タイトル:【恋】三枝まつりの動揺マスター:冬野泉水

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/15 20:34

●オープニング本文


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 ユリウスはLH内をのんびりと歩いていた。学園は休みである。
「(三枝さん‥‥)」
 ここまで来て諦めないのも見上げた根性なわけだが、ユリウスは直接フラれた訳ではないので諦めようにも諦められないのだろう。
「(せめて自己紹介くらいはしたい‥‥)」
 ユリウスは、未だまつりに名乗っていないのである。おそらく彼女は間接的に聞いているだろうが、それにしても知らない男が言い寄って来ている現状はよろしくない。
「せ、せめて‥‥せめて名前だけでも! ああ、いや、でも、どうやって話かければ良いんだろう‥‥」
 悶々として歩くユリウスの背に声がかかったのは、まさにそんな時であった。
「すみません、そこの方。その服装‥‥カンパネラ学園の学生さんかしら?」
「え? ええ、はい、確かにそう――‥‥」
 言いながら振り返ったユリウスは完全に硬直した。否、ユリウスでなくとも誰でも固まるはずだ。
 彼に声をかけたのは一人の女性だった。すらりとした美人で、艶やかな黒髪を長く伸ばし、穏やかな微笑を湛えてこちらを見つめている。
 脇を歩く通行人は、彼女の柔らかそうな絹のワンピースの上からでも分かる見事な体の曲線に釘付けになっている。どこのモデルだろうかと言わんばかりのスタイルを見せる女性だが、ユリウスはもっと別の所に釘付けになっていた。
「あら、私の顔に何かついているかしら?」
 普通の男なら放っておかない笑みを浮かべた女性に、ユリウスは喉が渇く感覚を覚えながらも必死に声を絞り出した。
「さ‥‥えぐさ、さん‥‥?」
 その女性の顔は、彼の想い人でもあるまつりに瓜二つだったのである。


 カンパネラ学園の食堂で遅めの昼食をとっていた三枝 まつり(gz0334)は食器を片付けようと立ち上がった。
「ああ、待て。三枝、お前に話がある」
「ジャック先生‥‥?」
 珍しい人に呼び止められたものだ。普段なら彼女に積極的に話しかける教員はヘンリーくらいなものだが。
 てきぱきと食器を片付けたまつりは、ジャック・ゴルディ(gz0333)の真向かいに座りなおした。
「ええと‥‥あたしに何か用ですか?」
「ああ、本来はヘンリーが伝えるはずだったのだが、あいつは別件で忙しくてな」
「聞いてます。珍しくまともに仕事をしているとか」
 苦笑したジャックである。ヘンリーがハーモニウムの双子を預かって世話しているというのは、学園内では割と有名な話だった。
「それで、あたしに伝えることって?」
「ああ‥‥出来れば驚かないで聞いて欲しいのだが‥‥」
 歯切れ悪く口を開いたジャックだったが、次の言葉を継ぐ前にユリウスが物凄い勢いで食堂に入ってきた。
「三枝さん! ちょっと! ちょっと俺と一緒に来て!!」
「え? へ‥‥ふぁっ!?」
 腕を掴まれ、半ば引きずられるように食堂を飛び出したまつりである。
 残されたジャックは溜息をついて、手にしていた書類を机の上に広げた。
 そして、同僚への恨みの篭った声で呟いたのである。
「伝え損ねたぞ、ヘンリー‥‥まったく、嫌な役を押し付けられたものだな」
 机の上に乱雑に広がった書類には、何枚かの写真が添付されていた。UPC軍の軍服を見にまとった男女の姿や、語るには憚られる程の写真、そして、淡々と書かれた文章がある。


 四国、高知の山林にてUPC軍関係者と思われる頭部の無い白骨遺体が発見された件についての報告。
 DNA鑑定の結果、本学学生である三枝まつりの父親であることが確認された。
 なお、同行していたと思われる当該学生の母親に関しては、なおも捜索中であり、未だ生死不明であると判断せざるを得ない。
                                以上


「今日、三枝さんにそっくりな女の人に話しかけられたんだ」
 その言語を聞くや否や、まつりはユリウスの胸ぐらを掴まん勢いで彼に詰め寄った。
「どこで! 名前は!? 何か言ってた!?」
「‥‥え、えっと」
「教えて! お願いだからっ!」
 たじろぐユリウスは、ここまで感情を顕にしたまつりを見たことがなかった。否、誰も見たことがないだろう。ましてや、彼女の両親が消息不明であるということを知らないのならば尚更である。
 跳ね上がった鼓動を抑えて、ユリウスは一拍置いてから口を開いた。
「会ったのはLHの商店街で、名前は聞けなかった。三枝さんの事を知っているか聞かれたよ」
 その落ち着いた口調にまつりも冷静さを思い出したのか、慌てて手を離してユリウスから距離をとった。それでもまだ、その瞳が動揺を隠しきれていない。
「‥‥ごめんなさい」
「いや、良いんだ。それで、三枝さんにこれを渡して欲しいって言われたんだ。見れば分かるからって」
 差し出された一通の封筒を受け取ったまつりは、怪訝そうにそれを開いた。中には一枚の手紙と、一枚の写真、そして丁寧に布に包まれていた一房の髪だった。
「‥‥悪趣味だね」
 思わず呟いたユリウスだったが、手紙を凝視していたまつりには聞こえていなかったようだ。
 顔を上げたまつりは、写真と髪を封筒に戻してユリウスに突き返した。
「お願い、これをヘンリー先生に渡して。髪の鑑定をお願いして。あたしは、高知に行くとだけ、伝えて」
「三枝さん‥‥?」
「届けてくれて、ありがとう」
 淡々とした口調のまつりは、それだけ告げるとユリウスに背を向けて走りだした。

 ◆

 職員室に封筒を届けたユリウスに、ヘンリー・ベルナドット(gz0340)はあんぐりと口を開けたまま、しばらく何も言わなかった。
「‥‥そのままあいつを行かせたのか?」
「はい‥‥」
「呑気に封筒だけ持って帰って、あいつを行かせたんだな? 高知のどこだって言ってた?」
「‥‥聞いてません」
「んの、馬鹿野郎がっ!」
 思いっきりユリウスを殴ったヘンリーである。思わず見守っていたジャックが彼を止めたくらいだ。
「阿呆か、てめぇは! 何だって今、四国にあいつを行かせた! 四国に東京から逃れた敵勢力が移動しつつあるって、この前教えたばっかりだろうが!」
「あ‥‥」
 全く失念していたらしい。ジャックを振り払ったヘンリーは、やり場の無い怒りを机にぶつけた。
 能力者の彼が本気で殴ったのである、書類を巻きあげて机の中央が完全に凹んで割れ目を作った。
「動ける奴を召集しろ。ただし、大規模に動いて向こうを刺激したくねぇ。少人数で、出来る限り気づかれない作戦で、あいつを帰還させる」
「分かった‥‥手配させる」
「待て、ジャック。あいつにあの事、知らせてねぇんだよな?」
「ああ」
「だったら、捜索範囲はあいつの実家付近だ。丁度、避難指示が出たばかりの地域だから探しやすいだろ」
「了解。そのように伝える」
 職員室を出たジャックを見送ったヘンリーはユリウスを指さした。
「てめぇは今回、お留守番だぜ。お前まで出て行ったら面倒だからな。家で謹慎してろ」
 教官の鋭い声に、ユリウスはただ黙って俯くしか出来なかった。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
威龍(ga3859
24歳・♂・PN
キョーコ・クルック(ga4770
23歳・♀・GD
三枝 雄二(ga9107
25歳・♂・JG
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
ネオ・グランデ(gc2626
24歳・♂・PN
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD

●リプレイ本文


 高知県某所、海岸線に沿って並ぶ旅館街は破壊音と吹きすさぶ潮風に晒されていた。
 いかに住民の退避がほぼ完了しているとはいえ、軍の命令に背いてまで自分の家に留まろうと抵抗した住民も少数ながらおり、そういった彼らの心情はおおいに理解できる。
 まつりもまた、そうした人々の一人であった。もっとも、彼女の場合は傭兵もかねているため比較的容易に戦線に入り込めたとも言えるが。
「‥‥あった」
 実家に戻り、無人の料亭を引っかき回していたまつりは、額に浮かんだ汗の玉を腕で拭った。
 開けられた引き出しには、茶色く変色した手紙が一通残されていた。
 それを大事そうに手にとった彼女の耳にも、傭兵たちの戦う音は、確かに聞こえていたのである。


「東京の残党がここまで来ているとはな‥‥」
 呟いたイレイズ・バークライド(gc4038)は、敵軍の後方に位置する本星型HWをじっと見つめていた。操縦を誤るほど風は強くないが、潮の香りがここまで感じられる。本来ならば、観光客で賑わっていたことだろう。
「なぜこんな時期に‥‥敵が来ていることは分かっていたはずでしょうに」
 額を押さえた秦本 新(gc3832)だったが、やはり保護者の一人として心配せずにはいられないようだった。だが、現状彼女がどこにいるのか不明である以上、敵の排除を優先すべきであるとも冷静に考えていた。
「なんにせよ、奴らにここは壊させねぇ」
 生まれ故郷を蹂躙されて喜ぶ人間はいない。
 ゼカリアの中で、力を込めて操縦桿を握る巳沢 涼(gc3648)は唸るように言った。彼もまた、高知の土地がその生を受けた場所でもあるのだ。
 敵は残党とはいえ、決して気を抜くことはできない。
 各自、僅かな緊張と確かな戦意を持って一斉に出撃した。



「須佐殿は、まつりを探すことに専念してください。敵は自分達が」
「ああ‥‥言われる間でもない」
 傭兵たちから離れていくシラヌイ改を見送った神棟星嵐(gc1022)は、正面からこちらに来るTWに向き直った。
「‥‥俺には詳しい事情はよく分からないが、何かずいぶんと込み入った事情があるみたいだな」
 駆けていく機体の背を見る威龍(ga3859)は言った。だが、それ以上に今は敵を迎え撃つことに集中すべきと彼自身は判断したようだった。
「皆さん、ここで奴らを殲滅しましょう。TWは自分が抑えに周ります。RCとアルケニー、キメラを先に殲滅して頂きたい」
「空は俺達が引き受けよう。陸は任せた」
「ああ。街で暮らす人達にとっては。目の前に迫った脅威の方が深刻だろうからな」
 星嵐の声にイレイズと威龍が応える。
「RCは任せておけ、破片一つもそちらには通さんよ」
 最前線に立つ星嵐に、同じ陸戦に向かうネオ・グランデ(gc2626)が頷いた。大砲を載せたRCが視界の先で唸り声を上げる。
 傭兵達は、予め取り決めておいた通り、陸と空に分かれて敵の撃退を始めた。幸い、どの敵を倒せば良いのかははっきりしているので、乱戦の心配はなさそうだ。
 だが、それにしても、だ。
「東京の生き残り、ねぇ‥‥面倒なことにならないと良いけどね」
 あの大規模な戦闘のしわ寄せが地方に来ている。その事実を目の当たりにして、キョーコ・クルック(ga4770)は重い口調で呟いた。



「まつり! どこだ!」
 さすがに彼女の実家にKVで踏み込むわけにはいかない。
 機体を降りた須佐 武流(ga1461)はまつりの実家に初めて足を踏み入れた。できることならば、もっと別の理由で入りたかった場所でもある。
 料亭、というだけあって確かに広い。だが、客ばかりが使う部屋を除けば、そうそう捜索範囲は広いわけではない。
 武流が中を探す間、外のアルケニーやキメラは仲間たちが引きつけていた。
「新宿で隊長達を叩き潰してやったのに、まだ残ってやがったか」
 正面に陣取った涼は、マルコキアスを先頭集団に撃ちこんだ。悪魔の名前を冠されたそれは、瞬く間に最前線のキメラを吹き飛ばす。アルケニーが以前後方で待機しているのが歯痒いが、牽制には十分だろう。
 一方、空でもほぼ同時に戦闘が始まっている。
 CWのジャミング効果により、空戦に向かった傭兵たちには陸戦よりも重い頭痛が襲いかかっていた。
「四国はこのメイド・ゴールドが守るっ! ‥‥なんてね♪」
 こめかみの痛みにもめげずに、キョーコは不敵に微笑んで見せた。CWのジャミングの程度を知るために、プラズマライフルを立方体の敵へ放ってみる。
 一直線に伸びた砲撃はCWの脇を抉って掠めていった。思った以上にジャミング効果が小さいのかもしれない。
 だとすれば、少しCWに揺さぶりをかけてやればジャミングを破ることはそう難しいことではないだろう。
 そう判断したキョーコは機体をやや加速させた。狙うはヒュドラ一点である。
 もちろん、ジャミング効果は初めから弱かったわけではない。戦域の西側では、ウーフー2に搭乗した威龍が強化型ジャミング中和装置を起動させていたのである。
「これだけCWが跋扈している状態じゃ、ウーフーのアンチジャミングも焼け石に水だろうが、無いよりはマシ程度に思ってくれれば、俺が参加した甲斐があったというものだ」
 本人は本音を言ったのかもしれないが、実はこれが意外と効力を発揮していたのである。つまるところ、それだけ東京での大激戦は敵味方双方に負担となっていたということだ。
 そのCWの殲滅には三枝 雄二(ga9107)が向かっていた。
「やれやれ‥‥相変わらずお転婆な子っすね」
 溜息をついた雄二だったが、幸か不幸か、CWのせいで嫌でも現実に引き戻される。
「ともあれ‥‥まずは敵を片付けることっすよ。レーダーロック、ドラゴン2、FOX2!」
 吼えた雄二は、持てる限りのミサイルポッドをCWの集団にばらまいた。キョーコの試射で敵の妨害程度は把握済みの彼に、遠慮する要素などどこにもないのだ。
 激しい爆音を立て、黒煙を上げながらミサイルの直撃したCWが砕けて海に散っていく。太陽に反射して、まるでガラスが海に降り注ぐようでもあった。
 CWに初撃が効いたところで、再びヒュドラを狙うキョーコと、援護に回った和泉恭也(gc3978)が血路を進む。その後ろには、本星型を狙う威龍とイレイズも続いた。
「お先に。‥‥注意を引きますのでお願いします」
 一足先に飛び出た恭也は、射程に入ったヒュドラにUK−11AAMを放つ。半壊の上、大きな的でもあるヒュドラにこれは直撃したが、やはり一筋縄ではいかないようだ。
 ダメージ自体はあるようだが、致命打には程遠い。
 接敵に気づいたヒュドラと本星型から一斉にこちらへ砲撃が飛んで来る。
「おっと‥‥っ!」
「ちっ!」
 死角を潰すような砲撃に、四機は一度散開した。だが、砲撃が各自の翼を掠めていく。一時的に四人の操縦席に警報が鳴り響いた。
 反撃を始めたのは空だけではない、陸もそうだ。
 TWの足止めに一人で向かった星嵐はプロトン砲の脅威に晒されていた。伊達に東京での戦場で暴れなかっただけあって、その威力はまだまだ健在のようだ。
「――っ!?」
 計器が悲鳴をあげると同時に、ミカガミの右腕部に衝撃が走る。プロトン砲に隠れたミサイルに持って行かれたか。
「く‥‥っ、こんな攻撃でっ!」
 操縦桿を倒した星嵐は、ミカガミをTWの射程から後退させる。突進しか脳のないTWが迷わず追撃をかけた。
 対して、逃げの一手に踏みとどまらない星嵐は、TWの砲撃を何とか躱してレーザーカノンで牽制を始めた。市街地に近い場所だ、迂闊にTWに近づかれては困るのである。
「そんな見え透いた攻撃に当たる訳にはいかない!」
 すぐ傍で爆発音が響く。爆風を追い風に接近した星嵐のミカガミに、TWの方向転換がやや遅れた。
「‥‥そこだっ!」
 構えていた星嵐が高分子レーザーガンをTWの頭部に撃ちこんだ。側頭部を穿たれたTWは、大きく体勢を崩す。意図せず近くの建物に突っ込む形になってしまったが、不可抗力の範囲内だろう。むしろ瓦礫が動きを封殺しているようにも見える。
「これで幾分かは時間が稼げるはずですが‥‥」
 息を吐いた星嵐は、操縦者不在のシラヌイ改を背にして、TWの出方を窺っていた。


「ちっ‥‥無駄に威力だけは高いか」
 レーザーバルカンのリロード時を狙って砲撃してきたRCにネオは吐き捨てるように言った。向こうの砲撃が思ったよりも早い間隔で来るのだ、二体が時間をずらして撃つせいか、余計に性質が悪い。
「正直、近接戦は分が悪いですね‥‥なら、此方の土俵で勝負」
 ネオの後方、RCの射程ぎりぎりの位置を動きまわるリンクスを駆る新は、RCの砲塔を狙いながらライフルを放つ。リンクス・スナイプの恩恵を受け、プロトン砲を背負うRCの動きを確実に封じていった。密集は愚策と判断したRC二体が徐々に左右へ別れていく。
「こっちも急いでるんでね‥‥重武神騎乗師、ネオ・グランデ、推して参る」
 新の援護を受け、射撃で牽制しつつ接近していたネオはブーストをかけてRCの一体の懐に潜り込んだ。上は新が抑えているのだ、自分は下を攻撃してやればいい。
「墜ちろ‥‥槍刃月華・弧月」
 超電導アクチュエータを起動させ、ゲイルスケグルを振り薙いだネオの蒼獅子・改がRCの四肢――砲塔の防御に気を取られて無防備だった格好の箇所を弾き飛ばした。
「これで一体‥‥っ!」
 転倒したRCの胴体に渾身の突きを落としたネオの目の前で、血潮を噴いてRCの巨体から力が抜けていく。
 その刹那だった。
「チッ! 秦本さん手ぇ貸してくれ!」
 キメラとアルケニーを引き受けていた涼からの通信が入る。直後、緊張の走ったネオに向かって、片方のRCが突進してきたのだ。
「つ――‥‥ぅっ」
 機体に走る衝撃をなだめて、ネオは方向を立て直す。すぐさまレーザーバルカンを斉射し距離をとった。
「あんたは援護に行ってくれ。残り一体くらいなら、俺がなんとかしよう」
「‥‥分かりました。お願いします」
 捌く数で言えば、涼の負担の方が大きい。ネオの言葉に頷いた新は踵を返し、仲間のもとへと加速した。
 その救援を要請した涼は単機、アルケニーの集中砲火に晒されていた。キメラを巻き込んでぶっ放してくれるのは手間が省けるのだが、こうも全機全力で撃たれると涼も愛機の防御力頼みになっていたのである。
 それでも、立派に耐えているあたりは流石の一言に尽きる。
「鉄壁の名に賭けて、此処から先には一歩も行かせん!」
 涼とて黙っていたわけではなく、砲撃の合間に接近するキメラ群に向かって対空榴弾を撃ち込み、アルケニーにはマルコキアスで反撃していたのである。
「数が多すぎる‥‥っ」
 だが、徐々に自分の機体の耐久力が落ちているのが生々しく分かった。
 冷や汗が背を伝った時だ、要請を受けた新が到着した
 集団砲台と化しているアルケニーが涼に攻撃を集中させているのを見るや否や、端からライフルで狙撃していったのである。
「止まった敵ならば、この距離でも‥‥!」
 高い耐久力を持つ涼と違い、ただの砲台となっているだけのアルケニーは爆発音を立てて砕け散っていく。密集していたのが仇となったのか、誘爆する機体もあった。
 危険を察知したのか、砲撃を躱して何機かのアルケニーが戦線を離脱していくのが見えた。
「追いますか?」
「追いたいが‥‥ちょっと、立て続けは辛いぜ‥‥」
 攻撃を耐え切った涼のぐったりとした声に重なるように、まつり発見の一報が伝わったのはそんな時だった。


 時間は少し遡る。
 角を曲がった武流と、銃を構えたまつりは鉢合わせしたままたっぷり三秒は硬直していた。どうやら敵が来たと思ってここまで出てきたようだった。
「まつり‥‥無事か? 怪我はないな?」
「‥‥あ、ありません。ごめんなさい、あたし‥‥」
 急いで銃をしまったまつりである。屋外には出ていないらしく、怪我らしい怪我はどこにもない。
 安堵の息を吐いた武流は単刀直入に切り出した。
「とにかく、ここは危険だ。今すぐ戻るぞ」
「‥‥」
 無言になったまつりの様子を見るに、まだここに留まる理由があるようだった。
 だが、そんな余裕などどこにもないのだ。無理矢理にでも引っ張っていくつもりの武流は、彼女の腕を掴み、さっさと歩き出した。
「武流さん?」
「機体はないんだろ? 俺の機体に乗れ」
 そう言った彼の手をまつりは払いのけた。そんなことを一度もしたことがなかったので、驚いた武流が彼女を見る。
 まつりは、非常に言いにくそうに切り出した。
「あたしはまだ帰るわけには‥‥まだここが戦闘地域なら尚更です」
「駄目だ、危険だと分かっている場所に置いておけるか」
「あたしなら平気です。武装だってしてるし‥‥」
「武装しているくせに俺たちの世話になってるだろうが」
 ぐぅの音もでないまつりの腕を武流は再び掴んだ。慌てた彼女が彼に叫ぶ。
「武流さんっ! あたし本当に――」
「良いから。ついてこい」
「でもっ!」
「今は俺の言うこと聞けよ! 俺を信じろ!」
 ぐっと詰まったまつりは、しばらくしてから小さく頷いた。やや不満そうではあったが、状況を判断できているのに駄々をこね続けるほど彼女も幼稚ではないのである。
 愛機にまつりを乗せた武流は、確保の一言を全員に告げた。
 ある意味での枷を外された傭兵たちの反撃が始まったのである。


「確保確認。なら、更に遠慮は要らないっすね」
 胸を撫で下ろした雄二は、出し惜しみしていたミサイルポッドをすべてCWに向かって放った。CWの群の中心に突っ込んだミサイルが多くのワームを巻き込んで炸裂する。
「ドラゴン2、全力攻撃を開始する」
 操縦桿を握り直した雄二は電算機の割り出した地点へスラスターライフルを連射し、止めにUK−10AAMを放つ。ガラスの壁を撃ち破るように、小気味良い音を立ててCWが海へと落ちていった。
「目標の半数を撃破、だいぶ頭痛も治まってきたっす」
 雄二の言う通り、ジャミングの効果は格段に薄くなっていた。それまで封じられていた武器を使えることは、この局面に置いてかなりの有利となるだろう。
 一方、ヒュドラへ向かっていたキョーコと和泉は攻勢を一切崩さず戦線を維持し続けていた。
「この‥‥っ!」
 ヒュドラに急接近された恭也が高性能ラージフレアを発射し距離を取る。動きを阻害された敵だったがなおもレーザー砲で迎撃を繰り返している。翼を損傷しつつも、恭也はこれを躱した。
「こんな美人を前によそ見なんて、無粋だね〜」
 横から接近していたキョーコのアンジェリカがK−01を叩き込む。漆黒に緑と深紅のラインが走る機体の目の前で、ヒュドラは土手っ腹にK−01を食らう。射線上にいたCWに狙ったものだが、運良く本丸にもあたったようだ。
「援護します、このまま押し切りましょう!」
 難を逃れた恭也がヒュドラの注意を引くために動き始める。二機のどちらに狙いを定めるべきか敵が逡巡している間に、キョーコはドゥオーモを撃ちこんだ。
「あんたの相手ばかりしてる余裕ないんだよっ!」
 墜ちる――その確信を持ったキョーコは、エンハンサーで強化したスナイパーライフルをヒュドラの損傷部に斉射した。
「いい加減に‥‥壊れろッ!」
 彼女の意思を組んだ恭也も、別の損傷箇所に向かってリロードしたノワール・デヴァスデイターを放つ。
 二人の火力が耐久力を上まったのか、ヒュドラは一際大きな爆発音を響かせて一気に高度を落とし、水柱を上げて海に沈んだのだった。
「残るはこいつだけか。一気に叩くぞ」
 そう言ったイレイズはスキルを継続発動したまま、試作スラスターライフルを乱射した。弾幕の中に突っ込む形になった本星型がダメージを食らわないわけがない。
 それでなくとも、既にパンテオンを撃ちこまれており、加えて威龍も攻撃に加わっているのだ。思った以上に、本星型は消耗しているようだった。
 だが、火力自体はまだまだ高く油断はできない。
「――っ」
 ばら撒くように放ってきた本星型のミサイルは試作型超伝導DCで防御に徹するイレイズの竜牙にも傷が増えていく。推進機関が無傷であることが幸いであろう。
「まだまだ、この程度じゃ終わらせないな」
 強化型ジャミング集束装置を起動させている威龍はCWの残党を突っ切るようにして接近してきた。螺旋弾道ミサイルを放ち本星型の動力部分を抉ると、更に接近してそこをガトリング砲で撃ちぬいたのである。
 一段と大きく本星型が傾いた。強化FFが切れたのである。
 そこへ、追いついた仲間たちも続けざまに砲撃を始め、本星型の動きを封じ込める。
 ガクリと敵の高度が下がった。
「好機‥‥突っ込むぞ!」
 ブーストを掛けたイレイズが一気に本星型へ接敵する。ソードウィングの出力を上げ、全火力を乗せた状態で斬り込んだのだ。
 動力部と中心部を完全に破壊された本星型は、嫌な音を立てながら亀裂を深め、爆炎を上げてヒュドラが沈んでいった海へと墜落していく。
 そうして、水に接した瞬間に大きな爆発を起こし、あたりに強烈な風が吹きつけたのである。
 司令塔を失ったCW達が撤退を始める。それらを追撃していた彼らだったが、その全てを倒しきる力は残っていなかったのである。


 TWは瓦礫をはねのけるようにして起き上がったが、動きを止めている時間があまりにも長すぎた。敵にしてみれば、いつの間にか相手が一機増えているのだから堪ったものではないだろう。
 敵がこちらの射程に戻るや否や、星嵐はレーザーカノンとレーザーガンを駆使し、TWの砲身と頭部を狙いに行った。
 刹那、TWが唸りを上げてプロトン砲を出鱈目に撃ったのである。
 市街地には幸い届きはしなかったが、堤防が大きな音を立てて瓦解していく。
「何てことを‥‥これ以上はさせるかっ!」
 舌打ちした星嵐の一撃がTWの頭部へ命中する。プロトン砲を積んでいる背中とは違い、やや脆さの目立つ部分への砲撃は随分と効果的なようだ。
 更に戦線に加わった武流のシラヌイ改がTWに突進したのだ。
「たかが亀ごとき‥‥この街で暴れられると思うなっ!」
 すれ違いざまにソードウィングとエナジーウィングでTWの砲身を斬り飛ばす。速度に追いつけなかったTWの主砲が宙に舞い飛んだ。
 怒りに震えるTWは、体をひねることで武流に体当たりを仕掛ける。攻撃直後で方向の切り替えが難しい彼の機体が大きく振動する。
「ち‥‥ぃっ!」
 一人ならともかくまつりの乗っている状態で、あまり荒っぽい操縦はできない。高出力ブースターをかけ、攻撃を食らいつつも何とか転倒は免れた。
 対するTWは、自身の動きの反動で硬直している。
 そして、それこそ星嵐の狙っていた瞬間でもあった。
「動きが止まったな。この間合いはこちらのテリトリーだ! 接近仕様マニューバ起動、仕留めるぞ、ブルーゴッテス!」
 メインカメラが紅く染まったミカガミが加速してTWに接近する。機体内臓『雪村』を起動させ、ツインブレイドで首を狙って振り抜いた。
 刃と装甲のぶつかった音が反響する。装甲を砕いた星嵐の一撃に加え、最接近した武流の攻撃が、遂にTWの急所を捉えた。
 砲撃しようと失った砲身から火柱を上げながら、TWがゆっくりと地面に倒れる。
 TWを失うと同時に、ネオの相手にしていた最後のRCやキメラ達もすごすごと退却を始めた。追おうとした彼の足元に、退くRCの最後の砲撃が飛んで来る。
 どうやら、深追いは危険のようだ。
「これで終わり、か‥‥?」
 怪訝そうに言ったネオだったが、彼の予感はすぐさま現実のものとなった。
 涼と新が相手にしていたアルケニー達が突然加速し、市街地に向けて突進したのである。自爆システムは既に起動しているに違いない。
 意図するところは、ひとつだった。
「行かせるか――――っ!」
 一歩遅れて二人はアルケニーを追った。幸い、射程はこちらの方が長い。
「ここまで来て、街を破壊されたら洒落になりませんよ!」
 新が急停止をかけながらライフルを放つ。もともと自爆するために走っているアルケニーだ、すぐさま爆発して黒い煙を上げる。
「やべぇ‥‥そっちに二機ほど行くぞ! 頼む!」
 市街地近くには星嵐と武流がいる。二機を仕留めた涼は二人に向かって叫んだ。
 だが、このままでは突撃に間に合わない。
「須佐殿!」
 叫んだ星嵐が突撃の一機をレーザーガンで仕留める。
 しかし、残りの一機に手が届かない。
 対する武流の方もバルカンを使いたかったが、敵への距離があまりにも近すぎる。
 回避も間に合わない。ましてや、建物を盾に使うわけにもいかない。
 ならば、防御しかない。
 アルケニーの決死の特攻を武流は正面から受け止めた。とてもではないが、並の傭兵には不可能なことだ。
「この‥‥ナメるなっ!」
 ディノスケイルと飛燕を立て、軸を作った状態を保ったまま、ぎりぎりのタイミングで直撃を躱す。
 それでも、無傷であるはずがないのだ。全計器が悲鳴を上げ、中にいる二人も相応の衝撃を食らった。
 辺りがしんと静まり返る。
 固唾を飲んで仲間たちが見つめる中で、損傷しつつも踏みとどまったシラヌイ改の姿が黒煙の中からゆっくりと現れた。



 激戦を終えた傭兵達は、早速まつりに話を聞くことにした。街は無人だから、聞かれたくない話をするにはある意味最適の場所なのだ。
 無鉄砲で無計画で、ところかまわず平然と無防備で出ていくという破天荒な少女だが、ここまでのことをしたことはなかった。
「まつり、何故こんな危ない事をしたのかきちんと説明をして欲しい」
 説教モードに入っている星嵐の隣で、新はそっと息を吐いた。
「‥‥今回ばかりは、本気で心配しましたよ。無事で良かった」
「ご、ごめんなさい‥‥」
 しょげているまつりは、改めて彼らに頭を下げた。自分の行動が迂闊だったことは、おそらくとうの昔に理解しているはずだ。
 問題は、そうまでして何故この土地に留まる理由がなんであるか、だ。
「里帰りにしては、時期が悪すぎるね」
 傷の手当をしているキョーコが零した。学園が四国の情勢について教えていないという事態は有り得ない。
「四国が危ないっていうのは知っていたんだろうね?」
「もちろん、です。先生から聞いていましたし‥‥」
 やはり、まつりは無理をしてでもこの地に来たかったようだ。そうさせる理由があったに違いない。
「それで、何故こんなことを?」
 威龍の問い掛けに、まつりは制服のポケットから折り畳んだ手紙を彼らに示した。
「あたし宛の手紙です。『父親について教える。故郷で待つ』と書いてあります」
「それだけなのか?」
 ネオが不思議そうに尋ねた。
「他に何か書かれていたりはしなかったのか?」
「これだけです。あとは手紙にお父さんのものだっていう髪と、写真が一枚でした」
「写真とはご両親のですか?」
 恭也の言葉にまつりは頷いた。彼女が言うには、どう見ても自分の前からいなくなった後に撮られたものらしい。
つまり、だ。
「初めから、まつりさんを実家にこさせるための手紙だったというわけですか‥‥」
 新がなんとも言えない顔で言った。手紙も髪も写真も、まるで悪意しか感じない。
「けど、それでも普通は不審に思わねぇか? いくらまつりちゃんが父親好き好きでもよ」
「俺も同感だ。そこまで判断能力の鈍い人間ではないはずだろう?」
 壁にもたれていた涼とイレイズの言葉はもっともだ。これで本当に父親の文字だけで来たというのならば、もはや救いようがない。
 頷いたまつりは、ひどく淡々とした口調で言ったのである。
「その手紙の字、お母さんのに似ていたんです‥‥」
 顔を見合わせた傭兵達である。対照的に、まつりの声はどんどん焦燥感を帯びていく。
「お母さんがお父さんのことを知らせにここに戻ってくるなら、あたしは何としても戻らないといけなかったんです。実家を指定したのも何か訳があったのかもしれない‥‥でも、家には誰もいないどころか、すぐに敵が押し寄せてきて‥‥あたしには何が何だか‥‥」
 だからひとまず先に、いつでも持って逃げられるように両親が過去に送った手紙などをまとめていたのである。
 目を閉じた恭也が、努めて穏やかに言う。
「急がなきゃって気持ちも分かるつもりです。でも、急にいなくなられたら皆心配します。丁度今の貴女のように。一言、せめて先生にでも言って下されば良かったのに‥‥」
「まったくっす。おじさんも頼ってほしかったな」
「ごめんなさい‥‥でも、どうしても我慢できなくて‥‥それに、まだ色々まとめないと。ここは危険みたいですし」
 手紙を寄越した主が姿を見せない以上、また狙われる可能性はある。
 最悪、もうここには戻れないかもしれない。
 そういう意味では、見えない敵はまつりから大切な実家を奪ったということにもなるだろう。
「なら、手伝いますよ。ただし、絶対に一人では行動せず、終わったら帰る事」
 立ち上がった新が言った。放っておけばいつまでも頑として残りそうだ。
「やれやれ‥‥お転婆も色々と極まったな」
 ネオの言葉が全てを表しているようにも見える。
「けど、須佐さんはもちろんだが、先生方やここにいる皆も相当心配したんだからな。それは反省してほしい」
「はい‥‥ごめんなさい、ありがとうございました」
 丁寧に頭を下げるまつりに元気がないので、それ以上誰も何も強く言えないでいた。
「良いか、まつり‥‥」
 そこまで黙っていた武流が、最後に口を開いた。
「もしかしたら、お前はこれから想像もしない事態に巻き込まれることになるかもしれない。消息不明の両親のことが今になって出てきたことも‥‥おそらく無関係ではないはずだ」
「そうですね。あまりにも偶然が過ぎます」
 頷いた星嵐に、まつりの表情が暗くなる。
「だが、俺は誰よりも、何よりも‥‥お前だけを守りたい。その相手が最悪、お前の両親だったとしても、だ」
「‥‥はい」
「自分たちも同じです。今回は、先生方に皆で怒られましょう。ですから帰りましょう?」
「‥‥‥」
 こくり、と頷いたまつりに言葉を発する余裕などあっただろうか。
 伝えきれない言葉と感情が涙になって、俯いた彼女の目からこぼれ落ちた。



 未だ黒煙の昇る高知の旅館街はUPC軍によって事後処理が始まっている頃だった。
「ねぇ、そこの軍人さん」
「ここはまだ関係者以外立ち入り‥‥」
 言いかけた士官が言葉を飲み込んだ。あまりにも場違いな美人が目の前に立っていたからである。
「すぐに避難しますけれど、伺いたいのです。ここにいた傭兵さん達はどこに帰られたのかしら?」
 おっとりと、けれども黙秘は許さないという雰囲気に圧倒されて、士官は思わずその言葉を口に出していた。
「おそらく学園ではないかと‥‥救助要請の出ていた学生を連れていましたから」
「あら‥‥助かってしまったのね」
「は‥‥?」
 ぽかんと口を開けた士官だったが、直後に胸から血を流しその場に絶命する。
 真っ赤に染まった爪に舌を這わせながら、女性はアルケニーの残骸を爪先で蹴飛ばした。
「東京のも役に立たないこと‥‥ですが、まだ始まったばかりですよ、まつり。全部全部、この母が一つずつ、壊していってあげますからね」
 妖艶に微笑んだ女性は、他の士官たちが仲間の死に気づく前にいずこかへと消えていた。