タイトル:【和】三枝まつりの直感マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/21 22:37

●オープニング本文


●序
 三枝 まつり(gz0334)は愛機、翔幻の中で一冊のアルバムを見つめていた。髪を揺った男性と髪を肩で切り揃えた女性の間に自分が立っている。
 親戚の人が持たせてくれた、まつりと両親の唯一の思い出の品である。
「母さんもだけど、特に父さん‥‥生きてたら和服美人だったんだろうなあ‥‥」
 そしたら親で『萌』を深化できていたのか、とどうでも良いことを呟きながらまつりはしばらく写真から目を離さなかった。


●幽霊の噂。ただしイケメンに限る。
「あ、まつりだー」
「ほんとだ。おーい、まーつりー!」
 友人達が食堂の片隅で自分を呼んでいることに気づいて、まつりはどんぶり鉢を持って箸を口にくわえた体勢で立ち止まった。肩にかけた薄い布が揺れる。
「ふぁふぃひへんほ?(何してんの?)」
 尋ねたまつりを椅子に座らせて、友人達は興奮冷めやらぬ顔で言ってきた。
「ねえねえ、最近四国の方に幽霊が出るんだって!」
「幽霊ねえ‥‥何か前もそんな話をどっかで聞いたような‥‥四国って出やすいのかな?」
「バッカ、まつり! あんたそんなこと言ってられるのも今の内だよ!?」
 とは言え、幽霊に萌える趣味がないまつりにとっては縁のない話だった。作りたての親子丼を口に運びながら、彼女は友人の次の言葉を待った。
 冷静なままでいるまつりに業を煮やしたのか、友人の一人はダンッ、と立ち上がって声を張り上げた。

「その幽霊、超絶美形だったらしいんだよ!」

 まつりの持っていた箸がぽとりと机に落ちた。
 今、『超絶美形』と申したか‥‥?
 無言でどんぶり鉢を置き、静かに身を乗り出したまつりは友人に詰め寄った。
「そこんとこ、詳しくお願いします」
「うん、あんたならそう言うと思ってたわ」
 座り直した少女は腕を組んだ。他の少女達も興味津々に耳を傾けている。
「四国の方へ出た友達が言うには、その幽霊は長い黒髪を後ろで結ってて、身長は高め、細身、穏和な笑みを浮かべた和装美男子だったらしいの」
「なにそれ」
 唐突にまつりが言った。そんな正確に覚えられる幽霊なんているのか、と彼女の隣の友人は少し呆れて、きっとまつりも同じ思いで言ったのだろうと考えた。
 忘れられているようだが、まつりは自分達と同じドラグーンクラスの能力者だ。劣等生というわけでもなく、冷静な面もある。友人の発言とはいえ、幽霊などという実体のないものを無条件に信じる人では無いのだ。
「ねぇ、まつり。どう考えてもデマっぽいよね?」
 同意を求めるようにまつりの肩に手を置いた少女だったが、彼女に賛同の言葉が返ってくることは無かった。
 ぷるぷると震えていたまつりは、遂に立ち上がった。
「なにそれ萌えるっ!!」


●まつりの見たもの
 四国の森は穏やかな風が吹いている。
 噂の土地に到着したまつりは愛機――ではなく、知り合いから借りた機体を降りた。翔幻は本や布の置き場になっているせいで重すぎて動かせないし、中を整理する時間も惜しかったのだ。
 AU−KVを脱いでバイク形態に切り替えたまつりはそれに跨った。バハムートは機動力に難があるが、歩くより速い。
 辺りは鬱蒼とした森が広がっているだけだった。視界は悪く、少し肌寒い。日よけの心配はないだろうと、まつりは番傘を畳んでバイクに縛り付けた。
「夜じゃないと出ないのかなあ‥‥?」
 幽霊の発生条件なんてあるのだろうか‥‥。とりあえず、まつりは辺りを散策することにした。
 その時だ。
「‥‥武装して正解だね」
 バイクを降りたまつりの向こうに、狼のような獣が数体見える。二本の扇を手にしたまつりは身構えた。
 獣は喉を鳴らしながらこちらを窺っていたが、刹那、地面を蹴ってまつりに突進してきたのである。
 獣達の体当たりを躱したまつりは、獣の頭を扇で思いっ切り叩いた。鉄でできた武器用の扇だ。頭蓋を砕かれた獣の死体があっという間に山を築いた。
 しばらく獣達を捌いていたまつりは、額に浮かんだ汗を拭った。
「やれやれ‥‥あたし、そんなに弱そうに見えたのかな‥‥」
 これでも能力者の端くれなのに、と呟いて扇を仕舞ったまつりは再びバイクに跨ろうとした。
 その時である。
「あれは‥‥」
 彼女の視界の端に何かが映った。そしてそれが何であるか、まつりは驚異的な動体視力と理解力を発揮して一瞬で答えを弾きだした。
 弾きだして、思いっ切り叫んだ。
「なにあれ。なにあれ、ちょ‥‥あれって、あれじゃん!? 美形和服幽霊キタコレ――――っ!!!」
 言うや否やバハムートを全速で繰ったまつりである。
 和装幽霊は彼女の姿を一瞥した後、背中を向けてゆっくりと歩き出した。彼の遙か後方からまつりが追ってくるのが分かっているかのような動きだった。
 そして、その幽霊の顔を見たかまつりは、なぜか行かなければならないような気がしたのだった。
「あ‥‥」
 林を抜けたまつりは、間の抜けた声を上げた。
 それもそのはずで、彼女のバイクの前輪が見事に宙に置かれていたのである。平行を保てたのは一瞬で、その後彼女のバイクは前に大きく傾き、彼女を前に放り出したのである。
「――――っ!?」
 悲鳴を上げたまつりは、崖の下へ真っ逆さまに落ちて行った。


●救助要請
「‥‥というわけなので、また彼女が暴走したので助けてやって欲しい」
 涙ながらに訴えた彼女の担当教員は見るからに弱っているようだった。いい加減可哀想な気もしてきた生徒達に、彼は首を横に振って言った。
「いや、まつりも進歩しているんだ‥‥今回は行方が分かるように発信器を持っていったし、AU−KVも持って行った。幽霊探しに行くと遠出の理由も言ってきたしな」
 集められた人々の何人かは耳を疑った。今この人、『発信器』を持たせたと行っていなかったか‥‥?
 そこまで厄介な子なのかとまつりを知らない人々は勘繰ったが、知っている人間からすれば慣れたものである。むしろちゃんと武装して出て行ったことを誉めてやりたい。幽霊探しとかいうふざけた動機はまた叱ることになるだろうが。
「まつりとは常時通信を繋げている。ジャミングの心配は若干あるが‥‥現在進行形で彼女はキメラと交戦中だ。彼女の場所は森を抜けた先にある崖下らしい」
 それ以外まつりからの連絡は無いらしい。キメラの数などもよく分かっていない。
 ただ言えるのは、まつりは気力だけでキメラをかろうじて迎撃できているということだけだ。撤退を促しても「こいつらを潰すまで帰らない」と珍しく逃げようとしないのだ。
「あの子があそこまで拘るのは何か理由があるはずだ」
 ただ単に美形の幽霊がいるから、というわけでは無さそうだ。
 相変わらず困らされている教員は、ゆっくりと彼らに頭を下げた。
「頼む。迷惑な子だが、死なれては目覚めが悪い。どうか、助けてやってくれ‥‥」

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
三枝 雄二(ga9107
25歳・♂・JG
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
過月 夕菜(gc1671
16歳・♀・SN
有村隼人(gc1736
18歳・♂・DF
赤槻 空也(gc2336
18歳・♂・AA
ネオ・グランデ(gc2626
24歳・♂・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD

●リプレイ本文

●獣の森
「うにゃん? 今回は空也ちゃんと一緒の依頼だね〜♪うふふ〜♪今日は何も巻き込まれないといいね〜♪」
 にこにこして近づいてきた友人の過月 夕菜(gc1671)に赤槻 空也(gc2336)は思い出したようにがっくりと項垂れた。
「ッハァァー‥‥絶ッ対ェまたロクでも無ェ事が起きんぜ俺‥‥」
 彼を数々の災難に遭わせて来た女難の相は筋金入りなのだ。
 赤槻をAU−KVの後ろに乗せた神棟星嵐(gc1022)は重い溜息をついた。
「まだまだ目の離せない人だな‥‥」
 バイクの進行方向を確かめてアクセルをかける。頭の中では、今回の説教についての文句が延々と泉のごとく湧いて出てきている。
 既に先頭の須佐 武流(ga1461)は歩き始めており、彼らも急いで後を追った。
「通信に出ませんね‥‥急いだ方が良い‥‥ですね」
 無線機を持つ手を下ろした御鑑 藍(gc1485)が言った。
「それにしても、幽霊か‥‥幽霊の正体、見たり枯れ尾花、なんてオチにならなきゃいいが‥‥」
 辺りを見回したネオ・グランデ(gc2626)が呟いた。そもそもこの時代に幽霊が居るのか?
「幽霊って前もそんな話がありましたね。あれは蛍でしたが‥‥」
 以前あったことを引き合いに出した有村隼人(gc1736)である。今回も幽霊ではなく、蛍や何やらであって欲しいものだ。
「ところで噂には聞いてるけどまつりちゃんってどんな人なの? 色々聞きたいなぁ〜♪」
 過月があちこちで聞いて回っている。救出対象であるまつりと知り合いの人も居るのだが、聞かれた彼らは一様に何とも言えない顔になった。
「‥‥悪い人ではない、ですよ‥‥手間はかかりますが」
 考えながら言ったのだろう、不安定な語調で言った旭(ga6764)は視線を過月から外した。そう、悪い娘ではないのだが、何というか‥‥何だろうか、表現し辛い少女である。
「とりあえず救出して、説教だな。それしか無い」
 断言した神棟が後ろから過月を追い越す。彼の後ろではまだ赤槻が「女は嫌だぁ‥‥」と呻いている。
「うーん。なんかまつりちゃんの話を聞いてると私の小学生時代を思い出すなぁ」
「小学生でも、崖からは落ちないと思いますけどね」
 苦笑して言った秦本 新(gc3832)は、そこでふと足を止めた。森を吹き抜ける風の感触が僅かに変わったような気がしたのだ。
 警戒するように辺りを見回して視界の端に赤く光る目が見えた瞬間、彼は叫んでいた。
「敵襲ですっ!」
 秦本の声を追いかけるように、狼のような獣が音を立てて茂みから姿を見せた。
 すぐさま先行班を守るように立った旭は直刀を構えて言った。
「ここは任せてもらいましょう。‥‥僕の友人を、頼みます」
「‥‥ああ」
 頷いて、ネオが走り出す。最後尾を走る彼の背中がある程度遠ざかってから、キメラを討伐するために残った彼らは敵と睨み合った。
「――――ッ!」
 刹那、キメラが甲高い咆哮を上げた。衝撃波を伴う叫びに彼らは咄嗟に耳を塞ぐ。頭の中に金属を叩くような痛い音が響いた。
「‥‥っ、このっ!」
 音が止むと同時に有村が持っていた小銃を斉射した。五感の一つを一時的に潰されたせいか、発砲音が殆ど聞こえない。だが、それでも彼の放った銃弾はキメラの胴に命中した。
「我は神の代理人、天罰の地上代行者、我の使命は、この星に仇なすモノを、最後の一遍まで灰燼に帰すこと、AMEN!」
 続いて三枝 雄二(ga9107)が覚醒して脇に逸れたキメラを機械剣で薙いだ。鮮血を吐いて獣が地面に倒れ込む。
「うにゃん? そっちには行かせないよ〜!」
 先行班を追おうとした獣を後ろから和弓で射た過月である。すぐさま次の矢を番えて獣に止めを刺す。
「こんなところで足止めされているわけにはいかないですからね」
 滲み出る焦りを無理矢理押さえ込んで、旭は獣の懐へ飛び込み、ガラティーンで弧を描くように獣を斬りつけた。浅く入った一撃だが、驚いた獣が飛び退く。そこを狙って銃で足を撃ち抜いた。
「ある程度倒したら先に行って下さい。おそらくこの様子では向こうに敵勢力が集中しているようですから」
 キメラの腹を剣で刺した三枝が言った。彼の言葉通り、本当に足止めのつもりなのだろう、襲いかかってきたキメラは少数だった。足止めという戦法をキメラが知っているかは別として、ここで時間をかければかけるほど、先行した仲間が不利になる。
「僕達に任せて、お二人は先に。もう少しで片付きますから」
 短剣で飛び掛かってきた獣を押し返した有村が声を張り上げた。過月と旭は頷いて一、二発の攻撃を加えた後、仲間に背を向けて走り出した。


●まつり救出
 ロープなんてやわなことを言っている場合ではなかった。
「居たぞ」
 最初に崖に辿り着いた須佐が声を上げた。崖の高さは予想以上にあったが、そのすぐ下を見下ろせば、青いAU−KVを盾にして寄りかかることで持ちこたえている少女の姿は容易に発見できた。
「先に行くぞ!」
 言うや否や、地を蹴って須佐は生身のまま崖下へ飛び降りた。体を捻って着地時の衝撃を和らげる。
「ハァッ!」
 それでもまだ足りないだろうから、崖を蹴って彼は手近な獣を踏みつけるようにして着地した。上からの攻撃など予想だにしていなかった獣はまともに食らい、その場に平伏すようにして倒れた。
 須佐の行動を皮切りに、先行班は次々と崖下へ飛び降りた。
「‥‥うおお! 思っていたより高い!?」
 竜の鱗を保険で使用していなければ少し躊躇ったかもしれない。秦本は呼吸を整えてAU−KVを装着して崖へ飛び降りた。地に着くや否や銃を構えて近くを旋回していた鷲を撃ち落とす。
「行くぜっ!」
 バイクを降りた赤槻は崖を滑るようにして下り、着地寸前で崖を蹴って飛び降りた。間髪入れずに襲いかかって来た獣を低姿勢のまま蹴り飛ばす。
「ネオ・グランデ、推して参る」
 続いてネオが飛び降りた。髪は白く、瞳を紅蓮に染め、崖下で唸る獣を踏み台にして着地する。蹴り飛ばしたキメラに向けて、間を置かずに瞬天速で詰め寄り顎を殴りつけた。
「まつりさんには近づけさせません‥‥!」
 崖から飛んだ御鑑は脚爪を今にもまつりに飛び掛かろうとするキメラの胴に食い込ませた。爪を引き抜いて、ひるんだ獣を小太刀で斬り飛ばす。
 地面に着くと氷雨を構えて円閃でキメラ群を放射線状に吹き飛ばした。
「まつり、無事か?!」
 AU−KVを装着して御鑑と同時に着地した神棟は直ぐにまつりの元へ駆け寄った。
 助けが来たことに安心したのか、まつりは二本の扇を持つ手の力を抜いて、そのまま地面に膝をついた。
「助け‥‥?」
「そうだ。ったく、今回はまた強烈なところに迷い込んでくれたもんだな」
「ごめん‥‥なさい」
 苦笑したまつりの体力はそこまでだった。がくりと体から力が抜ける。
 動けない彼女の体を抱き上げて、神棟は崖に彼女を寄りかからせる。
 名誉の負傷というわけではないが、逃げ回るまつりにしては珍しく盛大に負傷していた。崖から落ちた分もあるのだろうが、これでよく戦えていたものである。
「応急手当だが‥‥お前、しぶとそうだからこれで大丈夫だな?」
「‥‥しぶといって、女の子に言う‥‥台詞じゃないです‥‥」
 喋ることが出来るなら上出来だ。立ち上がった神棟は二刀を構えて呼吸を整え、一気に地面を蹴った。獣の突進を躱して、身を捻りながら敵を突き飛ばす。
 程なくして、上空を飛ぶ鷲を一本の弾頭矢が射止めたのである。上からの攻撃に先行班は崖を見上げた。
 見上げて、全員が軽く手を挙げた。
「にゃーん! みんな無事かな? 空は任せて! 私の弓は飛ぶ鳥落とすよ!」
 崖の上で過月が弓を振っているのが見える。彼女の後ろには、足止めのために残った仲間が先に善戦する仲間を見下ろしていた。


●乱戦
 崖下で戦っていた彼らにロープを伝って降りた足止め班が加わることで、一気に集団の火力は高まった。
「その程度じゃ当たらんよ」
 ネオは唸り声を上げたキメラの突進を躱した。疾風脚を使用して回避ついでに相手の胴を蹴る。痛みで動きが鈍くなると、急所突きで一気に殴り倒した。
「面倒くせェからよ‥‥攻め気で行くぜ!」
 最もまつりの近くで戦っていた赤槻は瞬天速で獣の集団へ突っ込み、ナックルで片っ端から殴りつけた。脇に逃げた獣達は動かないまつりに狙いを定め、一直線に走り出した。
「行かせるかっ!」
 もう一度瞬天速を使い、キメラとまつりの間に割り込んだ赤槻は勢いに任せて獣を蹴り飛ばした。
「ぐっ‥‥だ、大丈夫かよ‥‥クソッやっぱロクな事がねぇ‥‥!」
 呻いた赤槻の前では、飛ばされたキメラを須佐が片付けていた。殴るように腕を振った獣を側転で躱し、間に合わない脚は爪で弾いた。
「ぬるいっ!」
 攻勢に転じた須佐が獣を拳で殴る。よろけたところを狙って、防御の甘い胴へ渾身の一撃を叩き込む。
 仰向けに飛んだキメラを狙って須佐は飛び上がった。彼の脚が無色透明に輝いている。
「これでどうだ!」
 威力の増した須佐の蹴りを躱しきれなかった獣は凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。
 だが味方が倒された瞬間、背後のキメラが大声で吼えた。あの衝撃波を伴う声だ。その威力を知らない先行班の面々は同じように耳を押さえて一時的に動きを止めたが、一度食らっている彼らはキメラの動きから咆哮を察知し、未然にこれを防いでいた。
「二度も同じ手には引っかかりませんよっ!」
 地面を蹴った旭がガラティーンを構えた。その体が炎のような赤い光を纏う。
『Light Bringer』
 装備に取り付けたOCTAVESが告げる。刹那、獣に防御の態勢を取らせる間もなく、旭はキメラの集団に衝撃波を叩き込んだ。正面からこれを食らったキメラ達が一斉に倒れる。
「我の後ろは地獄の門汝すべての希望を捨てていけ!」
 叫んだ三枝は急降下してきた鷲を一刀両断の元に斬り捨てた。獣は数が減ってきたが、それまで待機していた鷲が攻撃を始めたのである。嘴が腕を掠ったが、気にせず剣を振るう。再び飛び上がった鷲は拳銃で羽根を撃ち抜いた。
「(邪魔はさせない‥‥)」
 覚醒した有村は嘴を盾に急降下した鷲を短剣で受け止めた。そして、至近距離から鷲の目を撃ち抜く。死角を奪われた鷲が地面に転がると、短剣で上からのし掛かるようにして突き刺した。
「翼を撃ってしまえば、後は簡単だな」
 スピエガンドを構えて、鷲の大きな翼に照準を定めた神棟である。AU−KVの頭部にスパークが生じる。精度を増した一撃は、確かに鷲の翼を撃ち抜いた。
 空に留まる術を失ったキメラが落ちてくるのを確認して、脚部が赤く輝く御鑑が一気に距離を詰めた。
「さよなら‥‥」
 氷雨でキメラの胴を斬りつける。間髪入れずに襲ってきた獣には、勢いを抑えずに横に刀を薙いだ。
「いかに素早くても、攻撃の瞬間は無防備なはず‥‥」
 弾を装填させまいと集団で降下してきた鷲が翼で秦本を撃つ。それらをAU−KVの装甲で耐えて、彼は攻撃の手が緩むとすぐさま反撃に出た。
 鷲が飛び上がる前に銃を持つ手をスパークさせて、強烈な一撃をカウンターで叩き込む。まともに食らった鷲の翼が折れて、意識を失ったまま地に落ちる。
 何とか逃げ果せたと思われた鷲達だったが、それらを待っていたのは崖の上に残った過月である。ふらふらと視界に現れるやいなや、片っ端から弓で撃ち抜いた。
「にゅーん! これで終わりかな〜♪」
 火力の高い弾頭矢を使い切るまで相手を死角から射抜いた。この鷲でおそらく、空から攻撃するキメラは全滅したはずだ。
 射損じた弓は、これ以上射抜く対象が見つからなかったと言わんばかりに、敵の殲滅された地に深々と突き刺さったのである。


●蜃気楼の森
「大丈夫ですか?」
 有村に尋ねられてまつりは頷いた。怪我は酷いがそこは腐っても能力者である。
「そういえば、何故撤退を‥‥しなかったのですか?」
 きちんと包帯を巻き直しながら御鑑が言った。ゆっくりと身を起こしたまつりは、痛そうに腕を上げて前を指差した。指の先には、小さな森の入口が見える。
「落ちる時に見えたけど、あの辺にお墓があったの。キメラに壊されたら、困るかな、と思って」
「だ、そうだ。見えるか?」
 無線機で神棟が崖上の過月に尋ねた。過月は双眼鏡で言われた方向をじっと眺めて、そしてゆっくりとロープで崖下まで降りてきた。
「確かに墓地っぽいのがあったよ〜」
「だからって‥‥そもそも、なぜ一人で突っ込むんですか?」
 呆れたように言った秦本である。そこに須佐が加わった。
「好奇心は人を殺すからな。今後‥‥いや、今から気をつけろ」
「‥‥はい」
「まあまあ。今回はちゃんとAU−KVも装備も持っていったようですし、ちゃんと成長しているということで」
 苦笑して旭が間に入る。ドラグーンの象徴であるAU−KVを装備していただけでも誉めてやるべきだ。
 もっとも、AU−KVの装備はドラグーンにとっては常識中の常識だが。
「でも、結局幽霊の正体は何だったのでしょうね?」
 三枝が首を傾げた瞬間だった。まつりはくわっと目を見開き叫んだのである。
「そうだ、美形幽霊!」
 怪我をしていることも忘れて立ち上がったまつりは、あちこち傷のついたバハムートに跨った。
「とりあえずお墓の方に行けば見つかるかもしれない! 善は急げ!」
「待て待て待て!」
 慌てて赤槻が首根っこを掴んで引き戻した。むぅ、と頬を膨らませるまつりに大声で言う。
「馬鹿かあんた! そもそも幽霊とかねェし、大方自分の姿でも見てはしゃいだんだろ?」
「ち、違うもん! ちゃんと美形の幽霊が居たんだから! あたしの直感は当たるんですからね! そもそも、美形じゃないと追いかけないもん!」
「美形かどうかは関係ないだろ!」
「何ですって!? 美形はステータスです! 自分が美形だからって美形を馬鹿にしちゃ駄目なんですからね!」
「まつりさん‥‥」
 折角庇ったのに‥‥と旭が手で顔を覆った。
「これはきつく叱らないと駄目だな」
「同感です。加勢しますよ」
 既に説教の準備を整えているのは神棟と秦本である。
「帰るぞ。誰かこのじゃじゃ馬を引き摺ってこい」
 付き合いきれなくなった須佐がくるりと背中を向けて歩き出した。
 森の方をじっと見ていたネオには、何となく幽霊の正体が分かった気がした。
うっすらではあるが、言い合いをするまつりと赤槻の姿が森の方に見えているのだ。崖の上と下の寒暖差が引き起こした蜃気楼の一種だろう。
 つまり噂の真偽は不明だが、少なくともまつりが見た幽霊は赤槻の指摘通り、自分の姿だったわけだ。
 後ろでは既にまつりがド派手に雷を落とされていたから、言えばフォローくらいにはなる。
「まあでも、自業自得かねぇ」
 もうしばらくは、まつりに説教を受けてもらうことにするか。

END.