タイトル:【GR】浪漫紀行マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/02 22:56

●オープニング本文


「大尉。少し良いかね」

 執務室に書類を渡しに来ていたシャルロット・エーリク(gz0447)は怪訝そうな顔になった。

「何か、少将」
「うむ。実は例の鉄道の試運転があるのだよ。私は忙しい故、大尉が名代として同席して欲しい」
「それは‥‥吝かではありませんが」
「ついでに、ゴルディ中尉の夫妻も誘ってやると良い。奥方の実家より幾分かの資金援助を受けたからな」
「は‥‥」

 グリーンランドの鉄道はプチロフ社の協力もあったが、地元民達の寄付もあり、いよいよ試運転の日を迎えようとしていた。
 話はこうだ。ナルサルスアーク―ゴッドホープ間の比較的安全圏の試運転はジャックに任せ、残りのチューレ跡地―ナルサルスアーク間は大尉が同席せよということらしい。
 鉄道敷設に関わる一連の傭兵達の活躍により、線路周辺地域はほぼ安全と言って良いほどになっていた。こうした状況を鑑みて、安全なうちに試運転をし、実用化にこぎつけたいのであろう。

「普通より遅めに運行するらしい。一日かかりきりになるやもしれん故、その日は有給を取り給え」
「それは願っても無いことですが‥‥少将、それでは私は日程的に二連休を取ることになります」
「ふむ‥‥そう言えば家族がこちらに来るのであったな」
「この繁忙期に連休を頂くわけには参りません。ましてや、少将が働いておられるのに‥‥」
「‥‥ならば、その試運転に家族を同席させたまえ」

 さらっと言った少将に、大尉の目が丸くなった。
 あの家族と一日一緒にいろ‥‥とは、どんな拷問だろうか、と半ば本気で思った大尉である。

「し、しかし‥‥試運転は関係者以外禁止では‥‥」
「何、どうせ護衛もかねて傭兵達も招待する予定だ。今更、増えても変わらんよ」

 そういうものなのだろうか、何か違う気がしないでもないが。
 激しく疑問を抱いたが上司命令とあっては仕方ない。
 踵を揃えた大尉は姿勢を正して腹を括った。

「了解しました。全力で任務を遂行します」



 シャルロット・エーリクの家族構成は実に複雑であり、そして物凄かった。
 まず、腹違いの兄がいる。この兄は同期でもあるヘンリー・ベルナドット(gz0360)の父親違いの兄でもある。つまり、エーリク家とベルナドット家は同じ女性を娶った事になるのだ。
 更に、彼女には下に妹が五人もいる。彼女達は全て実の妹であり、末っ子は去年の秋に生まれたばかりという最早娘と同じような年齢だ。御年50歳の母親は、そろそろ老いが隠せなくなってきたが、若々しい外見で夫と新婚のように仲が良い。
 そんな家庭環境におかれた長女の大尉が家族と距離を置きたがるのはある意味自然のことだったのかもしれない。決して妹や両親が嫌いなわけではないが、実家にいると居た堪れなくなるのだ。

「話は聞いたよ、シャル。俺が一肌脱いであげる。大船に乗ったつもりでいると良いよ!」
「ああ‥‥沈没寸前の豪華客船に乗った気分だ」

 何故か家にいる義兄のクロードの顔を見た大尉はがっくり項垂れた。この兄の相手をするだけでも相当疲れてストレスが溜まるのに、妹たちの世話などどうすれば良いのか。

「あ。少将からの伝言は既に実家に伝えてあるよ。ふふ‥‥可愛い人、喜ぶと良い。父さんと義母さん、それと下二人は欠席するってさ」
「‥‥仕事が早くて助かる」
「お安い御用だよ、レディ‥‥さぁ、感謝のキスを」
「頭蓋骨が粉砕する前に引っ込め」

 むー、と唇を突き出していたクロードは渋々引き下がった。彼なりの愛情表現なのだろうが、この軽さこそが大尉の男嫌いを助長させた諸悪の根源であることを、彼は恐らく全く気づいていない。彼の性格を考えると、ヘンリーと血の繋がりがあることは納得できるというものだ。

「流石に生まれたての子は乗せられないからな‥‥三人なら相手も出来る」
「うん? 三人じゃないよ?」

 けろっとして言ったクロードである。
 嫌な予感がひしひしとしつつ、大尉は義兄の方に視線を向けた。その、きらきらと輝く瞳と、目に痛い金髪をなびかせた彼は、胸を張って堂々と言い放ったのである。

「俺も、一緒に行くからね!」
「‥‥‥‥」

 有給なんて二度と要るか! と大尉はこの時本気で思った。



「お久しぶりです、お姉様」
「ああ‥‥長旅になる。何かあればすぐに言うこと。分かったな、アイリス」
「はい。でも、私は次女ですから、妹たちをしっかりと見ませんと」

 今年16歳になるアイリス・エーリクは大尉によく似ていた。きりっとして、面倒見の良さそうな利発な少女である。精神的にも若い母親と、多忙な父親の背中を見て育った割には、全くすれていない。

「おねーさまー! リリー、列車に乗るの初めて! 楽しみ!」
「はしゃぎ過ぎて迷惑をかけないようにな、リリー」

 大尉に頭を撫でられたリリー・エーリクは今年10歳。活発な年頃だが甘え上手で、ある意味末っ子気質を最も発揮しているのは彼女だ。また、母親が大好きで今でも一緒の寝室に寝ている。
 余談だが、大尉が家を出た頃に生まれていたのはアイリスだけである。彼女より下の妹達はあまり姉の事を知らないはずなのだが、何故か皆大尉に懐いており、帰省する度に姉の周りにまとわりつくのだ。

「姉様、姉様。列車って、遊ぶところあるかしら‥‥」
「あー‥‥遊べるかどうかは分からないが、暇になったらクロード義兄さんのところへ行くと良い」
「うん。わたし、クロード兄様のお嫁さんになるっ」

 マーガレット・エーリクはリリーと双子の10歳である。一卵性双生児なので、傍目には顔の区別がつかないが、彼女は髪が短いので今はよくわかる。
 何故かクロードにご執心らしく、幼い頃からお嫁さんになると言って憚らない。将来どうしようもない男に引っかかりそうで、大尉は今から彼女の男運が心配である。

「それじゃ、シャル。後でね。さぁ! リトル・レディ達、兄さんについておいでー」

 一度大尉に手を振ったクロードは、妹たちを連れて先に建設途中の駅へと向かった。幼女を誘拐しようとする変質者にしか見えない。
 彼らを見送った大尉は、この先に待ち受けるであろう苦労を思って、一度この世の終わりかというほどの特大の溜息をついたのだった。

●参加者一覧

キョーコ・クルック(ga4770
23歳・♀・GD
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
狭間 久志(ga9021
31歳・♂・PN
RENN(gb1931
17歳・♂・HD
ネロ・ドゥーエ(gc5303
19歳・♂・DF
フィオナ・フォーリィ(gc8433
18歳・♀・FT

●リプレイ本文


 その光景をほんの数年前までは誰も想像しなかっただろう。
グリーンランドの主要施設を結ぶ鉄道の敷設計画が持ち上がって日が経つが、試運転までこれといった問題なく漕ぎ着けたのは、この土地が再び安寧を取り戻そうとしている大きな象徴でもあった。
そんなグリーンランドの列車は、様々な想いの人々を乗せて、雪の大地を駆け抜ける――。

 ●

 旅の目的は様々であろうが、誰もが良い想いでこの地に立っているのではなかった。

「ここは、すっかり変わったな」

 暗い表情の柿原 錬(gb1931) は建造途中の構内をぐるりと見渡した。
 この地は、錬にとって原点でもあった。だが、今は虚無感だけが彼を苛む。
 全ては成就しなかった想いと、拒絶された相手と、崩れてしまった生活と。
 何より、それらを受け止めて二本の足でしっかりと立っていられない自分の弱さと。

「はぁ‥‥」

 何故この列車旅行に参加したのか、自分でも分からない。
 ただ、もしかしたら、始まりの場所に何かの手がかりを求めたかったのかもしれない。
 もう一度、強く歩いていけそうな、何かを。


 列車は人と、その想いを運ぶ。
 ある人の悲しみを、そして、ある人の熱い恋情を。

「列車旅行して報酬が貰えて‥‥で‥‥一石三鳥かな」

 一世一代の決意を胸に列車に乗り込んだ狭間 久志(ga9021)は呟いた。彼の後ろからは、金髪の美女が荷物を持って乗り込もうとしている。とある事情で落ち込んでいた彼女を今回の旅行に誘ったのは彼であった。
 彼女――キョーコ・クルック(ga4770)もまた、いつもとは違う想いを胸に久志の誘いに応じていた。メイド服であることが多い彼女だが、今回は黒一色のワンピースにフリルをあしらったヘッドドレスという出で立ちである。
 想いを寄せる男性からの誘いだ。乙女心が働くのは当然だった。
 荷物を肩に掛け、刀を胸に抱えてドギマギしている彼女が顔を上げると、振り返った久志と目線が合った。瞬間的に、胸の奥が熱くなってキョーコは言葉に詰まりながら慌てて口を開く。
 
「あっ‥‥久しぶり‥‥きょうは誘ってくれてありがとね」
「いえ、その‥‥今日はメイド服じゃないんですね」
「‥‥へ、変じゃない‥‥よね‥‥?」
「いいえ、全然。凄く可愛いですよ」
 
 言ってから久志も少し鼓動が大きくなる。目を逸らしてしまったキョーコは、更に顔が紅潮した。
 お礼を、言わなければ‥‥。
 そう思うのに、上手く言葉が出てこなくて、ぎこちなく彼に続いて列車に乗り込むのが精一杯だった。

「初々しいわねぇ‥‥」

 どちらも初恋ではないはずなのだが、二人を見ていると微笑ましいような懐かしいような感情が浮かんだ百地・悠季(ga8270)である。
 今回は一人旅だが、こうして縁のある土地を走る列車の試運転に立ち会えたのは、喜びであることに変わりない。

「何れは旦那・娘と一緒にかなあ‥‥色々落ち着けばだけど」

 その頃にはきっと、もっと駅や他の施設も整っているはずだ。
 ずれたカーディガンを羽織直した悠季の脇を、小さな子どもが二人、はしゃぎながら走っていく。顔立ちからして、大尉の親族だろう。

「結構、歳が離れてるわねえ」
「一姫二太郎計画だったらしいが、気づけば増えたらしい。我が親ながら、無計画には溜息しか出ないな」

 気づけば頭を抱えた大尉が隣に立っていた。律儀に礼をした悠季に、軍人らしく大尉は敬礼で返す。その後で、お世話役から逃げてやりたい放題の双子の名前を呼んでいた。
 双子と言えば、だ。
 
「どうしているのかしらねぇ‥‥」

 灰色の空を見上げた悠季は、嘗て何度か関わった少女達の顔を思い浮かべて息を吐いた。

 ●

 列車はようやく走り出したが、食堂車には既に客がいた。
 ネロ・ドゥーエ(gc5303)とフィオナ・フォーリィ(gc8433) である。

「ただ飯が食えると聞いてね‥‥」

 そう最初に言ったネロはその言葉に違わず、即座に食堂車に乗り込みメニューを片っ端から注文しては平らげていたのである。
 だが、彼曰く、「働かずに食う飯の旨さが分からないと理解出来んさ‥‥」らしい。無気力、自堕落、出不精の三拍子が揃った筋金入りの怠惰人は言うことが違う。

「雪景色を見ながらの一杯‥‥旅の始まりにふさわしい」

 フィオナ本人はず紅茶を飲みながら車窓の風景を楽しんでいる。この列車は今日初めて走るんだよな、と誰かが目を擦ったように、最早常連のような振る舞いの彼女であった。
 そこへ、見回りを兼ねた大尉と、彼女の家族が入って来た。その光景に、ネロはやや目を細め、フィオナは少し嬉しそうに口を開いた。

「ほう、家族連れね‥‥」
「おお、大尉殿。此度は優雅な旅の提供、感謝する」
「ああ。私は仕事にすぐ戻るが、楽しんでいってくれ」
「ほう、では後で景色と茶を楽しみながらゆっくり話そうではないか」

 そう言って引き止めるフィオナに大尉は申し訳なさそうに「仕事があるのでな」と断りを入れた。予想済みの彼女はニヤッと笑う。

「つれないのう‥‥まぁ、空いた時間に5分でも構わぬよ。我の目的の一つを果たさせてくれると嬉しい」
「承知した。善処しよう」

 満足気に微笑んだフィオナだったが、その直後、彼女を見ていたクロードの目がキラリと光った。

「思い出した! 貴女はいつぞやのエレガントレディ!!」

 空気を全く読んでいないこの言葉に、ネロがうるさそうに耳を塞いだ。
 
「誰? このうるさい男は‥‥」
「すまない‥‥義兄だ」

 がくりと項垂れる大尉の様子で普段から手を焼いているのは容易に想像がつく。
 だがしかし、クロードの勢いは止まらない。隙さえあれば手を握らん勢いでフィオナに詰め寄っている。

「もしかして俺に会いに‥‥? いや、そんな、運命だよ! 俺の事はクロードって呼んでね☆」
「やかましい、貴様などチャラ男で十分だ」

 爽やかに決めた(つもりの)クロードをフィオナは一刀両断する。未婚の女性なら誰でもスイッチが入る彼としては、フラれる所までが挨拶なのだが。
 チャラ男と大尉を見比べていたネロは、そこでふと言った。

「大尉とクロードを足して二で割れば付き合いやすそうな人になるだろうね」
「勘弁してくれ‥‥」
「良い家族じゃないか。そういった意味ではいい環境かもしれん」
「育てば分かるが、最悪だぞ」

 最悪、と異様に力を込めて言った大尉にネロは声を立てて笑った。

「いいね、やっぱり面白いよ大尉は‥‥っと、眠ぃ」

 少し食べ過ぎたのか、眠気を催したネロは挨拶もそこそこに立ち上がった。じーっと彼を見上げるマーガレットの頭に手をぽん、と置いて気だるそうに言う。

「この列車は大尉や皆が命がけで切り開いたその証だ。楽しんでいくといい‥‥」

 こくり、と頷く少女の頭を一度だけわしゃっと撫で、ネロはよろよろと寝台車へ向かっていった。
 ぐったりとする大尉と、クロードをあしらうフィオナを尻目に、いつの間にか食堂車へ来ていた悠季はメニューを見つめていた。静かな旅も良いが、違う性格の人間が話しているのも楽しそうだ。

「なかなか良いメニューね‥‥バランスも良さそうで」

 とりあえず白身魚のムニエルを頼んでメニューを閉じると、知らない間に正面に子どもが三人座っていた。
 流石にちょっと吃驚した悠季だが、表情には出さなかった。

「こんにちは、百地・悠季よ」
「お初にお目にかかります。アイリス・エーリクです。こちらは、妹のリリーとマーガレットです」

 次女が丁寧に妹を紹介した。顔がよく似ているから髪型で見分けて下さい、とまで言うのは普段からよく間違われている証拠だろう。
 特に話す相手もいなかったので、悠季は妹達に自分のことや家族のことを話すことにした。アイリスは出産の事に興味を示したが、双子はよく分かっていないようだった。

「大尉がいなくても、普段は大丈夫なのかしらね?」
「大丈夫です。私がしっかりすれば良いですし、妹達も言うことを聞いてくれます」

 横からリリーに袖を引っ張られながらも答えるアイリスは大尉を小さくしたような少女だった。聞いている悠季は自然と笑みが溢れる。

「姉妹が居て互いに助け合う感じは微笑ましくて、あたしもそういう風に築いてみたいわよねえ」
「悠季様のお嬢様は、どんな子ですか?」
「そうねぇ‥‥ちょっと長くなるわよ」

 そこから悠季による、愛娘の惚気話が延々と始まった。

 ●

『誰か‥‥、助けて‥‥息が‥‥』

 雪の中でもがいて、息が出来無い。視界は涙で乱れ、意識は混濁する。
 姉さん‥‥! と姉を呼んでも返事はなく、ただ真っ白な世界が自分を支配しようとする。

「――っ、はぁっ‥‥、は‥‥ぁっ」

 いつの間にか眠っていたのだろう、ボックス席の一つにいた錬は跳ね起きた。夢か‥‥と安堵すると同時に、何も変わっていない現実に寂しささえ覚える。

「医務官は必要か?」
「っ!?」

 いきなり声をかけられて振り返ると、入り口には大尉が立っていた。巡回の途中で呻き声や悲鳴混じりの声が聞こえたため、様子を見に来たのだと言う。
 俯いた錬は首を横に振った。

「あっ、すいません悪夢を見ていたらしくて‥‥雪崩に巻き込まれた事があったので‥‥、この地で」
「そうか」
「未熟だったのと、準備不足、単独行動が故だったんですけどね」

 淡々と返す大尉は怒っているのではなく、ただ感じた事を言っているのだろう。それが分かる――特に同情もされていないことが分かってしまうから、錬は更に自嘲を深めた。

「人との距離感って、難しいですね‥‥」
「‥‥」
「ただ、執着して、それを愛情とはき違えただけ‥‥。友達で止めておくべきだった」

 そう言って、彼は両手で顔を覆う。

「ボクは、消えてしまいたい‥‥。何もなしていないしボクが消えれば、全てが丸く収まるはずだから」
「‥‥列車から飛び降りれば能力者でも死ねるな」

 そういう大尉の声が少し怒りを含んでいる気がして、錬は少しを顔を上げた。彼の頬を流れる雫を見つめる大尉は、表情が全く変わっていなかった。

「だが、お前は魘されながら『姉さん』と言った。『ごめん』と言った。そう言える人がいる以上、消えて良い存在ではないと思うが?」
「‥‥」
「何があったかは聞かない。だが、今のお前は目の前の壁から逃げているように見える。本当はどうすれば良いのか、心の底では分かっているのに、な」

 言葉を切った大尉は、手に持っていた毛布を錬に渡した。人のぬくもりはないが、それでも今の錬には暖かかった。

「死ぬのは簡単だ。だが、まだ終点まで時間はある。しばし自問すると良い」
「は‥‥い‥‥」

 扉が閉まる。
 膝を抱えた錬は頭から毛布を被った。そうすれば、音も聞こえず、何も見えない。

「‥‥どうするの、か‥‥」

 どうすれば良いのだろう。
 彼の自問は、もうしばらく続いた。

 ●

 別の個室では、久志とキョーコがもう随分長い間無言で見つめ合っていた。それまではお互いに近況を辿々しく言い合っていたのだが、話題も尽きてしまっていた。
 裏を返せば、もう言えることはたった一つだった。長時間の旅だから、とキョーコから渡されたクッションの柔らかさを感じながら、久志は意を決して口を開いた。

「正直、一人になってからの僕は、生きてる意味さえ見失ってました。でも、キョーコさんに逢えて‥‥僕は自分を取り戻せたって感じてます」

 自分を取り繕うようにかけ続けてきた眼鏡を外し、息を吐いた久志は真っ直ぐにキョーコを見た。
 
「だから、出来るなら今度は僕が貴女の支えになりたい。好きです‥‥キョーコさん」
 
 艶やかな金色の髪も、雪のような肌も、冴えるような緑の瞳も、愛らしい唇も、愛おしくなる。ありのままの自分を受け入れて欲しくなる。
 そして、ありのままの彼女を、受け入れたい。
 飾らない告白を聞いたキョーコは頬を染めたまま、おずおずと口を開いた。
 
「あたしなんて、×1だしそんなに可愛くないけど‥‥それでも‥‥いいの‥‥?」
「僕は、キョーコさんじゃないと駄目だ。君の為だけに生きさせて欲しい‥‥」
「‥‥あたしのためだけじゃ‥‥だめ‥‥」

 拒絶とも取れる言葉に、久志の言葉が寸前で呑み込まれる。
 その彼に手を差し出したキョーコは泣きそうな、けれども、気丈な声で言った。

「二人で進むために‥‥一緒に‥‥生きよ‥‥?」

 過去に傷ついたのは、キョーコだけではなく、久志も同じだ。
 その中で、ぽっかりと開いた心の虚空を埋めてくれたのは、目の前の彼女だった。
 見失いかけていた自分を引き戻してくれたのは、目の前で手を差し伸べる女性だった。
 守りたいと思う。そして、今度こそ、この想いを手放したりはしない。

「キョーコさん‥‥」

 指先が触れる。重ねた手のぬくもりを確かめるように久志の手を両手で包んだキョーコは、それを胸元へ持っていった。驚いたような顔をした久志も、拒むことはない。
 掌を伝って、キョーコの鼓動が聞こえて来る。自分と同じ、いつもより速くて熱い。
 席を立った久志は、ようやくキョーコの隣に座り直した。自然と、彼女が肩に寄りかかってくる。さらさらの金髪が彼の背中を流れた。

「‥‥良かった‥‥」

 安堵の息を吐いたキョーコが小さく言った。長い睫を伏せて、髪を撫でてくれる久志の掌を感じる。
 そうしているうちに、彼女は深い幸福な夢に誘われて行った。



 列車は滞り無くナルサルスアークに到着した。
 
「ぅ〜‥‥さすがに冷えるね‥‥」
「その格好じゃ寒いでしょ?」
「‥‥ありがと‥‥」

 久志のコートに入り、マフラーを共有するキョーコはまた顔を赤くした。
 その様子を遠目に見て、悠季は二人が成就した事を察した。喜ばしいことだと、祝福する。
 そうして、もう一度彼女は空を見上げた。
 夜空には、わずかにオーロラがその姿を広げていた。

「‥‥又、巡り合う機会があれば、ね‥‥」

 この空の下のどこかにいる、銀髪の少女を想って、悠季は列車を降りた。

「願わくばまた何処かの戦場で。全く、色気も何もあったもんじゃない挨拶さね」
「ああ。その時は、頼む」

 大尉と家族に挨拶をしたネロは眠そうに列車を降りる。景色など欠片も覚えていないが、食堂車の美味い料理と心地よい揺れは記憶に残っている。また、乗る機会に恵まれたら良いと思う。

「このような機会があるなら、また声をかけて欲しいものだ、大尉殿。今度は、チャラ男抜きで会いたいものだな」
「同意見だ」

 何か言いたそうにしたクロードの脇腹に強烈な肘を叩き込んだ大尉はフィオナに言った。女性には友好的な彼女は、フィオナとしっかりと握手を交わす。

「‥‥お疲れ様、でした」
「ああ。何か、掴めたか?」

 大尉の問いかけに、錬は答えなかった。けれども、自問する事は止めないでおこうと思う。
 後ろ向きなこの思考も、いつか御する事が出来ると信じて。
 

 列車は、極北の大地を走る。
 次は、誰のどんな想いを乗せるのだろう。