タイトル:【J】後部座席の少女マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/07 19:53

●オープニング本文


●教官と同僚教官
 ジャック・ゴルディ(gz0333)の自宅は学園からほど近い街の一角にある。明らかに1人暮らし用じゃない家だ。
 明らかに奥さんと住むためだよなあ、と思いながら毎度昼ご飯をご馳走になっている同僚教官のヘンリー・ベルナドットはしみじみと思う。とっとと一緒に住んじまえよ、といつも言っているのだが。
「そういやよー、ジャック。お前さ、エミタの反応検査受けたんだって?」
「ん? ああ、あれか。一応な」
 赤と白の非常に似合わないエプロンをつけた姿でグラタンを運んできたジャックは言った。
 海鮮を詰め込んだクリームグラタンを食べながらヘンリーは同い年のジャックに尋ねた。
「で、どうだったのよ?」
「適性有り、だそうだ。手術を受けろって言われたな」
「受けりゃ良いじゃん」
「断る」
 即座に否定したジャックは冷蔵庫から水を出してきた。わざわざ店で買っているという贅沢な水である。
 コップに入った水を受け取って、ヘンリーは続けた。
「何で受けないんだ?」
「理由はないが‥‥強いて言うなら、なるべき理由がないから、だな」
「何だそれ。世の中にはならざるを得なかったやつだって居るんだぜ?」
 水を飲み下して、ジャックは肩を竦めた。
「俺だって能力者を指導する立場の人間だから、我が儘は言わない。だが、俺の持つ権利くらいは主張させてもらう」
「世界を救うための能力者だ。この世界のためになろうとは思わないのか?」
「‥‥ヘンリー」
 立ち上がったジャックは、何時の間にか平らげた皿を流し台に置いた。
「それは確かに正論だ。だが俺は、世界のためという抽象的な名目で納得できるほど出来た人間じゃない」
「‥‥」
「なったらなったで面倒臭いんだよな‥‥あの家がよ‥‥」
 最後の件はヘンリーに聞こえなかった。何が面倒臭いんだ? と彼はエミタを埋められた自分の手の甲を撫でた。
(まあ‥‥奥さんを危険に晒したくないって気持ちは分かるけどなぁ)
 だったら一刻も早くこの家に連れて来いよと思うのだが、そうは行かないらしい。婿養子は色々大変なようだ。
 デザートのケーキを切って持ってきたジャックはヘンリーの真正面に座った。
「それで?」
 首を傾げたヘンリーにジャックはビシッと指差した。
「お前、今日は愚痴らなくて良いのか?」
「愚痴って良いのか? 一時間ぐらい愚痴るぞ?」
「心配するな。午後は休みだ」
「分かった。じゃあ遠慮無く愚痴るぞ」
 その後、ヘンリー・ベルナドットは本当に一時間近く、たった一人に対する愚痴を延々と垂れ流し続けたのであった。


●来校者
 ジャックが今回行う訓練にはいくつか準備するものがあった。
 昼飯と愚痴の御礼だと言って引き受けたヘンリーは頭を掻きながら歩いていた。予備のバイクと適当に弱そうな試作品、演習場の借り出し許可証、生徒を引っかけるための適当な罠の材料。
「あとは人質か。人質って、あいつどんな訓練をする気だよ‥‥」
 端正な文字で書かれたメモを握りつぶしたヘンリーである。顔よし、炊事家事洗濯完璧、字が綺麗で能力者の適性があるのになろうとしない。どれだけ良い男なんだ、あいつは‥‥!
「せめてあの家事能力の半分があれば俺も結婚できるに違いない‥‥」
 項垂れたヘンリーに声がかかったのはその時だった。
「あの‥‥すみません。こちらにジャック・ゴルディがお世話になっていると思うのですが‥‥」
「ジャックなら午後は非番ですね。ええ、あいつのことだから新しいアップルパイとか焼いてるんじゃ、な‥‥」
 振り返ったヘンリーは度肝を抜かれた。どこの娘さんだ、と思うほど小綺麗な服装の少女が立っていたのである。ふわりとウェーブのかかった赤毛に、大きな緑の瞳の美少女である。
 そして、ヘンリーは彼女に心当たりがあった。
「もしかして、フレージアさん? ジャックの奥さんの?」
「はい。夫がいつもお世話になっております」
 しええええええ!! とヘンリーは心の中で悲鳴を上げた。若い若いとは思っていたが予想以上の若さだ。ジャックの子どもと言われた方がまだ納得できる。
(あいつ‥‥ロリコンの気でもあるんじゃねえだろうな?)
 などと考えていたヘンリーの脳裏を、若干意地汚い思考が過ぎった。まあ、別に犯罪じゃないから良いかと考えて、彼はジャックの妻を見下ろした。
「フリージアさん。旦那の仕事風景とか、興味ありません?」
 少女――という歳ではないが――の顔がぱあっと輝いた。
「興味あります」
「んじゃあ、ちょっと協力してくれませんかね? 怪我とかしませんから」
 見てろよ、パーフェクト・ジャック・ゴルディ‥‥!
 嫉妬なのか敵対心なのかよく分からない感情に支配されたヘンリーは、ゴルディ家の奥方を連れてさっそく準備に取りかかった。

●怒れるジャック先生
「馬鹿かこのロリコン野郎っ!!」
「ロ、ロリコンはお前だろうが!!」
 いきなり不適切な表現で罵倒されたヘンリーは憤然と言い返した。一方のジャックは怒っているのか慌てているのかはっきりしない表情で壁を殴りつけた。
「てめぇ‥‥よりによってあいつを訓練の人質役にしただぁ? 冗談は永眠してから言えよ。フリージアに何かあったらどうしてくれる!」
「何もないようにするために生徒を使うんだろうが。大丈夫だって、怪我しないから」
「怪我しないだと? ふざけんなよ、転んで怪我したらどうするんだよ。バイクから落ちたら死ぬんだぞ? 演習場の空調が悪くて倒れたらどう責任取るつもりだてめぇ!!」
「全部俺のせいじゃねえだろっ! お前ちょっと過保護すぎるぞ!」
「黙れロリコン野郎!」
「だからロリコンはお前だ!」
 ぎゃあぎゃあ言い合う大人二人を見つめていたフリージアはとことこと近づき、かなり身長差のあるジャックの服の裾を掴んだ。
「ジャックさん。私、頑張りますね」
「‥‥怪我だけはしないで下さい。俺が死にます」
 なぜか敬語になったジャックは超特大の溜息をついた。


 集められた生徒にとっては地獄である。思いっ切り締め上げられたヘンリー教官の亡骸(?)が転がっていると思えば、ジャック教官は鬼のようなオーラを噴出しているのである。
「良いか、お前ら‥‥人質役に傷一つでもつけたら学園から追放してやるからな」
(一般人なのに怖ぇ‥‥!)
 地獄の底から響いていそうなジャックの声に、百戦錬磨の能力者達も震え上がった。
「訓練内容は人質を無傷でこの場に連れてくることだ。途中、邪魔しようとする試作品が出るからそいつらも潰していけ。詳しいことは手元のレジュメを見ろ。以上だ」
 そう言ってジャックはすたすたと演習場の壁際まで、何もないところで転びそうになり、壁に頭やら腕やらをぶつけながらようやく辿り着いた。
「先生‥‥大丈夫かな?」
 誰かがそう言ったが、とても大丈夫そうでないことだけは生徒達にもしっかりと伝わった。

●参加者一覧

最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
如月・菫(gb1886
18歳・♀・HD
ロジーナ=シュルツ(gb3044
14歳・♀・DG
レイード・ブラウニング(gb8965
21歳・♂・DG
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
吹雪 蒼牙(gc0781
18歳・♂・FC
守剣 京助(gc0920
22歳・♂・AA
ガル・ゼーガイア(gc1478
18歳・♂・HD
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD

●リプレイ本文

 いつも通り訓練に参加した生徒達にとっては運が悪かったとしか言いようがない。
「はいはいっ! せんせー、バイク貸して下さい!」
「おう、持って行け」
 快活な声で言った黒瀬 レオ(gb9668)の服の裾を彼女が掴んだのはそんな時だった。
「ねぇねぇレオ‥‥あの人、ロリコンなんだってぇ。大変だねぇ?」
 うっかり口走ってしまったロジーナ=シュルツ(gb3044)の言葉に、黒瀬は顔を引き攣らせて急いで彼女を諭した。
「こらっ! そう言う事言っちゃだめ。趣味嗜好も十人十色なの!」
「‥‥‥‥おい。良い度胸だな、お前達」
 閻魔大王もひっくり返りそうな声で言ったジャックである。危険を察知したロジーナが黒瀬の後ろにさっと隠れる。
「ボクをいじめないで、いじめても面白くないし‥‥っ」
「ええっ!?」
 言い出しっぺなのに! と黒瀬は溜息をついたが、生憎教官の今の精神状態では、この言動を見逃す寛容さは発揮できなかった。
 なかなかの長身である彼の肩に手を置いたジャックは、壮絶な笑みを浮かべて言ったものである。
「黒瀬‥‥後で覚えてろよ」
 嘘だろう、と黒瀬は天を仰いだ。何で僕のせいになってるんだ‥‥。
 その様子を見ていた如月・菫(gb1886)は急に表情を引き締めて一人叫んだのだった。
「ひ、人質には傷一つ付けることなく帰ってくるのであります、サー!!」
 何かあの人怖い。そんな印象が如月の中に深々と刻まれた。


●罠と獣の待つ訓練場
 森へ至る道は少しごつごつとしていた。平坦とは言えない道では、どこに罠があるのか発見しづらい。
「さて責任重大だなぁ。けど自分は自分でできる事をやるだけか」
 バイクに跨り、適度な速度で走る和泉 恭也(gc3978)は呟いた。ひとまず罠に引っかからないように人質の所まで向かうことが最優先事項だ。
 それに幸いと言えばいいのか、森へ入るまでは殆ど試作品と出会うことはなく――遠目に見えることはあったが――余計な消耗をせずに済んだのである。
 だが、森に入るなり事態は急変した。
「よーし、ここはスキルを使って……ハッ! AU−KVを着てないとスキルが使えないじゃないか、ガッデム!!」
 がっくりバイク上で項垂れた如月である。罠を見つけたから破壊しようと思ったのに、これでは満足に動くことが出来ないのだ。そう考えると、ドラグーンの制約は意外と多いのかもしれない。
 一方では別の罠が待ち構えていた。
「うわっ!?」
 本能的に危険を察知し、バイクを斜めに構えて速度を落とした守剣 京助(gc0920)は目の前に降ってきた頭一つ分はあろうかという石を凝視した。下手に突っ込んでいたら直撃である。
「怖ぇ‥‥」
 守剣は小声で呟いて周りを確認し、いかにも怪しそうな木にはペイント弾を撃ち込んで行く。それにしてもヘンリー教官、存外容赦がない。
「結構罠が仕掛けてありますね‥‥。まったく、厄介な‥‥」
 草に隠れるように仕掛けてあった棘付きのロープを槍で切った秦本 新(gc3832)は息を吐いた。これで何本目だろうか。こちらの行く手を阻むように、奥に行けば行くほど罠の数が増している。
 それだけ人質が近いということだろう。
 程なくして、先頭を走っていた最上 憐 (gb0002)がバイクを停めた。
「‥‥ん。人質発見。状況確認」
 双眼鏡を覗く最上が言った。彼女が見つめる先には数体の獣と、赤毛の少女が居る。
 彼らは予め決めていた通り、二つの班に分かれて行動を開始した。人質を救う役目を任された面々は更に左右に分かれてそっと身を潜める。
 救出班が配置に付いたのを確認すると、陽動班は各々得物を構えた。
「‥‥ん。配置完了。行こう。突撃開始」
 試作品の獣が彼らの気配に気づくのと、最上の合図は殆ど同じだった。バイクを降りた彼女は真っ先に瞬天速で詰め寄り、手近な獣を大鎌で薙いだのである。
「僕の本職はバイクよりこっちなんだよね。さて、と‥‥行きますか」
 ようやくまともに動けると言わんばかりにバイクを降りた黒瀬も走り出した。仲間に当たらないように微妙に位置を調節して獣の集団に衝撃波をぶつける。吹っ飛んだ獣を逃すまいと走り寄り、大太刀でそれを上空へ斬り上げた。
「突っ込むぜ! 待ってろよぉ! 先公の奥さん!!」
 敵の陣形が崩れた所で、ガル・ゼーガイア(gc1478)が機械剣で獣を斬り飛ばして叫んだ。彼の声と共に、左右に散開していた救出班がバイクを駆使し、人質――フリージアを囲むようにブーストを使用して獣の中に突っ込む。これで敵が迂闊に彼女へ近づくことは出来ないはずだ。
 試作品の輪の中に座っていた少女は自分が人質役などとは知りもしないのだろう、駆けつけた彼らに柔らかな笑みを向けていた。


●一応、人妻です。
「怪我とかありませんか? ベルナドット先生に変なことをされたりとか」
 吹雪 蒼牙(gc0781)の言葉にフリージアは首を横に振った。元々、夫の職場を見たいと言ったのは自分なので、それに伴うリスクはある程度心得ていたようだった。
「ええと、こう言う時何と言えば良いのかしら‥‥助けに来てくれてありがとう、で合っていますか?」
 おっとりと言う。夫の心配を余所に、彼女は全く動じていなかった。
 たった一言で場が和んだが、現状がその雰囲気の維持を許してくれないだろう。
 フリージアの無傷を改めて確認したレイード・ブラウニング(gb8965)は言った。
「とにかく、今はここを離れることが先決だ。ガルの後ろに乗ってくれ」
「分かりました。ええと、ガルさんはどなたですか?」
 当のガルは奇しくも彼女を初めて見たヘンリー教官と同じようなリアクションを見せていた。二十八歳に見えないフリージアを呆然と見つめている。
 ただ、抱いた感想は少し違うようだが。
「先公の奥さんって綺麗だな‥‥惚れたぜ‥‥」
「あらあら。でも私、一応、人妻ですからね?」
 苦笑したフリージアはひらりとガルのバイクに跨った。流石にバイク好きの男を夫に持つだけあって手慣れている。
「あ、そうだ。これ、被って下さい」
 そう言って吹雪がフリージアにヘルメットを被せた。あくまで無傷が絶対条件だ、走っている最中に怪我をされても困る。
「安全第一。重いかもしれませんが、被ってて下さいね」
「ありがとう。貴方達も頑張ってね」
 ガルの腰をそっと掴んだフリージアは穏やかに言った。


●撤退
「俺の運転は少し荒っぽいからしっかりつかまってくれよ!」
 絶好調のガルはバイクのアクセルを強く握った。フロントタイヤが急回転する。後ろに美少女を乗せているとなれば、気合いの入り方も半端ではないのだ。
「気をつけろ、ガル。また出てきたぞ」
 人質の救出に成功したかと思えば、狙ったかのように次々と現れた試作品にレイードは舌打ちした。
 陽動班のいる後方には勿論、彼らの前方にも試作品の獣が集まっていた。バイクで突っ込んでも良いが、それではフリージアに危害が及ぶ可能性もある。
「ちょっと良い?」
 最前にバイクを停めたロジーナは誰の言葉も待たず、徐にガンポッドを乱射した。ガンポッドは要するにグレネードランチャーである。
 高威力のグレネードを撃ち込まれた試作品が派手な爆発音と共に吹き飛んだ。
 唖然とする救出班に向き直った彼女は平然と言ってのけたものである。
「あっちがなんか黄色かったから焼いてみたの」
 どうやら独自の危険察知能力があるようだ。
「まあ、血路は開けたし、行きましょうか」
 肩を竦めた吹雪の一言に促されて、ようやく救出班は撤退を開始した。


 その場に残った陽動班は、しっかりとその役目を果たしていた。
「よし、派手に行きますよ! 死にたい奴から掛かってきなさい!!」
 バイクを急加速させて試作品を弾き飛ばした秦本は持っていた槍で体勢を崩した獣を突き刺した。刃の引き抜き様に、反対方向から飛び掛かってきた獣を石突きで叩き落とす。
「‥‥ん。まだ。そっちには。行かせない」
 逃げる仲間を追おうと踵を返した獣に一足で肉薄した最上は、身長以上ある大鎌を振り抜いた。軌道上にいた獣は脚を斬られてその場に平伏すように倒れる。
 反撃しようと牙を剥いた獣を鎌の柄で受け止めて押し返すと、淡く無色透明に光る脚を振り上げてそれを蹴り飛ばした。仰向けにひっくり返った獣の腹には遠慮無く刃を突き立ててトドメを刺す。
「向こうに行かれると困るからね。俺も少し派手に暴れようか」
 覚醒した黒瀬は前を向いたまま、背後から突進してきた獣の額に紅炎を突き立てた。直ぐさま太刀を引き抜いて、前方の敵の脚を払う。
「ナーゲル、ぶっ壊れんじゃねえぞ」
 別方向では守剣が裂帛の気合いと共に、複数の獣を相手にしていた。脇から攻めようとする獣を自動小銃で片っ端から撃ち抜く。
「はっはー!」
 死角が駄目ならば、と正面から突っ込んできた獣に対しても彼は容赦しない。バイクに予め括り付けておいた大剣の剣先を敵に向けてバイクごと突っ込んだのである。突き刺された獣は一瞬唸ってからだらりと装飾が赤く変化している剣にぶら下がった。
「試作品‥‥ねぇ。完成品ってまだなんでしたっけ?」
 手に持つ盾で獣の牙を打ち割った和泉は、体を捻って銃爪を引いた。弾は器用に獣の四肢を貫通してバランスを狂わせる。
 地面に倒れた獣の脳天にトドメの一発を撃ち込んでから、彼は救出班の方を見た。目視できる距離だが、充分ここから離れている。
 陽動の役目は終わりのようだ。後は向こう次第だろう。


「わぎゃー!! 痛い痛い!!!」
 ばさっと木の上から降ってきた網に如月は悲鳴を上げた。ちくりとするのは網にもロープと同じように棘が付いているからだ。韮の形をした槍を振り回して何とか振り解く。
「危ない危ない‥‥うわっ、ぎゃ――――っ!?」
 リアタイヤが落とし穴に嵌りそうになって彼女は再び悲鳴を上げる。
 如月が罠に端からかかるおかげか、他の面子は全くと言って良いほど罠に嵌ることはなかった。
「あっちが黄色い‥‥気がする」
 バイクで細かく動き回りながら、ロジーナはエネルギーガン――ただし、火炎放射器と化しているが――を放った。前方から迫ってきていた獣達が盛大に焼かれていく。
「本当に数が多いな。死角に回りこまれると厄介だ――!」
 陽動班の猛攻をくぐり抜け追ってきた獣をレイードは拳銃で正確に撃ち抜いて行った。接近を許せば、即座に銃から刀に持ち替え、体勢を低くして敵の脚を斬り払う。何としてもガルのバイクに敵を近づけさせないようにしなくてはならないのだ。
 その後方では、吹雪が忍刀で地面を蹴って跳躍した獣の腹を横一線に薙いだ。試作品らしくない声を上げて獣が仰向けに倒れる。
「折角ここまで来たんだから、このまま無傷で帰さないとね」
 吹雪はバイクを反転させて、別方向から迫ってきた試作品に体当たりで弾き飛ばした。よろけた獣の土手っ腹に至近距離から持ち替えた小銃を放つ。
 四方に散った仲間の奮戦で、ガルの前方の視界が開けた。そして、彼はそこを決して逃しはしなかったのである。
 殆ど直感的にAU−KVのブーストを使用したガルは叫んだ。
「俺達は今! 風になるぜ!!」
 一気に加速したガルのリンドヴルムは一直線にスタート地点へと戻って来たのだった。


●訓練終わって‥‥
 カンパネラ学園食堂の一角にて。
「無事、守り抜きました‥‥上手く行って良かったぁ」
 ほっと息を吐いた吹雪にジャックは丁寧に頭を下げた。
「本当に感謝する。ヘンリーは好きなだけ殴って良いぞ」
「了解です、教官」
「ちょっと待て! 俺の人権を無視するなっ!!」
 悲痛な叫びを上げた同僚を完全に無視してジャックは他の面々に言った。
「さあ、好きなものを言え。作ってやるから」
「‥‥ん。カレー。大盛り」
 カレー大図鑑を開いて種類まで指定した最上である。その材料は食堂にあるのか、とジャックは首を捻っていたが、作れないとは言わなかった。
「酸っぱいの欲しいのボク酸っぱい食べ物いっぱい」
 負けじとロジーナも主張する。かなり抽象的な注文だったが、とにかく酸っぱいものが食べたいらしい。
「腹減ったぜ、肉が食いてえ。特にマンガ肉とか食ってみてえな」
「では私はクリームグラタンをお願いします」
 守剣と秦本が言う。二人とも料理のジャンルがかなり違うが、ジャックはこれを快諾した。


 あいつは主夫でも良い、とヘンリーが言うのも尤もで、やはりジャックの作る料理はどれも美味しかった。
 さて、各々好きな料理をたらふく平らげたところで、気分爽快になったガルがとんでもないことを口走ったのである。
「なあ奥さん! 助けたお礼に何かくれよ! キッスでもいいぜ!」
「あらあら。こんなおばさんからされても嬉しくないでしょう?」
 おばさんは無い。場に居る全員が思った。
 一方、レイードは散々怒られてものすごく凹んでいるヘンリー教官を見ながら小声で呟いたものである。
「男の嫉妬ほど、みっともないものはないとは言うが‥‥まぁ、その通りかもな」
「同感です」
 頷いた和泉が追い打ちをかける。
 至極もっともなことを言われたヘンリーには返す言葉が無いが、ここで思わぬ反撃に出た。さっと立ち上がって厨房からデザートを運んでくるジャックに向かって叫んだのである。
「おい、ジャック! 生徒が奥さんに手ぇ出そうとしてるぞ!」
 卑怯だ! 最低だ! とゴルディ夫妻以外の全員が声を揃えた。教員でありながら生徒を売るとはどういうことだ。
 だが、意外にもジャックは平然としたものである。
「無理だろ。フリージアは俺の妻だ」
「あら、妬いてくれないんですか?」
「何だ、妬いて欲しいのか? 妬けと言うのなら遠慮無く妬くぞ」
 ガルの我慢がぶっつり切れた。これ以上聞いてられねえええええ!!と叫ぶなりロボガル初号機を起動させたのだ。
「桃色な雰囲気は禁止だあああああっ!!」
 けたたましい目覚まし音が食堂中に響き渡った。
 そんなどたばたを余所に、ロジーナはひたすら黒瀬に酸っぱいものを勧めていた。梅エキスを大量に含んだ魚のスープは、ちょっとした脅威である。
「僕は酸っぱいのニガテだってば‥‥しょうがないなぁ」
 押し負けた黒瀬が苦笑して一口食べてみる。やはり酸っぱい。想像以上に酸っぱい。
「酸っぱい、よ‥‥ロジーナちゃん」
「‥‥えへ」
 何とも言えない顔で食べきった黒瀬をじっと見つめていたロジーナは、ふっと口元を綻ばせた。

 相反する雰囲気が混在するという特異な状況だったが、それでもカンパネラ学園の食堂は、今日も平和で和やかな時を刻んでいた。

―END―