タイトル:【DAEB】いざ中国へマスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/24 00:47

●オープニング本文


●カンパネラ学園にて
「ええっ! せ、先生‥‥退職なさるんですか!?」
 大きな目を更に大きくした三枝 まつり(gz0334)の素っ頓狂な声が職員室に響いた。遂にあの問題児が教官を追い出したぞ、と場に居合わせた人々は咄嗟に思ったが、どうやら前々から決まっていたことらしい。
「良いか、三枝。新しい先生になっても、くれぐれも粗相の無いようにな‥‥‥‥もう、本当に頼むから」
 最後の件は恐らくまつりには聞こえていまい。うんうんと頷いて、そこで彼女はようやく身を乗り出した。
「それで、新しい先生って誰ですか?」
「――俺だよ、じゃじゃ馬」
 俺って超格好良い、とかほざきながら足でドアを開けて入ってきたのは自称今をときめくイケメン教官ことヘンリー・ベルナドットである。
 その妙な噂――女子生徒に片っ端からナンパを決行しているらしい――は当然、まつりの耳にも届いていた。なるほど、軽そうな男である。
 野生の勘か、はたまた長年人間観察を続けてきた経験からか、まつりの全身にぞわっと鳥肌が立った。
 そんなことに気づきもしないヘンリーは、ズビシッとまつりを指差してこう宣ったのである。
「さあ、泣いて喜べ。この俺が直々に面倒を見てやるからな」
「やだああああっ! 先生、退職しないで――――っ!!」
 一瞬にして、ヘンリー・ベルナドットはまつりに拒絶されたのであった。


●いざ、中国へ
「さて、問題児。ビシビシ鍛えてやるから期待しとけよ。俺は前の担当みたいに甘くないぜ?」
 拳を鳴らしつつ言ったヘンリーは、早速一枚の紙をまつりに手渡した。最近情勢が変化しつつある中国の地名がざっと書かれている。
 まつりが一通り読み終えるのを待ってから、ヘンリーは口を開いた。
「お前、【DAEB】って作戦は知ってるか?」
「小耳に挟んだ程度ですけど‥‥『北京包囲環状壁撃破』でしたっけ。敵増援部隊を撃退し、かつ包囲網を突破してやろうっていうやつですよね?」
「そう、ちゃんと勉強してるじゃねえか。そこでだ。お前、ちょっと中国へ行って来い」
「はあっ!?」
 再び素っ頓狂な声を上げたまつりである。一方のヘンリーは平然としたもので、椅子に深々と座って足を組んだ。
「何事も経験だろ。心配すんな、包囲網を単独で突破しろとか言ってるわけじゃねぇんだし」
「うぅ‥‥そ、それで‥‥具体的にあたしは何をすべきなんですか?」
「山東半島に行って、周辺地域住民の避難を補助してこい。キメラとかわんさかいるらしいから、頑張れよ」
 すごく嫌な予感がするが、教官命令では逆らいようもない。大好きな教官の退職、加えて中国へ派遣、泣きっ面に蜂とはこのことだ。
「後でお前の援護もちゃんと頼んどいてやるから、大船に乗ったつもりで行ってこい」
「泥船のような気がして仕方ないんですけど‥‥」
「大丈夫、大丈夫。お前の運の良さなら問題ねぇって。ああ、あと、現地は土砂降りっぽいから気をつけろよ。――ま、お前なら風邪は引かねぇだろうけど」
「どういう意味ですかっ!」
 もうやだこの人。
 心の中でありとあらゆる罵詈雑言を吐いたまつりは、憤然と部屋を後にしたのだった。
 あそこまで馬鹿にされたら、やるしかない。
「見てなさいよ‥‥あんの女男!」
 鉄扇を握りしめてぷるぷる震えるまつりに、友人一同は誰も声をかけられなかった。


 バグア側、人類側が双方動き始めると同時に、山東半島にバグア軍の姿が多く確認された。
 即座に周辺地域には避難勧告が発令されたが、キメラ一匹でも脅えてしまう住民達にとって『バグア』の名前は想像を絶する恐怖感となってしまったようだ。
 このままでは集団パニックに陥ってしまう可能性もあるため、早急に住民を安全圏に誘導できる能力者を派遣して欲しい、というのがUPC軍からの依頼だった。
 なお、該当地域にはキメラが確認されており、全体撃破は困難であるとしても、一部撃破出来るのであれば尚良し、とも書かれている。
「‥‥はぁ」
 改めて文面を読み直したまつりはがっくりと項垂れた。勢いで出て来たは良いが、全くと言っていい程何も良い案が浮かばない。
 流石に今回ばかりは、彼女一人ではどうしようもないようだ。

●参加者一覧

最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
9A(gb9900
30歳・♀・FC
有村隼人(gc1736
18歳・♂・DF
桂木 一馬(gc1844
22歳・♂・SN
オルカ・スパイホップ(gc1882
11歳・♂・AA
Taichiro(gc3464
18歳・♂・DG
空言 凛(gc4106
20歳・♀・AA

●リプレイ本文

「この雨が恨めしいですね‥‥ヘンリー教官の日ごろの行いが悪いからこうなるんですね」
 ジーザリオの運転席から鈍色の空を見ていた有村隼人(gc1736)が呟いた。友人に突然無茶ぶりをかましたあの教官の行いが良いかと聞かれると、確かに首を傾げたくなる。
 合流地点で若い彼らを見た輸送部隊員は何事かと思ったことだろう。
「何か用ですか?」
 責任者らしい男が尋ねると、オルカ・スパイホップ(gc1882)は単調直入にずばっと言った。
「小型車両を借りたいんです〜」
「はい?」
 この子は一体何を言い出すのだと首を傾げた男とオルカの間に、エイミー・H・メイヤー(gb5994)が割り込んだ。
「中国のグランマ、グランパ達を助けるのに必要なんです。大切に使いますから貸してくれませんか?」
「こちらは大人数を輸送する車両を持っていないので、お願いします」
 加わった有村とエイミーの言葉を聞いた男はしばらく考え、部隊員を呼び寄せて何か話し合った後、二人に向き直った。
「一台だけならお貸ししましょう」
 ありがとうございます、と二人が頭を下げると同時に、小型車両の傍にいた部隊員が声を上げた。
「お、お嬢ちゃんが運転するのかい!?」
「‥‥ん。大丈夫。私に。任せて。KVの。操縦よりは。楽。多分」
 と言いつつ、席に座らずに立ったままハンドルを握るのは最上 憐 (gb0002)である。運転できるのかと部隊員は本気で心配したが、そこは伊達に能力者をやっていないだけあって、実に堂々としたハンドル捌きである。
 一通りの動きをして見せた最上は言った。
「‥‥ん。車両の。特性とか。弱点とか。助言を。頂戴」
 小型車両には最大で十人収容できる。全員立てばそれ以上でも可能だろうが、ぬかるんだ地面を走るのならばかなり揺れるためお勧めはしない。
 驚きを通り越して感心しながら注意点を言う部隊員の話を、最上はずっと無言で頷きながら聞き続けていた。


 小型車両を確保した四人が急いで街に戻ると、残った仲間達が広場にテントを貼っている途中だった。一旦エイミーは班から離れ、待機用のバスを借りるために地元のバス会社へと向かう。
 半時間と待たずに彼女が一台のバスを確保して戻って来た。貸し渋りをされたわけではなく、単純に彼女一人では一台しか引っ張ってこられなかったのである。だがテントの数も十分にあるため、一台でも何とかなりそうだ。
 やがて、続々と街の住民が広場に集まり始めた。皆、脅えていると同時に、何が起こっているのか分からない様子だった。
「身体が濡れるといけないから、良かったらどうぞ」
 エイミーは持って来られるだけ持ってきた傘を住民達に渡す。この際フリルがついた傘であろうが何であろうが住民達にとってはありがたいものだ。
「年寄り優先でバスに乗り込んでくれ! 入りきらない奴はこっちのテントを使ってくれ!」
 大きな声で指示を飛ばしているので空言 凛(gc4106)である。長身で目立つ分、彼女の誘導は住民達にも分かりやすいのだ。
「味方がすぐ側まで来ているから、あとは順番に移動するだけ。何も心配は無いから」
 バスの中に入って住民の位置を調整している9A(gb9900)が言った。覚醒して髪を黒に変えている彼女の言葉に、車内に安堵の声が漏れる。
「皆さんの安全は我々が保障します。必ず護ります。ですので、落ち着いて指示に従って下さい」
 小型車両への向かう住民の誘導は桂木 一馬(gc1844)が行っていた。ようやく安全な場所に行けると安心したのか、住民達の足取りは比較的軽い。
「現在、異常ありません。引き続き警戒に当たります」
 広場周りの安全を確認するのはTaichiro(gc3464)である。まだ住民の誘導に人手が要るので、今は彼が一人で警護に当たっている。
 最後に、自力で移動できない民家に向かっていたまつりが小型車両に老人達を収容した。途中で傘を差すのも面倒になったのか、全身びしょ濡れである。
「大丈夫? ご苦労様」
 声をかけられてまつりは怖ず怖ずと会釈をした。そう言えば初対面だと思い直した9Aは笑みを返す。
「‥‥あ、初めましてだよね? ボクは9A。好きに呼んでよ」
「三枝まつりです。よろしくお願いします」
 一度丁寧に頭を下げてから、まつりは小型車両のドアをしっかりと閉めた。これで何とか出発できる。
「まつり嬢、A班の皆、こちらは任せたよ」
 ジーザリオに乗り込もうとするエイミーが仲間達を見て言う。ドアを閉めると、直ぐさま先行するために車が発車した。
 こうして、住民の避難が始まったのである。



 何度か往復を繰り返した頃だろうか、先行するジーザリオの助手席から双眼鏡で辺りを警戒していたオルカが言った。
「いたっぽいよ〜」
 彼の言葉通り、これまで見かけることの無かったキメラが茂みからこちらに向かっている。何度も道を行くこの車両に興味を持ったようだった。
「憐さん、一時停止しましょ〜」
『‥‥ん。了解』
 後方の小型車両が停止する。
 同じく止まったジーザリオの窓を開けて、エイミーは手始めに直近のパンダに照準を定めた。まだそれほど数は多くない。できれば車から出て時間を無駄にすることは避けたいのだが‥‥。
「パンダは好きですが、邪魔者とあらば容赦はしませんよ」
 鋭く言って引き金を絞る。脳天に一発当たったが、存外しぶといようだ。
「外見は可愛いけどね〜」
 弓を構えたオルカも同じパンダに狙いを定める。頭付近を狙って射ると、今度は痛みを感じたらしく、前のめりになって蹲った。
「やった‥‥?」
 訝しみながらオルカが呟いた、刹那。
 死んだかと思われたパンダが唸り声を上げて小型車両に突っ込んだのである。
「ちっ!」
 舌打ちして車を飛び出したエイミーは即座に覚醒し、蛍火に持ち替えて車両とキメラの間に割って入った。盾で体当たりを受け止め、巨体を押し返しながら刀で腕を斬り飛ばす。
「‥‥ん。敵が出たけど。大丈夫。一応。念の為。急発進に。備えて。姿勢を低くして」
 最上はハンドルを切って車両をあぜ道ぎりぎりの所へ寄せた。車両内では小さな悲鳴が時折漏れているが、特に目立ったパニックが起こる様子はない。
「あ〜、一杯来ちゃったね〜」
 車を降りたオルカは前方から来る鶴キメラの丸々と太った首を射抜いた。戦闘音に惹かれたのか、でっぷり太った鶴が数羽姿を見せた。同時に、茂みの中から猿も何匹か現れる。
「間が悪いですね、本当に‥‥」
 溜息をついた有村も車の外に出る。最悪、最上には車両で強行突破をして貰わなくては、と考えながら、彼は覚醒して大剣を構えた。
 テナガザルの一種なのだろうが、長い腕を揺らして猿が飛び掛かる。飛びつかれる前に腕を斬り落とした有村は、猿の胴体に足を食い込ませた。数メートル後ろに弾かれた猿の胸をオルカが弓で射る。
 別方向から来た猿の尻尾を斬りつけた有村は相手の死角に回り込んだ。
「(全力で行きます‥‥)」
 赤く輝く大剣を力一杯振るった有村の一撃が猿の胴を突く。小さな猿の体が吹っ飛んだ先には、またパンダがのっそりと姿を見せた。
 住民の輸送も中盤に差し掛かったところで、彼らは大量のキメラの迎撃を余儀なくされたのである。
 だがそれは、街の中でも同じことだったのだが。


「はいはい、ケンカはそこまでにしとけよー? あんま騒いでるとキメラがよってくるぜ?」
 順番待ちに耐えきれなくなった住民を両手で押しのけた空言は溜息をついた。これでもう何度目だろうか。三度目の輸送に出た仲間達がなかなか帰ってこないために、住民達に不安が募っているのだろう。
「落ち着いて下さい。必ず皆さんを安全な場所まで運びますから、喧嘩は止めて下さい」
 周辺を警戒していた桂木も仲裁に加わる。その時だった。
 バスの中で住民達を宥めていた9AにTaichiroからの連絡が入ったのである。
『八時方向にキメラ二匹、引き続き警戒します』
「了解。ボクもそっちに行くよ」
 バスを降りようとした9Aは、住民達の不安そうな顔を認めて明るい笑みを浮かべた。そして、手に入れてきた勲章を彼らに見せる。
「大丈夫。キメラが襲いかかって来ても、ほら、慣れてるからサ」

 ◆

「敵がこちらに気付いた模様! 交戦に入りますので別方向の警戒をお願いします!」
 通信機を仕舞ったTaichiroはどこからともなく迷い込んだ猿を睨んだ。相手が動く前に威嚇もかねてレインコートを素早く脱ぎ捨てる。
 豪雨があっと言う間に服を濡らしたが、彼は構わず叫んだ。
「変身!」
 AU−KVを装着した瞬間に地面を蹴る。猿の背後をとった彼は機械爪で引っ掻くように斬りつけた。猿は長い尾を降って弾き返そうとしたが、逆にそれを掴んで別の猿へ投げ飛ばす。小銃でまとめて二匹を撃ち仕留めた。
 一方、9AはTaichiroからの連絡を受けて、広場から少し離れた場所で鶴キメラと遭遇していた。思ったよりもキメラが街に入り込んでいる。仲間への連絡が必要だと判断した彼女は通信機に呼びかけた。
「手を貸してくれないかな。もう少しキメラがいそうだからサ」
『了解。俺が行きます』
 桂木の声が返ってくる。その返事を聞き届けて、9Aは忍刀を静かに構えた。
 たぷたぷの鶴は動きこそ鈍いが、その分一撃が重い。
 鋭い嘴の突きを受け止めた9Aは淡く光る足で地面を蹴った。手始めに鶴が広げた翼を斬り落とす。
 そこへずぶ濡れの桂木が加勢した。雨で服は少し重く感じたが、そんなものは何でもない。
「援護します」
 近距離からガトリング砲を鶴に向けた桂木は迷わず銃爪を弾いた。残り弾が無くなるまで弾幕を張る。鶴を仕留め損なった銃弾がばしゃばしゃと水溜まりを打ち付けた。
「ンー。ガトリングはスカッとするよね」
 額に手を当てて遠くを見渡すような仕草をとった9Aは言った。その言葉通り、その視界の先では一羽の鶴も立っていられなかったのである。
 その頃、最も広場に近い場所にはパンダが一匹現れていた。見つけた空言は両拳を胸の前で突き合わせる。
「おーきたきたぁ! やってやるぜ! まっつん、ここは頼むぜ!」
 幸いというか何というか、広場にはまつりが残っている。その場は彼女に任せて、空言は大雨の中をパンダに向かって走って行った。
「パンダだぜ、パンダッ!」
 はしゃぎながらも距離を取って、相手の出方を窺う空言は、パンダの振るった丸い手のパンチを軽く受け流した。
「よっし! ――オッラァアアッ!」
 キメラの腕を払い除けた空言はカウンターでパンダの腹に体重をかけた一撃を叩き込んだ。勿論それだけでは倒れないだろうから、払った腕を掴んで関節技をねじ込む。
 そうして行動不能に追いやってから、近くの茂みに瀕死のパンダを蹴り転がした空言の無線機に、まるで見計らっていたかのように住民を輸送していた最上の声が聞こえて来たのである。
『‥‥ん。遅くなった。もうすぐ。到着する』


 キメラの襲撃に遭っていた輸送班も大きな怪我をすることなく、無事に住民を送り届けたようだ。
 その後もてきぱきと輸送を繰り返し、最後の住民を乗せた小型車両は街を出発した。街で住民達を宥めていた面々も一緒に乗っている。上手く配分して乗せていたため、最後は席が余っていたのだ。ただ、レインコートを着直したTaichiroだけはAU−KVをバイクに戻し、小型車両に併走する形で警護についた。
「憐さん、ストップだよ〜」
 前方にパンダキメラを発見したオルカが言った。早速車を降りて迎撃に向かう。
「必殺技の練習に丁度良いかな〜」
 颯颯と蛇剋に持ち替えたオルカは、言うなり小柄な体格を活かしてパンダの懐に潜り込むように接近した。
 相手が構える前に上下左右からその体を斬りつける。僅かに高さをずらした二本の剣が的確に急所を捉えていた。
 恐らくパンダは何が起こったのか分からなかったに違いない。
「うん、まあまあかな〜?」
 倒れたキメラを見下ろすオルカは指折り攻撃回数を数えていた。切った回数は多分六回。今の自分では精一杯の回数だが、まずまずの手応えである。
 そして反対側――、小型車両とジーザリオの間に立ったエイミーはパンダの突進を盾で受け止めていた。相手の側面に回り込んだ彼女は注意を逸らすようにパンダの背中を刀の柄で殴りつける。
「あなたの相手はあたしですよ」
 同じく小型車両を護衛するTaichiroが中距離から小銃でエイミーを援護する。両足を撃ち抜かれてバランスを崩したパンダが地面に倒れるのと同時に、彼女は背中を踏んづけて刀を背中に突き立てた。
 刀を引き抜いたエイミーは一度大きくそれを振り、血を落として呟いた。
「一段落、だな」
 気づけば土砂降りの雨も止もうとしている。
 輸送部隊との合流地点は目前だった。

 ◆

 全ての住民を輸送し終えた彼らは帰りの高速移動艇を待っていた。
「レインコートを着るべきだった‥‥」
 服を絞りながら呟いた桂木に9Aは苦笑した。確かにあの雨の中レインコート無しで動き回るのは大変だったことだろう。
「そうだ〜。僕の所属している兵舎に遊びにきてよ〜スタジオフィエスタって言うんだ♪」
 タオルで拭いた髪を編み直しているまつりにオルカが言ったのはそんな時だ。目をぱちくりとさせた彼女は戸惑いながら頷く。
「それじゃあ今度、お礼に伺いますね」
「――ちょっと待て。礼ならまず俺だろうが」
 聞き慣れた声がした。嫌な予感がしつつも後ろを振り向くと、移動艇からヘンリーが降りてくるところだった。どうやら様子を見に来たようだが、来るのが遅い。
「お前等、ご苦労だったな。三枝が迷惑掛けたなら担当の俺に言えよ。女性なら五割増しで補償してやるぜ」
 真面目な事を言っていたのに、最後で台無しである。
 まあ、ヘンリーが真面目とは程遠い人間なのは彼の風貌を見れば大体察しがつくので、彼らは何も言わずに各々微妙な表情を浮かべていた。
 その中で有村が何気なくヘンリーに近づいた。友人を困らせたこの男に、ちょっと言ってやらねばならないことがあるのだ。
「初めまして。有村と申します」
「おう、ヘンリー・ベルナドットだ」
 何気なく返したヘンリーに有村はあくまで平然として切り返した。傍に居た人がゾッと背筋が寒くなる雰囲気を醸し出して、だが。
「知っていますか? 女の子の噂って怖いらしいですよ‥‥すぐに広がりますから。戻ってきてからの評判が楽しみです」
「‥‥つまり、俺が格好良くて生徒思いのパーフェクト教官って噂が広まるってことか?」
 多分逆だ、と彼を知っている人も知らない人も同時に思った。
 殴りたい。あの恥の塊を殴りたい、とぷるぷる震えているまつりの肩を、同じドラグーンのTaichiroが軽く叩いた。
「‥‥同情します」
 無理矢理中国に飛ばされた上に、肝心の担当教官が『アレ』だ。
 ドラグーンの少女に面々は同情するしかなかったものである。

―END―