●リプレイ本文
地下演習場は晴れていた。地下に天気があるというのも不思議な話だが、春の陽気が心地良い温かさである。
バイクを所有していない生徒は予めバイクを借り、それぞれがしばしの相棒の感触を確かめている。ハンドルを握ったまま剣や銃を構えてみたりなど、実戦訓練に相応しい光景だった。
「おーっし、行くぞー!」
遠くから教官であるジャック・ゴルディ(gz0333)の声がする。バイク好きの彼は、今日は朝からにやにやが止まらないようだった。
「どうやら、今回は状況対応能力が問われそうな訓練だな」
バイクを押しながらスタート位置へ移動するホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が呟いた。少し後ろで同じくバイクを押す終夜・無月(
ga3084)も、
「ええ。是から色々活躍するでしょうからね‥‥色々試さないと‥‥」
と言って微笑した。
六人は白線の引かれたスタート地点に立った。迂回しないと予め相談して決めていたので、遠くに見える分かれ道のうち、全員の視線は左側へ向けられている。
「よし、只今をもって訓練を開始する! 気をつけて行って来い!」
「教官、本日は宜しくお願いします」
ジャックの声に吹雪 蒼牙(
gc0781)がにこりと笑ってバイクに跨った。
号砲が鳴り響く。訓練開始だ。
「行くぜ!」
ガル・ゼーガイア(
gc1478)の「リンドヴルム」が唸りを上げた。アクセルを限界まで踏んで、最初から猛加速する。無風の空間に、一陣の風が起こった。
「うっひょ〜!一度やって見たかったんだよこれ!」
遠ざかる仲間の背中を見ながらホアキンは苦笑した。若いって良いな、と呟いて、彼もスピードを上げた。集団中程に位置している終夜に手信号で合図を送る。
頷いた彼は速度を一時的に落とし、後方集団の方に回った。
まだ操縦に慣れていないガーネット=クロウ(
gb1717)は、何とかバランスを保っていた。初めて操縦するにしては筋が良い。これなら分かれ道に入る頃には片手を離しても操縦できそうだ。
「ボクはゆっくりと移動して援護をしようと思う」
隣の功刀 元(
gc2818)は拳銃を手に言った。慎重に操縦している彼は終夜の視線に気づくと、小さく頭を下げる。
「吹雪、大丈夫ですか?」
最後尾を走っている吹雪は彼の声に頷いた。最後尾の担当を希望した彼は、白のマフラーを靡かせてハンドルを握っていた。
「少しスピードを上げましょうか」
前に置いて行かれても困るしね、と言った吹雪の指示に従い、ガーネットと功刀は徐々にスピードを上げ始めた。頬を撫でる風が激しさを増してくる。
間もなく先頭の二人が分かれ道に入ろうとしている。その後を追いかけるように、四人は速度を更に上げた。
迂回無しのコースは途中から森を想定したエリアを通過することになる。その入口に差し掛かったホアキンとガルは思わず速度を緩めて瞠目した。
「最初からこれか‥‥」
「怖ぇ‥‥!」
二人の前には大きな裂け目があったのである。道が途切れている、とどちらかが気づかなければ二人とも落ちていたに違いない。
「迂回するか。前半から体力を使うわけにもいかないだろう」
「そうだな、飛び越えるのは俺にはちょっと難しいぜ」
先頭に追いついた四人にも合図して、六人は速度を一定に維持したまま裂け目を大きく迂回して訓練を再開した。
だが、迂回した先には次の課題が待っていたのである。
「うわ‥‥これは、すごいですね」
流石に吹雪の笑みが引きつった。いつも穏やかに微笑んでいる功刀の顔からも笑みが消えている。
彼らの位置からもよく見える。本来のコースから外れて割れ目を避けている彼らの先には、キメラらしき獣――おそらく試作品だろう――が鎮座してこちらを見つめていたのである。どれもかなり小さなものだが、道を塞ぐように横一列に並んでいる。
「どうしましょう?」
ガーネットの問いに、功刀は首を捻った。
「どうしますー?」
問いをそのまま隣のガルに尋ねた功刀である。二人分の質問を受け止めたガルは、胸の前で両の拳を付き合わせて叫んだ。
「勿論! 正面突破だな!」
言うや否やホアキンとガルは加速した。正面から試作品の群れに突っ込んでいく。
「全て仕留めようとは思うな」
「了解!」
こちらに気づいて走り寄って来た試作品とのすれ違い様に、ホアキンは雷光鞭で電磁波をぶつけた。
「バチバチ行くぞ」
左手はハンドルを握ったまま、かなりの低姿勢からの攻撃である。電磁波を受けた試作品は数匹まとめて数メートル後ろに吹っ飛んだ。
「うお! さすが先輩! 動きが全然違うぜ!」
ハンドルを切って急ブレーキをかけながら試作品に体当たりしたガルが歓声を上げる。その右手にはスコーピオンを持ち、照準はしっかりホアキンが後ろに流した試作品に合わせていた。
躊躇わず引き金を引く。試作品が吹き飛ぶ。それでも試作品の数体はガルの脇をすり抜けていった。
試作品の動きを読んでいた彼は後方の仲間に向かって声を上げた。
「後ろ、行ったぜ!」
追いつくように加速していたガーネットはブレーキをかけた。その隣を終夜がスピードを落とさずに駆けていく。
「ガーネット、もう一匹を頼む」
「了解しました」
車体を斜めにし、地面に殆ど擦れるほど倒した終夜は月詠を水平に薙いだ。地面に張り付くように止まっていた試作品を一刀両断し、素早く体勢を立て直す。そのまま少し走った後、彼はバイクを反転させながら停止した。
終夜の鮮やかな動きを見ながら、ガーネットはバイクをきちんと止めて、両手にS−01を持って構えた。彼女の間近には試作品が迫ってきている。
「これで‥‥!」
彼女に噛みつこうと飛び上がった試作品の頭を狙って、ガーネットは引き金を引いた。銃声が木霊して、試作品が地面に転がる。見守っていた終夜は彼女と視線が合うと、ゆっくりと頷いた。
「まだ油断しちゃ駄目ですよー」
のんびりとした吹雪の声の後、ガーネットの視界の端で刃が閃いた。刹那、左側の試作品が真っ二つに切れたのである。バイクを止めた吹雪は右手に持った紅を縦に振った。
追撃はまだ終わらない。更に背後から声が上がった。
「キミの為に道を切り開こう!」
最後尾を走っていた功刀が試作品を拳銃で撃ち抜いた。スピードを少し緩めただけで停車する様子はない。
「バランス感覚が良いですね」
にこりとして笑った吹雪に功刀も笑みで返した。
辺りを警戒していた終夜は状況が安定していることを確認して、先頭の二人に手を振った。
「この先は坂のようだ。各自気をつけて行くぞ」
そう言ったホアキンが先にバイクを進める。
コースも後半に入ったようだ。森の中に設置された坂は、傾斜こそ急だが目立った障害物は見受けられない。坂の終わりには、森の出口が見えていた。
六人はそれぞれスピードを調整しながら坂を下り始めた。
だが、往々にして、こういう時に限って何か起こるものである。
「ん? 今、何か光った‥‥?」
最後尾を走って居た吹雪は唐突にバイクを坂の途中で止めた。目を擦ってもう一度仲間達の先を見つめる。だが、平らな道が続くだけで特に何も無いように見える。
気のせいか、と思った、その瞬間だった。前方を走るガルが叫んだのである。
「あっ! 今、何か踏んだぜっ!?」
吹雪とバイクを急停止させた先頭のホアキンは同時に空を仰いだ。その視線の先で、張りつめていた銀色の糸が切れ、弾かれたように宙を舞う。
全員がバイクを停めて間もなく、坂の上から轟音が響き、大量の丸太が転がって来たのである。これには六人とも度肝を抜かれた。
「生徒の安全とか考えてねぇのかあの先公!!」
ガルが叫べば、功刀も焦ったように声を荒げた。
「当たったら無事じゃすまないぞ!」
「このままでは‥‥各自、左右に散開しろ!」
ホアキンの叫び声で我に返った彼らは速度を上げて坂の左右脇に逃れた。だが、後方で停まったままの吹雪とガーネットに丸太が近すぎて間に合わないのだ。
「俺が行きます!」
刀を抜いた終夜が加速した。バイクの前輪を上げて雄々しく鳴いた彼の「ジーザリオ」が一直線に丸太に向かって走り出した。
丸太の奇襲を受けた吹雪とガーネットも機転を利かせてバイクの鼻先を左右に無理矢理向けた。可能な限り素早く安全圏に向かって走り出す。
「クロウさんっ」
吹雪はガーネットに向けて雪雹を投げた。受け取ったガーネットに丸太を指差す。斬れ、ということか。
二人の中間に割り込んだ終夜は月詠を構えた。吹雪は紅を、ガーネットも慌てて雪雹を丸太に向ける。
地面で跳ねて顔面に迫った丸太を三人は同時に切り裂いた。腕が震えるかと思ったが、何とか歯を食い縛って食い込ませた刃を抜ききる。
体を避けるように割れた丸太が左右に散らばっていく。退路を確認して、三人は脇にバイクを寄せた。
ごろごろと転がった丸太は、坂の終着点に積もっていった。ちょっとした山になったところで、丸太はようやく動きを止めたようだった。
雪雹を返したガーネットに、吹雪は苦笑して肩を竦めた。
「危なかったですね」
「ありがとうございました。お借りしてしまって‥‥」
「いいえー。役に立てて良かったです」
追いついた三人を待っていたガルは、無事を確認して、ビッシと道の先を示した。
「おっし! 後はひたすら進むだけだ!」
自分の元へ戻ってくる六機のバイクを確認したジャックは頭を掻いた。
「ありゃりゃ、意外と簡単に切り抜けやがって‥‥」
「やった、奢らずに済んだ〜♪」
最初に到着した吹雪が万歳してバイクから降りた。「風神」と名付けられたバイクのシートを撫でる。
「合格したから何か奢ってくれよ! ちなみに俺ミカエルが欲しいぜ!」
嬉々としてちゃっかり要求したガルは、ジャックから鉄拳を食らいそうになった。勿論、まともに殴られたりしないので笑いながら躱している。
「教官。バイク、ありがとうございました」
「あ、私もお返しします」
ガーネットと功刀からバイクを受け取ったジャックは、シートを撫でて言った。
「どうだったよ、訓練は」
「大変でした。でも、良い経験でしたー」
おっとり言った功刀である。ガーネットも額に浮かんだ汗を拭いながら言った。
「皆さんのお陰で無事に修了できました。風を切る感覚は、楽しかったですね」
「そうか。それなら‥‥バイクが傷ついても俺は嬉し‥‥クッ」
途中から涙声になって崩れ落ちたジャックである。どうやら貸したバイクに傷が付いていたようだが、傷つけず返すという方がいささか無理な注文だ。
そんなやりとりを遠目に見ていたホアキンは、演習場の空を見上げた。まだバイクで風を切った感覚が残っているようだった。
「風を感じるのは、やはり心地良い」
「同感です。今日はご一緒出来て勉強になりました」
バイクを降りた終夜が言う。
そこへガルが息を切らして走ってきた。ものすごく嬉しそうな顔をしているところを見ると、ジャックから何か言われたのだろう。
「今から飯を奢ってくれるってよ! 行こうぜ!」
遠くではジャックが手招きしている。食堂での人気メニューに加えて、何でも好きなものをご馳走してくれるらしい。
時計を見ると、もう夕方だった。
どうやら、夕食は豪華で賑やかなものになりそうだ。