タイトル:【恋】三枝まつりと恋心マスター:冬野泉水

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや易
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/21 09:10

●オープニング本文


●まつりとまつりのお父さん
 三枝 まつり(gz0334)は両親に――殊、父親に大変な夢を見ている。それは親戚から渡されたアルバムに映る父の姿が美しかったこともあるが、何より自分に優しかったということが大きい。
 日々弛まぬ人間観察という鍛錬によって磨き上げた想像力もあり、現在の彼女の中では、父親の存在は神に等しい存在ですらあった。
 要するに、ただのファザコンである。もっとも、本人はそれを充分自覚しているのだが。


 身支度を整えたまつりは、肩からかけた薄桃色の単衣を揺らして学園に登校した。
 食堂で級友達と出会い、一緒に朝食を採る。和食セットを頼んだまつりは、そこでふと別方向を見た。
「どうしたの、まつり?」
「あそこを歩いてる人、後ろ姿が綺麗だよね」
 まつりの言葉に友人はがっくりと項垂れた。またか。
 お盆を片手に持ってまつりの後ろ襟を掴んだ彼女は呆れて言ったものである。
「はいはい。美人観察も良いけどご飯も食べなさいよね。本当、あんたって子は‥‥」
「え? だって、目の保養になるでしょ?」
「なるにはなるけど、あんたはちょっと自分の生活を大事にしなさい。それにどうせ、あんたはあんたのお父さんが一番なんでしょ?」
「勿論」
 即答したまつりである。どういう思考回路をしているんだ、と友人はいつも疑問に思うが、おそらく尋ねても明確な答えは返ってこないだろう。
 席に着くと別の友人達が寄ってきた。
 彼女達は椅子に座るなり身を乗り出して溌剌と言った。
「ねえねえ、この子、最近彼氏が出来たらしいよー」
「ええ? 良いなー。私も欲しいー」
「ねぇまつりも彼氏、欲しいよね!?」
 突然尋ねられて、それまで適当に話を聞いていたまつりは目をぱちくりとさせた。彼氏って何だ、と思わず聞きかけたが寸前で呑み込む。
「今は良いかなあ。和物と綺麗な人を見てるだけで十分だよ」
「えー! でもあんたほら、昨日ユリウスのことすっごい誉めてたじゃん! あいつも彼女が欲しいって言ってたから付き合っちゃいなよ!」
 ユリウスとはまつりの友人の友人であり、そこそこ顔の整ったドラグーンクラスの能力者である。
 誰だっけ‥‥と首を傾げた――何せ、少しでも綺麗だと思えば誰でもじっと見るので覚えきれないのだ――まつりは、しばらくして口を開いた。

「あたし、彼氏は顔で選びたくない」

 あんたにだけは言われたくないわ! と友人全員から突っ込みが入った。


●ユリウスくん
 ユリウスくんは十八歳、青春真っ盛りの少年である。容姿端麗、成績優秀であることを心から誇りにしているナルシストだ。
 そのユリウスくんは女子の会話を食堂の片隅から見つめていた。
(ああ‥‥三枝さん。貴女は『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』という表現がまさに似合う大和撫子だっ!)
 ほう、と息を吐いてまつりの横顔を遠目に見ている。
 やがておしゃべりを切り上げたまつりが鞄を背負ってこちらに歩いて来た。やばい、目が合う‥‥だが目が合えば会話のきっかけになるよな! と瞬時に判断したユリウスくんはすごい勢いで立ち上がった。
「三枝さん! おはよう!」
 言ったぞ! 俺、最高!
 自画自賛していると、ぼんやりとした――まだ寝ぼけている――まつりはじっと彼の顔を見てから言った。
「おはようございますー」
(敬っっっ語!? やっべぇ、超可愛い――――っ!!)
 おそらく暑さで頭が混乱しているのであろうユリウスくんは天にも昇る心地であった。大和撫子はこうあるべきだ、と拳を握って今にも踊り出しそうなほど喜んでいる。
 一方のまつりはしばらく歩いてから、やっと首を傾げたのである。
「‥‥今の髪が綺麗な人、誰だっけ?」


●迷惑倍増
 ユリウスくんの行動力は今や天下無敵であった。恋心とは恐ろしいもので、まつりに関するあらゆる欠点が彼の中では美点にすり替わっているのである。
 一人で学園を出たまつりの後をこっそりつけるユリウスくんは今にも心臓が破裂しそうだった。
(ああ、三枝さん‥‥後ろ姿も淑やかで俺の好みど真ん中だ‥‥でも今、声をかけたらストーカーだと思われるよな。ここは紳士らしく機会を窺って‥‥)
 もう既に立派なストーカーであることに彼は気づいていない。


 雪の降るグリーンランド某所。
 まつりだって学習能力はそこそこあるので、迷わないように目印をつけて森の中を歩いていた。
 この森に入ったのはここに咲いている花が目当てだった。染め物に必要なのだ。
「寒い‥‥けどまあキメラも居ないし、何とかなるかなあ」
 遙か後ろから人が付いて来ていることなど知りもせず、まつりは道の傍に持っていた扇子を置いた。地元の猟師がキメラ避けに仕掛けた罠の目印である。そういうところはズバズバ見抜くまつりであった。
「もうちょっと奥かなあ‥‥あんまり行くとキメラを呼び込みそうだから気をつけないと――――ふわあっ!?」
 バハムートを押しながら進むまつりだったが、刹那、枝に思いっ切り躓いた。ふわっとスカートが揺れる。
 反射的に後方のユリウスくんは顔を背けた。
(み、見える‥‥見えるって三枝さんっ!)
 意外と純情ボーイのユリウスくんは、顔を背けた先でまつりの置いた扇子に気がついた。
(‥‥落とし物? 落としましたよって届けるべきか?)
 だがそれでは付いて来た理由がない。うんうん唸ったユリウスくんの明晰な頭脳が閃いた。
(そうか! 女の子が一人で出かけると危ないから後ろから見守ってた、でどうだ! 格好良くね、俺!)
 阿呆である。
 そうと決まれば、とユリウスくんは扇子を拾い上げて――そして、思いっ切り罠を踏んづけた。

「うわあああああああっ!!」

 背後から上がった悲鳴にまつりの方が驚いた。慌てて戻ってみれば、なぜか目印にした扇子を持った少年が足枷に腕を挟まれている。
 不可解な現象があったもんだ、と思ったまつりだったが助けないわけにもいかない。
「大丈夫ですかっ!」
 駆け寄って罠を解きにかかる。ユリウスくんが茹で蛸のようになっているが、まつりは全く気づいていない。いそいそとバハムートに積んでいた鉄扇を使って何とかこじ開けようとする。
(三枝さんは俺の天使だ‥‥!)
 この期に及んでどうしようもないユリウスくんだが、そこでようやく異変に気づいて声を上げた。
「さ、三枝さんっ! キメラが‥‥!」
 二人を囲むように、野良キメラの集団が徐々に近づいてきていた。柔軟性に欠ける少年は、不測の事態にわなわなと震えている。
「そりゃあれだけ大声で叫べば寄って来ますよ。折角あたし、今回は誰にも迷惑かけないで済みそうだったのに‥‥」
 むすっとしたまつりは、手慣れた様子で通信機を持った。キメラの数から見て一人――少年は勘定外――では無理だ。
 ごめんなさい、先生。ごめんなさい救援部隊。心の中で謝ったまつりは「でも」と付け加えた。
「今回はあたしのせいじゃないっ!!」

●参加者一覧

ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
三枝 雄二(ga9107
25歳・♂・JG
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
南 十星(gc1722
15歳・♂・JG
ネオ・グランデ(gc2626
24歳・♂・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
ネイ・ジュピター(gc4209
17歳・♀・GP

●リプレイ本文

 追いかける狼に加えて大型の熊まで姿を見せていた。
 退路を断たれたまつりは覚悟を決め、雲隠をユリウスに押しつけてバハムートから降り、彼に背中を向けたまま言った。
「刀、使えますよね?」
「ごめん。刀は‥‥」
「なら、バハムートを使って下さい」
 まつりが指さしたAU−KVを見たユリウスは首を横に振った。
「出来ないよ! 俺‥‥」
 一度言葉を切ったユリウスは、彼女の堪忍袋の緒をぶった切る一言を放ったのである。
「俺は、リンドヴルムしか使ったことが無いんだ! だからバハムートは――」
 言い終える前に、彼は突然地面に尻餅をついた。何が起こったのか分からずに目の前の少女を見上げる。
 もしかして、俺は殴られたんだろうか。
 呆然とするユリウスの前で、まつりはぴしゃりと鉄扇を閉じた。
「死にたいんですか? つべこべ言わずにさっさと装着しなさいっ!!」

 ◆

 森のあちこちにペットボトルや扇子が転がっている。キメラ用の罠を見つけたまつりが置いた目印だろう。こうして見ると、いかに罠だらけの森かがよく分かる。
 罠の位置や設置された間隔を注意深く観察しながら、ネイ・ジュピター(gc4209)は試しに罠の一つの近くに置かれた扇子を拾い上げた。木の上から先の尖った枝が降ってくる。
「なるほど」
 面白そうに地面に刺さった枝を見つめてネイは呟いた。
「まつり、大丈夫でして? 今、全力で其方に向かってますわ!」
『ありがとうございます。‥‥あの、ごめんなさい』
 通信に出たまつりに呼びかけたロジー・ビィ(ga1031)は流石に苦笑を禁じ得なかった。またか、という感じが少なからずしないでもない。
「今はどの辺だ? こっちに来ているのか?」
『ええと‥‥多分そうだと思います。でも、しばらくここから動けそうに――』
 ノイズが入って音声が途切れる。舌打ちした須佐 武流(ga1461)は足を速めた。
「やっぱりこうなるのか‥‥」
 肩を竦めた旭(ga6764)は呟いた。『歩く迷惑』の名は健在らしい。
 防寒用の手袋――彼が手ずから編んだものだ――をはめた和泉 恭也(gc3978)は雪の降る灰色の空を見上げた。
 極寒というわけではないが、手が悴むのは頂けない。近くの仲間達に手袋を配った彼は、どう反応して良いか分からない彼らににこりと微笑んで言った。
「趣味なんですよ、こういうの」
 なるほど趣味か。
 せっせと出発前に編んでいた姿を想像した彼らは、その努力を讃えるべきか、はたまたその趣味について詳しく尋ねるべきか、本気で考えたのだった。


「まつりさんという方はどういう方なのでしょう、何か事件に遭遇するスキルでも持っているのでしょうか」
 目印のペットボトルを見つけた南十星(gc1722)の言葉に、まつりを知る人々は何とも言えない顔になった。説明するより直接会った方が早い。
「拝啓、兄貴、あなたの娘は、順調にトラブルメイカーとしての人生を進んでおります‥‥」
 深い深い溜息をついた三枝 雄二(ga9107)は戦う前からがっくり項垂れた。
「カ、カンパネラは問題児だらけか‥‥」
 AU−KVに跨り、先行する秦本 新(gc3832)は一人零した。ぼやきたくもなる気持ちは仲間達もよく分かる。
「ともあれ、さっさと助けに行くか」
 距離的にそろそろ合流してもおかしくない。ネオ・グランデ(gc2626)は得物の感触を確かめた。
「須佐殿、やはりまつりの事心配ですか?」
 前方を行く須佐に追いついた神棟星嵐(gc1022)は言った。答えは返って来なかったが、彼は気にせず続きを口にする。
「自分は、まつりに悪い虫が付きそうで心配ですよ」
「‥‥俺もだ」
 小さく言った須佐は、ようやく二つの人影を目視出来た。


 二人はキメラに囲まれているので、まずは包囲網に穴を空けなければならない。
 足を止めた南はその場でクルメタルを構え、二人を囲む直近のキメラに照準を定めた。
 射程を一杯まで取って引き金を絞る。放たれた銃弾が狼のこめかみを撃ち抜いた。
「こちらに気づきましたね」
 空いた手でエナジーガンを回した南が後ろの仲間に手を上げて合図する。
「やれやれ、相変わらずトラブルに巻き込まれてるな」
 溜息をついたネオが地面を蹴った。手近の狼の懐に潜り込む。
「咲け‥‥疾風雷花・百合」
 淡い無色の光を放つ足を振り上げてキメラを蹴り上げ、ネオは片足でバランスを保ち、即座に別の狼に向かった。狼たちには彼の残像すら捉えられなかったに違いない。
「無事で何よりですわ」
 狼の群れを適度に撒いたロジーがユリウスを庇うように立っていたまつりに言う。AU−KVの補助無しでここまで耐えたのだから上出来だろう。
 まだ彼女が戦意を失っていないことを確認したロジーは、ふっと微笑んだ。
「今回は格好良いまつりを見せて下さいませ? 信じてますわ」
 まつりが頷くのと、ロジーが狼を一撃で仕留める音が重なった。


 突進して来た熊の体当たりを薙刀で受け止めた神棟は、竜の咆哮を敵の顔面にぶつけた。熊は大きくよろけたが、反動に負けて彼も新雪に足を持っていかれそうになった。
 これを好機と見た周りを固めていた狼達が飛びかかる。
「貴公ら如き、天へ上りし竜の道を遮る事ができるか!」
 真っ先に飛びかかった狼を柄で殴り飛ばした神棟は叫んだ。そのまま残りのキメラも得物を円を描くように振るって薙ぎ払う。
 その脇を須佐が走り抜け、体勢を立て直した熊へ向かった。構えた熊が振るった腕を体で受け止め、地面に手をついて距離を取るように身を反転させる。
 着地するや否や、彼は即座に身を低くして不安定な熊の足を蹴りつけた。足払いを食らった熊は悲鳴を上げて大きくバランスを崩す。
「遅すぎて話にならないな」
 再度突進してきた熊の動きを見極めた須佐が横に飛退いた。
 代わって前に出た神棟が熊の顔面にもう一度竜の咆哮を叩きつけた。不意打ちを食らったキメラが堪らずよろけて後ろに退く。
 そこへ須佐が肉薄した。熊の死角に回り込み、勢いを殺さずに地面を蹴って跳躍し、上空から脚爪でキメラの首を挟むように蹴り込んだのである。
 受身の体勢すら取れなかった熊の巨体は最後に一声吼えて、白い地面に音を立てて沈んだのだった。


「けがの様子はっと、これなら大丈夫そうですね」
 掠り傷こそあるものの、二人が無事であることを確認した雄二は安堵の息を吐いた。背中を取ろうとじりじり近づいてきた狼に向き直る。
「さて‥‥我は神の代理人天罰の地上代行者我の使命はただ一つ我等の星に仇なすモノをその最後の一遍までせん滅することAMEN!」
 覚醒した雄二は、機械剣で狼の足関節部分を突いた。足を失った狼が前屈みに倒れるところを蹴り飛ばして距離を取る。
「さてさて若い娘さんに送り狼とは感心しないな巣に返すのも面倒だここで果ててくれたまえ」
 じわり、と別の狼がゆっくりと狙いを定めて唸り声を上げた。雄二は軽く肩を竦め、相手が動く前に相手の死角に潜り込んで胴を斬り飛ばす。
 反対側では秦本が槍で狼を突き飛ばしていた。熊は先行部隊が押さえているので、何としても狼は自分達で処理したいところである。
「‥‥動き自体は単純ですね。もらったっ!!」
 噛みついてきた狼の顎を石突きで叩き割り、彼は槍を捻りながらキメラの胴を貫いた。背後のユリウスは何が起こっているのか分からない様子で硬直している。盾を持ったのは良いが、これを使おうという思考回路が麻痺しているようだった。折角AU−KVも装着しているのに、これでは宝の持ち腐れである。
 そこへ別の狼が突進して来た。反応が遅れた少年の代わりに、秦本は咄嗟に竜の咆哮でキメラを弾き飛ばして小銃で狼を撃ち仕留めた。
「ユリウス君、しっかりしなさい! 男だろう!」
「え‥‥? あ、は、はいっ!」
 叱責されて、固まっていたユリウスは素っ頓狂な声を上げる。これはまずい、と秦本は同じドラグーンとして彼の行く末が心配になった。
 一方、同じくユリウスを護衛する和泉は、脇から強襲した狼を盾で押し返した。仰向けにひっくり返った所を迷わず銃で仕留める。
「彼をおいてきて大丈夫なのですか? 彼は戦闘できる状態ではないと思いますが」
 別の狼を鉄扇で叩き落としたまつりは頷いた。
「大丈夫です。信頼できる人が守っていますから」
「承知しました。なら自分は貴方を守りきって見せます」
 柔らかく笑んで言った和泉に、まつりは申し訳なさそうに微笑みを返した。


「こういう場所へ丸腰でやって来る人、そういないだろうと思ってたんだけどなぁ」
 一人呟いて苦笑した旭は熊の振るった腕を盾で受け止めた。降り積もった雪に足が少し沈む。そのまま後ろに倒れないように、彼は盾を持つ手に力を込めて腕を押し返した。
 空いた手を振るう熊の腕を躱して、バランスを崩した敵の腕を旭は直刀で縦に斬りつけた。
 たじろいだ熊に、ユリウスの近くで狼を倒しながら間合いを図っていたロジーが反応した。即座にエネルギーガンを構えて熊の足を撃ち抜く。短い足を狙撃された熊の体勢が崩れると同時に肉薄して、二刀小太刀に持ち変える。   
 死角へ回り込んだロジーは関節部を太刀の柄で殴りつけた。後ろから来た狼は銃で足を撃ち抜いて雪に沈める。
「貴方達では役不足でしてよ?」
 骨の砕けた熊が倒れるのを待たずして、旭は流し斬りで熊の背面に回り込んだ。紅の光を放つ直刀を熊の首元に振り下ろす。
「これで‥‥っ!」
「チェックメイト、ですわね」
 正面に回り込んだロジーは、全身に赤いオーラを纏ったまま熊の腹を横に薙いだ。熊の体が雪の積もる地面に大きな音を立てて沈む。
 大きな体で遮られていた視界が開けると、仲間が別のキメラを相手にしているのが見えた。
「雪の中を走る風の様に、冷酷に速く」
 もう一体の熊に接近したネイは両手に持つ刀で足を二度斬りつけた。咆哮を上げて振り回す熊の腕を刀で受け止めて一度距離を取る。
 後方に控えた南は身を屈めてエナジーガンを構え、ネイを追って迫った熊の両足を素早く撃ち抜いた。
 体勢が崩れた熊は雄叫びを上げて、腕を振り上げて彼らを薙ぎ払おうとしたが、一足で距離を稼いだネオが爪でこれをしっかりと受け止めた。予想以上の重量に、雪の中に踵が沈む。
 それでも彼は口角を上げて言ったものである。
「生憎と‥‥やらせはせんよ」
 そうしてわざと力を抜いて熊を前に倒したネオは、爪を腕関節部分に突き立てた。動きを封じたところで、走り寄ったネイが刀を構える。
「トドメを刺すのは我ではないが、少々痛い思いをして貰う」
 暴れられないように熊の両腕に刀を突き刺したネイは距離を取った。最後の一撃は、射程一杯から熊の頭に照準を合わせている南である。
「狙うは頭‥‥行きます」
 銃爪を弾く。放たれた銃弾は、確かにキメラの脳天を撃ち抜いた。

 ◆

「やれやれ片付いたか」
 武器を収めたネオは、どこからともなく読みかけの本を出して木に寄りかかった。もうすぐお説教が始まるはずだが、相変わらずのことなので特に興味もない。
「お疲れ様。熱いから気をつけて」
 緑茶の入った水筒をまつりに渡した旭は、何人かに囲まれているユリウスを横目で見ながら彼女に尋ねた。
「‥‥で、あれはどなた?」
「さあ‥‥」
 首を傾げながら言ったまつりである。つまりその程度の認識ということか。
「とにかく、無事でよかった。早く須佐殿を安心してやらないとな」
 神棟の言葉に、まつりはおろおろとして須佐の疲れたオーラが滲み出る背中を見た。
「‥‥あの、大丈夫ですか?」
 バハムートに座る須佐はぐったりとハンドルに突っ伏した。一人神経を擦り減らしていたせいか、どっと疲れが出たのだ。
「‥‥まつり、お前相変わらず、妙なトラブルに巻き込まれるな、ホントに。あんまり心配かけんなって‥‥本当に‥‥」
「ご、ごめんなさい‥‥」
 運転してやるから、と後部座席に座るように促した須佐にまつりは躊躇いがちに口を開いた。
「ちょっとだけ‥‥待ってて貰えますか?」


 どちらかと言えば、説教対象はユリウスだ。
「ユリウスさん、そんな軽装でキメラのいる森に入るとは、何を考えているのですか」
 呆れたように南が言った。
「男性なるもの、女性を守れるぐらい強くないといけませんよ。もしくは、共に戦えるくらいじゃ無いと」
「すいません‥‥」
 謝ったユリウスは俯いた。
「恋は盲目‥‥、とはいえ限度があります。あなたの迂闊な行動がまつりさんを危険に晒したんですよ?」
 秦本に諭された少年はどん底まで落ち込んでいる。プライドを粉々にされ、女の子に殴られれば当然だろう。
 そんな少年の前で非情にも雄二が仁王立ちになった。表情は穏やかだが、すごく怖い。
「さて、ユリウス君、気になる女の子にちょっかいかけるのもいいけど、あの子と付き合いたかったら、まず俺に勝ってからにしてもらおうか? ‥‥俺が認めてる人は例外ですよ?」
 雄二の声は例外本人には聞こえていないが、とにかく彼の気迫に圧倒されたユリウスが一歩後退る。
 そこへ神棟が追い打ちをかけた。
「貴公、状況からして、まさかまつりの後を付けて来たのではないだろうな?」
 その通りですとは口が裂けても言えないユリウスだった。
 じりじりと追い込まれた彼が逃げ場を失おうとした時である。
 様子を見に来たまつりの姿を見て、彼は思わず直立不動の体勢をとった。殴られた顔の痛みが蘇る。
 まつりは手に持っていた絆創膏を彼に渡してすまなさそうに言った。
「あの‥‥さっきは、殴ってごめんなさい。ちゃんと怪我、治して下さいね」
 それだけ言うと、踵を返してバイクの元へ戻っていく。その後ろ姿をにこにことして見つめていたネイが興味深そうに呟いた。
「ほお、かわいらしき子だ。面倒事を引き起こすのはやはり美しき者なのかな」


 帰還する道中、あまりにも気の毒になったのか、それまで様子を見ていた和泉がそっとユリウスに耳打ちした。
「見た限り彼女はかなりそっちの話には鈍い。どんどんぶつかっていくしかないと思いますよ?」
「‥‥」
「ですので何かありましたら相談してください。話せば楽になることもありますしね」
「‥‥た」
「え?」
 ユリウスはグワッと顔を上げて、爛々と目を輝かせながら声を大にして言ったのである。
「惚れ直した! やっぱり三枝さんは俺の女神だっ!」
 彼の最大の幸運は、この叫びがまつりと周囲の人間まで届かなかったことだ。 
 唖然とする和泉の手を取ったユリウスは、ぶんぶんと腕を振って言ったものである。
「色々相談するかもしれないけれど、よろしくっ!」
 あ、まずい。面倒な人に引っかかったかも。
 しかし今更引けないので、和泉はとりあえず苦笑いを浮かべてみる。
「あら、まあ‥‥」
 口を挟まずじっと様子を見守っていたロジーは何か感づいたらしく、頬に手を添えてにこりと微笑んだ。
「前途多難な青春ですわね」

―続―