タイトル:【共鳴】二つの願い−1マスター:冬野泉水

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/26 13:22

●オープニング本文


 それはエゴか、正義か――‥‥。

The Last Sympathy−1

 グリーンランドを舞台とした大規模な制圧作戦が終了して、幾日かが過ぎようとしていた。
 そうした激動にも関わらず、制圧作戦前から監視下に置かれていたシアとヘラは、昔ならば考えられないであろう程の平穏な日々を過ごしていた。
 ただし、心は穏やかではなかった。仲間達が散り、また彼らに手を差し伸べた人々も傷を負ったはずだからだ。
 エミタ移植により、一命を取り留めた――あるいは、ハーモニウムとして生きる前に戻ったとも言うべきか――シアは、この頃よく悩むようになった。
 生きながらえた命は、昔も今も、たった一人、大切なヘラの為に使おうと心に決めていた。
 だが、シアには借りを返さねばならない人と、果たすべき事、そして、償うべき事が残っているのだ。
 自分達を助けた人々に礼を尽くす事、行方不明のままであるオルデンブルクともう一度話すこと、これまで繰り返した殺戮以上に、人々を救済すべきだという事――考えただけでも、残された時間で終えられるのか、ましてやそれに加えてヘラの傍にいてやれるのか、試算したシアは自虐的な笑みを浮かべた。
 人類が持ち帰った技術――強化人間に施された手術を解除する技術は、シアには適用されなかった。それはシアが比較的多くの殺人を繰り返していたこと、街やUPC軍の基地に襲撃したことなどが挙げられるが、それ以上に、シアに施された手術は複数回に渡るため、現段階の人類側の技術では不可能、ということであった。
 そして、それ以上に、シアには既にエミタによる恩恵を受けているのだ。忘れてはならない、エミタを除去した瞬間に、シアの時限爆弾は再び作動する。一つのエミタではそれが精一杯であり、二つも移植することは前例が無く、またどのような影響を人体に及ぼすか分からない、ということであった。
 だが、シアは意外にも、そこまでして生き延びたくはないとあっさりこれを了承した。むしろ、彼女に事実を告げたヘンリーの方が苛立ちを隠せない様子であった。
 今、シアとヘラはヘンリーの家に居候している。軍では他にも監視を続けなければならないハーモニウム達がいる。健在な者ほど、洗脳が深い者ほど脅威になる。殆ど死に体の二人にある程度融通が利くのも分かる。
 しかし、それは同時に二人が人類から見放されつつある証拠でもあった。
「‥‥駄目だ、くそ。やっぱり許可は下りねぇ」
 帰宅第一声がそれだったヘンリーにシアは無言で視線を向けた。彼があの手この手でヘラを救済するよう軍部に働きかけていることは彼女も知っていた。
「諦めた方が良い。無茶をしてまで俺はヘラを延命したくないし、生き別れたくない」
「またお前はそういうことを‥‥良いか、可能性があるなら――」
「『しがみつかないのは馬鹿のすることだ』だろ。馬鹿で結構、俺達はそうやって生きてきた」
 シアはソファから立ち上がり、自室のドアを開けた。並べられたベッドには、ヘラが微かな寝息を立てて眠っている。
 ヘラは、解毒薬の副作用で記憶を失っていた。今も自分が何者であるか、シアは自分にとって何なのか思い出せずにいる。もとより、メンテナンスを怠っていた体はその後も衰弱の一途を辿り、現在は殆ど動けない状態になっていた。
 彼女を救済するように何度も軍部に説得を試みたヘンリーだったが、ヘラには救済される為に必要な物が決定的に欠けていることは明らかだった。
 すなわち、手術に耐え切るだけの体力が、彼女にはもう残っていないのである。
 瀕死の少女に貴重な――いくら傭兵達が大量に持ち帰ったとは言え――エミタ鉱石を使用することを軍部は渋りに渋っていた。
「‥‥すまない」
「随分俺達に肩入れしているが、別にあんたに責任はないだろ。むしろ、平然と俺達の観察でもしていれば良い」
 肩を竦めたヘンリーである。それが出来るほど、実際のところ彼は冷淡でもない。
「‥‥そうだ、ヘンリー」
「おいこら、誰が呼び捨てにして良いと‥‥何だよ」
「俺も、傭兵の様に動いてみたい」
「‥‥は?」
 シアの突然の言葉にヘンリーは見事に目が点になった。ドアを開けっ放しにしたまま、彼女は眠るヘラの髪を撫でながら続けた。
「元々、俺はカンパネラ学園に入るはずだった。だから、傭兵として働きたいっていうのは、別に変じゃないだろ?」
「お前な‥‥簡単に言うが、自分の立場が分かってるか?」
 俺は軍人、お前は監視される人間、と言わんばかりにシアを指さしたヘンリーである。
「分かってる。分かってるけど、このままこんな場所で死んでいくのは嫌だ。どうせ死ぬなら、ヘラの記憶を戻し、俺の成すべきことを成して死にたい」
「死ぬって決まったわけじゃねぇだろうが‥‥ったく、その年で死に急ぐとか中二病も良いところだぜ」
「それに‥‥俺がしたことをヘラに話せば、記憶だって多少は戻るかもしれないだろ?」
「‥‥可能性は否定しねぇが」
 頭を掻いたヘンリーは、しばらくして溜息をついた。
「グリーンランド南部の街で、制圧作戦を逃れたキメラ群がのさばってるらしい。北方軍も奮闘しているが、状況は五分五分だ。‥‥行くか?」
「‥‥行って良いのか?」
「ただし、他の傭兵達と一緒に行ってもらう。勿論、彼らの指示には従ってもらうぜ。人間に刃を向けたり、キメラを庇ったりしたら、その時は彼らにお前を消して貰う。良いな?」
「ああ、構わない」
「そのキメラが白い虎の群れだとしてもか?」
 言葉を詰まらせたシアである。ヘラが大切にしていた白玲はもう居ない。白玲のことも忘れてしまった彼女だが、それでも自分が白い虎を狩ったと話せばどうなってしまうのだろう。
 躊躇していたシアだったが、恐る恐る頷いて見せた。何かあっても、ヘラは自分が支えて見せると、固い決意がその瞳に垣間見える。
 今日何度目か分からない溜息をついたヘンリーは腕を組んだ。
「今回のが上手く行けば、お前に色々稽古をつけてやっても良いぜ。どうせその内、生きてりゃ『あいつ』に出会うんだろ?」
「‥‥頼む」
「『頼む』? ‥‥お前、あれだわ。まずその口調から何とかしねぇとな」
 きょとんとしたシアである。
「変か? 同じ口調の傭兵は沢山いると思うが?」
「変か変じゃないかで言えば好きにすれば良い。ただ、俺の好みじゃねぇ」
 あんたの好みなんて知ったことか、と言いかけたシアだったが、かろうじて踏みとどまった。
「『レディはもっと柔らかく、春の日差しの様に穏やかに話すもんだ』‥‥俺の知り合いの言葉だが、もうちょっと女らしくしようぜ? せめて『俺』は変えるべきだ」
「‥‥善処する」
 釈然としない様子で頷いたシアは、ヘラの寝顔を一瞥してから家を出た。

●参加者一覧

麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN
RENN(gb1931
17歳・♂・HD
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
石田 陽兵(gb5628
20歳・♂・PN
綾河 零音(gb9784
17歳・♀・HD
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

 最初に彼女に近づいた御沙霧 茉静(gb4448)は手を差し出した。長らく彼女と対峙した茉静にとって、この再会の意味は大きい。
「久しぶりね‥‥。又、貴女に会えて嬉しい‥‥。共に全力を尽くしましょう‥‥」
「‥‥俺も、嬉しくないわけじゃない」
 以前よりも感情の吐露が容易になっているのだろう。
 その成長ぶりに、茉静は淡々とした表情の裏に微笑ましさを滲ませる。
「お久しぶりですね。覚えていらっしゃらないかもしれませんが」
 続いて彼女と握手をした春夏秋冬 立花(gc3009)は少し寂しそうに微笑んだ。シアが延命を望んでいないことは、彼女も承知している。
 それでも、伝えずにはいられなかった。
「未来はまだ決まっていないんです。私たちは何にだってなれる。だから頑張りましょう。よりよい未来のために。飴の人も心配していましたしね」
 そう言って、立花はもう一度微笑んだ。
「シア‥‥お前の事は覚えてるぜ。よくも‥‥」
 逆に殺気を滲ませてシアに近づいてきたのは石田 陽兵(gb5628) だった。以前の戦いで、陽兵は彼女に腹を貫かれていたのだ。
 だが、今回はそれを責めるために来たのではない。すぐ殺気を消した陽兵は、努めて親しげに彼女に言った。
「なんてね。まあ、一つ宜しく」
 陽兵の本心を図りかねたシアは、黙って頷くだけに留めておいた。
「上手くいったらホールケーキ奢ってね、先生。それじゃー」
 その陽兵の横から、引率のヘンリーに手を振っていた綾河 零音(gb9784)が顔を覗かせた。
「ん、あんたがシア? 今回はよろしくねー♪」
「ああ。よろしく」
 恐らくこの中では最も年齢の近いであろう零音に対しても、初対面のシアはまだ幾分緊張しているようだ。
「そうですか、そんな事が‥‥、って女性!?」
「なんだ、知らなかったのか? ふーん、へー、ほ〜ぉ?」
 彼らから少し離れた高速艇の乗り場では、何やらアクセル・ランパード(gc0052)がヘンリーと話し込んでいる。もとい、からかわれている。
 青ざめたアクセルは挨拶も程々に、足早にシアのところまで歩いてきた。
「‥‥えーっとですね、その‥‥、すみませんでした」
「何がだ?」
 目をぱちくりとさせたシアに、アクセルは丁寧に頭を下げる。
「非情に恐縮なんですが、女性って気がつかなくて、その‥‥、色々手荒な真似等を‥‥」
 非常にあるまじきことをしてしまったと顔を真赤にさせて謝罪するアクセルだったが、シアには思い当たることがすぐには浮かばなかったらしい。
 ようやく数拍後に、「ああ‥‥胸か」と一言漏らした。
「気にするな。それに‥‥胸ならヘラの方が気持ち良いぞ」
 一同、盛大に硬直したが、シアだけは平然と口角を歪ませた。
「冗談だ」
 そう言って彼らに背を向けたシアが胸の苦しみを堪えていたことを、彼らはまだ知らなかった。



「シアの件だが‥‥念のため、友軍からの攻撃を警戒しておいてくれ」
 シアと共に戦う茉静とアクセルに言った麻宮 光(ga9696)も、ハーモニウムに対して並々ならぬ想いを経験してきた傭兵の一人である。彼の意図を汲み取った二人が、深く頷いた。
「シアもヘラも‥‥うまく終わらせてやれれば良いな。それで、皆で飯かお茶に行きたいもんだぜ」
 そんなささやかな願いを呟き、光は武器を構えた。既に視界にはキメラの姿が見えているのだ。
「キメラの足止めだけをお願いします。無理に手を出さないで」
 街で防衛線を敷く兵士に柿原 錬(gb1931)は言った。今回は軍の援護も必要なのだ。
「聞いているだろうが、もしもお前が敵対的な行動を取った場合は‥‥分ってるな?」
「‥‥ああ」
 シアの背に問いかけたイレイズ・バークライド(gc4038)は息を吐いた。友人達に頼まれた彼女が暴走しないことを、切に願うばかりだ。
「絶対に、そんなことをしてくれるなよ。信じているからな」
 信じる――その言葉の重みを、きっとシアも知っているはずだ。


「先に行ってくれ。俺は軍の指揮官に話がある」
 指揮官を見つけたイレイズが、出発しようとする仲間に言った。
「OK、戦闘場所も確認かんりょー‥‥ちょっと飛ばすよー! 掴まって!」
「よし、零音ちゃん。ひとっ飛びに頼むぜ!」
 零音が陽兵を乗せたままAU−KVを飛ばし、軍の攻撃が薄い地域へと一気に駆け抜ける。
 しばらく直進すると、まだ片付けきれていない敵集団を発見した。
「大分暴れて下さったみたいだね‥‥これ以上はお控えください、と」
 該当ポイントでバイクを止めた零音は、道に屯するキメラの集団に呟いた。
「それじゃあ、とっととやるかっ!」
 足が淡く発光した陽兵は、口を開くと同時に番天印を空へと構えた。そのまま、空を飛び回る鷲の翼へ向けて連射する。
「あたしも、暴れますかね」
 肩を回した零音も、飛び掛ってきた狼を竜の咆哮で吹き飛ばす。
 そうこうしているうちに、バイクに跨ったイレイズが彼らに追いついた。割合に早く話がついたのだろう。
「待たせたな。これより、敵の攻撃は俺に任せろ」
 最前線に出たイレイズが槍で狼の牙を受け止める。敵の攻撃に気づいた狼達が集団でイレイズにのしかかろう飛びかかってきた。
「‥‥見え透いた手をっ!」
 吼えたイレイズは槍を円形に薙ぎ、狼達を後方へ弾き飛ばした。
「おおっ。迫力あるっ」
 仲間の勇姿に歓声を上げた零音は、イレイズが退けた狼へ向けて小銃を放った。元々容赦するつもりなどない、脳天を一撃で狙って一撃必殺で仕留めていく。
「陽兵!」
「任せろっ!」
 M92Fを放った陽兵は瞬天速で狼集団の死角に一足で潜り込んだ。
「これでも喰らいなっ!」
 言うや否や、陽兵は集団へ向けて小銃の引き金を絞る。
「‥‥っと、俺に近づくと危ないぜ、ってな!」
 銃弾をかいくぐって突進してきた狼に、両手にナイフを持ち直した陽兵は目にも留まらぬ速さでそれを振るった。残像すら捉えられなかった狼が叫び声を上げることもなくその場に肉塊と化す。
「‥‥ちっ」
 舌打ちしたイレイズは、上空から急降下してくる鷲を弾き落としで叩き落とし、ひるんだ隙にその体を槍で貫いた。陽兵が一度離れ、再び鷲の対応に戻ったのを確認して、仁王咆哮を発動させる。
 イレイズの挑発に気づいた狼が、ターゲットを変えて彼に向かってくる。
「石田、綾河。一気に殲滅するぞ」
「了解!」
「了解っと。建物だけ壊さないようにね」
 番天印を構えた陽兵と、銃を回した零音はニッと口角を釣り上げた。
 程なくして、街の一角からキメラの唸り声は全く聞こえなくなるのである。



「了解。こっちも軍の援護もあるし、思ったより早く片付きそうだ」
 無線機で仲間と連絡をとっていた光は、一遒棒錣辰討い誅?販?屬鮓?拭7海?泙棲菷〓貌阿い討い襪海寮鐺〓楼茲任魯?瓮蕕凌瑤眤燭い?⇒Х海眤燭ぁ?鑛?藩祥気鮖〓辰得錣Δ海箸?任?拭?
「さて、行くか」
 先行した光は両腕の爪を繰り、狼の集団に切り込んだ。光を敵と認識した狼達が迷わず彼を喰い殺そうと唸声を上げて襲いかかってくる。
「立花、仕掛ける。イグニッションファイヤ」
 冷静さを失わないよう注意しながら、錬がエネルギーガンで光のひきつけている狼を狙撃する。周りをざっと見回してみたが、件の白い虎はここには見当たらないようだ。
「なら、手加減はいらないかな‥‥」
 光の脇を狙う集団に向かって、呟いた錬は龍騎突撃で突っ込んだ。一瞬の内に、数匹のキメラが宙高く吹き飛ぶ。
「っと、悪いな。感謝するぜ」
「いえ‥‥これが、僕の出来ることだから」
 頷いた錬は、更に銃を上空へ向け、機会を窺っていた鷲の翼を撃ち抜く。
 ダンタリオンを開いて後方に立つ立花は、一般兵に近い敵から排除に向かっていた。
「空の鷲は任せて下さい。全部地面に落としていきますよっ」
 ダンタリオンが僅かにプラズマを放つ。
 刹那、上空の鷲の集団に電磁波が直撃した。羽根を焦がされた鷲が次々と地面へ落ちて行く。
「光さん。大丈夫ですかー!」
 敵の攻撃を集めている光は、頑丈とは言え蓄積する傷も当然他より多い。絶妙のタイミングを狙って、立花が彼に練成治療をかけた。
「助かったぜ。回復、アテにしてるからな」
「任せて下さい。鼻血がぶっぴ出るまで回復してあげますよー」
 冗談半分に言った立花は、一般兵に向かう狼の前に立ちはだかった。回復するだけが彼女の役目ではないのだ。
 飛び掛ってきた狼を躱して、立花は機械剣を横に薙いだ。虚をつかれた狼が弱々しい唸り声を上げて、地面に崩れ落ちる。
 息を吐いた立花の視界の端に、キメラが写りこんだのはそんな時だ。振り返った彼女は錬に向かって声を張り上げる。
「錬さんっ! 後ろ!」
「――くっ!」
 機械剣で狼の突進をやり過ごした錬に、すかさず立花の練成治療が飛ぶ。
 大丈夫だ、まだまだやれる。
 そう自分に言い聞かせた錬は、相手が再度突撃するより早く、猛火の赤龍を発動させた。
「これで‥‥っ!」
 狼の口からその体を貫く。血潮を吹いて、狼がその場に倒れ絶命した。
 唸り声をあげていたキメラの姿が、気づけば殆ど消えていた。
「キメラは‥‥あらかた片付いたかな」
 錬が言った直後、軍の兵士達がざわめき始めたのだ。
「前線から報告! ハーモニウムの存在を確認! 仲間の仇だ、逃すな!」
 その怒りと憎しみに満ちた声は、当然戦っていた傭兵達にも聞こえていた。
「待て! シアは‥‥そのハーモニウムは俺達の救援に来ただけだ!」
 真っ先に声を張り上げたのは光である。恐れていた事態が発生してしまったのだろうか。不安と焦燥に駆られながら、彼は兵士に詰め寄った。
「確認してくれれば分かる! あいつは俺達に危害を加えに来たんじゃない!」
「そうです。それに、直情過ぎるだけでは、非能力者の仲間を無下に失うだけでは、無いですか?」
 錬も説得に加わるが、聞く耳を持たずに戦線を離れる兵士は少なくなかった。
 最前線にいる茉静とアクセル、そしてシアを思いながら、光達も残りのキメラを片付けると、休む間もなくその場へと向かったのだった。



 茉静とアクセルのいる地域は、特に一般兵への攻撃が苛烈な場所でもあった。
 この時はまだ、シアはフードを深めに被っていたせいで、軍に気づかれることはなく戦えていたのである。
「シアさん、俺の背後を任せます」
 頷いたシアを確認して、アクセルは竜の翼で兵士に飛びかかっている狼に肉薄した。そのままベオウルフで大きく敵集団を薙ぐ。
「お願い‥‥どうか、引いて‥‥」
 命は奪いたくない、それもシアの目の前で。
 そう願う茉静は、静かに直刀を振るう。決して命を奪ってしまわないように、敵の足を斬りつけて行動不能へと追い込んでいく。
「シアさん‥‥軍の人が危ない‥‥」
「分かった」
 槍を回して鷲を弾き飛ばしたシアは茉静の言わんとするところを理解し、軍の援護に向かった。一般兵に牙を向いて今にも喉元を噛み千切らんとしていた狼を一突きで仕留める。
「ああ‥‥助かった! ありがとう!」
 感謝する兵士に、シアは何も答えない。
 無言で振り返って、そして彼女は見た。
 狼の群れに紛れる、白い虎の存在を。

「――――っ!!」

 瞬間、シアの胸に激痛が走った。誰もが目を見張る中で、彼女はその場に膝を折って蹲った。
 苦しみに空を仰いだ拍子に、被っていたフードがずり落ちる。
 その後ろ姿を見た兵士の一人が叫ぶのと、茉静が名を呼ぶのが同時だった。
「シアさんっ!」
「‥‥あいつ、ハーモニウムだ! 俺達の仲間を殺した! 全員に通達しろ!」
 怒声が響く中、無情にも彼らの銃口がシアへと向かう。
「御沙霧さん、シアさんを頼みます!」
 敵集団にも対峙するアクセルはボディガードを発動し、彼女と茉静に放たれた銃弾を無理矢理全て受け止めた。
「つぅ‥‥っ」
 雪の上に散るアクセルの鮮血を目の当たりにしたシアは、一瞬目の前が真っ暗になる。
 そして、その赤い雫が、シアの内に眠るどす黒い感情を僅かに解放した。
「いけない‥‥駄目、シアさん‥‥!」
 仲間を――信頼する人を傷つけられれば、仲間意識の強いハーモニウムは自我の制御が難しくなる。
 必死に彼女の腕を掴んで茉静が叫んだ。
「シア!!」
 駆けつけた傭兵達も状況を見てただ言葉を失う。
 だが、間違ってもシアに攻撃させてはならない。その意識だけは、傭兵達誰もが持っていた。
「あんたが軍人さん達の仲間を傷つけたのは事実。それに、何かあった時、真っ先に色々言われるのはシアとヘンリー先生なんだよっ」
 今でも立場が危うい人の事を思う零音は声を張り上げた。
「シア。言ったはずだ。敵対的な行動は絶対にしてくれるな、と」
「‥‥もう、気にしないでくれ。殺したければ、殺せば良い」
 淡々と言ったシアに、陽兵が怒声を上げた。
「気にしないでくれ? ふざけるなよ。お前、本当は何がしたいんだ!?」
「‥‥」
「ヘラを助けたいんだろ! 成したいことがあるなら、自分の力で認めてもらえよ。こんな所で破壊衝動に逃げたりするなっ!」
「シア‥‥。俺達はお前の味方をしたい。だが、俺達が守りたいのは、こんなお前じゃない。そのことは分かってるはずだ」
 光の声が銃声の止んだ戦場に満ちる。
 槍を持つ手に血が滲む程力を込めていたシアは、何かをぶつけるように、兵士達に背を向けてアクセルが防いでいた狼を弾き飛ばした。
 友軍の全滅を確認した虎は、静かに後退し、戦線を離脱して行った。
「‥‥これで、良いんだな?」
「シアさん‥‥」
 彼女の手をとって、アクセルが立ち上がる。
「良かった。信じていましたよ」
「‥‥」
 そっぽを向いたシアは何も言わなかった。
「――銃撃、やめ」
 戦場に別の声が響く。
 状況を見守っていたのだろう、ようやく指揮官が姿を見せた。
 ざわめく兵士を制止して、指揮官は続けた。
「あれは私達の敵を排除した。故に、あれは私達の味方であると判断する。そう傭兵と約束したからな」
 イレイズの方を見ながら、指揮官は毅然と言い放った。事前にイレイズが、彼女が敵か味方か見定めるよう説明していたのが功を奏したのである。
「諸君。部下の非礼を詫びよう。救援、感謝する」
 敬礼した指揮官を見たシアは、肩を貸しているアクセルと、その仲間達を見回した。
「‥‥もう、戦わなくて、良いのか?」
「ああ。最悪の事態は回避できたぜ」
 ほっと息を吐いた光の横から、立花が回復する為に、慌ててアクセルへと駆け寄る。
「そうか‥‥」
 灰色の空を仰いだシアは、ゆっくりとその場に倒れこむ。
「シアさんっ」
 駆け寄った茉静が彼女を受け止める。発作中に無理矢理体を動かしたからだろう、眠るように意識を失っていた。
「衝突がなくて、良かった‥‥」
 同じく胸を撫で下ろした錬である。
「ともあれ‥‥結果オーライ、だな」
 辺りを見回した陽兵が言う。
 友軍による潰し合いも無く、街も守り抜いた。
 初陣としては、上出来だろう。