い。
 ただ、全てを守れたわけではなかった。

「街に戻ろうか。やることがあるはずだからね」

 表情を崩さない覚羅の言葉で、傭兵達はやっと動き出した。
 
 ●

「大丈夫ですか? もう心配いりませんよ」

 一段落した街では、壁の修復と怪我人の治療が始まっていた。
 拡張練成治療を施した星嵐は、まだ耳に響く雷鳴の音に眉根を寄せる。
 落雷しなくて良かったものの、彼らの気持ちは一向に晴れなかった。

「すみません‥‥骨喰さんを‥‥」
「いえ。貴方がたのせいではありません」

 謝るイーリスに景光は首を横に降った。
 結局、骨喰は獣に拉致されたまま行方が分からなかった。
 遺体すら出て来なかった。
 死んでいるのか、生きているのかはまだ分からない。

「‥‥とにかく、私は一度本部へ戻ります。途中離脱をお許し下さい」
「ああ。気をつけてな。ここは俺達に任せてくれ」

 そう言う涼に頭を軽く下げて、景光は手近な車に乗り込んで一足先に街を出た。

「気に入らない結末だなぁ。そうだろう、シャルロット」
「まったくだ。だが、ひとまずは良しとしよう」

 憮然とした表情で言っても説得力がないな、と内心呟いたレインウォーカーは少しだけ視線を動かし、こちらに戻ってくる四人の仲間を認めて、唇の端を少し釣り上げ皮肉な笑みを浮かべた。
 きっとそれは、他の仲間も同じなのだろう。
 後味の悪い、戦いだった。
 
 了