タイトル:【JT】教官の秘密マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/13 00:18

●オープニング本文


●悩める男
 カンパネラ学園は今日も活気で満ちている。外では雨がしとしとと降っているにも関わらず、明るい声が学内には満ちていた。
 そんな中で、食堂の一角に座って固まっている男がいた。カンパネラ学園講師のジャック・ゴルディ(gz0333)である。彼の手には淡い色の花がプリントされた手紙があった。
「ああ、そうか‥‥そうだよなあ‥‥」
 一度手紙を置いて、もう一度手に持ってうんうん悩んでいる。何でもあまり悩まずに物事を決める彼だけに、その背中が丸まっていると異様な光景に見える。
「仕方ないな、掛け合ってみるか」
 立ち上がったジャックは手早く手紙を片付けて食堂を後にした。


●浮上する疑惑
 同日放課後、同じく食堂にて。
 集まった人々はどよめいていた。ジャックの指導を受けたことがある人も、存在だけを知っているという人も頭を抱えている。
「これは何かの悪夢の前兆か‥‥」
「流石にこれはひどい‥‥」
 彼らの手には一枚の写真があった。立派な赤毛をなびかせた少女が白い帽子を被ってこちらに微笑みかけている。歳の頃は十六、七といったところだろうか。肌の白い美少女である。
 問題はこの写真をジャックが持っていたということである。しかもかなり大事そうに。偶然彼が落としたところを拾った生徒が見て仰天し、仲間を集めて見せたのであった。
「娘にしてはでかいよな‥‥先生、二十八だし」
「でもこれ‥‥奥さんにしても若すぎだよ」
「いやいやいや、だって裏に『愛しのレディ』って書いてるんだぞ。つか、何世紀前の人間だよ。今時こんなこと写真に書かないだろっ」
「最大の問題はレディが妻を指すのか娘を指すかでしょ」
「どっちにしたって変態じゃない。赤の他人の可能性だってあるでょう?」
「それこそただの変態ストーキング野郎だろ‥‥」
「いやーやめてっ! あたしゴルディ先生に夢見てるのにっ!」
 いっそ本人に聞けば良いのだろうが、こういう問題は得てして本人を問いつめてはいけないものなのだ。
 だが、好奇心には誰も勝てない。何とかしてジャックから写真の真相を聞き出してやろうと、生徒達は水面下で動き始めた。
 翌日、ジャックの訓練に参加した生徒が彼に写真を返してみた。どこにあった、と聞かれて適当な理由をつけた生徒に彼は満面の笑みで礼を述べたという。
 そして、大事そうに懐に写真を直して安堵の息を吐いたジャックを見ていた生徒は喉元まで出かけた言葉を飲みこんだ。
(聞けない‥‥これは聞いてはいけない‥‥!)
 かくして、訓練中にジャックから真相を聞くという作戦は失敗に終わったのである。


●最後の機会
 噂は尾びれを引いて広がっていく。
 思わず口を滑らした生徒から聞いた口の軽い生徒が友人に話し、聞いた友人は顔が広く、あっという間に様々な方面の人間に伝わった。
 そんな面白いネタを学園の新聞部が逃すはずが無く、ちょっとした号外が作られ学園の生徒にこそりと配られた。題は『カンパネラ学園講師、バツイチ疑惑』である。
 紆余曲折を経て、当初の噂は以下のようになっていた。
 写真の少女はジャックの後妻の連れ子で、彼が密かに思いを寄せている、というものである。ちなみに娘の方も満更ではなく、既に二人は相思相愛という設定だ。
 過激派に至っては、それが妻にばれて娘は酷い虐めに遭い、為す術無くジャックが己の浅はかさを呪っている時にカンパネラ学園から辞令が出て、この際娘と駆け落ちしようと試みたが失敗し、離ればなれのまま講師に就任した、と言い張って聞かない。
 種々の噂を聞いた、当初のメンバーは再び顔を合わせてがっくり項垂れた。
「何か昼ドラ的展開になってるな‥‥」
「俺、この際、妹説を支持しようと思うんだ‥‥」
「馬鹿。先生が一人っ子ってことは、とっくに調査で分かってんだよっ」
「私、さっき禁断の異母兄妹愛説を聞いた‥‥三年前に妹だと知らずに出会って恋に落ちたんだって‥‥」
 うわああああ、と全員が腕をさすった。普段から編み物が趣味だったり料理が特技だったりと変わった人ではあるが、まかり間違っても学園に流布する噂のような人物ではない。
 これは一刻も早くジャックの耳に届く前に真相を突き止めなくてはならなった。ここまでくると彼の名誉も危ういのだ。
 だが、どうすれば良いのだろう。噂を全てひっくり返し、かつ皆が納得できる事実なんてあるのか、と全員が頭を抱えた。
 その時である。一人の仲間が息を切らしながら食堂に転がり込んできた。
「ビッグニュースだ! ジャック先生の次の防衛訓練、場所がグリーンランド東部の平原らしいぞ!」
「そ、それがどうした‥‥」
「鈍いな! 写真の少女がグリーンランド東部に住んでるって本人の口から聞いたやつがいるんだよ!」
 一言で東部といっても範囲が広すぎる。
 無言で居る仲間に、彼は痺れを切らしたように地団駄を踏んで叫んだ。
「察しろよ! 今回の訓練、試作品を撃破しろって内容らしい。つまり、ジャックが自ら訓練に参加することはないってことだよ!」
 閃いた少女が指を鳴らした。
「分かった! 訓練中に写真の人に会いに行こうとしてるのね!」
「ご名答! どうやらあいつ、ぎりぎりまで今日は休めないかって掛け合ってたらしい。休めないと分かると、目的地を直接訓練地にしやがった。職権乱用だ!」
 職権乱用はこの際どうでも良いとして、だ。
 つまり、この機会を逃せば秘密の真相は暴けないということだ。
 胸を張った少年は、ズビシッ! と仲間を指して言った。
「訓練の参加者は公募らしい。暇な奴らは全員訓練に参加するんだ。良いか、他の連中に先を越されるんじゃねえぞ!」

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
エル・デイビッド(gb4145
17歳・♂・DG
カンタレラ(gb9927
23歳・♀・ER
吹雪 蒼牙(gc0781
18歳・♂・FC
方丈 左慈(gc1301
36歳・♂・GD
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD

●リプレイ本文

 二重の目的で訓練に参加した面子だったが、そんな様子はおくびにも出さないのは流石と言ったところか。
 むしろ、先に訓練地に到着して彼らを待っていたジャック・ゴルディ(gz0333)の方がそわそわとしていた。そんな様子を見せられては、誰も触れざるを得なくなってくる。
「ジャック先生ー、今回はご褒美無いの‥‥?」
 絶妙なタイミングで当たり障りの無いことを聞いたユウ・ターナー(gc2715)に、その場の全員が心の中で拍手を送った。
 一方、聞かれたジャックといえば、しばらく呆けていたかと思うと、ハッとして金髪の少女を見下ろした。
「お、おう‥‥そうだな、今回は作らないかもな」
(完全に心ここにあらず、といったところか‥‥)
 表情には出さずにそんなことを思ったホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)は、雪のちらつく灰色のグリーンランドの空を見上げて息を吐いた。


●訓練組
 そもそも、予定していた参加人数より少ない――尾行班は既に目的の街で待機しているのだ――のに気づかなかったジャックは相当変だったが、何とか訓練を始めるだけの正気は保っていたらしい。
 陣形を組んで、最後にエル・デイビッド(gb4145)がAU−KVに跨るのを見届けた彼は手に持っていたメガホンを構えた。
「おーし、それじゃあ試作品を放つぞー」
 間の抜けた声の後、雪を掻くようにして三角の耳がついた試作品がぞろぞろと出てきた。
「では皆さん、宜しくお願いします」
 最初に行動したのはドラグーンの秦本 新(gc3832)だった。タイヤチェーンを履かせたミカエルのアクセルを思いっ切り握る。フロントタイヤを僅かに浮かせて、試作品の集団に突っ込んだ。
「俺も行くよ。思いっ切り暴れようかな」
 一拍遅れてエルもパイドロスを駆使して攪乱に加わった。リアタイヤで雪を弾いて試作品の目にぶつける。別方向から噛みついてきた試作品を躱して、逆にバイクごと体当たりして後ろに飛ばした。
「‥‥ん。数は。多いけど。動きは。単調。地道に。確実に。倒そう」
 前衛を担当する最上 憐 (gb0002)は大鎌を振るって、群れから外れた獣の前脚を強襲した。自己再生能力が面倒なので、間髪入れずに後ろ脚も斬り飛ばす。
 槍を構えた方丈 左慈(gc1301)も戦闘に加わった。散り散りになった試作品の一匹に先手必勝を発動して突っ込んだ。回し蹴りで飛ばして、和槍で縦に貫く。
「おっと‥‥!」
 反対側から獣が飛び掛かってくる。自身障壁で痛手を最小限に抑えて、方丈はそれを槍の先で薙ぎ払った。
「そっちに行くぞっ!」
 反転して体勢を立て直し、獣はリアルな咆哮を上げた。殺意を向けられたホアキンはやれやれと頭を掻きつつ、左手に持った太刀を地面に突き立てた。
「破ぁっ!」
 声を上げたホアキンの前方に向かって衝撃波が飛んだ。雪を纏った攻撃を正面から食らった試作品がひっくり返る。太刀を引き抜き、さっと間合いを詰めてホアキンは獣の脳天に雷光鞭の電磁波を叩き込んだ。
「完全に破壊するには脚四本か、粉砕か、でしたっけ‥‥とりあえず、今のうちに、ですね」
 カンタレラ(gb9927)が後方から鞭で電磁波を飛ばす。的確に獣の脚を狙った攻撃に、試作品が音を立てて雪に崩れ落ちた。
「ユウだよ。ジャック先生、出発したからね!」
 携帯電話を閉じたユウは空いた手に持っていた銃で試作品の脚を片っ端から撃ち抜いていった。
「きゃはっ☆足が穴だらけになっちゃったね♪」
 はしゃぎながら弾を装填したユウは、髪にかかった粉雪を払った。
 尾行班は上手くやっているのだろうか。そんなことを考えながら。


●尾行班
「上手く書いたつもりだけど、見難かったら解説するよ」
 その場でささっと書いたとは思えない出来の地図を見せた吹雪 蒼牙(gc0781)はポケットから携帯電話を出した。発信元はユウだ。どうやら、ジャックがこちらに向かって来ているらしい。
「今のところ、めぼしい情報はありませんね」
 近くの店から出てきた石動 小夜子(ga0121)が言った。ずれた眼鏡の位置を直す。
「でも、どう見ても挙動不審だったよね。やっぱりその写真の人は先生にとっては、落ち着いてられないような存在ってことかな」
 髪を染めた新条 拓那(ga1294)が言う。
 どうやらジャックはこの街に馴染みがあるようだった。少女の話は聞けなかったが、彼の話はそこそこ聞けたのである。途中で捕まえたおばさんに話を聞いてみると、
「今はカンパネラ学園に居るんですって? 良い男よねぇー、おばちゃんがあと三十年若かったら放っておかないわぁ」
 らしい。どうでも良いことを長々と聞いていた新条が苦笑したものである。
「写真くらい欲しかったよね。そうしたら直接本人を探せるのに」
 肩を竦めた吹雪がぼやいた。
「とりあえず、僕はもうしばらく情報収集をしてみるよ。教官の尾行はお願いします」
「了解。こっちは顔が知られてないし、まあ気楽にやろうかな」
 そう言って新条は石動を伴い、街の入口に向けて歩き出した。彼らに背を向けた吹雪は更に情報を集めるべく、さっと行動を開始したのであった。


●合流
「と、あんまり突っ込みすぎもだめだね、バハムートじゃないんだし、受けるんじゃなくて、かわさないと」
 バイクを停めエネルギーガンで獣を撃ったエルは自身に言い聞かせるように呟いた。
 大方の試作品は片付けてしまったが、ちらほら破損箇所を修復しているものも残っていた。攪乱の必要は無いだろうと判断して、彼はAU−KVを装着して走り出した。
「おっと、こっちは通行止めですよ」
 泰本もAU−KVを装着して小銃で獣を足止めする。それを背後から瞬天速で間合いを詰めた最上が大鎌で一刀両断にした。
「皆さん、怪我はしていませんか? 攻撃されて羨ま‥‥いえっ、攻撃された方は回復しますからね」
 陣形の最後尾で仲間に練成強化を施していたカンタレラは言う。再生能力のある敵を粉砕するのは楽しいのだが、こうも攻撃が来ないと少し寂しい気もする。
「ガンガン行くよ! さっさと片付けてジャック先生の様子を見に行くんだから!」
 銃を斉射したユウが叫んだ。試作品は脚を壊すか脳を撃ち抜けば良いことは戦闘の中で分かっていたので、迷わず頭を狙って引き金を引く。
「‥‥ん。前は。任せて。なぎ払う」
「了解。背中は任せろ」
 最上と方丈は挟撃する試作品を同時に斬りつけた。吹き飛んだ獣との距離を詰めて、頭を砕く。
「これで終わりだな‥‥誰かジーザリオのエンジンをかけて来てくれないか?」
 太刀を振るって獣の牙を受け止めているホアキンがポケットから鍵を出して後ろに放った。こいつを倒せばすぐにでも出発出来るよう、事前に少し離れた場所に車を停めてあったのだ。
「あ、では、私が行きます」
 鍵を受け取ったカンタレラが走り出す。彼女もランドクラウンを待機させているので都合が良いのだろう。
 獣の腹を蹴り飛ばしたホアキンは雷光鞭で電磁波を敵の頭にぶつけた。機能麻痺に陥った試作品の脳を太刀で貫く。完全に再生する気配が消えるのを待ってから、彼は得物を引き抜いた。
「訓練は完了、だね」
 AU−KVの装着を外したエルは腕を伸ばして力を抜いた。ここからは別の依頼人からの仕事だ。気乗りしないが、全く無関心というわけでもない。
「流石にほったらかしじゃだめだしね、誰と会ってるかわかんないけど、現場の一つや二つは押さえとかないとねぇー」
 ぼんやりと言ったエルは車の停めてある方へ歩き出した。
「一応、向こうにも連絡を入れておくよー☆」
 元気の有り余っているユウは携帯電話を開きながら気合いの声を上げた。


 一方、街では――、
「うわっ、こっち向く‥‥!」
「拓那さんっ」
 石動と新条は尾行に苦戦していた。というのは、ジャックの勘が冴えていたからである。誰かに尾行されていると確信しているわけではなさそうだが、馴染みの街に流れる空気の違いは察しているようだった。
 先程も振り返って辺りを見回す素振りを見せたので、石動が新条の腕を組んでカップルのフリ――ものすごく様になっているフリ――をして躱したところであった。
「‥‥何か、観光客が増えたな」
 などと言いながらジャックは街の中を歩いている。
「あ、危なかったね‥‥」
 息を吐いた新条はこちらを見る石動と目が合った。途端に赤くなって腕を離す。
「いや‥‥あの、はは、先生はどこに行くつもりなんだろうね」
 きょとんとする石動は徐々に口元に笑みを浮かべていく。彼が何を言わんとしているのか分かるのだろう。
 何とも言えない空気が二人の間を漂っていた刹那、

「教官なら花屋に行ったよ」

「うおわあああ!? びっくりしたっ!!」
 突然背後から声を掛けられて新条は飛び上がった。驚かすつもりのなかった吹雪の方がその声に驚いて目を丸くしている。
 この人のことは気にしないでください、と石動が言うと吹雪は頷いてもう一度言い直した。
「花屋に行ってみる?」
「そうですね。もうすぐ訓練班の方々もいらっしゃるようですし‥‥先に行きましょうか」
 自分を置いて歩き出す石動と吹雪の背中を見つめながら、新条はがっくりと項垂れた。
「この尾行‥‥心臓に悪い‥‥」


 花屋にジャックが入る頃には、尾行班に訓練班が合流していた。簡単に事情を話された彼らは大人しく尾行班の後ろに待機している。
 待つこと五分程度だろうか、花屋から出てきたジャックの姿に、口に食べ物を入れていた最上以外の全員が口を押さえて蹲った。言って置くが、別に腹を壊したわけではない。
 赤い大輪の薔薇を肩に担いで出てきた姿があまりにも本人の風貌とミスマッチだったからだ。
「これは‥‥言葉に困るな」
 立ち直りの早かったホアキンが何とも言えない顔で言う。もうちょっとマシなものを買えよ、と誰もが思ったが、ここで爆笑しては尾行がバレてしまう。
「動き出したみたいだね。つける?」
 最上から露店で買ったコロッケを貰ったエルが言った。何だかんだで腹が減っているのだ。
「んー‥‥この人数で尾行すると見つかりやすいですから、花屋のおじさんに聞き込む人とに分かれます?」
 カンタレラの案に全員が頷いた。
 かくして、発案者のカンタレラとユウ、方丈が花屋で情報を集め、残った面子で引き続きジャックを尾行することになった。
 花屋に入ると、色とりどりの花が出迎えてくれる。その奥に、いかにも頑固者、と言わんばかりの親父が座っていた。
「姉ちゃんと嬢ちゃんと兄ちゃんか‥‥面白い組み合わせだな」
 響きのある低い声で言った親父にユウが単刀直入に切り込んだ。
「ジャック先生の買ったお花ってこれ?」
「おお‥‥なんだ嬢ちゃん、ゴルディさん家の若旦那を知ってんのか?」
「若旦那?」
 尋ね返した方丈に花屋の親父は嬉しそうに頷いた。
「おうともよ。ジャックの若旦那だろ。あれだろ、ああいうのを逆玉の輿って言うんだろうな。まあ、昔から仲良かったから、当然っちゃあ当然だろうが」
「‥‥ちなみに、そのゴルディさん宅はどちらにあります?」
 笑いを噛み殺して尋ねたカンタレラに、親父は窓の外を指差した。その先には比較的大きな屋敷が見える。白亜の門がよく映える建物だ。
「あそこだよ。これから『彼女』に会うって言ってたから、そろそろ見えるんじゃないかい?」
 親父の言葉通り、数拍後に門をくぐるジャックの姿と、それを遠巻きに眺める仲間の姿が窓からよく見えた。


●ゴルディ家の正体
 門は手動で開くようになっていた。仲間達と合流して、彼らはぞろぞろと気配を殺しつつジャックの後を追った。
 ジャックは本宅には入らずに、脇にあった小さな――と言っても普通の一軒家くらいあるが――家のドアを叩いた。
 しばらくして、扉を開けて出てきた女性を見てエルは声を上げた。
「あの人じゃない? 何か、すごく若いし」
「多分そうだね。何か話してる。教官、薔薇が体からはみ出てるよ‥‥」
 冷静に観察しながら言った吹雪である。
「確かに噂通りの少女、ですね」
 落ち着いた様子で言った泰本の後ろから新条と石動が顔を覗かせる。彼らは庭のよく手入れされた生垣に身を寄せ合うようにして隠れているのだ。
 後ろの方では最上が飛びながら様子を窺っている。
「‥‥ん。見えない」
「ユウも見えないよー!」
「こら、押すなっ」
 ユウに押された形となったホアキンの体勢が崩れた。当然、前に居た方丈の背中を掴む形になる。
「うおっ!」
「うわっ!」
 今度は吹雪が倒れた。そして、あとはなし崩しだった。
「うわあああああっ!!」
 彼らはジャックの背後に飛び出るようにして、ドミノのように倒れ込んだのである。


 見つかった彼らは素直に観念して、ゴルディ家の小さな別宅に通された。例の花束は既に居間に飾られている。
 全員、ジャックの雷が落ちることを覚悟していたが、意外にも彼は困ったような顔をして頭を掻いて言ったものだ。
「いや、別に隠すつもりはなかったんだけどな‥‥お前等も見たと思うが、この家に入るのがどうも昔から苦手でな。出来ればあんまり見られたくなかったというか‥‥」
「でもこんなに生徒さんに慕われてたなんて、意外だわ」
 件の少女が紅茶とケーキを運んでくる。
「あの、ゴルディさん。そちらの、方は‥‥?」
 怖ず怖ずと尋ねた石動にジャックは息を吐いて言った。
「俺の妻だ」
「‥‥」
「おい、何か言えよ。まさかロリコンとか思ったんじゃないだろうな?」
 まさにその通りのことを殆どの人が思ったのだが、誰も口にしなかった。流石に本人を目の前にしては言いづらい。
 すると、その少女――ゴルディ夫人が笑いながら言った。

「やあねぇ、私、これでも二十八なのに」

 ガッタアアアアン!! と男性陣が派手に椅子からころがり落ちた。その見事なこけっぷりに少女は目を丸くした。
 二十八歳ということは、ジャックと同い年ということか。
「ど、どう見たってユウよりちょっと上にしか見えないよっ!」
「‥‥驚きましたねえ」
「‥‥ん。意外」
 三者三様の感想に少女は肩を竦めて苦笑した。そして、台所に戻って手料理を持って来る。
「折角だし、一緒に食べましょうよ」
 そう言われて食べない人はあまり居ない。大人しく席に着いた十人である。二人で囲むには大きな机だったが、十人も客がいると丁度良く感じるものだ。
 ところで、と出されたこれまた非常に美味しい魚料理を食べる吹雪は隣のジャックに言った。
「どうして今日はここに来たんですか? しかも訓練という名目まで使って」
「ああ‥‥あー、おう。それはな」
 少しだけ恥ずかしそうにジャックは視線を泳がせた。
 そして、小さな声でそっと言ったのである。その答えに、一同はまた目を丸くすることになるのだが。
「今日は、俺達が結婚して丁度十年目なんだよ」

END.