タイトル:【魚】さーもんなう。マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/26 22:27

●オープニング本文


 カンパネラ学園。そこは、学生とは名ばかりの傭兵達が集う場所である。
 そこに今、カノン・ダンピールは小さな荷物を抱えてたっていた。
「えっと。関係者入り口はこちらでいいのでしょうか‥‥」
 知人であり、世話になっているカプロイア伯爵宛に届いた荷物を、執事に言われて届けようというのだ。
 カプロイア伯爵は現在この学園の理事を務めており、なにやら学園の理事室に届くように手配した荷物が誤って屋敷の方に届いたらしい。
「それにしても、学校って大きいのですね‥‥」
 学び舎というものに通ったことの無いカノンにとって、この敷地内は未知なる場所である。用事が終わった後、迎えの時間まであるのでと、一つの建物に入ってみることにした。
 図書館だ。
 カノンにとっては、実はカプロイアの図書館というのはちょっと良い思い出はない。嫌、良い思い出、という言い方は間違っているかもしれない。
 未知なる体験をした、そんな感じだろうか。
 そして、未知なる体験というものは好奇心が付物であり‥‥再び足を踏み入れたり、する。

 図書館の中は、個人で所有していた建物とは異なり、多少質素ではあるものの、一般的な造りである。感心して中を眺めていると、一つのテーブルに黒髪の和服姿の少女が座っていた。
「‥‥わ」
 思わず零した言葉は、彼女の前に広げられていた本が目に入ったからだった。
 そこに繰り広げられていたのは、魚と、その切り身の写真。
 どうやら日本食についての本らしい。
「‥‥興味、あります?」
 カノンの声に気付いたのか、黒い瞳で見つめてくると、すっと一冊横に置いた。
「‥‥イカ、ですか」
「ええ、美味しいらしいですよ」
「‥‥美味しいのですか」
「はい」

 食べてみたいですね‥‥と、零したカノンの顔に少女――三枝 まつりは思わず赤くなった。

***

「サーモン食べたい」
 その一言を呟いたまつり(gz0334)の横に座っていたヘンリー・ベルナドット(gz0360)は奇妙な表情になった。
「サーモン?」
 サーモンとはつまり、あれだ。Salmon、すなわち、まつりの母国語で言うなら『鮭』というやつである。断じて『酒』ではない。アクセントはどちらかというと『サ』にあり、『サ↑ケ↓』という発音だったはずだ。
 どうでも良い事をつらつらと考えていたヘンリーは、もう一度「サーモン?」と聞き返した。
 まつりは先ほど出会った不思議な少年のことを思い出しつつ、ぼんやりとして「サーモン‥…」と続けている。
「サーモンが食いたいのか?」
「食べたくなりませんか? あの赤身。お造りとか、炙りとか、色々食べたいです」
「つってもなぁ‥‥」
 生で魚を食べるのは吝かではないが、どちらかというと肉食のヘンリーにはいまいちピンと来ない欲望である。魚欲‥‥いや、このピンポイントぶりは『サーモン欲』なのだろうか。
 はうー、と溜息をついたまつりは空腹に唸る腹を撫でながら、とどめの様に呟いた。
「さーもんたべたい。さーもん‥‥」

「――俺が、サーモンを、捕ってくる!!!」

 突然椅子を蹴倒して立ち上がった少年がいた。勇ましい宣言をした彼の名はユリウス。忘れていたり知らないという忙しい人の為に一言で彼を説明すると、まつりに恋する残念な美少年である。ちなみに、この恋に破れる可能性は今のところ非常に高い。
 そのユリウスの声に驚いている少女と教官に向かって、少年は更に続けた。
「三枝さんの為なら、俺‥‥サーモンだろうとマグロだろうとイカだろうと、深海に潜ってでも捕って来るよ!!」
 深海に鮭は居るのだろうか。いや、それはともかく。
「待ってて! 上等なサーモンを捕ってくるから!」
 走り始めたユリウスの声が残響のように廊下と室内に木霊する。
 残されたまつりとヘンリーは唖然として彼の後ろ姿を見送ったが、やがてヘンリーがぼそっと言った。
「つーか‥‥買って来たほうが早いんじゃねぇか?」


 高速艇から降りたユリウスはやる気満々の体で海面を見つめていた。川ではなく海なのは、最近この近くの海域で鮭型キメラが確認されているからだ。勿論、食べられる。
「(三枝さん‥‥今、上等のサーモンを持ち帰るから。キメラだけど)」
 漁船に乗り込み、当該海域へ繰り出したユリウスの心は既に漁師そのものである。荒波に負けても負けなくても、とにかくサーモンを捕らねば男ではない、と思い込んでいる。というか、そもそも今日は波がない。
 AU-KVを装着し、いざ参らんとしたユリウスに、漁船の船長が言ったのはまさにその時だった。
「おんやぁ‥‥そげな重たいもんを着込んで海に潜るたぁ、能力者はすげぇの」
「大丈夫ですよ、オヤジさん。このAU-KVには水中キットと言って、海中でも自由に動ける装備が――」
 そこまで言って、ユリウスはAU-KVが『いつもの』軽さであることに気づいた。いつもの、つまり『陸戦用』の軽さだ。
 だが、もう遅い。

「アッ――――――――――!」

 悲鳴を上げて、ユリウスは見事に海中に飛び込んだ。
 否、落ちた。
「最近の若ぇもんは豪快だな。だが‥‥無鉄砲で良くねぇ」
 漁船の船長は落ち着いた声で渋めにキメると、問答無用で救難信号を発した。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
綾河 疾音(gc6835
18歳・♂・FC
住吉(gc6879
15歳・♀・ER
セシル・ディル(gc6964
22歳・♀・CA
月臣 朔羅(gc7151
17歳・♀・EP
祝部 陽依(gc7152
14歳・♀・GP

●リプレイ本文

「何故に水中用の超機械がショップ売りされてないのですか〜! これはサイエンティストというクラスに対しての差別ですね〜!」
 漁船の上で高らかに青い悪魔を呪ったのは住吉(gc6879)である。その代わりSTにはバグア泣かせの練成治療があるのだが、言いたいことも分かる。
 一方、欄干に足を引っかけて祝部 陽依(gc7152)は水中を覗き込んでいた。目視できるほど近くを、巨大な鮭型キメラが優雅に泳いでいる。
「ね、ね、御姉様っ。美味しそうな鮭が沢山泳いでるよっ!」
 そう言って、姉と慕う恋人の月臣 朔羅(gc7151)の方を向いた陽依は一瞬で硬直した。彼女の視界には大人の色気ばっちりの黒ビキニ姿の朔羅がいたのである。同じ船に乗り込んでいた男性陣は固まったが、悪い気はしない。
 朔羅自身は陽依ににこりと微笑んでいる。
「あら、陽依。私の水着がどうかしたのかしら?」
「ぅえ!? ぁ、いや‥‥あんまりにその、えぇっと‥‥」
「あんまりに‥‥?」
 からかう口調で近づく朔羅に陽依の心臓はものすごい音を立てて鼓動している。視線を逸らし紅潮したまま、彼女はしどろもどろに小声で答えた。
「や、やっぱり御綺麗だなー‥‥と‥‥」
「ふふ‥‥ありがとう」
 微笑んだまま、朔羅は陽依の髪をそっと撫でる。
 何だろうか、この雰囲気。
 蚊帳の外になった他の面々は恋人の二人を注視している。
「さ‥‥さささ、さー! いっぱい取るよー!」
 パニック寸前になった陽依は、裏返った声を上げてそのまま海に飛び込んだ。
「大漁祈願も忘れずにね」
 GooDLuckを自身にかけて、続けて朔羅も海に飛び込んだ。
「おーおー、いきなり飛び込むとか‥‥俺には無理だわ、やっぱ年かなー?」
 暢気にそんなことを言って少女二人を見送った綾河 疾音(gc6835)が、最もこの場で落ち着いていたのは言う間でもないだろう。


 船上に残った男性陣は先に潜った二人の姿が見えなくなる頃にようやく立ち直った。
 そして、打って変わって沈んだ少年への諦観がこみ上げてきたのである。
「まったく、ユリウスはどこかのお転婆娘にそっくりですね‥‥頭痛がしてきました」
 こめかみを押さえて唸った神棟星嵐(gc1022)である。
 だが、いつもと違った風が心地良い。伸びをした星嵐は傍らに立つ二人に言った。
「潮風が気持ち良いですね、そうは思いませんか? 須佐殿、巳沢」
「ん、ああ‥‥確かに陸にいちゃ感じない風だな」
 AU−KVに水中用キットを取り付けた巳沢 涼(gc3648)は頷いた。キメラとは言え、鮭の取り放題だ。涼の頭の中では既に捕獲した鮭の調理方法までできあがっている。
 だが。
「ユリウス君‥‥相変わらず残念な奴だな」
 そう言いつつ、彼は早速投網を引き上げている。
 引っかかっているのはキメラではない鮭ばかりであるが、練習も兼ねて船上に引き上げた後、槍でえらの横を突いて仕留めた。
「ちなみに、魚はだいたいえらの横や尾の付け根が急所なんだぜ」
「即死させれば新鮮なままゲットできますしね」
 涼の知識に住吉も頷き、「水中用の超機械が‥‥」としっかりぼやきつつ、彼女は先に海へと潜っていった。
「はぁ‥‥」
 サーモンくらい言えば買ってやるのに、と呟いた須佐 武流(ga1461)は少年の沈んでいる海を見下ろした。
 余談ではあるが、少年をまともに気遣っているのは、ほぼ男性陣のみだったりする。彼らの呆れた顔に滲む気遣い(報告官比)には涙を禁じ得ない。
「さて、さっそく狩りを始めるとしましょうか‥‥と、その前に救出しないといけませんでしたね」
 気遣い筆頭の星嵐は、自身が『ダイバーモード』命名した水中用のミカエルを装着して海に飛び込んだ。
「爺ちゃん、人間を引き上げるかもしれないが、気にしないでくれ」
「おうともよ!」
 涼と漁船の船長はがっちりと握手を交わした。心が通じあっている。
「先に行くぞ」
 そう言った武流も星嵐に続いて海に飛び込んだ。既に何尾か海面に鮭型キメラが浮かび上がっているが、未だにユリウスが引き上げられる気配はない。
「んじゃ、俺も行きますか」
 いつもとは違う相棒を装着した涼も海に入っていく。
「俺も‥‥入るのかねぇ」
 残された疾音は決して海が苦手なのではなく、むしろ泳ぎは得意であるが、既に六人も水中に入ったのだ。一人くらい残っていても――‥‥、
「っと、いけねぇ!」
「へっ? ‥‥うぉあああっ!?」
 船長の声と共に船が大きく傾いた。同時に、海を見つめていた疾音はものの見事に船から投げ出されたのである。
 海面に叩きつけられるように飛び込まざるを得なかった疾音は妙に悔しそうに謎の言葉を呟いた。
「く‥‥このままじゃ、塩化ナトリウムになっちまう‥‥」



 ユリウスは馬鹿正直にAU−KVを装着した状態で海底に沈んでいた。
 流石に鍛えているだけあって、死んではいなかったが、かなり辛そうである。
 先に潜った朔羅は少年のAU−KVを見つけると問答無用で剣の柄で彼を突いた。
「返事が無い。ただのAU−KVね」
「(そ、そんな‥‥っ!)」
 死んでいないことは分かったのでそれ以上の興味はないらしい。朔羅はユリウスを無視して、先に鮭の群れに突っ込んだ陽依の元へ向かっていく。
「(ユリウス、聞こえるか? 自力で動けるか?)」
 声を出すわけにはいかないので、星嵐は身振り手振りでそう尋ねた。
 どうやら少年は、どこかのお転婆と同じく悪運だけは強いらしい。
 先に見捨てられたためか、藁をもつかむ勢いで藻掻く少年の姿はちょっとした新種のクラゲのようであった。
「(ったく、動けるなら自力で上がれ。とにかく暴れるな!)」
「(む、無理です‥‥!)」
 武流の言葉に首を振ったユリウスは自身の右足を指さした。AU−KVの故障で思うように動けなかったらしい。ならばAU−KVを脱げという話なのだが。
「(ワイヤーを持って来ましたから、これに固定すれば良いと思います)」
 巨大な鮭を剣に刺したままの住吉が、漁船から伸びるワイヤーをユリウスの腰に巻きつけた。
 完全に捕獲した魚と同じ扱いである。
「(人間なんだがな‥‥)」
 ぐるぐる巻にされたユリウスを見つつ、恋敵ながら少し不憫になった武流である。
「(ですが、自分達が引き上げるより確実に早いはずですよ)」
 苦笑を禁じえない星嵐だが、特に反対する様子はない。
 ユリウス本人だけがAU−KVのヘルムの中で慌てている。
「(え‥‥俺、これで無理矢理引き上げられるんですか!?)」
「(疾音様、引き上げて良いですよ〜)」
「了解ー」
 住吉の合図を受けて、漁船近くで泳いでいた疾音が船長に手を振った。
 なお、危険すぎるので一般人の方々は決して真似をしないで頂きたい。
「‥‥うわあああああああああああああっ!!」
 哀れな少年、ユリウスは凄い勢いで海面にまで引き上げられて行った。
「(水揚げされる魚って、あんな気分なんだろうなぁ‥‥)」
 その光景をずっと見ていた涼は、海水のような塩っぱい気持ちになった。



 既に字数がやばいですと報告官が泣こうが、ここからが本番である。
「よーし、一杯獲るぞっ!」
 船に上がった疾音は槍を構え、鮭型キメラを次々と刺しては船に上げていく。
 だが、弱っていても最後の抵抗をするのがキメラである。槍で突かれながらも大口をあけて疾音に飛びかかって来た。
「あれ、俺が鮭を食う依頼じゃなくて鮭が俺を食う依頼にn‥‥痛ッてェ!?」
 正面から食らった疾音は海に落っこちた。
「今、塩化ナトリウムとか思っただろ! 確かに俺は通称シオだが別にNaじゃねぇ!」
 鮭型キメラにしてみれば、ただの言いがかりである。反論しようにも奴らには口がない。
 足元を泳ぐ鮭を槍で突いた疾音は、それを高らかに上げて叫んだ。
「誰だNa鮭と書いて塩鮭と読むとか言った奴はー!」
 とことん塩にこだわる彼は怒りながら、巨大な鮭を乱獲している。
「しかし、もう少し考えて行動して欲しいな、ユリウス?」
 変わって、船上では一緒に上がってきた星嵐がユリウスのヘルムを外し、軽く彼の頬を叩いていた。
「す、すいません‥‥」
「まあ言っても仕方ない。そこでちゃんと待っていること」
 ぴしっと少年に指をさして、星嵐は海に飛び込んだ。手当たり次第に槍で鮭を仕留めてはワイヤーに引っ掛けていく。
「(1m50cm、食べ応え十分な大きさです。戻ったらどのような料理にするか迷いどころですね)」
 学園に戻ってからの鮭パーティに胸を踊らせつつ、星嵐は次の鮭に剣を突き立てた。


「(もう、正面からは危険よ?)」
 苦笑した朔羅の横では、威勢良く陽依が鮭の開いた口へ槍を突っ込んで仕留めている。
 その陽依の脇を、勢いを増した鮭が次々と朔羅の元へと進んでいった。
 だが、それすらも計画通りである。
「(ふははーっ、甘い、砂糖菓子のように甘いよっ!)」
 勝利の笑みを浮かべた陽依の近くで朔羅が水を蹴って動いた。
 先手必勝を使い、鮭の死角へ回りこんだ朔羅は、その集団を一気に横へ薙ぐ。二、三尾の鮭が海面へと水を赤く染めながら浮上していった。
「ん、いい調子。このまま、どんどん行きましょう」
 一度海面から顔を出した朔羅は、続いて上がった陽依にウィンクをした。頬を赤らめながら、陽依はそれを隠すように、槍に突き刺して持ってきた鮭を船に乗せる。
「まだまだ沢山いたから、どんどん獲りましょうね、陽依」
「はーい、朔羅御姉様!」
 仲睦まじく、少女二人は再び海に潜った。


「こいつは素敵だ、そこらじゅう鮭だらけだぜ!」
 綺麗に仕留めた鮭を船の傍に浮かべた涼は歓声を挙げた。
 潜るなり体当たりをしてきた鮭を受け止めた涼は、左肩に取り付けたアンカー発射装置から銛を発射した。正確な狙いでもって、鮭の口に入った銛は見事にその体を貫通する。
「っと、そろそろ鮭の血抜きを始めないとな」
 銛から外した鮭を船に上げた涼は一足早く獲った鮭の血を抜き、運びやすいように捌き始めた。予め用意していた漬けダレに何切れか放り込む。
「今夜の食材の美味しい鮭ならば、覚悟を決めるしかありませんね‥‥根性です、私〜!」
 一方、使い慣れない剣を持って息を継ぐために海上へ上がった住吉は自身を発奮させるように叫んだ。再び海に潜り、直近の鮭の尾の付け根を斬りつける。
 その住吉の近くでは、武流が大物を狙って槍を構えていた。既に皆が獲ろうと突いたのか、目的の鮭は瀕死状態ではある。
「(悪いが、お前にはあいつの胃に収まってもらうぞ‥‥!)」
 学園で箸を握って待っている少女の事を思いつつ、武流は剣で大物の目を突いた。ぐったりと漂い始めた鮭を担いで水面へと上がる。
 ここはやはり、あれであろう。
「大物、とったど――――――っ!!」
 まさか武流がそんなことを叫ぶとは思ってもみなかったので、彼と面識のある人々がぎょっとしたのはここだけの話である。



 乱獲に乱獲を重ね、カンパネラ学園に帰る途中、彼らは一足先に船上で鮭の刺身を食べていた。
「船長さんも、まあ一杯‥‥じゃねえや、一皿どうですか?」
「おぅ!」
 豪快に笑った船長は涼から漬けダレのサーモンを受け取った。やはり獲りたての魚は美味しい。海で何度も食べている彼ですらそう思うのだ。なかなか食べる機会のない傭兵たちにとっても絶品そのものである。
「はい、陽依。あーん」
 SES中華鍋を使い、ちゃんちゃん焼きを作った朔羅はそれを皆に振舞った後、直々に陽依に食べさせていた。
「はむっ‥‥んー、美味しいですっ」
「あら‥‥口移しの方が良かったかしら?」
 楽しそうに言った朔羅に、更に赤くなりながらも陽依は明らかに嬉しそうに声を弾ませた。
「い、いい、良いんですかっ!?」
「ふふ‥‥」
 目を閉じた陽依に、そっと朔羅が唇を寄せる。
 桃色空間は、カンパネラ学園に到着するまで延々と続いたのだった。



 学園に到着すると、朔羅と陽依はそこで別れることになった。
「あ。私達の分も少し貰っていいかしら? 陽依に、もっと食べさせてあげたいの」
 二人きりで堪能したいのであろう、捌いて貰った鮭を大量に皿に乗せて、朔羅と陽依は仲良く手を繋ぎその場を後にした。
 そして食堂では、何故か大量のイカに囲まれたまつりが皆の到着を待っていた。偶然にもイカを乱獲した人々がいたらしい。
 彼女は彼らの姿を見るなりこちらに走り寄ってきた。
「サーモン! おかえりなさいー!」
 欲望が先立っているのはこの際置いておこう。
 魚は新鮮な内が勝負である。彼らは食堂の一角を借り、早速獲ってきた鮭を調理し始めた。
「美味しい鮭も手に入った、今日は腕を振るおう」
 上機嫌で鮭を捌く星嵐が、続々とテーブルに料理を運んでくる。揚げ物からサーモンのたたき、そして刺身と、様々な料理が並んでいく。
「ユリウス、今回も説教、と言いたい所だが、今日は免除だ。それと、ヘンリー教官もお疲れでしょうから、食べてください」
「おー、悪ぃな。馬鹿が二人も居ると苦労するだろー?」
 星嵐は無言で苦笑した。敢えて何も言わない辺りが大人である。
「うっめぇ〜! バグアもこういうキメラだけ作ってりゃいいのになぁ」
 先に食べ始めた涼は、自分で作った炙りサーモンに舌鼓を打っていた。キメラとは言え、新鮮な鮭である。箸が思った以上に進んだ。
「俺の手料理どうでしょうか?」
 カルパッチョを作った疾音は、妹が世話になっているというヘンリーの元へそれを運んでいった。
 隣に塩とレモンを添えたサーモンを出した疾音は、物凄く整ったドヤ顔を見せてヘンリーに挨拶をした。
「俺の名前は綾河疾音、通称シオ! これでも20代なんだぜ、よろしく」
「おー、よろしくな。俺もこう見えてアラサーだぜ!」
 同じく整ったドヤ顔のヘンリーである。美形同士、せっせとサーモンとイカをつついている。
「っと、いけね。おい、これちょっと向こうのイカ組に持ってけ」
 手早く人を呼んだヘンリーがサーモンを皿に持って運ばせている。
「サーモンとイカ祭りですね〜、これは絶品です」
 彼の脇で続々と出てくるサーモン料理を平らげつつ、住吉は嬉しそうに言った。これだけの大漁だ、そう簡単にはなくならないだろう。
 テーブルの隅では、武流とまつりがサーモンを食べていた。
「久しぶりだしな‥‥なんか俺に言うことはないのか?」
「あ、はいっ。サーモン美味しいですっ!」
 違う! もっとこう、白衣とか眼鏡とかスーツとかあるだろう!
 ‥‥と、言ってやりたいのだが、幸せそうにサーモンを食している彼女を見ると何も言えなくなる武流であった。
「まぁ、いいさ‥‥とりあえず‥‥待ってたぜ、ちゃんとな?」
「ほぇ‥‥ちゃんと、あたしも待ってましたよ?」
「‥‥」
 待っていたのはサーモンか俺か一体どっちなんだ、と喉元まで出かかった武流だったが、聞くのも野暮だ。
 ともあれ彼もまた、皆と同様に今はこのサーモン&イカ祭りを楽しむことにしたのだった。