タイトル:四国の地獄絵図マスター:冬野泉水

シナリオ形態: イベント
難易度: 不明
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/07 22:25

●オープニング本文


●主犯A、再び
 はーい、どうも。Aです。いい加減名前を明かせと言われそうですが、言ったら僕がフルボッコされるので言いません。
 先日はよくも僕の可愛いロボットを壊してくれましたね。だが、あんなことで僕のリア充撲滅という野望が潰えるわけがない。
 というわけで、今回、僕は海開きという素敵なイベントがあることを聞きつけて四国に来ています。瀬戸内海が綺麗ですね。
 突然ですが、水着って良いと思いませんか? 非リア充も水着を着ればリア充っぽく見える。うん、それがすごく憎らしい。恵まれない体型の男は歯軋りしているしかないのだ。
 ゆえに僕は、水着の男女に宣戦布告する。


●謎のスイカ
「そこのお嬢さん! この俺と真夏の太陽に溶けてみないか?」
「消えろ変態」
 水着美女に一蹴されたヘンリー・ベルナドット(gz0360)は肩を竦めた。
 有給休暇をとった彼は、海開きということで四国に滞在していた。主たる目的は水着美女のナンパだが、成功率の低い彼は今のところ全敗である。
 だが赤い髪に紫の瞳、中性的な顔立ちで細身の彼は、黙っていれば文句なしに女性の目を引く。黙っていれば、だ。
 次の口説き文句を考えていた今も、フリルのビキニをつけた美女が二人寄ってきた。
「あのー。ちょっと良いですか?」
 あんたが言いなさいよ、としばらく言い合っていた日本人美女の二人は、結局二人で声を揃えるように言った。
「へ‥‥変なスイカがあるんです」
「スイカより俺はお嬢さんの方が好み‥‥スイカ?」
 怪訝そうに言ったヘンリーに美女二人は頷いた。
 腕を引っ張られて件のスイカの元へ連れて行かれたヘンリーは唖然とした。
 変なスイカ、というがただのスイカではないか。普通の大きさで、普通にスイカ割りに使いそうなスイカである。スイカ以外何物でもないスイカだ。
「これのどこが変なんだ?」
「動いたんです」
「‥‥は?」
 思わず聞き返したヘンリーである。スイカは無機物なので動くはずがないのだが。
 大方この俺を誘うための可愛い嘘なんだろう、と勘違いをしたヘンリーは精一杯茶目っ気を含んだ笑みを浮かべた。
「またまたぁ、スイカは食べ物じゃ――」
 その時だった。言いかけたヘンリーの言葉を遮るように、スイカの両脇からニョキッと鋼鉄の脚が飛び出したのである。
 そして、ノイズ音を含んだ声を発したのだ。

『喰らえリア充がああああっ!!』

「うおあああああっ!?」
 脊椎反射でスイカの噛みつきを躱したヘンリーは後退った。スイカの表面が割れて、赤い実から牙が生えているのが見える。
「ちょっと待て! スイカは食い物じゃねえのかよ!?」
 至極まともな突っ込みを入れたヘンリーを嘲笑うように奥の茂みが動いた。鉄同士がぶつかる音が不気味に響いてくる。
 危険を察知して覚醒した彼は、紫の瞳を細めて小さく舌打ちした。
「ったく、マジかよ‥‥折角有給取ったってのに‥‥」
 彼の目の前に、同じようなスイカがごろごろと転がって来たのである。


●謎のタコ
 どうして俺はこんな所にいるのだろうか。
 浜辺でぼんやりとしていたジャック・ゴルディ(gz0333)は麦わら帽子を取った。仕事をしようと学園に出勤したところ、同僚のヘンリーに無理矢理有給を取らされ、気がつけば四国の海である。
「ジャックさん、ジャックさん。ビールとウイスキーとどっちが良いですか?」
「海に来て飲むものでは無――」
 振り返って言いかけたジャックは水着姿の妻を認めて、あくまで平静を装いながら視線を前に戻した。どうして水着なんか‥‥と思ったが、ここは浜辺なのだから当然だろう。
「‥‥ジャックさん。私、似合いませんか?」
「いや‥‥すまん。見慣れてないものだから‥‥」
「あら。結婚する前に散々見たじゃありませんか」
 そう言えばそうだった気もするが、あまりじろじろと見るのも恥ずかしい。しかし、折角だから見たい気もする。
 一人葛藤していたジャックだったが、そこで救い様に携帯電話が鳴った。ただし相手はヘンリーなので嬉しくも何ともない。
 つくづく間の悪い男だな、と嘆息してジャックは携帯電話の通話ボタンを押した。
「何だ。ナンパに失敗しても俺のせいじゃないぞ」
『違ぇよ! ちょ、何か変なスイカが襲ってくるんだよ!』
「熱中症による幻覚だな。すぐに病院へ行け」
『違うっつってんだろっ!! マジでスイカが襲って来てんだって――うわっ、止め――』
 携帯電話が切れた。怪訝そうに画面を眺めていたジャックだったが、直後、ヘンリーの言葉が嘘では無いことを悟ったのである。
「ジャックさん。あれ、タコですか?」
 海を指差した妻の声に、ジャックは顔を上げた。
 青い海の上に大きく丸いものが浮かんでいる。時折海の中から桃色の長い脚をちょろちょろと出していた。多分タコだろう。
 いや、それよりもだ。
 何かあのタコ、大きすぎやしないか‥‥?
「まずい‥‥! 逃げろ、フリージアッ!」
 本能的に危険を察知したジャックの叫び声に合わせるように、タコが墨を砂浜に噴射した。


●ある意味、変態
 ヘンリーに無理矢理連れてこられ、かつジュースを買いに走らされていた三枝 まつり(gz0334)は浜辺に戻って唖然とした。
 浜辺にでかいタコが居る。しかも墨を噴射している。
 どこから突っ込んで良いのか分からないが、止めないといけないことだけは分かったので、彼女は羽織っていた単衣を脱ぎ捨ててジャックの元へ向かった。
「先生っ、大丈夫ですか!?」
「俺は大丈夫だが、お前はヘンリーを早く呼んで来てくれ! 俺だけじゃ手が足りん!」
「わ、分かりま――」
 言いかけたまつりだったが、そこで硬直した。
 そろそろと浜辺を這っていたタコ足の一本が彼女の足に巻き付いたのである。本体は機械でもどうやら足は本物らしい。
 ぬるぬるとした感触に、完全に彼女の思考は凍結した。水着姿ではなかったのが、絵面的な意味で傍目には更にいかがわしく見える。
 ぶっちゃけて言うと、制服姿のまつりの素足にタコ足が巻き付いているということだ。
 引っかけられて砂浜に尻餅をついたまつりは、そこでようやく眼前でうねうねと揺れ動くタコ足の全てを視認した。気味の悪い動き方をする八本の足に、金属で固めたような頭のタコ。
 命の危険どころか、何か大事なものの危険を察知した少女の思考が急速に動き出した。
「い‥‥いや――――――っ!! 変態っ!!」
 我に返ったまつりは持っていたエネルギーガンをタコ足に向かって斉射した。流石にそれだけやれば足は離れて行ったが、足に残った感触が消えない。
「もうやだ‥‥もうやだこんな海‥‥‥‥!」
 何が嬉しくてタコなんぞに絡みつかれなければならないのか。学園の時といい、ろくな目に遭っていない。
 盛大に凹んでいるまつりに、ジャックはどう声を掛けたら良いものか散々悩んで、結局「一時離脱して、援護を要請してこい」という指示を出したのであった。

●参加者一覧

/ 石動 小夜子(ga0121) / 新条 拓那(ga1294) / 須佐 武流(ga1461) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 玖堂 暁恒(ga6985) / 錦織・長郎(ga8268) / 白虎(ga9191) / 最上 憐 (gb0002) / 神撫(gb0167) / エイミー・H・メイヤー(gb5994) / ソウマ(gc0505) / 神棟星嵐(gc1022) / ガル・ゼーガイア(gc1478) / 有村隼人(gc1736) / オルカ・スパイホップ(gc1882) / ネオ・グランデ(gc2626) / ユウ・ターナー(gc2715) / 悠夜(gc2930) / 巳沢 涼(gc3648) / 秦本 新(gc3832) / 和泉 恭也(gc3978) / イレイズ・バークライド(gc4038) / ヘイル(gc4085) / ティナ・アブソリュート(gc4189) / 龍乃 陽一(gc4336

●リプレイ本文

 阿鼻叫喚の浜辺に木霊した【しっと団】総帥こと白虎(ga9191)の第一声は以下の様なものであった。
「黒木君(仮)! 助けに来たぞー!」
 うねうねと動く巨大タコロボを眼前としても怯まず叫んだ裏切り宣言に、他の傭兵達は無意識に身構えた。
 ところが、だ。海上に一度引っ込んだタコロボから、予想外の声が返ってきたのである。
『誰が黒木だっ! 僕の名前は船木だぞっ!!』
 台詞をカットしてやりたいくらい激しくどうでも良い。
 だが、その返事を受けた白虎は俄然目を輝かせて拳を握ったのである。
「新たなしっ闘士の名前は船木! 奴はタコロボの中にゃー!」

 ◆

『リア充殲滅! リア充は自爆を喰らええええっ!!』
「お、俺はリア充じゃねえええっ!!」
 有らぬ疑いをかけられた【しっと団】のガル・ゼーガイア(gc1478)は、悲鳴を上げながらもスイカロボをタコロボの方へ誘導している。多くはその場に残ったが、ガルを追って数匹がタコロボの戦場へと移動した。おかげで乱戦というか混沌の様相を呈している。
 その脇で、別の戦いが既に始まっていた。
「日頃の恨みぃぃぃーーー!!」
「ッ!? ――いきなり何投げてきてる! お前は! というか恨みって何だ!?」
 いきなりティナ・アブソリュート(gc4189)からスイカロボを投げつけられたイレイズ・バークライド(gc4038)は慌ててそれを刀で斬り落とした。
 日頃の仕返しという名目でスイカロボを投げたティナは、次のスイカロボをがっしと掴むと、大声で叫んだ。
「うるさい! ろくでなし!! 切るな! 避けるな! 動くな!」
「誰がろくでなしだ! というか無茶を言うな! 怪我しても知らんぞ!」
 命の危険を感じたイレイズは片手で投げられたスイカを受け止めて、逆にティナに向けて投げ返した。
 額にぶつけられたティナは後ろによろめきながらも、もう何が何だか分からないスイカロボを両手に抱えてイレイズの土手っ腹に投げ飛ばす。
 スイカ退治とは無関係の死闘が始まった。


 所変わって、タコロボからやや離れた場所では残ったスイカロボの大群がわらわらと大行進していた。
「スイカ割りの開始ですね‥‥またお前か」
 溜息をついた有村隼人(gc1736)は近づいたスイカの足を小銃で撃ち抜いた。猿ロボと言い、スイカと良い。発想が貧相である。やはりもっと呪いをかけて置くべきだったか。
 ある程度小銃で撃ち尽くした後、隼人は棍棒に持ち替えて飛んできたスイカを海の方へ打ち返した。金属音の代わりに、ドスッと鈍い音が鳴る。
「うーん、加減が難しいですね‥‥」
 本当は暴れているタコロボの方へ行けば良かったのだが、すっぽ抜けたらしい。スイカの自爆で海水が勢い良く跳ね上がった。
「ほわわ、なんかいっぱい居ますっ!」
 騒ぎを聞きつけてぱたぱたとスイカロボの方へ来たクラウディア・マリウス(ga6559)は鞄から出して持ってきていた超機械をぎゅっと握った。
「星よ、力を‥‥」
 クラウディアの左手首に夜空を思わせる星々を繋いだブレスレットが現れる。周りにはいくつかの電子データが淡い蒼の光を伴って浮かび上がった。
「ちょ‥‥そこの超可愛いお嬢ちゃん! 援護、援護っ!」
 遠くからスイカの自爆を食らったヘンリーが叫んでいる。白いシャツがスイカの汁まみれだ。
「はわ‥‥は、はいっ。癒しの光よっ!」
 言われるままに練成治療を使うクラウディアである。その直後に、前を行く仲間達に練成強化を施していく。
「援護に来た、手伝おうね」
 さっとヘンリーと背中合わせに立った錦織・長郎(ga8268)はスイカの大群に銃で弾幕を張った。諜報系の組織に属していた長郎には、この教官が諜報部に所属していることは足捌きを見れば一発で分かる。
 足元を転がるスイカを足で払って、長郎は超機械に持ち替えて至近距離から電磁波をぶつけてやる。自爆する間もなく、砂にまみれたスイカロボが砕けた。
「‥‥ん。ヘンリーが。何やら。大変な事に。なってるけど。どうでもいいや」
 瞬天速で直近のスイカに接近した最上 憐 (gb0002)は口を開けたスイカの鋼鉄の歯を素手で砕いて、逆にその赤い果肉に齧り付いた。 
「‥‥ん。スイカは。食べられる。存在。カラダで。教えてあげる」
自爆なんぞさせぬ、と言わんばかりにガツガツとスイカを丸ごと食べてしまう。
「吹き飛べ。二度と出てくるな!!」
 ごろごろ転がって飛び掛かって来たスイカロボを『トマレ』と書かれた謎の武器でもって海辺へと盛大に打ち返した神撫(gb0167)は、足で地面を這っていたスイカを踏みつけた。気分はフリーキックを任されたサッカー選手に近い。
 鋼鉄の歯牙を打ち鳴らすスイカに自爆の気配を感じた神撫は、とにかくスイカを蹴り飛ばした。汁まみれになるのは勘弁である。
 勢い良く吹っ飛んだスイカは、一直線に何故かヘンリーの後頭部を直撃した。腐ってもスイカである。ごつん、と凄い音が鳴った。
「ここで神撫選手、ロングシュ〜〜ト。キマッタァ。ゴーール!!」
 何だか申し訳ない気もしたが、あまりにも綺麗に決まったので彼は先にガッツポーズを作った。爽快感満点である。
 一方で、後頭部に自爆という名の大量のスイカ汁を浴びたヘンリーは、突然の奇襲(?)に辺りを見回した。何だ今の一撃は。
 だが、こんなものではない。
「先生、武器です! 受けとって下さい!」
 スイカロボよりもある意味物騒な木製バットをヘンリーにぶん投げた秦本 新(gc3832)である。受け取るか躱すかしなければ、顔面直撃コースだ。悪気は‥‥そんなに無いつもりだ。
「うわ、危ねぇなっ!」
 と言いつつもしっかり受け取ってスイカを粉砕する辺りは流石能力者と言ったところか。
 意外とできるのか、と判断した新は即座に夜刀神に持ち替えて目の前を蠢くスイカを頭から叩き割った。AU−KVを装着しているので、自爆を喰らったとしても大したことはないし、敵も元の素材が本物のスイカなので、牙さえ潰してしまえば恐れる必要はない。
(ロボ退治というより、マジでスイカ割りですね‥‥。これは)
 すっぱすっぱとスイカを斬っている内に新はそんな感覚に囚われた。だが、事実その通りである。
「お、これは‥‥、なかなか美味そうですね」
 両断されて顕わになった赤い果肉に、思わず新は喉を鳴らした。
 これは是非とも、後で食べたいものである。
「教官を囮にして回り込むぞ。これだけの数だ、散らばられると面倒になる」
 さらっと酷いことを言ったヘイル(gc4085)だが、現状それが一番の策とも言える。囮役が居た方が、敵も集団になることだろう。
「足を狙って、転ばせるか動きを封じよう。構造上足に不具合が出れば動けんだろう」
 そう言って、ヘイルはガブリエルでスイカから伸びた鋼鉄の足を斬り飛ばした。しかし自爆されてスイカ汁を喰らいたくはないので、それとなく遠くへと蹴り飛ばす。木にぶつかったスイカは何度か震えて、種を撒き散らしながら盛大に自爆した。勿体ない気がしないでもない。
「それじゃ〜、行こうか涼?」
「おう、さっさと片付けようぜ」
 野郎二人で海水浴に来ていた龍乃 陽一(gc4336)と巳沢 涼(gc3648)は腕を鳴らしてスイカ退治に加勢した。
「一度スイカを撃って破裂させてみたかったんだ」
 ライフルでスイカを撃ち抜いた涼は嬉しそうに言った。スイカは食べる物なので、撃ったり斬ったりする機会などそうあるものでもない。
「神斬‥‥大層な名前だが、まさか初めて斬るのがスイカになるたぁ思わなかったろ?」
 弾を撃ち尽くしたら今度は刀に持ち替えてスイカを頭から斬りつけた。美味しそうな中身を晒してスイカロボが動きを停止していく。
 適当にスイカを片付けると、涼は素手でスイカを掴んで食べる用のスイカが捕獲されている場所へ蹴り飛ばした。足と牙を奪われたスイカがまた一つ山積みされる。
「あぅ〜♪お久しぶりです♪」
 他方で、スイカを仕留めたヘンリーに近づいた陽一はぺこりと頭を下げた。どう見ても女にしか見えないわけだが、『色々』あったために彼はすぐに気づいたらしい。
「あー‥‥あれだ。女じゃなくて綺麗すぎる兄ちゃんだったな。加勢、助かるぜ」
 どんな認識の仕方だと周りの面々は内心突っ込んだが、強ち間違いでもないので何とも言えない。
 ――と、そこへスイカロボが吹っ飛んできた。二人の足元で弾けて、止める間もなくスイカ汁を撒き散らして自爆したのである。
 中性的な顔立ちの男性二人が思いっ切り果汁を被った。
「あぅ‥‥濡れちゃったです」
「待て、濡れても良いから脱ぐなよ! 絶対脱ぐなよ! つか誰だよ馬鹿野郎っ!!」
 何故か必死になって陽一を止めたヘンリーである。水の滴る男は良い男だが、スイカの果汁まみれになった陽一は何か色々危険な香りがする。
 怒声を向けられたガルは茂みの向こうから計画通りとガッツポーズを小さくしながら、しれっと言った。
「ヘンリー先公わりぃ‥‥、人間型スイカロボだと思っちまったぜ‥‥」
「寝言は寝て言えよ、坊主‥‥!!」
 散々スイカ汁を浴びて堪忍袋の緒が切れかけているヘンリーがガルを粛清する前に、実にタイミング良く白虎が間に割り込んできた。
「見ろ! あそこの桃色夫妻は、お前にスイカを押し付けて安全地帯で悠々と桃色劇場だぞ!」
 少年の指差した先では同僚のジャックが彼の妻の肩を抱いている。名誉のために追記するが、背中を押して避難させているだけである。
 だがしかし、そんなことまで頭が回らないヘンリーはスイカを片手で掴んで同僚にむけてぶん投げた。行動が立派なしっ闘士である。
 その姿に、白虎の目がきらりと光る。
「という訳で一緒に戦え!」
「任せろ! リア充は殲滅してやらああああっ!」
 どういう訳か、いい歳した新しいしっ闘士が誕生したのであった。


「‥‥気は‥‥済んだか‥‥」
 ぜえぜえと肩で息をするイレイズはスイカの果汁にまみれている。正面に立つティナも白いパーカーをうっすら赤に染めて息を切らしていた。
「‥‥と‥‥取りあえずは‥‥」
「取りあえず、かよ‥‥」
 二人はあまりの疲労感で砂浜に座り込んだ。二人だけの死闘もどうやら片付いたらしい。周りには丁度良い具合に砕けたスイカが散乱している。
 別動隊がスイカロボを捕縛し、ある程度の破壊を終える頃には、砂浜はスイカの果汁で真っ赤に染まるという妙にスプラッタなことになっていた。
「教官が惹き付けてくれたおかげで上手くいきました。お疲れ様です」
 タオルを渡したヘイルは口角を上げた。ぐったりしている教官は受け取ったタオルを肩に引っかける。
 そこへスイカの残骸を片付けてきた長郎が近づいて来た。
「錦織長郎だ、宜しく頼むという処かね、この先もだ」
「あー‥‥ヘンリー・ベルナドットだ。よろしく」
 疲れているからか、彼らの流儀なのか、お互い挨拶だけで握手はしない。ヘンリーも長郎が『同職』であることを薄々は感づいているようだった。
「大丈夫ですかー」
 食べる用のスイカを一時避難させた隼人が戻って来てヘンリーに声を掛ける。
「あー悪ぃ、姉ちゃん。今‥‥ナンパする気力もねぇわ‥‥」
 男女の区別がつかない格好の少年を見て、教官は大いにすっとぼけたのである。大体予測していた隼人は無言のまま巨大ピコハンで教官の側頭部を殴った。
「はぁ‥‥」
 本日二度目の溜息をついた隼人は、日頃の腹いせにもう一発殴っておいた。

 ◆

 全く酷い混沌である。
「嫉妬の虎になるんだ!」
 タコロボの頭上に現れた虎のマスクを被って変装した和泉 恭也(gc3978)――だが何故サラシを巻いているのだ‥‥――はボディガードをタコにかけた。黒いマントが潮風に靡いている。
 【しっと団】という強力(?)な援軍を得たタコロボは水を得た魚のごとく太くてぬるぬるした足で砂浜を叩きつけた。
「‥‥明日になればアルバイトも終わるというのに」
 何が嬉しくて変態タコロボの相手をせねばならんのか。項垂れたソウマ(gc0505)だったが、逃げ遅れた水着美女達の避難には大いに貢献していた。頼られたり感謝されたり、悪い気はしない。
「‥‥ん。スイカに。教育的指導を。して来たので。護衛に来たよ」
 スイカを食べるだけ食べた憐がゴルディ夫妻の元に来る。丁度投げられたスイカを大鎌で両断して見せた。
「よぉし、ユウも頑張っちゃうゾ☆」
 可愛らしい水着とは不釣り合いの超大型SMGを構えたユウ・ターナー(gc2715)はタコ足の一本を狙って引き金を弾いた。うねうねとうねる足の先が銃弾を浴びながらもユウの細い足に触れる。
「‥‥っ!?」
 ぬめった感触に引いたユウは柳眉を釣り上がらせて足元へSMGを斉射した。派手な銃撃音に負けてタコ足が海へと引っ込む。
「め‥‥迷惑なタコさんはタコ焼きになっちゃえば良いんだカラっ☆」
 真っ赤になったユウはエネルギーガンを構えて海上へ引っ込もうとするタコの頭を撃った。人が乗っているので、なるべく当てないように――当てて良いのかも分からないし――上手く照準をずらす。
 だが、凹んだ頭部を即座に頭上の少年が蘇生術で回復した。厄介な奴である。
「‥‥って。ジャック先生!」
 一般人を避難し終えたジャックの傍をさっと白いスク水の少年が走り去る。
「リア充爆発しろにゃー!」
 ぶん投げられたスイカロボを撃ち落としたユウはゴルディ夫妻を守るように立った。スク水の白虎は更に誘導してきたスイカロボを片手に叫ぶ。
「君が! 泣くまで! スイカを投げるのを! やめないっ!!」
「二人には絶対手出しさせないんだカラっ☆」
 投げられたスイカをユウが撃ち落としていく。埒が明かないと判断した白虎は舌打ちし、身を翻してその場から走り去った。
 一拍置いて、何故かジャックの同僚がこちらにスイカを投げて来た。撃ち落とされたスイカが二人の目の前で自爆する。
「‥‥‥‥ユウ、あの男は重傷にしてやれ。許可する」
 ぼそりと言ったジャックの声は、地獄の底から響いて来たかのようであった。


 タコロボ掃討班の作戦は、一本釣りによってタコロボを浜辺に押し上げた後集中攻撃を加えるというものだった。タコロボの中に主犯Aがいることを考えれば、タコをどうにかすれば主犯Aも捕らえられる。
「こ、これが‥‥あたし? ‥‥ってちがぁう! うぅ、まさかこの歳になってこんな格好するとは思わなかったよ」
 女装する羽目になった新条 拓那(ga1294)はげっそりとして海上にいるタコに手を振った。隣で一緒に餌役を引き受けた石動 小夜子(ga0121)の水着姿を見てしまうと、本当にいたたまれない気持ちになってくる。
「ふふ‥‥拓那さん、今回もご一緒出来て嬉しいです」
「ごめんね‥‥こんな格好でごめんね‥‥」
 早く片付けしまいたい、と拓那はどう考えても女装の似合わない自分を呪った。
 いやいや、それよりもだ。
 海上に引っ込んだタコロボは浜辺に集まる水着美女達を発見するや否や、再度こちらに近づいて来た。まだ陸にはリア充(らしき男女)がいるのだ。
『ちっくしょおおお! てめぇら、水着なんかでいちゃいちゃしやがってえええっ!!』
 謎の叫び声を上げてタコロボが大量の墨を噴射した。赤い浜辺が黒く染まっていく。
「大嫌いなのになぜぬめぬめ系の敵に縁があるんだ‥‥」
 バックラーで墨を弾いたエイミー・H・メイヤー(gb5994)は心底嫌そうに眉を顰めた。その一瞬の隙をついて、ぬめぬめした蛸足が絡みつこうと砂浜を這い、その足先がちょんちょんと彼女の足首を突く。
「――――っ!!?」
 反射的に覚醒して距離を取ったエイミーはソニックブームを蛸足にぶつけた後、青ざめて両腕をさすった。
「う‥‥気持ち悪い‥‥タコさん近寄らないで下さいな」
「うわわわわ‥‥! エイミーさん、大丈夫ですか〜!?」
 仲間の危険を察知して駆けつけたオルカ・スパイホップ(gc1882)は刀で再接近した蛸足を斬り弾いた。
「何かあっちもこっちも大騒ぎですよ〜!」
「こ‥‥ここはあたしに任せて、他の皆を‥‥」
 死亡フラグもどきの言葉を口にしたエイミーである。事実、タコの気持ち悪さに気分は下がる一方だが、周りの女性陣に被害が出ている以上負けるわけには行かない。
 だが、そこへ第三勢力――【しっと団】が追い打ちをかけた。
「うにゃー! リア充は爆発するにゃ――――っ!!」
 ジャックの襲撃を断念した総帥がスイカロボとスイカ柄のビーチボールを砂浜に散乱させた。どこから持ってきたんだ、と思うほど大量のスイカロボである。
 これではどれが本物のスイカロボか分からないではないか。
「うわわ‥‥っ!」
「おい! 大丈夫か、オルカ!」
 スイカの足を小銃で撃ち落とした悠夜(gc2930)が駆け寄ってきた。
 タイミング悪く、そこでタコロボが海上に引っ込もうと長く太い足をうねらせる。実に気持ち悪い光景である。
 武器の射程外に逃げられた悠夜は煙草を噛みそうになりながら悪態をついた。
「別の依頼でイカをヤッた事があるが、イカの次はタコかよ」
「イカよりタコの方が気持ち悪いですよ‥‥」
 げっそりとしているエイミーが言う。
 遠くから仲間が「一本釣りだ――――っ!!」と叫ぶのが聞こえた。上手い具合にタコが餌に引っかかったらしい。
「僕達も行きましょう〜!」
 屈伸運動をしたオルカが明るく言った。
 傭兵達の逆襲が始まろうとしていた。


「せっかく夏の海に来てまで変態な犯人に付き合わされるなんて‥‥」
 赤と黒の砂浜を見やった神棟星嵐(gc1022)は溜息をついた。
「まつり、大丈夫か? すごい顔が青ざめているが‥‥」
「し、しばらく、タコなんて見たくない‥‥です」
 須佐 武流(ga1461)に抱きかかえられていたまつりは、降ろして貰うや否やその場に膝を抱えて座り込んだ。前回といい今回といい、碌な目に遭っていない。
「心配するな、すぐ片付けてやるから」
 と、言いつつ武流が手にしているものを見て星嵐は思わず引き攣った笑みを浮かべたものである。
「す、須佐殿‥‥それ、何です?」
「ミサイルランチャー以外、何に見える?」
 やばい、この人本気だ。
 KV用小型ミサイル――もちろん生身で扱えるように改造しているが――を担ぐ傭兵もそうそう居ないに違いない。
「味方に当てないで下さいよ‥‥」
 敢えて星嵐の言葉には何も言わず、武流は無言で浜辺に向かった。


「慣らしと、トレーニングがてらに‥‥泳ぎに来てみれば‥‥‥‥何だ、この状況は‥‥? まあ良い、人では無いモノを‥‥片っ端から潰せば済む話だ」
 拝借したスイカロボの残骸――ただし、まだ動くのだが――を片手に立つ玖堂 暁恒(ga6985)はタコの動きが鈍る一瞬を狙って、頭にスイカの弾丸シュートを放った。
 頭上で指示を出していた少年はさっとタコの背中に隠れたので当たらなかったが、タコロボ本体は目にスイカロボの自爆を喰らって大きくよろめいた。
 この一発を合図に、タコを引き上げんとする傭兵達が動いた。浜辺で用意された縄をタコの足に括り付けて全力で陸へ引き上げ始めたのである。
「カオスだな‥‥」
 縄を引くネオ・グランデ(gc2626)はぽつりと呟いた。ふと後ろを見れば、ミサイルランチャーらしきものが目に入る。どう見ても狙いはタコロボの脳天だ。
(主犯Aの命運は決まったな‥‥)
 少しだけAに同情したネオである。だが、こちらも手を抜くわけにはいかない。
「お前らあああぁぁーー!! ロボット作るのは大変なんだぞ!!」
 そしてここでは、【しっと団】の一員であるガルが同情に訴える作戦に出ていた。拡声器を片手に、砂浜へ降りる階段の上に立って涙ながらに叫んでいる。
「もっとロボットに優しくしてくれても良いだろう!! 今回はしょうが無いがよ!!」
 お前はどっちの味方だ! と仲間から総ツッコミが入った。
 そうこうしている内に、足を取られたタコがずるずると陸に引き上げられる。
『リア充なんかに負けるか畜生がああああっ!!』
 中に居るであろうAの気合いがタコの黒い墨となって浜辺に撒き散らかされる。防波堤の向こうまで真っ黒に染めて、タコロボはうねうねと巨大な足をうねらせて浜辺に上がってきた。
「一発で沈めてやる‥‥!」
 足に意識が集中しているタコの脳天目がけて、武流はミサイルランチャー『ギガンテス』を放った。あれだけ大きなタコだ、当たるなという方が無理である。頭上の少年はここでも間一髪で逃れたが、タコロボの頭がミサイルの直撃を受けて半壊した。
 それでも動くのだから、あのロボはどういう構造をしているのか非常に気になる。恐るべき技術だ。
『まだまだ‥‥‥‥モテない男を嘗めんじゃねえええっ!!』
 悲しい怒声を上げて、タコロボが反撃に出た。持てる足全てを使って敵――主に数少ない女性陣――を引き倒しにかかったのである。
「きゃあ‥‥っ!」
 餌役で最前線にいた小夜子が右足を絡め取られてその場に尻餅をついた。追撃しようと、複数の足が彼女に迫る。
 刹那、彼女に絡みついていた足先が海の彼方に吹っ飛んだ。
「小夜子に軽々しく触れてるんじゃねぇぞこのクサレタコ野郎‥‥。その腐れた脚を細切れにしてぶった斬ってやる!」
 怒髪天をつく表情で叫んだ拓那は両手剣を振り回して残った足を根本から斬り落とした。
「いい加減に‥‥片付けないとな‥‥」
 瞬天速で蛸足の一本に近づいた暁恒は蛍火で太い足を斬り上げた。足は本物のタコなので、非常に美味しそうな身が砂浜の向こうへ飛ばされる。今日の夕飯は確保だ。
「おっと、このまま海に帰れると思っているんですか。甘いですよ」
 海へ引っ込もうとしたタコの足をパラソルで串刺しにしたソウマは、手にした超機械で蛸足を焼き切った。焼きダコの良い匂いが辺りに充満し、バイト三昧で忘れていた空腹感が蘇ってくる。
「当たれば痛いんだなー、これが!」
 蛸足を受け止めた悠夜は海水に濡れた足を押し戻すと、逆に改造を施したガラティーンで蛸足を斬りつけた。無数の吸盤が直刀に張り付いてくるのが非常に気持ち悪い。
「所詮は嫌がらせ程度に作られたロボットだな。手ごたえが無い」
 先を寸断された蛸足を二刀で根本から斬り落とした星嵐は半壊したタコロボの頭を見やった。
 毎度毎度よくも懲りないものだな、と少々呆れつつも、斬った足を倒壊した海の家の近くに放り投げた。いつの間にか『材料置き場』と張り紙が貼られ、スイカや蛸足が無造作に置かれている。
「うう‥‥早く動かなくなって下さいな。気持ち悪い‥‥!」
 迫る蛸足を躱すエイミーは流し斬りで足を斬り落とした。後でこの刀を洗おうと改めて心に決める。
「うわ〜美味しそうですよ〜!」
 寸断した足を抱えたオルカが嬉しそうに傍ではしゃいでいる。これで蛸の刺身などを大量に作れそうだ。鮮度は折り紙付きなのだから。
 殆どの足を斬り落とされたタコロボは自然と前傾姿勢になった。動力部が壊れたのか、足一本残して全ての機能が停止したようにも見える。
 そこへネオが瞬天速で懐に潜り込んだ。
「派手に行くか‥‥疾風雷花・菊」
 エーデルワイスで抉るように蛸足を根本から斬り落とした。中身の詰まった蛸足がまた一本、材料置き場に放り投げられる。
「俺達仲間だろ!? 仲間と思うんなら助けてくれぇーー!!」
 タコロボに残された最後の足に捕まったガルは頭上の少年――恭也に助けを求めて叫んだが、タコの頭上にいる彼はじっと向こうの方を見つめている。
 つられてガルもその方を見ると、彼ら【しっと団】の総帥こと白虎が避難していたまつりを連れてくる所だった。どうやらこちらの注意を逸らせようとしたいらしい。
「年上のおねーさんは粛清しづらいですっ」
 と言いつつしっかり拉致している辺りが総帥と言うか何というか。
 だが、その少年の背中に無言で二本目の『ギガンテス』を向ける武流の姿もガルと恭也には見えていた。
 これが叫ばずにいられようか‥‥答えは否だ。
「うわーっ! 団長殿――――!!」
「後ろを見ろおおおおっ! 後ろ――――っ!!」
「にゃ? 後ろ‥‥?」
 くるりと白虎が振り返るのと、武流がミサイルランチャーを発射したのは殆ど同時だった。
「――――にゃああああああああああああああっ!!」
 【しっと団】総帥は束の間、夏空の星になった。

 ◆

「いや、本当に助かったよ。バイト代に謝礼を上乗せしとくからねぇ」
 給金を受け取ったソウマはアルバイトの監督官に花のような笑みを返した。ちょっと期待していたことだったので、これでタコロボと出会った不運は帳消しにしてやろうとも思う。
 最後の仕事として、彼はゴミ収集所に巨大なタコロボの頭部を投げ置いた。明日回収にくる業者は度肝を抜かれることだろう。
「こんなこともあろうかとッ!」
 と、変装を解いた恭也がスイカロボの自爆を食らった仲間にタオルを配り歩いている姿が見える。
「それにしても暑いですね‥‥」
 その傍に烏龍茶を脇に抱えて鉄板を運ぶ隼人の姿もあった。先からやたら男性に声を掛けられるのだが、あいにく男にナンパされて喜ぶ趣味はない。
「着る服間違えたかなぁ‥‥」
 性別のはっきりしない格好であることに無自覚の隼人は溜息をついた。仕方がない、と自分の性別を分かってくれている(はずの)仲間達の元へと足早に向かう。
 タコとスイカによる騒ぎを収めた後はバーベキューをする予定だったので、浜辺にはホットプレートやハサミなどが続々と持ち込まれた。
 大量のスイカと蛸足、そして各々持ち込んだ材料を使ってバーベキューの用意は着々と進んでいるようだ。
「‥‥たまには、こういうのも良いですね」
 肩を竦めたソウマはバイト三昧の疲れを忘れるために、良い匂いの漂うバーベキュー会場へと向かった。


「結局、主犯Aも捕まえられなかったし、何か暴れただけみたいになっちゃったね‥‥」
 気まずそうに頭を掻いた拓那は貰って来たたこ焼きを口に放り込んだ。
 タコロボの破壊と同時に、用意されていた脱出艇に乗り込んで主犯Aこと船木氏は「覚えてろよー!」とお決まりの台詞を吐いて逃亡したのだった。
 砂浜にて拘束された【しっと団】の実行犯にスイカロボを投げて粛清した拓那は、小夜子を伴って喧噪から少し離れた場所にいた。こっそり持ってきた線香花火を二人で堪能している。
「これにて今年の夏もお終い、かな。最後まで色々あった夏だけど‥‥。楽しかった。小夜ちゃんがいてくれたおかげ」
「そんな‥‥私こそ、拓那さんとご一緒できて嬉しかったです」
 はにかみながら言った小夜子は線香花火に視線を落とした。何となく気恥ずかしくなって拓那も彼女から視線を外す。
 しばらく無言の状態が続いたが、先に沈黙を破ったのは拓那の方だった。
「あ‥‥っと、俺、何か食べ物貰って来るよ。小夜ちゃんはここにいて」
 直視できないでいた拓那が口早に言うと立ち上がった。
「‥‥拓那さん」
 彼の背中を見つめていた小夜子は、静かに立ち上がって拓那を背中からそっと抱きしめた。突然の彼女の行動に、後ろを振り向くことも出来ずに拓那が硬直する。
「お疲れ様、でした」
 後ろで小夜子が微笑したのが分かる。
 回された彼女の腕に触れて、拓那も穏やかな笑みを浮かべた。
「‥‥うん。良い夏だったね」


「みんなと憎きたこを調理するからまつりもこっちに来て恨みを晴らすといい」
 立ち直り始めたまつりに出来たての焼きダコを渡した星嵐は言った。
「うぅ‥‥あのタコを食べるんですか? タコは好きですけど‥‥」
 げっそりとしたまつりである。自分の足に絡みつかれたタコ足かもしれないから、気持ちは分からないでもない。
 食べるべきか否か思案しているまつりの手に皿を置いて星嵐は付け加えた。
「それを持って、早く行ってあげると良い。待ってるみたいだからな」
「‥‥は、はい」
 少し後ろの方を見やったまつりは星嵐に頭を下げて踵を返した。
「例のタコらしいですけど‥‥食べますか?」
 渡された焼きダコを片手に近づいてきたまつりを見た武流は苦笑して見せた。
 皿ごと引き受けて彼は立ち上がる。見上げる形だった少女の顔を少し見下ろす体勢になった。
「‥‥行くぞ」
「え‥‥い、行くってどこへ?」
「海に決まってるだろ‥‥折角だ。思い出ってヤツを作ろう」
 きょとんとしたまつりの手を引いて武流は歩き出した。躊躇いながらも彼女は引かれるままに打ち寄せる波を弾きながら後ろをついていく。
 やや沈みかけた太陽が海を橙色に染めようとしていた。残暑を和らげる夕闇が近づいているのだろう。
 ふと立ち止まってまつりの方を向いた武流は彼女の頭をそっと撫でながら優しく言った。
「今度は‥‥二人で来ような?」
「‥‥約束ですよ?」
 微笑んだまつりが差し出した小指としっかり結んで、武流は彼女を抱き寄せた。


「‥‥ん。所で。フリージア。ウサ耳。興味ない? 良い物だよ。オススメだよ」
「あらあら‥‥可愛いウサ耳ですわ」
 憐は頭につけていた赤いウサ耳を背伸びしてフリージアの頭に乗せた。傍で成り行きに任せていたジャックが飲みかけていたお茶を吹きかける。
「似合います?」
「‥‥ん。似合う。ジャックも。そう思う?」
 咽せながらも頷いたジャックである。これは心臓に悪い。
「フリージアさーん! 写真、写真撮らせて下さいっ!」
 イレイズを伴ってティナが駆け寄ってくる。カメラを片手に、息を切らせたまま目を輝かせて幼妻(?)に言った。
「写真! 写真撮って良いですよねっ!?」
「あらあら。こんなおばさんで良ければどうぞ?」
「イレイズさん、フィルムが無くなるまでシャッターを切って下さいっ!」
「何枚撮れば良いんだ‥‥これ、デジカメだろうが‥‥」
 カメラを渡されたイレイズは溜息をつきつつも言われるままにシャッターを切った。フリージア一人のものから、傍に居たジャックや憐を入れたものまで、撮れるだけ撮り尽くす。
「‥‥先生、後で焼き増ししときますからね」
 こそっとジャックに耳打ちしたティナに、是非とも財布に入るサイズで頼む、と真顔で返した教官である。妙な結束がここに誕生した。
「‥‥ん。カレーの。匂い。誰かが。カレーを。作ってる」
 驚異的な嗅覚を発揮した憐がふと呟いた。言われてみればシーフードカレーの香ばしい香りが漂って来ている。
「ああ‥‥人手が足りてなさそうだな、作りに行くか」
 これ幸いと妻のウサ耳姿から逃げ出したジャックに続いて、彼らもバーベキュー組に合流したのだった。


「ちくしょ――! リア充爆発しろにゃ――っ!!」
 帰還して早々、砂浜に頭を残して生き埋めにされた白虎は砂浜に戻って来たカップル達を見せつけられて悲鳴を上げていた。スカウトする予定だった主犯A(船木氏)には逃げられ、ミサイルで吹っ飛ばされ、散々だ。
 そんな哀れな総帥に「定番だけどこれでしょ」との神撫の一言で、人間スイカ割りが敢行されることになったのである。ちなみに、ガルは費用削減を唱えながらロボットの材料を拾うという名目で逃亡し、恭也はちゃっかりバーベキューに参加しているので難を逃れている。
「‥‥ふん、虜将に選択肢はないのだ!」
 砂に埋められては身動きも出来ない。エアーバットを片手に迫る傭兵達を見上げる【しっと団】総帥はぎりぎりと歯軋りしながら叫んだ。
「さぁ! やるならさっさとやるにゃっ!」
「じゃあ遠慮無く」
「い――‥‥‥‥にゃああああああああああっ!!?」
 可愛らしい総帥の断末魔の叫びが砂浜に木霊した。
 色々な意味で盛り上げ役として大変な功績を残し続ける【しっと団】総帥を傍目に、クラウディアは貰ったたこ焼きを食べながら辺りをきょろきょろと見回して知り合いを探していた。
「はわ、神撫さんも来てたんですねっ。お疲れさまでしたっ」
「こんちわ。クラウちゃんも居たんだ? 怪我は無い?」
 ようやく知り合いの神撫を見つけたクラウディアはぱたぱたと彼に駆け寄った。パラソルの下という格好の場所を確保していた彼は、彼女を手招きして正面に座らせる。
「タコ足、一杯あって食べきれないですよっ」
 そう言ってはしゃぐクラウディアの手にカクテルがあるのを見咎めた神撫は、彼女の頭に手を置き、さりげなく酒を引き離しながら言った。
「未成年はお酒飲んじゃだめでしょ?」
「はわ、私二十一歳ですよ?」
 小首を傾げて言ったクラウディアに、神撫はわざとらしく目を丸くして見せた。
「二十一? うそでしょ〜? だめだよ大人からかっちゃ〜」
「むぅ、嘘じゃないですよ! 身分証にちゃんと‥‥」
 しまった、身分証は置いてきた鞄の中だ。
「はわわ‥‥っ。でも本当ですよっ」
 年齢を証明する術を失ったクラウディアは精一杯腕を伸ばして神撫から酒を取り返そうと藻掻いた。しかし、身長差があるので届くわけもない。
「はいはい、お酒は駄目だよ〜」
「あぅぅ、嘘じゃないのにーっ!」
 一方、頭を押さえられてじたばたするクラウディアの後方――丁度倒壊した海の家の辺りでは、バーベキュー組が盛大に盛り上がっていた。
「お疲れ様。もうすぐ出来上がるからこれでも飲んで待っててくれ。ああ、スイカなら幾つか無事なものがあるな、食べるか?」
 騒ぐ仲間にジュースと切ったスイカを配ったヘイルはタコ足を捌く仲間の方を見やった。何せ数だけは大量にある上に、家事能力の突き抜けた教官は向こうで別の仲間に捕まっているのでしばらく帰って来ない。作る側もてんやわんやだ。
「うぅ‥‥デビルフィッシュは遠慮するよ。スイカだけ頂こうかな」
 まだうねるタコ足が脳裏に焼き付いているのか、しょんぼりとしたエイミーは少し塩の振られた新鮮なスイカを囓った。夏の風物詩的存在であるスイカの濃い味が美味しい。
「ふむ‥‥砂浜でも案外上手く作れるんだな」
 以前本で読んだタコの唐揚げを作ってみたネオは味見をして頷いた。大量の油を使うので作れるか微妙なところだったが、これはこれで存外良い味だ。
「おや、BBQが始まってる様だがどうだね?」
「いや‥‥先に一服してぇわ、ほんと‥‥」
 長郎の出した煙草を口に加えて、風下の砂浜に座り込んだヘンリーはがっくり項垂れた。家に帰ったら即刻風呂に入ってやる、と恨み言を並べながら煙を吐く。あっという間に一本吸い終わってしまった。
「もう一本どうだね?」
「あー‥‥貰うわ。悪ぃな」
 二人で海に向けて長い溜息のように紫煙を薫らせる。どことなく、煙草を吸う彼らの背中から哀愁が漂っているような気がした。


「くそ‥‥あいつのせいで俺は学園で女装する事になったんだ、一発殴らにゃ気が済まん!」
「あは。涼の女装姿、見たかったな〜」
「まあ、あの様子ではもう一度くらいは来そうだが‥‥」
 一方、目の前でAに逃げられたことに立腹しつつ、涼はがつがつと焼きトウモロコシを囓った。隣では陽一が美味しそうに早くも三皿目のたこ焼きを食べている。たこ焼きとたこ刺しを同時に作りながら、二人の食べっぷりに星嵐は呆れたように肩を竦めた。
「あぅ〜♪美味しいです♪」
「おかわり! 食うぞ、今日は食うぞ!」
「腹を壊すなよ」
 苦笑した星嵐である。
 涼が大食い宣言をし、陽一が舌鼓を打つ頃には、ゴルディ夫妻を連れたティナ、イレイズ、憐がバーベキュー組に合流していた。手際よくそれぞれの食料を調達する。
「先生ー今日のご褒美も在るよねっ?」
「ああ、たこ焼きか? 今作るからな」
 目を輝かせて喜んだユウである。既に両手にイカ刺しを持っているので、先にそちらから片付け始める。
「まーまー、先生方もお疲れでしょう。どーぞどーぞ」
 たこ焼きプレートで大きなたこ焼きを作っているところへ、新が麦酒瓶を片手にやって来た。お酒の入った傭兵達は既に飲めや騒げやの大騒ぎである。色々ぶっちゃけた発言も飛び出しているが、ここは敢えて何も聞かなかったとする方が良いか。
「お前も大変だったな‥‥主犯Aとやらも、いい加減懲りれば良いものを‥‥」
 嘆息した教官に、新は渇いた笑いを漏らした。
「まぁ何だ。結局、我々の夏の思い出に、華を添えただけでしたねぇ‥‥」
「何とも言えない華だがな‥‥」
 ちらりと魂の抜けた【しっと団】総帥を見た新は苦笑して、焼き上がったばかりのたこ焼きを受け取った。
「‥‥ん。カレー。見つけた」
 こちらに来る暁恒の手に持っているシーフードカレーを見つけた憐は彼に近づいた。カレーをくれ、ときらきら光る目で訴えかける。
「これか‥‥? 食う、のか‥‥?」
 たじろぎながらも別の皿にカレーを盛ってやった暁恒である。カレーは飲み物と豪語するだけあって、ご飯が少なくてもぐいぐいと憐はルーを飲み干した。
「の‥‥飲んだ、だと‥‥」
 ぎょっとした暁恒だったが、彼の近くでたこ焼きを平らげていた陽一が突然立ち上がって声を上げた。
「あっ、あの時の大食い少女! いざ、勝負‥‥!」
「‥‥ん。受けて。立つ」
 大食い同士、通じるものがあったのだろう。
 憐と陽一は誰に言われた訳でもなく、猛然とたこ焼きとカレーを食べ始めたのだった。


 海を赤く染める太陽が沈む。
 彼らが撤収する頃にはすっかり蝉の声も消え失せて、しんとした四国の浜辺が元の姿を取り戻していた。
 気がつけば、少し肌寒くなったような気がする。
 今年も――夏が終わろうとしていた。

―END―