タイトル:春の怪現象マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/10 23:37

●オープニング本文


 四国某所の街で、とある晩、怪現象が確認された。通常ならば、それは夏前に急ぎすぎて飛び出した霊の類としてバラエティー番組に取り上げられ、茶の間の笑いを誘ったのだろうが、そうはいかなかった。
 現在、人類はバグアとの戦争の只中にある。得体の知れないものがバグである可能性も捨てきれないのだ。
 怪現象の話に戻ろう。
 ある晩、いつもの通り部活を終えて帰宅しようとした少年は自転車を飛ばしていた。この街は街とはいえ、山奥に近い場所にある。日が沈めば、車ですら殆ど通らないのだ。
 大きく弧を描くカーブを曲がり終えた少年は、そこで見慣れないものを見た。
 普段ならカーブミラーがある場所に、ぽつんと小さな光があったのだ。自転車のライトを鏡が反射したのかと思ったが、近づいた少年は愕然とした。
 カーブミラーが根元からへし折れていたのである。隣に広がる田圃の中へ、鏡は粉々になって破片を散らしながら沈んでいた。
 顔を上げた少年は更に目を丸くした。ぼんやりと浮かぶ光がすぅっと空へ昇ったのだ。そして、その淡い光で、田圃の反対側をゆっくりと照らした。
 その瞬間のことを、少年はこう証言している。冗談でも何でもなく、ここで死ぬのだと思った、と。
 光に照らされた場所は深い林だった。いつもと寸分違わぬ林だった。
 だが、そこには、風でさざ波のように揺れる木々の間から赤い目がいくつも覗いていた。


 話を聞いていたカンパネラ学園の生徒たちは同時に両腕を摩った。夏までまだ間があるのに、なぜに今、怪談を聞かねばならんのか。一部の生徒たちは耳を塞いで必死に念仏を唱えている。
 プロジェクターを通して件の話を写した教員は、落ち着いた声で言った。
「心配しないで下さい。こいつらはキメラであることが調査で分かっていますから」
 存在を証明できない幽霊ではなく人間の脅威であるキメラに対して「心配するな」はどうかと思いながら、教員は続けた。
「どうやらいつの間にか、この林がキメラの住処になっていたようですね。人里に下りてくる前にさっさと片付けましょう」
 この作戦は、大きく三つの班に分かれることになった。キメラの数も正確に把握できないことから、教員も数名派遣されるらしい。
 教室に残された生徒達に、教員は眼鏡の位置を直しながら言った。
「さて、腕の立つ貴方がたには、林の最奥部を担当してもらいます。最も危険な区域ですが、最も情報が多くある場所でもありますから、それほど気負う必要はないでしょう」
 ただ、と言って言葉を切った教員は眉に深い皺を刻んだ。
「数日前から、林の奥で奇声が確認されています。おそらくキメラだと思いますが、気をつけて臨んで下さい」

●参加者一覧

八尾師 命(gb9785
18歳・♀・ER
ブロンズ(gb9972
21歳・♂・EL
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
ホキュウ・カーン(gc1547
22歳・♀・DF
黒崎 裂羅(gc1649
20歳・♂・DF
有村隼人(gc1736
18歳・♂・DF
赤槻 空也(gc2336
18歳・♂・AA
エレシア・ハートネス(gc3040
14歳・♀・GD
レオーネ・スキュータム(gc3244
21歳・♀・GD

●リプレイ本文

 合図と同時に彼らは作戦を開始した。
 煌々と明かりの灯る林の中を、彼らは湊 獅子鷹(gc0233)と黒崎 裂羅(gc1649)を先頭に進んでいた。
「情報は多いですけど油断はできませんね〜。足元をすくわれないようにしないと〜」
 ぬかるんでいる地面をしっかりと踏んで歩く八尾師 命(gb9785)は呟いた。鬱蒼とした林を想像していたが、明かりがあるせいで不思議と不気味には感じない。
「‥‥っと、危ないな」
 少しバランスを崩したブロンズ(gb9972)は舌打ちした。
 刹那、バサバサと奇妙な音が木々の間から溢れたのである。全員、顔を上げて空を覆わんとする黒い翼を睨んだ。一、二‥‥かなりの数だ。
「二手にっ!」
 集団で居ては不利だ。叫んだホキュウ・カーン(gc1547)の声に従い、彼らは予め決めておいた作戦の通り二手に分かれて散開した。
 夜の林に、耳を劈かんばかりの鳴き声が木霊した。


「貴様の頸を空の旅へとお連れしよう……ククク」
 急降下してきた鷲の突きを躱した黒崎は不敵に笑った。
「そっち行ったぜぇ?」
「了解。さーて思いっきりぶん殴らせてもらうぜ」
 ぬかるみの中にしっかりと足を置いた湊が拳を握った。突っ込んできた鷲の顔面に、正確に一撃を叩き込む。ひっくり返った鷲を蹴り飛ばして、彼は空を見上げた。
 続いて、数羽が同時に降下してきた。左右からの挟撃に、前線の対応が間に合わない。
「‥‥っ!」
黒崎の腕を掠ったその嘴は、真っ直ぐに八尾師の心臓を狙っている。
「(‥‥行かせるかっ)」
 進み出た有村隼人(gc1736)が蛇剋を構えた。猛スピードで突撃してきた鷲の体に刃を食い込ませ、そのままキメラを切り裂いた。もう一羽は湊に右拳で殴りつけられて墜落している。
「黒崎様、大丈夫ですか〜?」
 駆け寄った八尾師が練成治療を施す。黒崎の腕から流れていた血が止まった。
 ほっとした次の瞬間、彼女は茂みの中から赤い光が閃いているのを感じた。咄嗟に振り返ると、近くで獣の息遣いが聞こえていたのだ。
 油断していたわけではないが、一時的に武装を解いていた黒崎と八尾師では迎撃が間に合わない。もうすぐそこまで獣の牙が迫っているのに、手が出せない。
 駄目だ、と思った二人の前に飛び出したのはエレシア・ハートネス(gc3040)だった。二人の前に立ち、構えた盾で突進してきた獣を弾き飛ばしたのである。
「‥‥ん、問題ない」
 弾かれてよろけたキメラに、走り寄った有村と湊が同時に攻撃した。
「助かりました、ありがとうございます〜」
 頭を下げた八尾師にエレシアは軽く頷いて、盾を持ち直した。まだ奥からは赤い眼のキメラがこちらを伺っている。
「やれやれ‥‥我らしからぬ失態だ。これは飢えた獣の血で贖ってもらおうか」
 ハルバードを担いだ黒崎の髪が逆立ち、身に纏う雰囲気が一層影を濃くしていく。隣に立った有村も静かに覚醒して、拳銃を構えた。
 拳を付き合わせた湊も物騒に笑ってキメラの集団を睨んだ。
 盾に守られるように最後尾に位置する八尾師は小さく息を吸い込んだ。練成強化を三人の武器に施す。血で汚れたそれぞれの武器が息を吹き返して淡く輝きを放ち始めた。
 林の中のキメラにしてみれば災難だったことだろう。頑丈な盾に守られ、更に威力を増した相棒を持つ彼らの姿を、目の当たりにしなくてはならなかったのだから。


 奥で落ち合おうと予め決めて、別方向から最奥部を目指していた彼らも敵襲の中にあった。
 垂直降下さながらに突っ込んでくる鷲の体当たりを盾で弾くレオーネ・スキュータム(gc3244)は同時に獣の牽制も試みていた。絶妙に距離を取りながら、時折自身を囮にして上手く獣を引きつける。
「おいでませ。私の月に狂わされたいですか…?」
 強弾撃でよろけた鷲を墜とした獅月 きら(gc1055)は、素早く動いてレオーネの前に立った。唸り声を上げている獣は、新たに現れた得物に早くも息を荒くしていた。
「ブロンズさん」
「了解。牽制しとくから、今のうちに距離を取りなよ」
 布斬逆刃を使用して炎舞を構えたブロンズに獣が飛び掛かる。刀身で牙を受け止めた彼は、獣の腹を思いっ切り蹴り飛ばした。獣は吹っ飛んだものの、器用に反転して着地した。それ以上攻撃してこようとしないブロンズを嘲笑うように唸って見せる。
 その威嚇を、彼は唇の端で笑って受け流した。
「良いけど、後ろ、ちゃんと見た方が良いよ」
「――もう遅いけどなっ!」
 隙を見せたキメラの背後へ瞬天速で詰め寄った赤槻 空也(gc2336)が踵を叩き落とした。頭蓋を砕かれた獣は地面に沈み呼吸を止める。
 息を吐いたブロンズだったが、そこへ茂みを割って一匹のキメラが突進してきた。獣は反応の遅れた彼の腕に噛みつく。鈍い痛みが彼の脳天を突いた。
「ブロンズさんっ!」
 叫んだホキュウが横から壱式の柄でキメラの顔を殴りつけた。
「この‥‥っ!」
そのまま小銃を構えて引き金を引く。獣の頭を撃ち抜いて、彼女はブロンズに駆け寄った。慌てて獅月も近づいてくる。
「問題ない、自己回復あるからさ」
 気遣う仲間に手を振って、ブロンズはロウ・ヒールで傷を癒した。だが、痺れはしばらく取れそうにない。
「退避してるよ。悪いけど、後は頼む」
「任せろ、全員ぶっ殺してやる!」
 意気込んだ赤槻は木の幹を蹴って飛び上がった。低空を飛んでいた鳥を直接殴り落として着地する。嘴を突き立てて襲いかかった鷲には、直接顔面に拳を叩き込んだ。
「仲間がやられてんだ。これ以上傷を負わせるわけにはいかねえよな!」
 覚醒したホキュウも小銃で残りの鷲の羽根を撃ち抜いた。鷲の黒とも茶ともつかない羽根が夜空に舞い上がる。
地面に落ちたキメラは殆ど虫の息だったが、獅月とレオーネは一匹残らずトドメを刺し、ごく短時間の間に彼らは敵を殲滅することに成功したのであった。


 最奥まであと一歩、というところで彼らは合流した。その頃には、各自回復を済ませ、全快と言わないまでも充分に余力を残していた。牙の攻撃を受けたブロンズも、問題なく武器を振るうことが出来る。
 彼らは明かりの届かない林の奥へと足を進めた。奥から滲み出る殺気は、今までの雑魚とは比べものにならない。
 ぽっかりと開けた場所に出た彼らの頭上で、一際大きな羽音が鳴った。ややあって、二方向から赤い眼を瞬かせた獣が姿を見せる。
「リーダーか? まったく、こんなところにくるんじゃねえよ。もう少し弱い奴が指揮してこいよ」
 嫌そうに呟いたホキュウの言葉通り、月の映える夜空に羽ばたいていたのは、まさにリーダーと呼ぶに相応しい大鷲だった。通常の鷲よりも太い羽根を大きく上下させ、鋭い鉤のような嘴である。
 大鷲は目を細め、身を細く畳むようにして彼らから少し離れた場所に急降下した。地面を嘴で抉ってすぐに飛び上がる。自らの力を誇示するかのように、地面に転がっていた石が粉々に砕かれていた。
「嫌味なやつだな‥‥余程その嘴、斬り落として欲しいと見える」
 にやりと笑った黒崎はハルバードを肩から下ろした。とはいえ、あの攻撃を直接喰らいたくはない。
 武器を構えた彼らに目を細めた大鷲は、大きな羽根を広げた。そして、その体勢から一気に彼らを狙って降下してきたのである。同時に、彼らを睨んでいた獣二匹も走り出した。
 空と地面からの挟撃だ。
 彼らは瞬時に判断を下し、どちらの敵を相手にするか腹を括った。
「私達が盾になりますっ!」
 エレシアは上に、レオーネは前に盾を構えた。大鷲の嘴と、獣の体が当たるタイミングを見計らい、同時にシールドスラムを発動して敵をわずかに弾き返した。
 その隙を八尾師は逃さなかった。すぐに練成弱体を大鷲にかける。翼が脆くなったのを悟ったのだろう、大鷲は羽ばたいて上空へ逃れた。
 獣には、奴らが体勢を立て直す前にレオーネの脇を駆け抜けて有村と赤槻が接近した。
「(確実に仕留める‥‥!)」
 小銃を獣の足元に乱射してバランスを崩させたまま、有村は一歩後退った。彼を追い抜くように赤槻が瞬天速でキメラの一体に近づく。
「喰らえ、雑魚がっ!」
 体を捻ってキメラの頭部に足を食い込ませる。遠心力を利用して、獣を近くの木に叩きつけた。
 覚醒状態を保ったままのホキュウは、もう一体のキメラに接近して、両断剣で強化した一撃を叩き込んだ。
「喰らいな! この技は当たれば痛いぜ! ギャンブルアタックだ!」
 見事にキメラの胴に命中した一撃で獣は地面の上に転がった。
 空から状況を見ていた大鷲は、獣型キメラが大打撃を喰らって焦ったのだろう。地表付近に急降下し、羽根を羽ばたかせて砂煙を立たせたのだ。砂に元々少なかった周囲の明かりが掻き消される。
「皆さん‥‥私の傍に‥‥」
 動いたのはエレシアだ。仲間を傍に集めると、レオーネと盾を横一線にならべ、その状態で防御陣形を発動したのである。一時的に防御力を高めたおかげで、低空飛行のまま盾に突っ込んできた大鷲の攻撃にも耐えることが出来た。
 視界を奪われた彼らだが、砂煙が弱まるや否や、すぐに攻勢に転じた。まだ十分な視界が無い中、暗視スコープで大鷲が上空に飛ぶのを捉えた獅月は空へ銃口を向けた。
「ブロンズさんっ…!」
「分かった、行くぞ」
 獅月が空に向けて制圧射撃を放った。照準はある程度合わせただけで、殆どの銃弾は大鷲の脇を掠めていく。
 だが、それで良いのだ。遅れて砂煙が落ち着くのを待っていたブロンズは、超機械の照準を大鷲の両翼に定めた。そして、寸分の狂い無く、大鷲の堅い翼を狙って電磁波を発生させたのである。攻撃をまともに喰らった大鷲の両翼は弱々しく羽ばたくだけとなった。
「あとは仕留めるだけだな」
 そう言った彼の両隣に立っていた二人が動いた。エレシアの盾の上にレオーネが盾を乗せる。それを踏み台にして、湊と黒崎が大きく跳躍したのだ。
「レストインピ〜ス♪」
 両断剣を使い火力を上げた特殊銃の銃弾を左翼に直撃させる。同じ箇所を何度も貫かれた大鷲はバランスを大きく崩した。
 そこへ、一拍遅れて接近した黒崎のハルバードが強襲した。
「さぁ染まれ染まれ、真っ赤に染まれぇええええ! ヒャッハハハハハハ!」
 敵を嘲笑う声とともに、黒崎が右翼を斬り飛ばした。
 翼を失い、地面に落ちてくる大鷲を、最後に有村が狙った。落下地点に先回りして、短刀を構える。
「(これで必ず‥‥!)」
 無防備のまま落ちてきた大鷲の胴に、両断剣と流し斬りを併用した渾身の一撃を浴びせたのである。
 堪らず地面に転がった大鷲は、しばらく痙攣したように動いた後、ゆっくりと動きを鈍くしていき、最後にはぴくりとも動かなくなったのだった。


 撤収作業中に、彼らは最後の謎の答えを知ることになる。
黒崎が大鷲の嘴を斬り落したいというので、手伝っていた彼らが林を出る頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。レオーネが始めた怪談も一通り終わり、彼らは戦闘後の緊張の名残と、恐怖の話に震えたまま立ち止まった。
「ふわあ‥‥怖かった」
 両腕をさすった獅月である。レオーネの怪談は予想以上に怖かったのだ。
「思わず震えてしまいました〜。でも、早く帰らないと他の人に置いて行かれてしまいますね〜」
 心配そうに言った八尾師の視界の端に、小さな光が見えたのはその時だった。敵襲かと身構えた彼らだったが、数拍あって、彼らは自然と武装を解いた。
 彼らの向かいには長閑な田園地帯が広がっている。その田圃を照らすように、小さな――そう、それはとても小さかったが、暖かな光がゆっくりと空へ昇っていったのである。
 その正体を、直感したレオーネは呟いた。
「綺麗な‥‥蛍‥‥」
 無数に浮かんだ小さな光は、蛍の群れであった。この地域では、この季節によく見かけられるのだろう、蛍達は今し方ここで何があったかなどお構いなしに、戯れるようにゆらゆらと宙を漂っていた。
「春の怪現象は蛍、ですか‥‥でも、悪くはないですね」
 肩の力を抜いた有村の言葉に、彼らは頷いた。
 不意に、夜空の星が地面に散らばったようだ、と誰かが言った。
 その通りだと思いながら、彼らは様々な思いを胸に浮かべて、しばらく蛍たちの優雅な舞を堪能することにしたのだった。

■了■