●リプレイ本文
「此処の人達も災難だったな」
LEGNA(
gc1842)の溜息が、零れる。
崩れた建物、瓦礫の散らばる町並みはその場所からも良く見る事が出来た。
何せ、それ以外「何も」ないのだから。
まるで、狩りを終えた獅子の腹が満ちたのを確認し、群がるハイエナが欠片も残さず骨の髄までしゃぶりつくした後の様な街だった。
眼前にその光景を捉え、蓮角(
ga9810)の胸をよぎるのは何であっただろう。
すぎてきた、あの時。その瞬間は、記憶のどこに隠れてしまったのだろうか‥‥。
「キメラに‥‥バグアに滅ぼされた町か」
思わず、口をついた言葉。
「ずっと、そういうのは変わらないんだな」
自らの腕にした十字にそっと触れ、そして思う。
(‥‥覚えてない俺はまだ、幸せな方なんだろう、きっと)
町であったその場所。今や瓦礫の山であるそれを静かに見つめていたシクル・ハーツ(
gc1986)も、心の奥から湧き上がる心境を素直に吐露した。
「ひどいな‥‥。いつまでこんな事が続くんだ‥‥」
きゅっと白い手を握りしめれば、桜色の爪が掌に食い込む。
そんな痛みなど、眼前に広がる「事実」に比べれば痛みの内にも入らないのだろう。
「敵討ちと言う訳では無いが、これ以上の被害を抑える為にキメラは全滅させて貰う」
今は亡き人々に誓いを立てるかのように、LEGNAは遠く祈る様な想いで赤き大地に立つ。
「何が違う‥‥あの時と‥‥」
友であるイレイズ・バークライド(
gc4038)のただならぬ様子に気付いたシグマ・ヴァルツァーは、意識を其方に向ける。
しかし、そこにかけるべき言葉が見当たらず、シグマは声を呑みこんだ。
(思い出す‥‥自分が無力だと感じた日を‥‥)
やり場のない想い。それをただ、今は向けるべき対象に移し、イレイズは前方に臨む町へ鋭い眼光を放った。
乾いた大地の上、懸命に築かれた町で起こった惨劇。
「もう我々にできる事は少ない‥‥」
もはや救うべき命はそこに存在していない。秦本 新(
gc3832)は、ここへ来て改めてそれを確認した。
新たちに残された、弔いのうたはただ1つ。
「せめて彼らを安らかに眠らせてあげたい。町を、解放しましょう‥‥我々の手で」
鈴木悠司(
gc1251)もそれにこくんと頷くと、想いを馳せ、ともすればどこか感情的になりがちな場の皆に向けてさりげなく本来の方向へと導くように言う。
「此処は此処に暮らしていた人達の場所。‥‥キメラには、早々に出て行ってもらうよ」
皆の想いは、それぞれ色も形も違えども、ただその1点に集約していった。
●
連中を見逃せば、いずれ別の地で新たな被害の火種となる可能性は大いにある。
「キメラを逃がさないようにするには‥‥」
シクルは、顎に指をかけしばし思案した後に、一人の青年に目を留める。
「‥‥シグマ殿、すまないが囮‥‥頼めるか‥‥?」
少女はひどく言いづらそうに、そう切り出した。
シグマはその様子に込められた複雑な背景の一部を感じ取ると、シクルの頭に一度だけその大きな手を乗せた。
「当たり前だろ? 変な遠慮なんか、すんなよ」
それに、前みたいに柔らかい表情をしてもらえたら‥‥などと言えればベストな回答だったかもしれない。が、シグマはそこまで器用な性質ではなかった。
「大丈夫ですよ。LEGNAさんと、私も同行しますから」
新が右手に握る和槍「鬼火」を肩にあてながら、シクルに力強く笑んで見せると、一同は作戦行動のために散開した。
「こっちだ、来い。」
LEGNAはドロス・ノエディを最大出力で掲げると、ガントレットから強力なレーザーが射出され刃を生みだす。
「極力中央へ集めて戦いましょう。今は、降りかかる火の粉を払う程度で構いません」
AU−KVを身に纏い、駆動音を隠す事もなく新が槍を軽々と振るう。バトンの様に回転させては近寄る獣を払い飛ばして道を作る。
「邪魔をするか。それなら‥‥」
行く手を埋める様に何処からともなく湧きだす獣達に舌打ちし、LEGNAは感情を表すような青く強い炎の色をしたブレードを横に一度薙ぐ。
塞がれた道は再び切り拓かれるも、獣の目から厭らしい光は消える事が無い。
廃墟の様な瓦礫の町。ここは俄に故郷の姿に重なる。
二人に追随するシグマは感情に流されぬよう、歯を食いしばって巨大な銃を構える
「‥‥元より生かしとく義理はねぇ。立ち塞がるなら吹っ飛ばす!」
派手な音に引かれて集まったハイエナ達は、瓦礫や家々の上から囮班3人を傍観すると、底冷えするような遠吠えを発し、奥へと走ってゆく。
「逃げるのか?」
LEGNAの呟きに反し、即座に新が動き出す。
「いえ、恐らく‥‥首領の元へ向かったのでしょう。あれは、餌を諦める獣の目ではありません」
●
待機していた4名に見えたのは一発の照明弾。
それは、新が撃ち上げた中央到達の合図だった。
中央では巨大な獅子が横たわって心地よさそうに眠りについていた。
先程の照明銃で目を覚ました獅子は、眠りを妨げられたと言わんばかりに新達3人を視認すると鼻に皺を寄せ、牙をむき出しにする。
そして、それを利用するかのように獅子の後方であざとく控え、傭兵達の死をにやにやと待ち構える卑しい多数のハイエナたち。
中央班の戦闘は、ここから激化してゆく──。
「さて。それじゃ、俺達も行動開始だね」
西に待機していた悠司がぐっと一度伸びをすると、獣の耳と尾がのびる。
「瓦礫の町。けど、ここには今まで俺達と同じ人々がいて、静かに慎ましく暮らしていたんだろう」
誰が、何をした?
何の罪で滅ぼされた?
そこに答えなどはない。ただ、一度深く呼吸をすると、悠司は炎剣を強く握りしめた。
中央へ向けて駆けだせば、先程の照明弾の音に引かれたか、瓦礫のそこかしこから身を隠していた連中が現れる。
しかし、それ以前より悠司には「そこに獣型キメラが身を隠している」ことが分かっていた。
悠司の覚醒により研ぎ澄まされた五感が、敏感に血の臭いを感じとった為だ。
獣達の食い千切った、人々の血の、臭いを‥‥。
悠司は優に先手をとると、二つの刃で切りつける。
一撃は炎の様に熱く、そして二撃目は機械の生み出した鋭い冷徹な斬撃。
それはクロスを描くようにしてハイエナの胴部を裂き、耳障りな悲鳴と共に絶命するキメラに永遠の懺悔をもたらした。
「‥‥一匹たりとも、逃がしたりしないよ」
周囲からまた1頭と現れる獣の音を聞き分けると、決して背を見せることなく、悠司は再び剣を構える。
悠司と対称に、東から攻め込むのは蓮角。
「始まったか‥‥」
中央から聞こえてくる獣の悲鳴と、派手なガトリングガンの掃射音を耳に蓮角は動き出す。
たった一人、身を隠しながら歩きだした蓮角だが、迎えるのは照明銃の音に反応し起き上ったハイエナ達。
いずれも餌に対する異常なまでの嗅覚から蓮角の姿を発見したのか、彼の傍に現れては舌なめずりをする。
それ以上動こうものなら喰いちぎる、という飢餓感すらも感じさせて‥‥。
滅ぼされたこの町に縁などなくとも、心のどこかが感情を掻き立てる。
「おまえらは逃がさない‥‥全部この町で終わらせてやる‥‥!」
瞬間、襲いかかった一頭のハイエナが蓮角の身体に触れる前に絶命する。
握る直刀の刃が飛びかかった獣の喉をかききると、そのまま返す刃で首を撥ね飛ばす。
それを見ていたハイエナが、蓮角に休む間を与えまいと二頭同時に襲いかかるも、力の差は、歴然──。
「‥‥安らかになんて、言わない」
牙が肉体に食い込む痛みなど、気にする事もなく。
先手必勝で一頭を確実に落とすと、脚部に噛みついた獣の頭部へと力の限り嵐真を突き刺した。
一方。
「そろそろだな‥‥」
丁度町の南側へと移動を終えたシクルが目にしたのは眩い光。
導かれるように‥‥まるで、光を求める様に。シクルは町の中央へと進撃を開始する。
気付かれぬ様、気配を押し殺すも先の照明によって南区画ももちろん残っていたハイエナ共が活動を開始していた。
シクルなど、特に女性の身体は連中にとって格別な餌になるのだろう。
他のどのハイエナ達よりも早く、シクルの臭いに感づいた連中は厭らしい視線をシクルへと這わせ、ゆっくりゆっくりと彼女へ接近してゆく。
「‥‥させるか‥‥っ!」
一見して儚げな少女と侮ったか、キメラ達はシクルの姿が消えた事で奇妙な反応を見せる。
鼻を頼りに嗅ぎ直し、シクルの位置を捉えた‥‥時には、既に、遅い。
迅雷で一気に距離を詰めたシクルがハイエナの鼻先から胴部へと両断するように風鳥を振り抜いた。
獣の叫び声が耳にこびりつく。しかし、ためらう間もなくシクルはその素早さを持って更に地を蹴り胴部へと連撃を見舞う。
鮮やかな濃青の刀身が、赤い大地に鮮烈な残像を焼き付ける。
「思っていたより鼻の利く連中だな‥‥先を急ごう」
‥‥後に残すは、命潰えた獣の亡骸のみ。
──とある小さな町があった。
「そこ」は、イレイズの記憶の中に強くこびりついて離れない、悪夢の如き光景。
彼らに対して、自分ができたたった一つの行動。
それは、「弄ばれた命」を終わらせることだった──。
殺す以外に救う手立ての無い自分を酷く無力に感じると共に、やり場のない思いを投げだす事も出来ず、ただ身の内に秘め辛さを抱えこんだ。
余りの出来事に溢れる感情。とめどない涙を零す友人へかける言葉も見つからず、何もしてやれなかった自分の姿を思い出す。
「‥‥消えろ!」
言葉少なに斬馬刀を振るうイレイズは、心中に渦巻く沢山の想いを消化しきれずにいた。
あの時感じた静かで冷たい怒り。それを、本来ぶつけるべき対象は居ない。
ただ、今は眼前に現れる獣達へと投影し、感情のままに斬りかかる。
隠密行動をと考えていたが、獣の感覚の前にそれは叶わなかった‥‥中央に敵が集中していたことが救いか、さほど敵の数は多くは無かった。
旋回させるように刃を横に薙ぎ、ハイエナの胴部へと叩き込むように切りつければ、その勢いに獣は吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられた衝撃で、ずるりと地に落ちる。
飛び散る血飛沫があの光景を更に脳裏に浮かび上がらせ、イレイズは切なげに眉を寄せた。
獅子の余りの巨大さと、たった1頭でこちらを威嚇している様子から、新は瞬時に判断するとLEGNAとシグマに伝える。
「先程の行動から考えても、ハイエナを先に討つべきです!」
突き刺した槍を引きぬいた反動で、迫る別のハイエナを薙ぎ払う。
そこより先には一歩も通さぬという気構えが、囮班二人の壁となり獅子奮迅の戦いぶりを見せた。
「分かった。先ずはこいつらを片付ける」
LEGNAは、構えたドロス・ノエディを襲いかかるハイエナの頭から臀部へ向けて貫き、そしてそのまま横へ薙ぐ。
裂けた獣は声をあげる間もなく倒れ、続くハイエナの牙が肩に食い込むのも気にせず、そのまま体を捻って叩き落とす。
ハイエナの多くの屍が瓦礫の上に積み上がりだしたその時、獅子が、動いた。
前にいた新へ向かいその巨体の重みを感じさせぬスピードで接近すると獰猛な口を開く。
「援護、頼みます!」
けれど目の前の巨大なキメラに動じる様子もなく、新は鬼火を真っ直ぐに構える。その言葉の先にいた者は‥‥。
「勿論っ! 新、巻き込まれんなよ!」
新の後方よりサイドステップで位置をずらすと、獅子の大口目掛けて大量の鉛弾を射出する。
相変わらずの派手さで、思いの丈を全てぶち込むかのような掃射。
(余計な心配だったようですね‥‥)
後背のシグマの様子に、背を向けたまま人知れず笑みを見せる新は安堵と同時に揺ぎ無い気持ちを槍の穂先に託す。
制圧射撃に行動を阻害された獅子は、突如怯んだように体勢を整えるも、その隙をみすみす逃す訳もない。
切り裂くように繰り出す突きは、一度ならず何度となく獅子の顔面を穿つと、そこへハイエナの相手を終えて迅雷で跳躍したLEGNAの姿が現れる。
円閃で遠心力に全体重を乗せ加速度を増した斬撃をもって、LEGNAは見下ろす巨大な獅子の胴部を焼き焦がすように斬り裂いた。
「これで最後だ」
そして。
獅子は、自らが踏みにじった大地へと力無く倒れ込んだ。
ずっしりとした音が大地を振るわせると、ごく僅かに残ったハイエナが逃走を開始する。
だが、四方から進んできた悠司、蓮角、シクル、イレイズにより町に潜んでいた全てのキメラの討伐は現時刻を持って完了した──。
●弔いのうた
「‥‥やはり遺体は‥‥」
万一の討ち漏らしを考慮して町の中を回りながら、シクルはどこか残していた小さな希望を手放す事にした。
ここに住んでいたであろう人々の遺体。それが残っていたのなら埋葬し、弔いとしたい。
そう考えていたのは他の傭兵達も同じ。
「見つからないな。‥‥骨すらも、残っていない」
イレイズは感情を押し殺すようにそう呟くも、崩れかけた石壁を拳で力強く叩きつけた。
「ならば、せめて遺品だけでも‥‥」
シクルは、元々家であっただろう崩れた廃墟の中へと向かうと、手が傷付き汚れるのも構わずに瓦礫をかき分ける。
そこに、鈍く酸化した数枚の硬貨や、質の悪いながらも大切にされていたであろう貴金属を見つけると、両手でそっと握りしめた。
「名前のわかるものがあればよかったが‥‥見つかりそうに、ないな」
イレイズもシクルと同様に遺留品を探すも、目的のものは見つからず、小さく息をつく。
‥‥しかし、その気持ちは確実に彼らへの弔いの花束となった。
「次、反対側を削るぞ」
一方。大きく硬質な岩を運んできた蓮角は、「細かい作業はお任せしますよ」と、LEGNAが機械剣でそれを削る様子を眺めていた。
存外器用に岩を削りあげたLEGNAが視線を送ると、蓮角は立ち上がってその完成品を持ちあげ、町の中央へと向かう。
中央では他の5名が遺品の埋葬を行っており、その埋め立てを終えた場所へと蓮角は運んできた大岩をしっかりと大地に建てた。
「魂と言う物が存在するかどうかはわからないが、安らかに眠っておけ」
LEGNAは手持ちのナイフで岩に文字を刻みつける。
傭兵達が、この町の人々へ出来る最後の弔い。それが、遺留品の埋葬と慰霊碑の設置だった。
「せめて、魂だけでも安らかに‥‥」
周辺の乾いた大地に咲く花は見当たらず、ただ新が捧げるのは静かで穏やかな祈り。
「俺達にできる事は、この位」
悠司は完成したばかりの慰霊碑の前に立つと、そっと碑に触れ、刻まれたばかりの文字をなぞる。
「‥‥此処に暮らしてた人達が居た事、忘れない」
先程埋めたばかりの遺留品から感じた、生者達の想い。それを心の中に静かにしまい込む。
「これからもう、こんな悲しい事が起らないよう、戦い続けるよ」
誓う言葉は天高く、亡き人々への弔いのうたとなって赤き大地に沁み込んでいった。