タイトル:【共鳴】生命の選択をマスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/06 16:48

●オープニング本文


●死への旅立ち
「‥‥何事だ!」
 モニター室に入ってきた恰幅の良い軍人は太い声を張り上げた。彼らの見上げる画面には、銀髪の少女が蹲っているのが見える。
 ゴッドホープに移送されたヘラは軍部の特別監視下に置かれていた。兄――生物学上は姉になるのか――であるシアと引き離されてから、彼女は衰弱の一途を辿るばかりである。
 強化人間の最期は穏やかなものなのだろうか、と軍部の彼らが少し気を緩めていた時だった。突然悲鳴を上げたヘラが蹲ったまま、もう何時間も動かないのだ。
 慌てて様子を見に行った医務官は、血相を変えてモニター室に帰ってきた。拘束具で動きを封じられているので恐れることは無いはずだ。むしろ、彼の蒼白な顔は恐怖というより、何も分からないという表情を作っている。
「どうした‥‥?」
「分かりません」
 医務官は首を横に振って、言葉を選びながら言った。
「彼女の腕や足が腐食しています」
「腐食? ‥‥腐っている、ということか?」
「ええ。文字通り、両腕、両足から徐々に朽ちていっているのです」
「それは病気か? それとも、強化人間ゆえのことか?」
 上官の問いに、医務官は適切な答えを持ち合わせていなかった。なぜならば、ヘラの症状は長い彼の医療経験からは適切な処置を導けるものではなかったからだ。
 簡潔に言うと、手の施しようがないのである。
「全てにおいて原因不明です。何故こんな症状が出始めたのか、治療方法はそもそもあるのか‥‥」
「貴官の予想で構わん。あの子の寿命はどの程度だ」
 ずばりと言った上官の強面を見つめつつ、医務官は躊躇うようにその言葉を絞り出した。
「腐食の速度にもよりますが‥‥特効薬が見つからない限り、あと‥‥もって、一週間です」


●朽ち行く黒
 ここに一つの装置と、一本の瓶があります。
 そう言ったオルデンブルクに、強化手術を終えたばかりのシアとヘラはきょとんとして彼の言葉を待った。
「一つは、自爆スイッチ。人類に追いつめられ、どうしても私達を裏切らないといけない局面で使用しなさい。そうすれば、七日間で息を引き取れます」
「どうして、七日もかかるの? 一瞬で死ねないの?」
 尋ねたヘラの頭を撫でて、オルデンブルクは優しく言った。
「芸が無いではありませんか。頭を撃ち抜いたり、爆弾を使ったり‥‥出来れば私は、君達にはそう言った死に方をして欲しくありません。――勿論、死なないのがベストですが」
 シアの視線に気づいたオルデンブルクは付け加えた。
「‥‥それで、先生。もう一つのは?」
「もう一つは、言わば解除装置です。体を蝕むウイルスを殺せる薬ですね」
「ウイルス?」
「君達の体には、自爆スイッチと共に侵食を始めるウイルスを仕込んであります。他の子の体内爆弾と同じと思えば良いでしょう」
 さらっと言ったオルデンブルクだが、まだ頭がぼんやりとしているシアとヘラには何のことか分からなかったかもしれない。
 こくりと頷いた二人の頭をもう一度撫でて、オルデンブルクは続けた。
「隠し場所はこちらで用意しました。君達の相棒にもなる存在ですから、大事に使いなさい」
 そうして、シアは黒玲、ヘラは白玲という、戦力でありながら最終手段の隠し場所を手に入れたのである。
 自爆スイッチを受け取ったシアの隣に座るヘラに、そっと特効薬を渡したオルデンブルクは、彼女にだけ聞こえるように呟いた。
「ただし、ヘラ‥‥。この薬は一人分。それも複製は出来ません。使う際は、よく考えなさい」


「ちょっと待て! 助ける手段がねぇとはどういうことだ!!」
「落ち着いて下さい中尉! っていうかあんた謹慎中でしょう、軍法会議にかけられても良いんですか!?」
「黙れ! 軍曹にでも二等兵にでも降格できるもんならしてみろってんだ! どけ!」
 ヘラの急変から丸二日空けて、シアがゴッドホープに運ばれてきた。それと同時に、その体には腐食が認められたのである。
 二日前と同じ説明をした医務官の胸倉を掴んだヘンリー・ベルナドット(gz0360)は舌打ちして、監視室に入れられたシアの顔を覗き込んだ。
 白い首筋に、焦茶の痣が広がり始めている。
「治せないなら治す手段を講じろ! その為の脳味噌だろうが!」
「出来るならとっくにやってますよ! ですが、大っぴらに出来るわけないでしょう! 相手は曲がりなりにも敵なんですよ!」
 医務官の言うことももっともだ。頭を乱暴に掻いたヘンリーは踵を返して部屋を飛び出した。
「中尉、どちらへ!?」
「妹に会う」
 いつも飄々としている中尉の声が、珍しく怒りに震えていた。


●決戦の地へ
「シアも‥‥お兄様も、死ぬの‥‥?」
 起き上がったヘラは苦痛に顔を歪ませながらも、ヘンリーから話を正確に理解した。
「このままじゃ、二人とも死ぬぞ。何か治療方法は無いのか? あの男から何か聞いたりは?」
 矢継ぎ早の質問に、ヘラはしばらく額に手を当てていたが、やがて静かに顔を上げた。
「特効薬ならある」
「どこにある?」
「白玲の、お腹の中」
 ぽんぽんと自身の腹を叩いたヘラとは対照的に、ヘンリーは完全に硬直した。薬の隠し場所にではない。
 その白玲は、明日処刑される予定なのだ。下手をすれば特効薬もろとも消し飛ばされる。
 何を言って良いか分からないヘンリーの顔を見つめながら、ヘラは更に続けた。
「それに‥‥薬は一人分。複製も出来ない、みたい。先生が言うんだから、間違いないと思う」
「‥‥」
「だから、貴方にお願いがあるの」
 一度唇を引き結んだヘラは、たっぷり一拍置いてから口を開いた。
「‥‥シアを、助けてあげて」
 幼げの残る少女の表情は、何かを決意したようでもあった。


 翌日。ナルサルスアーク基地に留めおかれていた白玲の処刑が始まろうとしていた。
 事前にヘンリーが手配したこともあり、腹部を傷つけないように射殺することが指示されていた。
 厚い雲に覆われているグリーンランドは夕方から吹雪くらしい。昼間の間に済ませたかったのだが、そうも言っていられなかった。
 ナルサルスアーク基地の四方を取り囲むように、大量の量産型スノーストームが現れたのである。その数、およそ二十機。
 即座に救援要請がUPC軍本部に送られた。
 この知らせをゴッドホープで受けたヘンリーは、眠るシアの表情を見下ろしながら小さく呟いた。
「お前達の先生とやらは‥‥どうやら最後の希望まで潰したいらしいぜ」

 酷い話かもしれない。
 二人の命を救える可能性は限りなくゼロに近い。
 白玲は確実に死に、その死によってどちらかが生きながらえ、どちらかは死ぬ。
 仮に助かったとしても、強化人間の末路は幸せなものとは言えないだろう。
 それでも、人間のエゴだとしてもだ。

 助けられるかもしれないなら、その手段に手を伸ばすべきだ。

●参加者一覧

時任 絃也(ga0983
27歳・♂・FC
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
仮染 勇輝(gb1239
17歳・♂・PN
RENN(gb1931
17歳・♂・HD
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
不破 霞(gb8820
20歳・♀・PN
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

 しんしんと雪の降り積もるグリーンランド。
 ここでまた、一つの戦いが幕を下ろそうとしていた――。



 二人とも生かすか、片方を遺すか、あるいは二人とも切り捨てるか。意見は分かれたが、双方の救済に賭ける者が多かったのは確かである。特に関わってきた期間が長い者にとっては譲れない線でもあった。
「二人同時に救えないなら双方を救わない、其れが俺の考える最善だ、死は総ての終わりでは無いからな」
 淡々と言った時任 絃也(ga0983)は操縦桿を握る。「最後の救いが死というのもありだろう」とも付け加えた彼のやや後方に待機する薄蒼のスカイセイバーから、控えめな声が応答した。
「それでも、私は‥‥二人とも救いたい‥‥。救おうと命まで賭けた仲間がいるから‥‥その人の為にも‥‥最後まで諦めたくない‥‥」
 操縦席で灰色の視界をじっと見つめる御沙霧 茉静(gb4448)である。
 だが、二人を救うのであれば、少なくとも彼らに知らされた特効薬の入手は必要不可欠である。
 その為には、白玲の死はどうあっても避けることは出来ない。
 何かが一つ、必ず犠牲になるのだ。
「生か死かを選べるだけ幸せじゃないですか。父さん達は選ぶことすら出来なかったのに‥‥」
 勿論、双子を救うことに消極的な者もいる。操縦席で一人呟いた不破 霞(gb8820)もそうした者の一人である。だが、長く時間を共にした者が二人を救ってやりたいと思うように、大切な者を奪われた者が相手を憎悪し、その駒であるハーモニウムに冷淡であることも、同じように理解できる。
 それぞれには、それぞれの意思があるのだ。
「望むものを得る為、後悔しない為、全力を尽くす‥‥それだけだ」
 基地の入口を封鎖するように機体を寄せたイレイズ・バークライド(gc4038)は武器を構える。
 ここで決着がつく。どのような結果になるかは、自分達の行動一つで大きく変わるのだ。


 接近するSSに最初に遊撃に出たのは須佐 武流(ga1461)と柿原 錬(gb1931)、続いて進撃したのは錦織・長郎(ga8268)とイレイズである。
「双子を助けるのはいい。だが‥‥全員、生きて帰ってから助けることを考えろ」
 はっきりと言った武流はランチャーシールドを視界に入ったSSの集団に向けて斉射した。即座にブーストをかけて被弾したSSに一直線に突っ込んだが、その前にライフルを構えた敵機の砲撃で機体が僅かに揺らぐ。
 そこへ、速度を落としたシラヌイ改の脇を錬のヘルヘブン750が駆け抜けたのだ。しかし、SSは既に次の砲撃体勢を整えている。
 流石にそれは自殺行為だ。
「死神だろうが噛みついてやる」
「――おい、それ以上近づくなっ!」
 慌てて叫んだ武流の制止も聞かず、錬の機体は真正面からSSの砲撃とぶつかったのである。爆音が響き、大量の黒煙が舞い上がった。
 高速二輪モードでの加速が更に悪かったのか、被害は甚大である。むしろ、一歩間違えていれば確実に機体ごと吹っ飛んでいたに違いない。
「ち‥‥っ」
 錬の生存を確認した武流は舌打ちした。彼の無謀な行動にではなく、視界を塞ぐ黒い煙を盾に、敵機が更に砲撃を重ねたからだ。
 防御態勢を整えさせないためか、砲撃の間隔が短い。ランチャーシールドを構えた武流にも、容赦なく砲撃の雨が降った。耐久力を削がれ続ける盾に傷が広がっていく。
「‥‥調子に乗るなよ、雑魚がっ!」
 吼えた武流は砲撃が止むのと同時に、超伝導アクチュエータを発動させて加速した。雪を抉るように接近した機体を脚爪で抑制しながら、敵機へ二刀で斬り込む。
 両腕を飛ばされ、武器を失ったSSの胴を脚爪で貫き押しのける。別の機体が砲撃を始める前に、左右に細かく動きながら武流は距離を取った。
 一旦距離を取った隙にSSが何機か、迎撃網をくぐり抜け基地へと進撃する。
「そっちへ行ったぞ!」
 陸の迎撃組に叫んだ武流は、振り返り際に、接近していたSSへエナジーウィングとソードウィングを同時に叩き込んだ。そもそも中のパイロットを逃がしてやろうなどという考えは無いのだ、胴体を貫かれた機体が爆発を起こしてその場に崩れ落ちる。
「一カ所に居てくれるとは、ありがたい。狙いやすいからね」
 固まっているSSへグレネードランチャーを放った長郎は唇の端を釣り上げた。逃げ場を失った敵機の何機かが体勢を崩してその場に倒れる。
 集団の中から動き出そうとするSSにはスラスターライフルで足元を撃ち抜く。爆発したように舞い上がった雪に視界を遮られた敵機の動きが大きく鈍った。
「これ以上は行かせるかっ!」
 そこへ、吼えたイレイズがライフルを斉射した。機動力を削がれたSSだが、決定打には欠ける。片足ではあるが、ブーストを最大まで掛けてイレイズの竜牙に突進してきた。
「おっと、誰が動いて良いと言ったね?」
 長郎の落ち着いた声の後に、SSの足元を一発の銃弾が抉った。着弾と同時に雪と土を巻き上げた砲撃に、敵機の動きが止まる。代わりに、手に持っていた大きな鎌を撓るように振るう。
 次弾の装填を長郎が始めている間に接近されないよう、今度はイレイズがブーストを最大まで掛け、敵機に迫った。
「その鎌、封じさせて貰うっ!」
 叫んだイレイズの竜牙が双機槍とディノファングでSSの振り降ろした鎌を掴む。勢い良く振っていたこともあり、鎌は面白いように槍と牙に絡め取られたのだ。
「基地へは行かせない‥‥最後の望みを、断ち切らせるわけにはいかないからな」
 持て余していた双機槍の片槍をSSの胸部に突き立てたイレイズは、それを押しのけるように槍と牙から鎌を引き摺り落とした。
 そこへ、爆煙を盾に一気のSSが肉薄したのである。
 機先の反転も、緊急回避も間に合わない。
 だが――、
 敵機が鎌を持ち上げて頂点で制止する、その一瞬の隙を突いた長郎が最大速度でその機体へ詰め寄ったのだ。
「単機突撃は危険、と君達の先生には教わらなかったのかね‥‥?」
 大蛇が獲物を狙うかのような冷たさで呟いた長郎のバイパーがドラゴン・スタッフでSSの腕を砕く。竜顔から放たれた光線に敵の動きが鈍ったのを見計らい、実体剣を流すように振り抜いた。
 操縦席の真下だろう、急所を突かれたSSが小さな爆発を起こし、上下が分離したまま新雪に倒れる。
 パイロットが降参しようと外に出ない、それらしい信号も送られてこないということは、恐らく中で自害したのだろう。
「‥‥助かった」
「お互い様さ。‥‥敗北と死が同義とは、しっかり教えられているようだねえ」
 無言のコクピットを見下ろす長郎の言葉に、イレイズは操縦席で深く頷いた。死を死とも思わずに人を殺す集団だが、その殺意は容易に自分達へも向けられる。
「死にたくない」という言葉を、彼らは滅多に言わないのだ。
「基地も防衛が始まっている頃だな。一度、戻――」
 ナルサルスアークの基地で戦っているであろう仲間達を見やった瞬間だった。
 基地の上空に一筋の光線が走ったかと思うと、凄まじい轟音が響き渡った。
 間もなく、彼らの前にも増援のSSが何機か姿を見せた。
「遊撃も楽ではないねえ‥‥」
 呆れたように言った長郎は苦笑した。基地が防衛に入っている以上、敵戦力を通すのは得策とは言えまい。
「一体どれだけ倒せば良いのやら‥‥」
 息を吐いたイレイズに、剣を構えた武流が言う。
「ここで食い止めれば、何の問題もない。撤退するまで戦うだけだ」



 遊撃に出た仲間のおかげで基地の防衛は圧倒的不利というわけではなかったが、四方から攻め込む敵機を均等に抑えることは難しく、遊撃の結果として方角にやや戦力の偏りが生まれることになった。
――生きたいか?
 柳凪 蓮夢(gb8883)は、眠る少女と彼女を守るように傍らに立っていた少女らしくない少女のことを思っていた。センサーに反応有り、と基地の管制室から敵機接近の警報が絶え間なく伝わってくる。
――‥‥望みはヘラの無事だけだ。俺にとって、それ以外は存在しない。
 そう言って口を開いたシアの目をもう一度思い出す。二人を救おうと意志を固めた仲間達のように、彼女もまた強い決意に満ちた目をしていた。
 だからこそ、蓮夢は答えた。
『北部、南部、敵影確認! 距離‥‥およそ二十!』
 管制からの悲鳴混じりの声がコクピット内に響く。
 指示された方角にマルコキアスを向けた彼は、うっすらと姿の見える敵機を見つめ、あの時言った言葉をもう一度繰り返した。

「了解。君の、君たちの命、確かに請け負った」

 朱と白で彩られたシラヌイS2型がマルコキアスを連射する。圧倒的装弾数で相手の出鼻を挫いた蓮夢は、弾幕が途切れる前にレーザーライフルに持ち替え、同じ狙撃地点を光線で貫いた。
 一瞬の弾幕の隙間から見えた敵機の数はおよそ三機。一人で捌ききるのは骨が折れる仕事だ。
「左前方に一機、正面一機、右後方に一機‥‥左からだな」
 一人で呟いた蓮夢の頭には、敵機の位置が既に記憶されている。
 予想通り、左側から弾幕を抜けたSSが突進してきた。マルコキアスによる弾幕を近接距離から張りながら、蓮夢は僅かに後退して、手にした二刀で敵機の胴を斬りつけた。
 刹那、正面の敵機が突進してきたのである。
 蓮夢の機体が一度、重い衝撃を喰らって大きく体勢を崩した。
「この‥‥っ」
 強引に体勢を立て直した蓮夢機は獅子王で体当たりしてきたSSの鎌の柄を斬り落とす。真っ白な大地に黒い刃の大鎌が突き刺さった。
「やれやれ‥‥一機落とすのも一苦労だ」
 肩を竦めて言った蓮夢の耳にも、東部の激しい戦闘音ははっきりと聞こえていた。


「後ろからサポートを頼む」
「了解」
 基地に留まっていた兵士に援護の指示を出した仮染 勇輝(gb1239)は、殆ど反射的に大きく後ろへ機体を下げた。
 目視できる範囲には居ないが、敵機の砲撃が足元を掠める。ややあって、ようやく基地からも敵影を確認できるようになった。
 基地の管制室がそれを伝える前に、勇輝はブーストで加速するとSSの懐に飛び込んだのだ。鎌を振り上げた機体の胸部に練剣を突きつける
「鎌は引かなきゃ斬れん」
 大型武器の隙を突いた勇輝の剣がSSの胴に突き刺さる。体勢を崩しながらも鎌を振り抜くSSの足を蹴り飛ばして距離を取った彼だったが、そこで警報音が操縦席にけたたましく鳴り響いた。
「増援か‥‥っ」
 軽く操縦桿を叩いた勇輝はレーザーカノンを新たに現れたSSに向けた。同じく、味方機の救援信号を受けたSSは、射程一杯からこちらにライフルを構えている。
「そう簡単に当たるかよっ!」
 高機動、高回避力を持つフェニックスを駆る勇輝は相手が砲撃を始めるタイミングを見計らい、最小限の動きで砲弾を躱した。そのまま、仕留め損なったSSの足元に潜り、二本の剣で足を斬り飛ばす。
 だが、勇輝の機体の回避力で躱せる砲撃が、基地の人間に躱せるとは限らない。味方機と距離が開いた彼が気づいた時には遅かった。
「しま‥‥っ」
 舌打ちした勇輝だが、SSの砲撃の矛先は彼ではなく、援護に回っていた基地の兵士に向いていたのだ。砲撃を止める盾を持たない味方機が、瞬く間に砲火に焼かれて爆発を起こした。
「野郎‥‥!」
 木っ端微塵に砕けた味方機を見やった勇輝は吐き捨てるように唸った。そうする間にも、照準をこちらに戻したSSは狙撃を止めようとはしない。
 機体の向きを返した勇輝は、振り返り際にスナイパーライフルでSSの右足を撃ち仕留めた。
 僅かに浮かせていた敵機が地面に墜ちると、間髪入れずに勇輝は機体を加速させて相手に詰め寄った。機動力を削がれた機体はその場を動かず、鎌を構えて応戦の体勢を取った。
「基地には一歩も近づけさせない!!」
 怒号と共に、勇輝は剣を高く振り上げた。敵機の振り降ろした鎌がそれを抑え込んだが、逆に彼は左手の練剣を相手のコクピットに突き立てる。
 敵機が気配に気づいて鎌の柄を返すのとほぼ同時だった。
 双方の機体に激しい衝撃が走る。
「‥‥‥‥くそ、同時か‥‥」
 唇の端を歪めた勇輝が呻いた。
 彼が意表を突いて突きだした練剣は、確かに敵機のコクピットを抉っていた。操縦者を失った機体は、こちらに倒れ込むようにして静止している。
 だが、勇輝も無傷ではなかった。最後の瞬間に鎌を返したSSは、その柄でフェニックスの可動部を貫いていたのだ。その衝撃で防壁に叩きつけられたのか、視界の端が赤く滲んでいる。
 付け根を破壊された愛機は、勇輝が操縦桿を倒しても動き出すことは無かった。
「まあ‥‥最低限は、食い止めた‥‥はずだ」
 西と南では更に激しさを増す音が、空と陸で断続的に響いている。
 その音を聞きながら、勇輝は操縦席に固定されたまま、一度意識を手放した。


 西部と南部は、上空での攻防戦が激化していた。射程の長いライフルでの集中狙撃を受けては、満足に接近することが出来ないのだ。
「スノーストーム‥‥姉さんが以前オリジナルとやりあった話は聞いたが‥‥」
 応戦する霞は相手の戦力を冷静に見る。猛吹雪をおこせるオリジナルとは違い、量産型で一対一ならば充分に勝機はあるはずだ。
 敵の狙撃の波が一旦静まった所で、先頭の絃也が空戦部隊に告げた。
「最接近しているアレに集中砲火を。まずは俺が仕掛ける、続いてくれ」
 空を担当する四機がこちらへ向かってくるSSの一機に一斉に攻撃をしかけた。
 桁外れの速度で絃也のR−01改が突進してくれば、敵には大きなプレッシャーになる。
 UK−10AAMを乱射した絃也は、間髪入れずにスラスターライフルで敵機の向ける砲身を斬り飛ばす。
「まずは狼煙だな。派手にいくとしようか!」
 初撃の命中を確認した霞がMM−20を追撃で放った。左右から挟み込むように爆撃されたSSは、後ろに下がることもままならないまま、ただ呆然と攻撃を受け続けている。
「流石は隊長の妹さん、俺もうかうかはしてられませんね!」
 正面に攻撃が向かないよう弾幕を張ったアクセル・ランパード(gc0052)が霞の腕に感心したように頷いた。
「増援が見えた‥‥各自、所定の位置へ‥‥」
 墜ちたSSの残骸を見つめながら、茉静は仲間に呼びかける。基地の防衛にしては、人数的な意味で戦力が足りていないのだ。
 空に留まる能力者達は、西と南に分かれて二方向からくるSSの迎撃を開始した。
「次から次へと‥‥!」
 断続的な小型プロトン砲の砲撃を躱し、霞はMM−20とバルカンで弾幕を張り、こちらの姿を一時的に敵機の視界から消す。
「行きます!」
 霞からやや右に逸れた位置――SSの死角から、アクセルがレーザーキャノンで狙撃を始める。大きく横に伸びたSSの翼は良い的である。
 弾切れになるまで撃ち続けたアクセルの陽動に嵌ったSSが霞から少し距離を取る。それを見計らって、彼女は機体の翼で敵機の胴を斬りつける。
 浅く入っただけだが、それでも敵の意識を向けるには充分だ。即座に機先を翻した霞は囮のように動きSSを誘導した。
「そうだ、こちらに来い‥‥今だ、アクセル!」
 敵機が気づいても遅い。SSの真後ろに飛び込んでいたアクセルはショルダーキャノンを放った。機体の動力部を破壊されたSSが黒煙を上げて地面に墜ちていく。
 味方機を押しのけるようにして別の一機が突っ込んできたのは、まさにその瞬間だった。張りつめた緊張感の僅かな隙を突かれて、霞もアクセルも初動が一瞬遅れる。
「‥‥っ、たかが量産機が‥‥!」
 プロトン砲の衝撃が残る頭を振った霞は眼下の陸戦機を見た。
 基地だけは守らねば、という意識が働いたのか、身を挺して砲撃を受けた機体の残骸が転がっている。パイロットの生存は、恐らく絶望的だ。
「一撃で仕留める。アクセル、後ろを頼む」
「了解ですよ。お任せ下さい」
 心強い仲間の言葉に頷いた霞は、操縦桿を思いっ切り倒した。ブーストで敵機に急接近し、速度を落とさずにエアロダンサーを発動させる。
 赤いフレームのスカイセイバーが半ば慣性に抗うように空中変形し、SSに組み付く様は圧巻であろう。敵にしてみれば、恐怖以外の何物でもない。
 だが、敵機もこのままで済ますはずがなかった。霞の体当たりから免れた砲口から、彼女の機体の肩を撃ち抜いたのである。零距離からの砲撃に、想像以上の衝撃が機体に走る。
「霞さんっ!!」
 敵機のエンジン部付近を撃ち続けるアクセルは、定まらない照準に眉根を顰めた。味方が取りついている以上、正確に撃ち抜くのは難しい。
「この‥‥これで‥‥!」
 エンジン部の中心に照準がぴったりと合う。その僅かな時間を逃さずに、アクセルはレーザーキャノンを撃ち込んだ。
 動力を失ってもなお、霞を道連れにしようと彼女を撃ち続けるSSだが、徐々に寝台がでたらめになってくるのは目に見えた。
 そこを、霞が突いた。
「そう簡単にやらせるわけがなかろう。‥‥これで‥‥終いだっ!!」
 敵機と密着するリスクも覚悟の上だった霞はアグレッシブトルネードを発動させた。腕に取り付けた篭手での攻撃を敵機のコクピットにたたき込む。 
 確実に破壊したのち、地面に叩きつけるようにして機体を殴り飛ばした霞の機体も、流石に体勢維持が難しくなっていた。ゆっくりと地面に降りると、膝を折る。
「霞さん、大丈夫ですかっ!?」
 上空からアクセルの声が響く。何とか腕を持ち上げて答えた霞は、コクピットの中で息を吐いた。
「しばし休憩だ‥‥すまない、その間は、任せ‥‥ます‥‥」
 操縦桿を握る手の力が和らいでいく。
 仲間の声が徐々に薄れ、彼女の意識も遠のいていった。


 敵の攻撃は、破壊力のある重く大きなものが増えていた。
「敵対するなら須らく排除する」
 茉静より前に出ている絃也は、射程一杯から基地に向けてプロトン砲を放とうとするSSにブーストをかけて接近した。ショルダーキャノンを至近距離から叩き込んで、即座に距離を取る。
「ごめんなさい‥‥今回は‥‥譲れない‥‥」
 敵の命を奪うことに抵抗はあるが、今はそれよりも助けたい人がいるのだ。
 呟いた茉静はSSを脇から雪村で斬りつける。肩翼を飛ばされた敵機がバランスを崩して地面に墜ちていく。
 その横を、陸から接近する機影が掠めて行く。
「突破させるな!」
 基地からの味方の砲撃が始まる。UK−10AAMを敵機の背中に向けて放った絃也は急降下し、突進するSSの背後を取った。
「援護します‥‥」
 上空からガトリング砲で弾幕を張った茉静の援護を受けて、機体を止めた絃也はスラスターライフルとショルダーキャノンを同時に敵機へ放った。防御の姿勢すら取れなかった機体が大きく崩れ落ちる。
 即座に、接近していた別のSSがプロトン砲を放つ。意図的で無いにしろ味方同士で距離の空いていた彼らを集中的に狙いに来たのだ。
「躱せ! 来るぞ!」
 絃也の警告も一歩遅かった。基地を守ろうと陸で待機していた軍用の機体が砲火に巻き込まれる。
 仲間の死を目の当たりにさせたまま、続けざまにSSは小型ミサイルを斉射してきた。狙いは、上空にいる茉静機だ。
「‥‥っ」
 唸った茉静は反射的に機体を横に寝かせた。翼の一部を巻き込んで、耳元で大きな爆春音が響く。
「こいつ‥‥っ!」
 再び空に舞い上がった絃也機がUK−10AAMを敵機に放つ。間髪入れずにスラスターライフルで狙撃し、動きを止めて居る間に、体勢を何とか立て直した茉静が、決死のブーストをかけて敵機に肉薄した。
「どうか退いて‥‥これ以上は無益なだけ‥‥」
 祈るようにガトリング砲を至近距離から直撃させた茉静の目の前で、人型に変形しかけていたSSの不完全な腕がもぎ取られる。
 推進力を失ったSSが地面に墜ちていくのを追うように、茉静の機体もゆっくりと自然落下を始めた。
「‥‥大丈夫か?」
「大丈夫‥‥まだやることが‥‥あるから‥‥」
 絃也の声に応えた茉静は痛みの走る腕を押さえた。どこかで捻ったか。いや、それよりも機体の損傷が激しい。翼を持って行かれた時の衝撃も、まだ体に残っている。
「‥‥見ろ」
 不意に上空の絃也から声がかかる。北部で戦っていたはずのSSが激しい損傷を抱えたまま飛び去っていくのが見えた。
 しばらくして、遊撃のために基地の少し先で戦っていた仲間達が帰還するのが見える。
 それを見届けて、茉静は静かに目を閉じた。
 どうやら、基地の防衛は痛手を受けながらも成功したようだった。


 死者の弔いと、怪我の手当てを終える頃には、白玲の処刑は静かに行われていた。見届けたい、と申し出た者以外は医務室で待機していたが、すぐにゴッドホープに移動しなければならないことを考えれば、ゆっくりもしていられないだろう。
「どうあっても助けられない命‥‥。なぜ、こんな残酷な事が出来るの‥‥」
 医務室に戻ってきた茉静は苦痛に顔を歪めながら言った。重傷の彼女だが、白玲の処刑には立ち会ったようだ。その手には、赤く染まった特効薬が握られている。
「ゴッドホープで治療の場所を確保したらしい。戻ろう」
 勇輝の言葉に皆頷く。
 高速艇に乗り込み、ゴッドホープへと移動する間、能力者の彼らは一言も言葉を発しなかった。
 これが本当に正しい行動なのか、自問しているようにも見える。
 だが、決めたのならば、最後までやり遂げなくてはならないのだ。
 その結果が、どのようなものであっても――。



 ゴッドホープに着いた彼らには、もう一仕事が残っていた。
 シアとヘラ――つまり、ハーモニウムの二人を助ける事に対する軍部の反発を抑えなくてはならない。
 出迎えたヘンリーに連れられて、軍への説得に回る面々は大きな会議室に通された。中には高官と思われる初老の男性が二人、難しい顔で座っている。
 彼らが席につくや否や、彼らは早速口を開いた。
 その口調は、酷く懐疑的であった。
「さて、これまでの経緯はベルナドット中尉より聞いているが、そのハーモニウムとやらを救う意味はあるのかね?」
「ハーモニウムの二人は、正体不明のウイルスに蝕まれている。このウイルスがもし他にあるとして、傭兵・民間人に使われた場合はどうする?」
 テーブルの上で手を組んだ勇輝は淡々と続けた。
「ウイルスが二人限定のものかどうかは分からないが、原因や正体究明のために、二人を救うことはリスクばかりではないはずだが?」
 それに、と茉静が勇輝の後を継いだ。
「ハーモニウムを味方にする事により、敵の情報や、バグアの技術力を知る事も出来る‥‥。そして、道具として作られた彼らを助けると言う戦いの大義も付いてくる‥‥」
「‥‥」
「今ここで二人を助ける事が出来れば、それは何れ彼らを此方に引き込む為の大きな切り札となり得る。他のハーモニウムのね。それに、ノアという前例もある」
 説得に蓮夢も加わるが、二人の反応は鈍い。
 険しい顔をしていた一人が、重々しく口を開いた。
「諸君らは、ハーモニウムがバグア側の者であることは理解しているのか? これは死ぬか生きるかの戦争だ。いくら敵の情報を持っているかもしれないとはいえ、そうほいほいと敵を救うことはできん」
「二人はバグア側じゃなく、既にバグアに捨てられた存在だ! バグアに奪われた奴を見捨てていい? そんな理不尽は認めない!」
 噛みついた勇輝をアクセルが手を伸ばして抑える。舌打ちをして席に戻った彼の代わりに、アクセルがやや冷たい声で言った。
「救うための措置等を拒否した場合、『ULTはそういった人物達を全員見捨てる、または救わない』が公式見解になって、敵味方問わず世間一般にも認知されると思いますが、それで宜しいんでしょうか?」
「構わん。大いに結構、そのような風潮に軍部が屈すると思うか?」
「強化人間とはいえ、『人間』なんですよ?」
「だとしてもだ」
 断固として受け付けない軍人二人は、それに、と付け加えた。
「諸君らはエミタ移植と簡単に言うが、移植をする意味はあるのか? 百歩譲って敵であることを除いたとしても、適性が無いのでは無意味であろう?」
「無意味ではないはずだ」
 黙っていたイレイズがようやく口を開いた。
「シア‥‥片方は、かつてドラグーンだった記録があるのなら、エミタの適正はある筈だろう。それに、二人は過去、孤児院で起きた事件の重要参考人だ。あの事件、まだ解決していないんだろう?」
 最後の問いはヘンリーに向けてである。無言で頷いた彼は、またどこかに視線を向けた。
 シアはドラグーンに対する適性がある。それは過去の記録から推測も出来るし、エミタ移植の方向に動いた直後に、ヘンリーが再検査を要請し、それによっても判明している。
 以上を踏まえて、軍人二人に向き直ったイレイズは更に続ける。
「特にウイルスを製造したと思われるオルデンブルクについての情報は彼らからしか得られない。敵の情報を持っているというだけでも、利用価値が皆無とは思わないが?」
「問題なのは、二人の体を蝕んでいるのが強化手術の副作用ではなく、ウイルス性の病だ。エミタ移植によって、副作用を消すことは出来ないが、ウイルスを死滅させ腐食を止めることができる可能性はゼロではない」
 勇輝も加わり、治療に対するメリットを述べたが、それでも二人は首を縦に振ろうとはしない。
「‥‥」
 二人はしばし、互いに打ち合わせたり無言になったりと、即座に回答することを控えていた。
 そうしてしばらくすると、ようやく彼らは重い口を開いたのである。
「もう一度、我らに牙を剥けば即座に殺処分する。なお、延命した場合は常に監視下に置くこと、死亡することになっても、我らは一切責任を持たない。また、エミタ移植に関して、どのような影響が出ようと、我ら軍部は関知していないとする――それが条件だ」
 軍部にしては随分な譲歩である。
 だが、充分すぎる程の結論だ。
 その言葉を聞いた彼らは、深く二人に頭を下げた。



「口に出さぬが、雰囲気を察してだ」
 仰向けに寝かされているヘラの顔を見下ろした長郎は、そう言って投薬を始めた。
 特効薬を飲まされたヘラの手足から、腐食がゆっくりと引いていくのが分かった。元通りの、白い肌が徐々に広がる。
「滑稽な話ですよね‥‥。両親は助けられなかったのに、二人を殺した奴等の仲間を助けようとしたなんて‥‥」
 呼吸の落ち着いて来たヘラを見る霞は自嘲気味に微笑んだ。
「確実な正解などない。他人の生死など、誰に決める権利がある」
 少なくとも俺には無いのだろうが、と付け加えた武流は壁に凭れたままそれきり口を噤んだ。
「ヘラさん‥‥?」
 長い睫毛が動くのを見た茉静が彼女の手を取る。やがて、小さく目を開いたヘラは、赤い目を動かして自分を見つめる人々の顔を見た。
「‥‥だぁれ?」
 幾分幼くなった声と言葉遣いに、彼らは反応に詰まった。その中で、茉静だけは手を握ったまま彼女を見る。
「私は分かる‥‥?」
 ふるふると首を横に振ったヘラは、ぼんやりとした目で天上を見上げた。
「‥‥ここ、どこ? わたし、どうしてこんなところにいるの‥‥?」
「記憶喪失か‥‥?」
 絃也の言葉に、誰もが声を失った。
「ヘラさん‥‥シアさんのことは覚えてる‥‥?」
 そう尋ねた茉静に、ヘラはきょとんとして首を横に傾げた。
「シア? ‥‥‥‥だぁれ、それ」
 オルデンブルクはここまで計算して特効薬を作ったのか――否、いくら彼でも、どちらに飲まれるか分からない、あるいは飲まれないかもしれないものに何かを仕込むのは不可能だ。意図的に記憶を消させる薬など、いくら何でも製造できまい。
 とすれば、特効薬の副作用というよりは、この状況は全くの偶発的事実ということになる。

 必然であれ、偶然であれ、皮肉なものだ。


 エミタ移植は滞りなく完了した。
 勇輝の予想通り、エミタを埋め込まれたシアの体は、少しずつではあるがウイルスに対して抵抗を見せ始めていた。腐食の速度が緩やかになり、今では一時的にその勢いを失っている。
 それでも強化手術の副作用には、全く効果を示さなかった。計らずも、人類の技術がバグアのそれに及ばないことを、改めて証明する形となったのである。
 目を覚ましたシアには、アクセルとイレイズ、蓮夢、そして勇輝が付き添っていた。
「‥‥俺は、助かったのか?」
 腕を持ち上げたシアは虚ろな目で傍らのアクセルに尋ねた。
「今の所は、です。君はまだ、経過観察だそうですよ」
「ヘラは無事か‥‥? 死んだりしてないよな?」
「ああ。彼女には特効薬を使った。今頃元気になっているはずだ」
 そう言ったイレイズに、シアはほっとしたような顔になった。
 そこへ、仲間からの連絡を受けていた蓮夢が暗い顔をして戻ってきた。
「‥‥ヘラは、無事なんだろ?」
 不安げに尋ねたシアに、蓮夢は一度頷いて、そして付け加えた。
「無事、腐食も引いて体は元通りだよ。ただ‥‥記憶が、無くなっているらしい」
「本当に? 何も思い出せないのか?」
 目を丸くした勇輝に蓮夢は頷いた。
「そうか‥‥全部、忘れたのか」
 存外、平気な顔でけろっとして言ったシアである。
「君の事も思い出せないんですよ、良いんですか?」
 驚いて言ったアクセルに、シアは小さく頷いた。
「忘れたんなら、思い出させる。思い出せないなら、また教えるさ。それに、思い出さない方が良いこともあるしな‥‥」
「それは、あの孤児院の事か?」
 イレイズの言葉にシアの表情が少し曇った。
「今は誰も、知らなくて良い。決心がついたら、話す」
「‥‥そうか」
「それに、あんた達には言いたいことがある。ヘラは言わない‥‥言えないだろうから、俺が言う」
 そう言って、シアは強引に身を起こした。そうして、ベッドを降りると、丁度部屋に入ってきた他の傭兵達を見渡して、深々と頭を下げ、噛み締めるように言った。

「俺や‥‥ヘラを救ってくれて、ありがとう‥‥本当に、ありがとう‥‥」


Fin.